外伝~思い出は玉葱の香りとともに2



 その頃シグルは王都やカンダハルの宝石産業界に打撃を与えている粗悪な原石の混入事件について調査していました。

 ここ2~3年の間に良質なイサール産の原石に混じって、不純物が多く廃坑から拾ってきた様な原石が混入される様になりました。

 イサールの原石は品質がいい分、取引価格も高いのでその価格でクズ石を掴まされてしまうと不正をしている組織は莫大な富を得る反面、宝飾産業界は大変な損失になり租税国家であるイエルカの税収も落ち込んでしまいます。

 そういった不正の多くはケットの内偵によってマグオーリ港のどこかで行われているところまでは突き止めていました。

 そして、その内偵により捜査線上に浮かび上がったのがレガート総督でした。

 シグル達が内々に捜査への協力を要請した時にも妙に歯切れが悪かったし、絶対に握手に応じなかったのでシグルは当初から目をつけていました。そしてケットにニセの情報を流させ、噂の流通経路を辿ると総督府が情報の発信源になっていました。もう言い逃れはできません。

 しかし総督が組織に内通しているとしてもシグルはその背後に、王都の有力者の存在を感じていました。

 レガートを任意で引っ張って司法取引を持ちかけるか、もう少し泳がせておいて現場を押さえ、密輸組織を一網打尽にするか・・・、そのいずれが妥当かを考えている時に、ケットから

「ヤツらは“今までの空振りが祟って捜査本部の足並みが乱れている。シグルは解任されるかも”という偽情報に食いついた。ヤツら図に乗って2日後の土曜日、朝も明け切らぬウチに総督府に隣接する貨物倉庫群のどこかでイサール産の原石とクズ石をすり替える気だ」

との情報がもたらされました。

 捜査官達はこの時を逃すまいと即時にマグオーリ入りしてそれぞれの配置に着き、「その時」を待っていました。

 一方、そんなこととは知らず、夏季集中講座の後期の授業を明後日に控えた土曜日の、空に星が輝く頃・・・、

ピロテーサ:忘れ物は?

ラーズ:多分ないと思う・・・。あれ?ここに入れたはずが・・・。あれ?

 ラーズは肩に背負った背嚢を降ろすと、中をまさぐっていました。

ピロテーサ:ほらやっぱりあった忘れ物~、総督閣下へのお土産。

 そういうとピロテーサは家の奥からお守り袋くらいの包みを持ってきました。粒胡椒です。この時代、胡椒は砂金と同じ価格で取引されることもある貴重品でした。
 自分達の口にさえ滅多に入らない物をお土産に持たせるということは、それだけピロテーサも総督に感謝していたということなのでしょう。

ラーズ:・・・いっけね!(^^ゞ

ピロテーサ:陛下からの頂き物なんだからね。滅多に手に入るものじゃないんだか
    らね。落とさないでよ。(-.-)b

ラーズ:解ってます、解ってます。それじゃ行ってきま~す。

ピロテーサ:総督閣下にくれぐれも宜しくね。・・・さて、私ゃもう一寝するよ。

ラーズはピロテーサに手を振るとマグオーリに向けて出発しました。

 ・・・それから約1時間後のまだ明けの明星が輝き始める頃、家のドアをノックする音に気づいたピロテーサがドアをあけると・・・。

シグル:朝早くにゴメン・・・、母さん、久しいね。

 と、シグルが立っていました。

ピロテーサ:シグル導師!こんなに朝早くに、どうしたんですか・・・?

シグル:いや、何・・・ちょっとね。あれ?ラーズは?まだ寝てる?

ピロテーサ:もうマグオーリに向かいましたよ。もうかれこれ小一時間たってるん
    じゃないかしら?総督府でお世話になるっていうんで執務に入られる
    前に御挨拶したいって・・・。

シグル:何だって!?(〇o〇;)!!・・・いかん!!

 そういうとシグルは駆け出しました。

ピロテーサ:ちょっと?何がどうしたって言うんです!?

 しかし、シグルは答えず愛馬に跨ったその影はどんどん小さくなっていきます。

ピロテーサ:何なのかしら・・・?あの子、変なことに巻き込まれてるのかしら?

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 まだ朝靄に煙るマグオーリ港に程近い商店街を歩いていたラーズは、唯一つ開いていた雑貨屋の前で足を止め、中を覗いてみました。

 “手荒れ、あかぎれに「馬油」はいかがですか?”という張り紙が目にとまりました。グノーム地方名産とあります。

ラーズ:(グノームってどこなんだろ・・・?そういえばシエラさん手荒れが
    酷かったな・・・、毎日水仕事してるからなあ・・・)

 鍋や食器の油汚れを落とすために、竈の灰(アルカリ性)で洗っているためでしょうか?シエラは手荒れが酷く、しかも重たい鍋を何度も振っているので指の関節はコブラの様に太くなっていました。

ラーズ:(お土産はこれで決まりだな)すみませ~~~ん!

店員:いらっしゃいませ~・・・あ・・・。

ラーズ:あ・・・。

 店の奥から出てきた店員は、いつも三白眼でラーズを見ていたジャミルでした。ここで働いている様です。

 彼は10時8分の眉毛(`´)と3時42分の目(´`)で、ちょっと不良っぽいけど端正な(半田健人系の)甘いマスクをしています。

ラーズ:ジャミル・・・さん?

ジャミル:お・・・おう・・・。

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 店の中では、まだ店主が就寝中で他に客もいないので、ジャミルは「話がある」と、店の横手の車寄せ(荷物の搬入口です。貨物を積んだ牛車がここに横付けします)にラーズを連れて行きました。

 ちょうどその頃、シエラが父から「今日はちょっと立て込んでいるのでラーズ君には“海馬亭”(知人が経営する宿屋)に泊まって貰うように」と言われラーズを案内するために出て来たところ、あの雑貨屋の前で2人の姿を見つけました。
 シエラは「何だろう?あの2人が何で・・・?」と、思わず身を隠してしまいました。そしてロバ耳を立てて2人の会話を聞いていました。

ジャミル:なあ、お前いつもシエラと一緒にいるよな?

ラーズ:えっ?ああ、集中講座の間は総督府でお世話になってるんで・・・。

 その答えにジャミルは髪をかき上げながら。

ジャミル:参ったな・・・、父親公認か・・・。お前はどう思ってんの?好き
     なのか?

ラーズ:ええ、好きですよ。(総督閣下は優しいし、シエラさんはお姉さんみ
    たいだしな・・・)

シエラ:(何の話してるんだろう?ラーズ君声が小さくて聞こえないよ・・・。)

ジャミル:即答か・・・、マジかよ~。お前趣味悪いぞ!

ラーズ:はぁ?

シエラ:(趣味悪い?なんかムカつくけど私のこと?)

ジャミル:だってシエラって腋臭持ちだろ!?いつも玉葱みたいな匂いしてん
     じゃんか!

シエラ:Σ(T◇T)グサッ!!(違うも~ん!!)

ラーズ:それは毎日香味野菜を切ったり炒めたりしてるから・・・(-""-;)

 ラーズは思わずムッとなり、無意識下に掌から「ブーン」という鈍い振動音がして反り返った勺の様な光る物が現れました。不完全ながら光の弓の発現です。

ジャミル:何だ?怒ったのか?・・・お前も真剣なんだな・・・。確かに王都
     の第1市街に住んでるヤツの方が総督の娘婿には相応しいかも知れ
     ないけどな!俺だって・・・、勉強好きじゃないけど頑張ってんだ。
     せめて准セージになれば・・・ってな。

シエラ:(ええ~~~~~っ!!!(@△@;)何、何、何の話!?)

ジャミル:子どもの頃からずっと守ってきたんだ!だから突然現れたお前なん
     かに・・・、「鳶に油揚げ」って訳にはいかないんだよ!

シエラ:((-""-;)ウソだね!あれは・・・)

ラーズ:は!?「油揚げ」って何だ?

ジャミル:俺が知るかっ!!・・・お前もうムドラを発現できるのか・・・。
      よ~し、俺は棍棒を使わせてもらうぞ。シエラを賭けて決闘って
     んだな!?望むところだ!!

シエラ:(ラーズ君とジャミルが私を賭けて決闘?・・・なななな・・・なん
    で?・・・っていうか・・・どうしよう・・・(°°;))。。。。・・((;°°))

ラーズ:ちょちょちょ・・・ちょっと待った!あんたさっきから言ってること
    変だぞ!何か変だ!!

ジャミル:何が!俺はたとえ腋臭持ちだってかまわないって言ってるんだ!
     いや、むしろそんなあいつを心から想ってやれるのは俺しかいない
     ってさえ思ってるんだ!それのどこが変なんだ!?

シエラ:(えっ?(◎-◎;)ウソッ!!)

ラーズ:いや、だ~か~ら~!僕は!総督閣下は僕の養父に雰囲気が似てる
    から好きだし、シエラさんは幼なじみの姉さんににてるから好きなん
    だって!!ジャミルさんの言う「好き」とはちょっと違うんだってば
    ~!!

ジャミル:えっ?・・・そうなの・・・?(¨;)

シエラ:(えっ?・・・そうなの・・・?( -.-)な~んだ・・・)

ラーズ:それにホントなら僕は学舎の宿直室に寝泊まりするはずだったのを、
    あのご家族のご好意で総督府に泊めて頂いてるわけで、許嫁とかそ
    んなんじゃないんですよ、全然!

ジャミル:あ・・・そうなんだ・・・? (^^ゞ

ラーズ:それに今、思い出したっていうか気づいたんですけど・・・思い当た
    るフシがあります。多分貴方達は相思相愛です。

シエラ:(Σ(-""""-;)!!何~?思い当たるフシって~?まさか・・・!?)

ジャミル:マジ!?・・・だってあっちは総督の娘で、俺は小さな雑貨屋の次
     男坊だし・・・、釣り合いとれないじゃん・・・(´ω`;)

ラーズ:さっきまでの勢いはどうしたんです?だから准セージ目指して頑張っ
    てるって言ったばかりじゃないですか?

ジャミル:うん・・・。

ラーズ:あ、そうそう。そういうことならこの「馬油」ジャミルさんから渡
    してやって下さいね。あ、もちろん貴方からの贈り物ってことね。
    シエラさん水仕事ばっかりで手荒れが酷いんですよ。
     あ、あとシエラさん腋臭持ちじゃないですよ。
    スンダール(弁当屋の名前、オーナーがスンダール地方出身らし
    い)の惣菜パン美味しいでしょ?あれってシエラさんが額に汗して
    下ごしらえしてるからなんです。丁寧に香味野菜を炒めてるから学
    校に行く頃には自分まで「飴色タマネギ」の香りになってるんです
    よね・・・。

シエラ:(ラーズ君・・・(・_・、))

ジャミル:お前・・・。

ラーズ:じゃあ僕はこれで・・・。

シエラ(あっ!ちょっとちょっと!)

ジャミル:(っていうか、まだ代金貰ってないんだけど・・・、あ!俺が買っ
     て渡せってことか?・・・なるほど・・・)・・・ああ・・・。

シエラ:そこの2人!!ちょっと待った~~~~~!!(▼▼メ)

ラーズ:あ、シエラさん丁度いいところに・・・。

シエラ:・・・ちょっと待って!ε-(-_^;)・・・け、決闘のことなんだけど・・・。

ラーズ:僕ら別に決闘なんか・・・ねえ?

ジャミル:ああ、もうその話は・・・なっ?

シエラ:そうじゃなくて・・・、ラーズ君勝って!

ラーズ:は・・・!?(〇o〇;)!!

シエラ:この人に勝って!

ジャミル:何ィ~~~?おい・・・話違うじゃね~の・・・(((○ж○;)))

ラーズ:だって!・・・一緒に下校している途中、ジャミルさん見たら塀の影
    に隠れたことがあったじゃん!ほっぺた赤くしてさ!

シエラ:それは・・・、この人子どもの頃からゴキブリ投げつけて来たりヘビ
    ぶら下げて追っかけて来たりしてイヤだったの!・・・今思い出して
    も熱出ちゃうんだから!顔も赤くなるわよ~(ノ_<。)

ラーズ:それって「いじめっ子は好きな子しかいじめない」ってヤツなんじゃ
    ないでしょうか・・・?

シエラ:もうヘビとかゴキブリに触ったってだけでもイヤ!この際この人じゃ
    ないなら貴方でもいいわ。とにかくこの人イヤ!

ラーズ:あの~・・・、この場合どういうことに・・・。

ジャミル:知るかっ!!俺もうアッタマ来た!!(TдT)

ラーズ:いや、短気は損気って言ってね・・・、長年の不審を贖うには時間を
    かけて・・・。

ジャミル:うるせえっ!!どけっ!!

 そう言うとジャミルはラーズを突き飛ばしてシエラにぐんぐん迫って行きました。

シエラ:何!?ちょっと来ないで!近寄らないで!

ジャミル:ちょっと待て!俺の話を・・・。

シエラ:うるさいっ!向こう行けっ!!

ジャミル:ヘビやゴキブリのことは悪かった!この通り!だから・・・!

シエラ:黙れ変態!!

ジャミル:変態たぁ何だ!?


 まるで鬼ごっこでもしているかの様に、2人は∞を描いて朝靄の向こうに行ってしまいました。


ラーズ:イヤよイヤよも好きのウチっていうけど・・・放っといてよかったん
    だろうか?・・・あれ・・・?そういえばシエラさん何しに来たんだ?

つづく


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