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日常・・・
第一章 【サンダー刑事】
アメリカ南部の田舎町、
荒野も広がる乾燥した地域は今日も最高気温が30度を超えている。
その中にいかにもアメリカチックな警察署があった。唯一の警察署である。
そこに入ればエアコンもきき、快適な仕事ができる。
その署内に入っていった中年の男がいた。
茶色がかった短い髪に髪と同じ色の無精ひげ、さらにサングラスときたもんだ。
男は快適な屋内に入り、階段を駆け上がり、廊下を進んで扉を開いた。
「おはようございます、サンダー刑事」
部屋に入るなりに、若い男かそう挨拶された。
男は小さく微笑むと、若い男に言葉を返した。
「おはよう、朝から威勢が良いな」
そういって羽織っていた薄いジャケットを事務椅子にかける。
それに腰かけると、椅子を半回転させてTVを見た。
そこではラーマスとかいう議員が熱弁をふるっていた。
『我々に今必要なのは皆が安心して過ごせる保障です!警察官の警備を強化して、州の指定エリアで・・・』
その瞬間、チャンネルが変わった。
サングラスを取った、先ほどの男がチャンネルを変えたのだ。
「はぁ、こいつの話はいつ聞いても精神的に受け付けないぜ」
TVの中は今や平和なコメディショーが行われている。
「お前は相変わらずラーマスが嫌いだな、サンダー」
突然後ろから声が聞こえた。
男が振り返ると、同年代くらいの優しい顔つきをした男が立っていた。
「なんだよジョン、お前だって嫌いだろ?」
サングラスを取ったサンダーが、さっき話しかけてきたジョンに言った。
「まぁね、だけど妻が平和党を支持しててね。困ったもんだよ」
笑いながら隣の椅子に腰かけ、机の上に鞄を置いた。
「そりゃ大変だ」といった具合に笑いながらサンダーは背もたれにもたれる。
「仕事のほうは?」
鞄を開いたジョンがサンダーに訊く。
「今日もボードには・・・」
サンダーは部屋の奥にある、ホワイトボードを指差した。
「勤務表」と記されたそのボードに、大きく「サンダー:パトロール」と書かれている。
「パトロールと書かれてる。仕方ないからいかねぇとな」
サンダーは取ったサングラスを手に取ると、椅子から立ち上がった。
ボードは課長が書いていて、課長とあまり仲がよくないサンダーはいつも外の仕事に回される。
しかし、その分平和だって証拠でもあった。
サンダーはサングラスをかけると、ジョン含め部屋にいた同僚達に「行ってくるわ」とだけいい
パトロールのためパトカーを目指したのだった。
サンダーはパトカーを人気の少ないファミリーレストランの駐車場に停めて、席を倒して寝そべった。
こんな所見られたら即クビだ、と思いながらも目を瞑る。
「・・・ふぅ~」
そうため息をついたとき、耳をつんざくような衝撃音が聞こえた。
驚いて目を開けて飛び起きると、駐車場に面している道路で車と車が正面衝突していた。
「ヤバイな!」
サンダーは慌ててパトカーから飛び出ると、ダッシュで大破している車へと向かった。
いつの間にやらレストランの客や周りの建物にいた人たちが、車の周りに集まっている。
「どいて!警察だ!」
サンダーがそう叫ぶと、群集は一気にサンダーのために道をあけた。
そしてサンダーが車までたどり着く。
すると、一方の車に乗っていた女性が自力で脱出してきた。
頭から血を流し、目は朦朧としているが意識と意思だけははっきりしていた。
「誰か助けて!中に夫がいるの!!」
サンダーは女性が出てきた車の中を見た。
すると運転席で力なくハンドルにもたれる男性の姿が目に入った。
もう一方の車の運転席では、男性が苦しそうにもがいていた。
サンダーはそれを確認して、回りの群集に叫んだ。
「誰か救急隊を呼べ!交通事故があったと!それとその女性を出来るだけ遠い所へ!」
サンダーの声に反応して、近くにいた学生らしき男性が携帯電話を取り出しレストランの
店主が先ほどの女性をレストランの中へと案内していった。
「この人は大丈夫なのかい?」
眼鏡をかけた老人が、先ほどの女性の夫を指差してサンダーに問う。
「大丈夫ですよ。救急隊に任せましょう」
サンダーが老人を安心させるように穏やかにいう。
そのとき、一台の黒い車が事故現場脇の駐車場に停車した。
いままで通行車両は脇を通り過ぎていっていたため、サンダーは不思議に思った。
物好きな野次馬か?それとも迷惑な写真撮影好きか?
サンダーがそんなことを思っていると、後部座席から見慣れた顔の男が出てきた。
「げっ!」
あのラーマス議員であった。
こんな所にきてもらっては、余計に人々が混乱してしまう。
「あ、あれってラーマスじゃね?」
早速野次馬の中にいた男子学生が気付く。
それを聞いてにわかにざわめき始める群集たち。
自分自身がイライラしてきてしまうと思ったサンダーは、一目散にラーマスに駆け寄った。
一応敬意を表すように手を差し出す。
「どうも、議員。私は刑事でサンダー・・・」
「どくんだ!」
ラーマスはサンダーの手を払いのけると、車へと駆け寄っていった。
そのとき、ラーマスの懐から何かが落下して来た。
SPや運転手は誰も気付いてない様子である。
サンダーは何となくそれを拾って、渡そうとしたが見るとそれどころではなかった。
「ダメです、近づいては!」
サンダーは必死にラーマスを止めた。
しかしラーマスは止まるどころか、ついには大破した車の運転席に向かって声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
暴走する(サンダーから見て)ラーマスは運転席の扉を開けようとした。
さすがにそれは救急隊が来るまでは構えない。何が起こるか分からないからだ。
「議員、それはやめてください」
サンダーがラーマスの右手をしっかりと掴む。
「何をするんだ?早くこの人を助けないと・・・」
「男性の状況が詳しく分からないんです。救急隊が来るまで待たないと・・・」
「待ってられない!早く助け出さないと!トッド、デレク、こっちに来い!」
ラーマスは野次馬と一緒に立っていた2人のSPを呼びよせた。
サンダーから見ると、そのSPは「マトリックス」のエージェントそっくりだ。
「いいか、扉を開けたらお前がこの人の上半身を支えろ」
ラーマスがサングラスをかけている厳つい顔のSPに命令した。
「次にお前がその刑事さんと一緒に体と足を掴め。分かったな」
次に何故か巻き毛で間抜けそうなSPに命令する。そしてサンダーにも。
サンダーはその案に反対だった。
むやみに動かそうとすれば、致死率は間違いなく上がる。
「議員、むやみに動かさないほうが・・・」
「いいから早く!」
ラーマスが怒鳴った。野次馬にもざわめきが広がった。
仕方なくSPの2人とアイコンタクト(サングラスをかけてても問題ない)で男性を救助するタイミングを確認した。
「よし・・・」
サンダーが仕切って、合図を送る。
「3でやるぞ・・・1・・・2・・・」
大声で言っているためか、周囲にも緊張が走る。
「3!」
サンダーとSPの2人が一斉に手を伸ばして、運転席にいる男性を掴む。
が、その瞬間、
聞き覚えのアルサイレンが聞こえてきた。
サンダーはそれを聞いて手を引っ込めて、車内に入れていた体を出した。
「・・・救急隊だ」
周囲には安堵のため息が広がっていた。
翌日、休日出勤したサンダーの机の上に置いてあったのは朝刊だった。
見出しは「平和党 ラーマス議員 怪我人救助で手柄」である。
「だれだ!これ置いたの!」
といっても部屋にはサンダー以外誰もいない。
サンダーは苛立ちながらも、その記事に目を通した。
<昨日の正午頃、車二台が正面衝突するという事故があった。片方の車を運転していた男性は死亡・・・>
やっぱりぐったりしていた男性は死んでいたようだ・・・サンダーはさらに読み進める。
<死亡した男性の妻は軽症、もう一方の車の運転手の男性は重症ながら一命を取り留めた。
そこで活躍したのが現在、支持率急上昇中の平和党議員のL・ラーマスであった。
彼は偶然事故現場に居合わせ、周りにいた警察官らをまとめ上げ男性救助に一役買ったのだ>
そこまで読んで、サンダーは新聞を放り投げた。
「お、読んだようだな」
コーヒーを飲みながらジョンが近づいてきた。
「こんなの嘘だぜ?議員は俺のいうことを聞かずに暴走しただけだ」
ぶっきらぼうにサンダーはそう言いのけた。
ジョンは朝刊を見直すと、サンダーに指差して大げさに言って見せた。
「ほら、<議員の他に救助に加わった警察官や・・・>ってあるだろ?それで満足しろって」
サンダーは満足するどころか、さらにふてくされてしまった。
「あいつと同じ行動に出た、ってのが気に入らないな」
ジョンはサンダーの反応に少し期待はずれな感があったが、少しはサンダーいじりに満足できた。
「あ、そうだ」
サンダーがしばらくして、かばんから手帳を取り出した。
黒くて、立派な手帳である。
「どうしたんだ、その手帳?」
ジョンはいつものサンダーのではない手帳を見て不思議に思った。
「誰のだと思う?これ、ラーマスのだぜ?」
「マジかよ」
サンダーは手帳をひらひらさせて、机に置いた。
「何でそれを持ってるんだよ?」
「あぁ、これか?ラーマスが落としたのを拾って、渡そうとしてたんだけど忘れてた」
あっさりというサンダーに、ジョンは笑いがこみ上げてきた。
「おいおい、中身を見るんじゃないぞ?お前と違って、びっしりと予定が詰まってるんだろうし」
サンダーをからかうと、ジョンは満足したように出て行った。
部屋にひとり残されたサンダーは、ジョンに「それはないだろ!」と返した。
・・・それっきり部屋には静寂が訪れる。
いつもは部下が何人かいるが、休日なため他には誰もいない。
サンダーは手帳をまじまじ眺める・・・人間の好奇心と戦っていた。
ジョンはサンダーをからかった後、トイレに行っていた。
すっきりとして満足そうに洗面台で手を洗う。
ついでに顔も洗って、顔を上に上げて鏡を見た。
そこに突然サンダーの顔が現れた。驚いてジョンは体を跳ね上がらせた。
「うわ!・・・びっくりした。お前は小学生か」
ジョンがしてやったとばかりに笑うサンダーに呆れていると、急にサンダーが真顔になった。
「勤務ボードにはパトロールしろと書いてあった。どうせ誰も来ないだろ?二人で出かけようぜ」
サンダーがパトカーの鍵をちらつかせる。
「分かった。男二人でパトロールか。虚しいものがあるねぇ」
ジョンは笑いながらジャケットを着た。
そして洗面台から、そのまま外に出てパトカーに乗り込んだのだった。
ラーマスは新聞を見ながら概ね満足していた。
支持率アップにつながるこの記事は、かなりプラスになる内容だった。
「議員、そろそろ時間です」
ニタニタ満足した顔で新聞を読んでいると、急に秘書が入ってきた。
「なんだ?何の時間のことだ?」
秘書はラーマスのかばんをテーブルに置くと、驚いたような顔で彼を見た。
「忘れたんですか?明日は隣町での演説ですよ?」
しまった、すっかり失念していた!
急に1週間前に入った仕事である上、たかが隣町という近場であるため頭に無かったのだ。
「しまったな、原稿を考えていない」
ラーマスは慌てたようにスーツを羽織った。
秘書も何とか対応しようと、手帳を取り出し時間確認をした。
「すいません・・・私が無いもできなかったばかりに・・・えっと、私は議員が演説の準備が
できるように、そして途中でトラブルがあっても良いようにと隣町へいく道中にホテルを予約しておきました。
これは山道を通過するため、当日になって2時間もかけて山道を突っ切っていってエンジントラブル
などで間に合わなかった、という事態を防ぐためのものでして・・・。もしよければこれからここで
原稿を考えて、トラブルの可能性もありますが明日に出発するという手もあります。キャンセルしましょうか?」
秘書が慌てながらラーマスに言った。
手にはホテルキャンセルのための携帯電話が握られている。
しかしラーマスは落ち着いていた。
「いや、トラブルがあったなんてことになったらそれこそ迷惑だ。予定通りのプランで行こう。
原稿は前回話したものを少し編集して話せば良いだろ。よし、行くぞ」
ラーマスは引き出しから過去の原稿を取り出した。
そして秘書を促すと、早々にオフィスを後にした。
夕方3時頃、サンダーとジョンは署に戻ってきていた。
窓口に係員がいるだけでほとんど人はいない。
「よし、明日から休みを満喫することにするか」
サンダーはそういうと先に人事課の部屋へと入っていった。
ジョンは係員の若い警官と少し雑談した後人事課に向かった。
そのとき、急にサンダーの声が響いた。
「なんだよ、おい!」
ジョンは慌てて人事課へと急いだ。
入るとサンダーが口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。
その視線の先にあったのは勤務ボード、サンダーはそこを指差した。
「サンダー:隣町に重要書類を届けること。明日正午まで。」と書かれていた。
ジョンはそれを見てあらま、という表情をした。
「課長来たのか?それにしても酷い仕打ちだな」
ジョンは少し笑いながら椅子に腰掛けた。
サンダーは机の上に乗っている重要書類とやらを手に取った。
「・・・これをか?」
「そうらしい。ってか隣町までって山を越えないといけないから、明日正午までにってことは
今のうちに出ないと間に合わないんじゃないか?深夜の山道運転は危険だしな」
ジョンが解説をする。
サンダーはせっせと荷物をつめ始めた。
「くそ!俺の休みが!最悪だ、あの課長め!」
グチグチいうサンダーは気の毒だが、課長の命令とならば仕方ないとジョンは思った。
しばらくすると、準備が整ったのかサンダーは静かになった。
「確か山越える時に宿泊施設があるって苦情相談窓口のレオンが言ってた。そこで一泊して
向かえば間に合うだろ?」
ジョンが「そうだろうな」と頷く。
サンダーはとぼとぼ自分の車へと歩いていった。
「気をつけろよ」
ジョンが忠告する。
「ああ、帰ってきたら課長を殺してやるぜ」
サンダーは笑いながらジョークを述べた。
ジョンも笑って返すと、サンダーのマイカーは署を飛び出して隣町へと走り出した。
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