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今日もかわいいハナちゃん今も、時折じぃじぃを探します父が自由に動けなくなってからはハナの寝る場所はいつも父の枕元丁度父の顔の顔の横あたりでしたこんな感じで見ていたのかなあ~本当にハナは父をたくさん癒してくれました で、月曜日行った「まだん」さわやか夏メニュー豚キムチ鍋こんな風に煮詰まったら食べ頃です(写真忘れて少し食べちゃってますが)〆はラーメンでメニューには載ってないけど言えば作ってくれますよ~~
2010.09.29
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間もなく10月がやってきますが今の神戸とても涼しいです今日のディナーは夏バテ解消の為にまたまた韓国料理の「まだん」でサムギョッサル食べる予定でも献血行ってきたので(中途退場ですが)はオ・ア・ズ・ケかなり前の事ですが友人の「献血の後はワインで輸血やね」という言葉を真に受けて夜、ちょっぴりとほんの少し嗜んだら貧血でひっくり返ってしまったよくよく注意書きを読んでみると「献血当日は絶対にアルコールは摂取しないで下さい」とあったんで、今日の献血は・・・これまた、またまた気分悪くなって中断でも今日は特に血圧も下がったりしてなくて、今は体調快調ただ、この前の貧血で意識なくなって大変だったので少しクラクラするかな~??位でストップして頂きました。看護師さんやドクターのお話では成分献血なので成分抜いた後もう一度体内に戻す時になんチャラ(忘れた)の関係で拒否反応起こしてる可能性と私、注射針がすごく苦手で、そのためによる緊張感から来る可能性と単に夏バテかも・・・と言う可能性と。。。とりあえず、献血2か月ほど休んで今度は緊張しないように座った状態ではなく、横になってしてみましょうと言う事でした。もし、それでも気分悪くなるようなら、成分はもうやめておいて(すごく健康そうなので)今後は400ミリの赤い血の献血お願いしますと言われちゃいました実は6ケ月間連続献血のポイント集めていたので今4ヶ月なんですけど、今から2カ月献血禁止令が出たので、挫折ポイントでもらえる景品欲しかったのになあ~~ まだんの裏メニュー激辛冷麺辛さはいろいろ調整できますいつも軽い貧血状態なりながら食べてますほんまに辛いんですけど・・・なんか、くせになっちゃってやめられない~~~~
2010.09.27
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結局父の病名が確定したのは、大量下血の夜より1週間後2009年9月3日木曜日の事でした何と言おうか、医学は進歩の一途だと思っていた私はまさか医者からこの病気の疑いがありますと言われてから確定するまでに1週間もの時間を要するとは夢にも思っていなかったのですが取りあえず病名確定までの1週間と言うものは病院側としても父の病気の原因を突き止めてやろうと懸命で調べてくれていたとは思います。私自身もまた、心のどこかでは間違っていてくれという思いを持ちながらも懸命にHTLV-1と成人T細胞白血病リンパ腫の事を調べていました。手当たり次第に色々なサイトを読み漁る毎日でしたが、ほんとに読めば読むほど、調べれば調べるほどに難解な病気で、説明してくれている単語が難しすぎて(もちろん日本語よ)意味不明な単語にぶち当たってはまたその単語の意味を調べる。。。本当に学生時代にこのくらい真剣に勉強していたら…人生変わっていたかもほんと、この時ばかりは美容院勤めではなくて病院勤めの人生を選べは少しは楽だったかなと思ったりもしました(よく間違われるけど一字違いで大違いです)それでもおぼろげながらに白血病=骨髄移植なんてことは、高齢者は既に除外で主治医が言っていた骨髄移植はないですと言う言葉は父の病気に骨髄移植は必要ではないと言う事ではなく50歳以上で白血病を発症した場合、既に骨髄移植は対象外で70歳で造血幹細胞移植などの残された全ての移植の対象外となり80歳を目前に控えた父に残された治療法は抗がん剤による化学療法だけと言う事が理解できたのです。でも、あの時の父の状態で過酷な化学療法に耐えるだけの体力が残っているとは到底思えず、祈るは父がどうぞこの厄介な病気でないようにと願う事しかなかったように思います。そんな私のはかない願いを見事打ち砕いてくれた夜。いつものようにベッドとトイレの往復を繰り返す父の介助をしていると主治医のD先生が現れ、私は父を残してD先生と一緒に病室を出ましたD先生は時間がかかってしまいましたが、やっとお父様の病名が判明しました。本当に残念ですがお父様のご病気は、やはりHTLV-1ウイルスから発症する白血病でした。本当に申し訳ないのですがここからは私たち消化器内科では、お父様にしてさし上げられる事は何も無いので今後の治療に関しては血液内科に移って、別の主治医の元で治療にあたって頂く事になります。本当になんのお力にもなれなくて申し訳御座いませんでした。本当にもっと早くにご病気を見つけてさし上げられればよかったのですがこの病気自体大変珍しい病気で、病気を見つける事が極めて困難で、また病気確定までにも大変時間が掛かります。と言うような事を言われたと思います。私はこの1週間で、このHTLV-1と言うウイルスのキャリアである事を知っていないとこの白血病、成人T細胞リンパ腫を見つけることがいかに困難であるかと言う事を充分理解していて、この病気を発症しながら病院や医師がこの病気の知識がない為に原因不明のまま本当の原因を知らずに命を落としている人も、結構いると感じていたので、この非常に見つけにくい病気の名前をこの時点で確定して頂けた事にはとても感謝しました。D先生はお話の最後に「お父様には告知なさいますか?」と、言われましたが私は即座に首を横に振り「いえ、告知はしないで下さい。父はすでにせん妄症である程度理解力は低下していますが、それでも癌は治癒困難な病気だと理解できるだけの知恵は残っています。今の状態の父に白血病や血液の癌などと告知すれば生きる気力を無くしてしまいます」「それではお父様にはなんとお伝えしましょう?」私は少し考えて「いっそのこと、成人T細胞リンパ腫と本当の病名を言って下さい。」と言いました。せん妄症で身体もひどく弱っている父にこの病名を理解する能力は残っていないでしょうが、単純なごまかしの病名は感のいい父には通じないと思え、仮にもし父が健康な頭の状態だったとしても、80歳前の老人が、専門医でなければ言いよどんでしまうこの病名を理解する事は出来ないだろうと思ったからです。ところが医者は私の言葉をどう理解したのか、父に白血病と告知していたのですしかもご丁寧に血液のがんであるとで、医師か白血病の告知を受けた父は、私の予測通り血液のがんがどういうものかしっかり理解していてその事を父の口から聞いた私は、本当に驚きましたが「私の人生、一巻の終わりやな」と、肩を落とす父に「がんとちゃうで」「白血病は癌と違うよ 渡辺謙と同じ病気やん」「渡辺謙はちゃんと病気倒して元気に仕事してるやん」「悪いけど、お父ちゃんは簡単に死ねるような病気と違うよ」「これからの治療はちょっとしんどいけど、また元気に旅行にも行けるよ」ほんと、今これ書いてて泣けてきますけど父は私のこんな単純な言葉を信じたのかどうかほんまやなあんたがそう言うんやったらお父ちゃんまだ死なへんなまた飛行機乗ってどっか行きたいなあ~と、呟いていました
2010.09.22
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父がはるか遠いところで待つ母の元へ旅立って幾久しく(エライ大そうですが・・・)明後日で無事百ヶ日を迎えますこの百日間私は周りの心優しき人々に支えられおいしいものたくさんご馳走になり目出度いのか、悲しいのかわからないけど5キロも太ってしまいました周りにとても愛されて幸せな身の上だと本当に涙がチョチョ切れる位うれしいのですが…取り返しのつかない身体になる前に皆様のおいしいもの攻勢はそろそろ打ち切りにして頂ければと何とも幸せな悩みに振り回される今日この頃と言う訳で 今日はちょこっと闘病記中休み~久々のうまいもんネタ西宮にある東京発のうなぎ屋さん竹葉亭ここは酒蔵を改築してお店にしていますなので・・何となく…玄関は重々しく趣のある感じデス窓際のお席は一面に日本庭園を見渡せてとてもええ感じですぅ~~本日頂くメニューは夜の会席料理まずはおビールとうざく感想は酢の物なのに酢がきいてなくて… お次はお造り・・・これはぷりぷりしてておいしかったデス続いて大好物のう巻きでも・・・ほとんど味付け出来てなくてその次に出てきた、炊き合わせこれは普通に味付け出来ていたのでここがめちゃくちゃな薄味のお店と言う訳ではなさそう・・・そして本日のMaine eventう~~~ん。。。まずくはないけど・・・この味なら自腹ではわざわざここまで食べにこないなあ~~赤出しの方は極普通においしかった〆のデザートスイカと豆乳のムースかな甘さ控えめでフツーにおいしかったです ここ竹葉亭ではお料理をサーブする時にお料理に関する説明は一切なし反対にこちらから何か質問しても、すぐに答えられない食後のお茶の入れ替えも新しいおしぼりが出てくることもなく店内の清潔さもイマイチ接客もイマイチほんでお料理のお味もイマイチでもお値段はそこそこお高いよって私的な結論自腹では絶対行かんねっそれでも相も変わらず自腹ではなかったのでご馳走様でしたまた連れて行ってね
2010.09.19
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大量下血の夜、自宅に戻ってにゃん子の世話やお風呂に入ったりベッドに横になったのは日付が変わってからでしたが翌日も仕事だし早く寝ないとしんどいなあ~とか思いつつも何だか寝付けなく主治医より宣告された「白血病の可能性があります」という言葉。その時は笑いながら聞き流したけど、実際父の症状が落ち着いて自宅に戻ってホッと一息ついたら一旦は何気に聞き流した主治医の言葉が、自分が思っていたよりも私の心にダメージを与えていたらしくどうにも寝付けなくなっていましたそれで、どうせ寝れないならとPCの電源入れました。そして、主治医が述べていた 白血病・九州・ウイルスと、打ち込み検索してみると出てくるわ、出てくるわまさか、このキーワードで何かが出てくると思っていなかった私は驚きましたがもっと驚いたのが取りあえず手あたりしだいに読んでいったHTLV-1ウイルスや成人T細胞白血病の恐ろしさ・・・ざっと見ただけでもものすごく治癒率が低いだとか生存率もすこぶる低く今のところ治療法はなく治療は抗がん剤での対処療法となり中でもこの病気のリンパ腫型や急性型などはほとんどが3カ月以内に命を落としてしまうと言う事が書かれていたりこの時点でではまだ父の病名は確定しておらずエライ病気もあったもんだと、まだまだ他人事だったけど。。。それでも、その夜は父がこんな厄介な病気にかかっている訳はないと必死で他の病気の可能性を探し求めていろんなサイトを読み漁っていましたが悲しい事に、読めば読むほど素人判断でも父の症状はこの病気の症状と合致している部分が多く中でもATLのリンパ腫型が消化器系統に発症すると「薬剤では止める事の出来ない下痢云々・・」と言う下りでは、まさにその通りで、この2カ月というもの父の下痢はどう治療しても止める事が出来ずにいる訳で…結局この夜は朝方まで悶々とPCとにらめっこしていました
2010.09.16
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大量下血の後、止血の為の大腸カメラも無事(?)に元気に終えた父。その父の姿にホッとする私・・何だか病名の可能性は変な方向へ進みそうですがこの時の私はまだ「白血病」の怖さを認識できておらずましてやまだ確定したわけでもなく検査室から元気に出てきた父を見て良かったと思っていたほどです。その後、病室に戻った父の血だらけになったパジャマを着替えさせている頃に主治医と検査技師さんが来られて今夜このままカプセル内視鏡の検査をしたいとのことで、私にその検査の必要性についての説明と安全であることの説明をしっかりと時間をかけてして頂きました。その時の説明は大まかに言いますと父の病状の異常な原因となる場所はこれまでの検査では発見できず大量下血の原因も今まで検査した場所である可能性は極めて低く父の病気が息づいている場所は、おそらく今まで検査できていない場所の「小腸」である可能性が非常に高いと言う事。全長5~6メートルもの長さに及ぶ小腸の検査は、通常1回の内視鏡検査で全体を検査する事は出来なくて、小腸の上半分は上からの内視鏡、下半分は下からの内視鏡と、とても大変で体力のある患者でも負担が大きく、既に立て続けに3回の内視鏡検査を受けている父には、体力的に楽なカプセル内視鏡で自動撮影して、それで異常な個所が見つかればそこを改めて徹底的に検査すればいい訳だし、万が一にもどこにも異常がなければ内視鏡検査をする必要が無くなるかもしれない可能性もあると言う事でした。ただしデメリットとして、カプセル内視鏡と言うのは通常内臓が活動する事によって口から順番に電池の寿命が続く8時間、15秒に1回フラッシュをたきながら自動撮影を続けて行くので、本来は活動期であるお昼間に行うべきもので、就寝時の検査では、最悪胃の中で留まって8時間経過したりしてしまうと、結局この検査は無駄足になると言う事になる可能性もあると言う事でした。まあ、そうなると結局父はカプセル飲んで更に上からと下からの内視鏡検査をもう一度受けなくてはならなくなるという事になってしまいます、がそれでも、出来るだけ父の体の負担を軽減してあげる為にはこのカプセル内視鏡はとても有効だと言う事でした。でも、実際検査開始時の、このカプセル内視鏡を目にした時は、その大きさに私は大笑いし、父は「こんなもん口に入れたら、喉に引っかかって死んでしまうやん」と泣いていましたそれでもその大きさに相反して、驚くほどすんなりと喉を通り私も父も「うまいこと出来てるなあ~」と、感心しまくりでした。父いわく、喉に引っかかるどころか、口に入れるとつるんと勝手に滑って入って行ったそうです。その夜は色々心配で結局11時頃まで父に付き添っていましたが、輸血も受けて顔色も良くなり元気そうになってきた父にホッとして担当の看護師さんに「落ち着いてきたみたいなので、明日も仕事なので後はよろしくお願いします」と、帰宅する事にしました。担当の看護師さんは「ちょっと安心できましたか?」「後はしっかり見させて頂きますので安心してゆっくり休んで下さいね」と、声をかけて頂きました。
2010.09.15
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今日は大量下血(1)の続きです。検査についての説明を主治医から聞いた後、私も医師や付き添いの看護師たちと一緒に父の大量下血の原因究明と止血の為に検査室へと向かいました。検査室につくと私も一緒に入れるのかと思ったら、待合でウエイトデス(んなことは当然ヤケド、今の私やったら強引に付き添って入ったかもしれないなあ~)検査室に入った父は、検査が始まると「イタイ痛いやめてんかあー」を連呼していて、その声を聞いているだけの私は先程の大量出血とあわせてほんとにこのまま父は死んじゃうのかなあ~などと気が気ではなかったけどその場はどうしてやることもできずに、ただ待合でウロウロしているだけでした。父の検査が始まって程なく、何人かの医師らしき人たちが検査室に入っていきその声が静まり返っている待合にまで漏れ聞こえてきたのですがどうも出血個所は見当たらないらしく、特に大量下血となる原因も大腸内には見つからず後で入った医師が主治医に対して、他の検査結果はどうだったかと聞き、それに答えて主治医は「それが、胃カメラでも大腸カメラでもどこにも異常は見当たらなくて、何とかの数値が異常に高くて低アルブミンで、下痢止めも全く効かなくて1日80回ほどの異常な下痢の原因がまったくつかめないんです。」「う~ん、じゃあ、小腸か・・・」「でも、これほど憔悴していると小腸のカメラも危険かなと・・・」「取りあえず、カプセルにするか」このような会話の間に小声で聞き取れない会話も含めて何人かの先生方のディスカッションを聴けたのは結構新鮮でしたがほんまに父の下痢の原因は根深いものだと思い知らされ、ちょっと凹みました一方、父はこのような会話の間にも「もう死ぬわ」とか「いっそのこと殺せーーっ」などとわめいていて、その都度麻酔を注入されてはおとなしくなったりを繰り返していました。大腸カメラは2~30分ほどで終了し、ひょっとしてこのまま死んでしまうんじゃないかと思った父が元気にベッドに横たわったまま出てきたのを見て、ほっとして駆け寄りました。私が父に声を掛けている間も、検査技師の方(看護師さんかもしれなかったけど)がかいがいしく父をねぎらい身支度を整えてくれて、ついでに私の心配までしてくれて・・・(ホントに優しい方でした)検査室から出てきた主治医に私は父の出血はちゃんと止血出来たの確認すると主治医は大腸をくまなく確認したけど出血痕はなく、大腸内に残っていた血液もきれいに洗浄したが既に出血は止まっていて100パーセントそうだとは言いけれないけど、出血個所は大腸ではなくて他にあると言いました。そしてそれはほかの医師との話し合いの結果、ほぼ小腸に間違いないと言う事で引き続き小腸の検査に入らせて頂きたいけど、小腸は日本人の場合平均して5~6メートルと非常に長く、1回のカメラ検査では小腸の全貌を検査する事は出来なくて、少しでも父の負担を軽くするために、まずはカプセル内視鏡を飲んで、異常個所をある程度確定してから今後の検査を進めて行きたいという説明でした。で、そこまで言うと主治医は突然「ところで、さん(父の事ね)のご出身は九州ですか」とほんとに突然な質問で、なんでこんな緊急事態にいきなり世間話はじめるねんと私が思う間もなく父が「九州ちゃうで」と、元気に否定していました「ではご親戚の方に九州の方はいますか」父から離れさらにしつこく主治医は九州にこだわります。「いえ、うちは九州には全く縁もゆかりもなく、親戚はおろか旅行ですら九州には2度ほどしか行った事がありませんが」と、しつこい会話を打ち切るように言いました。すると今度は「ご親戚の方で白血病の方とかはいますか」一体主治医がないを言おうとしているのか全く理解しがたく「白血病も私が知る限りではいませんついでに、親戚中でがんを発症したのもほとんど聞いた事がないです」と、きかれていない事までお答えしました。短気な私の返答に主治医は遠慮勝ちに実はお父様は非常に珍しいウイルスを持っているんですが仮にお父様がこのウイルスから発症する非常に珍しい白血病を発症されているとしたらお父様の止まらない下痢の症状をはじめいろんな諸症状が全て合点がいくんです。この時一瞬私も一体何が何やらで・・・「父が白血病ですか?」と、呟きながら頭の中を本田美奈子や夏目雅子などの美しい方々がよぎりましたが「そしたら治療は骨髄移植とかになるんですか?」と、何だか他人事のような質問をした事を覚えています。実際、その時の私の僅かばかりの白血病に対する知識と言うのは、白血球の数が異常に増えるとかいうくらいの知識で、白血病は血液検査で簡単に判明する病気だと思っていたので、なんでこれまでにいやと言うほど繰り返された血液検査で父が白血病だと言う事が解らなかったのか理解できませんでした。主治医は「いえ、お父様の治療は骨髄移植は出来ないんですが…」と、言いながら言葉を続けました(この時割と楽天的な私は仮に父が白血病だとしても骨髄移植しなくていいほどの軽いもんなんだ!と、バカな納得のの仕方をしたものですが、後に解った事はATLの治療にも当然ながら骨髄移植は出来るけど骨髄移植は50歳まで造血幹細胞移植は70歳までという年齢制限が有り、79歳の父に移植と言う治療の道はすでに閉ざされていたので、主治医は骨髄移植の治療はないと言ったのでした)「まだお父様が白血病だと確定した訳ではなく、その可能性があると言う事だけでただお父様の病気の原因が未だ確定できず、お父様の発症されている症状が全てこの白血病の症状に当てはまるので、いずれにしてもお父様を一刻も早く治療して下痢を止めてさし上げられるように、これからそうで有るか無いか確定させるための検査に入ります。」と言う事でこの後嫌がる父なだめてカプセル内視鏡を飲ませ大量出血をした後で少し貧血が進んでいるので、輸血をしました その夜自宅に戻った私は、おもむろにPCを立ち上げ検索バーに白血病・九州・ウイルスと打ち込んでみました出てきたのはHTLV-1と成人T細胞白血病リンパ腫 世にも恐ろしい病気との遭遇でした。。。
2010.09.10
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火曜日に献血に行ってきました。前回の成分献血の後貧血起こしたので、今回は体重も3キロ増やして(たんに食べすぎで太っただけ)前日もしっかり睡眠とり、朝食もしっかり食べて貧血起こさないように万全の態勢で挑みました(ははエライ大そうですが)私の周りの人間はまだまだ献血なんて行っちゃダメとか言ってますが父が闘病中はこの究極のボランティア・愛の献血にいくら命を救われた事か白血病患者にとって、輸血は生きていく為にはたまた闘病するためには必要不可欠なものでなのに・・・日本の人口は1億2千万人もいると言うのにまだまだ血液足りなくて血液輸入しているらしいのです。。。 いま健康で体力の有り余っているあなた献血に行きましょう初めての大量下血の後、父は輸血を受けました心配していたような拒否反応もなくもちろん、何年か先にひょっとして出るかもしれない諸症状なんてほんとに・・・関係あろうはずもなく今を、生きていくために父にはこの血液が必要でした
2010.09.09
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突然ですが、本日は昨日からニュースになっている多剤耐性菌についてお話したいと思います。昨日よりのニュースでも多剤耐性菌アシネトバクターの院内感染により免疫力の無い入院患者に感染して何人かの方が亡くなっています。この多剤耐性菌というのは簡単に言うと学習する『菌』とでもいいましょうか菌に感染して、それを抹殺しようと抗生剤とかを投与しますと仮にほとんどの菌が死滅したとしても、わずかに残った菌にはもう同じ抗生剤は効かなくなってしまいます。そして、少し強力になって生き残った菌はまたまた大きく勢力を伸ばし、それを防ごうと今度は違った抗生剤やより強力な抗生剤を投与し、それでも学習能力のある多剤耐性菌を完全撲滅する事は困難で・・・多剤耐性菌の感染者が出た場合病院側のできる対処方法としては、より強力な抗生剤を使うと言う事は、完全に抹殺することの困難な菌をより強力な存在へと導いてしまう事になり、よくよく考えれば後々に自分たちの首を絞める事になりかねないので、より簡単な菌の蔓延防止策として「隔離」という事にになると思います。で、父の場合ですが昨年一旦、抗がん治療が奏功した後、今日ニュースに出てきた「緑膿菌」に、やられました成人T細胞白血病リンパ腫の治療中の副作用の中に日和見感染症というものがあるのですが免疫力の無い父はほんとに日常的にたくさんの菌に感染していて病気を抑え込んでいても、この日和見感染症により下痢や高熱が収まらず、また主治医も父の体を楽にしてやろうと抗生剤をどんどん投与するわけですがその際、ほんとは感染している菌だけを退治する抗生剤を使うのが一番良い方法なんですが菌を確定するには時間がかかるし、父のように体が衰弱していると一刻も早く感染している菌を殺してやらないと、父自身が感染症で死んでしまいます。で、手っ取り早い方法として、より多くの菌に効果のある強力な抗生剤が使われるわけです。これで一旦父の体は回復しますが、多くの抗生剤を投与された事により父の体の中には「多剤薬剤耐性菌」に感染するリスクが高まり結果、父の場合は緑膿菌という常在菌に感染した訳ですが、父の体内から検出された緑膿菌は「多剤耐性菌」とみなされ本当はまだまだ病院での治療が必要な瀕死の患者であるのはずなのに、「多剤耐性菌・緑膿菌」に冒された父は、病院側にとってとても恐ろしい病院閉鎖に追い込まれる危険性のある危険人物となってしまったと言う訳です この時の病院の対応は今思い出してもとても悲しい状況でほんとはとても大変な病気に取りつかれた父はある意味被害者であるはずなのに、父の周りの免疫力の無い患者さん達にとっては加害者となってしまう可能性も出てきたわけで、その事は私自身、充分に理解できた事だけど・・・それでも、病院側の父に対する対応に耐えられず当時の私は、仮に父が自宅に戻った途端感染症で命を失う事になったとしてもそれもまた父の寿命と、病院を強制退院させる道を選んだのです。でも、あの時私が病院側の対応に納得できずに、父を退院させると言った時病院側は一応止めるそぶりは見せましたが、明らかにほっとしたような雰囲気が感じられました。致し方のない事ですが、本当に日和見感染症が憎たらしかったです今回のニュースの院内感染の原因は、病院従事者が菌を持ち運んでしまうという初歩的なミスが原因らしいです。白血病をはじめとしてあらゆる免疫力の無くなる病気というのは大変な病気の治療を受けながら一般の健康な人にとっては何の影響もない身の回りにゴロゴロと浮遊している「菌」の脅威にさらされそれでも、一生懸命生きようとしているのですから最低限度、病院関係者が「多剤耐性菌」の媒介者にはならないようにしっかりと注意を払ってほしいものです。
2010.09.04
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昨年8月23日に入院して6日目、28日金曜日の出来事。水曜日に胃カメラ、木曜日に大腸カメラと連続でカメラ検査するもほぼ異常が認められず下痢止めを処方して頂くも父の下痢は相も変わらず激しく続き入院したことで簡単に良くなると思っていた私の考えは大きく当てが外れこの6日間の間にも父はみるみる弱っていき、最早一人でトイレに行く事も出来ずベッドから起き上がるにもヘルプがいるような状態になっていました。この頃の私は、なんで入院して医者が付いていながら、たかが「下痢」を止める事が出来ないのか合点がいかず、主治医を見ると「一体いつになれば父の下痢を止めてくれるんですか」と詰め寄っていたような記憶があります。金曜日の夕方、仕事帰りに病院に寄ると父は8度5分ほどの熱が出ていて8度以上になると普段と違った血液検査をするので(一般の採血と違って2か所より採血)そのための準備を看護師さんがしていると、父がトイレに行きたいと言うので採血は父がトイレ終わるまで待ってもらう事にして車いすでトイレに連れて行き座らせていたのですが…中々終わりませんピシャンピシャン終わったかなと思って、立とうとするとまたまた出てきて・・・トイレの前で、私と看護師さんが代わる代わる「終わった?」と聞き、その都度父は立ち上がろうとし、そうするとまたまた「ピシャン」と出てくるような状態で、かれこれ20分ほど・・・高熱もあるし、体も衰弱しているしで看護師さんも心配してくれて「ちょっとしんどいから、ベッドで横になってウンチしようか」と声掛けてくれるのですが、父は首を横に振り「ここでする」と頑張ります私は看護師さんも忙しいので、終わったら声掛けるので他のお仕事して下さいと言ってそのまましばらく父の様子を見ていたけどほんとにいつまで待っても父のウンチは終わりそうにないのでしびれ切らして、「とりあえず1回おしり拭くから立って」と言って父の体かかえて立たせて、便器が目に入ってくると、思わず私の方が失神しそうになりましたなんと便器の中が真っ赤っ赤の血の海だったのです父が便座に座っている間ずっと「ピシャン、ピシャン」と音を立てていたのは下痢便ではなく大量の血だったのです私はびっくりしてそのまま再び父を便座に座らせて大声で看護師さんを呼びました。看護師さんもビックリして、とにかく時間的に言ってもかなりの量の下血になるのですぐに数人の看護師さんがストレッチャー持ってきて父をその上に横たえようとするけど父はまだ「あかん、なにすんのやまだ出るぅ~~~」とか言ってましたが看護師さんは「気にしないでベッドの上で出してもらっていいからね」と、父をストレッチャーの上に強引に寝かせましたが、ベッドに横たわった父のお尻からは尚も収まる事なく赤い血が止め処なく溢れ出していたのですその頃には父の顔色は真っ青で身体もぶるぶる震え、なんでもう少し早くおかしいと思わなかったのか自分に腹が立ちましたが、あの時は看護師でさえ異常だと気づかなかったのですから仕方がなかったのかもしれません。看護師さんたちがあたふたと血圧測ったり色々処置をしていると連絡を受けた主治医が息を切らして走って来ました。私は父の出血は大腸カメラで傷がついてのもだと思っていたので(と言うかそれしか思い当らなかった)、昨日の検査は適正に行われたのか主治医に聞きました。主治医は「なんとも、解りません」と答え「とにかく早急に出血している場所を捜し出し止血したいと思いますので、もう一度大腸カメラをする事に同意して頂けますか」と言う事でしていや、ほんまに驚いたのですが大腸にもし傷が付いて出血しているのなら、しかもその原因がカメラかもしれないと言うのにのにそれを止血するにはまたもや大腸にカメラを入れて止血するしか方法はないというのですそれは医療関係者からするとごく当たり前のことかもしれないけどひょっとして大量出血の原因になったかもしれないカメラをもう一度お尻から入れるなんてただでさえ衰弱しきっている父に都合3日間立て続けにカメラの検査するなんてどうにも納得も許可もしがたいけど…主治医曰く父の出血止めるにはそれしか方法はないと・・・でも考えようによっては、この時点ですでに夜の7時を過ぎていたのでここは大病院の良いところと言おうか、この時間から緊急の大腸カメラで父の大腸内をもう一度くまなく検査して必要な処置をしてくれるというのですから、まんざら父の天命もまだまだ尽きていないのかもしれないと、少しだけホッとしました。
2010.09.03
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9月に入ったというのに相も変わらず猛暑・・・夏の疲れはこれからピークを迎えますみなさま、くれぐれもお身体ご自愛くださいませそれでは先週の続きです父は入院した翌日やっと食欲が出て食べたと思ったらその後、腹痛がひどくなったのでお食事はドクターストップとなってしまいました入院して少し元気になっていた父はしきりと「なんか食べたい」を連呼していましたが今振り返ると、父の闘病中の食に関しての欲求と言うものは食欲が出た時には絶食命令食欲ない時には食べろ食べろと言われて常に食欲と食事処方が相反していてホント可哀そうだったなあ~と思いますと言う事で、結局父は24日の月曜日のランチの後から絶食となりましたが入院出来た事で取りあえず安心したらしく体調は良さそうだったのでその日は幾分安心して帰宅する事が出来ましたんで、翌25日の火曜日、足取り軽く仕事帰りに夕方病院に行くと父の様子が少し変になっていましたというのも、この時父の下痢は1日80回程度…まあ、言ってみればダダ漏れの湧き水状態で父の正確な尿量が測れないという事で24時間の導尿で採尿する事になったらしくそれで、尿道に管を通しているのが父にはめちゃくちゃ気持ち悪いらしく常におしっこしたい状態で常時膀胱満杯になっているように感じるらしく、ほんとに数分おきに「おしっこ」と言っては、尿道にチューブが接続されている事が認識出来ずに勝手に動いてトイレに行こうとしたり、管を抜こうとしたり、またそれを制止すると「なんでおしっこ行ったらあかんのやおしっこもれるやんか」と、本当に昨日は全く正常だったのに今日は子供のようというか軽い認知症のような状態になっていました。私は一体父がどうなってしまったのか不安で主治医を呼んでもらい、導尿を今すぐ辞めてほしいと言いました。。「一体父はどうなっているんですか昨日はあんなに元気やったのに今日はこんなにおかしくなって、一体何でこんな事をしているんですか」と詰め寄る私に、D先生は「導尿すると尿管が刺激されて、高齢の男性の方はよくこんな風になるんですけど、一時的なものなので24時間の採尿が済んで管を抜いてしまえば元通りになります」という事で、おしっこより水便の方がたくさん出る父の正確な尿量を計るためにはこの導尿は仕方のない事だと言うので、私は本当に24時間きっかりで管抜いたら父は元に戻るんですねと一応念を押して父の導尿を了解しました今の私なら事前説明なしにこんなことされていたらまたまたバトル勃発するところですが、如何せん、私もこの時には病院のシステムもあんまり理解しておらず、医師の説明不足に何の疑問も持っていないかわいいヒナ鳥のようなもんやったしねで、父の過激な認知症のような症状は翌日私が病室訪れた時には、本当に昨日のあの様子は一体何だったのかというように、まともな状態に戻っていましたそしてこの日、26日の水曜日にまずは胃カメラで胃の中を徹底的に検査してもらい、主治医曰く、父の胃の中はとてもきれいでほとんど問題は見当たらず、このまま翌日には大腸カメラの検査をしますと言う事でした。ちなみに翌日の大腸カメラもほとんど問題なく、所々に出来ていたポリープは切除して組織検査に出しているけど、おそらく良性で大腸にも取り立てて問題はないという事で、父の過激な下痢の原因として残された臓器は「小腸」となると説明されるも、D先生は、小腸の検査は少し大変で父にも少し負担になるかもしれないけど、小腸カメラの検査をさせて下さいと言う事でした。まあ、大変も何も結局は小腸カメラしない事には父の病名は判明しないし、下痢を治めることも出来ないのだから、如何に小腸カメラが大変でもしない訳にはいかないんですけどね これは病院で処方されていた胃薬なんですが、食事が出来ない父はこれをおいしいと言って飲んでいましたが看護師さんにほんとにおいしいのか聞くと「いや、まずくて飲みにくいと思います」と言ってました
2010.09.01
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