ゆのさんのボーイズ・ラブの館

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6・・・病院



日樹は夢を見ていた
西蘭学園に通っていた中学三年の自分を
今から1年前のこと

12月、クリスマス間近のその日はいつになく冷え込んでいた
そのはず、外はすでに一面真っ白な雪化粧をほどこされていた

「先生・・・どうして見てくれないの・・・」
日樹は目の前の男が目を伏せ、自分の姿を一切見ないことを
悲しい瞳ですがるように見つめ続けた

そこは暖のない美術準備室
冷たい床から立ち上がることも出来ずに

いくら懇願しても相手は望みを聞き入れようとはしない

だが決して拒否ではない
男も必死に耐えていたのだ
己に対する怒りを抑えて

その証拠に、床に崩れ落とした膝頭に置かれた両手のこぶしは
力いっぱい握り締められていた

「お願い先生・・・僕をみて・・」
何度も何度も繰り返す

先生!・・・

そう声を発していたのだろう
自分の声を耳にして
目を開けた

夢・・・?
眠っていたのか・・・

「日樹!」

目の前にいるのは義兄の朋樹だった
今までに数度見たことがあるかないかの表情をしていた
会社の重役でもエリートの風貌でなく、義弟の容態を心配する
ただの一人の男

日樹が運ばれたのは自宅から近い、大学付属病院だった
連絡を受け、一番に駆けつけた朋樹が片時も放れず付き添い
意識も戻らずうつらうつら眠り続けている日樹をずっと見守っていた

時折、うわごとのように何か言っていたが
聞き取れはしなかった
その度、日樹の額に手を当てそっと髪をなで上げながら
“どうした日樹・・・”
ささやき続けていたのだ







完全に意識が戻ったのは事故から数時間ほど経った宵の口
日樹の瞳がうつろに開く

「気がついたか?日樹」
義弟を気遣う穏やかな口調だった

「・・・義兄さん?・・・」
義兄の顔がぼやけて映りながらも確認できた

日樹はしばらく辺りの様子をうかがっていた
ゆっくりと順に目を移す
見知らぬ部屋、指の付け根に刺さる針と、そこから伸びる細い管の先には
液体の入った容器が吊り下がっていた

点滴・・・?

そしてどうやらベッドに横たわっている自分を認識する
「ここは・・・?」
「病院だよ」
「・・・病院?」

上体を起こそうと体を動かした時、全身に鈍い痛みが走り
クラっと眩暈がした
頭もズキンと重い
思わず頭を押さえた腕には擦り傷があった

「動いてはだめだ!」
とっさに日樹の体を押さえ、もう一度ベッドに横たえさせる

「事故にあったことを覚えているか?」
「・・・事故?」
「左足の大腿骨を骨折してる」
「・・・足を・・・」

陸上選手の日樹には残酷すぎて言いにくい言葉

そうか、だから感覚がいつもと違うのか・・・
日樹は事の次第を少しづつ理解していく

足にはベッドの柵越しに牽引のおもりが下げられている


『頭部は何も異常ありませんでした 
左足大腿骨の骨折は、支えとして二十センチほどの金具を埋め込み、約三ヵ月後に取り外すします』
『運動はいつごろから?』
『リハビリは早い時期に始めて結構ですが、激しい運動は金具をはずすまで避けてください』
『彼は陸上をやっているのですが、その辺の心配は』
『完治まで時間はかかりますが後遺症は残らないはずです、ですが・・・』

不安を和らげようと朋樹が事実を包み隠さず伝える
少し前に医師から受けた説明
気休めではない真実

「安心しろ、少しの間だけ我慢すればまた走れる」
「・・・走れる・・・」
「ああ、だから何も心配いらない」

部室で自分に対する中傷を聞いてしまったのだ
忘れていた過去 もう記憶から消すことができたと思っていたのは思い違いだった
消えてなどいない
その後、交差点で・・

今、全てを思い出した日樹は、朋樹から顔を背けた




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