気がつけば、思い出し笑い

ショートストーリー 1



私はさっきから、早足になっている。
めずらしく会社を定時に出て、ブティックやデパートのなかを駆けずりまわり、
うっすらと汗までかいている。
もう閉店時間が迫っているというのに、望みのものがみつからないのだ。何も
自分の身につけるものを探しているわけじゃない。自分のものだったら「まあ 
いいか」と帰ってしまうところだ。

今、私が探しているのは、転勤していく同僚に贈る「記念品」なのだ。
転勤するのは私と同期入社の上杉君。2年間机を並べ、右も左もわからなか
った新人時代を一緒に成長し、仕事上の様々な壁にぶち当たった時には、互
いに朝まで飲んだくれた貴重な男友達。

 先週、人事から異動を告げる電話が部長にかかってきた。
「はい」「はい、わかりました。」というあっけないくらい短い電話を切ると、部長は
上杉君を自分の席へ呼んだ。
 「おめでとう。栄転だよ。」と、部長はたまにしか見せない笑顔で言った。
 周りにいた皆からぅわあと歓声が起きた。上杉君は最初、戸惑いの表情を隠せ
なかったが、頬を紅潮させて「ありがとうございますっ。」と、さすが体育会出身と
言うだけあって体を直角に折り曲げてお辞儀をした。

 それからは毎日が、送別会という名の飲み会だった。
 こうしてみると彼がいかに会社の先輩に可愛がられていたかがよくわかる。本当に
みんな彼の門出を喜び、そしてみんなちょっとずつさみしそうな顔をしていた。

 明日はいよいよ彼が、旅立つ日だ。
 うちの会社は転勤していく人を課全員で駅のホームまで見送るという慣習を
今も続けている。朝の8時に駅集合。同期のよしみとして私は、彼に送別の品を贈ろう
と、辞令のでた日から1週間ずっと考えていた。
 異動する彼の仕事を私が引き継ぐということもあり、また毎晩の飲み会続きで
なかなかプレゼントを選ぶ時間も取れなかった。結局は前日ぎりぎりになって、こう
やって街中を駆け回っている。ああ・・・時間がない。

 翌朝は 門出にふさわしく朝から快晴だった。
 駅のホームの一角を占領して、みんな彼に思い思いの言葉をかけている。
 電車がホームに入ってくることを告げるアナウンスが聞え始めてやっと、私は彼に
向かって小さな包みを差し出した。すると彼はすごく意外そうな顔で受け取り、
でも次の瞬間にはもう満面の笑みで
「今までありがとな」
と、私の頭をぽんと1回叩いた。

 何が起こったのか自分でわからなくなった。地震かしら、と思ったくらい体が揺れていた。
 そう、私は泣いていたのだった。頭のなかは昨日歩き回ったショップの光景がいくつもめぐった。
 彼が好きだということに、今になって気づくなんて。ばかだな、私。
 いつだって 見つけ出すのはぎりぎりなんだ。


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