気がつけば、思い出し笑い

ショートストーリー8



 なにかに追われるように生活していると、季節の変化にも鈍感になるらしい。
 いつの間にか、街の色が変わっていた。通勤途中の川沿いの道も緑が濃くなった。
 1ケ月前に26歳になって生まれてはじめてひとり暮らしを始めた。

 "ひとりぐらし"

 学生の頃からずっと憧れていた。心配性の両親の反対もあったけれど、私自身も経済的
にも精神的にも不安があったのだ。社会人も5年目に入り、お給料もほんの少しアップし
たので思い切って決心した。ボーナスにも手をつけず、貯金もかなり減ってしまった
 けれど、小さな1DKの部屋は今大きく私の心を占めている。最低限必要な電化製品を揃えたら、インテリアにまで予算がいかなくなってしまった。今は我慢して実家で使っていた家具やカーテンを使っているけれど次のボーナスが出たらひとつずつ好きなものを買い足していくつもりだ。

 親元にいた頃は煩わしいとさえ感じた「食事」や「門限」だったが、いざひとりになる
とありがたみが身にしみる。自由気ままな生活は確かに楽しいけれど一人の食事の支度は
不経済で面倒、なによりもさみしい。

 3年間おつきあいをしていた彼と春先にサヨナラしてしまったのも、一人暮らしを決め
るきっかけになった。それまでの生活パターンを失って、初めてどれほど彼に依存してい
たのか痛感したのだ。なにか変えなくちゃ、ううん、私自身が変わらなくちゃいけない。

 部屋の状態も落ち着いたので、今夜は女友達3人を招待しての鍋パーティだ。
 学生時代からの親友たちは、私の生活をそれとなく心配してくれているようでそれぞれ
忙しいながらもマメにメールが来る。
 まだ小さなラグマットしかない私の部屋に、「使ってね」と フワフワのルームシューズをプレゼントしてくれたり、小さなグラスに入った観葉植物や小さな額縁に入ったポストカードは彼女たちからの引越し祝いだ。
 こんな小さなもの達だけれども、帰宅する私を迎えてくれ、なんとなくほっとさせてくれる。

 ひとりの時間の大切さを知り、そして周りの人達の優しさに触れてあらためて感謝の気
持ちを味わった。すこーしだけ大人になった、そんな気がしている。
  今までの自分の家族に対するわがままや、彼に対する甘えや友達への思いやりなど、いろんなことにちょっとずつ思いをめぐらせることができるようになった。
 これから出会うはずの人達にも、(進化形だけれど)今までとは違う"私"でいられるよ
うに頑張ろう。

今日のメインはキムチ鍋。
もうすぐ 彼女たちの賑やかな声が聞こえてくるだろう。
ビールグラスを用意しながら、ルームライトの灯りを眺めた。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: