塾講師ママ中学受験サポート国語-合格だけでいいんですか-

塾講師ママ中学受験サポート国語-合格だけでいいんですか-

◇〈第8話〉





□ 中学受験・塾物語 《 第8話 》



夏期集中講座は、授業だけだと6年生は14時から19時。前後に自習室利用する生徒は毎年多い。
最初はしぶしぶ残る子も多いけれど、教室だとすぐに疑問を質問することもできるし、今習ったばかりで宿題をしてしまう方が効率もいいし、家に帰ったらもう勉強しないという形になる方がめりはりもついてラクなようで、ほぼ全員が授業後は個々の親御さんとの約束の時間まで残って勉強する。

この授業終了後の自習時間は、4教科の講師が待機し各生徒への個別指導が可能で融通が利く。
費用は発生しない時間だけど、その意義は大きいと思う。
一つでも多くの質問に答えるために、他教室で授業を終えた講師も集まってくる。

本来なら19時で帰宅できるはずなのを残ってがんばっている生徒達だから、あたたかい誉め言葉も自然に多くなる。
夏期集中は、スピード感緊張感のある厳しい授業の連続。

授業後の雰囲気はまた少しちがって講師との密着感が心地いいようで、ペースがつかめてきてからはこちら側が「もう、そろそろ帰りましょう。というか帰ってください~。明日もありますから、かんべんしてください~。」とお願いして生徒に帰ってもらう・・・なんてことになってくるのが毎年のことだった。
保護者の方も冗談で、「先生、布団とパジャマ持たせていいですか?」と言うくらいだった。

必死だし、大変だし、長時間の学習でもちろんみんな疲れは感じているんだけど、悲壮感というようなものはあまり感じない。部活のノリを思い出す。

自習時間を利用して、生徒にいろんな話もする。しょっちゅう呼ばれてがつんと注意をされている子もいるし、模擬テストの結果で親御さんに厳しく叱られて落ち込んでいる子にゆっくり話して聞かせて励ますとか、ストレスで友人関係がぎくしゃくしている女子のグループを呼んで学級会のようなことをすることもあった。

自習時間についても、なかなか集中が続かない生徒は講師のすぐ横の机を指定席にしたり、得意科目ばかり偏る子には苦手科目の講師のそばを指定席に。
苦手単元を克服できていない生徒には5年や4年のプリントを宿題にプラスしたり、できるだけ個々に合わせて、この夏の長時間の学習をより濃密なものにできるよう各講師は工夫をこらした。

夜にわりと遅くまでの時間になるので、午前中の自習は各自の体調や家庭での考えに任せていた。
ユリナや仲良しのマリとか女の子のグループは、初日から朝の9時前ぐらいから来て勉強していた。
9時からだと、一日12時間塾の教室にいることになる。疲れてみえる日には、「疲れがたまると効率よくないし、たまにはゆっくり眠って、明日は昼からにしたら?」なんて声をかけることもあったが、ユリナやマリは、いつもにこにこしながら、朝から来ていた。

夏期集中講座が3分の2終了した頃、ゴールデンウィークに実施した入試そのものの模擬テストの第2回が行われた。
一般の入試どおりに8:30から連絡事項が伝えられ、放送にてテスト開始、テスト監督も生徒が普段習わない講師を配置したり、できるだけ当日に近づけた。
この試験では、4つのコースから各自の志望校に近いものを選択させて、その合否を出す。
目標偏差値66以上のSSコース。
目標偏差値60以上のSコース、
目標偏差値54以上のAコース、
目標偏差値48以上のMコース。
まだ、志望校が固まっていないユリナはMコースで受験をした。

このテストの結果、受験した塾生全員の中でユリナ1人だけが出願したコースよりも上のコースでの合格通知を手にした。Aコースの合格点をクリアしていたのだ。
越えられなかった偏差値50の壁を、彼女はとうとうクリアした。
算数は120点満点で平均点は56点のところユリナの得点は、73点だった。
あぁ、努力がようやく結果につながってきたのだ。
算数の講師は、採点しながら泣きそうになったと言っていた。
面談で、彼女に結果を伝えたら、すごくうれしそうに笑った。
このときの「合格通知」のカードをユリナは筆箱に入れ、その後毎日持ち歩いた。勉強を始めるとき必ずそれを両手で持つ、彼女のおまじない。

9月の公開模擬テスト。
ユリナの偏差値は、国語48 理科52 社会58・・・算数は61だった。4科偏差値56。
算数0点から偏差値61。
講師の予想をはるかに越えた結果を出した。それだけ、彼女の努力は本物だったんだろう。

今回の結果ではいちばん悪かった国語のテスト、答案を見ると空欄が目立った。ただ、彼女が解答した問題はほとんど全部が正解していた。数個ある不正解は、彼女自身がつけた△がついている。とりあえずざーっととにかく何か書くという解き方をしていない。
時間を気にしすぎてあせっていたユリナではなくなっている。自分のできそうな問題をしっかり考えて、得点に結びつけた。
残された時間で、この○の数は増えていくだろう。

進路指導で、お母さんが初めにあげた学校は、偏差値43の学校だった。
私と算数の講師は、彼女の努力が結果に結びついてきたことと、これを維持できると思うことを伝えた。
偏差値関係なしで、どんな中学に行きたいかを尋ねたところ、共学で部活もできるところがいいということだったので、K中(目標偏差値〈特進58〉〈標準54〉)と O中(目標偏差値〈特進S57〉〈特進A52〉〈普通47〉)の説明会に行ってみることを勧めた。

後日、ユリナから、両方の説明会に行ってみてO中の模擬授業がとてもわかりやすく、今の塾の授業の雰囲気に似ていてがんばれそうに思ったから、今のところO中を志望校にすると聞いた。
通学路に緑が多いのも気に入ったというのがユリナらしいなと思った。

両方まだ数回説明会があるので、納得するまで迷えばいいよ。と答えた。
本当に、何度も足を運んでいたようで、入試担当の先生にも名前を覚えられたようだ。そして、一度普通の日に先輩達が勉強している様子を見学に来るかい?と誘っていただいたようで、彼女は、実際にその目で学校の様子を見て、校長先生とも話しをさせてもらった!と感激し、その時点でO中のファンとなり、志望校は変わることはなかった。

お母さんからは、また、いつユリナが緊張して真っ白になるかわからないので、滑り止めを何校か用意しておきたいと相談があった。他の中学の願書を見ることで、ユリナに「落ちたら・・・」という負のイメージを誘導しかねない。彼女の場合はそういうきっかけで崩れるようなことも考えられるので、一応内緒にしておいて残念な結果が出てしまってからもう一度チャンスを・・・という形にもっていくようにした。
しかし、3つのコースがあって、まわし合格もあるO中であれば、大丈夫だと思う。
また、入学後半年ごとに成績でクラス替えがあるO中ならば、緊張して普通コースでの合格だったとしても、入学後、彼女のようなこつこつ努力タイプならうまくやっていけると思った。

仲良しのマリは、K中を志望校にした。いっしょに説明会に行き、偏差値も近く、仲良しなので「いっしょに~」となるのかと思っていたが、それぞれがご両親に「私はこっちに行きたい」と言ったと親御さんから聞いた。
「自分の行く中学だから、最後は自分で決めなさい。」いくつかの候補は親御さんが提示したものの、最後の決定権を本人に与えた親御さんの気持ちを二人はきちんと理解したんだろう。
それぞれが自分で考えて、気に入った中学を決め、別々の合格に向けてがんばることになった。

その後の模擬テストでも、ユリナの成績は、4科目総合ではだいたい54前後を維持し続けた。
5月の時点で0点だった算数は、秋にはユリナの得意科目となっていた。
60~62をコンスタンスに取り続けた。
国語も、最後の最後の模擬テストで、50ぴったりではあったがユリナ最高の結果を出した。

入試当日、SN中応援担当だった私は、トモ達が来る前にO中担当の先生に電話を入れた。
しかし、ユリナとは話はできなかった。
ユリナは、受験生の中でいちばん最初に来たらしい。緊張して早く目が覚めて落ち着かないから、もう行っちゃえと思って・・・と。
お母さんもユリナも何度も足を運んだ中学ということもあり、こちらが予想していたよりはがちがちではなかったらしい。あまりに早く来たので、冷え込むから教室に入ってノートを見ておくように促したそうだ。
もしも、不安にかられたらまた先生のところにおいでと言ったけど、その後来ていないから大丈夫だと思うと。

おまじないの「合格通知」を眺めているユリナの姿が思い浮かんだ。
ユリナの努力は、本当に尊敬に値する。
その実力をどうか発揮し、合格を手にできますように・・・。
O中の先生、どうかユリナの力を見抜いてやってください!

その日の夕方、ユリナは教室に来た。「もし、今日の結果がだめなら、あさって二次試験も受験するから・・・」と。
テストのできは、自分が予想していたよりも解けた、と聞いて安心した。



次の日の合格発表。
ユリナ本人から電話がかかってきた。
「・・・っ、・・・っく。・・・、せんせぃ~。せんせぃ~。」
「ユリナ?ユリナ?」
泣いて泣いて、何も言えない感じ。

「ユリナ?先生、おめでとうって言っていいんだよね?」

「はい~・・・。せんせぃ~、合格してました~」

「よかったね!!おめでとう!ユリナがんばったもんね!・・・コースは?」

「特進Aに番号なくて・・・あせって、普通コースにもなくて・・・特進Sに私の番号がありました・・・」

「すごいやん!がんばったな!ユリナ、最後までほんまにがんばったな!おめでとう~!」

「せんせぃのおかげです~・・・うぅ・・・」

「ちがうちがう。ユリナの力やで!ユリナががんばって自分の道開いたんやで!すごい!」

ユリナの特進Sでの合格に、講師たちもわきかえった。

「先生、マリどうだったかな?」

「そろそろ連絡あるころやけど・・・」

「私、今から教室に行きます!」

「おうちでお祝いとかあるんじゃないの?」

「お母さん、いいって。今から行きます!」

K中の合格発表の時間を過ぎても電話連絡がなかなかかかってこない。
マリの他にケンジとリオとナオミが受験しているが、みんな成績的には合格圏内。大丈夫だと思うんだけど・・・。
特にケンジとナオミはSN中を受験してもおかしくない成績なのを、部活もやりたいと途中で志望校をK中に変えた。

ぐるぐる考えて、悪い結果も想像したりして、イライラし始めたころ、ユリナが教室にやってきた。
「先生~!」
「ユリナ~!おめでとう~!」
二人で抱き合って喜んだ。
かばんから、本物の合格通知を大事に大事に出して、見せてくれた。
その笑顔がとってもきれいで、泣けてきた。

「・・・ほんとによくがんばったね。」

二人で、ユリナの入塾したころの苦労話をし始めたら、バターン!とドアが開いた。

「先生~!合格4人組みです~!」

K中を受験した4人が、直接教室に報告に行こうとやってきたのだった。
「合格?4人とも?もう~!先生、連絡ないから心配したよ!落ちたかと思った、もう!」

「へへへ。4人そろって特進でーす!」

「すごいな~!みんな天才や!」

「やっぱり~?」

みんなが合格通知を出して、見せ合っている。

「マリ、おめでとう!」「ユリナもおめでとう!」
二人が抱き合って泣いている。


・・・後日、5年生の前でユリナは、こう言った。

「あきらめんと、とにかく自分にできることがんばってやったら、なんとかなってきます。
 受験って思ったより、楽しかったです。」


そして、翌年、塾に届いたO中の入学案内パンフレットには、1年生代表としてユリナの笑顔の写真と作文が掲載されていた。
説明会では、大勢の保護者と後輩になるかもしれない小学生達の前で、英語と日本語でスピーチも披露したそうだ。
それぞれの制服を着たユリナとマリのプリクラが貼られた暑中見舞いも届いた。
今時のちょっとくずした文字で、「中学、めっちゃ楽しいです!」と書かれていた。







                                      ・・・終わり。


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※私が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、
登場する人物名・学校名・成績推移・偏差値などはどれも架空のものです。
また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。
フィクションとしてお読みくださいね。
K中は、開明中学です。
当時、開明中学に進学した4人は、4人とも国公立大学へ進学しました。
1人は大阪府立医大に現役合格です。それぞれ、土台がしっかりと鍛えられていたようで、先生方からも個人名を挙げて褒めていただきました。
そして、「先生ところから来る生徒さんは皆学習姿勢ができていて育て甲斐がある」と言っていただいたこともあります。

◇塾物語・第9話 を読む。


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