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写真は、1968年10月に佐倉機関区で撮ったものです。 外にいる蒸気機関車は、8620形(ハチロク)の58683です。1922年産まれで、1969年12月に廃車されました。現在、佐倉駅近くにある高崎川南公園に静態保存されているそうです。 車庫内にいる機関車は、C57形70号機です。1938年に製造され、1969年4月に廃車となりました 二重屋根の客車は、スエ30 61、1927年生まれの17m級鋼製客車です。記号「エ」は、救援車を表しています。災害、鉄道事故や除雪現場などに出動し、枕木等の応急復旧資材や工作機械の保管・運搬、作業員の休憩所代わりに用いられます。事故が起きてから準備をするのではなく、事故発生時に迅速な復旧作業が出来るよう、予め機材を積んだ鉄道車両を常備しておくという発想が救援車の元になっています。救援車のほとんどが旧型客車や用途廃止された荷物車、郵便車を流用していて、スエ30 61も、荷物車スニ30を改造した車輛です。
2025.06.30
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写真は、1968年に上野駅、鶯谷駅付近、佐倉機関区で撮ったC57の77号機です。 C5777は、1938年に三菱重工業で製造された機関車です。この写真を撮った翌年の1969年3月に佐倉機関区で廃車となっています。 C57形蒸気機関車は、「貴婦人」の愛称で親しまれています。脚の長い整った容姿からそう呼ばれるようになったと言われています。実際、直径1.750mmの大きな動輪をもち、細いボイラを搭載していて、とても優美に見えました。
2025.06.25
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3枚の写真は、1968年10月に、高麗川駅及び高麗川駅付近で撮ったものです。 駅構内を走っている機関車は、キューロクです。キューロクは、9600形蒸気機関車の愛称で、1913年から製造を始めた日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車です。なお、キューロクは、最初期の標準型国産蒸気機関車として登場し、かつ、国鉄最後の「現役」蒸気機関車となった最も長命な蒸気機関車です。 高麗川駅構内に転車台がありました。丁度キューロクが方向転回をしていました。 走行中の貨物列車の牽引車は、キューロク59669です。撮影場所に関しては、記録がないので、はっきりしませんが、おそらく、高麗川のセメント工場専用線です。
2025.06.24
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写真は、1968年10月に大宮機関区にいたマロネフ29 102です。もう一枚の写真は「K0413 マロネフ29 101~ (マロネフ37560) 組み立てキット」の宣伝販売用写真で、インターネットに載っていたものです。 マロネフ29形は、1956年に戦後初となる東京-博多間の夜行特急「あさかぜ」が登場した時に、最後尾に連結されていました。大型の窓を備えた軽快なスタイルで国鉄車両のデザインに新風を吹き込んだ10系客車の後ろに連結されたロートルのマロネフ29形は、行灯式のテールマークを掲げて華々しい活躍をしました。台車には3軸ボギー車のTR73が使用されています。
2025.06.23
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2枚の写真は、1968年10月に撮った485系電車です。 ホームに入線している電車は、大宮駅で見かけた特急「やまばと」です。先頭車は、クロ481でしょうか? 1964年の登場以来、「やまばと」の使用車両はキハ80系のディーゼルカーでしたが、この写真を撮った1968年10月から、485系電車になり、食堂車も復活しました。 走行中の電車は、蕨駅付近を走る特急「ひばり」です。この写真を撮った1968年10月から京浜東北線と東北線等の列車が分離され3複線化されました。
2025.06.22
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写真は、1968年9月に小山機関区で撮ったものです。 C58形150号機は、1968年10月には佐倉区へ異動し、1969年に廃車となりました。 C12形193号機は、真岡線が無鉛化された1970年まで活躍し、その後水戸機関区へ行って廃車となりました。 D51形123号機は、大宮機関区所属で、この写真を撮った1か月後に廃車となりました。
2025.06.20
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写真は、1968年9月に撮影したものです。 小山駅の構内を走っている蒸気機関車は、ホームから見かけたC50123です。 転車台は、小山機関区の転車台で、C50123が方向転換中です。 小山機関区の扇形車庫には、C50、C12、C58が入っていました。 C50123は、1930年に日立製作所で製造されたもので、両毛線で活躍し、1968年の両毛線電化後は小山駅構内で入れ替え作業を行っていました。廃車後の1971年から小山駅東中央公園に保存されています。
2025.06.19
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3枚の写真は、1968年9月に小山駅で撮ったものです。 電車は、水戸線経由で常磐線に入って勝田まで行きます。先頭車は、401系のクハ401-1です。401系は、日本に初めて登場した交直両用電車です。クハ401-1は、先行試作車4両のうちの第1号で、低運転台スタイルになっています。また、両開き3扉の近郊形電車としてのスタイルはその後の国鉄近郊形電車の標準となっています。東北本線、常磐線で試験運転を行った後、1961年に勝田電車区に配属されました。1978年11月に廃車にされました。 前照灯のわきに空気笛が付いているディーゼルカーはキハ25で、水戸線から真岡線に入って茂木へ向かいます。 もう一つのディーゼルカーは、キハ17です。どこへ向かっていくのかはメモがなくわかりません。両毛線は、この写真を撮った3週間前には既に全線電化していますが、もしかしたら、この時期はまだキハ17が走っていたのかもしれません。ほかの可能性としては、やはり、水戸線でしょうか?
2025.06.18
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写真は、2025年6月16日に撮ったものです。 見沼田んぼに点在する公園の一つ見沼自然公園では、スイレンの花が咲き始めています。赤系統の花に加えて白い花も咲き始めています。これから7月から8月にかけて、白やピンクの花が増えていきます。 I visited Minuma Nature Park in Minuma tambo area and enjoyed watching water lily in bloom.【Bon appétit !】 Minuma tambo is an extensive green space located 20~30 km from the center of Tokyo. It covers a vast area of some1, 260 ha which represents a precious green space on the outskirts of the capital. There still remain rice fields, vegetable farms, copses, rivers and the Minuma-daiyosui (substitute agricultural irrigation channels) creating a rural landscape, and a rich natural environment which nurtures various forms of life.(https://www.minumatanbo-saitama.jp/english/outline.htm)
2025.06.17
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写真は、1968年9月に横浜機関区で撮ったものです。 横浜機関区は、横浜駅の南、現在の高島町付近にあり、横浜港への貨物輸送を担う高島線の中継地点として、貨物列車の機関車の整備・補給を行っていました。 新鶴見機関区のD51が高島貨物線を通り、横浜機関区に来ていました。蒸気機関車の写真は、D51形のD51920です。この機関車は、1969年に厚狭機関区へ異動となり、1973年に廃車となりました。 ディーゼル機関車のDD13が入っている車庫は、横浜機関区の扇形車庫です。扇形車庫の前には転車台が設置されていて、横浜機関区廃止後には本牧市民公園に移設・保存されました。
2025.06.16
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3枚の写真は、1968年8月に東京駅で見かけた車輛です。 正面2枚窓の湘南型の電車は、80系のクハ86形100番代のクハ86136です。1956年の東海道本線全線電化や上越線(高崎駅 - 水上駅間)電化に合わせて増備されたものです。 高運転台の東海型電車は、153系クハ153形500番代です。153系は、1960年代以降の国鉄急行形・近郊形電車における設計思想の基礎となり、電車による長距離列車運転の優位性を確立する役割を担いました。 「みずほ」のヘッドマークを付けていて、屋根上にパンタグラフがある客車は、20系カニ22形のカニ221です。1960年に製造された電源荷物車で、ディーゼル発電機、電動発電機を搭載し、給電のためのパンタグラフが2基備えつけられていました。なお、この写真を撮ってすぐに電動発電機とパンタグラフが撤去された模様です。
2025.06.15
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3枚の写真は、1968年8月に南武線で見かけたクハ55形、クモハ60形、サハ17形です。 川崎行の電車は、登戸駅のクハ55200です。元々は、クモハ60形のクモハ60016で、戦災復旧のため電装解除して使用可能な電気部品を大型車の修繕用に振り向けて、制御車代用として使用されていたものです。その後、クハ55形に編入のうえ、200番台(55200)に区分されました。 立川行の電車は、武蔵小杉駅のクモハ60112です。クモハ60形は、1940年(昭和15年)から1943年にかけて126両が製造された全長20 m級3扉ロングシート、片転台式の三等制御電動車です。 中間車両の写真は、武蔵小杉駅で見かけたサハ17126です。サハ17形は、全長17m級3扉ロングシートの付随車に与えられた形式です。元々は、1926年に登場したサロ35001で、二等車であるため片側2扉で、車端部と戸袋部がロングシートである以外は、ボックスシートとなっており、天井には他に例のない優雅な装飾が施されていた車両です。1941年には格下げされ、車体中央部に扉を増設し、3扉ロングシート化のうえサハ36形に編入され、1955年に丸屋根化を施工され、サハ17126となりました。車両のリベットにが時代を感じます。
2025.06.14
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3枚の写真は、1968年8月に横川駅で撮影したED42 1、EF63 9、EF62 37です。 これらの機関車は、信越本線横川-軽井沢間の碓氷峠区間にある最大66.7‰の急こう配の難所を通過するために活躍した代表的な機関車です。碓氷峠区間は、明治時代から補助レール(ラックレール)に機関車の歯車を噛み合わせるアプト式が採用されていて、1960年台初頭まで、第三軌条方式、直流600Vの電気設備でアプト式機関車ED42 (1933年 - 1947年製造)が活躍していました。 アプト式を廃止して摩擦力によって走行する「粘着運転」化の方針に基づき、EF60をベースにして、碓氷峠区間専用の補助機関車で、牽引力・ブレーキ力に重点を置いた特殊形式のEF63が開発されました。碓氷峠を通過する全ての列車の横川方に連結する補機という特殊な運用と運転特性や安全性確保の観点から、数多くの独自かつ特殊な装備が搭載されたため、運転整備重量は108tで、EF60以降の新性能直流電気機関車では最大のものとなりました。 EF63とペアを組む本務機関車として、EF62が開発されました。EF62は、碓氷峠区間では、下り列車ではプッシュプル運転、上り列車では協調運転を行い、信越本線の前後区間を直通できる機関車として活躍しました。EF62の台車は、台車の軽量化が優先されたために、新性能直流電気機関車としては唯一となる3軸台車が採用されました。【Bon appétit !】 A total of 25 Class EF63 locomotives were built between 1962 and 1976 exclusively for use as bankers ("helpers" or "pushers") on the steeply-graded Usui Pass section of the Shinetsu Main Line between Yokokawa and Karuizawa. They replaced the Class ED42 electric locomotives previously used on the rack-and-pinion line between these two stations.(https://en.wikipedia.org/wiki/JNR_Class_EF63)
2025.06.13
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3枚の写真は、2025年6月12日に、日比谷公園で撮ったものです。 日比谷公園には様々なユリが咲いていました。まだ咲いていないものもありました。 I visited Hibiya Park on June 12, 2025. Lilies greeted me.
2025.06.12
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2枚の写真は、1968年8月に高崎駅で見かけた信越本線の旧形電車です。 運転室のドアが開いている車輛は、横川行のクモハ41044です。全長20 m級3扉ロングシートの片運転台式電動車です。クモハ41形は、1932年(昭和7年)から製造がはじまり1939年(昭和14年)にかけて55両が製造されました。 運転室に近いドアが荷物用の手動引戸になっている車輛は、横川行のクハニ67900です。クハニ67900は、1955年にクハ55032を改造して配置された荷物室付き制御車です。元車両のクハ55032は、1946-49年に、進駐連合国軍の専用車として接収され、京浜東北線で使用され、車両の窓下に白帯を巻き、「U.S.MILITARY CAR」→「U.S.ARMY SECTION」→「ALLIED FORCES SECTION」と表記されていたとのことです。
2025.06.11
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2枚の写真は、1968年8月に高崎駅で見かけたディーゼルカーです。 向こう側のホームに停まっている車輛は、キハ17(キハ45000)です。おそらく、八高線の列車だと思います。キハ17は、トイレ付片運転台車で、1953 - 57年に402両が製造されました。キハ17で代表されるキハ17系の気動車は、量産形気動車として初めて液体式変速機を搭載して、複数車両の総括制御を可能としました。その意味で、キハ17系は、その後の一般形気動車の運用形態を確立した画期的な車両ということができます。 正面非貫通2枚窓の湘南スタイルの気動車は、キユニ16 10です。両毛線の列車に連結されているものと思います。キユニ16 10は、1953年に登場した電気式気動車キハ44100を.1965年に改造したキハユニ16 9をさらに改造して製造されたものです。両毛線で使用されていたキクユニ04形の後継車両として使用されました。キユニ16 10 は、この写真を撮った2か月後の10月に高崎第一機関区を離れ、美濃太田気動車基地へ異動しました。
2025.06.10
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写真は、EF57の5号機で、1968年7月に上野駅で撮ったものです。 EF57の2号機以降はパンタグラフが車体端から極端に突き出した形態が特徴で、他に類例がありません。EF57は、戦時体制下で開発・製造された最後の旅客用電気機関車です。戦時下とはいえ、良質な材質・工作によって製造され、当時における優秀機として完成され、東海道本線における優等列車を牽引しました。基本的な外観は、長大な2C+C2(先輪2軸+動輪3軸+動輪3軸+従輪2軸)配置の台車枠上に箱形車体と両端のデッキを備える古典的形態となっています。【Bon appétit !】 The EF57 was an electric locomotive designed for passenger service. These were the last passenger locomotives built for the JNR before the onset of the Pacific War; despite the fact that the locomotives were produced under duress they were manufactured using high-quality materials and was considered an excellent locomotive for the time.(https://locomotive.fandom.com/wiki/JNR_Class_EF57)
2025.06.09
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写真は、1968年7月19日に、大宮駅で撮った583系です。この時期にいるはずのない583系「はつかり」が大宮駅に何故いたのかは不明です。 この写真を撮った時期、特急「はつかり」は、キハ81系(キハ80系)気動車が使用されていました。しかも常磐線経由です。東北本線経由となるのは、1968年9月の東北本線全線電化と上野―仙台間の複線化が完了した後の10月のダイヤ改正(ヨンサントオ)まで待たなければなりませんでした。 7月に大宮駅で見た583系「はつかり」は、私の願望が創り出した「まぼろし」だったのかもしれません。【Bon appétit !】 The 581/583 series were limited express electric multiple unit (EMU) train types introduced in 1967 by Japanese National Railways. The seats of the 581 and 583 series trains could be transformed into three-berth beds, enabling the trains to be used on both daytime and night train services. The 583 series was introduced in 1968 on the Hatsukari (Ueno - Aomori via Tōhoku Main Line daytime), Hakutsuru (Ueno - Aomori via Tōhoku Main Line night), and Yūzuru (Ueno - Aomori via Jōban Line night).(https://en.wikipedia.org/wiki/583_series)
2025.06.08
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2枚の写真は、1968年7月に、大宮駅で撮ったものです。 屋根が取り払われて車両後部が無蓋貨車のようなスタイルになっているL字形の車体の車輛は、クモル24です。クモハ11形旧型電車を改造することで1955年頃から生産された片運転台式、17m級の配給車です。車両工場と車両基地との間で、車両などの保守部品を配るためにの事業用車両で、車両記号の「ル」は、「クバル」の「ル」から取っています。 普通の電車のような車輛は、クモニ13です。1933年から1942年にかけて木造車のモハ10形を全室荷物車に改造して製作された両運転台式、17m級の荷物車です。車両記号の「ニ」は、「ニモツ」の「ニ」から取っています。
2025.06.01
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