キャッチボール

●キャッチボール●

僕がまだ自転車に乗れなかった頃。
つまりそれは小学校低学年の頃。

僕はキャッチボールが好きだった。
月に1回会える父親に向けてボールを投げていた。
僕は父親のお古のボロボロのグローブ。
父親はグローブすら付けていなかった。

父が投げるボールはいつもゴロでイレギュラーバンドをしていた。
それを僕は無邪気に追いかけていた。

そしていつの間にか僕は自転車に乗れるようになった。

中学の入学のお祝いに新しいグローブとバットを買って貰った。
父親とはもう何年も会っていなかった。
グローブもバットも郵送だった。

父親は僕と母親と弟を捨てた。
詳しい事は知らない。
ただ残された僕たちは苗字が変わった、それだけだ。
父親との思い出は少ない。
物心ついた時にはもう父親は家に居なかった。
それが当たり前だった。

僕は父親とキャッチボールをした事を良く覚えている。
日が暮れるまでボールを投げて、追いかけ…

父親と最後に会ったのは中学1年の頃。
それ以来、電話も手紙も…無い。

きっと何所かで幸せにしているんだと、そう願いたい。

もう僕も24歳、父は確か今50歳くらい。
またいつかキャッチボールをしたいと思う。
大切にしまってあるんだ、グローブとバット。
僕が病気になった事を父親はきっと知らない。
母親はきっと僕が自殺未遂をしてICUに入った事を伝えてない。

父親にはあの自転車に乗れなかった頃の僕として会いたい。
無邪気だった頃の僕で会いたい。

お父さん…元気ですか?
息子はなんとか生きてます。


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