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11階南病棟・部屋からの景色です見えている景色はハーバーランド&メリケンパークです。写真中ほど右寄りの赤いタワーがポートタワーです港町らしくタンカーも停泊しています燃えるような夕焼けではありませんがそれなりに情緒のある夕景ですそして、夜景です・・・がケータイでの撮影ですので、なんかショボイです~~住んでいると気付かないものですが神戸ってホントにきれいで住みよい街です 昨日主治医よりもう、おそらく自宅に父を連れ帰るのは無理だと言われました そしてそろそろ・・・麻薬の処方も考えて行きましょう!と、言われました 父は苦しくて辛いのに頑張っていますでも・・・この頑張りを私がさせているのだと思うと つらいです・・・・
2010.04.30
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昨日4月27日火曜日の血液検査結果WBC 2,2L (3,9-9,8)RBC 247L (410-570)HB 7,3L (13,4-17,6)HT 22,0%L (39-52)LDH 255H (120-250)CRP 0,3 (0-0,5)CPK 9L (60-250) そして問題の白血球の中の検査結果はLIMPH 2%L (19-61)OTHER 36%(0-0,5)前に書いたと思うけど、このOTHERが白血病細胞で今回の治療後、今の時点ではほとんど変化は見られないようです先程、主治医が回診に来てくれた時に、今回の治療経過を聞いたところ白血病細胞はやや減ってはいるけど、比率にほとんど変化はなかったけど少し元気が出て、ちょっとでもご飯が食べれるようになって、副作用もそんなに出ないようならこのすきに一旦退院しましょうと言われました。ほんとに最後通告のような一言ですが私はまだあきらめたくないので、後日もう少し時間のあるときにもっとしっかり聞いてみたいと思いますなんせ、今夜主治医が部屋に来てくれたのが10時前で、私も歯磨きしている途中で、何か落ち着いてお話しできない状態やったもんで...。本日の父は、熱が7度4分ありますが、割と体調良さげで吐き気もおさまり、夕食も1割程度食べ、先程もすりおろしたちっちゃめのリンゴジュースとおせんべい1枚食べましたドラマ「臨場」を真剣に楽しそうに見入って、その後ニュース見て元気に突っ込んでいます今日は一応退院を見越して、ケアステーションのケアマネさんに病院まで来て頂き父の病状の経過と、今後自宅に帰ってからのすぐにヘルパーサービス利用できるようにこちらの希望と、ケアマネさんのアドバイスを交えて父に必要なケアプランの作成をお願いしました。実際今の父を見ていると、自宅に帰って無事に過ごせるのか心配ですがひょっとしたら、自宅に戻ったら、いつもの退院時のときのように元気になるのではないかとはかない希望抱いていますそれににゃんずにもさみしい思いさせているので、たとえ1カ月でも親子とにゃん子たちのファミリーで楽しく過ごしたいです!!
2010.04.29
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日々変化する父の病状に闘病記がフラフラと迷走してしまっていて、読んでいて下さっている方々には中々どれがいつの話やらわからなくなっているかもしれないけど・・・。 まあ、別に話の順序が多少前後してしまっても、一応一話完結でお送りしているつもりなので(なんのこっちゃ!?ですが)あまり深く考えないで、その日その日を楽しんで頂ければと思っています(て、決して楽しめるような内容ではないとは思うけど) さて、ずっと前の続きになりますが今日は父が副作用で夜中に下血した時のちょっとびっくりなお話をお届けしますね 私たち親子はいつも宵っ張りで、毎夜TVが強制終了させられる12時までしっかりTV鑑賞を楽しみ、それから父のストマの処理とおしっこを済ませて12時半ころ眠りにつきます。あの時も一旦眠って2時ころ、父が「おしっこ!」と言って起き上がろうとした途端に、嘔吐を始めたので、私もびっくりしてあわてて起き上がり、しっかり起き上がることのできない父の体を抱きかかえてしっかりと起こし、背中をさすりながら「気分悪いの?」と声をかけるけど、父はベッド脇に置いていたゴミ袋をつかみ取りその中に嘔吐を繰り返していました。入院してからずっと絶食で、やっと出だした食事も全く食べていなかったので、吐き出すものはほとんど胃液のようなものだけでしたが、ゲロゲロと悶絶する父に代わって私がナースコールし、ほどなくして看護師が駆け付けてくれ、嘔吐している事を説明するとすぐにナースステーションに取って返しゲロ受け(なんて言うのか知らないので)を持ってきて「これに出して下さいね!!」と、言いながら血圧・酸素量を測りと、まったく平静時と同じ対応で、その間も父は嘔吐を繰り返しているので、何とか嘔吐を止めるとか医者を呼ぶとかしないのかとイライラしたけど「血圧も酸素量も大丈夫そうなのでもう少し様子を見ましょうか・・・」と言ったその時、父の人工肛門の辺りからグルグルっと大きな音がしたので、私がパジャマをめくってストマをみると、その中には大量の赤黒い血が出てきていて、それが絶え間無く湧き水の様にドンドン増えて、あっという間にパンパンになってしまったので、まだ嘔吐を繰り返す父を看護師に支えてもらい、私がストマの中の掃除をする事にします。 (このストマと言うのは袋状なので当然ながら満杯になるとパンクして大変な事になります)私はストマの処理をしながら看護師に「これって、この前大腸に穴が開いた時と同じ症状なんやけど、ほんまに大丈夫なん?」看護師は血圧も下がってなくて却って少し上がってるくらいなので大丈夫だと言います。「そんなこと言って、大腸に穴が開いた時も血圧下がらなくて200近くまで上がったんよ!」と、食い下がると、やっとの事で一応ドクターに相談してきますねと部屋を出て行きました。 で、待つこと10分ぐらい(入院中の身の上で、ここは病院なのに何でこんなに時間かかるのかようわからんけど)やっと戻ってきたと思ったら「今日の内科の当直医は呼吸器なのでちょっと対応出来ないので、今から主治医に連絡とりますね」 ひゃあ~~~~私はちょっと卒倒しそうになりましたこんだけ待たせておいて、今から主治医と連絡やなんて・・あたしゃもうとっくに主治医と連絡取れてるもんやと思っていたんですけど・・・(トホホ・・ 「今から主治医と連絡取っても仕方ないやん!下血なんやから消化器科のドクターに診てもらったらええんとちゃうん?」 (関西人て、切れるとものすごく関西弁丸出しのちょっと汚い言葉になっちゃいます←私だけかもですが・・・) で、ここで白衣の天使から帰ってきたお言葉に、私はほんとにブチ切れました 「あの、血液内科での入院だと、主治医の指示がなければほかの科のドクターは診察する事は出来ない規則になっているんです。」 お見事ノックアウトされちゃいました 「そんなんおかしいやん!まるっきりお役所仕事やん」はい!正に中央市民は神戸市の第3セクターなんですけどね 「ここは病院でしょ!?父を診れる医者もおらへんの?このまま何もせんと放っとくの!?」 私の剣幕に、只々決り事でごめんなさいと謝る看護師。実際この看護師さんは本当にいろいろ親切によくお世話して下さるとても優秀な看護師だと思うんですが、如何せん、中央市民は危ない橋は叩いても渡らないお役所仕様みたいです このほかにも私は結構きつく看護師さん責めたような気がするけど、ほんとに良くできた看護師さんで、私をなだめながら、父を気遣い、その上で中々連絡の取れない主治医に連絡してくれたり、救急外来のドクターにお願いしてくれたり、ほんとによくやってくれました。 で、結局、主治医の一人と何とか連絡がつき下血が延々と続かず、おなかに痛みがなく、血圧も100を切らないようだったら副作用の範疇なのでそのまま朝まで様子を見て下さいとの事でした。 私も主治医のこの言葉を聞いてはっと冷静になったのですが確かに急な発熱と下血に嘔吐までは大腸に穴が開いた時と同じなんですが大腸に穴が開いた時は、ドクターが触診できないほどの激痛が有ったのを思い出しました(看護師さんごめんね) 父もその後嘔吐もおさまり、下血も一袋半ぐらいで収まり、発熱も9度くらいまでで何とかしのぎ、無事朝を迎える事が出来ましたが、私の方は結局ほとんど眠る事が出来ずに朝を迎えました。でも、実際真夜中の患者の緊急事態と言うか、急変に病棟に看護師二人だけでどこまで対応できているのかは疑問です。でもでも、この状況も致し方のない事で、現場の看護師さんたちは身を粉にして目一杯患者のお世話をしてくれていますので、病院の看護体制に不満なある患者家族は病院に文句を言うばかりでなく(反省です)身内でしっかりフォローする以外ないと思います。 で、この下血という大きな副作用を以ってして、主治医にある宣告をされる事となったのです。
2010.04.28
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今回の父の化学療法メニューはLSG15療法をフルクールこなすのはとてもじゃないが無理という事で この中の「エトポシド」という抗がん薬を使いました。抗がん治療1日メニューフルカリック1号903ml(高カロリー点滴)24h 8:00 ソルデム3A・メイロン1A 500ml 12h9:00 マキシビーム1g/生食100ml 1h (8時間ごとに1本・1日に3回)いつもの治療薬(抗生剤)10:00 デノシン20mg/生食100ml 1h (12時間ごとに1本・1日に2回)いつもの治療薬(抗サイトメガロウイルス剤)11:30 カイトリル3mg(制吐剤)30min12:00 エトポシド100mg/5m 150mg ブドウ糖500mg 5% 500ml 90min14;00ファンガード50mg ブドウ糖液100ml 1h 以上となっています。これを先週の金・土、日曜日に休憩をはさんで月曜日と計3日間の治療を終了しました。投与開始より本日で5日目、ボチボチ恐怖の副作用機関へ突入です。(通常、父の場合の副作用機関は大体5日目より14日くらいまで言われています。副作用期間の数え方は投与開始日より数えるので、今日からちょっと緊張しなきゃいけない事になります。ちなみに前回の夜中の下血もちょうど5日目に起こりました。) 主治医は今回全く別の治療薬を使ったので、多少の効果は期待できそうだと言っていてこれでこの前のように下血などの副作用が出なければ来週あたり一旦退院できそうです。 ただ、この治療に効果が有ったのか無かったのかはまだ解らなくてこれからの検査でわかる事になるのですが万が一にも、これで白血病細胞に全く変化がなかったりしたら・・・なんてこと思うと、ちょっと凹んじゃいますけど今日はちょっとしんどそうにしている父ですが、前回の治療後は気分がすぐれなくて全く眠れなかったのですが、今回は今もですが、よく眠れているので、効果が有りそうだと期待を持っています。 で、昨日の夜、悲しかったですが沖縄行の航空券と、ホテルキャンセルしましたホテルはキャンセルチャージかかる前だったので、キャンセル料発生しなかったけどエアーチケはスーパー先得なんぞを購入していたために、45000円ほどのチケット料金に対して、キャンセル料と手数料合わせて22000円ほど・・・(モッタイナイ・・ダブルマイルもパアやし・・ 私が最後に旅行に行ったのは昨年の6月の北海道・・・もうじき1年になります。。。 いろいろ仕事やりくりして行く年2回の親子旅行がとっても楽しみでその企画段階の時間がとても大好きな私なのでもう一度、今度は6月後半の安い時期を見計らって、近場で計画たてちょっと楽しみたいと思います
2010.04.27
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4月26日(月曜日)先日思わせぶりに「ちょっと嬉しいお話...」なんて書いておいてそのままになっていましたがあの時のちょっと嬉しいお話には二つありまして、一つ目は、父が依然入院中に感染した「緑膿菌」保菌者としてのブラックカードが見事解除されたのですこの緑膿菌に関しては、父のような免疫力低下の病気を患ったものは一度感染すると、体内から消し去ってしまう事は非常に困難で、父も感染が確認された時恐らく今後この菌が消えることはないと思う!と主治医に説明されました。以前にも書きましたが、今回の入院に当たっては父がこの緑膿菌のキャリアと言う事で、隔離されることになり感染病棟の広い部屋にポツンと一人で放置されることとなり、極端に人との接触が少なくなるのでせん妄症の進行が気になったのと、突然の非常事態に看護師がなかなか気付かないのではないかという不安と、病院側からの控えめなお願いにより病院で寝泊まりする事に決めたのですが・・・。なんと目出たい事に父に貼られた「感染者」のレッテルが剥がされたのです入院以降市民病院の規定にのっとり、間隔を開けながら3回にわたっての尿検査がいずれも陰性で有れば感染者としての扱いは解除となるらしく本日目出度く感染病棟の隔離室から解放されることとなったので、お部屋を移動しました でも・・・ 広い感染病棟の個室は差額ベッド料金発生しないのですが本日移動した眺めの良い個室は、差額ベッド料金が必要になります血液内科のテリトリーである9階南病棟がキュウキュウ(これは普段とても真面目なY先生が知ってか知らずか仰ったダジャレです)で、今父に対応できるお部屋の空きがないという事で、11階の個室への移動となりました。個室の割には部屋代休めなのかもしれませんが、なんせ1日計算なので、1週間、10日といるとそれなりのお値段になってきますでも、まあ、お部屋は明るく、窓からは港町神戸らしい景色が広がり、部屋の設備も揃っていているし、まあ、GW前に旅行に来たとでも思って、ホテルに宿泊しているつもりで過ごす事にします でも・・・ どうか・・・ 10日ほどで退院できますように ほんま、医療費貧乏とは、こういう事やったのね そうそう、もうひとつのうれしいお話の旅行の件は数日前に出た副作用の下血と、今回の再化学療法のおかげでお流れとなりました沖縄はまたのお楽しみに取っておく事にします
2010.04.26
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GWも間近かだというのに、昨日今日とチョー寒いです明日からはお天気も良く暖かくなるとか…温度完全管理の病院の中にいる父もやはり暑い日は暑がるし、寒い日は寒い寒いと言って大変ですしかも体重も45キロとかだと、特に寒さは骨身にしみるらしくお部屋の暖房温度をぐっと上げるのですが、一緒にいる私には暑すぎる温度なので結構汗だくになったりしています昨日から新しい化学療法に入った父ですが今の所おう吐ぐらいの副作用で一昨日の事を思うとずいぶん元気にしています今朝の私の出勤時は「行ってらっしゃ~~い」と、ご陽気に担当看護師さんともどもお見送りしてくれました父の今回の化学療法はLSG-15の一部抜粋療法で行きますLSG-15をフルで行うのは到底無理なので効果を望めて負担が少ないものを選んで治療するみたいで昨日・今日、明日の日曜日に休憩をはさんで、月曜日と3日間の治療となります。んで、いつもの事なんですが抗がん剤投与が始まると、ステロイドの影響か必ず元気になる父ですが、今回もご多分にもれず、今にも死にそうなほどの体調の悪さが吹っ飛び色々文句を言うほどまでに元気になっています。怖いのは副作用の現れ始める週明けぐらいからですそれにしても・・・ほんとに、体調の変化が極端で今日は死ぬかと思えば、翌日にはケロッと元気になっている・・・分かってはいるけど、看病する方はほんま疲れますまあ、何とか月曜日まで元気に過ごし今回の治療を最後まで続けて欲しいですね
2010.04.24
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只今、4月22日(木)22:00先程、主治医のY先生とお話ししました。今週に入って月曜日あたりはかなり体調が良くなっていた父ですが火曜日より絶え間ない吐き気で、せっかく解禁となった食事も全く手つかずお薬を飲むのも大変で、朝は10錠ほどの錠剤と下痢止めの粉薬一包を服用しなければならないのですがお水を飲みこんでも吐き気をもよおすので、今週に入ってからは朝、薬を飲ませるだけに30分以上も時間がかってしまい、ついに今日は出勤時間に間に合わず、3錠ほど飲み残したまま看護師さんにバトンタッチして出勤しました。もちろん食事もオールゼロで、大好きだったヤクルトも飲んでくれません。お水もお薬飲むとき以外は欲しがらなくなったので、非常に心配なので何かの副作用なのか、それとも、今回の治療に進展が見られず、病状の悪化なのか主治医に聞いてみる事にしました。この事を看護師に伝えたのが仕事帰りの夕刻なので、今日主治医から話を聞くことは無理だろうと思っていたけど、Y先生本日外来担当の日で、診察が終わった21時前ころに様子を見に来てくれました。とりあえず、お薬に関しては非常に難しいけど、極力必要なものだけに絞って、点滴で代用できるものは点滴に差し替えてくれる事になりました。(結果は心臓のお薬のシグマートとヘルバッサー、眠前のレスリンだけになりました)食事に関しては、どこかで詰まってたりしても困るので、高カロリー点滴もしていることだし、無理に食べる必要はなく、体内に摂取している分ぐらい出ていれば今のところは心配ないとの事でした。で、その後主治医に促されて人気のないナースステーションで父の現在の状態を説明されました。主治医からの説明を簡単に言うと、今回行った化学療法は全くの無駄足でした。というよりはむしろ、事態はより深刻で本来抗がん治療によって、ある程度白血病細胞を撃沈出来ていなければならないはずなんですが、治療後のデータを見せてもらうと、化学療法後、当初高かった白血球数が副作用の出るころにガンと減り、その後輸血や白血球を増やす注射によって白血球が正常に戻ってきたのですが問題は、白血球の中の白血病細胞の比率で、治療後その比率が高くなっていたのです。これはどういう事かと言うと、今回の治療は父の病気細胞を攻撃するのではなく、健康で正常な細胞を標的にしてしまったという事で、父の体の中の健康な細胞が激減し、悪魔と化した白血病細胞は攻撃をするりとかわしグンと勢力を伸ばしてきてしまったという事なのです。主治医曰く、この辺のややこしいとこが成人T細胞の怖いところで、一度運よく叩けても2度目には白血病化した細胞が薬剤耐性を持ってしまい治療困難に陥ってしまう、ゆえにこの成人T細胞白血病リンパ腫の平均余命が半年とか1年とか言われる所以だという事に他ならないという事だそうです。で、主治医Y先生と再度今後の治療についての話し合いとなりました。今回の化学療法の結果を以って、父の状況はまたもや大きく変化し、一度はこのまま緩やかな抗がん治療で出来るだけ穏やかな余生を楽しんで人生を全うしようとの結論が出ていたのですが、この緩やかな抗がん治療が全く効果がないとなると、そうそう余生を楽しんでいる時間もなく非常に危険を伴なうがある程度の治療効果の期待できる化学療法を試みるか、効果はほぼ期待できないが緊急な危険性の少ない今の路線での(この治療に関しては全く無意味なわけですが)化学療法を継続するかの二者択一を求められました。主治医は本来ならこの命の選択は、主治医たる医者が方向性を指し示し患者本人がするべきものだと思うけど、今のお父さんにはそんな酷な事はさせられないし、また無責任なようだけど自分たち医者が決められるものでもないのでお父さんの事を一身に背負って頑張っているあなたに決めてもらう事が一番なのではないかと言われました。私の心はほぼ決まってはいましたが、今一度確認の意味でもし今の緩やかな化学療法を選択した場合、現時点でさえ白血病細胞を抑制出来ていないのに、今後、今と同等の抗がん治療を続けて意味が有るものなのか、尋ねてみました。主治医の答えは、予想通りまさに私が疑問を抱いた通り、ほぼ意味をなさない治療になるという事でした。だったら私自身もとろとろ迷っている余地もなく、私は当初からの希望通り「だらだらと効果のないつらい抗がん治療より、たとえ命を落とすことになったとしても、もしうまくいけば今の苦しい状況から脱却できる可能性のある厳しい抗がん治療を望みます!!」「わかりました。まだ方法もないわけではないし、色々やれる事を考えてやってみましょう!あなたの希望は最初からそうだという事はわかっていましたからね!ただ、今回の軽い抗がん治療でさえ下血騒ぎとなったわけですから、まさに命がけ、いざという時の覚悟はしておいてもらわないといけないですよ」という事で主治医は、善は急げ、時間の余裕もないので急きょ明日・明後日、の金土と日曜日は自分がいないので休んでやれるようなら月曜日の3日間での抗がん治療を処方してくれる事になりました。
2010.04.23
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今日は、父のお昼ごはん終わってお薬飲んで歯磨き消毒を済ませ、にゃん子の顔を見がてら自宅に戻りお風呂に入って、2時間半後位に再び病院に戻ると、父が苦しそうにうなっていました。もちろんナースコールはしていなかったみたいなので、看護師さんたちは気づくことなく放置状態で一人で苦しんでいたようです。仕方のない事ですが、緊急の体調変化はしっかり自分でアピールできないと入院生活に於いて、そこそこ運が良くなければ気づいてもらえなのかもしれません。で、私がナースコールをして看護師さんを呼びました。(苦しむ患者の元へ息を切らしてドクターが駆け付けるなんて、まさにドラマの中だけのおとぎ話です)看護師さんは血圧測って、酸素濃度測って「どこが苦しいですか?」などと本人に確認して「血圧も問題ないし、酸素もしっかりあるし、大丈夫みたいですよ~~」いや、この対応は素人の私がいつも普通に自宅でやっている事なんですけどね。。。まだ書いてないんですけど、先日の夜中の下血時と言い、なんか病院てとこはデータに異常がないとほとんど対応できていないような気がします。経験がものを言うなんて、一昔前の話になっているのかもしれません。ただ、看護師さんがイマイチ対応出来ないのにはそれなりの理由が有って、父の言う事があやふやで心臓が痛いのか肋骨が痛いのか、はたまた胃が痛いのか、はっきりと伝わってこないので看護師さんもどうしたものかわかんないみたいです。でもそこは長年連れ添った親子、父の言わんとしている事は伝わってくるので、看護師さんが筋肉痛として湿布薬持ってきましょうかと言った時には、即座にこれは筋肉痛の症状ではないです!!と、一応強く否定しておきました。 で、結局、心電図とって、それも異常ないらしく(心電図に異常が出るようならかなり悪いと思うんですけど)どうにもこうにもらちが明かないので「ミオコールしましょうか?」と提案して、私がスプレーし暫く待ってみる事にするけど、いつもなら大体10分ぐらいで収まる胸痛が今日は30分と非常に長く、私としては沢山服用している飲み薬と点滴されている薬の副作用ではないのかと気になったけど、これまた、副作用出ようが今の父にこのお薬たちは命綱なので、服用しない訳にもいかないのが、何ともなんですが・・・(ションボリ ナースコールして30分後位、ちょっと落ち着いてきたころに主治医が診に来てくれました。そしていろいろ問診した結果、お昼から食事を取り始めた事によって久し振りに意の中に食物が入った事によって胃が痛いんじゃないかという診断でした。とりあえず、痛みも落ち着いてきたみたいだし、大丈夫だと思うのでしばらく様子を見ましょうという事になりました。 んで、結局その後体調良くはならなかったけど、悪くなる事もなく、でも、夕食はおもゆを少し飲んだくらいでした。入院以降はほとんど絶食で、数回出た食事もほとんど手つかずだったので、待ち焦がれた食事でしたが、胃が落ち着くのに少し時間かかりそうです。 さてさて、父の胸の痛みも主治医によって久々に食事をとった事で胃がびっくりしているだけだろうという事が判明しほっとした所で、主治医からとっても嬉しいお話が有りました。 でも、もう日付が変わってしまいそうな時間なので、続きはまたにします。 おやすみなさい。。。
2010.04.21
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ここのところ水便の量が少し減り、ほぼ1時間ごとに便の処理をしていてなかなか熟睡できなかったけど、3日ほど前から夜中1~2回ほどの処理で済むようになったので、結構熟睡できるようになってきたので少し万年睡眠不足状態から少し解放されたような気がします。昨日4月19日月曜日の血液検査結果WBC 3,4L (3,9-9,8)RBC 279L (410-570)HB 8,1L (13,4-17,6)HT 24,2%L (39-52)LDH 340H (120-250)CRP 1,9H (0-0,5)CPK 5L (60-250)輸血と16~18日までの3日間・計3回の白血球を増やすグランシリンジの注射によって血液状態がかなり改善され、下痢の量も幾分減ってきていてほんのすこしだけですがとろみが出て少し濁った泥水程度になってきたので、本日お昼より3分流動食解禁です!!うれしい半面またまた前回のように食べ始めた途端下血なんて事になると、恐らく再度絶食という事になると思うので、少し冷や冷やですが、とにかく固形物を口からとらないと、体重の減少がどうにも止まらず、先程計ったら衣類全部着用で46,4キロ、脱ぐと45キロぐらいだと思うので、この状態でもし何か非常事態が起こると、とてもじゃないけど持ちこたえられないような体重になってきているので、早いとこ50キロくらいには戻してあげたいんですけどね。。。で、本日お昼から更に内服薬の追加ですクラビット500mg(抗生剤)フラジール250mgクラビットは抗炎症剤として時折処方されますがフラジールはネットで調べてみるとトリコモナスという原虫を死滅させる作用があります。トリコモナス症を治療するお薬です。胃潰瘍又は十二指腸潰瘍におけるヘリコバクター・ピロリの除菌の補助となっていました。これって、実際はどっちに感染しているんでしょうね?(後で聞いてみないとね・・・)まあ、免疫ないから何にでも感染するのは分かっているけど、原虫とは・・・また時間のあるときに「トリコモナス」も調べないとです。。。ほんと、何かを調べると、そこにわからない事が出てきて、更に調べると更に意味不明な事が出てきてほんで、最終的理解できればいいけど、最後までいっても結局なんのこっちゃ てなことが多いのが医学の世界・・・まあ、これも当たり前っちゃ当たり前なんやけどもっと簡単に素人にもイッパツで理解できるように解説するのは無理なんでしょうかね~~~
2010.04.20
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4月16日現在の父の採血データWBC 1,1 / 3,9-9,8RBC 239 /410-570HB 6,7 /13,4-17,6HT 21,1 /39-52LDH 350 /120-250CRP 4,2 /0-0,5貧血が進んでいるので輸血と白血球数も少ないので白血球を増やす注射とものすごい下痢なので下痢止めを処方されました。下痢は完全な水便で1日の総量が2000ml~3000ml相変わらず絶食で食事は中心静脈注用高カロリー点滴とジュース類だけなので、点滴の輸液がそのまま何も吸収されずに便となって出ているようです。この症状は昨年の病気発症時と同じで、当時は人工肛門ではなかったので身体に腸壁から漏れた水分が溜まって、全身ひどいむくみとなっていました。治療がうまくいってむくみが取れたときには10キロも体重が落ちたほどです。その事を思うと、人工肛門になっていたおかげで、水分が腸壁から染み出す前にストマに水分が溜まるので本当に良かったと思うと同時に、今回はほとんど動けないほどに強烈に副作用が出ているので、便が勝手に人工肛門に溜まってくれるというのは、頻繁に便意を急き立てられトイレに行く必要がないので体力的にかなり楽になるので、今更ながらに人工肛門の有り難さを痛感しています。さて、父の入院後の経過ですが4月1日に下血での救急外来からそのまま入院となり、そのまま止血剤と絶食なので栄養剤の投与を続け、出血がある程度収まるのを待って、一部ステロイドの先行投与から始まって8日の日に軽めの抗がん治療をしました。薬剤はいつものオンコビン、エンドキサンに今回はテラルビシンが使われたようです。9日の金曜日には、もう点滴の針が刺せないという事で、高カロリー点滴と今後の輸血や化学療法に備えて首の付け根あたり、肩口に中心静脈カテーテルをしました。前回の手術入院時にカテーテル引き抜いた経緯があるので、少し不安でしたが、今回は幸いな事に比較的せん妄症状も出ていないししっかりと3か所で縫いつけてくれているので、ぶらんぶらんして引っ張られる事もないので、異物だと感じる事もないのかちゃんと肩口の点滴の刺し口として認識してて今のところ無事です(^O^)/入院後は絶食続きに文句言いまくりなほど元気な父でしたが、11日の日曜日から少し言葉少なになり、待望の食事解禁の12日月曜日の夕食時にも左程喜ばず半分弱ほど食べただけで、13日火曜日の朝はほとんど手つかず、昼食と夕食はそれぞれ半分弱。体調の方も火曜日の夜にはかなり悪く、看護師さんともまだ副作用が出るには早すぎると思うけど、何でこんなにしんどそうなんやろ???と、話してはいたのですが・・・。結局この日の夜中に大量下血となり、翌朝にはとんでもない宣告を受けることとなったのでした。この事はまた明日にでも書きますね!
2010.04.19
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入院4日目の4日の日曜日の夜の事この夜は私の仕事が翌日お休みなので、いつも広い部屋にポツンと一人ぼっちではあまりにもかわいそうなのだし、ひどいせん妄症が出ても困るし、既に点滴の影響か頻尿で30分に一度くらいトイレに行くので看護師も結構大変そうなので、お泊まりしてあげる事にしました。その事を夜担当の看護師さんに伝えると、娘さんも病院での看護と仕事の両立で大変だし、主治医の先生が眠れないという事で眠剤を処方してくれたので、今夜は多分お休みになられると思いますから大丈夫ですよ!と言ってくれました。私は眠剤の服用には前回の入院中での事件以来結構神経質になっているので、何を処方されたか聞いてみました。すると、12月頃まで服用していて、その後せん妄状態もどんどん改善され今年に入って服用を中止したレンドルミンというお薬でした。ただ、このお薬最近少々問題があって、2月から3月にかけて少しパニック症状が出て眠れない時に使ったのですが、以前服用していた時には何の問題もなかったのに、なぜだか異常に効きすぎて、夢遊病者のようにふらつきろれつも回らなくなり、本人いわく8時間ほど経ってもまだ船に乗っているような感じで、お薬の効果が抜けるまでに半日以上かかったので、ちょっと不安なので看護師にその事を伝えると、看護師もそれなら危険だからやめておきましょうかと言ってくれましたが私もこの先ずっと毎晩付き添うわけにはいかないので、もしこの薬飲んでぐっすり眠れたならそれに越した事はないし、自宅での事もひょっとしたらたまたまだったかもしれないので、「今夜は私が付いているし、ひょっとしたらなんの副作用も出ないで静かに眠れるかもしれないので使ってみます」と言って、寝る前11時頃に飲ませたのですが・・・。お薬はすぐに効き目を見せ、父は30分もすると大いびきで眠りはじめたので、私も横の簡易ベッドに横になり眠りにつきました。それから1時間ほどして、「おしっこ!!」と言って起き上った父に、父が一人で立ち上がると危険なので私も大急ぎで起き上がり、父が立ち上がる前に身体を支えましたが、案の定、父はふらふらでモゴモゴと何を言っているのか分からない状態で、点滴もつながっているし危ないからトイレに行くのは止めて「しびんでして」と父に言うと「いやや、トイレに行く!!」と言うので、その時は何とかトイレに連れて行ったのですが1時間ほどのち再度トイレに起き上った時にはもっとふらふらの酩酊状態で、私も強引にでもその場でさせればよかったのですが、1回目はちゃんと行けたしと言う思い上がりから、結局ふらついて転倒する父の体を支え切れず、父は転倒し、運悪く右目がそばにあったパイプ椅子にまともに打ちつけものすごい事になってしまいました。幸い眼に異常はなかったけど、ボコボコに殴られたボクサーのような目になってしまい2日ほどははれて目がふさがって見るも無残な顔になっていました。その後も痛い目をアイスノンで冷やしながら、いつまでも立ち上がるたびに船に乗っているみたやと言い、そのふらつきがなくなったのは午後になってからでした。で、主治医にもちゃんと処方して頂いたレンドルミンが最近は父の体に合わなくて、過剰に効きすぎてしまうので、中止してもらう事にしました。その時主治医は「以前飲んでいたから大丈夫やともったんやけどね」と言いながら、半錠に減らそうかと言いましたが、夜は私が泊まって面倒みるし、薬が抜けるのに半日以上もかかると危険なのでもうレンドルミンは止めておきますと伝えました。でも、以前は何事もなく服用していて、しかもさほどきついお薬でもないのに、どうして急にこういう風になったのかは、病気のせいなのか何なのか解らないけど、やはり眠剤というのは病人にとってはとても危険で、ましてや高齢者で重篤な病人ともなると本当に命にかかわるので、夜寝なくて頻繁にナースコールするからと言って安易に処方されていたらとても怖い事になります。まあ、今回の事に関しては、私もある程度予測できていて、それでもなおかつ起きてしまった事故で、目の打撲だけで骨折などにはならずに済んで、本当によかったのですが、ひょっとして、私がこの日泊まると申し出ていなければ、看護師からレンドルミンの処方の説明も受ける事がなかったと思うので、夜中ふらふらと一人で起きだした父はもっと大きなけがを負っていたかもしれなかったかと思うと、ぞっとします。
2010.04.17
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病院と職場との生活の合間に自宅に戻りお風呂とニャンズのお世話。病院ではもちろんネット環境などなく、私のノートPCも役立たずで職場のほうは営業時間を極端に短くしたので、PC覗いている間なんてほとんど皆無なので、ブログ更新もままならなかったけどふと気付いたのが、ワード機能・・・昨年、父がATL発症当時もネットしている暇がなくて、とても大切なことを書きそびれてしまっているので今回も同じ轍を踏むのは余りにも勿体ないし、やはり症例数の少ない病気なので、どんなに偏った記録になろうときっと誰かの役には立つかもしれないし、父の頑張りを一人でも多くの人に知ってもらいたいので夜の病院でのおヒマタイムを利用してワードでブログの下書きをして、仕事の合間にでもコピペしてブログ更新することにしました。 父が入院してはや二週間・・・父は日に日に弱っていき体重も47キロにまで落ちました。入院当初は下血はあったものの比較的元気で、主治医も大きく勢力を盛り返した病魔をガツンと叩く体力が残っているのではないかと言っていたけど・・・。8日の木曜日に極ほんの軽い抗がん治療をして、その後少し病状を安定させ下血を止めて、強い抗がん治療に入る予定でしたが14日の水曜日の午前2時ころよりまたまた大量下血で、結局主治医から今後の治療法の再選択を考えた方が良いと言われました。8日に行った化学療法は本当に軽いもので、この程度の抗がん剤ですらすでに父の身体は耐える事が出来ず大量下血してしまうほど、病魔は父の内臓深くに浸潤し、その病魔を強い抗がん剤でたたくという事は、即ち父の内臓をたたくという事で、ATLという病気の恐ろしさはまさにそこにあり、病魔を叩ける薬はあるけど、 既に膨大な数で父の血となり肉となり体の一部と化した細胞を断ち切ることは不可能な作業となってしまっているのでした。という事で、主治医は私の希望している病気の封じ込めを狙った強い化学療法にはとてもじゃないけど、今の父の体では持ちこたえられなし、反対に命をもっていかれる確率の方がより高いので、方向転換して少しでも長い時間を穏便に過ごせる方向で行った方が、穏やかに人生を終える事ができて幸せじゃないかという事でした。ここ数日間の日を追うごとに弱っていく父を目にしていると、この事は主治医から言われるまでもなく私自身も感じていた事で、父との楽しかった人生も気がつけばいつの間にやらラストスパートに入っていたらしく、今私にできる事は父が少しでも楽に楽しく人生のゴールを迎える事が出来るよう、父の背中を優しく押しながらゴールのテープを切るまでしっかりと笑顔で支えて見届けてあげる事!なのでしょう。 ほんとにつらいけど、これが私の最後の親孝行になるからがんばります!!
2010.04.15
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いつもご心配いただいている皆々様ありがとうございます。 私の方は昨晩から夜は父と一緒にいてやる事になりましたので職場と病院、合間ににゃんこの世話としばらくはブログ更新も出来ないかもしれませんが父は今元気にしていますし私も元気です父の方はたぶんここ10日ほどが勝負どころとなりそうですので私も精一杯父を包み込んでフォローして良いご報告が出来るよう頑張ってきます
2010.04.05
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病院と言う所は比較的完全2日制が徹底していて、週末ともなると主治医はお休みなことが多く、本格的な治療や検査などはほとんど行われる事はありませんなので今日は21時過ぎまで父の病室で一緒にテレビを見て、のんびりと過ごしてきました父は今のところ、下血も順調におさまってきていて思いの外元気にしていますさて今回の父の入院については少々問題があって、それと言うのも、そもそもATLは免疫機能を司るT細胞が機能しなくなるため、日和見感染症という合併症に悩まされることになるのですが…。この日和見感染症が、読み方も漢字もなんとなくかわいいんですが、実はこれがとんでもないやつで事の始まりは昨年の入院時の事なんですが、父が3回目の化学療法を無事済ませて、3日目くらいにメタロ・・緑膿菌と言う日常的な環境に普通に存在する常在菌に感染しました。この緑膿菌は健常者なら感染する事はなく全く問題のない菌なのですが、免疫機能の低下した病人にはとても怖い菌となります。この菌は一旦感染すると根絶する事が非常に難しく、下手に抗菌剤などを使ったりすると却って薬剤耐性を持ってしまうので、どんどん手のつけられない菌へと成長していってしまうという、とんでもない菌なのです。特に病院などで感染した場合は既に強い薬剤耐性を持ってしまっているので、もはやこの菌を除去する事はほぼ完全に不可能と言う事になり、病院側としては二次感染を防ぐために父のように感染者となってしまった患者に対しては、超1級の危険患者として扱うようになります。ただ、この菌に感染していても、自分でしっかりコントロール出来ていればさほど問題はないのですが、昨年感染した時の父は、急激な病気進行ときつい化学療法によってせん妄状態でしたから、二次感染を阻止する為の病院側の言いつけが守れず、危険人物として扱われ、父が感染したのには病院側の衛生管理にも問題があったはずなのに、感染してしまった父こそ最大の被害者なのに、その対応に納得のいかなかった私は、強硬に父を退院させ自宅に連れ帰ったという経緯があり、故に今回の入院に関して素直に了承できない部分があったのですが・・・ほんとにこの時の事はいずれは詳しく書きたいとは思っているのですが、なかなか時間がなくて 感染病棟の入り口ですドアにはこんな表示があります で、今回の入院時に受けた説明で市民病院の規定では、1回緑膿菌の感染が確認されると、その後生涯に渡って前科者として扱われ、ブラックリストに載ってしまい、一般病棟での入院は出来ないという事らしく、隔離された感染病棟に入ることとなりました。 ただ、感染病棟と言っても、そんなに劣悪な環境ではなく別に伝染病患者がいるようでもなくて、空気感染や飛まつ感染などのリスクもなく、看護師さんも父の体に触れる時は、マスク・エプロン・手袋着用なので却って安心ですし他の患者とも接触する事がほぼないので、新たな感染症のリスクが確実に低くなると思います。また病棟全体が個室対応なので、極端に患者数が少ないので、一般病棟のように戦場さながらの光景はなく、なんとなくゆったりほんのりとしているように感じます。まあ、最初感染病棟と説明された時は度肝抜かれましたが、住めば都病気と真っ向勝負しなきゃならないんやから、とにかくなんでも、ポジティブにポジティブにと、言う事ですねちなみに病院側の名誉のために一言申し添えておくと、父の緑膿菌は、おしっこから出ているだけなので父が頭も体も健康体で自分がおしっこした後、便器の消毒と手洗いと手指消毒さえしっかり出来れば感染病棟に放り込まれる事はなかったと思います
2010.04.03
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救急で入院した4月1日の夕方、早々に仕事を切り上げ病院に行き改めて父の病状を聞きたいと看護師さんに言うと程なくして現れたのが、父が最初発病したときに主治医を担当して下さったN先生でした実はこのN先生はまだまだお若いので外来は担当していなかったので、退院後の外来治療はベテランのY先生が担当して下さっていたのでした。でも・・・ここで、本音を言うとN先生は、死の淵にいた父をこの世に引き戻してくれたドクターなので引き続き外来での治療も担当して欲しいと言う気持ちが強かったけど外来担当していないんだから仕方ないとあきらめていました。で、N先生から受けた父の病状の説明は、とても深刻なものでした。ATL/成人T細胞リンパ腫の病状のレベルの基準となるものにIL-2R(インターロイキン2レセプター)と言う腫瘍マーカーのようなものがありこの数値が、通常の健康体の人で1000前後くらいらしいんですが今現在の父の数値が780000位と、とんでもない数値になっているとの事でした。このIL-2R、昨年9月第1回目の化学療法に入る時ですら480000くらいだったそうなんですが12月頃には4000位までに下がり、今年の1月、腸に穴があいたときには380000くらい。その後も徐々に上昇を続け、3月に入ってどどーんとこの数値になったみたいです N先生曰く。もはや外来で治療できるレベルではなくて、このまま入院を継続して出来るだけ早急に治療に入りたいとの事でした。ただ、ATLは薬剤耐性が強いので再発すると寛解率が急激に低くなり、故に平均余命が半年から1年と短命なのだと、どこかのサイトで読んだ記憶があります。その事を、N先生に聞いてみると、やはりこの病気の治療は本当に難しくて、今回のこの数値も非常に厳しいけど幸いな事に、お父さんの体調が去年、治療に入る時とは比べ物にならないほど元気で今の体力があればきつい化学療法にも耐えられるんじゃないかと言う事でした。ここで、私は最も気になっていた今回の治療にあたって、N先生がまた父の主治医になってくれるのかがとても気になっていたので、その事を尋ねてみるとN先生は「もちろんです!また僕が主治医になります」と、力強く言ってくれました私は心の中で大きくガッツポーズをしながら父を最初の時から、良く知ってくれている先生に、また父の治療をしてもらえるのなら安心やし今回の治療はとても厳しいものになるとは思うけど、私も今の父の状態ならなんとか頑張って乗り越えてくれそうな気がするし、私自身も目一杯父を支えてサポートしていくので、宜しくお願いしますと頭を深々と下げました今回の治療は父の下血が完全に収まってから始める予定です。また、かなりきつい化学療法で、しっかり叩いていかないと治療効果は望めないらしいので副作用とかが心配ですが、父の体力と頑張りに賭けて、ついでに私も思いっきり頑張ってATLをたたきのめすつもりですんで、父の下血はどこからの下血かは不明やけど、とりあえず内臓の壁が全てもろくなっているので、24時間点滴の中に止血剤入れて、どこかからの出血を抑えるのと同時に新たな刺激で出血しないよう、またまた絶食です今はご飯粒のようなものでも胃や腸に傷をつけてしまう可能性があるらしく、そういったリスクを取り除くために、かわいそうやけど、水以外は口からは摂る事はしばらく我慢だそうです で、お話の最後に「実は5月に沖縄、既に予約しているんですが、キャンセルした方がいいですよね」と聞いてみました「う~~~ん」。。。。「日にちにもよるけど、うまくいけば全く問題なく行ってもらえるので、もうちょっとキャンセルするのは待って下さい」との事でした
2010.04.02
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最初に、いつもコメント下さる、もも姫ママさん、かなこさん中々お返事書けなくてごめんなさい。また当分お返事書けそうもないので、ここでまとめてお詫びしておきますでは早速本題に入りますが本日のブログタイトルの通り、父の成人T細胞白血病リンパ腫が再発しました。まあ、元々完全に治っていた訳ではないので、この表現が正しいかどうかは微妙なんですが…。昨日の3月31日、父の便がどうも血便ぽいので、最近の体調の悪さと合わせてとても気になったので、タクシーで救急外来に行きました。で、救急外来のドクターと消化器内科のドクターと相談の結果、多少便に血は混ざっているが、化学療法をしていると割とある事だし、貧血もそんなに進んでいないので、とりあえず、抗生剤を服用して様子見をしましょうと、点滴を1本打って夜の11時半ごろ自宅に辿り着きました。まあしっかり検査もしてもらって、「1月の時のように腸に穴が開くなんて事もないでしょう!」とドクターお二人が力説して下さったので、すっかり安心して、父に薬を飲ませるためにちっちゃなバナナとジョアを飲ませて、処方されたクラビットを飲ませました。その後、歯を磨くついでにストマー(人工肛門の便をためる袋の事)を見ると、病院にいる時とは全く違った赤黒い水状の便で、パンパンに膨れ上がっていました。たった今病院から帰ってきたとこやのに~と一瞬パニック状態になりそうでしたけどストマーの中の汚物をきれいに掃除して、父を椅子に座らせると、たった1~2分の間にまたまたストマーの中に半分ぐらい血便がたまっていたのでこのままでは朝まで持たないと、今度は救急車をお願いしました。日にちが変わって4月の1日エイプリルフール・・・午前12時半ごろ、再び同じ市民病院の救急外来のベッドに横たわる父を見つめながら、今日の仕事が頭をよぎり、今夜は果たして眠る事が出来るんやろか~などと、思っていたりすると先ほどのドクターお二人がまたもや父を診てくれます。多少出血もひどくなり、少し貧血も進んでいるけど、化学療法していると…云々。。。と、ほぼ先ほどの説明を繰り返してくれます「その説明は良く解りましたし、副作用としてそういう事があるという事も重々承知しているけど、そんなことを言っていて、この前は腸に穴があいて父は死にかけたんですよ!とにかく、今回もこの前と同じように内臓のどこかが破れたり穴があいたりしたら、今度こそ父は死んでしまいます。だから、これが単純な副作用で本当に父の体に大きな影響は与えないのかどうか、しっかりと確認してください!!」結局、他にもう一人ドクターが加わって相談して、その結果とにかく病気と化学療法で父の内臓の壁は非常にもろくなっているので今カメラを飲んで、傷口を探して止血に行くのは、とても危険なので一旦入院して、輸血しながら貧血の状態を改善し、一方で止血剤も投与して父の病状をしっかり見守ってくれることになりました。父の入院に関しては今までいろんなトラブル続きだったので本当は入院させたくはないんですがこのまま連れ帰って大量下血になったりしたら、それこそ今までの頑張りが全て無駄になってしまうのでいささか不服ではありましたが、入院に同意しました。 もう眠いです続きはまた明日の晩にでも書きます
2010.04.01
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