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田和山遺跡を堪能して、ホテルに戻る。大晦日である。夕食は正月使用になっていた。綺麗に仕上がっていた。味はともかくとして。大広間の大型液晶テレビでは紅白をやっていた。普通、ホテルの夕食でテレビを見せるのはタブーだが、これはやはりありがたかった(ちなみに、給仕のサービスは最低だった)。レベッカのノッコが最後の歌唱をする。何年も大舞台で歌っていなかったにしたら、良く仕上げて来たと思った。もう5年ぐらい前になるだろうか、彼女をフィーチャーしたドキュメンタリーを見た。80年代、彼女の登場は衝撃的だった。良く伸びる声、あばずれ不良、けれども一生懸命生きている少女の青春を歌って、久しぶりにヘビーローテションしていた私がいた(私は一生懸命の女の子に弱いんです)。その後レベッカ解散、NOKKOとしてソロデビュー、大成せず、結婚、一女をもうけていた。その彼女が10年ぶりぐらいに歌い始めた、という番組だった。ほとんど声が出ない。それ程までにあの声は奇跡の声だったのだ。しかし彼女はなぜ歌おうと思ったのか。「子どもを育ててきて、あの時の歌を母親の立場で歌えそうな気がしてきた」と言っていたと思う。番組の最後で彼女は「MOON」を歌った。♪「壊してしまうのは一瞬で出来るから大切に生きて」と彼女は泣いた。moonあなたは知ってるのmoonあなたは何もかも初めてキスした日のことも♪見事に母親の歌に変貌していた。声は伸び切らない。けれども心があった。今回最後の歌唱で彼女は「フレンズ」を歌った。80年代、彼女たちは紅白に出ないことが、メッセージだった。母親になり、いまもう一度全国民の40%近くに声を届けることで、彼女たちは見事にメッセージを残したと思う。「フレンズ」はレベッカ最大のヒット曲であるのと同時に、一緒にやってきた仲間との別れを惜しむ歌でもあった。♪今 時は流れて セピアに染まるメロディー oh2度と もどれない oh フレンズ他人よりも 遠く見えていつも走ってた oh フレンズあの瞳が いとしい♪(どちらの歌詞もNOKKO作詞)おそらく何かの事情があってレベッカは解散したのだろう。そしてこの歌を歌った。『2度ともどれない』過去でも、大人になれば「夢を再現させることができる」ことを証明した。時とは、そういう力を持つのだ。そのあと、どうしてもあるものが食べたくて夜の出雲市街に出る。寒く雨が降っていたが、出雲大社に行くお客さんのために駅まで特別の車が出るのに乗せてもらった。ところが、駅前のほとんどの飲み屋が閉まっていた。大晦日なのである。甘く見ていた。そしてなんとか開いている普通の居酒屋は2軒とも満員御礼である。大晦日なのである。しかも出雲大社のある駅前なのだ。甘く見ていた。なぜ駅前に出たのか。島根県出身の知人から「出雲に行くならば、蕎麦でもなく、シジミでもなく、絶対〈のどぐろ〉を食べるべきです」と聞いていたのだ。最近食べることのできるようになった「幻の魚」らしい。駅前の居酒屋は全て2ー3時間待ちなので諦めて、雨の中20分ぐらいかけてホテルに歩いて帰り、ホテルの北側にあったはずの郊外の居酒屋(レンタカーで走っている時に見つけた)に賭けて見ることにした。〈のどぐろ〉の看板が掲げてある。灯りがある。「すみません、今日はこれでもう閉店なんです」ううっ、大晦日なのである。やはり昨日食べに出かけるべきだった。明日の正月も食べれるか、わからない。「幻の魚」になるのだろうか。二日目 12806歩
2016年01月31日
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黄泉の国の入口と出口の記事の間に原発の記事が入ったのは、極めて偶然です。黄泉比良坂のあと、田和山遺跡めがけて車を飛ばす。中国山地に雪があったらマズイと思ってマイカーで来ずにレンタカーにしたのだが(結果的にはその心配は要らないほど暖かかったが)、レンタカーで助かったとつくづく思う。ナビがなければ、果たしてこの日もこんなにも行きたい処に行けたか疑問だったからである。田和山遺跡は当然ナビの施設名検索では出ては来ない。しかし、田和山遺跡は松江市立病院の建設の途中に発見され2000年始めに一大保存運動の末に整備された遺跡なので、市立病院の名前で検索すれば、その隣が田和山遺跡なのである。あれから早10年以上経ったのか。この保存運動のために、私は2ー3回ここに来たが、保存が決定された直後からここには今まで来ていなかった。こんな立派な遺跡公園が出来て、ホント感慨深い。田和山遺跡は、弥生時代前期後半-中期末(約2300年?2000年前)の遺跡である。三重の環濠によって厳重に守られた標高46メートル(そんなに高くない、しかし見晴らしはとてつもなく良い)の狭い山上には、2棟の高床建物とそれを囲む柵の跡があり、「聖なる空間」であったと思われる。特に弥生時代中期に建てられた二つ目の一棟は9本柱跡が田の字形に配置されていて、「大社造り」の原初形態とも考えられている。つまり、見晴らしが良く「世界」を見渡せる処に(神奈備山に、出雲大社のような高い処に)、神のお住みになる「社」を建てる「思想」があったということか。しかし、そうなれば青銅器祭の思想は、出雲大社に引き継がれることになり、青銅器埋納の事実と矛盾することになる。というようなことも頭に掠めたが、ここでは展開しない。田和山遺跡が忽然と消えた弥生時代中期末には、出雲では青銅器(銅剣・銅矛・銅鐸)の大量埋納(荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡)が行われ、それにとって代わって四隅突出墓を葬祭をする勢力が出雲だけではなく、西日本海全体を支配するようになるのである。それらの大変動を考える、重要な遺跡なのである。そんなこんなを考えていたら、このレポートはいつになっても終わらないので、ここでは展開しない。この見晴らしが保存された。それは何にも変え難い重要なことのように思える。ここからは、遠く茶臼山が見える。これより2日後に行く処である。この時代よりも600年以上経って、島根最大の山代二子塚古墳やその麓には出雲国庁が築かれる処である。もしかして、この頃も既に神奈備山(かむなびやま)だったのかもしれない。そして必ず神奈備山だったはずの伯耆大山もその背後に薄く見えるのである。古代ならばハッキリ見えたに違いない。それよりも少し左に目を転じると、この地域の聖なる山だった可能性が高い(出雲国風土記には狼煙台があったとされる)嵩山と和久羅山が見える。さらにもっと左に目を転じると、昔はもっと真近に迫っていた宍道湖が見える。出雲大社のあるのはこの方向だが、その時代は単に幾つかの集落があっただけである。この時代では良好な港だった可能性が高い。港から見れば、この田和山はどう見えたのか。やはりこの絵ハガキだけは紹介しておこう。この旅の途中で手にいれることの出来た素晴らしいイラストである。田和山遺跡保存運動を推進した「田和山を見る女性たちの会」代表加藤尚子さんが描いた(推測を交える)遺跡の成立過程の三枚組絵ハガキのうちの一枚である。弥生時代中期末(紀元前後)、柵で囲われた山頂には大社造の原初形態といわれる社が建ち、その前には祭のための銅鐸が四つ吊り下げられている。三重の環濠で厳重に守られ、その周りに幾つかの集落があり、稲田が広がっている。宍道湖はすぐそばまで迫っている。遠くの山に嵩山、和久羅山、茶臼山、伯耆大山が見える。何処にも説明がないのだが、環濠の裾野から泉が湧いている。いつか調べたい。
2016年01月30日
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島根原発を見た後は、一挙に松江を飛び越えて鳥取県との県境まで進む。揖夜(いや)駅からずいぶん歩かなくてはならないのでは?と覚悟していたのだが、車が入れる道を見つけた。楽に到着。黄泉比良坂(よもつひらさか)である。妻を亡くしたイザナギは妻のイザナミに会いに死者いる黄泉の国に行き、約束を破ってつい妻の醜い姿を見たためにイザナミを怒らせ、イザナギは現世に帰る。その現世との境が此処だというわけです。同じように観光で来ている車は二台もあったのだが、入り口の説明板やオブジェに近い遺物を観てみんな帰って行った。私だけが、古代の「坂」らしきものの中に入ってゆく。確かにここを夜に訪れたならば、かなり怖いかもしれない。二股に分かれる小径に道祖神が祀られていて、おそらくここに来た様々な人々が小石を積んでいた。私はそういうのを畏れる性質じゃないんだけど、一応なかなか見つからなかったけど、小石をふたつ見つけて置いて来ました(^_^;)。ここらは鳥取県との県境に近く、この道は古代道路だった可能性が高い。だとしたら、なんらかの「境」においてドラマがあったのかもしれない。記念碑がある処に帰る。昭和の初めに篤志家が建てたらしい。桃ノ木もその近くに植えてあった。イザナギがイザナミを追い返すために投げつけた聖なる果物です。これが千引きの岩(イザナギが黄泉の国との境を作るために閉めた岩)として扱われているようだ。誰かが神話に沿って石を立てたのか。それともこの立石があるから、ここが黄泉比良坂になったのか。映画「絆」(北川景子主演)では、ここをロケ地にして、死に別れた恋人と逢う場面を撮ったらしい。もしかして、そういう願いで来る人もいるのかもしれない。つい最近の「供物」があった。「感謝」している。どういう意味なのだろうか。
2016年01月29日
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猪目洞窟遺跡の「黄泉の穴」に入ったあとは、佐太神社にむかって宍道湖の長い道中を行く。途中で雨が降り止んで日が照り、また雨が降り日が照った。八雲立つ出雲の天気は気まぐれである。アマテラスが意地悪をしているのだろうか。昼になったので、年越し蕎麦を食べに店に寄る。普通に美味しかったけど、海老の天ぷらはプリプリが二匹も入って750円は安い。ここはバリバリの真っ黒い太い蕎麦ではなく、細麺の少し白い麺だった。鹿島市佐太神社に到着。出雲風土記では、国引き神話に見えるサダノオオカミを祀っているらしい。世にいう猿田彦神である。「出雲国風土記」では、10キロほど離れた日本海に面する加賀の潜り戸と呼ばれる窟(いわや)に金の弓矢を持って生まれたらしい。海運交通の有力者がいたのかもしれない。オオクニヌシやスサノオとは直接関係無くとも、非常に造りは立派で重要文化財になっている。現在修理保存中なので、全体は見えないが、三つの社が並び立っている。参拝はしなかったが、お神籤だけは買った。中吉だった。「人のため世のためにつくせ」と仰せです。良い運はまだ付いてきている。この神社の前には弥生時代遺跡がある。そして、神社より北に数百メートルほどいったところに、佐太講式貝塚という縄文時代貝塚がある。山陰で貝塚があるのはとても珍しいらしい。ともかく、この前を流れる佐陀川沿いは古くから人が住んでいた処らしい。その由緒ある集落から5分ほど車を走らせた処に、実は島根原発がある。迷った。私はてっきり海に沿って立っていると思ったら違っていた。海沿いの山の中にあるのだ。しかも、本体は地図に載っていない。登っていく途中、大晦日にもかかわらずガードマンにしては機動隊みたいな服装をした職員に呼び止められた。「ガイドセンターは休みだと思うよ」「とりあえず登ってみます」写真はいわゆる原発ガイドセンター。年末なので、流石に開いていない。そうなんだよ、だから年末年始の旅は博物館フェチの私にはストレスが溜まってばかりだ。その裏山に登る。なんか金網に囲まれ、厳重にカメラで監視して、何やら大掛かりな工事をしている。まるで新しい原発を作る工事をしているかのようだ。まさかね。西側の地方は、入江が迫っている。古代から栄えて来た由緒ある土地である。ということは既に述べた。これが監視カメラだ。なんとかして、原発を見たいと思いながら、その方向は藪が邪魔してちゃんと見えなくしている。もしかして、これが原発か!インターネットから画像を拾って来た。やはりあれが原発だったのだ。韓国では簡単に写真が撮れたのに、どうして日本はこんな藪に隠しているのか?原発に隣接して運動場、そして少し下がった処に電気温水器で沸かすプールがあった。こういうのが、いわゆる「原発マネー」の使い道なんだろう。しかし、私が事前にイメージして居た地域と違っていた。私はこの地域だけが「ニセ都会」のようになっているのでは?と思っていたのだ。田舎に突如出現するビル群を想像していた。しかし綺麗な施設が所々にある以外は、普通の田舎だった。そんなにじゃぶじゃぶじゃぶ原発マネーが落ちている地域のようには感じられなかった(実際はどうかわからない)。もうこれ以上ふるさとを壊す必要はないのではないか。お金のために日本の未来を売り渡す必要はないのではないか。速やかに廃炉にして去って行ってもらうのがベストなのではないか?
2016年01月26日
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2015年大晦日(雨のち曇り)朝。ホテルの朝食。レンタカーを借りて、基本的には遺跡巡りをするつもりです。ホテルの外に出ると、土砂降りの雨だった。雨は降らないはずだったのだ。日本でタクシーに乗ることは滅多にないのだが、30分のウオーキングを諦めてタクシーを使う。1人でレンタカーを借りるのも初めてだ。ナビの設定から戸惑う。でも、途中で島根ワイナリーがあったので、フラフラと寄ってしまった。試飲コーナーがあるのが目に毒。グレープジュースだけ飲む。自分用のお土産にのどぐろ味噌汁を買う。カーナビに任せて目的地に向かうと、なんと出雲大社の横をすり抜けて、その背後の神奈備山の中を上っていった。鬱蒼と茂る山々はなぜか枯れ木が多い。車はなかなかすれ違わない。峠を超えて、しばらく行くと海にでた。荒々しい日本海が姿を現す。猪目(いのめ)洞窟遺跡が目当て。十軒ほどしかない漁村だ。なんとも寂しい。最初の海に浸かった洞窟ではなかった。少し先の、崖崩れで全面通行止になっているところがそうだと分かる。崩れた岩を乗り越えて行ってみる。おお、すごい!説明書を読んで欲しい。考古学的な説明は文字が小さいので、ここに少し書く。「この遺跡は、1948年、漁船の船着場として利用するために入り口の堆積土を取り除いた時に発見された。凝灰岩の絶壁に出来たこの洞窟は、東に向かって開口しており、幅約30メートル、奥行30メートルあります。この遺跡は、縄文時代中期の土器片も少量採取されていますが、弥生時代以降古墳時代後期までの埋葬と生活の遺跡と言えます。埋葬の遺跡としては、人体が13体以上見つかっており、特に注目されるのは南海産のゴホウラ製貝輪をはめた弥生時代の人骨や、舟材を使った木管墓に葬られた古墳時代の人骨などがあります。生活遺跡としては各種木製品、土器、骨角器などの食料の残滓や大量の灰などがあります。」まさに「黄泉の穴、黄泉の坂」なり。わずかな光で写してみる。縄文、弥生時代から此処が貴重な住居になっているのも解る気がする。雨風がしのげて、おそらく火を炊けばかなり暖かくなったに違いない。此処で数家族が何百年も暮らしていたのだ。そして、海の彼方から新しい異形のモノが新しい文明を持ってくる。その人たちは、この洞窟で暮らしていた者たちのことを忘れず、あの寂しい山路を辿って明るい出雲大社になる予定の漁村に辿りついて黄泉の穴のことを語ったのかもしれない。黄泉のイメージは一般的には、古墳の横穴式石室だと言われている。横穴式古墳は複数回埋葬するように造られている。子孫は狭い羨道を通り、石室に入ると、先代の遺体が骨だけになり或いは蛆が湧いていたことだろう。それがイザナミのイメージにピッタリというのである。しかし、それは横穴式石室が流行した6世紀以降の黄泉のイメージであって、それ以前に既に黄泉のイメージはあったはずなのである。原初の黄泉のイメージは、やはりこういう洞窟であり、しかも人も祖先の霊も住んでいる「畏ろしく、神々しい処」だったのではないか。
2016年01月26日
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「有害都市(下)」筒井哲也 集英社 夏に続きが出るはずだったのだが、掲載誌が休刊したことと「制作体制の不備」で原稿そのものが描けなかったようだ。連載終了は10月9日号。ということは安保法制の帰趨がハッキリした頃に校了したことになる。そのせいか、現代の「華氏451度」とも言える本作のラストは、全ての逆転チャンスが潰されてかなり悲観的だ。主人公は特別な強制プログラム(まるで薬漬けで洗脳されるような画がある)に入るようになってしまう。それでも主人公は「少英社」の資料倉庫に一つの「種」を置く。以下がラスト10ページに渡るネームである(もちろん漫画だから、画によって伝わることはこの数十倍である)。 今から70年後世界はどんなふうに変わっているだろうか。きっと僕はもうこの世にはいないだろう。もしかしたら、日本の漫画産業はすっかり廃れてしまって、別の何かに置き変わっているのかもしれない。それでも人々が物語を創り出し、その感動を共有するという営みが簡単に途絶えることはないはずだ。 僕らは政治の戦いに敗れた。正直に言えば、勝負にすらならなかった。しかし、僕はこれから、漫画家にしかできない戦いを始めようと思う。 世界がどんな絶望的な状況にあったとしても、何も恐れることはない。決して恐れてはならない。希望の光は、いつも僕たち自身の腕の中にある。 今日ここに記したプロットは、未来のクリエーターに残したものだ。僕はこの作品が70年後に翻案され、再構成されることを望む。時代を越え、国や文化の違いも越えて、このメッセージを未来に伝えることができたら、僕たちの戦いもきっと無駄ではなかったと胸を張れる。話の内容は原案に忠実でなくてもいい。キャラクターの名前や舞台設定も、その時代や文化に合わせて変えてもらってもかまわない。むしろその方が、伝わりやすいものになるだろう。ただ、タイトルだけはもう決めてあるんだ‥‥「有害都市」(194-203p)2015年、作者は作者なりに時代に向き合って創作活動をしていたことが、ヒシヒシと伝わってくる。読者は、特に若者たちは、果たしてどう受け止めるだろうか。2016年1月21日読了追記ちなみに、やくみつるの漫画での戦い方、最近のはこんな一コマ漫画があった。
2016年01月25日
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どっこい、やっている!「アベ政治を許さない」「安保法制絶対反対」「安倍は辞めろ」集会&パレードは、第25回を土曜日11時より、倉敷駅前デッキにて、始めてこの日は75名が集まりました。6月から始めたこの集会は、いまや毎週金曜日夕方に、月に一回だけ安保法制が強行採決された19日に1番近い土曜日午前(お母さんも来れる為の配慮)にしています。今年は決戦の年。民主主義をあきらめない。この日はアベが画策している「緊急事態条項」について、何人からかスピーチがありました。「ナチスが戦争出来たのは、あの民主的なワイマール憲法に緊急事態条項があって、ヒトラーがそれを発動したからです」。高校の世界史教師が発言しました。若者に負けないと昨年発足した「バアバの会」のKさんは「今週は極寒の中でスタンディングして風邪をひいてしまった。でもこの孫のために、負けるわけにはいかない」といき盛んです。明けて日曜日。「戦争法廃止2000万署名をすすめる水島の会」のキックオフ集会があり、約50名ほどが集まり、学習とそのあと町に出て極寒の中署名行動をしました。「右も左もない、畏れ多くも天皇も望んでいる憲法を守る行動だ。」代表委員の言葉です。4月25日までに水島地域で二万筆集めようと意思統一しました。署名Q&Aのビデオ(10分)がとってもわかりやすくて良かった。誰が作ったんだろ?もっと早く作って欲しかった。街頭署名編だったけど、地域訪問編も作って欲しい。清水弁護士の記念講演。戦争法の本質と憲法との関係をわかりやすく話して頂きました。私は「小林教授とかが違憲裁判をすると聞いているけど、その展望は?」と質問しました。講師は「一つは正念場は、裁判所よりも国会にある。裁判に関心がいってはいけないと思う。一つは、まだ施行されていない段階で、違憲だと証明するのはなかなかむつかしい。我々も準備はしているが、具体的にいついつ出すという風にはなっていない」とのことでした。いまやるべきことは、アベ政権の大暴走を止めること、そのための「世論」を作ることだ。そのあとの署名行動、話が出来た三軒(全部で6筆)ともに快くしてくれたのだが、「じゃあアベ政権の代わりは何処なのか、と言えばいないからねえ」とも言っていた。「そうだよねえ。でもいま居なくても、そういう政治家は世論が作っていくんです。去年もホントは民主党も維新の党も、安保法制にあそこまで反対じゃなかった。それを変えたのは世論なんだから」とは一応言いました。一つ一つ対話していくことからしか、世論は変わらない。
2016年01月24日
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その女アレックス / 原タイトル:ALEX (文春文庫)[本/雑誌] (文庫) / ピエール・ルメートル/著 橘明美/訳なんとか間に合った。読みたい本は多く、人生は短い。図書館の借り出し期限も短く、今回は特に予約が詰まっているために延長も出来ない。しかし、予約して8ヶ月と一週間待った甲斐があったというものだ。3日前に読み始めて隙間時間と少しの寝不足を犠牲にしただけで、ギリギリ返却日に間に合ったのだ。最初アレックスは、かなり美人だが自意識過剰の自分を演出するのに長けているアラサーパリ女性として登場する。そんな男好きのする女なのにアレックスは、自ら「恋愛を諦めた」というのだ。一方、「いつか人生を変える」と前向きな面も持っている。そんな何処にも居そうな女性の「正体」が、なんと一日目二日目と読む毎に「変転」してゆくのである。訳者あとがきによると、このあとジェームズ・B・ハリス監督で映画化が決まっているという。著者は米国を舞台にするのは拒否したようだ。金ではない、作品なんだ、パリが舞台でないと意味がないのだ、という著者の矜恃が心地よい。さらにいえば、脚本にも関わっているという。そうなれば、この「完璧なラスト」も、もう少し捻ったものになるかもしれない。2016年1月21日読了内容紹介本屋大賞翻訳小説部門第1位 受賞2014年ミステリーランキング、4冠達成!【「このミステリーがすごい!」第1位】【「週刊文春ミステリーベスト10」第1位】【「ミステリが読みたい!」第1位】【「IN★POCKET文庫翻訳ミステリー」第1位】話題独占、一気読み必至の大逆転サスペンス。貴方の予想はすべて裏切られる――。おまえが死ぬのを見たい――男はそう言って女を監禁した。檻に幽閉され、衰弱した女は死を目前に脱出を図るが……。ここまでは序章にすぎない。孤独な女の壮絶な秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、慟哭と驚愕へと突進する。「この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に他の作品以上に慎重になる。それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ」(「訳者あとがき」より)。未曾有の読書体験を、貴方もぜひ!
2016年01月23日
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「ビッグイシュー278号」ゲット。2016年最初の号。毎年この号の冒頭には、お正月カルタが載っていて、どうやって見つけるのか、とっても素敵な言葉が山積み。国家が悪くなるとき、大学も同じスピードで落ちていく。新聞もやはり国家と等速で落ちていく。(鶴見俊輔・哲学者)映画とは国と国の垣根をなくすことね。映画とは世界の言葉を持っていることね。映画とはみんなが見るものね。映画とは人間を知ることね。これほど人間について教えてくれるものはないね。(淀川長治・映画評論家)人は何も持たずにこの世に来て、何も持たずにこの世を去っていく。(イスラエル国の言葉)銘記すべきは、平和は神から人間への贈り物ではなく、人間同士の贈り物なのだということである。(エリヴィーゼル・作家)科学の目的は、無限の英知への扉を開くことではなく、無限の誤謬にひとつの終止符を打ってゆくことだ。(ブレヒト・劇作家)特集は「ゴリラ」である。多くのことを教えてくれた。考え込んだ。冒頭にこう書く。動物と人間の間に社会的な連続性があると考えた日本の霊長類学は、そのアイディアで世界を牽引してきた。人間の進化や家族の起源を研究する山極寿一さんはニホンザルの研究の後、ゴリラに注目。その群れにホームステイし、ゴリラの社会のルールを学んだ。たとえば、ニホンザルは家族をつくらない完全な序列社会で、食べ物も分け合わない。ゴリラは単雄複雌の家族をつくり優劣の意識がなく、食べ物は分け合い、群れの仲間と一緒に食べる。笑い、遊び、喧嘩になりそうな時は対面して顔を突き合わせる「覗き込み行動」で問題を解決する。そして、人間は家族と共同体を両立させ生きのびてきたが、今課題を抱える。サル、ゴリラ、人間の三者を俯瞰する山極さんに、「ゴリラ社会の研究からみえる人間社会」についてロングインタビュー。また、謎に包まれていたニシゴリラの研究をする安藤智恵子さんと岩田有史さんに、現地での研究の日々を聞いた。小説「大地の子 エイラ」(ジーン・アウル作)によると、ネアンデルタール人は片言の言葉しか話さなかったが、身振りによって社会生活を作るだけの言語を開発していたとする。よって嘘をつくことができなかった。クロマニヨン人は、言葉を獲得し、数をかぞえ、抽象思考をモノにし、巨大な共同作業を可能にしていた。言葉で多くのことを伝えたが、一方嘘をついたので、常に相手を疑いながら生きてゆく。「サルの社会」と「ゴリラの社会」、人間はどちらの良い処も取り入れることができる「可能性」を持つ代わりに、どちらの悪い処も取り入れる可能性も持つだろう。人間は何処に行くのか。2016年1月17日読了
2016年01月22日
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「桜ほうさら(下)」宮部みゆき PHP文庫前回の(上)の書評で私は「絵巻物みたいになって落としどころがピリリとしない」と書いた。訂正してお詫びしたい。下巻になって、畳み掛けるようにテンポも良くなり、時に辛く時に甘く、見事に物語を着地させた。また、「本格的な政治家は登場させない」とも書いた。しかし私は忘れていたのだが、「孤宿の人」の加賀様にしても、この作品の東谷様にしても、のほほんとした姿とは別の「冷酷な政治家」の姿が、良く読むと描かれているのである(反対にいえば、この二つは宮部みゆき作品の中でも例外に入るのではないか)。浪人の三益兵庫は、貧困の中で妻子を亡くし絶望して竹光で腹を切り死ぬ。それを看取った長屋の少女・おきんは、同じ浪人の笙之介を心配して「お武家様は、面目が立たないと生きていかれないの。貧乏は恥ずかしいの」と泣きじゃくる。それを見て笙之介は云うのだ。「私は三益殿のようにはならないよ」笙之介はまだ、人というものに信を置くことをやめないから。「三益殿がお腹を召したのは、この世にいる意味が見つからなくなったからだ。生きる甲斐がなくなってしまったからだ。武士の面目などのせいじゃない」(263p)この約20年間に、会社人間が貧乏に陥り自殺する人が飛躍的に増えた。それに対する宮部の答だろう。同じく、社会からドロップアウトした元青年と青年を2人登場させて、笙之介を面罵する場面をつくる。社会にたいする憎悪を、人を傷つけ殺めることで代替する。これも、現代の何処かで見たような場面だった。笙之介は、社会に絶望し人を憎悪して作られた「読み物」を、新たな物語に作り直す。その内容は作品の中では明らかにはされないが、この上下巻を通じて語られていることだと、私は想像するのである。2016年1月17日読了
2016年01月20日
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「桜ほうさら(上)」宮部みゆき PHP文庫私と同じ歳宮部みゆきの作品は、文庫本になったもので既に図書館で読んでいるのを除けば、全て買うことにしている。ファンである。だからこそ、評価は厳しい。これは宮部版「用心棒日月抄」である。地方の藩のお家騒動に巻き込まれた青年が、江戸の長屋暮しをしていろんな事件を解決する。長屋の住民、江戸の世話人、腕のたつ友人、魅力的な女性との出会い。そしてやがて元の藩の事件の真相が暴かれる。藤沢周平の名作とこっちが違うのは、主人公が腕の立つ剣士ではなく、少し頭の切れる優男である、という処だろうか。つまり草食男子、切った張ったは無い。現代的なのである。藤沢周平の短編が小気味良く好漢青江又八郎の活躍を水墨画のように描き止めたのに対して、宮部みゆきのそれは表紙にも描かれているようにほんわかで、南画のようというよりか、絵巻物みたいになって落としどころがピリリとしない。ただ、描写力は相変わらず安定している。ちょっと話はずれるが、この作品には北方謙三「水滸伝」で活躍する文書偽造の天才蕭譲のような人物が登場する。この人物が誰か、というが物語を引っ張る「謎」の役割をしている。ある人がこの謎の人物を評してこう云う。笙之介(主人公です)はもう一歩踏み込んで問うた。「真似られた当人にも見分けがつかぬほどにそっくりに、他人の手跡を真似ることのできる人物がいるとしたら、それはどんな人物になるのでしょうか」はてさてーと、井垣老人は顎を撫でる。「真似る手跡の主に合わせて、ころころと眼を取り替えることのできる人物、ということになりますかな」(212p)作家を職業としていたら当たり前だと思うかもしれないが、宮部みゆきは「まなこを取り替える」達人である。一方、宮部みゆきは本格的な政治家を登場させない等、出てくる登場人物を見事に「選択」している。だからこそ、登場させた人物に彼女はなり切る。彼女の中にその人物のありとあらゆる想いが溢れてくるから、勢い一編の長さが長くなる。上下巻で四話しかないのは、おそらくそういう理由(わけ)だろう。つまり、描写力は凄い、という所以である。2016年1月14日読了
2016年01月19日
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「『永遠の0』を検証する ただ感涙するだけでいいのか」秦重雄、家長知史、岩井忠熊 日本機関紙出版センター小説も映画も見た。わりと早い段階で小説を読み、いち早く違和感を覚えて読書本棚のサイトに早い段階で最低点をつけたあとに長々と感想を書いた。感情的ではない最低点は初めてだったためか、私の読書レビューの中では1番多く「いいね」がついた。反対にいえば、その時もその後もずっと、この小説には読者の最高点が延々と続いていて、私のレビューが目立っただけのことではあるのだ。その時に抱いた違和感は一言でいえば、庶民が戦争に向かっていかざるを得ない構造に対する批判を欠如させたままに、ただ特攻のパイロットを持ち上げているというのに尽きる。ただ、作品の中には軍隊の非人間性や特攻戦術の無謀さにたいする批判もあることはあり、それを全体の中にどう位置付けたらいいのか等々の分析はできていなかった。また、映画には問題だと思っていた朝日記者批判は無くなっていて、理屈部分も影をひそめて、感情だけを揺さぶる映画になっていて、さらに分析は難しくなった。第一部の秦重雄氏の小説批判が1番参考になった。私の感じていた違和感を全て言葉にしてキチンと論理的に批判していた。一つは部下に向かって「どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ」等々の「決めゼリフ」のリアリティの無さをキチンと指摘したあとに、非人間的な軍隊でも超人的なスキルを持っていれば、何とかアイデンティティを貫けるのではないかと読者を錯覚に導かせる構造になっていると指摘しているのである。妻へのの愛情も同じようなトリックで出来ている。その他、宮部には特攻に行く理由のがないことや、米軍行為の美談、憲兵・靖国・御前会議の登場がゼロ等々の不思議を挙げたあとに、そっと置かれた作者のイデオロギーを幾つか指摘している。曰く「誰も戦争をなくせない」「(ゼロ戦搭乗員たちを戦犯にしたのは)戦後の民主主義の世相」等々。そして、作品全体の中では、若い読者にこのような真のメッセージを問いかけていると秦重雄氏は言う。「かつての若者たちは、上層部が愚劣でも、この美しい国を守るために、にっこり笑って死んでいったのではないか、君もそれに続く覚悟はあるのか」いや、私は、若い読者は死ぬことまで考えなくてもいいと思う。多くの読者が涙を流して「感動した」という記憶だけを残せばいいのだ。この作品を「肯定的に記憶」すればいいのだ。現代の「会社人間として従順に生きなければ生き延びれない」(軍隊のような)社会の中で、こういう人間もあり得るかもしれない、と錯覚させるだけでも、著者としては十分想いは伝えたということになるだろう、と私は思う。そういう意味では、映画の中で(原作にはない)シーンを付け加えたのは、非常に罪作りだった。最期、宮部は微笑みながら特攻していったのである。監督は「狂気の先の諦観」と表現したかったみたいだ。しかしそれは先の原作者の「隠したメッセージ」にも連なる大きな誤解を生む不要な演出だった。2016年1月13日読了
2016年01月18日
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出雲大社から、西の方に歩いて暫く行くと、出雲の阿国の墓がある。出雲大社の勧進のために諸国を周り、やがて男役などを演じて歌舞伎の祖になったということで、参道には歌舞伎役者からの寄付で立派になっていた。晩年はこの辺りで過ごしたらしい。遠く海が見える漁村を見ながら穏やかに過ごしたに違いない。ここの正月お飾りはみんなこうだった。三つ丸く輪を作り飾っている。雲南市吉田も松江市もこの飾りなのだ。橙とウラジロを着けるのは、岡山と同じだが、海と縁があるのにもかかわらずなぜか昆布が無い。因みに、倉敷市は全て二つの太い縄を頭で留める。必ず橙とウラジロと昆布を着ける。地方ごとにお飾りは違う。昔はきちんともっと複雑に分かれていたはずだが、2016年現在、日本はおそらく大まかに分かれて分類されると思う。それはおそらく経済的理由だけではないはずだ。きちんとした民俗学の研究対象だと思うのだが、誰か調べていないだろうか。そのあと、出雲市のホテルにたどり着いて豪華な夕食を食べたのだけど、カメラの充電ができていないために画像はありません。一日目歩数 14,492歩
2016年01月17日
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博物館の隣には出雲大社があるのだが、まっすぐそこに行かないのが私流。大社の東少し行くと、命主社がある。実はこの社の背後の大岩の下から銅戈とヒスイの勾玉が出土している。弥生時代のものである(真名井遺跡)。だから、私はこちらの土地の方が「古い聖地」だったのだと思う。ワラは蛇信仰の名残りである。ワラで蛇を作り、木に巻きつけて拝んでいる。千年以上の樹齢のあるムクノキも社の前に鎮座する。石蕗(ツワブキ)が下に一面生えて、生命を豊かに見せている。この社の背後にも見事なお盆を伏せたような山があった。こういうのが神奈備山(かむなびやま)である。出雲大社に向かう。近道なので、参道はワープして、直に本殿の前に来た。動物を祀り、それを撫ぜると無病息災になるというので、頭はツルツルである。拝殿である。その裏に本殿があり、ここでお祈りをする。ここは若者が多い。縁結びの神として、有名だからである。私もたくさん祈った。御神籤はよくみると、この上もなく良いものだった。出雲大社は吉とか凶とか書いていないが、おそらく大吉クラスだと思う。「1人は皆のために、皆は1人のためにと心得て、一層に信心を深めなさい」とあった。非常に得心が入った。出雲大社の背後もこのように神奈備山である。その隣に日本一の注連縄を祀っている神楽殿がある。そこのしめ縄は、長さ13メートル、重さ4.5トンだそうだ。
2016年01月16日
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12月30日(水)晴れ年末年始、出雲の国・島根県を旅しました。そのレポートをやっと始めます。今回旅の途中で日記を書くことが出来ませんでした。また、久しぶりの四日間の国内旅行をして気がついたのですが、海外旅行の時は全てが新鮮で、出逢ったことだけを書けば気が済んだのですが、国内のしかも古代をテーマにした旅行となると、見たことだけではなくて、そこから派生する本の知識や、そこから派生する私の考えとかが異様に広がってきて、なかなかまとまりません。国内は情報が多すぎるのです。情報が多いというのは、良いこともありますが、悪いこともあります。本質が見えなくなるのです。で、書いているうちに袋小路に当たりましたし、これからも当たるかもしれません。で、適当な処で切り上げるということを選択しました。とりあえず一日目だけを仕上げたのでアップします。(最初の辺りは当日日記風にメモしています。)私の悪い癖は、ギリギリになるまで旅の仕度をしないことだ。朝バタバタしてバスに間に合わなかった。結局一時間遅れの電車に乗る。これが凶と出なければ良いのだが。特急やぐもに乗る。特急のチケットなど、当日で充分!という目論見は外れた。年末年始を甘く見ていた。帰省ラッシュのピークの日であった。唯一残っていたグリーン車のチケットを買う。人生で初めて特急車のグリーン車に乗った。しかし、予想通り四列が三列になり、脚が延ばせるだけで、食事も出なければ携帯の電源もない。このためだけに7千円が約1万円になるわけだ。朝食に無謀にも昨晩残ったワインを持ってきた。つまみは唐揚げ。しかし、山陰線は稀に見る悪路というのを忘れていた。飲み終わったあとに電車酔いをして、本を読む計画はなくなった。わずかに伯耆富士に雪がかぶっているのを確認。出雲市駅に着いた。イチハタ電鉄に乗り換え、出雲大社駅を目指す。イチハタ電鉄は川跡で乗り換えて20分ほど。490円。この私鉄。珍しく車長がいる。自転車も乗れるようだ。ご縁列車しまねっこ号が出ていた。大社に着いたら、なんとか元気になった。とりあえず出雲そば。蕎麦の実を黒い皮ごとに挽くために、色黒になる。香りが強い。割子そば。三枚と五枚がある。出雲蕎麦は割子で食べるのが最もポピュラーみたい。濃い出汁醤油をかけて食べます。海苔と万能ネギともみじおろしの薬味も共通のようです。期待しなかった分美味しかった。今日の最大の目標は、大社ではなくて県立古代出雲歴史博物館である。事前にインターネットで調べると、弥生関係の博物館が開いているのは、ナントここしかなかったのである。そういうわけで、この唯一の長期の旅に出雲を選んだわけだ。その選択は間違っていなかったことは、その後に知ることになる。この博物館はフラッシュ焚かなければ写真OKなのだが、ナントここでカメラの電源が著しく落ちていることが判明。仕方なく、ほとんど撮らずに終わったが、かなり面白い。特に企画展の「出雲に米作りが伝わった」展にはなんと図録がなかった。元旦には無料開放するとあったので、また来ることを誓う。通常展示については、展示ガイドブックと2日後に撮った写真で、いくつが述べる。2000年に13世紀の3本組の巨大柱が出た時に一度出雲大社には来ています。その時には、そんなに大きくないな、という印象だったのですが、これが3本組という処にその巨大神殿の根拠があることにやっと得心が行きました。ビデオで柱の立て方を見たのですが、なるほどこれならば天にも聳える神殿が建つと思いました。推定復元案が5つ模型が置かれています。その写真は知っていたのですが、現地で見てビックリしたのは、その五つ高さだけは同じなのです。私は大きいのと小さいのがあると思っていました。ということは、鎌倉時代の出雲大社の高さは16丈(約49メートル)あるというのは、決定的ということになる。ちょっとした巨大ビルだ。本居宣長が「そんなことあるはずがない!」と言ったのが分かる気がする。圧巻は加茂岩倉遺跡と荒神谷遺跡から出土した、大量の銅鐸と銅剣をレプリカを合わせてほぼ全部展示していること。特に銅鐸を巡る謎解きがどの辺りまで進んだのかが伺えたことは有効だった。つまりは、ほとんどわかっていないのである。しかし、今回来て唯一不明を恥じたのは、銅剣文化圏と銅鐸文化圏は、島根の大量出土で意味がなくなったと私は思っていたのだが、実は弥生中期に出雲と吉備を中心に「シャッフル」されたあとに、弥生後期に至り、もう一度緩やかな銅剣文化圏と銅鐸文化圏に戻っているのである。但し、ここが重要なのだが、中国五県と讃岐と播磨(つまり、出雲と吉備王国関連地域)だけは、完全に銅剣も銅鐸も離れているのだ。それは、つまり明確に強烈に、特殊器台、特殊壺祭祀に移行したということを示していると思う。やがて、特殊器台祭祀を使った前方後円墳時代が西日本を席巻し、さらには関東まで行くことを考えると、特殊器台の生みの親・吉備王国の思想は、かなり強烈だったということになるだろう。これは6世紀後半、大刀や馬具が最もきらびやかだった頃の出雲西武の大豪族の装い。しかし出で立ちは既にすっかり大和風になり切っている。これは通常展示室にあったもの。「用途のわからない土器」出雲市古志本郷遺跡(3世紀)鉢の上に覆いのついた形が暖を取るための小型の炉「手あぶり」に似ているために「手あぶり型土器」と呼ばれているが、火を使った跡は見られない。「山陰の特徴を示す土器」青木遺跡(2世紀)台付装飾壺弥生後期に山陰に多く見られる土器で、時期や分布が特徴的。胴部を刺突文や連続した渦巻き文で装飾します。渦文は銅鐸の文様にも使われています。「山陰特有の大型土器」甑型土器 安来市竹ヶ崎遺跡(3ー4世紀)弥生時代末から古墳時代初めの一時期に、山陰地方で広く見られる土器。形はコシキですが、必要以上に大きいことから、「燻製作り」説や「煙突」説などもあります。弥生後期に山陰を席巻した四隅突出墓。銅鐸祭祀をやめさせた主体でもある。その他、展示物の詳しい解説はこの「島根県立古代出雲歴史博物館展示ガイド」にある。帰って気がついたのだが、他の図録と違ってこれや他の図録は、なんとAmazonでも買えるようになっている(島根県の方針か?)。なんと1000円(税別)で、オールカラー160pである。実際は2000円の内容だった。絶対買いである。
2016年01月15日
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2015年映画ベストテンを無理やり決めてみました。2015年は圧倒的に邦画に軍配が上がります。というか、ハリウッド酷すぎ。オリジナル脚本がなかなか作れなくなっている。これは去年だけでなく、長い患いです。映画の内容については、()内に観た日付を入れているので、カテゴリー欄の「洋画(12〜)」の中から探していただきたい。一位 「滝を見にいく」(3.15)山の中で遭難した中年女性たちの生き残りを懸けた戦いを笑いを交えて描く人間ドラマ。ほとんど素人だけの作品。ぶっ飛びました。評価されていないのが不思議でならない。二位 「百円の恋」(2.12)あとで、たった二週間であそこまで絞ったと聞いて安藤サクラの役者魂に痺れました。私は女の子が一生懸命頑張る話に弱いんです。三位 「おみおくりの作法」(4.12)観たあとの評価は低かったけど、その後多くの伏線がある見事なドラマだったことを知り打ちのめされた。映画の醍醐味です。四位 「ルック・オブ・サイレンス」(11.29)昨年一位の続編。もう一度一位にしても良かったけど、こんなマイナーなドキュメンタリーを続けて一位にしたら嫌われそうなので。戦争における「殺人」の真実を衝く。五位「マッドマックス 怒りのデスロード」(6.25)出来はB級。でもハリウッド映画の中では、これが1番インパクトあった。なんと言っても、シャリーズ・セロン様の頑張りが素晴らしい。六位 「予告犯」(6.9)あらすじを見て、必殺仕掛人みたいな話を想定しがちなのですが、実はブラック企業、貧困の連鎖、メディアと世論、それらの「現代社会」の問題に、しっかりと目を向けていてビックリ。ホントはベスト5に入れたかったんだけど、外国作品とのバランスで泣く泣くこの順位。第七位「野火」(9.3)あの原作をよくここまで自分のモノにしたと思う。高度成長期派の私と全く同じ歳の監督がここまでやった。凄い。観たら、地獄といわれる南方戦線を体験出来ます。第八位 「きっと星のせいじゃない」(2.25)ドキドキするような青春ラブストーリー。2人とも死に向き合っているのに、青春映画になっているところがミソ。誰も評価してくれないので、私がここで評価します。第九位 「0.5ミリ」(1.22)安藤姉妹の才能が弾けた記念碑的な作品。鑑賞後に知ったのだが、家庭教師先の中学生が実は女の子だったことを知り、うーむもう一回この長い映画観なくちゃと思いました。変化球的だけど、正当介護映画でもある。第十位 「あん」(6.14)どうしてキネ旬でベストテンに入らなかったのか、不思議でならない。樹木希林って確か癌を患っているんだよね。一年間の鑑賞作品数 122本。ワースト作品 「ジョーカー・ゲーム」(2.17)半年以上映画館で番宣をしていた鳴り物入りの大作。しかし蓋を開けると、亀梨和也と深田恭子の主役2人はアイドル演技。大コケしたのも頷ける。特別賞 「体当たり女優賞」シャリーズ・セロン様「マッドマックス 怒りのデスロード」スキンヘッドで片手も失くす。それなのに、セロン様は美しく凛々しかった。次点、順不同です。洋画9作品「アメリカン・スナイパー」「KANO 1931海の向こうの甲子園」「博士と彼女のセオリー」「薄氷の殺人」「妻への家路」「私の少女」「アデライン、100年目の恋」「007スペクター」「スターウォーズ フォースの覚醒」邦画11作品「劇場版サイコパス」「幕が上がる」「百日紅Miss HOKUSAI」「ビリギャル」「駆け込み女と駆け出し男」「海街diary」「天空の蜂」「心が叫びたがっているんだ」「岸辺の旅」「起終点駅 ターミナル」「戦場ぬ止み」2016年1月12日
2016年01月13日
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「弥生ってなに⁉」国立歴史民俗博物館企画展示図録(2014)図書館でたまたま見つけた。しかし、この表紙に騙されてはいけない。非常に高度で冒険に満ちた内容だった。返却最終日に読み始めたので、また借りることになると思う(流通に乗っていないので買うわけにはいかない、博物館に行くには遠すぎる)。まさか、こんな面白い企画展示をしていたとは思いもしなかった。弥生時代は従来のBC5世紀ではなく、BC10世紀から始まったという説を立てた、藤尾慎一郎氏の全面指導で作られ、文章も半分以上氏が書いている。それの説明図録かと思いきや、その説明はほとんどなくて、「東日本から見た弥生時代」という、かつて見たことも想像したこともない展示になっていたみたいだ。去年の10月に明治大学博物館を見た時に、砂沢弥生遺跡の土器に紛うことなき縄文土器の特徴が現れていて、私だけの発見かと思いきや、既に十分研究(しかし本格的研究はこれからだろう)されているのでした(^_^;)。つまり、西日本らしい弥生時代は、新潟から群馬、埼玉、千葉を結ぶ線より西に限られており、栃木、茨城、福島、宮城のように水田耕作は行うものの農耕社会が成立していたかはわからず、古墳時代に突入する地域や、青森のように水田耕作を300年近く行ったあとに水田耕作をやめ、もとの採集狩猟生活に戻った地域もあったらしい。以下の図がわかりやすい。各論の論述も面白かった。弥生時代における縄文文化の伝統は、呪術具にも幾つかある(綾羅木郷・石棒状石製品、西川津・流水紋遠賀川式土器)、抜歯。大陸系譜。朝鮮半島由来のもの。特に前期末-中期初頭に金属器が来た。中国由来のもの。特に中国鏡。弥生オリジナル。銅鐸の祭り。遺体埋葬用土器(縄文にもあったが、成人のは弥生のみ。金海式甕棺は埋葬用に転用したもの)。分銅型土製品、打製石剣、特殊壺と特殊器台、人面付土器。その他いろいろあるが、今回はここまで。2016年1月11日
2016年01月12日
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「100のモノが語る世界の歴史1 文明の誕生」ニール・マクレガー 東郷えりか訳 筑摩選書博物館フェチで考古学ファンの私は、当然のことながら、大英博物館の展示物をして世界の「歴史」を語らせようとするこの企画に全面的に喝采を送りたい。同じような企画が日本の国立博物館にもあって然る可きだとも考える。ただし、事件史や人物史を想起させる歴史とは言わずに、人類史という可きだとは思うが。私の関心はご存知の通り、弥生時代後期である。よって、古代までの人類史に注目が行くので、それまでの関連遺物にだけ注目するのを許して頂きたい。どんな遺物にしても膨大な情報が詰まっているのだから、素晴らしい案内人を得れば、素晴らしい物語が紡ぎ出されるのは理の当然。先ず素晴らしいのは「オルドゥヴァイの手斧(タンザニア、120ー140万年前)」である。この手斧の形はあらゆる博物館で見ることができる。まさに100万年の超ロングセラーだ。しかもそれよりも40万年ぐらい前の人類最古の打製石器(オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール)よりも遥かに美しい。「この手斧を作るには綿密な集中力と計画的な創造性が必要であり、それは我々の祖先の世の中に対する見方と彼らの脳の働きとに多大な進歩があったことを示唆している」(51p)この手斧を作る技術は、より良い衣食住を整え、世界に旅することを可能にした。暖かいサバンナからより寒い気候の中で生き延びることになっただろう。技術を可能にした会話力は、大きな社会を作っただろう。びっくりするのは14番目に登場した「ヒスイの斧(イングランド、BC4000-2000)」である。120万年間の間に形が変わっていないことだけではない。びっくりしたのはもちろん、磨製されているとか素材とかの加工技術の進化のことではない。それだけの進化ならば、120万年は長すぎる。これは使われた形跡がない。信仰の対象として持ってこられた。何処からか?ヒスイはその場所だけではなく、石そのものを特定する。イタリアのアルプス山脈の2400m級の山の上の巨礫を火力採掘法で剥ぎ取って出来たことを自ら証明した。しかも、数世紀に渡り、同じ石から採った兄弟石まで存在するのだ。信仰というものが、それほどまでに永い時と、長大な旅を作らせる力を持つことを、一つの遺物が証明するのである。なぜ、此処から?著者は言う。「おそらくその場所ならば、地上のわれわれの世界と神々のいる天空の領域との中間から石を採取できるからだろう」(140p)第一巻では日本からは唯一「縄文の壺(BC5000)」が紹介される。人間のモノづくりの最大規模の躍進の一つとして、縄文時代に世界最古の「土器」が作られたことに言及される(1万6500年前)。日本では縄文土器といえば、先ずはその奇抜で美しい装飾について言及されるが、大英博物館はそこに関心は行かない。土器は調理法を改革する。日本はおそらく「スープ発祥の地、シチューの祖国」らしい。また、英国人は「ヨーロッパではこれまでずっと土器や陶器を作った人々は農耕民で、農耕を通じてのみ人間は一つの場所に定住することができたのだと考えてきました。農耕民ならば余剰食物を蓄えて、冬の間も生き延びられたからです。一年を通じて一つの場所に留まって初めて陶芸ができるようになる。なにしろ、土器は持って移動するには厄介な代物ですから。しかし日本の例はじつに興味深い」(103p)日本の地理的と世界気候変動の偶然がもたらした四季がはっきりした豊かな自然が、定住を可能にした。よって、日本は世界にかなり遅れて稲作文化を受容することになる。ところで、私見ではあるがその伝統が争いのない日本列島を実現したのだと私は思っている。1万5000年以上の伝統を、たった数千年間の間に覆してきたのが日本人ではある。しかし、この伝統はまだ生きている。と私は信じている。その他、最初の文明の特徴を表すラベルやら、科学と文学の始まりを表す粘土板やらパピルス、布や金貨や仮面や銅鈴に、面白い物語が内包しているのだが、それは是非読んで欲しい。私も第二巻までは紐解こうと決意した。2016年1月10日読了
2016年01月11日
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後半四作品を紹介します。「海難1890」数年前、紀伊半島を旅した時にその南の突端になぜかトルコ記念館があった。博物館フェチの私は興味深く見た。その時に初めて1890年の日本人の無私の救出劇を知り、そのことが永くトルコ国民の教科書にも載るほどに広く知れ渡り、1985年のテヘラン脱出の契機になったことも知った。そういう意味では、1890年の日本人も立派だったし、1985年のトルコ国民も立派だった。それを、こんな時ではなく、もっと早く作ればいいものを、トルコは大統領の愛国心助成のために、日本は邦人脱出に国会承認なしに自衛隊を使おうとする安保法制導入の理由付けという「政治的な狙い」で映画が作られたのがあきらかで(冒頭にトルコ大統領挨拶まであった)、冷めてしまう。作り方に見え見えの芝居と台詞が多くて、まるで国定教科書のようだった。(解説)日本とトルコの長年にわたる友好関係をテーマにしたドラマ。海難事故に遭ったトルコ軍艦エルトゥールル号への日本人による救援と、トルコ人によるイラン・イラク戦争時の在イラン日本人救出という、両国の絆を象徴する二つの出来事を見つめる。監督は『精霊流し』『サクラサク』などの田中光敏。『臨場』シリーズなどの内野聖陽、『許されざる者』などの忽那汐里、『孤高のメス』などの夏川結衣らが出演する。約100年という歴史をまたいだ展開はもちろん、日本とトルコの知られざる物語にも胸を打たれる。(ストーリー)1890年、和歌山県串本町沖。後のトルコであるオスマン帝国の親善使節団を乗せた軍艦エルトゥールルが座礁して大破、海に投げ出された乗組員500名以上が暴風雨で命を落とす。そうした過酷な状況下で、元紀州藩士の医師・田村元貞(内野聖陽)やその助手を務めるハル(忽那汐里)ら、地元住民が懸命の救援活動に乗り出す。イラン・イラク戦争中の1985年、日本政府は危機的状況を理由に在イラン日本人の救出を断念。そんな中、トルコ政府は彼らのためにある行動を取る。in movix倉敷2015年12月20日★★★☆☆「松川事件」(1961)国民救援会企画の映画会で観た。1番最初に「この映画は多くの人々の協力券によって作られた」と書かれたテロップがのる。そういう活動で出来たおそらく最初 の頃の作品なのだと思う。 既に今井正の名作「真昼の暗黒」という冤罪事件の名作がある。山本薩夫は、それよりももっと泥臭くこの作品を作った。2時間40分という異例の長さは必要だった。なぜならば、ほとんどの台詞を公判裁判の記録によって構成したからである。それによって、この事件が警察・検察による冤罪事件という性格だけではなく、地方と高裁審裁判官の「権力に擦り寄る」裁判であったことが、観たもの全員に客観的に分かるように作られているのである。この事件の内容は、映画を観た者が全て分かるように作られており、その熱が役者たちにも伝わっており、小沢弘治筆頭に被告人20人、刑事や検察、裁判官、弁護士まで、実にリアルに演じた。リアル裁判映画の名作と言っていいだろう。おそらく、この作品の力もあって冤罪が晴れたのに違いない。誰でも映画を観れば検察も裁判官も無茶苦茶だと思うからである。きっと映画を契機に報道が多くなされ、署名も多く集まったのだろう。公判の内容よりも公判の外の運動が大切だということを立証した作品の一つである。主催者挨拶で「今回の映画会は倉敷民商事件の冤罪を晴らす運動の一環として企画された」と述べられた。正に、倉敷民商事件も公安が最初から関わり、公判で明らかに冤罪立証が出来ているのにもかかわらず次々と不当判決がなされつつある「権力による弾圧事件」である。それにしても、この作品がレンタルになっていないのが惜しい。(解説)松川事件の赤間勝美被告の自白供述書、第一審、第二審の公判記録を主体に、新藤兼人・山形雄策が共同で脚本を執筆、「武器なき斗い」の山本薩夫が監督したもの。撮影は佐藤昌道が担当した。なお、製作資金四千五百万円はカンパによって調達された。(ストーリー )福島の街はまだ眠りに包まれていた。二つの影が冷くいかめしい地区警察署に吸いこまれていった。一人は本間刑事、一人は十九歳のチンピラ青年赤間勝美。東北本線金谷川駅と松川駅間で上り旅客列車の脱線転覆事件があってから一カ月近くたった昭和二十四年九月十日のことである。その日から、激しい赤間取調べが始まった。否認を続ける赤間に、組合幹部への憎しみと恐怖心をあおりたてる果てしない拷問。赤間の瞳は次第に焦点を失っていった。警察官、検察官によってあらかじめ用意されたウソの供述書を筋書通りに作らされた。この“赤間自白”をもとに、国鉄労組から十名、東芝労組から十名が次々と逮捕された。その年の十二月五日、福島地方裁判所で第一回公判が開かれた。赤間は冒頭から警察での自白をひるがえし、無実を主張した。公判は回を重ねるにつれ、この事件をめぐる警察、検査側の陰謀を明らかにしていった。昭和二十五年十二月六日、死刑五名、無期懲役五名、残る十名に長期刑という判決。裁判は被告たちの考えたほど甘いものではなかった。昭和二十八年十二月二十二日、仙台高等裁判所における第二審判決の日がきた。三名をのぞいて全員有罪。判決文というより、検事の最終論告そのものだった。裁告たち、弁護人団は怒りにふるえた。佐藤一被告がトラックの上に立ち、被告団声明を読みあげた。拍手が起り、「真実の勝利のために」の歌声が起った。(出演)小沢弘治(赤間勝美)高松政雄(杉浦三郎)寺島幹夫(佐藤一)後藤陽吉(鈴木信)山科年男(本田昇)弥富光雄(二宮豊)高橋弘(阿部市次)富田耕生(太田省次)加藤恒喜(佐藤代治)若井一夫(加藤謙三)大竹淳五(二階堂武夫)山本秀記(大内昭三)市原清彦(小林源三郎)渡辺健一(菊地武)藤田啓二(武田久)相川延夫(斎藤千)峰喜与志(岡田十良松)荘司肇(浜崎二雄)林昭夫(高橋晴雄)川村千鶴(二階堂園子)宇野重吉(岡林弁護人)宇津井健(大塚弁護人)下元勉(梨木弁護人)宮阪将嘉(袴田弁護人)千田是也(上村弁護人)中村俊一(袴田特別弁護人)西村晃(吉田部長)多々良純(司検事)加藤嘉(藤木裁判長)永井智雄(玉田警視)殿山泰司(守屋署長)織田政雄(幸田牧師)岸輝子(園子の母タニ)北林谷栄(武田の母シモ)高友子(高橋の妻キイ子)岸旗江(太田の妻抗子)沢村貞子(斎藤の母すみ)鶴丸睦彦(寺尾裁判長)稲葉義男(原刑事)名古屋章(赤間の兄博)永井柳太郎(阿部の父)井上昭文(本間刑事)矢野宣(井口証人)大谷友彦(神斎刑事)国創典(赤間の父有治)五月藤江(赤間の祖母ミナ)福原秀雄(パン屋の主人)小峰千代子(鈴木セツ)大塚道子(大原美枝子)2015年12月19日★★★★☆「ピエロがお前を嘲笑う」はっきり言って、「ナイトクローラー」と同じで、勝ち組みたいなラストを作っているけれども、こういう犯罪は成立しない。しかも、この作品は騙すことが1番の目的であり、「シックスセンス」みたいな清々しいラストもない。糞映画。(解説)世間を震え上がらせたハッキング事件を起こし、さらに殺人容疑で追われる天才ハッカーが警察に出頭してくる。ハッカー集団「CLAY」に加担して盗んだ情報によって殺人事件を引き起こしてしまい、今度は自分が狙われていると告白し・・・・。過激なハッカー集団に加担した天才ハッカーが、いつしか危険な世界へとはまり込んでいくドイツ製サイバースリラー。全編に仕掛けられたトリックが話題!inシネマクレール2015年12月24日★★☆☆☆「クリード チャンプを継ぐ男」新しく「クリード」伝説が始まる。「ロッキー7」にして、「クリード1」として、ちゃんと現代ボクシングの映画になっていた。アポロもロッキーも既に伝説の男になっている。これは「スターウォーズ」が30年後の世界から始まっているのと無関係ではない。のだろう。あの時のヒーローが、同じ役者でもう一回脇役として輝く。若者に道を譲るために。30年とは、もうそれだけの時間なのだ。そういう「継ぐ」ということ同時に、変わらない「ファイト」ということを描いて佳作だった。(解説)シルヴェスター・スタローンが演じた『ロッキー』シリーズのロッキーが、ライバルのアポロ・クリードの息子と再びボクシングの世界に身を投じるさまを活写した話題作。アポロの息子アドニスが、トレーナーとなったロッキーのもとでボクサーとして成長する姿を見つめる。メガホンを取るのは、『フルートベール駅で』で注目を浴びたライアン・クーグラー。スタローンと『フルートベール駅で』などのマイケル・B・ジョーダンが、師弟となるロッキーとアドニスにふんする。熱いドラマはもちろん、ボクシングシーンも必見。(ストーリー)ボクシングのヘビー級チャンピオンであったアポロ・クリードの息子、アドニス・ジョンソン(マイケル・B・ジョーダン)。さまざまな伝説を残したアポロだが、彼が亡くなった後に生まれたためにアドニスはそうした偉業を知らない上に、父との思い出もなかった。それでもアドニスには、アポロから受け継いだボクシングの才能があった。そして父のライバルで親友だったロッキー(シルヴェスター・スタローン)を訪ねてトレーナーになってほしいと申し出る。in movix倉敷2015年12月27日★★★★☆
2016年01月10日
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12月に観た映画は8作品でした。二回にわけてレポートします。年末には珍しく力作が多く、しかも自主上映映画にもいろいろ考えさせられました。「戦場ぬ止み」(いくさばぬとどぅみ)生まれた時から辺野古基地反対運動をして来た親たちを見て来た子どもは云う。「誰がみてもおかしいことなのに、どうしてむりやりやろうとするのか」「これは戦争だ」誰かともなく云う。「国会前のデモ隊に小銃を持ってくるだろうか。沖縄では、それがある。」海上の抗議船に圧倒的な船団を組んで阻止をする。その船頭には武器が積んである。沖縄戦を九死に一生を得て生き延びた島袋文子おばあ(86)は、身体張って何度も機動隊員の前に立ち、知事選勝利にも関わらず工事を強行しようとした警官に引き摺り下ろされ、脚を怪我して入院した。それでも彼女は今でも警官の前に立つ。知事選、衆議院選挙の「完全勝利」にも関わらず、「粛々と」国は工事を進める。沖縄県民の前では、国はその衣の中を全く隠そうとしない。こういう映像が、本土まで届かないと見くびっているからである。いや、(この映画のように)一部届いても大丈夫だと信じているからだろう。反対闘争は完全非暴力で、しかし朝昼夜となく、何十年も続けてきた。県知事が拒否している工事を、国家権力がむりやり進める。大衆運動の非暴力に対する、国家権力の暴力。これほどわかりやすい映像があるのに、どうしてこの国家権力はこんなにも安らかな夜を過ごしていられるのだろうか?沖縄の少女と同様に私もわからない。(解説)海を埋め立てて新たなアメリカ軍基地が建設されようとしている沖縄・辺野古の激しい対立、地域の人々の思いを映し出すドキュメンタリー。厳しい闘争の最中でも絶えることのない歌とユーモアを交え、いくさに翻弄され続けた70年に終止符を打ちたいという沖縄の切なる願いを問う。監督は「標的の村」の三上智恵。ナレーションを沖縄出身のシンガーソングライター、Coccoが担当する。沖縄県名護市辺野古の海を埋め立てて最新のアメリカ軍基地が建設されようとしている。巨大な軍港を備え、オスプレイ100機が配備されるそれは、もはや普天間基地の代替施設などではない……。2014年8月14日、大浦湾を防衛局と海上保安庁の大船団が包囲。日本政府は機関砲を装備した大型巡視船を投入して、建設に抗議する4隻の船と20艇のカヌー隊を制圧した。一方、陸上でもなんとか工事を止めようと市民が座り込みを続ける。基地を建設するのは防衛局だが、市民の前に立ちはだかるのは沖縄県警機動隊と民間警備会社。国策に引き裂かれ、県民同士がぶつかり合う中、沖縄戦を生き延びた85歳のおばあが「私を轢き殺してから行きなさい」と工事車両の前に身を投げ出す。彼女にとって沖縄はずっといくさの島、それを押し付けるのは日本政府だった。2014年11月の県知事選は保革を越えた島ぐるみ闘争に発展し、新基地建設反対の姿勢を示す翁長武志氏が圧勝、続く衆院選でも民意を叩きつけた。しかし国策は止まらず、海上の抗議活動を屈強な海猿たちが排除、日々緊張を増す現場では負傷者や逮捕者が出る。今、沖縄は再び戦場になった……。監督 三上智恵2015年12月6日ライフパーク倉敷★★★★☆「007 スペクター」「あなたには選択肢はなかったの?」今までのボンド・ガールは、多かれ少なかれスネに傷もつ女ばかりだった。今回は元・敵の娘とはいえ、完全堅気である。その彼女から、「貴方はいい人だけど、進む道が違うから別れましょ」と当然のことを言われてしまう。まあ、この辺りが今回の見所といえば見所なのかな。ダニエル・クレイグのシリーズの特徴は、話が一応続いているところだ。イギリス諜報部も時代遅れだと言われてずっと解体の危機にある。元のビルも前回でヘリに突っ込まれて、今回爆破された。最終盤に歴代敵キャラとボンド・ガールの写真をボンドに見せつける場面がある。ビックリしたのは、歴代ボンド・ガールは唯一愛したあの女性とMしか出ていなかったことだ。そうか、前回はMがボンド・ガールだったのか、それでなんかよくわからなかったんだ。続くとなると、スペクターのボスの位置づけのクリストフ・ヴァルツの処遇が次回の冒頭にやってくるのは間違いない。基本的に「タコの足切り」という運命だろうと、私は今から予言しておきたい。メキシコのカーニバルの場面をいったいどうやって撮影したのか。全部CGのはずがない(あとで聞くと、ホントにカーニバルをセットと人数揃えて再現したらしい)。でも全部実写も不可能だと思う。このシリーズ、クレイグがまだ動きが達者で、お正月映画にはピッタリだと私は思いますよ。(あらすじ)少年時代を過ごした「スカイフォール」で焼け残った写真を受け取ったボンド。その写真に隠された謎に迫るべく、Mの制止を振り切り単独でメキシコ、ローマへと赴く。そこでボンドは悪名高い犯罪者の美しい未亡人ルチア・スキアラと出逢い、悪の組織スペクターの存在をつきとめる。その頃、ロンドンでは国家安全保障局の新しいトップ、マックス・デンビがボンドの行動に疑問を抱き、Mが率いるMI6の存在意義を問い始めていた。ボンドは秘かにマネーペニーやQの協力を得つつ、スペクター解明の鍵を握る旧敵、Mr.ホワイトの娘であるマデレーン・スワンを追う。ボンドは追い求めてきた敵と自分自身との恐るべき関係を知ることになる――!監督 サム・メンデス出演 ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ[ 上映時間: 148 分 ]in movix倉敷2015年12月10日★★★★☆『コードネーム U.N.C.L.E.』確かに、最初の「007」はこんな感じで、のんびり任務を遂行していて、それがかっこよかったのかもしれない。お洒落でアクション切れてお色気も少しあって、なかなか収める所は収めて、良かったのではないかな。題名の由来が最後に出てくるのも、お洒落。「ナポレオン・ソロ」は決して主人公ではない。(解説)1960年代の人気テレビシリーズ「0011ナポレオン・ソロ」を、『スナッチ』などのガイ・リッチー監督が新たな視点で映画化。東西冷戦下、CIAとKGBのエージェントが協力し合い世界規模のテロ事件を阻止すべく奮闘する。プレーボーイのソロと堅物クリヤキンという水と油のスパイコンビを、『マン・オブ・スティール』などのヘンリー・カヴィルと、『ローン・レンジャー』などのアーミー・ハマーが熱演。そのほか『アンナ・カレーニナ』などのアリシア・ヴィキャンデル、ヒュー・グラントらが脇を固める。(ストーリー)東西冷戦の最中の1960年代前半。CIAエージェントのナポレオン・ソロ(ヘンリー・カヴィル)とKGBエージェントのイリヤ・クリヤキン(アーミー・ハマー)は核兵器拡散をたくらむ謎多き国際犯罪組織を制圧するために、長年の政治的対立を超えて手を組むことに。思考や方法論も真逆の二人は、組織につながる手掛かりである行方をくらました科学者の娘を守り、核兵器の大量生産を阻止すべく奔走する。(スタッフ)監督・脚本・製作: ガイ・リッチー脚本・製作: ライオネル・ウィグラム製作: ジョン・デイヴィス / スティーヴ・クラーク=ホール製作総指揮: デイビッド・ドブキン(キャスト)ヘンリー・カヴィルアーミー・ハマーアリシア・ヴィキャンデルエリザベス・デビッキジャレッド・ハリスヒュー・グラントin movix倉敷2015年12月12日★★★★☆「スターウォーズ フォースの覚醒」世界同時公開特別編で観ました。予告編はなく、突然あの文字列から始まった。興奮した。最初に登場したのはフィン、次にレイ。これは何か意味があるのか?カイロ・レンは当然誰の子どもであるかは明かされる。そして「新たなる希望」と「ジェダイの帰還」(「シスの復讐」も形のみあった)のラストが、形を変えて繰り返される。これこそが、スターウォーズ・サーガの醍醐味だろう。しかし、いくつかの「謎」が残ったまま終わった。最大の謎は「カイロ・レンのマスター・スノークとは何か」という謎である。もし、私の予想が合っているのならば、次編はかなりの「悲劇」となるはずだ。その時、フィンはどんな役割を負うのか、それも大きな謎だ。当然、レイの親は誰か、というのも大きな謎になる。それにしても、フォースってきちんと覚醒していなくてもあんな力を持つのね。知らなかった。「フォースと共にあらんことを」(解説)映画を超えた史上空前のエンターテイメント『スター・ウォーズ』、その新たなる3部作の第一弾。『ジェダイの帰還』から約30年後を舞台に“全く新しい愛と戦いの物語”が描かれる。砂漠の惑星で暮らす孤独なヒロイン、レイの運命はある出会いによって一変することに。旧シリーズの不朽のキャラクターたちに加えて、重要なカギを握るドロイドBB-8、ストームトルーパーの脱走兵フィンなどが登場。世界中が注目する悪役は十字型のライトセーバーを操るカイロ・レン。監督 J・J・エイブラムス出演 デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ、オスカー・アイザック、ドーナル・グリーソン、アンディ・サーキス、ルピタ・ニョンゴ、マックス・フォン・シドー、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャーin movix倉敷2015年12月18日★★★★☆
2016年01月09日
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1982年、私は卒論のテーマを決める面接の場で「白土三平をやってみたい」と言った。当時は史的唯物論で白土三平を論じる評論が主流だったのだが、そのころビッグコミックで連載されていた神話伝説シリーズや女星シリーズを読む限りでは、それではとらえきれないものがあるように感じていた。担当教官の日本思想史研究室の山田先生は「面白いかもしれないけれども、引用するべき漫画が膨大なものになるだろうから卒論にはなじまないね」と言われて却下されてしまった。その後テーマは中江兆民になったのだが、まるで読書感想文みたいなものになってしまって後悔を残した卒論になっているというのはどこかで書いたかな。「白土三平 ビッグ作家究極の短編集」小学館98年に特製単行本として刊行されたものを、コミックス判に再編集したもの。そのせいか、吟味された名作が載っているのと、解説と特別インタビューが素晴らしかった。解説は、その後に貴重な白土三平の評伝を書いた毛利甚八氏。何度も何度も白土三平宅に通い、氏の生きた土地を実際に見て書いた評伝のエッセンスがたった3ページの解説の中に詰まっている。白土三平の劇画に流れる地下水脈は大きく分けてニつである。その生い立ちからくる社会的マイノリティとしての自覚、そして少年期に信州の山河によって鍛えられた生きる技術に対する信頼感。(231p)しかし最もビックリしたのは白土三平本人のインタビューである。カムイ伝第二部を始めるにいたって、自分で自分を総括しているのである。ここまであからさまに自分の作品について語っているのを初めて見た。当時、私は、生産者が第一だと思い、それを中心に描き、忍びの者を人間社会と自然との中間であり、かつ人間社会における支配階級と被支配階級の中間の存在にして描いていこうと考えていた。(略)この存在を媒介にすれば、見えないものを見せたりもできる。(略)たとえば、この中間の存在を、私は「カムイ伝」にも出している。正助というのが土を象徴すているとすれば、カムイは風を象徴しているのです。この風は、土と違ってそこに定着はしないけれども、移動しながら種を運び、雨を呼び、「自然」に変化と再生の契機をもたらすわけです。(略)つまり、自然と人間の世界の問題のつながりというものは、これから先もずっと変わりようがないということである。これまで動物の世界や人間の生産の問題を執拗に描いてきたわけだが、この時に得た認識はいまにいたるまで変わってはいない。(235p)「カムイ伝」第二部をどう見るか、については既に幾つかの批評があるが、私は私なりにこのインタビューを元にもう一度読み直してみたくなった。「神話伝説シリーズ」は第二部に至るステップだという認識はあったが、これを読んでやっとスッキリした。さて、ここに出てくる短編(63年作成中心)は、半分以上初読みだったが、見事に上記の問題意識で描かれていた。特にその色合いが強いのが「ざしきわらし」「スガルの死」「遠当」「野犬」である。そのうちスガルのキャラクターはその後に名作「カムイ外伝」に結実し、「野犬」は形を変えて3-4の短編がまた作られた。このテーマは、白土三平の生涯のテーマに確かになっている。
2016年01月08日
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「DAYS JAPAN1月号」表紙の写真は、ロシア空軍の爆撃機からISの拠点を爆撃する「とされる」爆弾。シリア。2015年11月15日。Photo by SPUTNK。テロへの報復のための空爆が続いている。フランス・パリテロ事件では少なくとも130人の人々が殺害された。ロシア機墜落事件では224人の犠牲者が出た。それに対して、仏英はすぐさま空爆を再開し、ロシア空軍も空爆を激化させた。ドイツも支援を決めた。フランスやロシアの犠牲者はその正確な数だけではなく、名前もすべて知れ渡る。しかしシリアで犠牲になった民間人の数が報道されることはない。「その世の中の不平等を正すことが、正義である」という信念ののもとに、また新たなIS戦士が誕生しているとしても、何の不思議もないだろう。DAYSJAPANは書く。「(クラスター爆弾などの周囲を殺傷する武器で殺された犠牲者に対して)しかしアメリカはそれでも、こうした犠牲を「付随的被害」と呼びました。付随的被害とは、軍事用語で「攻撃によって出る一般住民の被害」のことをいいます。村に潜む敵を殺害するためにミサイルを撃つと、周辺の家族や住民が巻き添えに遭います。米軍はそれを、「仕方ないもの」と説明するのです。どの程度まで付随的被害を良しとするかは、各国の軍の裁量に任されます。こうして、増大する民間人の死者は織り込み済みとなったのです。米軍や日本は、「米英などの占領軍を襲うのは、現地のごく一部の武装勢力だ」と言い続けました。違います。イラクでは、無抵抗の子供たちが占領軍の銃弾で殺され、怒れる市民が武器や石を手にし、今度は「反占領軍の闘い」が燎原の火のように広がったのです。こういう一般市民も「テロリスト」だというのでしょうか。「テロリスト」とは、誰のことをいうのでしょうか?」イラク戦争とその後の占領軍による爆撃の民間人犠牲者は、アメリカとカナダの研究者による調査では、50万人にものぼるという。11月下旬に公表されたシリア人権監視団の報告によれば、9月末に始まったロシアの空爆で少なくとも403人の市民が死亡、そのうち97人が子どもだった。日本はとっくの昔に無関係ではなかったが、今やISの標的のひとつである。各国の軍は甘い見通しで戦線を拡大し、政府は外交による解決を先送り、先送りをする。情報が統制されて、メディアは憎しみを煽り国民は政府を扇動する。それは正に80年前の日本で起きたことである。2016年1月5日読了
2016年01月06日
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「「家栽の人」から君への遺言 佐世保高1同級生殺害事件と少年法」毛利甚八 講談社 ウクレレのコードをひとつ弾けただけで、奇跡にでも出会ったように顔が輝く少年がいたりする。三ヶ月の間、押し黙ってひとことも発しなかった少年が、ある日うっすらと微笑みながらウクレレを抱いたりする。 少年の変化はまるで箱庭を見るように小さく、しかし劇的で、彼らは自意識が発達していないためか、変わった自分を隠すことも知らない。ぼくはそこに、自分の人生ではなだらかすぎて見えない人間の原型を発見して驚嘆しているのかもしれない。ほんとうにビックリする。そして、その法悦の味は、えもいわれぬ強烈なインパクトを持っている。 ごく普通の体験が、彼にとっては初めての、とても大きな体験だったのだと直感して、その変化を目撃するぼくもまた強い衝撃と快感を覚える。その喜びは突然やってきて、その場で消える。誰かに伝えようとしても、おそらくうまく伝わらないだろう。 しかしそのようなわずかな少年の変化を喜ぶことが出来るのは、そこが少年院という無菌室の中だからだ。少年たちは理解していないかもしれないが、少年院の中には保護主義と国親思想にのっとって少年を立ち直らせ、救おうと考える人間しか存在していない。 少年たちがいったん仮退院となり社会というリングに出て行けば、彼らは容赦なく能力差別のパンチを浴びせられてコーナーに追いつめられ、棒立ちになるだろう。(130p)毛利甚八氏の文体には、大きく分けて三つの特徴があると思う。一つは、「BE-PAL」や「山と渓谷」のライターを長年やって培ってきた、事実を丹念に取材し、それをわかりやすい文章に落とし込む技術をもったジャーナリストとしてのソレである。一つは、志賀直哉やニューヨーカー派の短編の文体を模倣しながら小説家になることを夢見、「家栽の人」原作を受け持っても毎回最後まで唸りながら推敲を繰り返し完全小説体で原稿を渡す、詩人の魂を持った者としてのソレである。一つは、「家栽の人」ヒットに溺れたりせずに却って桑田判事のような裁判官が居ないことに悩んで連載を中止し、その後に起きた神戸連続児童殺傷事件による少年法叩きに憂える。大分に住居を移したあとに少年院でウクレレを教えるようになるのもその憂いの一つであり、余命僅かな時に「少年問題ネットワーク」の代表として、佐世保高1同級生殺害事件の加害者を「安易に裁判員裁判にかけさせず、逆送を選択せずに家庭調査官の徹底した調査を行う」よう要望書を最高裁に提出するのもその一つである。まるきり家庭裁判所と関わりなかったライターが、一つの社会的な話題を作った物語を書いた者の責任として、「少年」のために生涯をかけた。そこにあるのは、まさしく「桑田判事そのもの」一言で言えば「優しさそのもの」の姿である。その姿が、含羞を含み思いやりに溢れた文体そのものにも現れる。190pのインターネット上の「名無し」さん批判、193pの少年法批判は非常にコンパクトにまとめられていて説得力があるが、字数の関係でここには書けない。是非少年法叩きをしている人たちは読んで欲しい。57歳の若さで癌のために逝った著者は、余命半年と言われて一年有半生きて、最後に佐世保高1同級生殺害事件の彼女のために4回に渡って手紙形式の文章を書いた。ぼくは今、自分の生命について書くために、君という光を必要としている。自分の生命のとなりに、他人の生命を並べて眺めることによって、やっと朧げに生命の輪郭をさぐることができる。(178p)著者の伝えたかったモノは何か。時には私小説風に、時には市民運動のルポ風に、時には自伝風に、時には仏教哲学風に、著者は書いた。それら文体の変化が、宝石のように輝いて、まるで中江兆民最期の華作「一年有半・続一年有半」とだぶって仕舞う。私には届いた。彼女に、届くことはあるだろうか。届いて欲しい、と切に想う。2016年1月4日読了
2016年01月05日
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2016年「図書」1月号そろそろ表紙の写真解説を直ぐに読むことはしなくなった。いろいろと推理を働かす。もちろん雪ではない。中谷宇吉郎の「雪」を読んでいれば、これが何かの水の結晶であることは明らかである。わからない。解説を読むと、人工に作った「霜」の結晶だった。わからないはずだ。写真家・伊知地国夫さんも中谷宇吉郎の雪の結晶図「ナカヤ・ダイヤグラム」に言及していた。同じ発想で、この撮影をしたことになる。今回は引き分けだね。比較民俗学の奥西俊介氏は巻頭エッセイ「重なり合う歳神の姿」で以下のように書いている。ホームページから文章をそのままコピーする。 年の替わり目には異形の神が現れるのがしきたりだった。それを伝える行事が所々に残っている。旧暦の小正月に山形県上山や佐賀市見島では「カセドリ」が来る。簑に笠あるいは藁頭巾を被った者が家々を回って修祓を行い、酒と食べ物の接待を受けたり、水をかけられたりする。 『菅江真澄遊覧記』によると、十八世紀末の岩手県平泉辺りにも同じような者が現れて、「カセキドリ」と呼ばれた。真澄は「カセキ」を鹿の古名とし、「鹿踊」と宛字している。甑島(こしきしま)のトシドンなどを考慮すれば、本来の来訪者は角を生やした獣面で、身にまとう藁簑は毛皮の代用だったろうと思う。ナマハゲなどに似た者が年末年始に来訪することはヨーロッパでも知られている。おどろおどろしい風体に仮装した者が家々を回る祭礼が、今日では観光行事となっている。二十世紀のイランでも魔物が山から迎春に降りてきた。裾に小鈴がついた羊皮のコートを毛を外にして身にまとい、頭に角を生やした面を被った「クーセ」が、杖で人や動物や家をたたき祝儀をもらった。クーセは十一世紀の天文学者ビルーニーも記録している。それはロバやウシに乗って現れ、手にはカラスと団扇を持っていた。雪が残るころなのに暑い暑いと喚き物乞いをすると、人々は雪や氷を投げつけたと言う。このように似た姿の歳神が春を待つ人々を訪れるのは、共通の古代文化の残滓ではないかと初夢に思っている。ここには書いていなが、ハロウィンも歳の移り変わりを冬至だと思えば、異形の神が現れるのは、同じ系統のように思える。つまり、「春」の直前に人々を試すかのように「神」(鬼?)が現れるのは、世界「共通の古代文化の残滓」なのかもしれない。神は唯一神ではない。これは日本人のDNAに深く刻み込まれた「常識」である。顔や形のない神々が、生命を造り運命を投げ与え、生命を奪い伝説を作る。だから丁重にお出迎えして、機嫌良く帰って貰わねばならない。いつしかそれは、時を決めて相応しいときにやってくることになった。それならば、冬至のこと時が、実りの蓄えもあり、1番いい時だ。今年の大晦日、そういうつもりで待っていても何も起こらなかった。でも、ホントは魑魅魍魎はこの数ヶ月の間に来ていたのかもしれない。例えば、9月19日に。作家の吉村萬壱さんは「気がつくと、暗くて狭いトンネルの中にいる。皆、同じ方向に向かって歩いている。出口は見えず、この行軍の空疎な目標だけが声高にアナウンスされている。「一億総◯◯◯◯」と、絶え間なく連呼される声を聞きながら、前を往く人間の背中だけを見て歩いている。」とエッセイを書き始めた。吉村さんは原爆詩人・原民喜さんのことをつらつらと想う。「詩は情緒のなかへ崩れ墜ちることではない、きびしい稜角をよじのぼろうとする意思だ」(「鎮魂歌」)図らずも、池澤夏樹は今回は詩人・石垣りんを取り上げた。「詩は社会や生活や思想を書けるか?」池澤夏樹は自分に問うてみる。「できる、と伊藤比呂美編「石垣りん詩集」は言う」。人々は知っている。夜明け前が1番暗い。そんなこんなを、神在月の去った出雲の地で考えました。文庫版「椋鳥通信」の魅力をトルストイの家出とキューリー夫人の消息にフォーカスして分かりやすく紹介したエッセイ、「原発訴訟と裁判官統制の歴史を描く」黒木亮「法服の王国」の紹介記事もオススメ。2016年1月4日読了
2016年01月04日
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明けましておめでとうございます。八雲立つ出雲の神々の居ます山々に昇り立つ初日の出です。今回は考古学の知見から、正しい出雲王国のことを考える貴重な材料をたくさんいただいた旅になりました。昨晩出雲山陰の旅から帰ってきました。疲れ切ってそのまま寝てしまいました。旅レポートはおいおいと出すことにします。今回の旅で、重宝している本を紹介して、今年最初の記事にしたい。「山陰の古事記謎解き旅ガイド」古代出雲王国研究会編・発行500円(税込)という格安ながら、かなり力の入った、マニアックな旅ガイドです。古事記に沿って、その事件や人物のいた場所を山陰に求めようという本です。その地域の地図が載っているのもいいところですが、案外使えたのが、神社や施設は住所を番地まで載せているところ。カーナビで旅をして、施設名で入れても観光地でない限りは検索でヒットしない。住所検索が必須なのです。この研究会はその性格から、古事記や出雲風土記を歴史的事件として扱っています。考古学的事実を重視する私とは見解を異にしていて、参考にさせてもらった記事はほんの少しなのですが、でも助かりました。今度行く時も参考にしたい。
2016年01月03日
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