花夢島~Flower Dream Island~

花夢島~Flower Dream Island~

13~闇漆(ヨル)の冥界(ガッコウ)~


 職員達が何人か顔色を変えて階段を駆けて行く。
「周防院くん、あたしたちも行くわよっ!」
 その光景を目撃した白雪さんは即俺の腕を掴み走り出した。きっと頭で考えるより先に体が動いているんだろうな。
 走りながら悠長にもそんなことを考えていた。だが、事態は深刻だった。
 5階に辿り着くと、ある一角に先生達が集まっていた。そして、そこには大量の血。先生の一人に抱えられていく血まみれの女生徒。
「ッ!!?」
 その生徒は、姉さんだった。呆然とした。いつの間にか床に跪いていた。
「一体何が……」
 横で白雪さんも唖然とし、呟いていた。
「そんな……姉さんが……」
 一体誰が姉さんをあんな目に合わせたんだろうか。俺は初めてこれほどまでに強大な憎悪を抱いた。どんな手を使ってでも絶対に犯人を捕まえる。そのためには、まず何があったのか把握する必要がある。
「先生、一体何があったんですか?」
「関係ない生徒は戻りなさい。あまり見ないほうが良いだろ」
 やはり邪魔者扱いをするか。だが、ここで引き下がるつもりは微塵も無い。
「被害にあった生徒は、僕の姉さんなんです。お願いします。何があったか教えてください!」
 俺はどんな表情をしてこの台詞を放ったのだろう。だが、先生は多少怖気づいて、先ほど現場を目撃した生徒から聞いたのであろうことを話してくれた。
「何でも、偶然見ていた1年の女子生徒の話によるとだ、あの生徒はただ廊下を歩いていただけだったらしい。だが、本当に何も起こっていないはずだったのに、突然苦しみだして、ナイフで刺されたかのように腹から血がでていたそうだ」
 意味が分からない。何も起こっていないのにそんな重態になるわけが無いだろ!きっと何かがあるんだ。
「ありがとうございます」 
 俺はそれだけ言い、白雪さんの許へ戻った。
「周防院くん、先生、なんだって?」
 どうせ教えてもらえないだろうとそこで待っていた白雪さんに聞いたすべてを伝える。
「どうだ?何か心当たりはないか?」
 無ければ振り出しに戻ってしまう。それだけはどうにか避けたいことだ。
 だが、そうなる心配は無かったようだ。
「もしかしたら、一時期噂になったアレかもしれない……」
「アレ?」
 凄く気になる物言いだな。
「うん。あたしが1年の頃聞いた話なんだけど、この学校には悪霊がいる、って。まああくまで噂だし、幽霊なんて実際にいるわけ無いと思うけどね」
 いや、霊は実際に存在するけどさ。つまりは、この学校に住む悪霊が姉さんを……
 今夜、先生達が全員帰ったら学校に忍び込もう。何もできないかもしれないが、抛っておく事もできない。他の人は霊の存在なんて信じてくれないだろうし、俺がやるしかないんだ。
「周防院くん、一人で何とかしようと考えてるでしょ」
「全然そんなことないよ!?」
 何を急に言い出すんだ?この人は。てか勘良過ぎるし。
「声裏返ってるし」
「うっ……」
 それ言われたら否定のしようが……
「あたしはついてけ無いけど、亞姫菜さんに相談してみるべきだと思うよ、あたしは」
「亞姫菜さんに?」
 どうしてまた急に亞姫菜さんなんだろう。まあ白雪さんが言うなら間違いはないんだろうけど。
「うん。あの娘、霊感強いから。まあ周防院くんならそれでも一人で行くっていいそうだけどね」
 よく分かってらっしゃる。人が傷つく場面なんて決して見たくない。決死の覚悟で行けば一人でも何とかなるだろう。一応俺にも霊力は多少は備わってる訳だし、前見たく行えば多分大丈夫だろう。
「後、侵入するなら1階の調理室の一番東側の窓から入ってね。そこの窓なら開けても防犯ブザー作動しないから」
「サンクス」
 こういうときにこういう情報通は頼りになるな。俺は礼を言って学校を後にした。



 そして、夜。俺は麻衣ねえ達には散歩に言ってくるといって家を出た。向かう先は学院。悪霊退治だ。
 俺は正直自分の力を過信していた。あの時は姉さんが一緒だった。恐らくあのときの力の殆どは姉さんのものだったんだろう。それを俺は身をもって知ることになった。


 学校に着くと、門を乗り越えて調理室へと向かう。調理室の東側の端のドアの鍵を予め開けておいた為、すんなり入ることができた。
「やっぱり、夜の校舎は少し怖いな……」
 真っ暗な廊下は何処までも続いているような無限廻廊をイメージさせ、静寂なその空間が己の足音を響かせる。その音すら俺の恐怖心を駆り立てていた。俺は暗い階段を一歩ずつ踏み外さないようにゆっくりと登り、5階へと辿り着く。
 昼間は気付かなかったが、夜になるとはっきりと分かった。5階にはとても強烈甚大な憎悪心が蔓延していた。そこにいるだけでその憎悪に潰されてしまいそうなくらいにそれは重く大きい。これは下手をしたらマジで死ぬかもしれない。
 そう考えると自然と背筋が延び、嫌な冷たい水が垂れる。恐怖心を必至に抑えて俺はその憎悪の発信源へと歩んでいき、除霊を開始する。
 両手をその霊に向け、
「憐れなる行き場の無い魂よ。今我、湊の名の許に天に召すが良い」
 できる限りの能力を篭める。だが、僅かに抵抗の色を見せるだけで除霊は成功しなかった。
「ぐッ!!」
 逆に怒らせただけだった。突然の衝撃に腹部が猛烈に痛い。視線を落とすと、姉さんと同じように腹部から大量に出血していた。
「や、やべ……今、こ、ここで倒れたら……間違い、なく……死ぬ……」
 だが、自分の力で指一本さえ動かせない。万事休すかと思いきや、突然足音が鳴り響いた。それは段々近付いて来る。
「湊さん!!」
 その人物は俺を見るや否やで近づいてきた。
「うぅ……私がもっと速く着ていれば、こんな事にはならなかったのに……」
 その人物は、顔は暗くて見えなかったが、その声は確かに亞姫菜さんのものだった。だが、その喋り方にはいつものような待ったりとした感じは聞いて取れず、真剣の一言に尽きた。
「あ、きな……さん?」
 亞姫菜さんは、俺がやったように両手を前に差し伸べ、何かを呟いた。すると、たちまちにその霊の姿は消えていく。
「はは……す、げぇ……や」
「ううん。逃げられた……だけど今はそれより先に湊さんの手当てをしないと」
 そう言って右手を俺の腹部にあわせた。そこからでる暖かな光が出血を止めていく。それと同時に痛みは引いていった。
「あくまでも応急処置だから速く病院に行ってね」
 そう言い残して亞姫菜さんは闇の中に消えていった。
 俺は自分の無力さを悔恨し、その場を後にする。今亞姫菜さんを追いかけても足手まといになるだけだと悟ったから。だが、やはりそれはとても悔しいことで、気がつけば俺は頬を濡らしていた。
 俺は階段を降る。一体どれだけ階段を降っただろう。闇に包まれ回りの景色を確認できない為に感覚でしか階は分からない。だが、とっくに1階に着いても可笑しくないくらいには降りたと思う。
 さすがに違和感を覚えて、俺は一旦今いる階が何階かを確認する為案内図に顔を近づける。
「なッ!?どうして……?」
 その案内図は、確かに『5F』と書かれていた。つまり、下に降っているつもりがいつの間にかここに戻ってきていたというのだろうか。
「一体どうなってんだよ……」 
 仕方なく俺は亞姫菜さんと合流を果たそうとその闇の中歩き続ける。だが、最悪な事に亞姫菜さんと合流する前にまた、アイツが現れようとしていた。最初に5階へ入階したとき感じた敵意。始めはそれがもやもやとした霧状になっていて体全体でそれを感じていた。だが、今回は違う。ナイフの切っ先を突きつけられているかのように背中のある一点に集中して中てられていた。その切っ先を奥に押し込まれたら、先ほどの腹部とのダメージとは比べ物にならないほどになるだろう。恐らく即死するだろう。
 逃げなければ。頭ではそう考えられても、筋肉が畏縮していて一歩も足を動かせない。
「――ッ!!!」
 恐れていた最悪の事態が起こったみたいだ。背中から来たソレは俺の体を貫通して左胸部に風穴を開けていた。
 間違いなく心臓を貫いているはずなのに、血がありえないほど流れているのにも関らず何故か意識だけははっきりと覚醒していた。だが、その意識は俺の体の中に在らず、俺は自分自身の体を上から見下ろしていた。
「……やっぱり、死んだのか?俺」
 今更になってやっぱりこなければ良かったと思った。自責の念を抱きつつ俺は自分の体を尚見続けた。
 意外な事に噴出すほどに出ていた血が今はすっかり止まっている。そして、銀色の耀きがその胸に灯り、その穴を塞いでいた。
「一体何が……?」
 その耀きは衰えることなく真っ直ぐに伸びて霊化している俺の胸を射す。それと同時にまるで麻酔でも掛けられているかのように急にトロンと瞼が重くなる。3秒と立たないうちに俺の意識はそこで途絶えた。
……………
「湊、凄いね。大人でも消せないようなあんな霊を消しちゃうなんて」
「そんなことないよ。お姉ちゃんと一緒だったから」
 小学生程の少年が宵闇の中少女の隣を歩いていた。
「私なんて、何もできなかったよ……湊が助けてくれなかったらどうなっていたか……」
 嘗て、俺たちが除霊を行った時。俺は姉さんが能力を与えてくれたからあの霊を消せたとずっと思っていた。
「それに、私の所為で能力の殆どを封印されちゃったし……」
 封印……そうだ、思い出してきた。確か、あの時姉さんが一度殺され掛けたんだ。当然のように俺は姉さんを庇い、身代わりとなり、胸に深手を負ったんだ。その時、意識下で自然に能力の殆どを使って生命を保ったんだ。
 きっとあの時の銀色の耀きは、その能力が漏れ出したんだろう。心臓を突かれた事によって。
「大丈夫だよ。もう無茶はしないようにするから」
 そうだ、自分で言っておきながら忘れていた。姉さんに心配を掛けまいと心に誓っていたはずなのに……
「うん、約束だよ」
 笑顔で指きりをする二人を見ているのがとてつもなく辛かった。



 次に目を覚ました場所は、学校ではなかった。白い天上。横を見れば白い壁が広がっている。
「ここは……」
 恐らく病院だろうか。まあアレだけの怪我をしたんだ。病院に連れて行かれても不思議じゃないか。
 俺はすべき事もないのだからもう一度寝ようと目を瞑る。だが、その矢先に誰かがドアを開き、俺は起きざるを得なかった。
「誰?」
 俺は上半身を起こす。痛みはあるだろうと思っていたが、すんなりと起き上がることができた。
「私です。湊さん」
 そこに表れたのは、真剣な眼差しの亞姫菜さんだった。
「目を覚ましたんですね。よかった……あんな心臓を一突きされていたから生きているとは思わなかったけど」
 俺も思わなかったさ。だけど実際こうして生きてるし。
「それより、アイツはどうなったの?」
 亞姫菜さんは静かに首を横に振った。
「私が湊さんの許に着いた時にはもう逃げてた。でも、必ず私が退治するから」
 確かに亞姫菜さんならその内に討伐できるだろう。だけど、それじゃ遅すぎる。その間にも犠牲者は出る可能性があるんだ。
「俺も行くよ。霊によって付けられた傷なら、回復させられる」
 少しでも、亞姫菜さんの力になりたい。無茶しないと誓ったけど、今回だけはいいよな。人の命がかかってるんだし。
「ダメ、って言っても来るんでしょ」
 俺は点頭いた。
「そういえばさ、さっきから気になってたんだけど、いつもと口調が違うのは何で?」
 なんか亞姫菜さんらしくないというか、ちょっと怖いというか……
「真剣な話の時はこうしゃべることにしてるの。いつも通りの話し方じゃ緊張感でないでしょ」
 まあ確かにあの口調で真面目にやっていると思いにくそうだしなぁ。
「じゃあ私、お医者さん呼んでくるから」
「ああ、頼むよ」 
 俺はそう言ってもう一度仰向けに寝転ぶ。暫くして医者がやってきて、何かよく分からない検査とかを連続で受けて、信じられないような顔をしている医者を無視しつつ俺は無事に退院する事になった。
「そういえば、あの霊は何で突然現れてあんな事をしたんだろう」
 帰り道、横を歩いている亞姫菜さんに尋ねてみた。
「分からない……けど、人に危害を加えた霊は何としても除霊しないと」
 それに関しては俺も同感だ。だが、何故か急に気になったんだよな。今のところ被害にあってるのが俺と姉さんだけだし。何かが引っかかるんだよなぁ。
「まあとにかく一刻も早く斃すに越した事はないか。これ以上の被害が出るのを防がなければならないし」
 それに、アイツを倒さなければおちおちと姉さんの見舞いにも行けやしない。
 俺たちは今夜門のところで落ち合う約束を取り付け、俺は家に帰った。
「ただいま」
 俺は玄関を開けて中に入る。まだ学校のある時間なのだろう、麻衣ねえと芽衣の靴は無かった。
「あ、湊さん……無事だったんですね……」
「ちょ、ちょっと……そんないきなり泣かないでよ」
 俺の姿を見るなり急に嗚咽交じりに泣き始めた。それも何気に俺に抱きついて。
「だ、だって……うっ、ぐすっ……心配、でしたから……」
「そっか……ありがとな、心配してくれて」
 俺は、腕を後ろに回し、湊さんの背中を撫でてあげた。暫くして漸く落ち着いてきたのか、湊(ミナト)さんは顔を離した。
「もう、心配掛けるような危ない事……しないでくださいね……」
 俺の顔を見つめる湊(ミナト)さんの表情に思わず点頭きそうになったが、まだ無茶する予定がある手前安易に点頭くことができなかった。
「悪い、もしかしたらまた直にでも心配を掛けるような事態になるかもしれない……絶対、諦められないんだ」
「そうですか……」
 一瞬その表情に陰りが射した。本当に申し訳ないとは思うが、それでも引く訳にはいかない。 
「それじゃあ、一つだけ約束です」
 湊(ミナト)さんはその細い指で俺の頬を撫ぜた。
「絶対に、無事に帰って来て下さいね」
 そして、湊(ミナト)さんの唇が不意に俺の唇に重ねられた。
「ッ!?」
 驚きで目を見開く。まさか湊(ミナト)さんがこんな事をするなんて全く思っていなかった。
「私も、湊さんを愛していますから」
 俺は驚きながらリビングへと吸い込まれていく湊(ミナト)さんを見送っていた。



 部屋に戻ると俺はベッドに寝転んだ。あの湊(ミナト)さんの台詞はどういう意味だろう。
 態々愛している、という言葉を使った意図が知りたかった。だが、聞いても今は教えてくれない気がした。
「やっぱり、全てはアイツを斃してからだな」
 来るべき戦いの時に向け、精神を集中させようと俺はベッドの上に座り、瞑想する。
 どれほどの時間がたったか知らないが、突然空中に漂う気の流れが変わった。直後誰かがドアを思い切りあける音と、荒い息遣いが聞こえてきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 玄関に下り立つと、そこで芽衣が膝に手を当て、呼吸を整えていた。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
 一瞬嫌な予感が頭を過ぎる。もしかしたら、またアイツが出たのかもしれない。
「お姉ちゃんが、突然倒れたの……刃物で刺されたみたいに、血がたくさん出てて……命に別状はないみたいだけど、私……」
 やはりアイツが……しかもよりによって麻衣ねえを……
「湊さん、芽衣を頼む」
 湊さんに芽衣を任せて俺は部屋に戻る。今すぐにでも学校に向かいたかったが、そんなことをしたらまだ学校に残っている人々にも危害が及ぶ。俺は必至にその感情を抑え、耐えた。約束の時間――10時まで後5時間。
 俺は心に誓った。湊さんや芽衣には悪いが、俺はこの命が滅びようとも絶対にアイツを斃す、と。俺の命を繋ぎとめるこの能力を解き放ってでも。
 俺は、また瞑想を始める。確実にアイツを滅ぼす為。そして、死への恐怖を拭い去る為に……


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