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きょう聖(ねこミミ)
ガンダムAGEの7話、8話を作り直す 下
* * *
ドンは、腰のホルダーから携帯端末を取り出した。
「なんだ!」むずかしい顔で端末に話しかけた。「うむ……。よし。わかった!」
ドンは顔を上げるといった。
「UEに侵入された。やつら、昨日と同じ経路で入ってきたらしい。こちらに対抗する手段がないのをいいことに、なめた真似をしやがる……!」
「MSの機種はわかりますか!?」フリットはきいた。
「昨日、逃げ帰ったのと同じ、うす緑色のやつが3機、編隊だ。無人機で監視させている。街に向かっているようだ」
「ビーム兵器の効かない、UEの新型機だ」フリットは、グルーデックに向かっていった。「――ガンダムで迎撃します!」
「うむ、頼んだ。私もディーヴァと連携を取り、MS部隊を向かわせる」
「はい!」
「ん? 待て!」ドンが端末に顔を向けながら、フリットたちを制した。「こちらに向かっているだと!? 単機だな?」
ドンは、端末から顔を上げていった。「UEが1機、こちらに向かっている!」
「1機!? どうして!?」フリットは声をあげた。
「陽動か……。ガンダムを引きつけるためかもしれん」グルーデックがいった。
「こちらも部隊を分ける必要があるな」ドンはいった。「ラクト、街の守りをたのめるか? 危ない仕事だが……」
「いいのか? あの街は、お前が管轄している区域だろう」ラクトはいった。
「フッ……。もう、そんなことは言ってられんようだ」
「……わかった」ラクトは、ドンを見すえていった。「ファーデーンでもっとも栄える街“アシャンシー”は、このラクト・エルファメルが護ってみせよう!」
「頼んだぜ、ラクト……!」
「ラクトさん!」フリットはいった。「UEの新型に、コロニー側のMSの攻撃は、ほとんど効きません。ガンダムが行くまで、無理に戦おうとせず、できるだけ時間を稼いください!」
「うむ!」
ラクトは、エウバ兵に呼びかけた。「ゆくぞ! 勇敢なるエウバの戦士たちよ! これよりわれらは、街の防衛に出撃する! 鍛えぬいたその力、正体不明の敵どもに見せつけてやるのだ!」
「オオォッー!」
鬨の声を上げ、エウバのMS隊は街へと向かっていった。
「よし、こちらもUEを迎え撃つ!」ドンはいった。「わざわざ1機で来てくれるのは、好都合だ。ガンダムとともにUEを倒し、俺たちも加勢に向かうぞ!」
「イエス! ドン!」ザラムの兵士たちが応じた。
「あ、あれは……!」フリットは見上げた。白くかすんだ空のなかに、一点だけ汚れたようなUEの機影があった。
「来たな……」グルーデックはいった。「フリット、ここはまかせたぞ。ディーヴァのMS隊は、街に向かわせる。ガンダムが来るまで、時間を稼がせよう」
「はい!」
フリットは、取り返したAGEデバイスを握りしめた。ガンダムに走った。
* * *
フリットは、ガンダムのコックピットに乗り込んだ。デバイスを中央のコンソールに差し込んだ。
ディスプレイに文字が浮かび上がった。
《生成中……》
「なんだ? ビルダーが動いている?」
フリットは、ディーヴァの整備班室に通信回線をつなげた。
ウィンドウにディケがあらわれた。「おい! フリットか!?」
画面のディケは、後ろを向くと叫んだ。「バルガスさん! フリットが出たよ!」前に向き直るといった。「どうしたんだよ! さっきから何度も呼びかけたのに、つながらなかったんだぞ!?」
「UEと戦闘になる!」フリットはいった。「ディーヴァにも、すぐに艦長から連絡がいく。ディケ、こちらのモニターに、AGEビルダーが稼動していると表示されているんだけど……」
「そう! それだよ!」ディケは大声を発した。「さっきまでビルダーは、こっちで使ってたんだ。それが突然、製作中の素材を強制排出して、ガンダムの新兵装をつくり始めたんだよ」
「ガンダムの新しいウェアを? こっちからは、なにも指示をしてないけど……」そこまでいって、フリットは思い当たった。「まさか、デシルが……」
「ウェアの設計データは、そっちから送ったんだろ? もうすぐ完成するけど、どうするんだ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
フリットは、タッチパネルをすばやく操作した。たしかに、システムが自動設計した新兵装のデータが、AGEビルダーに送られていた。
「ウェア――タイタス……」格闘戦時の攻撃に特化した近接戦闘タイプだ。
ガンダムは状況に適した手足――ウェアを交換することで、必要に応じた能力を得ることができる。極めて汎用性に優れた、実験的な機構をもっていた。そのはじめてのウェアが、じきに完成する。
どんなものだとしても、まともな武器もなく、損傷の修理さえできてない今のガンダムよりは使えるはずだ。
「このまま作成をつづけよう。完成したら、今のノーマルウェアと換装する。“Gディフォーマー”で送ってくれ!」
「空中で換装するのか? 換装中は無防備になるぞ。気をつけてくれよ!」
「わかってるよ!」
フリットは通信を切った。
* * *
白いガスのような雲の中を3機のMSが飛んでいた。灰色がかったうす緑色の装甲。甲殻類のような飛行形態。ヴェイガンの新型MSバクトの編隊だった。
編隊は、コロニーでもっとも栄えているという街の上空にきた。
コックピットのジェラー・アシットはいった。
「ジェムス! マイヤー! お前たちは手はず通り、街を攻撃しろ! おろかな地球種どもに、ヴェイガンの恐怖をたっぷりと知らしめてやれ!」
「了解!」2人の部下は応じた。
「オレはガンダムを引きつける。ガンダム以外のコロニー側のMSで、バクトの相手になるものはいない。抵抗はあるだろうが、落ち着いてしとめろよ!」
ジェラーのバクトは、空中で大きく向きを変えると、広々とした牧草地を目指した。
* * *
バクトは、みどりの丘のうえに降り立った。数百メートル先に、ガンダムとコロニー側のMS十数体が見えた。
「――いたか、ガンダム」ジェラーはつぶやいた。
「今日こそ、お前と決着をつけてやる――と、言いたいところだが、今回の任務は、時間を稼ぎすればオレの勝ちでな」口の端をゆがめた。
「ボヤージさん!」フリットは呼びかけた。「UEとはガンダムが戦います! 危険ですから、ザラムのMS部隊は、前に出ないようにして下さい!」
「このMSには、ビーム兵器が効かないといったな?」ドンのMSガラはいった。「だが、実弾兵器による攻撃なら、少しは効くのだろう。ジラにはバズーカがある。隙があれば、こいつで援護してやる!」
「はい! でも、敵の攻撃は強力です! くれぐれも注意して下さい!」
「おうよ!」ドンは、まわりのMSジラに呼びかけた。「やろうども! 聞いたな!? 十分に距離をとり、小隊ごとに分かれてUEを取り囲め! うかつには撃つなよ! 攻撃のタイミングは指示する!」
「イエス! ドン!」ザラム兵たちのジラはこたえた。
ガンダムは、バクトとの距離をゆっくり詰めた。バクトからは、積極的に動こうとはしない。
《時間を稼ぐつもりか……》フリットは思った。
ガンダムは、腰のウェポンバックからビームナイフの白い柄をつかんだ。バクトに向かって、少しずつ歩速を上げ――走った。
数十メートルまで近づいたところで、バクトは、ふわりと空に浮かび上がった。空中で、背についたしっぽ型のビームキャノンを股の下に曲げいれた。
ガンダムに向けて撃った。光の束が迫った。
「うわっ!」フリットはガンダムを飛びのかせた。
ビームは、草原を焼きながら、地面に吸い込まれていった。そのあと、地下から低くうなるような音と、にぶい振動がした。
「こんな戦い方じゃ、コロニーがもたない……!」フリットはつぶやいた。
バクトは地面におりた。
「まともな武器もないガンダムなど、本来はバクトの敵ではない」ジェラーはいった。「――このまま時間ぎれで、貴様の負けだ」
戦いを見ていたドンはいった。
「あのやろう……、よくもコロニーを……!」
「ドン!」となりにいるジラのザラム兵がいった。「今度、あのUEが飛び上がったときに、こちらから攻撃できます」
「む、よし! あの化け物に、目にもの見せてやれ!」
フリットのガンダムは身がまえた。突然、コックピットに通信が入った。ディーヴァからだ。
ウィンドウに映ったディケはいった。「フリット! Gディフォーマーで、新しいウェアをおくったぞ! 戦闘中なんだろ!? 本当に大丈夫か!?」
「ありがとう、ディケ! やるしかないんだ! そこまでやらなければ、勝てない相手なんだ!」
「気をつけろよ!」
「ああ!」
不意に、レーダーに味方の識別が示された。母艦以外でウェアを換装するために開発された飛行ユニット――Gディフォーマーだ。白い雲のなかを、青い機体はまっすぐに飛んだ。ひと回り太い、真っ赤な手脚が固定されていた。
「きた!」フリットはいった。
ガンダムは、バクトに向かって駆け出した。
「同じことよ!」ジェラーはいった。
バクトの巨体が、ふわりと浮かんだ。しっぽのビームキャノンをかまえる。銃口が光った。
「今だっ! 撃てえっ!」ドンは命じた。
バクトを遠巻きしていたザラム兵たちのジラが、いっせいにバズーカを撃ち込んだ。空中にいるバクトに、次々と砲弾が当たった。発射の爆風と衝撃による土煙で、あたりは一瞬で暗くなった。
「なにをっ!?」ジェラーは叫んだ。爆煙のなかから、砲弾が襲いかかってくる。
バクトは体勢を崩して、地面に落ちた。片ひざをついた。
そこにガンダムが迫った。
「くそっ!」
ジェラーのバクトは攻撃を防ごうと、体のまえで腕を交差させた。
と、ガンダムは、バクトの頭上をいきおいよく飛び越えた。
「いけえっ!」フリットは叫んだ。
ガンダムは、全身のスラスターをふかせ、空に浮かび上がった。推進剤をムダに使うが、しばらくの間であればホバーのように浮かび続けることができる。
そこにGディフォーマーが向かってきた。空中で、垂直に向きを変えた。レーザーサイトが位置を確かめる。吸い寄せられるように近づいた。ガンダムの胴体を、大小のつめが、しっかりとつかんだ。
Gディフォーマーの推力をかりて、ガンダムは飛びつづけた。ウェアの換装がはじまった。肩の関節が上に動くようにして外れた。新たに、太く赤い腕がはめ込まれた。さらに、両脚が股関節から外されていく。
「小僧のガンダムに攻撃をさせるな! 撃ち込めえっ!」ドンは声をあげた。
まきあがる爆煙がバクトを囲んだ。
「ぐぁっ!」ジェラーは叫んだ。
コックピットが揺れた。砲弾が当たっている。
ビーム兵器をはじく装甲であっても、実弾兵器による攻撃は多少なりともダメージを受ける。
「このっ……、ザコどもがぁっ!」
バクトは、左手のビームバルカンをやみくもに撃った。
「うわあぁぁっ!」
通信から、するどい叫び声があがるのをドンはきいた。
「どうした!?」
「ロンドです!」ザラム兵が答えた。「コックピットを撃たれました!」
「あっ、熱い! あ、足があぁぁっ!」ロンドは絶叫した。
「くそおっ!」ドンは、コンソールにこぶしを叩きつけた。「損傷したMSを回収! パイロットの救助を優先しろ! 残りのものは、攻撃しつつ後退だ!」
バズーカを撃ちながら、ジラは徐々に後退していった。
あれだけの攻撃を受けながら、バクトは平然と立っている。
《化け物か、こいつは……!》ドンは思った。
ジェラーのバクトは、ガンダムを見上げた。飛行ユニットとひとつになって、空に浮かんでいる。
「――何をしている? 合体か? なんにしろ、そんな余裕があると思っているのか!」
バクトは、ビームキャノンを曲げて肩に担いだ。
ガンダムに狙いをつけた。
「これで終わりだ……。思いのほか、簡単に勝負がついたな」
操縦桿のトリガーを引いた――
ドゴオオォンッ!
そのとき、背後から激しい衝撃を受け、バクトは倒れこんだ。両ひざを地面についた。
ドンのMSガラが走り寄って、先端に鉄球がついた近接武器――“モーニングスター”をバクトの背に叩きつけたのだ。
「このっ、化け物があっ!」ドンはいった。「俺のコロニーには、指一本だって触れさせねえっ!」再び武器をかまえた。
「くっ……! ザコがあっ!」
ジェラーのバクトは、立ち上がりざまに右手のビームサーベルをないだ。
「ぬおぉっ!」
ドンのガラは飛びのいた。が、右腕を肩から切断されていた。巨大な腕と武器が落ちて、地面をえぐった。
「やはり、こいつらから倒すべきだったか……!」
バクトはガラに向き直った。ビームサーベルを頭上にふり上げた。
「ちっ、ちくしょうっ……!」
ドンの目の前に、光る刃がせまった。
「ボヤージさん! よけて!」
――ドオオォンッ!
大地を揺らし、バクトの背後にガンダムが降り立った。さっきより、ひと回り大きな、真っ赤な手脚をしている。空中で換装したのだ。
近接戦に特化した新ウェア――AGE1“タイタス”。
タイタスは、右手を振りかぶると、いきおいよく突き出した。
振り向こうとしたバクトの顔面を、タイタスの拳がとらえた。
当たる直前、手の甲についた半球状の装甲が動き、拳をおおった。さらに、手首を囲むようについた6つのスラスターが、いっせいに火柱をあげた。手首ごと高速で回転した。
ハンマーのようになったタイタスの拳が、バクトの顔面に当たった。
「ぬがああぁっ!」バクトは吹き飛んだ。
コックピットでジェラーは、ミキサーの中身のように揺らされた。四方からエアバックが飛び出した。
バクトはガラの横を飛び去って、草原に数十メートルものみぞをうがった。
気を失いそうになりながら、ジェラーはバクトを立ち上がらせた。
「な……、なにが起きたっ……!?」
考える間もなく、タイタスが迫った。ボクサーのように、両腕を前にかまえて走る。とんでもない速さだ。MSの動きではない。
が、動きが直線的だ。
――読めた。
ジェラーは、トリガーを一気に引いた。
「死ねえっ! 神の手で焼き尽くされろっ! ガンダム!」
バクトの胸から、6本の巨大な光る角――ビームクローがのびた。
タイタスに突き刺さった――と、思ったとき、光る角は、透明な板に当たった水のように弾け飛んでいた。
タイタスのまえに光る盾――ビームシールドがあった。
「なにっ!?」
「うおおおぉぉっ!」フリットは叫んだ。
タイタスは、伸ばした右腕をバクトの腹に叩きつけた。腹の装甲がひしゃげた。
次の瞬間、タイタスの肘から手首までの装甲が、中心から割れるように開いた。黒い内部機構が露出した。そこに腕輪のような光る輪――“ビームラリアート”が現れた。
火花が吹き上がった。
ビームの輪は、打撃により電磁フィールドの効力をなくしたバクトの装甲を、あっさりと切り裂いた。
バクトの上半身がふき飛んだ。
ジェラーは、バクトの脚を頭上に見た。
頭から草原に落ちた。と、同時に脚が爆発した。
暴れ狂う炎のなかに、赤いガンダムが立っていた。
バクトは腕だけで立ち上がると、ゆっくりと浮かび上がった。不完全な飛行形態に変形し、空を上った。
「はぁっ……! はぁっ……!」ジェラーは肩で息をした。
バクトは最強のはずだった。何度も勝利を確信した。
「……バ、バケモノがっ!」震える声でいった。
バクトは、白い空に消えていった。
* * *
「ボヤージさん! 無事ですか!」フリットのタイタスは、ドンのガラに走り寄った。
「おうよ! 大勝利だったな! フリット!」ドンはいった。
「これから、僕は街に向かいます!」
「すまんな……。街の守り、たのんだぞ」
「はい!」
タイタスは走り出した。
「まて! フリット!」ドンは呼び止めた。「……帰ってこいよ、必ず。お前の帰りを待っているものが、たくさんいることを忘れるな」
「ボヤージさん……」
「若いものが、年寄りをおいて先に死ぬなんて、まちがっている。絶対に、まちがっているんだ……。絶対にっ……!」
モニターのなかのドンは、身体を小さくして、震えているように見えた。
フリットは、ドンを安心させたかった。
「心配しないで下さい、ボヤージさん! 僕は大丈夫です。このガンダム――タイタスは、宇宙で一番、強いMSなんですよ!」
「フッ……。そうだったな……」
ボヤージは目をつぶって、静かにほほえんだ。おだやかな顔で、なにかを思い出しているようにも見えた。
「――行ってきます!」
フリットのタイタスは、街へと走った。
* * *
ドンは、目を閉じた。短い間に、ねむっていた。夢を見ていた。一瞬のはずだったが、やけに長く感じられた。
きらきらと虹色の光を放つ草原のうえに、少年が立っていた。大人になり始めた、がっしりとした体格をしている。目もとは、妻のセシリアにそっくりだった。顔の輪郭はドンに似ていた。
ドンはいった。《元気か?》
少年はいった。《ああ――》
そのひと言で、ドンにはすべてわかった気がした。
草原をはしる風が、身体のなかを通り抜けていった。心に残っていた思いをぬぐい去っていく気がした。
ドンは、目をさました。目の前には、さきほどと変わらない草原が広がっていた。しかし、何かが違って見えていた。
* * *
街では、ヴェイガンのバクトと、エウバ軍のMS隊、ディーヴァのMS隊――ウルフとラーガンのジェノアス――が戦っていた。
エウバとディーヴァのMSに、バクトを倒せるだけの武装はない。ガンダムが来るまでの時間かせぎだった。
ウルフの真っ白なMS“ジェノアス・カスタム”に向けて、バクトが左手のビームバルカンを放った。“ジェノカス”は、すかさずビルの陰にかくれ、それを避けた。
はなれたビルの陰から、ラーガンのジェノアスが飛び出した。対ビームコーティングをほどこした大型のシールドをかまえている。右手にもつ対MS用マシンガンをバクトに向けて撃った。
バクトの装甲に火花が散った。が、それだけだった。バクトは、すぐにバルカンで反撃した。ジェノアスは光弾をシールドで受けつつ、再びビル陰に隠れた。
攻撃は、ほとんど効いてない。UEのMSは、ビーム兵器にめっぽう強い。が、実弾兵器なら、ある程度は効くという話だった。しかし、マシンガンぐらいでは、傷をつけるので精一杯だ。
「ちっ、やはり効いてないようだな!」ウルフはいった。
はなれた場所では、もう1機のバクトとエウバ軍が戦っていた。エウバ軍のMSゼノは十数体もいるのに、中世の騎士さながら1対1でバクトに挑んでいた。
エウバ軍のMSの動きは、思いのほかよかった。パイロットの練度が高いのだろう。大剣による攻撃もバクトは嫌っている。
しかし、MSの性能差は明らかだった。数回、打ち込みをあびせるごとに、バクトのビームサーベルの一撃でゼノは両断された。1機がやられると、もう1機がまえに出る。もう4、5回、こんな光景が繰り返されていた。確実に時間を稼げる戦い方ではあるが、パイロットも機体も確実にやられた。
「見てられんな……」ウルフはいった。「ラーガン! そっちはどうだ!? まだ、ねばれるか!?」
「ああ! まだまだいける!」ラーガンは答えた。「足の骨折には、痛み止めをたっぷり打ってもらったからな!」
「――しかし、これだけMSがいるのに、時間かせぎしかできんとはな……」ウルフは顔をしかめた。
「開発が間に合わないのだから、しょうがない! ガンダムが来てくれるまでのしんぼうだ! ……UEがきたぞっ!」
ラーガンのジェノアスに向かって、バクトが駆けた。近接戦で一気にカタをつけるつもりだ。ウルフのジェノカスも飛び出した。フォローに行かなければやられる。
ジェノアスは、シールドをかまえながら後退した。そのままビルの角を曲がった。
バクトは、すばやくジェノアスを追った。同じくビルの角を曲がった。
突如、ビル陰からジェノアスが飛び出した。シールドごと、バクトに体当たりをくらわせた。
――が、バクトはそれを受け止めた。
「たおれんか!? パワー不足だ!」ラーガンはいった。
バクトが、ビームサーベルをないだ。シールドがまっぷたつになった。
ジェノアスは、すぐさま飛びのいた。が、うしろに停まっていた大型トレーラーの運転席を踏み抜いた。体勢を崩して片ひざをついた。
「古いんだよ! バランサーが!」
バクトが、目のまえに立ちふさがった。勝利を確信したように、ゆっくりと右手のビームサーベルをかまえ――振り下ろした。
「くっ!」
「そこだあっ!」ウルフは叫んだ。
バクトの背後に走り寄ったウルフのジェノカスが、光る剣を振り上げた。目もくらむほどの明るさだ。どこでついたのか、バクトの右ひじあった小さな損傷を正確に捉えた。
バクトの右手が空を舞った。
よろめきながらバクトはふり向いた。
ウルフのジェノカスは微動だにしない。
「逃げろ! ウルフ!」ラーガンは叫んだ。
「……だめだぁ!」ウルフは、やけに明るい声でいった。
「どうしたっ!?」
「いやあ、マッドーナ工房製の最新型のビームサーベルだったんだが、出力を使いすぎた。俺のジェノカスは、もう動かん!」
「なら、はやく逃げろ! 脱出するんだ!」
「やってるよ!」ウルフはシートベルトをといた。
コックピットのハッチを開けた。目のまえには、バクトの巨大な胴体が見える。胸にある6角形に配置された射出口が光った。
「撃たれて死んでも、踏みつぶされても、同じことなんだがな!」
ウルフは、コックピットから跳んだ。
地上まで10メートル以上。数秒を数える間もなく、目のまえに地面が迫った。腕から落ちた。できるだけ衝撃を分散するよう、道路をころがった。
と、バクトの胸から6本の長いビームクローがのびた。
光る角がジェノカスをつらぬいた。腕が落ち、脚がくずれる。穴だらけになった胴体が爆発した。
「ちくしょう! オーバーキルだろう!」
直後、爆風がきた。ウルフは、またころがった。
「くっそおっ!」ラーガンは、ジェノアスを立ち上がらせた。
バクトに背を向けて走った。
バクトが、左手のビームバルカンをかまえた。
「だめかっ!?」
そのとき、レーダーが高速で接近するMSをとらえた。味方の識別――ガンダムだ。が、速さが尋常ではない。
モニターにガンダムが映った。ビルの間を、猛烈ないきおいで駆けてくる。見たことのない、ひと回りは大きな赤い手脚をつけている。
ガンダムが跳んだ。高い。コロニーの重力を突き破らんばかりだ。ジェノアスの頭上を跳び越えていった。
ガンダム――タイタスは、急降下してバクトにひざ蹴りをくらわせた。バクトは、道路のうえを吹き飛んだ。ビルの防護壁に当たって、やっと止まった。
「フリット……。来てくれたか!」ラーガンはいった。
* * *
「ぐっ! ……あ、あれは、ガンダムか!?」
タイタスに吹き飛ばされたバクトのパイロット――ジェムスは目をみはった。ガンダムの姿が、報告とは明らかに異なっている。
「無事か!? ジェムス!」エウバ軍と戦っていたバクトのパイロット――マイヤーがいった。
「……ぶ、無事だ! あれが、報告にあったガンダムか!」
「隊長は……、ジェラーのやつは、もうやられたのか!?」
「退却だ! こちらも時間をかけすぎた……!」
「退却だとっ!?」マイヤーは怒鳴った。「地球種のMSなど、このバクトの敵ではないっ! ジェラーは、いつも口ばかりだ! 俺たちだけで倒すんだ!」
マイヤーのバクトが。タイタスに向かって走った。
「やめろ! マイヤー!」ジェムスは叫んだ。
マイヤーのバクトは、右手のビームサーベルをタイタスに振り下ろした。
タイタスは、両腕を体のまえであわせてガードの姿勢をとった。腕のまえにビームシールドが現れた。光る盾は、サーベルを火花にして、はね返した。
「なんだ!?」マイヤーは声をあげた。
タイタスが消えた。いや、しゃがんだ。タックルをするように下から突き上げた。
衝撃でバクトの巨体が浮かんだ。胴体の装甲が破られる。直後、タイタスの肩にある4つの射出口から、ビームサーベルのような光る角がのびた。
つぎの瞬間、バクトは体を切断されていた。上半身だけになって、高く吹き飛ばされていった。
空を飛んでいたジェムスのバクトが、胴体だけのバクトを抱きかかえた。
「マイヤー、このまま退却するぞ!」ジェムスはいった。
「バ、バクトが……、一撃で……!」マイヤーは、目を見開いた。
「……ジェラーがやられるのも無理はない」
2機のバクトは飛行形態に姿を変えると、コロニーの白い空のなかに消えていった。
* * *
「フリット! やったな!」ラーガンがいった。
ジェノアスで親指を立てて見せた。
「ラーガン! ……そうだ! ウルフは!?」
ウルフは、ジェノアスの足元にいた。大きな身振りで手を振って見せた。
「よかった……」フリットは、肩をなでおろした。
* * *
戦いは終わった。奇跡的にも街の被害は少なかった。
ドンとラクトは、街でもっとも大きな公園の広場に、双方のMSを集めた。そこで停戦協定を結ぶための簡単な式をおこなった。お互いに署名を交わした。
やがて、広場には、話を聞きつけたマスコミが集まってきた。取り囲まれたドンとラクトは、対応に追われた。
さらに、歴史的な場面を見ようと、市民が集まりはじめた。どこにいたのかと思うほどの人々が、広場を埋め尽くした。多くは安堵の表情を見せていたのが印象的だった。
式が終わった。
フリットは、ドンに連れられて牧草地にきた。
夕方になって、コロニーの調光はしぼられていた。白かった空は、黄金の粉を混ぜたように輝いていた。
金色の光に照らされた草原は美しかった。
ドンは、ゆっくりと口を開いた。
「この広大な牧草地の片隅に牧場がある。自慢の牧場だ。となりには、今はもう無人だが、小さな教会がある。その近くには墓がある。俺の息子が眠っている墓だ。――本当はコロニーの法律で、墓地の建設は厳しく制限されていてな。だから、人に見つからないような、小さな小さな墓にしたんだ」
フリットはドンを見た。夕日の光が、顔に深い陰影をつくっていた。
ドンは続けた。
「いつか――いつでもいい。フリット、UEの件が片付いたあとにでも、その墓を訪れてやってもらえないか? そのときは、妻といっしょに、盛大に歓迎させてもらうぜ」
ドンは笑った。
「はい」フリットはいった。「また来ます、必ず。このファーデーンに――」
空を見上げた。コロニーのはるか上方まで続く、みどりの大地があった。
(ファーデーン編 完)
* * *
「くそっ……、くそぉっ!」
ジェラーは、上半身だけになったバクトでコロニーの外に出た。無重力のなか、推力の欠けた機体で母艦に急いだ。
「聞いてない! あんなのはっ! あれは……、あのMSは……、化け物じゃないかっ!」
思い返しただけで背筋が凍りつくようだった。
突然、レーダーに味方の識別が示された。
《MSゼダス――デシルか! なぜきた!? オレを笑いものにするつもりか!》
ゼダスの黒い機体は、あっという間に目の前に来た。両手には、対艦用の巨大なビームライフルをもっている。
「デシル……。救助に来たのか……」ジェラーはいった。「……お前の言っていたとおり、ガンダムは強かったぞ。戦いの最中、さらに強くなりやがった。このバクトでさえ勝てなかったのだ。もう、お前のゼダスでは歯も立つまい」
デシルは、何も言わない。
「ふん……。なにか言ったらどうだ」
デシルのゼダスは、大きなビームライフルをジェラーに向けてかまえた。銃口の奥が、光を集める。
「……なにをしている!? デシルっ……!」ジェラーは声をあげた。
「――大破以上は撃墜」デシルはつぶやいた。
「やっ、やめろっ!」
ゼダスは、ライフルを撃った。巨大な光の束が放たれる。吸い込まれるようにゼダスの胸部にある裂傷に当たった。
ジェラーは急ぎ、脱出装置を稼動させた。バクトの顔が左右にわれ、中から白いボール状のコックピットが飛び出した。
バクトの胴体は、ビームの熱で溶け――爆発した。
ゼダスは、衝撃であおられたコックピットのボールをつかんだ。
ジェラーは、接触回線をひらいていった。
「デシル! 貴様っ、貴様ぁっ! よ、よくも、オレをっ……」
「大破以上は撃墜――お前の口癖だろ?」デシルは笑った。
「うっ……!」
「苦労したな、ジェルー」
「……だっ!」
「んっ? どうした?」
「ジェラーだ! ジェラー・アシット! 何度言えばおぼえるんだ、貴様はっ!」
「ああー……。ごめん、ごめん。人の名前をおぼえるのは、どうも苦手でね」
デシルは一瞬だけ肩をすぼめ、すまなそうな顔をした。
「ジェラー・アシッドだ。今度は間違えないよ。アハハハッ!」
「くっ……!」
かん高い笑い声が、ジェラーの耳にいつまでも残った。
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