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鉄斎展を観たあとに、博物館フェチとしては何処かの博物館に入らないと気が済まない。都合よく、美術館の隣に「人と防災未来センター」があった。もしかしたら単なる役所なのかもしれないと思いながら行ってみると、ちゃんとチケット代(600円、美術館割引で480円)までとる堂々とした、おそらく日本最大の防災博物館でした。ツインビルで、西館は3階分が展示フロア、東館は2階分を展示フロアに使っています。先ずは西館4Fで震災追体験の5分の映像と音響を体験します。震災直後の街のジオラマを通って「このまちと生きる」という震災から復興に至る15分のドラマを観ます。私がいた時は観客は7人なのに、異様に案内人が多くて、運営費大丈夫なのかな?と要らぬ心配をしたのですが、少し聞くと研修でやってくる社会人も多く、学校の集団学習なのか、あとで団体さんも来ていました。ミニドラマはよくまとまっていました。復興を強調し過ぎていて、役所臭いので好き嫌いは別れると思います。やはり圧巻は震災資料の展示です。当時の張り紙、避難所の活動日誌、倉敷の孫からおばあちゃんに充てた「こっちにおいでよ」という可愛い手紙など、人間の営みがそのままそこに残っていました。小さなジオラマにも、体験した者の実感がこもった力作でした。被災当時長田町の先生だったという人の話を少し聞きました。ご自身の家は半壊、生徒たちも全壊含めて被災したけけど亡くなった子どもはいなかったらしい。「今は熊本で、なかなかボランティアが集まり切らない所があるかもしれないけど、そういう時は生徒がボランティアをすべきだ。肩たたき隊とか、出来ることはたくさんある」とも言っていました。あの時から21年、なるほどこんな風に震災と向き合って来た人もいるのだな、と思いました。神戸の時は6千人以上の犠牲者、31万人の避難者が出ました。熊本地震と違うのは、典型的な都市型地震だったということです。映像や写真をみて、あの二週間後に訪れた神戸の街の「戦争に遭ったみたいだ」という感想がまざまざと蘇りました。「耐震をしていない家がほとんどだった。熊本も耐震基準の家はあまり倒れていない。普通の家でも、壁に板をかすがいみたいに貼り付けるだけで、耐震が出来る。十数万円で出来るらしい。けれども、国交省はあまり勧めてはないそうだ。建て替えがなくなるから」とは先のボランティアの人が言っていたことである。ビルの耐震化は進んでいるが、家の耐震化はほったらかしである。もっと宣伝して然るべきだろう。東館にも行ってみる。南海トラフ地震の想定資料が展示されていた。「各海岸線での、最大津波高」は西日本に住む人間にとっては、まったく他人事ではない。高知四万十市の最大34メートルなんて、果たして逃げきれないなあという気がする。伊方原発のある所も21メートルがやってくるという。言っておくが、これは「想定」である。海岸への津波到達時間がショックだった。高知県室戸市などはたった3分だ。なんか、途轍もない悲劇が生まれそうな気がする。なかなかいい博物館でした。
2016年04月30日
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兵庫県立美術館に初めて行く。誰の設計か知らないけど、展示会場に行くまでにかなり歩かせられる。安藤忠雄は迷わせるという意図でそうさせていた(成羽美術館)が、よく似ている。と思って念のために調べたら安藤忠雄設計でした。うーむ、でも今回の迷わせ方は、展示を見るときに時間をかけるのではなく、展示会場へ着くまで時間がかかるのでよくない。最初の頃は普通の文人画という印象。40歳(明治8年)を過ぎて、絵が自由になって来たという印象を持つ。「耶馬渓図」にこの展示会で初めての鮮やかな朱を認める。図録を見ると、その頃富士山登山を試みたらしく、富士山の火口を誰も観たことがないはずだが、真上から捉えた構図の絵があった。前期展示会の絵。観たかった。後期展示会のクライマックスだと個人的に思うのは、その次の部屋で観た金屏風の絵である。最初にあるのは琵琶湖の図。青緑や朱をふんだんに使っているが、金屏風を背景にすること湖面が夕映えのように光っている。そしてさらには驚いたのは、隣の金屏風である。「蝦夷人図屏風」(明治25年、57歳)。二曲一双の屏風に、アイヌの祭礼(ハレ)と日常生活(ケ)を描く。鉄斎は明治7年に北海道旅行をしているが、直接はこれらをみたわけではないらしい。おそらく先人の図絵を参考にしたと思われる。しかしなんと生き生きと描いていることか。図録を買ってがっかりした。1番見たいと思っていたこの絵が、大きさも色も全然使われていなかった。日常生活の讃に「七竅未だうがたず」と書いている。その意は「荘子には、眼・耳・鼻・口の七つの穴のない混沌に一日ひとつづつ穴を掘ったところ、七日で混沌は死んだという記述がある。アイヌ民族は未だ穴を穿たない以前のような存在なのだ」ということだと思われる。解説は「存在」の部分を「混沌素朴を極めている」と問題が起きないように書いているが、鉄斎がアイヌを素朴だと思っていたかどうかは疑問だ。絵をみる限りでは、もっとエネルギーに満ちた古代の姿に感動しているだけのように思える。おそらく、北海道旅行の途中で素晴らしいアイヌ民族との出会いがあったのに違いない。私が観た絵を、前期展示会ではその後年新たに書き直していることに気がついた(61歳)。服装などは修正されているし、もう少し民俗を調べた形跡がある。前期の絵は構図の素晴らしさはあるが、生き生きとした描写は後期(若い時に描いた方)が面白いと思う。まあ、前期は直に観ていないのでハッキリわからないけど。他に面白いと思ったのは「太秦牛祭図(明治30年)」「盆踊図(明治38年)」「寒霞渓図(明治39年)」「不尽山頂上図(大正9年)」「雲龍図(明治44年)」「魁星図賛(大正10年)」「聚沙為塔図(大正6年)」「群僊高会図(大正7年)」などである。加藤周一のいうように、その色彩、構図、題材、さらには晩年に至ってさらに自由自在になる凄さがある。素人の私にそれ以上付け加えることはない。図録はたいへん参考になったが、加藤の指摘していることを広げた解説を書いている「専門家」は1人もいなかった。清澄寺所蔵の絵が大部分かと思いきや半分くらいが全国から集めて来たモノであり、この展覧会の意気込みが伝わった。清澄寺鉄斎美術館に行きたいと切実に思う。二時間半じっくりと観たあと、次の博物館に行く。
2016年04月29日
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「重版出来!」(1-6)松田奈緒子 小学館黒木華のドラマが面白くて、6巻まで一気に読みました。正直、絵がごちゃごちゃしていて、ドラマの方がキャラ立ちしていて、漫画は3巻目まであまり乗れなかったのですが、出てくる人物たちがどろどろに悪くもなく、善人すぎるわけでもないのがリアルです。作り手、出版社、編集者、書店販売者、読者、はては校正者などいろんな視点から作っていて、見事なお仕事漫画になっています。重版出来(じゅうばんしゅったい)!の儀式は、最初に出てきただけで、あとは知られざる漫画編集の世界が続きます。元漫画家志望の私にとっては、発見の連続。何時の間にか時が過ぎていました。ドラマがこの複雑な世界をどう料理するのか、愉しみです。それにしても、この漫画表紙もいろいろ編集者たちと知恵を絞った結果なんだろうな、と思いました。本屋の棚においた時の色のことも考えているんだ、と発見しました。2016年4月読了
2016年04月27日
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兵庫県立美術館の鉄斎展を観に行く下準備として、とりあえず「加藤周一自選集5」(岩波書店)の「鉄斎覚書」という小文を繙く。加藤周一は鉄斎を「19世紀末から20世紀初めにかけて、日本の絵画は、ただ1人の鉄斎によって、記憶されることになるだろう。」(112p)と最大級の賛辞を寄せている。そのことを確かめに行くのが、今回の鑑賞の最大の目的である。たった3頁の文ではあるが、何時もの如く緊密に書かれている。ホントは全文を写しとった方が、私の学習にも良いのではあるが、ブログの性格上それはできない。よって、この一文を私なりにまとめてみるという少し無茶をやって私の覚書としたい。(略)しかし鉄斎の画業は、また大いに「文人画」の伝統的な枠を超えていた。時に緑、褐色などの淡彩を用いたが、またしばしば眼にも鮮やかな濃彩の画面をつくった(たとえば青緑、朱、青など)。前者の例には清荒神清澄寺蔵『古仏○図』、後者の例には『寿老分昇図』をあげることができる。(略)筆法は書にならって「気韻生動」の強い線を引くことがある。しかしまた墨をぼかしてその明暗により色彩的効果(「ヴァルール」)を生ぜしめる妙味もある。そこまでのところは大雅にもあり、木米にもあった。一転してその色彩効果が抽象的表現主義の見事な画面に及ぶのは、鉄斎において独特である。たとえば清澄寺蔵『水墨清趣図』の画面中央、家屋と人物の上および右の部分。風景を半鳥瞰的視点から描くのは伝統的である。『聖者舟遊図』(清澄寺蔵)の鳥瞰的視点は異例に属し、前述の『古仏○図』で下から見上げているのはさらに独特の構図であろう。(略)鉄斎はありとあらゆる様式で、ありとあらゆる対象を描いた(日本の伝統的な材料・題材・様式の範囲内で)。(略)多くの様式を併用したのは、先に鉄斎、のちにピカソ、けだし、天性の画家の途方もない表現欲があり、一個の様式に盛り込めないほどの多面的な世界があった稀有の例に違いない。鉄斎のもう一つの特徴は、ゴッホやルオーのように(またその他多くの画家のように)、その絵が成熟し、晩年にいたっていよいよ輝きを増したということである。(略)(110-112p)追記(略)鉄斎の芸術の歴史的な意味は、一時代の社会的変化が急激で、広汎であればあるほど、高度の芸術的達成は伝統的な芸術の枠組みの中でのみ達成される、ということに要約されるかもしれない。伝統的な芸術は、鉄斎にとっては、文人画とその材料・技術・題材であった。彼は決して油絵具を用いず、印象派の技術は採らず、裸婦を題材にしなかった。それにも拘らずーではなく、おそらくそれ故に、その伝統的な枠組みの中で、彼自身の、微妙に新しい様式を創り出すことができたのである。(略)(113p)○は合という字の下に龍。つまり、注目すべきは以下の部分である。色彩。抽象表現。構図。題材。晩年においての成熟度。これ等は確かに2ー3の絵を観てもわかるはずもないことだ。今回の大展覧会がまたともない機会である所以だろう。加藤周一は自分で実物を観ないでは、決して批評文を書かない人だった。ところが、その美術批評は文字通り古今東西に及ぶ。だからこそ、鉄斎とピカソとの類似性を指摘することができる。おそらく、明後日鑑賞して来ます。
2016年04月26日
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「海南小記」柳田国男 角川文庫大学時代、趣味で民俗採集のサークルに入っていた時に、民俗学の大学講師がこう言ったことがある。「柳田の文章は科学ではない、文学だ、と批判する人がいる。そう批判するのは簡単だ。柳田の記述には科学的な根拠が、確かに薄いことがある。しかし、厄介なのは、それにもかかわらず、後の世に的を得ている記述が多い。しかも、厄介なのは、それにもかかわらず、柳田の論じた世界があまりにも広いということだ。それとどう向き合うのか、それは我々研究者の課題なのだよ」当時は言えなかったが、今ならば素人ながらもこう反論するだろう。「それが分かっているのならば、することはひとつでしょう。柳田仮説を全て整理してデータ化し、それをもとにひとつひとつ検証してゆくことなのではないですか。そうしてはじめて「柳田学」は科学になるのだはないですか?私は寡聞にしてまだそんなデータベースを聞いたことがないのですが」柳田国男が死んで53年、未だにそんなモノは聞いていない。それどころか、この文庫本には、2人も解説を書いていて「海南小記」の課題を引き継いだのはひとり折口信夫と、文字通り文学者の司馬遼太郎だと堂々と書いているのである。その間「民俗学者」はいったい何をしたのか?ただ、改めて本書を読むと柳田の文章は哀切を帯び、または小さき弱き者への共感がいっぱいで、恐ろしいほど素晴らしい「紀行文学」になっている。大分県豊後の遭難船の顛末、沖縄本島のユタの役割、八重山の亀の見送り、アメリカ帰りの貧しい身なりの美しい与那国の女のこと等々。ひとつひとつは、膨らませばそれだけで素晴らしいノンフィクション文学或いは小説になるだろう。情報過多の今ならば、この本が出版されたならば直ぐにテレビ局が向かって幾つも番組を作ったかもしれない。しかしそれら民俗事象は既に100年も前の海の彼方に沈んでいる。私はここから印象に残った文章を二ヶ所書き写しておきたい。久志村の青年らは、ユタをば、もはや正しい職務とは認めていない。もし彼女が新しい予言と啓示をすれば、すなわちこれを信ずまいとするゆえに、古くからの夢語りのみが、いよいよ歴史として固定していくらしいのである。こうして人間の想像を固定していくことが、幸福なものかどうかにはやや疑いがある。これから後の百世に対する我々の好意と期待、また自分ですらも忘れていく数々の愁いと悩みは、実は民族の感情に最も鋭敏なやさしい女たちの力によらざれば、とても文字などでは伝えておかれないのである。(64p)こう書き得たことで、柳田は「伝説」というものが持つ核心の入り口を示しただろう。その最初期の記述に「幸福」という概念が入ってあるのは、実は我々が既に「忘れている」最も大切な核心なのかもしれない。富士屋旅館の女主が、八重山から引き上げてきてこんな話をした。うそだと思いなはるなら、思いなはっても仕方ありませんが、私が船に乗りますと、大きな亀が三つで、送ってきてくれましたよ。(略)何でうそだと思うものかおかみさん。おかみさんは寒国の生まれだから知るまいが、日本の大海にもそんな亀が昔はいたのだ。浦島でも山陰の中納言でも、気を長くしていたために、ずっと立派な答礼を受けている。おかみさんが女のくせに鉄砲をかついで、島で鳥打ちなどをして歩きながら、亀だけは性のあるものと思って助けたくなったのも、また内地の町の年寄りたちが、小さな石亀でも放そうかと思うのも、誰も知らない不思議の遺伝があるからで、それがまた暖かな南の海でなければ、最初から経験することのできなかったことなのだ。我々がとうの昔に忘れてしまったことを、八重山の人たちは今ちょうど忘れようとしているのだ。(122p)2013年のことを映画化した中国映画「最愛の子」では、小攫いに遭った親たちのグループが海に亀を放していた。生類放海の儀式は、案外根強く残っているのかもしれない。2016年4月読了
2016年04月25日
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木曜日に行われた岡山参議院選挙「おかやまいっぽん野党三党政策調停調印式」の写真です。岡山でもやっと参議院に向けて野党共闘が実現しました。全国一人区32のうち、16番目の自治体だそうです。今日はこれから倉敷市長選挙の投票に行ってきます。「どうせ現市長が通るんじゃろ」と言って冷めた目でみる人にはずっとこう言ってきました。「前回市長に投票したのは、たった33%なんです。1/3の信任で、全国3-4番目にひどい待機児童の数を実現する低福祉市政をもたらして、一方1000億円もの倉敷駅の高架事業を進めようとしている。(批判票になるから)あなたの一票は絶対無駄にはなりません」あなたの一票はぜったい無駄にならない。それはあらゆる選挙に言えることである。ゆめゆめ棄権してはならない。一方、今日の北海道では今後の日本を占う選挙がある。こちらは横一線。このブログに北海道の読者がいるかどうかは、まったくの謎ではあるが、この一票はものすごい貴重な一票になると思う。ゆめゆめ棄権しないでほしい。
2016年04月24日
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「人はなぜ戦うのか」松木武彦 講談社選書メチエ図書館でこの本を見つけて、かなり面白く読み始めたのだが、途中で既視感。念のためにアマゾンで調べてみるとありました。15年前に私が興奮して感想を書いている。投稿者くま2001年7月29日この本のテーマは私の考古学のテーマにそっくり重なっており、まさに「よくぞ出てきました」という思いです。まずは「闘争本能と戦争は関係があるのか」という古くて新しい問題に答えながら、弥生時代以降の倭国の軍事戦略、軍事思想を明らかにし、その特質を述べる。曰く、日本は島国の特性もあり、征服戦争をすることは無かったし、外敵もいなかった。曰く、その軍事合理性よりも、精神性を尊び、合理的な施設や体制を作るよりも人的資源の投入を重視する気風が生まれた。それは保守主義につながり、仮想敵を作るという政策にもつながる。これらを考古学的資料より説得力もって描き出しているという点で素晴らしい。我々はこれらの「歴史的教訓」を活かしながら次ぎの世界にどう戦争のない世界をバトンタッチするのか、考えていかなければならないだろう。こういう感想を書いているとは知らずに、私はわたしなりに、この15年間の蓄積を活かして、各論を書き始めていました。というか、まだ一章しか進んでいないのですが、日本人最初の戦死者はいかにして生まれたかを推理してみたのでした。もしかしたら、ほかの章も書くかもしれません。25pより。戦争による犠牲者と断定するには、いろんな要素を鑑みなければならない(殺人用の武器、守りの施設、遺骸、武器を備えた墓、武器崇拝、戦いを表した芸術作品)。それらを考慮して、最初の戦争犠牲者と言われているのが、福島県志摩町新町遺跡の大腿骨に突き刺さった磨製石鏃である。弥生時代初め頃、木棺墓の熟年男性左足付け根の石鏃である。背後から矢を射られ、致命傷になったかは分からないが、治癒反応がないので、傷を受けるのと同時に絶命している。推理小説ならば、「わかったぞ小林くん」パートがあるのだが、いかんせん考古学は迷宮入り事件だらけだ。データも不足しているし、第一ここには数ページ足らずの記述しかない。でも日本の最初の戦死者と言われている害者である。推理する楽しさはある。簡単なデータのみ調べた。糸島市志摩の新町地区にある「新町遺跡展示館」は、国内で稲作が始まった時期の初めての人骨出土として注目されている「新町遺跡」の様子を余すところなく見学できる施設。昭和61年に初めて発掘調査が行われ、弥生時代早期(紀元前300年頃)の支石墓(巨大な天井石とそれを支える石で構成されたお墓)とカメ棺墓が57基も発見されました。平成4年に町指定の史跡となり、その歴史的に貴重な遺構を保護するために遺跡全体を覆う形で歴史館が作られたとか(見学できる遺跡は埋め戻された現物の上に復元されたもの)。ここから見つかった石の鏃が刺さったままの人骨は、現在、日本最古の戦死者と言われています!(志摩町ホームページより)これにより、どうやら木棺墓は支石墓の下にあったようだと分かる。非常に濃く朝鮮半島の影響を受けているだろう。紀元前300年は不明。年代法論争結果によっては、BC8-10年の可能性もあるだろう。敵は渡来系弥生人で間違いはない(磨製石鏃)。時期的には渡って来た本人たちかもしれない。害者も渡来系なのは間違いないだろう。縄文時代には戦争はなかった(多くの根拠はある)。弥生時代に入って直ぐに戦争が始まった。つまり彼らの多くは朝鮮半島での戦争経験者かその直接の子供たちだったのだ。戦争で死んだリーダーを丁寧に埋葬する習慣を彼らは獲得していた。英雄として死んだのかは分からないが、粗末に扱ってはいない。彼らは勝ったか負けたかは分からないが、墓がきちんと残っているのは、負けていないことだろう。それなのに背後から矢を射られた?大きな戦争ではなかっただろうから、リーダーも最前線で戦ったのだろう。熟年男性なので、戦士ではなかった。何かを守るために戦死したと見る方が正しいのかもしれない。興味深いのは、この棺の下に小穴があって、その中から別の人物の歯が見つかった。少年または青年の頭部だという。松木武彦氏は「墓の主は奮戦してこの若者の「首級」をとったものの、その戦いの傷がもとで死んだのだろうか。それとも、墓の主の戦死に対する敵討ちとして、同じ集落の者が「首級」をとって供えたものだろうか。」と書いている。首級が敵か味方か、が先ず分からないが、味方とすると、理由が見つからない。敵だろう。では、前者か後者か。前者だとすると、言うまでもなく「英雄」としてこの墓が作られたのである。乱戦ならば首級が味方に渡ったままになるだろうか。組織戦ならば、熟年男性が決定的な場面に居たのがよくわからない。後者ならば、首級は矢を射た者の可能性が高い。そうだとすると、戦争に個人的な恨みがかなり残っていることになる。そもそも首級を同時埋葬する文化とは何かなのか。台湾には近代まで敵の首を「狩る」ことで、敵の生命エネルギーを取り込む文化があった。ところが、この熟年男性は縄文人の体つきをしていたという。渡来系と縄文人の混合がかなり進んだあとの人物ということになる。そうなると、新しい社会の中で自分なりのアイデンティティを立てようとして戦乱の中で頑張ったのだという推論も立つ。一定の推論を立てようと思ったけど、立たなかった。ひとつわかったのは、最初のころの日本での戦闘は、かなり血生臭かったということである。
2016年04月23日
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「物語ること、生きること」上橋菜穂子 構成・文 瀧晴巳 講談社文庫実質的な著者の半自叙伝である。著者への私のイメージが変わった。私は文化人類学が本来彼女のやりたかったことで、著作業は趣味が発展したものだと思ってた。そうではなかった。小さい頃から、一貫して彼女は「作家」になりたくて、そのための準備作業としてやってきたことが発展して文化人類学者にもなったのである。世の作家志望の若者が通る道を、彼女は真っ直ぐに通る。例えば私などとは違っていたのは、大人になってもその夢を強く持ち続けていたことだろう。どこかで「いまのままの自分でいい理由」を探して逃げ道を見つけてしまった私などとは、結局そこが違っていたのである。人は誰でも「ものがたり」の魅力に取り憑かれて、直ぐにそれを自分でもつくってみたいと思う。私が小学生の時ショウワ学習ノートに幾つも連載マンガを始めたのもその例に倣ったものだし、ヒトはそもそも何千年も前から物語ってきたのである。そうでなければ、土器の形に意匠が出来るはずがない。著者のとっておきの話は、とても有意義だった。最初に書いた物語が千枚を超える大長編だったこと。細部にこだわること。古武術など自分で体験してみること(バルサの描写に大きく活かされた)。推敲を大事にする(なぜならば、たったひとつのシーンにじつに多くのものが眠っているから)こと。その他、著者の代表作の背景がたくさん指摘されていた。また、様々な愛読書を紹介してくれていたのも参考になった。宮部みゆきは「ペテロの葬列」でトールキン「指輪物語」を「悪は伝染する」という風に紹介していたが、上橋菜穂子は「多様な者たちが、ある一つのルールによってすべてが縛られてしまう世界に反抗して、その指輪を捨てに行く物語」だと説明している。思うに、宮部が「人」に視点を置くのに対して、上橋菜穂子は「人々」に視点を置いているのだろう。2016年4月読了
2016年04月22日
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加藤周一の単行本未収録の「夕陽妄語」である。 いわく「災害の責任 2008/6/21(土) 朝日新聞朝刊」。胃がんで休載する最後から二番目のエッセイである。すでに病状は大きく進行していて、その一か月後に遺言ともいえるテレビ収録をすることから、医師である加藤にも死の覚悟ができつつある、あるいはできていたころだと思う。その時になぜこれを書いたのか(かなり大きく写真を載せたので見にくければ拡大して全文を読んでほしい)。直接のきっかけは、この記事が掲載される一週間前に非常に大きな地震がおきた。平成20年(2008年) 6月14日 マグネチュード7.2 「岩手・宮城内陸地震」 死者 17人 不明 6人負傷者 426人 住家全壊30棟 住家半壊146棟など 震度6強 実は恥ずかしながら、今回調べて初めてこの年にM7.2という今回と同等、阪神大震災クラスの地震が起きた事に気が付いた。完全に忘れていた。この三年後に東日本大震災が起きるなどとは、その当時岡山に居る私などは想像できていなかった。加藤周一はこの大地震をうけて、「天災」のあれこれについて考えたわけではなかった。明確にその後近いうちに(それは3年後かもしれないし、数十年後かもしれない)起きるであろう「大震災」の「責任」について考え、さらには天災のようにやってくる「戦争」に対する「責任」について述べたのである。その慧眼恐るべし。本当に恐ろしい。話の展開は、病気のせいかいつもの切れ味はなかったかもしれないが、その内容については、古今東西のあらゆる人間の現象に詳しく、物事を千年単位で見ることのできる稀代の人物の面目躍如たる文章であった。今記事をアップしようとして、この「災害の責任」と同じように、すこし記事の意図するところをあまりにも省略しているのに気が付いた。私の言いたいのは、当然今回の熊本地震のことではない。これからありうるであろう、南海トラフ地震のことであり、これからありうるであろう天災のようにやってくる「戦争」あるいは「戦争準備」について、我々ができることだ。具体的には、戦争準備のために年間5兆円を使うよりは地震準備あるいは今回の地震被害復興のために数兆円を使う方がいいだろう、ということである。さらに言えば、原発は速やかに停止、一刻も早く廃炉に向けて舵をきるべきだう、ということである。
2016年04月21日
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「京大式おもろい勉強法」山極寿一 朝日新書手にとったのは実はNHKブックスの「暴力はどこからきたか」が最初。しかしあまりにも良書なので図書館で借りるのは中止して急遽買うことにした。それで、代わりに借りたのがコレ。話の中心は、勉強法というよりはコミニュケーション論ではあるが、ゴリラ学、霊長類学の山極さんの学問のバックボーンが分かってたいへん面白かった。以下参考になったところ。◯グローバル人材は語学力なども必要ですが、1番重要なのは、相手を感動させる能力。相手に「おもろい」と思わせる。◯対人力をつける。その三つの軸。(1)相手の立場に立って物事を考える。(2)状況に即して結論が出せる。(3)自分が決定する。◯具体的に著者は、なかなかの交渉力を使っている。「こいつは今殺すよりも、お金を持っているから利用した方が得だな」と相手に「思わせる」。また、相手を信頼して金を盗む隙を作るのは、かえって彼らに悪者にさせる危険性を作った事で、「押し付け」である。国が違えば「信頼」の在り方も違うのだ。◯物の売り買いは、単なるお金のやり取りではなく、自分と相手との信頼関係が築かれる時間でもある。人間が太古の昔から築いてきた1番大きな信頼関係の担保は、実は時間なのではないか。文明の利器(携帯電話、コンビニ等々)は、人に迷惑をかけることによって成り立った人との繫がりを失うことで成り立つ。◯人間は「共に生きる」という感覚なしでは幸福感が得られない動物である。◯人間が長いこと続けてきた狩猟採集の社会では、財産なるモノを持って移動することはなかった。農耕が始まってせいぜい1万2000年ていど。おそらくそれはまだ人間の本性にはなっていないはずです。人間の発明した言葉によってわれわれは幻想を持たされているだけ。土地の所有をめぐる問題にしても、勝つか負けるかの二者択一しか無いのか?共同で利用することを提案することだってできるかもしれない。◯大人の間でも食の分配が出来る霊長類はチンパンジーやゴリラなど限られている。しかも共食は、人間がチンパンジーの共通祖先から別れてから、最初に作り上げた最も重要なコミニュケーション。食事の場を設けること自体が、和解を前提にしている。◯だから、最近なくなりつつある子供の時の食卓の上での戦争は、和解の訓練でもあった。◯人との関係を築くには、どうしたってアナログな方法しかないのです。【内容紹介】アフリカでゴリラ研究を重ね、 総長の仕事は「猛獣使いだ」という人類学者の京大総長によるグローバル時代の発想術。 考えさせて「自信」を持たせ、 相手の立場に立って「信頼」を得て、 他人と「共にいる」関係を築き、 「分かち合って」食べ飲む――そんな「おもろい」自学自習の方法で人はぐんぐん伸びる。 【目次】 第1章 「おもしろい」という発想・大学はジャングルだ! ・京都の「おもしろい」という思想・アートの発想で垣根を越える ・「外力」をうまく使う京都の人々 第2章 考えさせて「自信」を育てる ・京大自然人類学教室の「子捨て主義」・現場が学校・味方をつくるより、敵をつくらなお ・遠回りに見えて、実は近道かもしれない ・困難を極めるゴリラの「人付け」・自信のつけ方――精神的孤独のすすめ ほか第3章 相手の立場に立って「信頼」が生まれる ・国が違えば「信頼」の在り方も違う ・信頼は「時間」によって紡がれる ・「加害者」より「被害者」になりなさい ・自分に期待されていることを汲み取る ・地元語は相手の本音を引き出す魔法のツエ ・そそのかして、共謀幻想が持てて――相手が動く ほか第4章 「共にいる」関係を実らせてこそ幸福感・「他人の時間」を生きてみる ・「時間」を切断してしまう“文明の利器" ・生命体の時間は積み重なっていくもの ・ニホンザルとゴリラの目の合わせ方・食事や会話は、体面を持続させる ・言葉の意味を超えたコミュニケーション ほか第5章 「分かち合って」食べる、飲む ・食事は「平和の宣言」・酒は「ケ」から「ハレ」へのスイッチ ・同調するなら、酒を飲め ・食卓の戦争は和解の訓練! ?・言いたいことが言える横並び第6章 やりたいことで「貫く」・過去の自分に影響を受ける今の自分・ゴリラの森が生き延びた ・ステータスにとらわれず、自分のやりたいことを突き詰めろ ・武器を使わず人を動かせ ・人は変われる ・豪華な世界と出会うために
2016年04月19日
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「秋刀魚の味」今回は趣向を変えてかなり前の作品を紹介します。今年の二月に「新・午前10時からの映画祭」で小津安二郎の遺作「秋刀魚の味」(1962年)を観ました。この作品は初見でした。良かった。今年アカデミー作品賞を獲った「海街diary」、それは又素晴らしかったのですが、それとこれを比べれば私はこちらを採ります。是枝監督と同様に日常生活の機微を描いた作品ですが、さりげない仕草や台詞、厳選されたカット割、さらには結果的にその時代性を見事に切り取った事で、私は一瞬たりとも画面から離れることが出来ませんでした。「東京物語」ほかの小津作品を知っている人にはお馴染みかもしれませんが、今回もお父さんの代表のような笠智衆が嫁ぎ遅れた娘(岩下志麻)の結婚を画策するという話になっています。高度経済成長が始まったばかりの、東京近郊の下町。工場はもくもくと煙を吐いてフル回転をし、55歳の笠智衆はそこで役員をしています。戦争時は駆逐艦の館長をしていました。やっと「復興」が終わったばかりの都会の片隅の描写が素晴らしいのです。長男夫婦(佐田啓二・岡田茉莉子)は公団住宅に住んでいて、既に家事分担が始まっています。家父長の威厳は保ちながらも、大きく変貌する直前の「家族」を描いて、それぞれの世代に、それぞれのことを想起させる力のある画を作っています。1962年の日本の東京ですが、私には昭和40年-50年代の倉敷がいたるところにありました。笠が場末のバーで、海軍時代の部下(加東大介)と偶然再会する。その時「もしも戦争に勝っていたら」という話が出ます。もし日本がアメリカとの戦争に勝っていたら、今頃はニュー・ヨークにいるかも知れないと夢想する加東に対して、負けてよかったのではないかと応じる笠の会話。 「下らない連中が威張り散らすことがなくなっただけ、戦争に負けて良かったのではないか」これがこの二人の結論でした。 本筋とは全く関係ないエピソードですが、これが戦後17年後の戦争を経験してきた者たちの実感なんだろうと思いました。戦争で家が焼けた、食べ物に不自由をした。そんなことよりも、バカが大威張りだったことのほうが嫌な思い出だったのです。デビュー二年目の岩下志麻、そして岡田茉莉子が匂うように美しい。(レンタル可能。デジタルリマスター版が出ているかもしれない)
2016年04月18日
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今日は叔母の法事で高梁市の山奥に行きました。仕上げの食事に行く途中に、こんな花畑が。つつじの花畑です。別に観光地区でもないし、観光用に作ったとは思えません。いったい何のためにこんなきれいな花畑にしたのか。でも、きれいです。「コーヒーの科学」旦部幸博 ブルーバックスこれはコーヒー業者にとっての教科書である。歴史から豆の買い付け、美味しさの表現、焙煎、抽出、健康情報に至るまで、そこまで調べなくてもいいのに、というところまで徹底的に調べたコーヒー百科と言っていいかもしれない。ただ一つないのが、肝心のコーヒー消費者にとって必要なコーヒーの淹れ方の技術。これがすっぽり抜け落ちている。著者の気持ちは、分からないでもない。この本の中で、コーヒーの美味しさに千差万別があるのはひつこいぐらいに描いたし、そこに至るまでのヒントは豆の選定から焙煎・抽出までいくらでも描いた。理想的な淹れ方を描くのは無理だ。あとは自分で工夫しろ。ということなのだろう。しかし、我々が焙煎まで出来るはずがない、豆の選定なども無理だ。ドリップ式は「中で起きている現象は、注ぎ方による濃縮具合の変化に起泡分離まで加わるという複雑さで」「奥の深い抽出法と言えるでしょう」と済ましている。だからこそ、私としてはもっとマニュアル化して欲しかったんです!!コーヒーの薀蓄を語るのには、これ以上ないし、コーヒー業界にいる人には必携ですが、コーヒー好きの私にはイマイチでした。2016年4月読了
2016年04月17日
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「知的生活習慣」外山滋比古 ちくま新書内容(「BOOK」データベースより)さまざまな日常の局面におけるちょっとした工夫を習慣化することで、老若男女を問わず誰でも日々向上することができる。九十歳を越えた今も知的創造を続ける知の巨人による、『思考の整理学』日常生活実践編。知的生活の術マニュアルではない。特に若者がこのアナログ人間のやり方をそのまま真似たら大変なことになりかねない。1番いいのは、定年リタイアした人が、無理なく知的生活を送るためのヒントをもらうために読むことぐらいだろう。「他山の小石」と自ら書いている通りである。マア93歳でこの旺盛な活動と知的生産をしている事実だけが、この本の内容を担保している。外山滋比古 はボケない。足腰がしっかりしている。それはホントに尊敬してもし過ぎることはないだろう。そうは言っても、ちょっと刺激を受けて、私は四月から朝にその日の予定とチェック項目をつけることにした(ただし、私はスマホの日記アプリを利用、毎日しているわけではない)。朝につけるのはさすがに効果的。最初の一週間は非常に充実した仕事が出来たと思う。日記はブログで代用している。朝の散歩は、いつか実行したい(^_^;)。2016年4月読了
2016年04月16日
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「縄文少年ヨギ」水木しげる ちくま文庫「水木しげるの古代出雲」を読んだ時に、この人考古学の本が大好きなんだ、と同好の士を発見して嬉しかったのだが、これを読んで、水木さんはかなり前から考古学本を読み込んでいたことがわかった(文庫本でも1992年発行)。水木しげるさんの古代が面白いのは、決して学説を金科玉条の如くに丸写しするのではなくて、ほとんど好い加減なくらいに自分流にアレンジしているところだろう。だから、ところどころ異論はある。1番大きな異論は、この物語の中でいく度となくムラとムラとの争いが描かれるのだが、縄文時代には人を殺すような武器は発達していなかったことが、考古学的に認められている。物語を作る上で、戦争は最も人々のドラマが顕在化し易いのでそうなったのだろうが、「縄文時代には戦争はなかった」のである。その論は、90年代に唱えられたので、水木しげるには届いていなかったのだろう。信州の黒曜石を海岸に運んでは塩と交換している老人が登場したり、呪術師としての修業のあり方、超自然現象を当たり前のこととして捉える縄文人の豊かな感性などは水木しげるのニューギニア体験に基づく豊かな実感マンガなのではないかと思う。一つ、印象的な回があった。すべて思い通りになるという「争いの壺」を手に入れたヨギは、それをムラに持ち帰りイネを育てたりして、すぐに金持ちになる。すると、周りの家の狩の収獲がへったりして「幸福感」が減ってしまう。それではダメということで、ムラ全体の収獲を増やすと、隣のムラの幸福感が減る。そして、よそのムラは戦争の準備を始める。よそのムラの言い分はこうだ。「いつの時代でも幸福の量は物心両面で一定している。あんたのムラだけが幸福になり過ぎたから、わしらのムラの幸福が減るのだ。いま連合軍であんたのムラを囲んでいる。幸福を偏らせる元であるヨギを殺し、壺を遠くに捨てない限り、この富の偏りは治らない。出来なければ、わしらはお前のムラの者全員殺す」ヨギは壺を壊そうとするが、果たせない。壺はヨギを食べようとする。その時に、ヨギが壺を見つけた遠因となった美人が、壺の中に身を投じて食われてしまう。争いは治まった。それから二・三日して争いのきっかけとなった家の三者が話し合った。美人の父はしきたりを守らなかったのが悪かったといい、わしは娘をなくしヨギはひどい目にあった。しきたりを守らなくて祖先の怒りがムラにやってきた、と反省する。他の人物も欲が壺を招いたのだと反省する。「あの壺は我々のムラを見守る神のような気がする」という結論に達するのである。悪魔のような壺を恨むのではなく、「我々も悪かった」と反省する。そして超自然現象を司る不思議なモノを神と崇める。また、本質的に戦争を避ける。「富の偏在」が必ずしも悪いのではないだろう。しかし「幸福感の偏在」はよくないと結論つける縄文時代の人々の感覚は、現代人に対する厳しい戒め(今となっては遺言)のようにも思えるのである。水木しげるの縄文観はむしろ弥生時代に似ているが、どちらにせよ日本人の心性をよく表していると思うのである。2016年4月8日読了
2016年04月15日
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久しぶりの伊坂幸太郎。彼の作品は文庫になったのは、8-9割がた読んでいます。「ガソリン生活」伊坂幸太郎 朝日文庫亨と、のんきな兄・良男の でこぼこ兄弟が ドライブ中に乗せたある女優が、翌日急死! 一家はさらなる謎に巻き込まれ…!? 車同士が楽しくおしゃべりする唯一無二の世界で繰り広げられる仲良し家族の冒険譚! 愛すべきオフビート長編ミステリー。「俺たち記者がどういう事件を追うのか分かるか?重要な事件か?それとも国民の役に立つものか?違うだろう。みんなが読みたくなるもの、それだけだ」(略)代わりに亨が、「玉ちゃん、少しそれは違うよ」と気安く、ちゃん付けをした。「だって、みんな別に、そんなニュースがなかったらなくても構わないんだから。芸能人のプライベートなことが記事になっていたら、それは知りたくなる人もいるけど、ないならないで、みんな気にしないよ。知る権利、とか言うけど、知らなくてもぜんぜんいいものじゃないか、そんなの。『知らないと困る情報』と『知ったら退屈しのぎになる情報』は全然違う」「小学生なのに、何ていうか」「生意気でしょ」亨が真面目な顔で言い返す。「だから、ちゃんと学校では苛められているんだから、安心して」とまた言った。仙台市で被災した伊坂幸太郎は、震災直後発言しなかった。出来なかった。エッセイ「仙台ぐらし」で彼はこう意味のことを書いている。「しばらく小説を読むことも書くこともできなかったが、さまざまな情報に不安になっておろおろするよりも、小説を読んでいたほうが豊かな気持ちになれたのではないか、フィクションにも価値はあるかもしれないという気持ちがわきあがり、楽しい話を書きたいと思うようになった」この小説は、2011年11月から約1年間朝日新聞で連載された。第一期の伊坂のように伏線を散りばめた推理っぽい話を書いた。解説では楽しく幸福なラストが来ると言っている。しかし、そこに落とされた陰は濃く深い、と思うのは私だけなのだろうか。2016年3月28日読了
2016年04月13日
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後半の四作品である。見応えはあった。「無伴奏」成海璃子の初めての本格ラブストーリーである。彼女の剥け方を確かめたくて出掛けた。しっかりとやっていたと思う。蛹から蝶にという感じではなかったが、この中の響子と同じように昔天才少女と言われた成海璃子が1人の女優としやって行く「覚悟」ができる過程を観たと思った。映画は、実は1番描きたいのは響子のことではなくて、1970年当時はまだ絶対隠したいに違いない渉と祐之介の禁断の愛だったに違いない。小池真理子の半自伝とは説明されてはいるが、実際は半分以上はフィクションだと思う。すごかったのは、斉藤工の「リンゴの臭いがする」と呟いた時の心の暗闇を見つめる目の色である。あれはどうやって映したのか。演技だけだったらすごい。「無伴奏」という名曲喫茶。ほとんど穴蔵に同方向だけを向く椅子。換気もなくタバコ吸い放題の空間で、名曲だけをながす喫茶店が、当時成り立っていたことの奇跡。「カノン」が効果的に使われていた。「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。(ポール・ニザン)」という言葉で始まる物語は、途中までは響子の呟きそのもののように思っていたが、それはやがて切実に渉と祐之介の呟きに代わる。チェック:直木賞受賞作家・小池真理子の半自伝的小説を、『太陽の坐る場所』などの矢崎仁司監督が映画化。日本中に学生運動の嵐が吹き荒れた1969年の仙台を舞台に、時代の影響により学園紛争に関わっていた女子高生と、バロック音楽喫茶「無伴奏」で出会った男女の恋模様を描く。成海璃子が、ヒロインの女の性を渾身(こんしん)の演技で見せる。その相手役に『紙の月』などの池松壮亮がふんするほか、『虎影』などの斎藤工、ベテランの光石研ら多彩な顔ぶれが共演。ストーリー:学生運動の嵐が日本中を席巻していた1969年、仙台に暮らす女子高生の響子(成海璃子)は時代に流されるように学園紛争にのめり込んでいた。ある日、友人に連れられクラシック音楽が店内に響く喫茶店「無伴奏」を訪れた彼女は、そこで出会った大学生の渉(池松壮亮)に興味を持つ。その後、学生運動から離れた響子は偶然入った無伴奏で渉と再会し、次第に彼のことを好きになっていき……。キャスト野間響子: 成海璃子堂本渉: 池松壮亮関祐之介: 斎藤工高宮エマ: 遠藤新菜堂本勢津子: 松本若菜レイコ: 酒井波湖ジュリー: 仁村紗和野間秋子: 斉藤とも子千葉愛子: 藤田朋子野間幸一: 光石研風間: 松嶋亮太玉沢: 中村無何有野間真琴: 海音アジ演説の学生: 関本巧文刑事: 田中貴裕 / 池浪玄八他2016年3月27日シネマ・クレール★★★★「不屈の男 アンブロークン」この程度の描写で、日本公開が一年以上延びた事実は、既に世界中に発信されてあるだろう。それがどれほどの日本の恥なのか、日本の卑屈さの表明なのかを、日本人はしっかりと自覚するべきだと思う。日本の捕虜の扱いが第二次世界大戦では国際法以下だったことは、「戦場のメリークリスマス」や「レイルウェイ 運命の旅路」等々で何度も描かれているように今や常識である。この作品でも、そこから大きく外れているわけではない。日本の軍隊のいじめ体質の延長戦上の以上のことが描かれているわけではない。アメリカのセットで作られているので、若干違和感のある映像はあるが、それをいうならば、ハリウッド「ゴジラ」で、日本を侵略したゴジラが米軍管理に置かれていたことや、「エックスメン 日本篇」での広島原爆の違和感を抗議しなかった日本に何も云う資格はないだろう。そもそも、この話のテーマは日本軍隊捕虜施設の告発にあることではないことは明らかだ。話の半分以上は、驚異の47日間もの太平洋漂流生活を耐え凌ぎ、捕虜生活の約一年を耐え抜いたことに費やされる。テーマはルイの精神の高さにあるだろう。その時の心の支えは、日本に復讐することではなかった。兄の「自分から挫けるな」という教えである。「UNBROKEN」という表題に総てが込められているだろう。そしてアンジェの演出は、前作同様に正攻法、堂々としたものだった。アンジェの主張は、ハッキリしている。どんな極限の状態にあろうとも決して人権を損なってはいけない。それこそは、人間の最後の条件なのだ。前作同様にそこは、彼女はずっと一貫している。もしかしたら、そのアンジェの姿勢が、公開阻止運動の1番の理由だったのかもしれない。万が一期待されて公開されて、アンジェが来日して、もう一つの日本の最大の人権問題である従軍慰安婦問題にコメントするようなことがあれば大変だと思ったのかもしれない。どちらにせよ、「彼ら」のこの運動は当初の目的を達した。アンジェは来日さえ出来なかったのだから。公開二日目の日曜日、なんと大きな部屋に三人しか鑑賞していなかった。恥ずかしいぞ、日本人!チェック:アンジェリーナ・ジョリーが『最愛の大地』に続いてメガホンを取り、第2次世界大戦で日本軍の捕虜となったオリンピックアスリートの半生を感動的に描いた戦争ドラマ。陸上競技の選手から空軍パイロットとなった主人公が、日本軍の捕虜収容所で虐待を耐え、生き抜く姿を活写する。『名もなき塀の中の王』などのジャック・オコンネルや日本人ミュージシャンのMIYAVIらが出演。脚本には、ジョエル&イーサン・コーエンらが参加。オリンピックの栄光から一転、戦時のただならない状況で懸命に生きた男のドラマに胸が熱くなる。ストーリー:1936年のベルリン・オリンピックに出場したルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は、第2次世界大戦に空軍パイロットとして戦地へ向かう。しかし、爆撃機が海に不時着し47日間漂流したのち、日本軍の捕虜となる。捕虜収容所では、ザンペリーニはワタナベ伍長(MIYAVI)の非人道的な虐待を受け……。2016年3月27日シネマ・クレール★★★★「ディーパンの闘い」ほとんど予備知識なく観ていたので、物語が何処に決着するのか、全く見えなかった。あゝこれは移民たちの闘いなのだな、と独りごちたのが中盤を過ぎて。途中、元の妻子の写真をこっそり飾るとか、ディーパンが何処に落ち着くのかわからないので、あのラスト10分間には度肝を抜かれた。ラストはエンタメのためにわざと振り幅をいっぱいに振ったのだろうなとは思う。それ以外は、移民の様々な問題をあぶり出して秀作だった。エンタメのためとはいえ、ラストはやはりやり過ぎだとは思う。(あらすじ)内戦下のスリランカを逃れた元兵士ディーパン(アントニーターサン・ジェスターサン)はフランスに入国するため、赤の他人の女ヤリニ(カレアスワリ・スリニバサン)と少女イラヤル(カラウタヤニ・ヴィナシタンビ)とともに偽装家族となる。3人は辛うじて難民審査を通り抜けると、パリ郊外の集合団地の一室に腰を落ち着け、ディーパンは団地の管理人の職を得る。昼間は外で家族を装い、夜は一つ屋根の下で他人に戻る彼らがささやかな幸せを掴もうとしたとき、新たな暴力が襲いかかる。戦いを捨てたはずのディーパンは、愛のため、家族のために立ち上がる……。スタッフ監督 ジャック・オーディアール脚本 ノエ・ドプレ脚本 トーマス・ビデガン脚本 ジャック・オーディアール音楽 ニコラス・ジャーキャストアントニーターサン・ジェスターサンカレアスワリ・スリニバサンカラウタヤニ・ヴィナシタンビ2016年3月31日シネマ・クレール★★★★「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生 」入場特典で特製クリアファイル貰いました(^O^)/今日1番嬉しかったことです。もっと子どもだましかと思いきや、もう一回観ないとよくわからない所が多かったり、ちょっと解説本が必要なくらいの「マニア向け」になっていました。でも全然「深く」はない。「スターウォーズ」を語るのはドキドキするけど、「スーパーマン」を語る時は「アメリカはねえ」と枕言葉をつけながら斜に構えて語ってしまうのは、私だけ?「マン・オブ・スティール」の正当続編で、冒頭前回の映画を庶民の立場から見せる映像が出て来ました。「ガメラ3」と同じやり方です。だから、「バットマン」の役者は一新されているけど、「スーパーマン」の方は、すべての役者がそのまま登場しました。超豪華俳優陣です。 そこまでサービスして、どうして「ワンダーウーマン」まで出す必要があったのかは疑問。ヒーローものは、その時々のアメリカのある特定層の外交姿勢が現れるので、注目なんです。バットマンの台詞「それでも仲間を集める」というのは、何を意味しているんだろ?ところで、もちろん最後の最後で、黒土が一二個浮き上がったことを、ファンは絶対深読みするだろう。(解説・あらすじ)正義のために戦ってきた2人が、なぜいま敵対するのか―。皮肉にも、スーパーマンの戦いは、人類の平和を守ると同時に街を破壊し、甚大な被害を出してしまった。その強大すぎるパワーは、もはや地球人にとって脅威と化したのだ。この事態を受け、ずっと闇の中で悪と戦ってきたバットマンは、スーパーマンに対抗することのできる唯一の切り札として、人々の民意を背負い、戦いの表舞台へ立つことになる…。神に等しい力を持つスーパーマンに、“生身の人間”バットマンはどう立ち向かうのか?予測不可能な展開と壮絶な戦いの果てに待ち受ける本当の正義とは?監督 ザック・スナイダー出演 ベン・アフレック、ヘンリー・カビル、エイミー・アダムス、ジェシー・アイゼンバーグ、ダイアン・レイン、ローレンス・フィッシュバーン、ジェレミー・アイアンズ、ガル・ガドット2016年3月31日TOHOシネマズ岡南★★★
2016年04月12日
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鑑賞14作品のうち中盤の5作品。こうやって見ると、3月はまれに見る豊作の月でした。「サウルの息子」始まって5分で、このまま観るのは無理、と思ってしまった。わりと映画慣れしている私ですらそうなのだとしたら、ほとんどの人はそうだと思う。ところが、最後まで観れてしまった。話の中心を、サウルの息子を正式に埋葬するためにサウルが奮闘努力することに移しているので気が紛れるのと、おそらくサウルの心像風景だと思うのだが、悲惨な場面はソフトフォーカスされて鮮明に映されていないし、観客の我々も(残酷にも)直ぐに「慣れて」しまうのである。つまりは、そういう現実だったのだ。極限にまで効率的に組織された民族殲滅作戦。そうだよね。ガス室というハード面だけを準備しても、それを運営する労働力がなければ一晩で3000人も殺すような、一日では6000人?1万人?も殺すような「施設」は存在し得ないのだ。この映画は、今までのホロコースト映画の蓄積を元に作られた。だから、あんな断片的映像でも観客のほとんどは、何が行われているかまざまざと想像することが出来る。映画的には、もしかしたらここまでがギリギリの「リアル」なのかもしれない。そして、あと10年もすれば、映画でここまでのリアル映画はなくなるかもしれない。現代は、つい昨日まで証言者が生きていて、しかもちょうど証言者は死んでいて生きている人間を苦しめずに済む絶好の時代である。観客もヨーロッパ人はとりあえず「常識として」内容を知っている。その人たちに見せつける絶好の時代が現代だ。知識として知ることと目の前で展開されることは違う。私にとっては「想像を絶して」いた。傑作である。(解説)1944年アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で同胞をガス室に送る任務に就くユダヤ人の特殊部隊“ゾンダーコマンド”。彼らは他の囚人と引き離され数ヶ月働かされた後、抹殺される。“ゾンダーコマンド”に所属するサウルは息子の死体を見つけユダヤ式に正しく埋葬したいと願うが、そこでは祈ることすら許されなかった……一人のユダヤ人の勇気と尊厳に関する二日間の記録とホロコースト(ナチス・ドイツの組織的大量虐殺)の実態を浮き彫りにした衝撃作。ハンガリーの新鋭ネメシュ・ラースロー監督、驚異の長編デビュー作。く第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。2016年3月13日シネマ・クレール★★★★★「最愛の子」予想していたのは、産みの親か育ての親か、という葛藤の話だったが、蓋を開けると違った。そこは中途半端で終わる。また、ラストや途中の細かいエピソードも含めて中途半端な描き方が多い。結局情愛の話ではなくて、社会派作品だった。年間20万人以上の「子攫い」が起きる中国という国は歪んでいる。冒頭の複雑に絡み合った電線のように、急激に発達した都市化は、そのフォロー体制も整わないままに他の国とは違いひとりっ子政策という歪な制度を抱えたままに富裕化した。たった一人の子攫いも取り締まれないから、あんな無法地帯が出来てしまった。俳優の力演はほとんど空回りして、結局きちんと描いたのは「子ども誘拐交流の家族」の顛末である。次々と切り替わる視点は、もったいないとしか言いようがない。弁護士の決意、その母親の視線、未解決家族の苦悩と第二子妊娠への矛盾、等々の描写は、宙ぶらりんとなった。というのが、観た直後の感想だった。しかし、映画鑑賞サークルで感想を出し合って評価が変わった。どうして知らなかったとはいえ誘拐犯の妻が主人公扱いになり、一見関係ないような認知症問題が描かれるのか。これ等を考慮すれば、ここで描かれているすべての元凶が「一人っ子政策」に起因することが見て取れる。だとすると、一つ一つのエビソートは関係ないようでいて見事に関係するだろう。評価が高いのも頷けるのである。(解説)第71回ベネチア国際映画祭や第39回トロント国際映画祭に出品された、実話がベースのミステリードラマ。3歳の息子が失踪し、その3年後に他人の子として育てられていた彼と再会した両親の葛藤や苦悩を見つめる。メガホンを取るのは、『捜査官X』などのピーター・チャン。『画皮 あやかしの恋』などのヴィッキー・チャオ、『西遊記 ~はじまりのはじまり~』などのホアン・ボーらが顔をそろえる。生みの親、育ての親、それぞれの愛について問い掛ける。(ストーリー)中国、深※(※…土へんに川)。その市街地で、3歳になる男児ポンポンが姿を消してしまう。死に物狂いで愛する息子を捜し出そうと、警察に捜索を訴え、インターネットを通じて消息に関する情報を集める両親だったが、息子と会うことはかなわない。それから3年後。後悔の念と罪の意識を抱えながら捜索を続ける二人は、ついに中国北部の村で生活していた彼と再会。6歳になった息子を連れ戻そうとするが、育ての親から離れたくないと激しく拒まれてしまう。スタッフ監督: ピーター・チャンキャストヴィッキー・チャオホアン・ボートン・ダーウェイハオ・レイチャン・イーキティ・チャン他2016年3月16日in シネマ・クレール★★★★「家族はつらいよ」離婚の原因を問われ、富子曰く「お父さんと居ることが、私のストレスなの!」という告白に、思わず劇場からは「そうだ!そうだ!」の声が(^_^;)。こんなストレスのない劇場のお喋りも初めて聞いた。富子のストレスの原因は些細なことの積み重ねなのだが、映像を見る限りでは、ホントに服の出し入れからすべて黒子のように奥さんがやっていて、離婚されても仕方ないな、と思う。でもあんなひどいご主人最近居るんだろうか。全体的に、問題設定が、山田洋次古いんじゃないか。病院のくだりは快調だっただけに、惜しい「喜劇」だつた。(あらすじ)結婚50年を迎えようとする平田家の主・周造と妻・富子。たまには妻に誕生日のプレゼントでも買ってやろうかと、周造が欲しいものを聞いてみると、富子の答えはなんと…「離婚届」!!突然起きたまさかの“熟年離婚”騒動に、子どもたちは大慌て。何とか解決策を見つけようと≪家族会議≫を決行し、離婚問題について話し合おうとするものの、それぞれの不満が噴出しはじめ、事態は思わぬ方向へ…!果たしてこの家族はどうなってしまうのか!?監督 山田洋次出演 橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優2016年3月17日in Movix倉敷★★★★「ちはやふる 上の句」時々青春映画は傑作をつくることがある。わざわざ上下に分けるくらいだから、その可能性はあるのではないか。という酔狂で、映画を観るのは私くらいなものらしい。中高生や若いカップルだけだった。アイドル部活スポ根映画でした。「下の句」は観たくないんだけど、惰性で観るかもしれない。百人一首も三首くらいしかフィーチャーされなかったし。もっとも、それ以上取り上げたら観客の頭がパンクするかもしれない。広瀬すずが眩しい。男の子は結局、元気な女の子の前でうじうじするだけ。上白石萌音が適役を得て光っていた。このまま、自分の世界を切り拓いて欲しいと、彼女のデビューから見守っている者として思う。(あらすじ)千早・太一・新の3人は幼なじみ。“競技かるた”でいつも一緒に遊んでいたが、小学校卒業を境に離ればなれになってしまう。千早はたった一人になってしまっても「かるたを教えてくれた新に“強くなったな”って言われたい」と純粋な想いで競技かるたを続けていた―高校生になった千早は、再会した太一と共に“競技かるた部”を作り、全国大会を目指す。「全国大会に行けば、新に会えるかもしれない!」千早の新への気持ちを知りながらも、かるた部の一員となる太一。 千早、太一、新、そして瑞沢高校競技かるた部の、まぶしいほどに真っ直ぐな想いと情熱が交錯する、熱い夏が来る―。監督 小泉徳宏出演 広瀬すず、野村周平、真剣佑、上白石萌音、矢本悠馬、森永悠希、清水尋也、松岡茉優、松田美由紀、國村隼2016年3月20日in Movix倉敷★★★「リリーのすべて」性同一性障害という概念がなかった1930年代のヨーロッパ。次第と自分の中の異質を見出し畏れてゆく主人公とその妻。2人の心の変化を、丁寧に描いて好作品だった。ともかく、人間は複雑な生き物である。主人公の話であるのと同時に、そのことに気がついて芸術家らしく自由な頭で、出来るだけサポートしようとする妻の「男気」の話でもある。やはり普通の我々としては彼女のほうが理解出来る。助けてあげたい、でも二度と男のあの人には会えなくなる寂しさ。それらを微妙に演じて、アリシア・ヴィキャンデルの堂々の助演女優賞でした。彼女の描いた絵は実物じゃないだろう(あまりにもエディに似ている)。本物を見てみたい。(解説)オスカー俳優エディ・レッドメインが、世界で初めて性別適合手術を受けた人物を演じた伝記映画。命の危険を冒してでも女性として生きたいと願う夫と、そんな夫を受け入れる妻との愛を描写。監督は「英国王のスピーチ」のトム・フーパー。エディ・レッドメインとは「レ・ミゼラブル」以来のタッグとなる。最大の理解者である妻を「コードネームU.N.C.L.E.」のアリシア・ヴィキャンデルが演じる。ほか、「007 スペクター」のベン・ウィショー、「ラム・ダイアリー」のアンバー・ハードらが出演。(あらすじ )1930年。デンマークに住む風景画家アイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、ある日、肖像画家である妻のゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)に頼まれ女性モデルの代役を務めることに。これをきっかけに、アイナーに内在していた女性性が目覚めていった。次第にリリーという名の女性として過ごすことが多くなっていき、心と身体との不一致に苦悩を深めていくアイナー。ゲルダもまた、アイナーが夫でなくなっていくことに困惑するものの、やがてリリーこそがアイナーの本来の姿であると理解し受け入れていく。そしてパリに移住し解決の道を探す二人の前に、ある婦人科医が現れる――。2016年3月24日TOHOシネマズ岡南★★★★
2016年04月11日
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ちょっと映画紹介をお休みして、今日は今年の花見をご紹介。場所は天下の三大名園岡山後楽園の中の殿様の休憩所だったところを一日借り切っての飲み会です(^^)/映画を語る会と語る会のY氏の友人たちとで毎年行われる後楽園の花見。後楽園の中にある由緒ある休憩所も諸低料金を払えば借りることができるのですが、なんと一年前に予約しないとだめなのです。近年はそれでも一番見ごろの一週間前の予約はできなくなったみたい。この花見はそれでも12年も続いています。いつも花見弁当を取り寄せるのですが、それ以外にみんなが銘々お酒やお菓子や果物を持ってくるので、もう飲みきれないほどです。総社に住む人は、地元の酒屋から蓮華祭に由来するお酒を持ってきました。私はシャブリを用意しました後楽園はプロのしかも一流の庭師が丁寧に管理しているので、どこを切っても絵になります。この日は花嫁御寮の撮影会が三組ほどありました。いい気持になって帰り。17時9分発の山陽本線福山行きの電車で、25分過ぎ翠松高校前の踏み切りで「人身事故がありました。運転再開まで1時間半かかる予定です。電車から出るとたいへん危険ですので、出ないようにお願いします」とアナウンスがあって突然止まったのです。電車内では一様に「えー!」の声。10分ほどで救急車とパトカーが到着。電車内の席からは人身現場は見えないが、道路の人の動きは見える。踏み切りから5mも離れていなくて、人々が注視している。山陽本線では、非常に珍しい人身事故ではある。18時17分再開。自殺かどうかはわからない。わからないのだけど、花が引き寄せたのだろうか。
2016年04月10日
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3月はどういうわけか、14作品も観てしまった。三回に分けて紹介します。「女が眠る時」評価は★★(5点満点)である。最低にしなかったのは、メンズデーということはあるにせよ、4割も席が埋まっているという、宣伝手法に興味を覚えたため。難解な作品が嫌いなわけではない。その時に観るポイントは二つある。(1)ひとつひとつの画面を計算し尽くして、緊張感ある画面を作ること。(2)テーマは、普遍的で重要なものを選ぶこと。(1)について。所々は丁寧に作られているが、基本的にひとつのリゾートホテルで集中的に作られた脚本であり、もっと工夫の仕様はあったはずである。しかも、ハンディカメラを使ったり、長回ししたり、サスペンスフルに撮ったり、一貫していない。(2)について。もしかしたら、リリーフランキーの薀蓄ばなしの中に真のテーマがあったのかもしれないが、もしそうだとしても、自分大好きな小説家の与太話の域を出ない。所々、何処から妄想で何処から現実かわからない作りをわざと作っているが、いかにもあざとい。もう、何処かの老年作家の○○○○を見せられた気分。忽那の新境地があるのかと思いきや、単なる素材として利用されただけだった。残念としかいいようがない。チェック:『スモーク』などのウェイン・ワン監督がメガホンを取り、スペイン人作家ハビエル・マリアスの短編小説を映画化したミステリー。海辺のホテルを舞台に、偶然出会った男女の私生活をのぞかずにはいられない主人公の異様な心象風景を描写する。ビートたけしを筆頭に西島秀俊、忽那汐里といった豪華キャストが勢ぞろい。次第に狂気を宿していく主人公のカオスのような日々が目に焼き付く。ストーリー:作家の健二(西島秀俊)は妻の綾(小山田サユリ)を伴い、リゾートホテルで1週間の休暇を取ることに。処女作がヒットしたもののその後スランプに悩まされ、作家の道を断念して就職を決めた彼は妻との仲もぎくしゃくしていた。到着した日、彼はプールサイドにいた初老の男性(ビートたけし)と若く麗しい美樹(忽那汐里)のカップルに惹(ひ)かれる。in ムービックス倉敷2016年3月1日★★「消えた声が、その名を呼ぶ」これぞ映画。1910年代のトルコ、キューバ、アメリカを再現し、100万人のアルメニア人が殺されたという歴史的悲劇を再現し、戦争における庶民の運命、神との相剋、最後まで折れない家族愛、隣人の優しさと無慈悲、多くのテーマを引っさげながら、ナザレットという父親の運命を描き切った。アルメニア人は難民として漂流はしなかったが、戦争という大きな力がいかに大きな悲劇を産むかということを描いて、現代にも重なる視点を持つ。この作品が、ドイツ•フランス•イタリア•ロシア•カナダ•トルコの共同制作になっているのがとても嬉しい。ナザレットの名前は、キリスト教の神の名前に由来する。しかし、アルメニア大虐殺をその身で体験し、見届け、ナザレットは天に礫を投げ、手に刺青した十字架を石でこすり消そうとする。信仰を無くしたナザレットではあるが、第一次世界大戦で負けたオスマン•トルコの民に石を投げることはしない。また、敵味方含めて、彼の壮大な旅を助けたのは、やはり名もなき様々な人種の民なのである。ナザレットに再び信仰が戻るかどうかは、作品の中では明らかにはしないが、作品世界はそれを訴えているだろう。トルコの砂漠の町や、キューバの風景、寂れたアメリカ郊外の町並みなどの再現が素晴らしい。冒頭で、紹介されるアルメニアの二つの歌が、ナザレットの旅を慰め、導く。声を無くすことで、観客にはナザレットの心の声を充分に聴くだろう。満足する映画体験だった。(解説)1915年にオスマン・トルコで起きた少数民族を巡る歴史的事件を基に、深い絶望を抱えた一人の男の9年に及ぶ壮大な旅路を映し出すヒューマンドラマ。監督は「ソウル・キッチン」のファティ・アキン。出演は「ある過去の行方」のタハール・ラヒム、「コルト45 孤高の天才スナイパー」のシモン・アブカリアン、「シリアの花嫁」のマクラム・J・フーリ。(ストーリー)1915年、第一次世界大戦中のオスマン・トルコ、マルディン。アルメニア人の鍛冶職人ナザレット(タハール・ラヒム)は、夜更けに突然現れた憲兵によって、妻と娘から引き離され強制連行される。辿り着いた砂漠では仲間を次々に失い、激しい暴行で声も奪われてしまうナザレットであったが、奇跡的に死線を乗り越える。生き別れた家族に会うため、灼熱の砂漠を歩き、海を越え、森を走り抜けるナザレット。トルコからレバノン、キューバ、そしてアメリカ・ノースダコタの荒野へ……。家族への想いはたったひとつの希望となり、8年に亘りさすらい続けてきた男がたどりつく先とは……。2016年3月3日in シネマ•クレール★★★★「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁 」まるきり知らなかったのだが、この映画はBBCのテレビドラマシリーズのスペシャル版として作られたらしい。よって、冒頭に監督の案内、終演後にメイキングさえも映すというサービスぶり。しかも、「忌まわしき花嫁」のストーリーは、一応あるのだが、適当に終わらせてしまう。結局シャーロックのクスリ依存症状がどうなるのか、というのがテーマだったようだ。つまり、英国人にとっては、ホームズのことは全てが既知のことであり、ワトソンの関係、兄弟関係、宿敵関係、クスリ関係の謎解きに関心があるらしい。そういう「おたく」映画でした。そういうのに、関心のない私には、当然評価低い。 (ストーリー)1895年、冬のロンドン―トーマス・リコレッティは、古いウエディング・ドレスをまとった妻の姿を見て驚きを隠せなかった。なぜなら彼の妻は、数時間前に自ら命を絶ったばかりだったのだ…。リコレッティ夫人の幽霊は、癒されることのない復讐への執念とともに路地を徘徊する。霧に覆われたライムハウスから荒廃した教会の跡地に至るまで、ホームズとワトソン、そして彼らの友人たちは、冥界からやってきた敵を相手に頭脳戦を繰り広げる。そしてついに明かされる“忌まわしき花嫁”の驚くべき真実とは…!監督 ダグラス・マッキノン出演 ベネディクト・カンバーバッチ、マーティン・フリーマン、アマンダ・アビントン、ルイーズ・ブリーリー、ユナ・スタッブス、ルパート・グレイヴス2016年3月3日in TOHOシネマズ東宝岡南★★★「ヘイトフル・エイト」ミステリーというよりか、クライム・サスペンス。しかも、かなりぐろい。好き嫌いがあって、私は嫌いなんだけど、語り口だけは上手くて、きちんと見せるのは流石という他はない。(チェック)クエンティン・タランティーノが放つ、ウエスタン仕立てのミステリー。男女8人が閉じ込められた、雪嵐の山小屋で起きた殺人事件の意外な真相を映し出す。ベテランのサミュエル・L・ジャクソンをはじめ、『デス・プルーフ in グラインドハウス』などのカート・ラッセル、『ミセス・パーカー/ジャズエイジの華』などのジェニファー・ジェイソン・リーらが顔をそろえる。彼らが織り成すストーリー展開はもちろん、タランティーノ監督が仕掛ける謎と伏線が張り巡らされた物語にくぎ付け。(ストーリー)雪が降りしきる中で馬を失った賞金稼ぎマーキス(サミュエル・L・ジャクソン)は、同じ稼業であるジョン(カート・ラッセル)と彼が捕らえたデイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)を乗せた駅馬車に同乗する。途中で保安官を名乗るクリス(ウォルトン・ゴギンズ)を拾った馬車は、猛吹雪から避難するためにミニーの紳士洋品店へ。メキシコ人の店番ボブ(デミアン・ビチル)や怪しげな絞首刑執行人オズワルド(ティム・ロス)などの存在にジョンが強い警戒心を抱く中で、事件が起こる。2016年3月9日ムービックス倉敷★★★「マネー・ショート 華麗なる大逆転」最初にマーク・トーウェンのこんな言葉が出る。「問題は知らないことではない。知っているのに、知らないことにすることだ」。サブプライム・ローンに発する2007年のリーマン・ショックの学習映画になっている。あの積み木の説明やラスベガスの賭博での説明はわかりやすかった。最初に気がついたマイケルは1930年代のことを言っていた。それとほぼ同じことが起きたのだと今は思う。そして、それと似たことが日本で起きつつ歩きがしてならない。(チェック)リーマンショック以前に経済破綻の可能性に気付いた金融マンたちの実話を、クリスチャン・ベイルやブラッド・ピットといった豪華キャストで描く社会派ドラマ。サブプライムローンのリスクを察知した個性的な金融トレーダーらが、ウォール街を出し抜こうと図るさまを映し出す。クリスチャンとブラッドに加え、スティーヴ・カレル、ライアン・ゴズリングも出演。『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』などのアダム・マッケイがメガホンを取る。痛快なストーリーと、ハリウッドを代表する4人の男優の競演が見どころ。(ストーリー)2005年のアメリカ。金融トレーダーのマイケル(クリスチャン・ベイル)は、サブプライムローンの危機を指摘するもウォール街では一笑を買ってしまい、「クレジット・デフォルト・スワップ」という金融取引で出し抜いてやろうと考える。同じころ、銀行家ジャレド(ライアン・ゴズリング)がマイケルの戦略を知り、ヘッジファンドマネージャーのマーク(スティーヴ・カレル)、伝説の銀行家ベン(ブラッド・ピット)らを巻き込み……。2016年3月10日ムービックス倉敷★★★★
2016年04月09日
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戦争法が施行された3月29日の、国会前の集会を一面に持ってきた新聞である。3万7000人が国会周辺を埋め尽くした。一部マスコミしか報道しなかった。三面に布施祐仁平和新聞編集長のスピーチ全文が載っていた。下に写真で載せたので、是非読んで欲しい。布施氏は、自衛隊の派兵の実態と、原発労働者の問題を継続的に取材している貴重なジャーナリストである。ここには、彼が取材した自衛隊員の家族の生の声がある。それはそのまま戦争法が孕む大きな矛盾と危険性である。「ある現職の自衛官に聞いたら、いまだに安保法制が自分たちの行動にどう影響するのか説明がないそうです。不安なのに、ただ「与えられた任務を淡々とこなすだけだから心配ない」と言うだけだそうです。さらに、家族には反対運動などに参加しないように教育しておくようにとか、家族から心配の声があがったら民間の弁護士ではなく自衛隊に相談するようにと言われるそうです」なぜ説明出来ないのか。何を恐れているのか。安保法制が「憲法の範囲内だ」ということが、大嘘っぱちだという証拠であり、改憲して軍事裁判に持ち込めない以上は、民間弁護士に頼られたら負けると思っている証拠だから、だろう。未来をあきらめない。今日も倉敷駅前で毎週ほそぼそと続けられている戦争法反対集会&パレードに参加する。
2016年04月08日
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西谷墳墓群を辞して、斐伊川を一時間以上車で登ってゆき、山中の吉田村に着いた。「鉄の歴史村」である。鉄の歴史博物館は、当然の如く正月休みである。そりやそうだよな。仕方ないので、村の中をぶらぶらした。商工会館も昭和の佇みが濃い建物だ。私ははむしろ丁寧に保存されている建物よりも、このような隅に朽ちかけてる建物の方に興味がある。当時の建築様式がちゃんと現れているからである。出雲地方は、ほとんど切妻式の屋根だ。つまりは出雲大社の屋根のつくりかたである。庶民はおそらく、強制されたのでもなくその屋根を選んでいる。なぜか。そういう屋根しか知らなかったのもあるだろう。しかし、屋根職人は専門家だからほかの方式もあることは知っていたはずだ。これを選んだのは、やはり出雲大社を持つ国としての「プライド」だと思う。大きな屋敷の裏の方の空き地にあった池みたいなもの。いい具合に草や苔が生えている。村の中を流れる生活排水用の小川。大きな屋敷の中を入ってゆく。屋敷の中に溜池があるのかもしれない。他の家。屋根に土を被せて、花らしきものを植えている。硝子戸は昔ながらの作り。大きな屋敷の入り口には土蔵群があった。茅葺き屋根の家もところどころある。吉田村のマンホール。たたら製鉄の作業所が絵柄になっていた。道の駅に寄った。ものすごく遅い昼食を食べたかったのだ。あったか豚丼270円と豚汁300円を美味しくいただきました(豚が吉田村の名産らしい)。東宝シネマズのCMで有名な「吉田くん」は、ここの出身らしい。というわけで、彼のキャラお菓子がたくさん販売されていた。半日かけて吉田村に来たわりには、あまり収穫もなく、出雲市に帰ってレンタカーを帰し、一畑電鉄に乗って一路松江に進む。右に延々宍道湖を眺めながら、約一時間で松江に着いた。ホテルに荷物を置いて、駅前まで食事に出かける。昨日の食べれなかった「幻の魚」「のどぐろ」を食べるためである。大みそかの昨日もそうであったが、元旦のこの日も閉めている居酒屋は多く、あいている店は何処も順番待ちである。歩きに歩いて、五軒ほど振られて、やっと駅前の店のカウンターをゲットした。これがのどぐろである。塩焼きを頼んで見た。のどが黒いので、のどぐろという、らしい。面白いのは、見た目とのギャップ。身が白身で、しかも脂が乗っているのか、非常に濃厚なのである。シジミ汁とチーズと佃煮も頼んだ。チーズと佃煮がこんなにも白ワインに合うとは思わなかった。松江大橋を歩いてホテルに帰った。三日目 20557歩3日目を終えて、また写真整理のためにしばらくこの旅レポートは休みます。最後の4日目は実はこの旅で一番充実した日になったのですが、あまりにも忙しくて一切日記をつけれませんでした。帰りの電車の中で書こうと思ったのですが、なんと電車酔いをしてしまってそれどころではなかった。どこまでのレポートをつくれるか、実はこれから書いていきます。4か月前のことをどこまで書けるのか、挑戦ですね。
2016年04月07日
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古代出雲歴史博物館を辞して、西側の浜に向かった。時は正月元旦の午前。出雲大社のすぐ隣である。長い長い渋滞が始まっていた。下手をすれば、一歩も動けなくなる事態である。大きく迂回して浜に向かったのであるが、遂に車の列がびくとも動かなくなる。仕方ないので、途中で車を適当な所に停めて、海岸線を歩くこと少し。稲佐の浜に着いた。この岩山は数十年前はもっと沖合にあったらしい。毎年、旧暦10月の神在月(かみありづき)に、全国八百万(やおろず)の神々を迎える儀式が執り行われる。その弁天島の麓で、昨日紹介した弥生土器の模様をつける貝も拾ったし、実はこんな貝も拾ったのでありました。最初冗談だと思った。誰か貝に模様を描いたのだと。裏をみると、空洞になっていて穴が空いている。「これは加工品だな」とそのときは判断した。誰かこれをボタンに使っているのだろうか。でも、いびつなボタンだな。念ために、Facebookに写真を載せて質問してみた。そしたら驚くことに知っている人がいて、「スカスカシパンですね」というではないか。その名前聞いたことがある。ずっと前、ラジオで中川翔子が特別コーナーまで設けていて、ついにはこの名前のパンまで作って販売していたのだ。ラジオなので、本物は見たことはなかったのだ。wikiで見ると、ウニの一種らしい。いわゆるカシパン類で、体に穴が空いていること、花のような模様がつくのが特徴らしい。これって、もっと有名になってもいい貝じゃないでしょうか!本当は、海岸線の奥にある稲佐神社まで行きたかったけど、大渋滞で行けそうにないので、急遽予定を変えて、おそらく閉まっているであろう弥生の森博物館に向かう。車で約20分。弥生の森博物館。見事に閉まっていました。でもここには隣に、西谷墳墓群を整備公開しているはず。約13年ぶりぐらいに訪問です。あの頃はこの博物館は出来ていなかった。是非みたかった。もう一度来るぞ!博物館をつくる途中に見つかった西谷横穴墳墓群を整備公開していた。建物を作ると、こんな風に新しい古墳が見つかったりするんだよね。弥生時代から300年以上経って作られた横穴式墳墓である。この丘陵が長い間、聖なる山であった証拠だろう。西谷墳墓群の基本的な説明は写真にあるとおり。つまり、昨日の田和山遺跡を主催していた青銅器文化の担い手は、西暦1-2世紀に退場してゆくが、その後を担ったのが、ここの人たちなのである。つまり、今までも何度か単語が出てきたと思うが「四隅突出墓」墳墓群なのである。その中で、ここにはその最大級がある。現在地から登ってゆく。この図を見るとわかりやすいが、つまりはこんな形をしている。方墳とも円墳とも前方後円墳とも違う。弥生後期に、日本海方面に爆発的に広まり、弥生時代と共になくなっていく墓制である。4号墳から3号墳を眺める。この下には、この地方にとって神なる川と言ってもいい斐伊川が流れている。川上に銅剣銅鐸の大量埋納があった加茂岩倉遺跡があり、やがて川上に製鉄遺跡が点在するようになる川である。四隅突出の先端はこのように復元されていた。この四隅から上に上がり、祭祀をしたとみられている。こんな注意書きのある遺跡というのは、世界中で日本しかないのではないか。墓の上から、支配者層が見下ろしたであろう、出雲平野を見る。斐伊川の土砂が広げた出雲平野は、この頃はまだ沼が多い湿地帯だったに違いない。だからこそ、稲作が広がったのである。
2016年04月05日
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「出雲に米づくりが伝わった」展シリーズの最後。正直、島根の遺物を真剣に観たのはこれが初めて。弥生時代では鳥取の妻木晩田や青谷上寺地が一番すごいと思っていたのですが、この出雲があってこその山陰の弥生時代なのだと考えを変えました。それではもうしばらくお付き合いください。分銅型土製品の一般的な説明は、写真にあるとおり。この展示品だけなのかどうかはわからないのだが、模様が極端に少ない。吉備のは、人の顔まで描いているのが多いのである。しかし、形は極めて似ているし、丁寧に磨いているのも、同じである。よって、この祭りの発生は吉備で間違いないと思うが、吉備からやって来た女の子が広めた可能性がある。家の中の、成長を願う祭りだったのかもしれない。第四章です。そうか、棒切れではなくて、貝殻で描いていたんだ!なんと、そのあと行った稲佐の浜で同じ貝を拾っていました。日常的な貝だったんですね。なんと、特殊器台、特殊壺が四隅突出墓ではなく、川の中からまとまって出土していた。吉備でも例のない出土の仕方である。吉備のそれを模倣したらしいが、「水辺の祭りに使ったのでは」と書いている。だとすると、特殊器台の祭の「効用」は、五穀豊穣なのか、それとも治水なのか。ともかく非常に興味深い。以上、弥生時代の後期。出雲地域は間違いなく日本列島の先進地域だった。それを外観する展示を見ることが出来てとても有益だった。非常に充実した展示なのに、なぜか図録がない。おかげで写真は取り放題だったのは良かったのではあるが、なぜだったのか。おそらく、いずれ本格的に「出雲の弥生時代」をやるのだろう。そのときは見逃したくないなあ、と思う。出雲は「ぜんざい」発祥の地らしい。博物館内のカフェで、○○食限定と銘打って販売していて、ついとびついた。おいしゅうございました。
2016年04月04日
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「出雲に米づくりが伝わった」展の続きである。入口に置いてあったチラシに、わざわざ写真撮影OKと但し書きがしている。しかも商業目的でなければ、ブログやフェイスブックにアップしてもOKだとも書いてあった。こういう展示はいまだかつてなかった。その代りこれだけ大々的な展示にも関わらず、図録は作っていない。よって、このブログがその代りの記録の手助けを少しでもできるようにと、今回は異例の枚数をアップします。三回に分けてこの展示を連載する所以です。木の葉文様は、山口県下関の渡来系弥生人が作った綾羅木郷遺跡土器から多く出土し、吉備までその範囲は広く流行した。縄文時代の度合いが多いこの三田谷遺跡で、いやこの出雲全体で、木の葉文様土器が多く出土するのは、どういうことなのだろうか。ひとつの「謎」として、ここにメモしておきたい。この展示で、1番目立つオブジェでした。三田谷遺跡から見つかったこの文様は、東北の縄文の亀ヶ岡式土器にも使われている文様(三叉文)である。西からの文様も、北からの文様もある。この当時、文様は単なるファッションではなかったはずだ。だとしたら、三田谷ではどういうドラマがあったのか。非常に興味深いですね。ここに載せた礫(つぶて)も石斧も、昨日に行った田和山遺跡の見ることの叶わなかった遺物である。実は礫は初めて見た。びっくりした。こんなに大きいとは。頭に直撃したら必ず死ぬ。しかし、そんなのを用意してまで何を守っていたのか。頂上には小さな社がひとつあっただけなのである。実はやっと「第二章」。この企画展のスターとして登場する遺物である。前の人面土器が縄文人を表しているとすれば、こちらは弥生人を表しているという意図です。瓜実顔の一重まぶたという、弥生人の登場です。第三章弥生の暮らしと祈りです。吉備の発明品である曲柄鍬を出雲の弥生人は、さらに改良して使っていたという。
2016年04月03日
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あけましておめでとうございます(^^;)。出雲国の旅レポートもやっと三日目に入り、年を越えることができました。こんなに遅くなったのは、写真の整理がなかなかできないのです。おそらく5回に分けて紹介します。2016年 元旦 (晴)温泉宿なので、朝風呂に入って部屋に戻るとちょうど窓から東の山々から初日の出が見え始めていた。期待していなかった分、嬉しかった。ただ嬉しくていま気がついたのだけど、何のお願いもしていなかった。朝食。年末年始のホテル。期待通り、おせち料理が出た。特に雑煮は期待通り、「出雲の雑煮」だった。出雲の雑煮は雑煮ではないのである。基本は、こんな青菜も出ないはずだ。なんと餅だけが出てくるのである。あとでホテルマンに聴くと、出雲地方はこうなっているらしい。西の方に行けば、これに「あずき」が入る所もあるらしい。雑煮の横に食べ方の説明書があって、「腕の中から先ず青菜を採って、それを食べ残して、菜(名)をあげ、名を残す」或いは青菜を高く引き上げて「名を高める」というのもあるらしい。ホテルで餅つきもしていた。あまりにも水分多くて伸び切っている。甘酒だけもらってチェックアウト出発。県立古代出雲歴史博物館に再びやってきた。朝の9時にきたらなんとか遠くの駐車場に停めることが出来た。もちろん、無料開放だからだし、新たに「出雲に米作りが伝わった」展の写真を撮り直すために来たのである。以下要らない説明は省き、学術的な説明は写真のプレートに任せたい。出来るだけ多くの写真を載せる。気がついた所だけコメントする。かなり重たいページになったかもしれないが、ご容赦願いたい。「縄文土器 有文浅鉢」北原本郷遺跡(雲南市)縄文時代後期(4000年前)この羽状文を拡大したのは、模様の描く順番が、よく見るとわかるからである。四本の線をヘラか棒切か、細い石先でぐるっと描いたあとに、おそらく下の方から羽状の模様を勢いよく描いている。上に行くと勢いもなくなりなんとなくなおざりに思える。昔には、この模様にも意味はあったのかもしれないが、この時には既に機械的な作業になっていたのかもしれないし、この土器を作った女性(?)の性格なのかもしれない。そんなこんなを「実物」を仔細に眺めることで想像することができる。遺物のひとつひとつはいろんな情報を持っているのである。私が博物館フェチたる所以である。まだまだ展示品はありますが、ここでいったん切ります。
2016年04月02日
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「100のモノが語る世界の歴史2」ニール・マクレガー 筑摩選書大英博物館の企画展を側面から説明する選書の第二弾である。遺物によって、その時代の深い物語を取り上げ、結果的に世界の歴史を語るという試みに私は賛成する。ここに選ばれている遺物は、何も説明されずに視れば単なる硬貨や絵皿や壺や瓦、像に過ぎない。現代の美術家でも作れそうなものも少なくはない。しかし、大英博物館というの世界最高峰の学芸員たちの語る物語を経ると、その遺物は忽ちに人類の思想と美意識が創った歴史の貴重な足跡に見えるだろう。第一巻と同じように、私は私の問題意識に沿って、35の遺物の中からたった3つだけを選んで、その感想を述べたい。漢代中国の漆器。(北朝鮮、平壌の近くで出土した漆塗りの杯。西暦4年)楽浪郡の出土品だ。司馬遷「史記」の時代、漢の皇帝武帝は紀元前108年に北朝鮮のあたりまで領土を広げ衛氏朝鮮を滅ぼして楽浪郡を初めとする漢四郡を朝鮮に置いた。それから100年が経った。これは前漢の終わりの頃に太守への贈り物としては当時の最高級品だった。どこが最高級品か。日本の漆器もそうであるが、本物は30回以上の塗り重ね、乾燥と硬化のための待ち時間等々で完成までに一か月以上のの時間と手間がいる。マクレガーはこれ一つで青銅の杯10個は買えただろうという。この当時、漢王朝は文字通り世界で一二を争う国だった。人口調査までしている。5767万1400人だったという。最もすごいのは、杯の底の周囲の帯に「銘」がある。そこには、製造工程の6人の職人、そしてなんと製品検査官の7人の名前がかかれているのだ。すなわちこうだ。「木の心材は○、上塗りは當、耳の持ち手の金張りは古、絵付けは定、最終研磨は豊、製品検査は宗、責任者は政府監督長の章、管理責任者の良、補佐官の鳳、その部下の執行官の隆、および事務長の褒である」当時日本は弥生時代中期、まだ大きな王墓は出現していない。青銅器時代が終わりに近づいていたころだ。漆器はあった。日本の漆器職人が中国に出向けば、すぐに職人になれただろう。しかし、この検査に7人もの人間を記録するような官僚体制を作るのには、それからさらに600年も必要としたのである。今気が付いたのだが、それは日本が製鉄を導入するのと同じくらいの年月を必要としたということになる。ウォレン・カップ(エルサレムに近いビテールで出土されたとされる器。西暦5-15年)漢代の漆器とほぼ同じ時に、遠く反対側の国で一つの銀器が作られていた。問題は器を作る技術ではない。そこに描かれていた「こと」である。この器には、成人男性と思春期の少年との間の性の行為の場面が描かれている。このゴブレットの技術もすごい。内側からの叩き出しで模様を作っている。パーティー用の器であり、その場にいるすべての人々の称賛を得るために作られたものであることは論を待たない。パーティーには一般的に男だけが出席する。ここに描かれているのは、ローマ人から見たギリシャ世界の性愛の姿ではある。我々が江戸時代の歌麿の春画を鑑賞するようなものだ。理想化されてはいるが、大っぴらに認められてはいない。それを象徴するのが、隅に描かれている奴隷が二人の姿を盗み見する姿である(写真の右隅を見てほしい。)。この当時の社会に対する相対的なものの見方の「成熟さ」を、私は驚きをもって見ている。最後は唯一紹介されている日本の遺物を取り上げる。時代はぐっとさがって平安時代、鏡である。西暦1100-1200年。弥生時代に日本にもたらされた鏡は、この時代もいまだ青銅を磨いてその研磨された表面に映る機能で鏡の代わりにしている時代だった。しかし卑弥呼の鏡から約1000年後、裏の模様は極めて日本的なものに変貌した。飛翔する二羽の鶴というモチーフは極めて日本的であり、その流れる意匠は極めて独特である。また、長寿を願う祈りも込められている。この鏡が発見されたのは東北の出羽神社の池の中だった。平安貴族の娘が要らなくなった鏡を修験者に依頼して来世を願って投げ入れさせたものだろうということである。こにもやはり小さな「物語」がある。
2016年04月01日
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