暖冬傾向で、ゴルフ場の予約が多い!
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
368900
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
Last Esperanzars
第一話 地より這い出し亡霊(前編)
夜の星空に手を伸ばしても、一回も星を掴めたことがなかったし、地平線に沈む太陽を追っかけても、近づくこともままならずそのまま行ってしまう。
世界はこんなにも広くて、自分はなんてちっぽけなのだろう、と幼心に思った。
でも別にちっぽけなのが嫌なんじゃない。ただ、ちょっと思っただけだ。
こんなにもちっぽけな自分が、こんなにも大きな世界に対して、何ができるのだろうかと。
――2060年、七月二十一日、東京
『総帥、こちらはもうだめでがはぁっ!』
『だめだぁ、振り切れない! 総帥、総帥、総帥ぃ!』
闇夜に炎の花が咲いた。また一人、いや二人同胞が死んだ。同じ理想を目指した同士だったのに。
「おのれ……セイヴァーズ……!」
古代ロボット兵器BW(バトルウォーリヤ)マルスの40mを越す巨体の中で、ゲルダー教総帥ビド・ゲン・ジュデガは一人呻いた。
これで我がゲルダーのBWのうち半数が失われた。世界制覇のために貴重な戦力を、この廃墟と化した東京で、この戦いだけで半分も失ったのだ。埋め合わせなどできない。機体ならまだしも、戦士たちは帰ってこないのだ。
ピーピーピーピーピーピーピー!
突如警告音が鳴る。後付された計器が敵機の接近を告げている。
「雑魚めぇ! 失せろぉ!」
手に構えた巨大な紅の剣を向かってきた人型機動兵器AD(アサルトドール)群に振りかざす。剣から生まれた業火は波紋の如く空に流れ、AD群を飲み込んだ。
「ふん……ADでBWを止められるものか。やはりセイヴァーズはソドムを起動できていないようだな。まだいけるか」
このマルスと同型機であるソドムならば、相討ち、もしくは撃破も可能だ。だがそれは起動できればの話。ソドムは発掘時から損傷がひどく、修復にだいぶ時間がかかっているらしい。他のBWを圧倒する性能を持つマルスならば、一機でも勝利することは出来る。
『うおおおおおおおおおおおっ!』
「!?」
突然獣のような咆哮が通信機から飛び出してきた。白銀の巨人が迫ってくる。
「シルヴァブレイク、白夜零(びゃくや ぜろ)か!」
セイヴァーズ一と名高い魔術師、そして戦士が単身突撃を敢行してきた。自分一人さえ倒せればこの戦いは終わる、そう思っているのだろう。
「ふっ……甘いわあ!」
ガキィン!
『うわぁ!』
構えたギガサーベルを機体ごと弾き飛ばす。本当に甘い。一機でこのマルスを倒せると思ったのも、私を倒せばゲルダーは終わりだと思ったのも。
そんな生易しい組織ではない。地球の制裁と呼ばれる四十年前の大寒波の中、アフリカの奥地で苦行の果てに古の巨神に触れ、BWによる世界制覇、恒久的平和の実現を願った我ら同士。列強白人たちの傲慢から世界を解放しようと、賛同した同胞。BWを操縦するために自ら死に勝る苦痛に耐え忍んだ戦士たち。決意が違う。覚悟が違う。極東で白人たちの恩恵を貪っていた国の民などに、負けるはずがない。
「……その上、セイヴァーズの主力である戦士はほとんどが余輩二十にも満たぬ若輩。そんな若造でこの私を倒せるわけがない」
『くっ……!』
『零、連携で行くわよ!』
新たな声が聞こえた。確かBWフレイムザウラーのパイロット、竹本流(たけもと ながれ)だったか。フレイムザウラーの紅い巨体がシルヴァブレイクに寄り添うように近付いてきた。
「来い、セイヴァーズ最強の戦士よ。貴様ら二人を屠れば、この世界に我らゲルダーに立ち向かえる存在はいなくなる」
『それはこっちのセリフよ! 行くわよ、零!』
『おう!』
フレイムザウラーが最大出力で突進してくると同時に、シルヴァブレイクの肩に装着されたマジックカノンが火を吹く。接近戦主体のフレイムザウラーをシルヴァブレイクが援護するということだろう。やはり甘い。
剣を眼前に構え、意識を集中させる。刃から炎が生まれ、どんどん巨大になっていく。
「そんなものが、マルスに通じるものかぁ!」
ゴオオオオオッ!
『きゃあああああっ!』
『ぐわあああああああっ!』
剣から生まれた業火はフレイムザウラーを押し返し、後方のシルヴァブレイクにまで及ぶ。吹き飛ばされた二機はそのまま大地に墜落した。
『く……くそ……っ』
『ダメ……性能が違い過ぎる……』
「ようやく理解したか。愚かな者達だ。妹君のように我らと共に世界を一つにせんとしたら、真の友と、同士となったかもしれぬのに」
『……! 樹はお前らが利用しているだけだろ!』
「笑止!」
利用、の一言に、平常心が崩れ激怒しているのが自分にもわかった。だが止める気はない。
「利用だと? それはゲルダーにとって、私にとって、そして戦士樹にとっても侮蔑極まりない。彼女は自らゲルダーの意志に呼応してわが同士となったのだ。貴様らに何がわかるか!」
『樹を……妹を返せ!』
「それは彼女自身が決めること。兄とはいえ、他人が関わっていい話ではないわ!」
『ジュデガぁ……ぶっ殺してやる!』
『零……』
零の憎しみを露にした言葉と、流の辛く、悲しそうな同時に聞こえた。恐らく零は聞こえていないだろう。自分しか見えていない男が。
「……貴様ら子供の相手も疲れた。そろそろ終わりにさせてもらうぞ」
止めを刺そうと、全身に力を込める。力はオーラとなり、炎に変換されて機体全体を包み込む。
『おのれぇ……』
『もう……ダメなの……?』
「さらばだ。愚者共……!?」
ぞくりと、悪寒と言うには強すぎる寒気が襲った。こんな寒気は地球の制裁事件以来、いやそれ以上だ。
「な、なんだ、これは……!?」
計器を見てみたが、機体内部の温度は低くない。むしろ高いくらいだ。だとすると、これは温度が低いのではない、殺気が冷たいのだ。
「だ、誰だ、この私をここまで怯えさせるのは……」
ガクガク震えてまともに機能しない腕を動かして周囲を詮索する。殺気の感じる方向に敵機はいない。
「……いや、違う」
違う。敵機ではない。BWでもADでもない。セイヴァーズでもゲルダーでもない。この戦場で戦っている者ではない。
「……!」
いた。
見つけた。その存在を。
機体後方にそびえ立つ捩れた赤い塔、かつて新東京タワーと呼ばれた塔の頂上に、黒いコートを身に纏い、フードで顔を隠した者がいた。
捩れたとはいえ高度五百メートルは下らない塔の頂上で風に揺さぶられながら、それでも姿勢を全く崩さずこちらを見つめている。
「…………」
どんどんカメラをズームしていく。自分の見ているものが信じられない。否定するために確認しようとすればするほど否定できなくなってしまう。
その存在は、かなり小さかった。BWの巨体からすれば人など蟻のようなものだがそうではない。人間としても小柄な方だろう。背格好からすれば今のBWパイロットよりも年下のはずだ。
だが、そんなわけはない。先ほど感じた、今も感じている殺気、怖気はそんな子供が出せる代物ではない。自らの全てを見通され、視線だけで命を奪われていくような悪魔の牙だ。
悪魔の正体を知ろうと、ズームを繰り返していく。知らぬほうがいいと命の危険を感じた体が懇願しているが、そんなものは通用しなかった。恐怖と共に、好奇があったのだ。
やがて、顔がわかるまでズームされた。
「……馬鹿な」
そこにあったのはやはり子供、少年の顔だった。東洋系だろうか。とにかく少年なのは間違いない。
しかし、とても信じられなかった。いくら目を凝らしても結果は同じ。コクピットを開いて肉眼で確認したかったほどだ。
その少年がかもし出しているオーラは、年不相応という言葉では片付けられないほどだった。さっき止めを刺そうとして自分が出したオーラのほうがよっぽど子供じみている。圧倒的にして絶対的な力の差を肌で感じていた。そしてなにより、恐るべきはその瞳。
「う……うあ……」
心臓が握り潰されそうになる。目を逸らすべきなのだろうが、体が凍り付いて眉一つ動かせない。
その少年の眼光は、『光』と呼ぶにはあまりにも暗かった。黒く、澱んでいた。光全てを飲み込まんとするブラックホールの如く、闇に包まれていた。
その漆黒の瞳で私を、いやこの戦場のもの全てを見ている。どういった心でだ? 憎悪? 憤怒? 嫉妬? 悲哀? いや、どれも違う。これは――
――これは、『軽蔑』?
その単語がピッタリはまった。どうしてなのかはよくわからない。しかし、その少年の瞳はここに存在する全てを否定し、軽蔑していた。
新東京タワーの頂上から、少年は全てを見下して、いや、『みおろして』ではない。『みくだして』いた。セイヴァーズを。ゲルダーを。そして、世界を。
「……何故、だ……」
それは少年に対するものではなく、自らに対する問いだった。少年の瞳が放つ軽蔑の光にやられたのだろうか。己がひどく矮小なものに思えてきた。命も、位も、存在すら。
『うおおおおおおおおおおっ!』
『これで、終わりだああああああああっ!』
「!? しまっ……!」
怒声に現実に引き戻されると、シルヴァブレイクとフレイムザウラーが突撃してきた。こちらが怯んでいるのをチャンスと見なして、ボロボロの機体で最後の勝負に出たのだ。
とっさに迎撃しようとするが間に合わない。シルヴァブレイクの白銀の魔弾が頭部を砕き、フレイムザウラーの炎の拳がコクピットに突き刺さる。
「ぐふっ……!」
拳は腹を潰し、炎がコクピットを包む。身を焼かれ、意識が遠のいていく。
負けた。この私が。ゲルダー教を束ね、新世界へと導かねばならぬこの私が。ソドムを抜かせば最強のBWであるマルスが。ここで滅ぶのか。しかし、不思議と悔しさはなかった。ふと、半壊しながらかろうじて機能を維持しているモニターが目に入った。
モニターにはまだあの少年が映っている。それで全てを理解した。
そうだ。私はあの少年に負けたのだ。決してセイヴァーズなどという子供の集まりではない。平和ボケした国民が持ちえぬ強靭な意志と魂の持ち主に。その、存在に。
――この国にも、戦士がいたのだな――。
永遠の眠りにつこうとしながら、少年に敬意を表したいと心から願った。
――2060年 七月二十一日 旧日本首都東京において、古代魔術的人型機動兵器BWを使用した民間防衛組織セイヴァーズと巨神宗教結社ゲルダー教との戦争、後にBW戦役と呼ばれる戦いは終結した。
戦闘は両者互いに全戦力を傾け、BWと魔術師のほとんどを消耗するも、ゲルダー教総帥ビド・ゲン・ジュデガの戦死によって形勢はセイヴァーズ有利となり、戦いはセイヴァーズの勝利で終結した。
この東京湾戦において、総帥ジュデガの他に両組織の主要メンバーとしてはセイヴァーズの技術者兼BWパイロット白夜鈴菜(びゃくや すずな)、及びゲルダー教戦闘要員白夜樹(びゃくや いつき)が死亡している。
六年近く前から実戦使用されていたADはBWには有効打とはならず、BWのデータによってさらに兵器として発展することになる。
後にゲルダー教の遺志を受け継ぐゲルダーツヴァイなる組織が誕生するが、ここにひとまず巨人達の戦いは終結したのであった。
――しかし、その戦いを終結させたのは、BWでも魔術師でもなく、たった一人の少年の瞳であったと知る者は、ごくごく少数である――。
――2063年 一月十三日 日本某所
「……寒っ」
厚手のコートの下でブルリと震え、すぐ周りをキョロキョロ見回す。見られなかっただろうか。部下からは鬼上官富田英敏(とみた ひでとし)として恐れられているこの俺が、寒さには弱いと知られれば人生終わりだ。
三百六十度、目印の赤い門も白く染まっている雪景色の中には、誰もいないらしい。ホッと胸を下ろす。顔に刻まれた無数の傷が緩む。
四十の坂を越した身なのだから当然だという意見もあったが、それでもまだまだ若いものには負けないと自負している。ADの導入で通常兵器の要員が多数リストラされていく中、数少ない生き残りの古参兵としての誇りというものがあるからだ。――まあ、海自は元々リストラが少なかったのだが、同期の連中はだいぶ減ってしまった。潜水艦乗りとして引退の時期かもしれない。そう思った時期もあったが、すぐに気合を入れなおした。問題ない。俺はまだ戦える。
「しかし、寒いな……相模の奴何してるんだ? こんなところで待ち合わせとは……」
ADの波に耐え切れなくて空自を辞めた相模が突然電話をかけてきた時は驚いた。しかも一時駐留していた嘉手納基地の秘匿回線に。どうして辞めたあいつが自分がいる場所など知っているのか。こんな場所を待ち合わせにするなんてなんのつもりかと思ったが、用件だけ言ってすぐ切ってしまった。あいつは昔からそうだ。自分の都合し考えていない。迷惑な男だ。
「……ん?」
ふと、視界の端にあったものに目を留める。地面を埋め尽くした雪の中、フキノトウみたいに頭だけ出している。なんか石のようだが……。
「なんだこりゃ……?」
気になって彫ってみることに。やはり石だ。雪を払ってみる。手袋越しでも冷たさが伝わってきてきつかった。
やがて、全体がはっきりわかるほど掘り出した。
「……これは」
「富田、待たせて悪かった……何してる?」
唐突に後ろから待ち人の声がしてビクッと震える。ただしこれは寒さからではない。
「さ、相模……か?」
「そんな所に座り込んで何をやっている?」
振り返ったそこには、やはり相模慎一郎(さがみ しんいちろう)がいた。七年前に空自を辞めた時とまるで変わっていなかった。金縁メガネのインテリ風容姿も、自衛軍人独自の風格も残っている。歳を感じ始めた自分がひどく愚かな者に思えてきた。
「い、いや、何でもない。遅かったな」
「……ああ」
いまだに怪訝な顔をしている相模の顔にビクビクする。こいつは勘がいいからな気をつけねば。話を進めるべきだ。
「で、何の用なんだ? そもそもどうして俺が嘉手納基地にいることを知っていた? お前七年間消息を絶ってなにをしていた?」
「まあまあ、そう質問攻めにしないでくれ。詳しい話は車の中でどうだ?」
そう言って、後ろの車を指差す。車で来るなと言って来るからわざわざ寒い思いして歩いて来たというのに、こいつはぬくぬく車でのんびり来たのか。なんかムカついてきた。
「ふざけるな。急に呼び出しておいて車に乗れだと? 機密事項の秘匿回線使ってきた怪しい奴の車になんか乗れるか」
「……まあ、それもそうか」
自らの不審さに気がついた様子で、顔をポリポリ掻いた。いや、これは演技だ。目が笑っている。そりゃそうだろう。呼び出すだけなら秘匿回線など使う必要などない。普通に呼べばいい。にもかかわらずそんなものを使ったのは、最初からこういう対応をするよう仕向けたのだ。いいように遊ばれている気がして、さらに不機嫌になる。
「どういうつもりだ? こんな手の込んだ真似して。事情を説明してもらおうか。貴様なにを考えて……」
「自衛軍辞める気はないか?」
「……は?」
キレかかっていたところに投げつけられた一言に少々思考が停止する。多分今の俺の顔はピエロよりおかしいだろう。事実相模が笑いをこらえている。
「……辞める? 海自をか?」
「ああ、海自を、いや自衛軍をだ」
「……本気で言ってるのか?」
「無論だ」
竹を割るかのようにきっぱり言い切るこの男が信じられなくなった。空自と海自の違いはあるにしろ、共同作戦の時からの長い付き合い、とっくに互いに酸いも甘いも知り尽くしていると思っていた。中学卒業と同時に海自少年兵になったこの俺の人生から潜水艦を無くせば何も残らないことくらい知っているだろう。防大卒のエリートのくせに実働部隊に入った物好きとはわけが違う。自衛軍を辞めて他に何をしろと言うんだ、こいつは?
「勘違いするな。潜水艦から降りろと言ってるんじゃない。転職だ。自衛軍の旧式艦から降りて、新しい職場で最新鋭艦に乗ってみないかと言ってるんだ」
「……なんだと?」
まるでわからなくなった。転職? 新しい職場? 何を言っているんだ?
「ああ、国連軍のスカウトか? だったらお断りだ。統一政策だか知らないが、あんな国際法無視の連中なんかの下にいられるか」
「……国連軍?」
くくくくくくくくく……とこいつには似合わない下卑た笑いを漏らした。違ったか? 確かに相模の信条には国連軍は合わない。ではなんだ? 最新の潜水艦に乗れる他の場所なんかあったか? 他国に亡命でもしろ言うのかこいつは?
「……まさかセイヴァーズとかゲルダーツヴァイじゃないだろうな。冗談じゃない。あんなのに付き合えるか」
「……はは、はははははは!」
ついに堪えきれなくなったのか、大爆笑した。いよいよついていけなくなった。何がそんなにおかしいんだいったい?
「笑ってないで話を進めてくれないか? 俺をどこに引き抜こうというんだ?」
「あ、ああ、すまない……くくく……」
まだ笑っている。こんなに笑う男じゃなかったのだが、七年の歳月はこいつをどうしてしまったのだろう。
「そんな組織じゃない。安心しろ。というか、今のところ戦いとは関係ない場所だ」
戦いに関係ないというのは別に気にならなかった。自分は別に戦闘狂ではない。まあ相模もとりあえず言っただけのようだが。しかし『今のところ』という言葉が気になった。
「今のところとはなんだ? いずれは戦争でも起こす組織だってのか?」
「あー、そうかも知れんな。化け物相手に」
「……なに?」
化け物? 化け物と言ったか? もはや完全に理解の範疇を超えていた。わけがわからない。ついていけない。こいつはいつオカルト人間になった?
「まあそれはいいとしてだ、今は化け物のことは気にするな。当分戦闘はないだろう」
「……戦闘がないのに生粋の攻撃潜水艦乗りに何しろってんだ?」
「宝探し」
「…………」
今度こそ言葉を失った。どうもこいつは突拍子も無い発言でこちらのリアクションを楽しんでいるようだ。にやにや笑いが絶えない。消えかけていた怒りの炎がまた燃え出してきた。
「土掘りなら陸自の仕事だろ? それでも海底遺跡でも探せというのか? ムウかアトランティスでも」
「ムウが正解だ。正確ではないがね」
「……いい加減にしろよお前。忙しい合間を練って来てやったってのに、笑い話に付き合う余裕なんかないんだぞ俺は」
もうほとんどキレていた。ただでさえゲルダーツヴァイの動きが激しくなってきて、自衛軍全体に臨戦態勢が下っている最中に、そんな冗談に構っている暇など無い。目の前の男を殴り飛ばしてやろうかとさえ思ってきた。
「怒るな。これでも真面目な話だぞ。上手くいけば、俺たち四人の悲願が果たせるかもしれない」
悲願、の一言に固まる。いつの間にか相模の目にからかうようなものは無くなり、昔と変わらぬ真摯な瞳があった。
「……悲願、だと」
「そう。悲願。かつて俺たち五人が誓った悲願だ」
その言葉を出したからには、相模が言っていることが冗談ではないのがわかった。生半可なことで使っていい言葉ではない。まだ五人が十代だった頃、世界の狭間で揺れ動くこの国を憂いた者たちが願ったもの、目指したもの。決して違えぬと心に刻んだ言葉。だが、旧体制から変革するのを拒む古参者たちのせいで誓いはいつの間にか風化していった。忘れ去っていたといっても正しい。
その悲願を果たせると言った。あくまでかもだが、言ったからにはそれは真実だろう。それが相模慎一郎という男だと、経験で知っていた。
「……何をすればいいんだ、俺は」
フッ、と相模が笑みをこぼした。腹をくくったとわかったのだろう。やはり勘がいい男だ。
「今はほとんど仕事は無い。本格的に動くのは春辺りだろうな」
「わかった。……で、結局なんなんだいったい? 具体的に話してくれ」
「そうだな……超古代より眠り続けるお姫様に接吻する、かな?」
「…………」
やっぱり止めようかと思った。
「ああ、逃げるな逃げるな。詳しい話は車で移動しながら話そう。会わせたい人がいるんだ」
「……仕方ないな」
ため息をついた。ついていくと決心したもののどうも不安だ。とりあえず車に入ることに。さっきまで感じなかった寒さの感覚が目覚めてきた。と、ドアに手をかけた相模の手が止まった。
「豊田、あのシーサー持って帰らなくていいのか?」
「……気付いてたのか」
またからかう笑みに戻った。とっくにバレていた様子だ。先ほど掘り出したのはシーサーの置物だった。風で飛ばされたとは考えづらいから、多分誰かの忘れ物だろう。こんなものを忘れる奴は神経疑うが。
「……不思議な光景だよな」
「……そうか?」
ふと、相模が呟いた。周囲を見ながら感慨深く。
「だって、もし四十年前の人がこの景色を見たら、絶対信じなかったろう?」
その時ひときわ強い風が吹いた。門の雪が風にあおられ地に落ちる。
「ここが……沖縄だなんてさ」
赤い守礼門に『守禮之邦』と掲げられた扁額が、やたら白い世界に映えた。
――2023年、地球全体が異様なまでに寒冷化した。後に『地球の制裁』と呼ばれる大寒波である。世界の最高気温は-三十度以下となり、氷河期並みの低温が世界を雪と氷に包んだ。この異常寒波によって世界は大きく変わった。まず北極と南極を中心に氷河が広がり、北極は津軽海峡、南極はオーストラリアの半分までの緯度が氷河に飲み込まれ永久凍土と化した。異常寒波によっての死者は、七十億人いた世界人口を半分以下に落とした。中でも特に酷かったのはヨーロッパ地方とオーストラリアで、国の存続すら危うくなってしまった。人類はパニック状態に陥り、各地で暴動が発生。自国民すら救えぬ有様では他国のことなど構っていられず、国連は形骸化した。
その後、月日の経過と共に気候は回復していったが、いまだに世界平均気温は災害前の-十度以下で、世界の三分の二を飲み込んだ永久凍土も溶けてはいない。依然として世界は冷え切っていた。
――2063年 四月十八日 南関東州 神奈川県 神無宅
「ふあ……」
布団からもぞりと顔を出した。部屋の壁時計を見てみると、午前七時。ちょっと遅いが、まあ許容範囲内か。茜は今日朝練だし、二時間もありゃ間に合う。
「さて、起こしてくるか……」
茜からもらったパジャマを脱ぎ捨ててタンスから服を引っ張り出す。それにしても、自分で言うのもなんだが質素な部屋だ。四畳半の部屋にタンスと布団と机しかない無茶苦茶寂しい部屋。布団を畳むととたんに広くなってしまう。冬とか妙に寒く感じるんだよなここ。二階だから窓とかうっかり開けといたら最悪。
「……んなこたいいんだ。さっさと始めないと……」
ちょっとボーッとなっていた。まだ完全に覚醒していないようだ。シャツとズボンに履き替えると、一階へ降りて台所へ。
「あ、茜の馬鹿、またほっぽって行きやがったな……食器はせめてシンクに入れろとあれほど……しゃーないなまったく……凪ー? まだ寝てんのかー?」
テーブルにそのまま置かれていた朝食の跡をシンクに持っていって洗う。もう完全に主夫だよな俺、と今更ながら思ってしまう。
と、廊下を歩く音が聞こえてきた。やっと起きてきたかと声をかけようとしたが、なんか変だ。音がおかしい。小さすぎる。
「あら、もう起きてたの、夕くん」
「……なんだ、牡丹か」
目の前にいたのは、ウェーブのかかった茶髪にパッチリとした黒い瞳を持つのほほんとした女性だった。外見からすると二十代かそれ以下。しかし、俺はそうではないことを知っている。
「茜ちゃんもう行っちゃったんだ。ああ、いいわよ私がやるから」
「いいですよこれぐらい。毎度のことですから。それより、凪の奴起こしてきてくれません? まだ寝てるみたいで……」
「あらあら、わかったわ。でも、お父さんを呼び捨てはやめたほうがいいわよ」
それだけ言うと、一階の凪の部屋へ向かっていった。最後爆弾投下していきやがったあのアマ。
「……いいじゃねえか、茜も時雨もいないんだから」
皿洗いを続ける。朝食の煮物は昨日作っといたから、あとは煮直しゃいい。鍋を電熱器にかける。段々と匂いがキッチンに充満していく。テレビを点けると、ニュースが流れていた。
『……の後を継ぐ形で誕生した新社会設立を目指す秘密結社ゲルダーツヴァイは、アメリカ合衆国及びオーストラリアと強力して国連軍と交戦状態に突入しましたが、中国政府と自由アメリカ共和国は国連軍への協力を拒否、また、ロシアでも不穏が動きが見られています。これに対しヨーロッパ連邦共和国とセイヴァーズは、それに対して新型RS(ロボットシステム)AA(アサルトアーマー)部隊を正式に導入する事を決定。現在戦闘準備が行なわれており……』
そこまで聞いてテレビを消す。胸糞悪くなって悪態をついた。
「……なにがゲルダーだセイヴァーだ。どいつもこいつも……ん?」
廊下が断続的に悲鳴を上げてるかのような嫌な音がした。まあこれも毎度のことだが。よく穴が開かないもんだ。
「ふあああああ……おはよう、黄昏」
「……おはよう」
台所に突如巨大熊が出現。知らない人が見ればそう思うだろう。しかし実際は異なる。たとえ2m近くあろうとも、もじゃもじゃだろうとも、こいつはれっきとした人間、神無凪(かみなし なぎ)である。ドワーフみたいな容貌しやがって。髭を剃れ、髪を切れと言ってもめんどくさがってやりゃしないんだから。――まあ、すぐに元に戻るんだけど。雑草みたいな奴。
「すぐ出来る。待ってろ」
「おう」
そのままズシンと椅子に座る。なんかミシかベキか嫌な音がした。あともうちょっと椅子壊れるな。これで大台突破か?
「――だから、もうちょっとゆっくり座れよ。そう何度も椅子ぶっ壊されちゃやってらんないよ」
「ああ、すまんすまん」
皿を並べながら注意。こいつ、この無駄にでかい巨体は命令伝達がかなり遅れるらしく、挙動を筆頭に全てがのろい。注意なんて耳から入って伝達されるまでどれぐらいかかるかタイマーで測りたくなるぐらいだ。途中で伝達信号が疲れて寝てるんじゃないかと思うぐらいいくら言っても改善されないもん。
「あらあら、相変わらず乱暴ね。ダメでしょっていつも言ってるのに」
「――勘弁してくれよ、姉さん」
『姉さん』の一言にまた眉をひそめてしまう。ずいぶん経ってるのにいまだ信じられない。
こののほほんお姉さんが、このドワーフの姉、神無牡丹(かみなし ぼたん)なんてさ。これで四十六、凪の一つ年上なんてすぐ信じられるのはごく少数だろう。ゼロと言っても過言ではないかもしれない。
「茜は……?」
「行った。ほら、さっさと食っちまえ。時間ないだろ」
テーブルに朝食を並べる。キンキはさすがに季節外してたかな? ま、許容範囲内だろ。
三人揃って食べ始める。最近は茜が部活忙しくなったのでこれが日常風景となってしまった。……二年前まではこれが普通だったけど。
「ちょっと凪、またこぼしてるわよ」
「じ、自分でやるからいいよ姉さん……」
箸からこぼれた飯粒を牡丹がティッシュで取ろうとするのを止めさせようと抵抗している。確かに四十過ぎてそれはきついかもしれないが、箸も満足に使えない自分のほうが問題だと思う。でもあんなウインナーみたいな太い指で物を満足に使えというのが酷といえば酷かもしれない。あんまりきつく言うわけにもいかん。一応息子に注意されたらショックだろうし。こいつにそんな神経ないけど。
「……ごっぞさん」
「あれ? もう終わったのか。早いな」
「お前が遅いんだよ……浴室洗っとくぞ」
なんか新婚カップルみたくなっている二人を尻目に早々と食い終えて片付ける。シンクに食器を入れて、仕事場に入ることにする。二人に付き合って飯食ってると開店時間に間に合わん。
災害後の世界は、以前と大きく変化してしまった。それぞれ一国として維持できなくなったヨーロッパ各国がEUを母体として一つとなったヨーロッパ連邦共和国。それに順ずるかのように各地で連合化が進んでいった。この動きは、若手思想家や知識人から『世界連邦政府樹立への動き』としてもてはやされる。インターネットなどの世界的ネットワークも災害後から回復していった時代、人々から『国境』の意識は薄れていった。力を取り戻していった国連はその動きに契合、新たに『国連軍』を擁立、各国に軍縮を要請していった。
しかし、それが国連を牛耳る超大国アメリカと先進国主導の世界の権限掌握に過ぎないことは誰しもがわかっていた。だだでさえヒスパニックの国内流入が激しかったアメリカは、災害でカナダがほぼ完全に氷に閉ざされたため難民となったカナダ国民がアメリカに入ってしまったため、混乱して国内の治安はガタガタになった。長い年月をかけ秩序を取り戻すが、かつての勢いはもうなくなっていた。世界唯一の超大国として君臨していたいアメリカにとって諸国が協力して力をつけていくこの現状は由々しき事態で、なんとか打破する必要があった。そのため、国連を誘導して連邦化を推し進め、連邦政府として世界を支配しようとしたのだ。
だが、これは間違いであった。確かに世界各地で連合化が進んでいたが、それは所詮経済面の話に過ぎず、民族や国家としての認識は各国依然として存在し、むしろ祖国存亡の危機にナショナリズムが刺激され民族主義、国家主義者たちの運動は増えていた。パクス・アメリカーナからの脱却を始めた世界に再び降りかかったアメリカ軍事力に制圧される未来。危惧したナショナリスト達は各地でテロを行うようになった。それらはネオナチ、アルカイダ、大寒波の際中国に強制的に統一され飲み込まれ、祖国を失った朝鮮半島の人々など様々であった。
その動きに呼応して、旧帝国貴族達がトップに君臨するヨーロッパ連邦共和国、大寒波の際大パニックが発生し、人心が乱れ白豪主義復古運動が政権を掌握、世界平和、統一の理想とされた文化多元主義(マルチカルチュラリズム)を半世紀経たず捨て去り、白豪主義へと戻ったオーストラリア、国家政策として強固なまでのナショナリズム教育を行う中国が国連に反発、アメリカ軍や国連軍などと世界各地で紛争状態となる。
表向きは紛争、実際はナショナリズムがぶつかり合う戦争、後に『世界統一戦争』と呼ばれる戦争が起こった。実際がどうでもほとんどはテロ組織との戦争、国家間の戦争ではないため講和なんてものは存在せず、互いを滅ぼしあう戦争は十年ほど続いた。その戦争で一番の標的とされたアメリカはヒスパニックの新国家宣言、軍内部のクーデターによって国土が分裂、事実上合衆国は崩壊した。『世界の警察』の崩壊の衝撃は世界を揺らし、異様な緊張状態になり、現在紛争は沈静化している。
だが、この沈黙が嵐の前の静けさであることは誰しもがわかっていた。事実世界各国は依然として軍備増強を続けているし、『バイキング』と呼ばれる武装集団が世界を荒らしている。
戦争をしていないのが平和ならば今は平和。だが、そう呼ぶにはあまりにも混沌とした世界。
世界は今、微妙なバランスで保たれていた。
「はあ……おーい、終わったぞー。湯流せー」
「わかったー」
壁一枚隔てた向こうの男湯から声がしてすぐ、浴槽の中に熱い湯が流れてきた。実際は温泉である。これがうち、公衆銭湯神無湯の最大の売りだ。こいつは地下深くから掘り出しているので実質タダだし、普通の単純温泉だが神経痛、筋肉・関節痛、うちみ、くじき、冷え性、疲労回復、健康増進などの一般的適応症に効果はある。スーパー銭湯みたいなの以外ほとんど絶滅した旧式銭湯の中で生き残った理由はこれだろう。四十年前の災害の時もこの湯は凍らず入りに来るやつで満杯になったと聞く。無料で入れたようだが、金とっときゃたんまりいけたかもしれんのにもったいない。ま、そんな真似できるタマじゃないか。
浴槽に湯が溜まっていくうちに女湯が湯気で満たされていく。いけね換気扇回すの忘れてた。もうすぐ開店だ、客がやってくる。デッキブラシ片手に浴室から出る。しかし、客はもういた。
「ああ、お願いします」
「はい、一人ね」
……否、客ではなかった。
「……おい、夏目」
「……あ、た、黄昏、いたのか?」
男は困ったような顔をした。浮気相手の夫に見つけられた間男はこんな顔をするのであろうか。整えられた黒髪に鋭い視線が特徴的で、黒スーツにサングラスでもかければヤクザかB級ハードボイルド映画に出てくるボディーガードに見える男、夏目耕哉(なつめ こうや)だ。
デッキブラシを片手で槍のように構え、耕哉の眼前に突き出す。
「……どういうつもりだ? お前は出入り禁止にしたはずだが」
「いや、待ってくれよ、今日は一人だから問題ない――」
「っざけんな馬鹿! 三ヶ月前に何したかもう忘れたか!」
デッキブラシを振り上げ一発ぶち込もうとする。しかし、すんでのところでかわされる。やっぱこいつ体術の心得あるな。追撃を続ける。
「だからそれは謝ったろうが! 悪いとは思って……」
「思ってんならくんじゃねぇよ! うちはラブホじゃねぇんだ! 第一、高校はどうしたんだよ! さぼりか!?」
「……え? なにを言ってんだ、うち今日は創立記念日だぞ」
「なにぃ?」
デッキブラシを振る手が止まる。そういえばそんな話ライトがしてたような……って、
「んなこたどうだっていいんだよ! さっさと出てけぇ!!」
「う、うわっ!」
追撃再会。デッキブラシを縦横無尽に振りまくるが、ギリギリ避けられる。ローはジャンプ、ハイはしゃがみ、ミドルは横っ飛びで際どいながらも回避している。思ったとおりそこそこやるな。まあ茜には負けるが。そうこうしてるうちに恐れをなしたか、それとも付き合うのに疲れたのか番台を抜け逃げていった。
「二度と来るなー!」と叫んだ後、のれんを上げて開店する。息が荒い。キッと凪を睨む。
「なんで入れたんだよ! あいつは入れるなってさんざん言ったろ!?」
血走った目とすごい気迫で迫られたのがよほど怖かったのか、涙目になっている。ちょっとキモイ。
「い、いいじゃないかもう三ヶ月も経ったんだし、酔って思わずしてしまった行為をいつまでも……」
「『酔って思わず』で済むかあんなの! あいつの素行の悪さは茜から聞いてんだ、変な噂立てられてたまるかってんだ。ったく、あんなのが委員長やってんだからあの高校も終わりだよな……」
深々とため息をついた。実際奴やライトが通っている東原(ひがしばる)高校は素行が悪いことで有名だ。学力やスポーツはそれほど悪くないが、あいつのような問題児が山ほどいるらしい。茜が違う高校で本当に良かったと思う。
あの馬鹿のせいで早朝から気分を害したが、そんなこと言ってられない。仕事だ仕事。番台やんなきゃ。凪にここは任せられん。
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
読書日記
書評【ゆるこもりさんのための手帳術…
(2025-11-20 00:00:13)
★ おすすめのビジネス書は何ですか!…
スポーツチームの経営・収入獲得マニ…
(2025-11-21 02:46:52)
マンガ・イラストかきさん
お絵描き成長記録 DAY2
(2025-11-21 09:24:57)
© Rakuten Group, Inc.
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Mobilize
your Site
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: