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日常・・・
第五章 【サスペンス】
サンダーの去ったホールでは、突然今までになく活発な話し合いが行われていた。
よく言えば活発な話し合い、悪く言えば単なる口論である。
「なんで君はゲームのような真似をしたんだ!」
ジョージがデレクに向かいそう怒鳴っている。
「私はあの刑事を少しばかし脅しただけだ。まさか本当に捜査をするとは・・・」
「だけど、ことが悪化したらどうなるんだよ」
ラリーが横からちょっかいを入れる。
「君が原因だろう。元々は」
エメットもついには口論に参加した。
「とにかく!」
そこで、突然ロールの声が響く。
皆、驚いたような目でロールを見つめた。
「まずはあのカールを静かな場所で安静にさせません?」
その言葉に、感化されていた者たちは冷静さを取り戻す。
「ああ」
ジョージが呟く。
「そうするか」
デレクも頷いて皆がカールのもとへと動き出した。
ロールは全員がカールに向かったのを見て、静かに階段を登った。
サンダーの勤務する署は、暗闇の中に明かりがわずかに灯っていた。
サンダーの同僚であり親友のジョン・ハマースリー刑事は、一人で夜勤を行っていた。
彼は最近起きた強盗事件の犯人を追っているのだが、手がかりが一行につかめないのだ。
「あぁぁぁ・・・行き詰まるぅぅぅ・・・」
ジョンはそう呟きながら、椅子に思い切りもたれかかった。
チラッと勤務ボードの方を見る。
「サンダー:隣町に重要書類を届けること。明日正午まで。」
「ジョン:夜勤(~AM7:00)」
と書いてある。
元々書いてあった「ジョン:夜勤~」に比べて「サンダー:隣町に~」はずいぶん字体が荒い。
課長は俺とサンダーがいない間に急いで書いて逃げたな、とジョンは心で笑った。
ふと、サンダーのことを思い出し、彼のデスクを見た。
サンダーにラーマスの事を見せびらかすため朝刊が置いてある。
「これ、見てほしいところはここだったのになぁ・・・」
ジョンは朝刊を手に取り、例のラーマスの記事の中ほどあたりを見つめる。
書いてあるのはジョン・ハマースリー刑事の、つまりジョンのインタビュー記事だ。
この地方紙の記者にはジョンの友人がいて、よくインタビューをしに来る。
「とびっきりのいいことを言ったのに」
ジョンはそう呟き、サンダーの机を見た。
汚いデスクに
“ホシは近くにいる by俺!”
という格言が刻まれていた。
これはサンダーが好んで使う言葉だ。
「ふっ、これが本当なら、俺はとっくに犯人を捕まえているよ」
ジョンはそれを見ながら、独り言を呟いた。
「あいつは今頃・・・熟睡中か・・・」
熟睡中ではないサンダーはラーマスの部屋に行った。
事前に借りていたシンディの日焼け防止用手袋をはめながら、扉を開ける。
そして未だ横たわっているラーマスを見下ろした。
―どくんだ!
―待ってられない!
―ラーマス議員の支持率は急上昇・・・
―だけど妻が平和党の支持しててね
―周りにいた警察官らをまとめ上げ男性救助に一役買った・・・
「くそ!」
サンダーは横たわっているラーマスに、唾でも吐きかけてやりたいくらいだった。
それを抑えラーマスをまたぎ、部屋の奥へと進む。
サンダーはそこにあった窓に手をかけると、鍵をあけて静かに開けた。
「なにをしてるんです?」
「うぁ!」
突然後ろから響いた声に、サンダーは窓枠に頭をぶつける所だった。
落ち着いて振り返ると、そこにはロールがいた。
「何で君がここにいるんだよ」
サンダーはどうにか心を落ち着かせ、ロールに聞いた。
「刑事さんと一緒に捜査をしたいんですよ」
その言葉にサンダーが呆れていると、ロールはサンダーに質問をぶつけた。
「ところで、今何をしてたんですか?」
サンダーは窓枠を振り返り、静かに切り出した。
「あぁ、今外から侵入できないか確認していたんだ。2階だし、到底無理そうだったが」
ロールは納得した顔で頷くと、一瞬だけ沈黙状態になる。
サンダーはさっきの自分の質問を思い出し、ロールに再び聞いた。
「で、何で君がここに来たんだ」
サンダーがそう聞くと、ロールは静かな声で切り出した。
「ちょっと報告すべき事が・・・」
カールを隅っこのソファに寝かせたフロアの面々は、少しだけ無駄な緊張が解けた気がしていた。
ジョージはタバコを吸い、デレクは窓から外を眺め、ラリーは報告書か何かを書いている。
エメットとトッドはソファに座り込んでいるだけだが。
「ふぅ、ところであのカメラマンの・・・・・・あ~、ロールはどこ行ったんだ?」
デレクがロール不在を思い出し、誰ともなしに聞く。
それに答えたのは、カールの隣に椅子を構えて座るシンディだった。
「彼なら二階に駆けて行ったわよ」
その言葉に、トッドが立ち上がった。
「あいつ、逃げる気じゃないか!逃亡のいいチャンスだった!」
「まさか、彼はラーマス議員に単独で近寄るほど好奇心旺盛なんだ。多分、捜査の手伝いでもしにいったんだろう」
ジョージが冷静に言うが、トッドはいまいち納得しきれない様子だ。
「そもそも、あいつが一番怪しい」
トッドのその言葉に、全員がトッドに注目した。
タバコを吸い終えたジョージが静かに聞く。
「どういうことだ?」
「いや、SPや秘書のエメットじゃない身内以外が議員を殺したとすると、カメラマンで一度、
食事の時に議員に近づいたロールが一番入室を許可されやすくないか」
トッドの推理は確かではあったが、粗は多かった。
「おいおい、確かにそうだがお前達や秘書さんがやったかもしれないじゃないか」
ラリーが横から口を挟む。
推理はまとまりそうにもなかった。
「何?マジでそういっていたのか?」
サンダーが静かにそう言う。
「ああ、カールを過剰に殴ったときに“また”って言ってました。確かに」
ロールが確証を持って言うと、サンダーは部屋の椅子に座り込んだ。
「今まで犯人は分からなかったが、それはかなりの手がかりだな」
しばらく椅子に座り込みながら考えていると、ロールはしゃがみこんでラーマスの腹を見た。
そこは、丁度ナイフが刺さっていた位置である。
「一箇所だけ腹を刺しただけで人って死ぬもんなんですかね?」
ロールはまじまじと傷口を眺めながら呟いた。
サンダーも反応して、ラーマスの骸に近づく。
「この腹の丁度へそにあたる部分は致命傷になりやすいんだ。そして、その後殴られた形跡も見える・・・」
サンダーは刑事っぽく解説をする。まぁ、刑事なのだが。
ロールはサンダーの説明を聞くと、サンダーの顔を見上げた。
「詳しいんですね」
「ああ、俺は刑事だからな。一応、それくらいの知識はある」
自信たっぷりに言ってのけると、ロールが質問をしだした。
「あの、やっぱり犯人はこの致命傷となる位置を知ってたんですかね・・・だとしたら、これこのことを
知っている人たちって、限られてくるんじゃないんですか?」
確かにそうだ。サンダーはロールの質問を聞き、はっとした。
「そうだな。その知識があると考えられるのは・・・」
「普通に考えれば、SPの2人はそれくらいは知ってるんじゃないですかね」
「確かに。でもまずは偶然かもしれない事を調べるのはやめて、殺害時、皆が何をしていたかを調べようじゃないか。
そっちの方が、頭も事も簡単に働くから好きなんだ」
サンダーが笑いながら言うと、ロールも笑う。
「そういうもんなんですね」
ロールはそう言って頭をフル回転させてみた。
「アリバイと行ったら・・・まずは事件を発見したのは・・・・・・・・・・・・」
「確か秘書の・・・エメットだったよな」
サンダーがそう呟きながらペンとメモ帳を取り出し、それにメモをしだした。
サンダーは エメット(秘書):第一発見者 と書き込む。
「で、彼の声が聞こえたから俺は部屋から飛び出して・・・」
そこまでサンダーは言って口を閉じた。
そして顔をロールの方に向ける。
「そういや、あのときロール、君はどこにいた?」
サンダーにそう言われると、ロールは顔をこわばらせた。
「ん?というと?」
「俺の記憶が正しければ、俺が飛び出すと同時にサラリーマンの・・・ジョージが出てきて、
でSPのトッドが走ってきて・・・お前はいなかったよな?どこにいたんだ?」
サンダーはそういってロールを眺めた。
右手はいつでもメモを始められるようにペンを持ち手帳においている。
「・・・そうですね、まだ言ってませんでしたね」
ロールは得意げにポケットに手を入れた。
そしてサンダーを睨みつける。
「これが・・・答えです!」
ロールはポケットから物を取り出し、サンダーに突きつけた。
サンダーは出てきたものに慌てて反応する。
「これは!・・・・・・・・・・iPod?・・・・・・・」
「はい、僕のクセはこれでミューズィィックを大音量で聞くこと。それで外の騒ぎが聞こえないで、
ジョージさんが呼びに来るまでまったく気づかなかったんです」
ほぉほぉ、とサンダーはメモ帳に記入する。
「とりあえず君はジョージに確認すれば完全に白となるな。第1号だ、おめでとう」
サンダーは笑いながらロールに言うと、いやいやとロールは手を振った後顔をこわばらせた。
そしてロールが顔を上げる。
「そして・・・今分かる範囲だとおしゃれSP・・・じゃなかった、デレクがまず確定できないですよね」
「それは一番怪しいな。たしか、議員に頼まれてラリーを探してたって。電話してもいなかったって言ってたな。
その線だと、ラリーも怪しいか・・・事件の時にどっかにいってたものな。デレクとラリーって所か」
サンダーはまたメモ帳に記入する。
「でもデレクって、俺と口論したやつしたやつだよな・・・」
「そうですけど・・・」
ロールの返事に、サンダーは真剣な表情をかもし出す。
「もし彼が犯人だとして、いちいち犯人を見つけ出させようと俺を脅すか?」
ロールはそれを聞いて考え込んだ。
「たしかに事件が発生した時のことを考えると、自分は真っ先に疑われるって分かってますよね・・・う~ん、謎だ。」
ロールが頭の中で試行錯誤を繰り返すうち、サンダーは手帳のページをめくった。
「他には・・・誰だったかな・・・」
「あとはバカップル2人・・・でもこの2人は男の方をゴッツSP・・・じゃなかった、トッドが見張ってたじゃないですか」
ロールが言うと、サンダーは記入を続けながら答えた。
「それがトッドはタイミングよくトイレに行ってたんだ。それで、可能性としては2人もな」
それを聞いたロールが驚愕の眼差しを向ける。
「ってことはその3人もまだ黒ですか?」
「いや、時系列的に言うとトイレのタイミングと殺害のタイミングが合うのは99パーセント不可能だと思うんだ。
トイレに行くと部屋を離れる、奴を殺す、暫くして秘書が死体を発見、まだトイレにいる・・・
これはいくらなんでも、若い2人が怪しむほど長い時間トイレに入っていないといけないことになる。
でもまさかってこともあるし、トッドの・・・発言も気になるしな」
サンダーはそういって手帳を閉じて上を向いた。
「可能性で言うと・・・ラリー、えっとデレク・・・あ、第一発見者の秘書くんもか。テレビドラマでも
「第一発見者を疑え!」ってよくありますよね」
「ロール、お前はどこかの国の2時間サスペンスを見ている気分になっているだろ」
サンダーが笑いながら突っ込む。
「まぁここ最近見るのにはまってますし」
「こっちも好きなんだ、サスペンスは。参考になるしな」
サンダーは笑いながら付け加える。
「捜査の」
「刑事さんから見れば、あんな都合よくいくものかって、突っ込みいれるところでしょう」
ロールも笑いながら言う。
サンダーはしばらく笑ったあと、不意に顔を真剣な表情に戻した。
「よし、現場検証はいいか。ってわけで、聞き込み捜査を始めますか」
立ち上がったサンダーは手袋を外しながらロールに言った。
ロールは頷くと、サンダーに声をかけた。
「サンダー刑事」
サンダーがきょとんとした顔で振り返る。
「何だ?」
「あなたを信頼してますよ。犯人を・・・みつけてあのSPをぎゃふんと言わせてみて下さい」
ロールの言葉に、サンダーはにやっと笑みを返した。
「それで・・・死体が見つかったときロールは一体何をしていたんだ?」
トッドがジョージに問い詰めている。
「彼は部屋にいた・・・それで・・・寝ていた・・・そうだ、彼は寝ていた」
ジョージの言葉にデレクが反応した。
「寝てた?何で彼は寝ていたんだ?」
ジョージは返答に困ったように頭をかいた。
「そんなの私が知るかよ。多分、明日仕事で早く起きなくてはならない、とかそういう感じだろう」
「でも、それだと疑いは晴れないわね」
シンディが横から口を挟む。
その言葉に、トッドはシンディを振り返った。
「お前さん達も十分怪しいんだけどな」
その言葉に、シンディは今まで見せた事の無いような得意げな顔をした。
「そんなこと言って、私はカールと一緒にいたんだから彼が一緒にいたって証言すれば、私たち2人の疑いは晴れるわ」
「そのカールが問題行動ばかり起こすから、事件がまとまらないんだろ」
トッドは嫌味っぽく返したが、シンディに軽くスルーされた。
そのとき、脇のソファにいたラリーが声をあげた。
「あ、刑事とカメラマンじゃねぇか」
その言葉に全員ホールにある階段に注目した。
サンダーとロールが降りてきたのだ。それを見た秘書エメットが言う。
「君たち、一体何してたんだ?」
「現場検証さ」
サンダーは間もなく答える。そして続けた。
「そして、これより本格てきな聞き込みをはじめたいと思う」
サンダーの言葉に全員が驚きの声を上げる。
「本当か?」「そこまでするのか?」「今ここで・・・?」
それら声にサンダーはあっさりと返答する。
「そうだ」
「でもちょっと待てよ。捜査権とか必要なんじゃ・・・」
「今は緊急時だ。犯罪者がいるこの状況の中に、君たちもいたくはないだろう」
サンダーは人生の中で、一番冷静な返答をしている、と自分で思っていた。
「それでも・・・」
「いいから、刑事である私の命令に従え!」
サンダーは反対するラリーに怒鳴りつけた。渋々ラリーは後退する。
そのとき顔を下げていたデレクが顔を上げた。
「分かった。俺がやれと言ったんだから従う。でも、その・・・お前は何で刑事と一緒にいる?」
デレクはロールを指差しながら話し続ける。
「事件については素人だろうし、刑事にとってもお前は第三者なはず。なのに、何でお前が一緒にいるんだ?
俺たちがまとめると、事件発生のとき部屋で寝ていたお前が一番怪しいという結論にだな・・・」
「ちょっと待て」
デレクが感極まってきた所を、サンダーは指で静止させた。
「どうしたんだ?」
デレクは拍子抜けしたような顔を向ける。
「その・・・ロールは寝ていた・・・といったか?」
「・・・言ったが何か」
サンダーはデレクの言葉でロールを見つめた。
下を向いてうつむいている。
サンダーはそれを見て、にやりと笑った。
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