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楽園のサジタリウス3 四
「気付いていたのか?」
「まあ、ね。さすがにあんなもの見せられりゃあねえ……兎っていたんだな」
「? 兎?」
つい口に出てしまったらしく、あわてて「なんでもない」と一機は答えておく。視線を逸らすと、ちょうどよく麻紀の片方しかない目と合わさった。
「……?」
ふと、麻紀の半分隠された顔に疑問を感じた。
――なんだ、何笑ってやがる?
麻紀が含んだような思わせぶりな笑顔をするのはいつものことだが、今回は今までと違う気がした。
どうしてだか「一機さん、驚くのはこれからですよ」なんて語ってるような感じがする。これ以上何を驚けというのか、皆目見当もつかなかった。
「――ああ、そういえば自己紹介がまだだったな」
「え? あ、そうですね。私は……」
「聞いてるさ、一機というのだろう? 私はヘレナ・マリュース」
やはりというか、日本系の名前ではなかった。もっとも、違う世界ならそんなもの関係ないだろうが……
「シルヴィア王国騎士団親衛隊の隊長をしている」
「――はい?」
思わず素っ頓狂な声が出た。大声を出し過ぎて胸の傷が痛んだが、そんなこと気にしている余裕はない。
――シルヴィア? こいつ今、シルヴィア王国って言ったか? 馬鹿な、だって、シルヴィア王国って……
その時、ドシンと結構激しい衝撃が起こった。
「な、なんだ?」
「やれやれ、またやったか……おい、どうした?」
ヘレナがテントから顔を出すと、蒼いセミロングの髪を携えた黒縁眼鏡の女性が現れた。
「グレタか、何があった」
「なんでもありません、また整備不良のようです。親衛隊には整備士が欠けていますからね」
「仕方があるまい、騎士団自体も整備士不足で悩まされているんだ。いくらMNの構造が単純だろうが、限界はある」
忌々しげに呟くグレタと呼ばれた女性に、ヘレナはため息混じりで応じた。
「おや、目覚めましたか」
こちらに気付いたグレタに、少しばかり会釈する。なんだが、顔は綺麗なんだがツリ目できつそうだなと一機は震えた。
「私はグレタ・エラルド。親衛隊副長をしております。貴方がたには色々聞きたいこともあるんですがね」
「グレタ、二人ともけが人だ。しかも一機は今しがた起きたばかりだぞ」
「元々それほど深い傷でもないでしょう? 看護兵は問題なしと言っていましたし、アマダスで回復しているから心配はないと判断しますが」
「……アマ、ダス?」
妙に耳に引っかかる単語が入ってきた。
アマダス。どこか――祖父が取引先から貰ったと聞かされた二十カラットのダイヤ片手に聞かされたウンチクにたしかあった。『征服されざるもの』の意味を持つダイヤモンドの別名――そんなことを一機が思い出していると、ゴトッとわき腹に硬い感触がした。
「ん……?」
どうも、自分の体の上に置かれていたのがずり落ちたらしい。なんとなく拾い上げてみると、
「――!」
ゴツゴツ硬い、透明な石。
やっと思い出した、この世界へ来る直前に送られてきた謎の石。
そして――恐らく、一機たち二人をこちらへ運んだ犯人。
「こいつは……」
「それが『アマダス』。霊石と呼ばれる特殊な力を持った石の中で、もっとも貴重なものだ。――だが、それだけ巨大な結晶を見るのは初めてだな」
「霊石……?」
よくわからなかったが、この世界の貴重なものであるらしいこと一機にも理解できた。しかしこの石は、あちらの世界から持ってきたもの。どうして別世界のこちらで名が知られているのだろう。何度目かわからない困惑をしていると、「それにしても」とグレタが口を挟んできた。
「よりによって『アマデミアン』を二人も拾ってしまうとは。これは問題ですよヘレナ様」
「わかってるさ。だが止むを得ぬことだ。今更言ったところでどうなる」
「あま、でみあん?」
また意味不明の単語が出てきた。首をかしげている様子にヘレナがおっととこちらへ顔を戻す。
「すまん、途中だったな。さて、何から聞きたい一機?」
「ええと……聞きたいことは山ほどあるんだが、じゃあそアマデミアンってのを」
「アマデミアンとは、先ほど説明した『アマダス』によって導かれし民、という意味の言葉だ。漂流民とも呼ぶがな」
「導……かれた?」
ヘレナの言が語るところを察した一機に対し、「ああ」とヘレナが応じる。
「実はこの世界では、お前たちのような別世界から来るものは珍しくないんだ。俗に『文明の漂流』と呼ばれる――まあ、自然現象だな」
「自然現象!? パラレルワールド行くのが!?」
驚きをそのまま口にしても、形にはならなかった。信憑性があまりになさすぎると一機には感じられたからだ。
「いや、そんなよくあるわけでは無論ないが、例はいくつも確認されている。最近は特に……」
「ヘレナ様」
グレタが口をはさむと、ヘレナはしまったとばかりに苦い顔をする。
「――とにかく、お前たちが別世界の人間なのは確かなんだな?」
「ああ、はいそうです」
確かなんだなと言われても、イマイチ実感が持てないというのが正直な気持ちであったが、別世界であることは理解しているのでそう思うしかない。
「で、このアマダスだが、この石にはいくつか不思議な力を持っている。その一つに、世界を繋ぐ力が宿っているとされている。あくまで、伝説の領域だがな」
「世界を……繋ぐ?」
思わず聞き返してしまったが、ヘレナは深く頷いて続ける。
「そうだ。――こういうのは、グレタの方が詳しいと思ったが、どうだ?」
ヘレナが困ったようにバトンを渡すと、それまで黙っていたグレタが「……仕方がないですね」とやけにわざとらしいため息をつきつつ話し始めた。
「『文明の漂流』がいつ始まったかは不明です。が、少なくともシルヴィア王朝成立以前からなのは間違いないでしょう。シルヴィア王朝成立期を記した文献には……ってそこ、聞いてますか!」
一機、聞く気まったくゼロ。長くなりそうだったので、視線を逸らしてあくびをしていた。
「グレタ、シルヴィア成立から語ると長くなるから、割愛してくれると助かるんだが」
「う……」
どうも語る気満々だったようで、少々赤くなりながら話を戻した。
「ごほん……ですから、『文明の漂流』と呼ばれる現象があるところ――転移現象が発生する場所や、アマデミアンに関しての伝説がある場所には必ず『アマダス』が発掘される。そのため、『アマダス』には世界を繋ぐ力、『文明の漂流』を引き起こす力があると言われているのです」
「おわかり?」と力強く言い切ったグレタの顔はやっぱり楽しそうで、なんとなく反抗心を覚えた一機は一言、
「……それって全部憶測じゃん」
と返してしまった。
あんぐり口を開けたグレタの表情が、みるみる歪んでいき……
「な、なんですってぇ!」
「ひいぃっ!?」
鬼の形相と形容すべし姿になっていた。
「貴様よそ者のくせにどの口が抜かす! 転移とアマダスの因果を確実とするあかしはないにしても、MNの例を出すまでもなく『アマダス』が持つ魔力自体は本物! そのものの魂の力、霊力に反応して力を生み出すのも事実! これだけでも疑いようもない証拠に――!」
「落ち着けグレタ、よくわかったから! こら、ダガーを構えるな!」
いつの間にか短剣を握り締めて襲いかかろうとしていたグレタをヘレナが羽交い絞めにする。さすがの一機も怯えて後ずさる。むっちゃ怖いこの人。
なんとかグレタを落ち着かせたヘレナは、疲れた様子で口を開いた。
「はあ……とりあえず、あらかたは理解してくれたろう。正直なところ我々にも理由はわからない。『アマダス』は人の感情、主に強い思いに反応し力を生むが、転移に関してはちょっとな――」
「――強い、思い?」
そこで、今まで口を閉ざしていた麻紀と目を合わせた。
包帯に覆われた無表情な顔は何も返ってよこさず、代わりに黒い瞳が一機自身の姿を映していた。
――現実に飽きてはいませんか?
――くだらないと思っていませんか?
――どこかもっと楽しい、自分の才能が生かせる場所に行きたいと思いませんか?
――貴方を、楽園にご招待……
「――ああ」
急に脱力して、一機はバタンと倒れた。ああもう馬鹿馬鹿しい。何もかも馬鹿馬鹿しい。
「な、なんだどうかしたか? 傷口が開いたか?」
「いや、別になんでも……あー、ちょっと痛いかもしれん。まあ大丈夫です」
「ならいいんだが……そうだ。何か食べるか? 持って来てやる」
そう言うと、ヘレナはテントから出ていった。グレタも「そういうことは部下に指示するものでしょう」なんてことをグチグチ呟いてついていく。残された麻紀と一機は、同様に顔を見合わせた。
「――本当に来ちゃったな」
「兎を見た覚えは?」
「全然ないけど、多分原因はこいつだろ」
手にしたアマダスとやらを上に投げながら、一機はそう結論付けた。
最近語られていた鉄伝における様々な噂。あのメールの文句といい、ここへ飛ばされる直前の光景といい、ヘレナから聞いたアマダスに関する伝説といい、他に考えられることはない。……信じられんのは変わりないが。
「ということはつまり、私は巻き込まれたってことですか。人の人生どうしてくれるんですか貴方」
「いや、俺だって好き好んで巻き込んだわけじゃないから。こんなことになるってわかってたら誰があんなメール……」
押すかよ、と言おうとしたが、一機はそこで黙り込んでしまった。思い出したのだ。
あの晩見た、まっ白い進路希望調査票を。
「――まあ、なっちゃったもんはしょうがありませんね」
絶句している一機を相手にせず、麻紀は会話を進めた。
「それよりも今は建設的な話をするべきでしょう。これからどうします?」
「どうします、たってねえ。お前サイフ持ってるのか?」
「それ、ジョークで言ってるんですか」
無論ジョークだ。違う世界ならあっちの金なんて意味を為さないだろう。あちらの世界では金を疎ましく思っていたぐらいの一機だったが、こうしてみると金銭のありがたみがわかってくる。
「さっきこんなのもらいました。こっちじゃ銀が一番高級なんだそうで」
そんなことを言いながら、右手に持った銀貨を一機に投げつける。
「おっとっと。ふうん、銀が高級ねえ。――うっわ、本当に銀貨だよ。祖父ちゃんに古代ローマの金貨見せてもらったことあるけど、本当にこんな感じだったっけ。……ん、女性の顔だ。イギリス通貨みてえ」
「そりゃそうですよ。だってこの国は……」
その時、テントの入口がふわりと揺れ、炎の灯りが通さなくなった。誰かいるらしい。
「なんだ、ヘレナか? 何持ってきてくれ……」
なにせ腹が減っていた一機は、あちらから入る前に自分からばっさとテントを開けた。
しかし残念ながら、そこにあったのはヘレナ(ごはん)たちではなく、巨大なトカゲだった。
「……ぎ、ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
デジャブ。先ほどの再現。また叫び、混乱した一機はテントの入口とトカゲの間にできたわずかな隙間から脱出した。
胸の痛みも忘れて、周りを見る余裕もなくしばらく走っていると、
「っづだ!?」
どこかに正面衝突した。顔面に激しい痛みが走り、たまらずその場でのたうち回る。
「あだだだだ……死ぬ、死ぬ」
「それだけ走り回れるくらい元気なのに死ぬわけないだろ。ほら、立て」
その場にいたヘレナにぐいと起こされた。顔をさすりながら目を開くと、
「ってわあ!」
ここへ来て何度目かわからない驚き。今回眼前にあったのは、あの巨大なロボット――メタルナイトだったか――デンと地にひざを付けていた。何人ものペンチらしき道具を持った方々が何か作業をしている。何故か全員女だった。
「あれ、何してんだ?」
「MNを整備しているのだ。さきほどの戦闘は大したことはなかったが、いかんせん魔獣の血が大量にかかってしまったからな。きちんと洗わないと錆びる」
「魔獣って?」
「お前も見たろ。あの巨大なケダモノの名だ。まあ、総称だがな」
そう言って、ヘレナは手に持った串を一機に寄こしてきた。いい匂いをして丁度よい加減で焼かれた肉である。
「食え、腹が減ってるんだろ」
「あ、どうも」
言われるまでもなく一機は大ぶりの肉にかぶりついた。食べると適度な塩と油の味が口中に流れ込んでくる。なかなかの美味だが、牛や豚とは違うらしい。
「あのさ」
「なんだ、口に合わんか?」
「いやそうじゃなくて、これ何の肉?」
「ウサギだ」
「え? 兎肉ってこんなんだったっけ……まあ、ガキの頃じいさんが狩ってきたのしか知らんからよく思い出せんが。ところで、整備ってどんなことするの? 中のチップとか回路とか調べるの?」
「カイロ? チップ? なんだそれは。MNにそんなものないぞ」
「……はい?」
予想だにしないことを言われ、口の肉を落としかけた一機が聞き返そうとすると、MNの胸部が観音開きされた。その中身は、
「――な」
今度は肉を落としてしまう。全身が凍りついた。
あったのは、人間でいえば筋肉の代わりとなる鋼鉄の塊と、骨格の代わりになる――やっぱり骨。巨大なまっ白い骨が、鉄の間に埋まっていた。
よく見るとまっ白ではなく、語学に乏しい一機でも異質さを感じる謎の文字がびっしりと書かれていた。胸の中心には、透明な石が大量に埋め込まれている。あれは――アマダスか?
「って、この骨はまさか」
「『ディダル』だ」
「でぃ、だる?」
「古代に絶滅した巨人の化石……MNはその全身骨を使って出来ている。――そう言えば、近くに採掘場があったな」
そう、あの時洞窟で一機と麻紀二人が見たのはやはりほ乳類、人型の巨大生物の骨だった。あの場所は骨を発掘するためにあったのか。
「やれやれ……これじゃロボットというよりゴーレムだな。もう驚くのもバカバカしくなってきた、ん?」
ため息をつく一機に、後ろからトンと押された。
何かと思い振り返ると、またしてもあの巨大トカゲがいた。
「う、うわぁ!」
こちらはなかなか慣れないらしく、たまらず腰を抜かすと、ヘレナがそのトカゲを制した。
「こらこら、一機が怯えているぞ。お前ももう少し抑えろ」
「へ、ヘレナさん!? なに化け物トカゲさすってんですか! 喰われますよ!」
「ああ、お前さっきからこいつに騒いでたのか……安心しろ。《マンタ》は草しか食わないおとなしい奴だ。MNや物資を運ぶ牽引車に使うため飼ってるんだが、あと何十匹もいるぞ」
「嘘だー! こんなどう見ても恐竜ライクなトカゲな草食なわけないだろ! つかこんなの大量に居るん!? どこのサファリパークだここは!」
「――お前な、さっきの魔獣なんかどれくらいあったと思ってる? これくらいで怖がっていたらやってけんぞ」
「――それもそうだな」
凄まじく説得力のある言葉にうなずくしかなかった。
そんな姿に、ヘレナは「やれやれ」とため息をついた。
「情けない。まあいきなりこんなところに来て戸惑っているのもわかるが、ちょっとは落ち着いてもらわんと困る。これから仲間になるんだからな」
「いやあ、申し訳ない……仲間?」
よくわからない単語に聞き返そうと思ったが、唐突に「ヘレナ様!?」と驚きの声が先に上がった。戻ってきたグレタだ。
「仲間ということはどういうことですか。まさか、よりによってこの男を……」
「お前にはさっき言ったろうが。この二人を拾った責任者として、親衛隊にいれることにしようと」
「それは麻紀だけの話と思っていたのです! よりによってシルヴィア王国親衛隊に男を入れるなんて冗談じゃありません! 身を案じるなら、王都に引き取らせればいいでしょう! 何を考えてらっしゃるんですか!」
「そんな捨てるような真似ができるか。二人を拾ったのは私だ、私に責任がある。それに――」
ちらと、意味ありげな視線をグレタに向ける。なにか思い当たったのか、あと顔を歪ませた。
「で、ですがヘレナ様――!」
「あのさ、一つ聞いていい?」
どうも気になることがあったので、一機は二人の会話に割り入った。
「なんですか、今貴方に構ってる暇は――」
「親衛隊って、騎士団だろ? 剣を振ったり、矢射ったり」
「当たり前だ」
「騎士団に男が入るのに、なんでそんな騒いでるの」
「「……え?」」
二人から目を点にされてしまった。否、二人だけではない。
「……というか」
辺りを見回すと、すっかり静寂に包まれて親衛隊員たちの瞳は全員こちらに向けられている。そう、全員が。
「ここ、女しかいなくない?」
周囲で整備や何かしら肉を焼いているような人々は、一機の視界に入る限りは皆女性。しかもかなり若く、一機と同年代くらいにも見える。どうもイメージした騎士団とやらとはギャップがあり過ぎた。
「そりゃそうですよ」
と、麻紀が突然にょきっと顔を出してきた。いつの間に来ていたのか。
「うわっ! 心臓に悪い登場の仕方すんなお前。って、なんだ「そりゃそう」とは」
「いくらこんな姿だからってヒドイ言い草ですね。まあいいでしょう、簡単に言いますとね」
そこで一旦言葉を切り、いつもの八重歯をのぞかせた小悪魔的笑みで一言。
「この親衛隊、男子禁制なんですよ」
「……は?」
数刻、一機の時間が停止して――絶叫が響く。
「はいいいぃ!? なんだそれは!? 何で騎士団が男子禁制なんだよ!」
「ていうより、女性限定の親衛隊と言った方が正しいかと。普通の騎士団には男騎士ちゃんといるそうですし」
「じゃ、なんで親衛隊だけ女限定なんだよ!」
「決まってるだろう」
ヘレナが割って入り、その自己主張が激し過ぎる胸をさらに強調させ言った。
「我々シルヴィア親衛隊は、本来女王陛下をお守りするためにあるのだからな」
「……女王、陛下? 王妃じゃなくて?」
「ああ、シルヴィアは女系国家だからな。シルヴィア・マリュース陛下も当然女王だ」
「ええー……」
驚きというか呆れというか、とにかくそのような声しか出せなくなっていた。女王が統べる国や女系社会というのは別段驚くには値しないが、一機が気にすべき点はそこではなかった。
「ってことは、やっぱ親衛隊には女しか……」
「いないぞ。まあ、お前を除けばの話だがな」
「いや、俺まだ入ると決めてないんですけど」
「だから私は反対だと言ってるでしょう! 勝手に話を進めないでください!」
グレタがさらに激昂して割って入る。なんかカオスになってきた様にヘレナもさすがに面倒になってきたのか「ああ、わかった」と返した。
「じゃあこうしよう、今だけ仮入隊だ。どうせ正式な入隊は王都で認めてもらわなければならないんだからな」
「ですから、私はそういう話をしているのでは……!」
「ていうかどうしてそんなに入隊させたいんだよ俺を!?」
「いいではないか。入隊させるさせないは別にして、この二人をこのまま放っておくわけにはいくまい? とりあえず任務を終えて戻るまではな」
さすがにこれにはグレタも「ぐ……!」と口ごもらざるを得なかった。こちらとしても別世界ということで頼れるものはない。必然ヘレナたちに身を委ねるしか方策なし。麻紀に視線を送ると、また口元だけの微笑みを返された。
「し、しかし、いくらなんでも男、しかもアマデミアンを入れるなんて……」
「じゃあいっそ、アマデミアンじゃないってことにしましょうか?」
「へ?」
間にひょいと顔を突っ込んだ麻紀が、意味不明な言葉を発した。一同の視線が麻紀に合わさると、いつもの嘲ったようないやらしい笑みを浮かべて麻紀は一機の肩をポンと叩き、
「というわけで、貴方は今日からフレーク(本名)ということで。わかりましたかフレークさん?」
「せめでシリアさんと呼ばんか!」
泣きそうな顔で手をはねのける。
「つまり、偽名でどっかの田舎者で押し通すってことか……じゃ、お前はティンカー・ベルだな」
「いやん、そんなファンタジックな名前で呼ばれるなんて恥ずかしい。せめて気軽にフェアリーちゃんと呼んで下さいな」
「悪魔同然のお前のどこがフェアリー……いや、そうでもないか。妖精ってのは古今東西悪辣でいたずら好きと決まっていたたたた、ニコニコ笑いながら耳引っ張り上げるんじゃねえ麻紀!」
ほっそりとしながら弓道部出身で意外と力がある手に、千切れるかと思うくらいの痛みを与えられた耳をさする。涙でにじんだ目でヘレナに向き直る。
「――という案が出ているんですが、どうでしょう」
「まあ、お前らがそれでいいというならそれでいいがな。で、麻紀がティンカー・ベルとやらでお前がフ」
「シリアです! シリアとお呼びください!」
これでも三日くらい悩んで決めたハンドルをネタにされてはたまらない。頭を抱えると、そこで一機は初めて自分の持っている串が焦げと肉汁の残滓しか残ってないことに気付いた。
「あ、やべ落とした」
「おいおい、食べ物を粗末に扱うなよ。どれ、新しいのを持ってきてやる」
「お待ちください。そんなことを親衛隊隊長がやってどうするんですか。……それぐらい部下に命令なさい」
なんてことを言いつつ、グレタは肉を焼いているらしき焚火の中心に向かっていった。まあ、悪い人ではないらしいと一機は理解する。
「って、別にいいですよ。落としたのは自分のせいだし、そんなに食べませんから」
「嘘つきなさい、やせのモヤシというどうしようもない人種なのに隙あらば何か食ってる人が。ダイエットならもう手遅れと思いますよ隠れ肥満さん」
「ややこしくなるから口はさむな! 言ってること七割理解できなくて困ってるだろ、たたたたた……」
「ああ、いやだいたいは理解したぞ。そう遠慮するな、どうせ余ってるからな」
え? と一機は眉をひそめた。さっきの串に刺さっていた肉はかなり大ぶりであった。兎なんというものは身なりが小さいから肉も少ないはず。かなり大量に獲ったのか?
「ずいぶん大猟だったんだな」
「まあな。最近じゃ珍しいほど出没したよ。一匹一匹解体するだけで一苦労だ」
「そりゃ、毛むくじゃらであのサイズだからな。刃物入れるのも一苦労だろ」
「なんだ、よくわかってるじゃないか。なにせ骨が太くて筋張っているからな。MN用のロングソードでも大変なんだ」
「……兎相手にロングソード? 鶏に牛刀ってレベルじゃなかろうに。普通に包丁使いなさいよ」
「何を言ってる。ウサギを包丁で切れるわけがなかろう。たしかに調理には使うが、解体はMNを使わねば話にならん」
微妙に話がかみ合ってないことを、一機はとうに悟っていた。なにより隣にいる顔を見れない相棒が、にっしっしとわざとらしい含み笑いを漏らしているのが不安にさせる。そんな空気を断つように、グレタが香ばしい匂いを手に戻ってきた。
「MNという呼び方はやめていただいて欲しいんですがね。所詮はグリードがつけた名称ですし、魔人と呼ぶべきでしょう魔人と。――はい、どうぞ」
幾度目かわからぬ苦虫カミカミな顔をしつつ串を手渡してくる。
「いいではないか、今では元老院の連中もMNと呼んでいるぞ。名前などこだわる必要はないと思うがな。MNだろうが魔人だろうが……はぐ」
肉にかぶりつくヘレナの脇で、一機は串を手に持ったまま硬直していた。ただしそれはさっきまでの思案ではなく、今しがたグレタが発した言葉に対してだった。
「……グリード、って、まさか……」
「ところで、どれくらい捌いたんだ?」
「半分もいってませんね。二十匹以上斬ったのだから始末が大変です。全部持ち帰るわけにもいきませんし、だからと言って放置したら病気の元になるでしょうし、まったく困りましたよ」
「しょうがあるまい。何せ相手は凶暴なウサギだ、倒さねばライノス周辺に被害が広がる」
「――凶暴? 兎が?」
もうなんとなく見当はついたが、万が一ということもあるので聞いてみることにした。
「あのさ、この肉って何の肉だっけ?」
「うん? さっき言ったではないか、ウサギだ」
「兎って、さあ……どんな生物」
「どんなって、お前も見たろう」
「ああ、あのどう見ても恐竜系なのに草食なんてほざいたあのトカゲ」
「そっちじゃない! お前が大怪我させられた魔獣だ!」
――間
「ええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
絶叫。いやだろうなとわかってはいたものの、絶叫せざるを得なかった。
「嘘つくんじゃねえよ! あんなどう見ても類人猿にオオカミタイプの歯をプラスした怪獣が寂しくて死んじゃうラビットなわけねーだろ! よくてビッグフットだ!」
「一機さん、ビックフットは実在しませんよ」
「知ってるよそれは! 俺が言いたいのは、兎は白くて出っ歯で目が赤くてピョンピョン飛び跳ねる抱けるサイズの生物ということでだね」
「一機さん、今時目が赤い白兎は珍しい」
「だから余計な茶々を入れるな!」
(日本人がイメージする白兎はジャパニーズホワイトという品種のアルビノで、正常な兎で目が赤いのはいない)
「お前らが何を言ってるのか全然わからんが、あの魔獣の名がウサギなのは間違いない」
よくわからない言い争いを始めた二人にうんざりしたのか、ヘレナが口を挟んだ。
「まったく、こんなライノス領の片隅にまであんな大量に出るとはな。下手すれば近くの街を襲っていただろう、結果的に来たのは僥倖だったと思わんか?」
「だとしても、やはり本来女王陛下を守るための親衛隊がこんなドルトネル峡谷辺りまで遠征しなければならないなんて情けないにも程があります」
「お前のその台詞、何度目だったかな……む、どうした一機」
「い、いや、なんでも……」
なんだか頭がくらくらしたような気がした一機は、「あー」と呻きながらまた質問することにした。
「悪いんだけどさ、もう一度自己紹介してくれないかな、ヘレナ?」
「うん? なんだ、もう忘れたのか?」
「そうじゃなくて、確認したいことがあるだけ」
変な顔をされたが、とりあえず応じてくれた。
「シルヴィア王国親衛隊隊長、ヘレナ・マリュース。――これがどうかしたか?」
「……シルヴィア王国、親衛隊で間違いない?」
「だから、何度も言ってるだろうが」
「……ここらへんは、ライドロン領にドルドルドル峡谷だっけ?」
「はあ? 全然違うぞ、ライノス領にドルトネル峡谷だ。お前何がわからんというのだ?」
「……さあ?」
と、それだけ言ったら、俺はまた意識が遠くなるのを感じた。
「ん――ああ、夢オチか」
「一番手っ取り早い現実逃避しないでくれませんかね、気絶したのを幸いとばかりに」
また寝袋から起き上がった一機の呟きを嘲笑うように麻紀が突っ込みを入れてきた。小さいランプが狭いテントの中唯一の光源となっている。
「ええと、今度はどれくらい気絶してた?」
「別にそんなには。単なる貧血ですって。傷口開いてたみたいです」
そりゃあれだけ走り回って暴れればそうなるわな、とため息をつく。
「なんつーか……すさまじく色んな事がいっぺんに起きたんで頭の整理がまだつかねえ」
「まーなんて適応力の低い方」
「むしろこの状況にあっさり適応出来る奴の神経を疑うわ。だって兎があんなんだぞ?」
「世界一外套と懐中時計が似合わないバニーちゃんでしたね。あ、肉残しておきましたけど食べます? 冷えて固まったのですが」
「……食う」
レオタードと網タイツを着た毛むくじゃらを想像してしまいげんなりしたが、とにかく腹が減っていたので一機は貪り食った。
「で、さっきの話のつづきしますか一機さん?」
「ん? ああ、これからのことか」
最後の一きれを飲み込んだ一機は、「んー」と考える仕種をすると、
「どうするかってねえ……俺ら二人いたところで、この世界でやってけるかね」
「やん、そんな私は大丈夫ですが、一機さんはまだ十八歳になってないじゃないですか」
「誰が婚姻届出すなんて話してるか。だいたい俺たちこの世界に戸籍ないだろ」
わざとらしく頬を手を当ていやいややってる女に、固まった脂がこびりついた串を投げたい衝動を必死で抑える。これくらいの自制は二年の間に一機の中で養われていた。
「まあんなことはどうでもいいとして、私たちには彼女達に付き合うしか方法がないのは事実ですね。こんなところで放り出されたらあの魔獣とやらに喰われるだけです」
「急に真顔に戻らないでくれるかな合わせ辛いから」
「今ギャップ萌えを会得しようと思ってまして」
「萌え要素てわざわざ習得する物なのかね。つーか話進まないからここで切るぞ。しかし、ついていくといったところで、あいつらこんなとこで何してんだ?」
一機も西洋史や騎士団なんてものに詳しいわけではないが、女王陛下の親衛隊なんてものは名の通り女王の傍にいて護衛する物と思うが、ここは王都より遠いはずのライノス、遠征にしちゃ遠すぎる。
「さあ? そこら辺は詳しく話してくれなかったんで。でも、魔獣退治とかじゃなくて、なんか探し物してるらしいですね」
「探し物?」
「明日、ドルトネル峡谷へ総員で向かうそうで。だから私たちを王都へ送るのはその後でと言われました」
「――どんどん出る峡谷?」
「パチンコみたいに言わないでください。ドルトネル峡谷です。そこに何か用事があるらしく、そこで任務を終えるまで世話してくれるそうで」
「なんで?」
「なんででしょうねえ」
二人揃って歯切れの悪い会話をしているのは、互いに『裏』を感じ取っていたからだ。
ヘレナが善人なのは間違いない。転移――『文明の漂流』とやら――してきて頼るもののない自分たちを助けようとしてるのも事実だろう。
だけど、他にも何かあるんじゃないかと思えるのだ。
『――まさか、お前らが……?』
そう、あの時初めて会ったヘレナは言っていた。まるで俺たちが、否、俺たちではなくても、何かが現れると知っていたかのように――
気のせいならばいいのだが、どうにも勘ぐってしまって仕方がない。そうしていると、麻紀が口元をニヤリと歪め、左目にいつものこちらの反応を楽しむ色を見せた。
「そんな気になるなら、確認しましょうか?」
「え?」
それだけ言うと、「こっちこっち」とテントの外へ誘う。顔を出すとさすがに寝静まっている。遠くで見張りの兵が気だるそうにしているが、こちらに気付く様子はなく他のテントも動きがない。
「さ、こっちです一機さん」
「お、おいおい何処行く気だよ」
質問に答えずずんずん行ってしまう麻紀を追い、一機も抜き足差し足でついていく。ちょっと進んだ先にひと際大きいテントがあり、小さな焚火の間に二人の女性が向かい合って座っていた。ヘレナとグレタだ。
「――まったく、横暴も大概にしてほしいですね」
「横暴? 失礼だなグレタ、私がいつ横暴をした。親衛隊隊長としての権限を少しばかり使っただけだぞ」
「それが横暴だと言っているのですよ」
呆れ顔でカップに口を付けた。遠いので何を飲んでいるのかわからないが、多分紅茶かコーヒーの類だろうと一機は予想した。
「どうにも寝付けなかったのでぐっすり就寝中の一機さんの胸にでも正座して金縛りごっこしようと思い忍んでみたら、二人がお茶してるのを発見して起こしに来たわけです」
「お前けが人に何しようとしてんだ。そんな姿で金縛りされて起きたら心臓止まるわ今度こそ」
ちなみに、麻紀のテントはけが人ということで看護兵付きの比較的広々としたもの。一機は一番小さいのもので思いっきり外れへと追いやられていた。悲しくないといえば嘘になる。
――まあ、隊長の裸ガン見した立場じゃ文句言えないけど。
「お、貴方今自分の処遇に嘆きつつのぞき魔であることを思い出し己を慰めなおのことボンキュッボンな裸体を回想し血流を一点に集めましたね」
「ため息一つでそこまで心読むんじゃねえ。てか、あいつら何話してるんだろうな」
聞き耳を立ててみると、どうもグレタがヘレナに対して苦言を呈しているらしいが、しかし仮にも上官なのに歯に衣着せない態度に一機は妙な違和感を感じた。
「ですからね、貴方も自分の立場というものを考えて行動してくれませんか。貴方が下手な真似をすれば、女王様のみならず、王女様の名にも傷がつくのですよ」
王女様、というと女王の娘のことだろう。女系国家なら次期女王のはずだし、直属の親衛隊が何か問題を起こせばたしかにまずい。
「グレタ……いつも言ってるだろうが。姉上は姉上、私は私。それに今の私は親衛隊隊長ヘレナ・マリュース。それ以上でも以下でもない」
「そう言っているのは貴方だけです! 騎士だろうがなんだろうが、貴方が先代シルヴィア・マリュース十七世女王陛下の第二子であり、現シルヴィア王国王女の妹であることはどんなことがあっても変わらない事実! それを自覚してください!」
「……へ?」
と、推測していたところに予想外の単語が出てきて、思わず一機は素っ頓狂な声を出してしまう。「馬鹿……!」と麻紀が口を塞いで頭を引っ込めさせたのと、二人が会話を止めこちらへ視線を向けたのは同時だった。
「……何か聞こえたか?」
「……気のせいじゃないですか?」
気付かれなかったらしい、ということで二人はホッと胸をなでおろす。が、すぐに麻紀が目を吊り上げてきた。
「何やってんですか貴方は。いきなり口からおならなんかしてそこまでへそ曲がりだとは思ってませんでしたよ。もう一回転してますね絶対」
「屁と言ったんじゃないっ。だ、だって、ヘレナが、あいつが王女様なんて……」
「阿呆なことほざいてるんじゃありません。わかってなかったんですか。散々言ってたでしょ、ヘレナ・マリュースって」
「……あ」
言われてみればその通りである。ヘレナのフルネームがヘレナ・マリュースで、女王の名がシルヴィア・マリュースなら、血縁と考えるのが自然、というより当然だ。一機の方がボケていたとされて仕方ない。
「いや……なんつーか、色々ありすぎて頭の処理が追いつかなくなってたみたいだな」
「そんな低スペックのブレインじゃ後々困りますね。このままだと過負荷かかって頭パーンしても知りませんから。ま、それより今は続き続き」
そう促され麻紀にならって一機も頭をゆっくり上げた。
「そんなことはいい。いずれにしろ、あのまま二人を放っておくわけにはいかなかったろう。どんな処遇にするであれ、今は連れて行くしか方法はない」
「よく言いますよ……」
くいとカップの中身を飲み干したグレタは、ヘレナに対してすっと細めた目を向けた。
「本当は、監視が目当てなのでしょう? あの二人が予言に出た人間ではないかと疑ったからこそ、貴方はあいつらを手元に置くべきと考えた」
監視。
グレタの言葉を理解するのに、一機の脳は少なからず時間が必要だった。
――え、な、なんだそりゃ……
ギョッとして麻紀へ声をかけようとしたら、開いた口に何か突っ込まれた。
「ふがっ!? ふが、ふがふが!」
「ちょっと黙っててください。ついでにビタミン摂取するといいですよ偏食さん」
いや、いくらうるさくてバレるかもといって、人の口に雑草突っ込むのはどうかと思う。青臭さとじゃりじゃりした小石の歯ざわりに泣きそうになったが耳は二人に傾けていた。
「予言、か――まあたしかに、聖女が示した場所近くに二人はいたが、だからと言ってあの予言自体が当たっているとは限らんからな。最近はアマデミアンが増えていると聞くし。第一、元老院はあんな話を本当に信じているのか?」
「ヘレナ様、前々から言っていますが貴方はシルヴィアの聖女様を馬鹿にしすぎです。神託を受ける巫女殿に「あんな」とは、教団に冷たい目で見られても仕方ありませんよ」
「別に聖女を馬鹿にしているわけでも、カルディニス教団にケンカを売りたいわけでもない。予言の内容自体がおかしいと言ってるんだ。『魔神』だの『怪物』だの……何の事だかさっぱりわからん。そんな曖昧な任務に親衛隊を担ぎ出されてはかなわん」
「それは……」
呆れ顔で新たに茶を注ぐヘレナに、グレタは相変わらずのしかめっ面。グレタ自身も納得いってないところが今回の『任務』にはあるらしい。
「う~ん……ここまでの話を整理すると、なんかシルヴィアで信仰されてる神の巫女さんが私たちが来るのを教えたそうですけど……『魔神』とか『怪物』ってなんのことですかね。何かの比喩でしょうか――て一機さん? 人の考察聞き流してないで相槌だけでも打ったらどうですか。小粋なジョークとかは諦めましたから」
「そんなもん求めるな最初から。ぺっぺっ、あー苦い。お前のせいだろうがこれは」
自分の口から吐き出される土臭さに嫌気が差しつつ、麻紀と同じく一機も推論してみることに。
「さっき、グレタがMNのことを『魔人』って呼んでたな。あれと『魔神』と関係あるんじゃないのか?」
「日本語だと読み一緒ですが、同一のものとは限らないじゃないですか」
「ああ自動翻訳ってややこしい……そういや、なんで別世界なのに俺たち会話が通用するんだ? それとも俺の秘められた英語力が開花してバイリンガルに?」
「あまりにも今更な疑問ですね。ですが慈悲深い聖女のような間陀羅麻紀さんが解答を授けてあげましょう……バウリンガルでもつけてるんじゃないですか?」
「俺は犬か! わかってるよ俺は英語赤点ギリだエブリディ! だからその人を心底哀れむ下半分だけの目をやめろ!」
「一機さんうるさい、バレたらどうすんですか」
誰のせいだと……と一機が叫ぼうとしたが、また草ぶち込まれる苦みを思い出しぐっと口を閉じる。親衛隊トップ2の会話は続いていた。
「まあ、あの二人に関しては監視ということで預かること自体は反対しません。しかし、親衛隊に入隊なんて必要なかったでしょう。それも間陀羅とやらはともかく、男をだなんて……」
「しょうがなかろう。王都に行ったところで、アマデミアンを世話してくれる物好きなどそう見つからんぞ。しかも一人はけが人で一人が男、こちらで面倒見るしかない」
「……それだけですか?」
「……ああ、それだけだ」
じっと、これまでとは違う心を覗くようなグレタの目に、ヘレナはあからさまに視線をそらして立ち上がった。
「今日はこれくらいにしよう。明日は準備が出来次第ドルトネル峡谷に出発するぞ。お前も備えて寝てお……」
「ヘレナ様」
背を向けたヘレナに対し、遠目でもわかるほど吊り上がった瞳でグレタは睨みつける。
「貴方まだ忘れられないんですか? ハンスのこと」
ハンス、という言葉に、あからさまにヘレナはびくりと体を揺らし、しばらく硬直した。
やがて、ゆっくりとグレタの方へ振り向くと、強張った笑みで一言、
「――忘れるわけには、いかんだろう」
とだけ言って、隊長用のテントに戻っていった。グレタも自分のテントへ去っていく。
残された二人も、無言で体を低くしつつ一機が寝るテントへ向かうことにした。
「……で」
「で?」
戻ってみて、しばらくうまくいってない見合い状態だった二人だったが、やっと口を開いた。
「ええと、どうしようか」
「どうしようかって、何がですか」
そう言われたところで、こんな妙な空気が嫌だから口を開いただけで何がもへったくれもない――と答えられる度胸は一機にせず。なので適当にでっちあげることにした。
「じゃあとりあえず、今のところのデータでもまとめるか」
「そうですね、じゃあまず一機さんの犬疑惑から」
「それまだ続いてたのかよ! 誰が何と言おうと人間だ俺は! 違くてだね、連中の会話を整理しようってことだよ!」
「ああ、そっちですか。えーと、だいたい大まかに分けていくつぐらいになりましたっけ」
二人顔を見合わせ、さっきのヘレナたちの会話を思い出してみて気になるフレーズはいくつかあった。
親衛隊が一機たちが来ることを『聖女』の『予言』で知っていたこと(一機たちとは限らないが)。
その『予言』には、『魔神』やら『怪物』など他にも続きがあること。
それを見極めるために、一機たちを手元に置くことにしたこと。
「あとはまあ……『教団』とか『元老院』なんてのがあるってことくらいか」
「おや、もう一つ気になるとこがあったはずですが」
「――そうだっけ?」
とぼけてみせるものの、一機の視線は麻紀から完全に外されていた。
「ともかく、その『予言』ってのが気になるな。『怪物』だの下りはともかく、俺たちのことを語っていたらしいしな。ひょっとしたら、これと関係あるかもしれん」
そこで、一機が自分の胸ポケットから取り出したのは、またいつの間にか入っていたアマダスだった。
「あ、それ下手に取らないでくださいよ。なんかそれ付けてるとケガの治り早いそうですから」
「なに? このパワーストーンそんな効果もあんの?」
「ええ、他にも色々あるそうですが、詳しくは聞いてません。そこまでデカいの貴重だそうですから、大事にしてくださいよ」
「貴重ねえ……タダで送られてきた石がかい?」
こちらへ来た原因がこのアマダスであるのなら、『予言』とこの石は何らかの因果関係があるのか、あるいは本当に予知したとでもいうのか。オカルトは信じないタイプの一機だが、今更そんなことをほざく気はない。
「ま、今日はもう遅いし寝ませんか? シルヴィア王国騎士団親衛隊の方と寝床を共にしてきますので、一機さんもどうかおやすみ。おっと、シリアさんでしたっけ?」
「お前はその呼び方すんな。――ええと、シルヴィア王国で間違いないか? シルヴァキャアとか」
「なんですかその可愛いどうぶつさんのホラーハウスみたいな名前。間違ってないですよ、メガラ大陸にあるグリード皇国と対立しているシルヴィア王国で正しいです」
「――ああそう」
また気が遠くなりそうだったが、なんとか我慢して返事をした。
メガラ、グリード、シルヴィア。おまけにライノス、ドルトネル。どれも一機と麻紀二人には聞きなれた単語だった。
なにせ、昨日まで愛機とともに暴れ回っていたのだから。
「……鉄伝のロボットてさ、MKだったっけ?」
「MNですね。Metal(メタル) Night(ナイト)、鋼鉄の騎士だったらKnight(ナイト)ですから鋼鉄の夜と訳すべきだけど意味わかりませんよね」
そうだった。MNとは鉄伝、『アイアンレジェンド』におけるロボットの総称だったのだ。すっかり忘れていた。
そしてメガラ大陸は鉄伝の舞台、グリードとシルヴィアは敵対している大国。ライノス領とドルトネル峡谷なんか昨日いたところだし。
つまり、この世界は『アイアンレジェンド』の世界ということになる。
「俺、鉄伝のストーリー設定とかあんま覚えてないんだけど、麻紀わかる?」
「興味なくて読まなかっただけでしょ。鉄伝にそんな詳細なストーリーなんてありませんよ。単にグリード皇国と『女系』国家シルヴィア王国が対立してるってだけで」
「女系の部分わざわざ強調しなくていいです」
そう突っ込むしか一機にはできなかった。他にどうしろというのか。
しかしながら、あのアマダスは一機にとっての兎だったのは間違いないが、不思議の国や鏡の国ならともかく、よりによってまさかゲームの国に迷い込まされるとは思わなかった。幼いころの自分が知ったら唖然とすること確実だ。
「しかし、今更なんですが荒唐無稽極まりない話ですよね。未だに夢見てるんじゃないかと疑いたくなります」
「よし、だったら目覚めさせてみよう。顔こっちに向け……いだだだだ、お前が俺の頬つねって何の意味がある!」
「いやだって、そういう返答をさせるために言ったんですもの」
またいつもの嘲った笑みで馬鹿にされる一機。それにしても麻紀も結構な大けがのはずなのに元気なもの。このバイタリティには平伏せざるを得ない。
「さて、と。今日のところはこの辺でお開きとしませんか。これ以上議論のしようないし、さすがにおねむの時間ですねこの世界の時計持ってませんけど」
「体感時間としては俺達鉄伝で敵MNを撃破しまくってる時間だけどねー、こんな状況でもフリーダム健在だなお前。わかったよ、今日はもう寝るとしよう」
では私は病人専用テントに戻りますので、ああ見送りは結構です。ヘタレフレークさんがウルフさんにクラスチェンジされたら困りますのでうふふふふ、なんて嘲笑(わら)う麻紀に突っ込む気力もなく、ドッと疲れが出て寝床に倒れ込む。
「はあ……」
ため息一つ吐いて、今日一日――と呼んでいいかどうかわからないが――のことを思い返してみる。しかし出来事の密度があまりに濃過ぎて全部再生するのは困難を極めた。
日常が一気に崩壊するのは、一機にとって初めての経験ではない。自らの不実が原因とはいえ、見据えていたはずの未来を喪失した感覚は忘れ得ぬ痛い記憶である。
だが今回は、あの時とは崩壊の度合いが段違いだ。
失ったものばかり見つめ、退屈な今の世界(にちじょう)に飽き飽きして、外套を着た兎を求め続けていた自分。生ける屍状態だったこの身に、今日突然衝撃が走った。――正確には、突き刺さっただが。
「あーでも結構治ってるな。この石本当すげえんだな……売れば大儲けできそうだけど」
「やめといた方いいですよ。こっちではその石色々使える便利グッズだから、盗賊とかが採掘場襲うなんて被害絶えないらしいので狙われますよ」
「わっ! まだ戻ってなかったのかお前」
テント入口からにょきっと眼帯をした顔をのぞかせている麻紀。ふらふら向日葵ぶら下げて揺れる三つ編みがかえってホラーを演出している。
「何気に怪我したけど結構ピンピンな一機さんが、いきなりの環境変化にオロオロ戸惑いつつラッキースケベ的役得で見られた美女の全裸にムンムンして、寝ようにも眠れず寝袋の中でゴソゴソとある一定部分に血流を集中(ギンギン)させようとした一機さんとたまたま偶然そんな気はなかったのにはち合わせてしまい、きゃーんもうえっちーなラブコメ的ハプニング展開をしようとしたんですがちょっと早すぎましたか。始める気だったならそのままOKですよ」
「しねえよ何にも! なんだその計画性ありすぎるハプニングは! 今時そんな展開誰もやんねーよ馬鹿!」
見た目からするとこっちの方が重症な気がするが、こんないつも通りの人を小馬鹿――大馬鹿でいいか――にする態度を取られると同情できなくなる。大したことないらしいし。
「でしたらさっさと夢の世界へダイブしたらいかがですか。良い子はおネムの時間ですぜグッナイ。あ、一機さんは悪い子でしたか」
「そのネタはさっきやったろーが! お前がいちいち絡むから寝らんないんだよ! わかったからもう出てってくれ麻紀!」
ほとほと嫌気がさして麻紀をテントから追い出した。やっと寝られると一息つけたところ、再び麻紀が頭を入れてきた。
「あ、そうそう一機さん。明日のことなんですが」
「だからお前いい加減に……明日?」
「貴方の怪我は今のところ血がドバドバ出て調子悪いですが、アマダスの効用も相まって明日明朝くらいにはもう問題ないくらい回復するそうです」
「……はあ」
明日という一機にとって不安と幾ばくかの期待を感じさせる言葉につい反応すると、麻紀はなんの脈絡もなく一機の体調について話し出す。相変わらずわけわからんと一機が生返事をしたら、
「……だから、明日は大変かもしれませんって」
と、本日最高レベルの歪んだ笑顔をかまして悪魔は去っていった。
何かものすごく得体のしれない不安と恐怖をあおられた一機だったが、さすがに疲れ果てた肉体は休息を求め寝袋に入る。が、今日一日起こった様々な出来事(と麻紀の嘲笑)が頭から離れず、数刻かかってようやく眠ることができた。
正確には、ほとんど寝られなかったのだが。
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