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こくごの先生の部屋
プロローグ~
『プリズム』
【プロローグ】
「ギュ、ギュ」
実際にそんな音がしているのか、それは足を伝わってくる感覚なのか……雪
を踏みしめるその独特の感触は、新鮮で、面白いものではあった。
が、今はそれを楽しんでいる気分ではなかった。
斎藤柊哉は先を急ぎながらも、慣れない雪道を、転ばないように一歩一歩確かめるように坂を上っていた。
時折、「どさッ」と、溶け始めた雪が木の枝から落ちる音が聞こえる。
故郷の街を見下ろす低い山。いつも見ているそれは、実際に上ってみるとそれほど楽ではなかった。
足はかじかむものの、既に体は火照り始めていた。
そして、目の前のその輝く白い絨毯には、すでに一つの足跡が山頂へ向かって続いていた。
「あの時の約束…。きっと…覚えてる。」
柊哉の動悸が激しくなるのは、山道を上っている所為だけではなさそうであった。
この先には自分のどんな運命が待っているのだろうか…柊哉は次第に近づいてくる山頂に向かって足を踏み出し続けていた。
「きっと逢える。」
山道の上りが尽き、空が眼前に広がり始めた。
小さなベンチのある休憩所の屋根が見え、その向こうに人影が見えた。
彼の胸は一層高鳴った。
【1st・ショット】2009.2.23
「あ、これ見ていい?」
「いいよ。」
ツトムは、本棚の隅に静かに鎮座していたそれを指さした。それは『MEMORIES』と月並みなタイトルが付けられた卒業アルバムだった。
「お、いいな。よーし。可愛い娘ちゃんチェックしようぜ。」
と、俊平が赤い顔をしてツトムの方へごそごそと腰を移動させる。
コタツ机の上には既に空になった缶ビールが何本か横になっている。
食い散らかされたつまみの袋、こぼれたピーナッツ。
柊哉はそんな二人の様子を見ながら、アタリメの小さな端切れを口にくわえた。
学生生活も、ほぼ2年目が終わりかけの2月。
大学は入試の関係で休講が多く、今日はサークルの友人二人と連れだって昼から街をぶらぶらして、そのまま夜も外食した後、なだれ込んだ柊哉のアパートだった。
時刻は既に11時を回っていた。
テレビも下らない深夜番組かニュースぐらいになってしまい、テレビのスイッチを切って暫く話し込んでいたところで、目ざとく、ツトムが柊哉のアルバムを本棚に見付けたのだった。
いつもなら、大学に近い俊平の家がたまり場になっているところなのだが、今日はいつもと少しパターンが違っていた。
俊平の家にある彼の卒業アルバムなどは、もう何度も見返しており、出身高校でない他の二人までもが、実際には全く会ったこともない俊平の高校時代の友人やガールフレンド、嫌な先生などと顔馴染みになっているのだった。
柊哉の下宿に来るのはツトムも俊平も初めてではなかったが、卒業アルバムが肴になるのは今回が初めてで、俊平とツトムは興味津々で、そのアルバムのページを捲りはじめた。
その様子を柊哉はやや距離を置いて見ていた。
「まず、サイトウシュウヤ君を探さなきゃな。…言うなよ、自分で見付けるから。」と、まずは予想通りのスタートが切られた。
柊哉は3年C組であった。そして、暫くして、
「あ、いたいた。真面目そうな顔して写ってら。…全然変わってないな。
それにしても、柊哉君ちょっと表情が堅いですねぇ…。」
と俊平は、ほぼ「お約束」とも言ったリアクションをしながらにやけている。
そして、柊哉を見付けてしまうと、もう興味関心は女の子の方へと移動し、「どの娘が人気があった?」とか、「この娘可愛いんじゃない?」などと、これまたおきまりの展開になるのだった。
「あ、この娘タイプだな。」
「…そう? 写真うつりがいいだけじゃないかナ。」
「ふうん、じゃあ…この娘なんか、どう?」
「ああ…、人気あったよ。」
「あ、やっぱり? オレは好みだな。」
「ふうん…。」
「とか、何とか言って、実は、彼女だったとか…」
「いいや…、ちょっとタイプじゃなかったね。」
「な~んて、そう言うのに限って、『実は1年の時つきあってたんだ』なんて言 ったりするんだよね、意外に…。」
「まさか。オレ、高校ン時、彼女いなかったって知ってるだろ。」
「『高校ン時』って、今もじゃないの? だから、今もこんな…野郎ばかりで集 まってるんだよね。」
「うるせえ、ほっとけ。お前らと一緒だろ。」
「ははは。」
そんな軽口を叩きながら、二人はどんどんと「チェック」を入れていく。そして時折、柊哉に「実際の所は?」と尋ねるのである。
そして、彼のいた3年C組が終わると、もう一度最初のA組から一通り、通しての「品定め」が行われるのだった。
「それにしても、寒いな。」
柊哉はそんな二人の様子にやや距離をおいて椅子に腰掛けていたのだが、再びコタツの中に足を入れ、ちょっぴりぬるくなった缶ビールの残りを飲み干した。
男子校出身のツトムはことあるごとに、「いいな」「いいな」を連発していた。そして、再びC組のページに戻っていた。
個人写真の次のページにはクラスのページというのがあり、そこには学校行事の時のスナップ写真なんかが散りばめられているのであるが、そこを眺めていて、俊平が目ざとく一つのスナップを見付けた。
「この綺麗な人、誰だ。…先生?」
「え、どれどれ」とツトム。
その写真は、柊哉に撮ってはちょっぴりほろ苦い思い出のあるもので、出来れば見付けて欲しくなかったのであるが、やはり…見付けられてしまった。
それは、学園祭の時、クラスステージの劇のが終わった後、みんなで撮った記念撮影だった。
3年C組はその時創作劇を行った。そこにはその時の衣裳のまま、体育館横の中庭に全員集合している。柊哉は、その時はちょい役だったが、兵士の恰好をして一番後ろの端に立っていた。
そして、その横にピンク色のドレスに身を包んだその人がいた。
「あ、それね…。講師の先生。」
「へえー。凄い美人じゃん。美人っていうか、可愛い感じだけど…。いいなァ、オレの学校なんか、女の先生なんて、みんなおばちゃんばっかりだったぜ。」
そう言いながら、食い入るように見ているツトムだったが、反応の悪い柊哉に鋭く突っ込んできた。
「何だか、お前、この先生と妙にくっついてない?」
「あ、ホントだ…。お前、この先生好きだったんじゃない、それでここぞとばかりに接近して…。」
「そんなんじゃねえョ。」
と、やっと柊哉はそれらしい反応を見せた。
それを聞きながら、俊平は、一応「怪しいなァ…」といいながらも、実際はそんなことは思ってもいず、もうそれ以上は突っ込んでこなかった。
俊平は職員のページに戻って今度はその話題の先生を捜し始めた。
そして、見付けると「中川晴菜…先生かァ、可愛いなあ。いいなァ…」と、また羨ましがるのだった。
柊哉は少し離れたところから覗き込んでいたが、確かに、そこには自分と、その隣で微笑んでいる先生の姿があった。
「あ、お前何か思い出してただろ…。目が遠かった…。」
とツトム。
「別に…」
と柊哉は言ったものの、図星だった。
そして、「ちょっと便所。」と、場を取り繕い、柊哉はトイレに入った。
再び部屋へ入りながら、「やっぱ、今日は寒いぜ。」と、ふとカーテンを少し開いて外を見た、
「え…」
見れば、窓のすぐ外にある街灯の明かりがちらちらと揺れているように見える。
柊哉はすぐに鍵を外して少し窓を開けてみた。
すうっと、冷たく凍ったような空気が流れ込んでくるが、その向こうに見えたのは、紛れもない、
雪だった。
「おい、雪が降ってるぞ。」
そう言いながら、カーテンを全部開け、窓も半分ほど開いた。
「うひゃあ。」
と、思わず声が漏れる。
「雪国から来ているツトムは、「ふうん。」という感じだったが、俊平は柊哉と同じく、雪の少ない同県の出身で、「おおっ」と立ち上がって柊哉の側にやってきた。
「そんな、珍しいのかよ。」
とツトム。
「ああ、ちらつくことはあっても、積もることなんか滅多にないからな。」
見れば、すでに、屋根には白く積もりはじめている。
「この分だと、何年ぶりかの積雪になりそうだな。」と、俊平。
ツトムはまだアルバムを眺めながら、頻りに「いいな、いいな」と呟いている。
「…この、横向いてる娘も可愛いンじゃない?」
すると、俊平もすぐにまたアルバムに戻るのだった。
「どれどれ…、ホントだ。お前のクラスレベル高ェよ。どれどれ、何て名前だ。」
ツトムは、ピーナッツの残りを頬ばってモグモグしながら、
「クォのコのミョージ…ムグカしいナ、…ナンヘヨムンだ? クルウミミャイ…。」
「え?、誰? お前何言ってんだか、ワカンナイよ…」と言いながら柊哉は何気なくアルバムを覗き込もうとした。
その時、柊哉の脳裏には、全く別なことが到来していた。
そして、彼は思わずそこで、
「あっ。」
と声を上げた。
その様子に、二人は怪訝そうに「どうしたんだよ。」と視線を寄越す。
柊哉は、また取り繕いながら、
「いや、別に。…ごめん、大したこと無い…。」とは言ったものの、
すぐさま、ツトムが、
「何だか、お前、さっきから様子がおかしいぜ。
さては、何か思い出したな…。実はさっきの、あの美人の先生…中川…先生だったか、…あの先生と雪の思い出か何かあるナ…。」
「何言ってんだよ。そンなのねえし。」
そう言いながら窓を閉める柊哉ではあったが、実は或る意味「図星」だった。
彼の脳裏には、ある一つの約束が甦っていた。
2009.2.23
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