レフティーの休日

レフティーの休日

2007.08.04
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監督:クリント・イーストウッド
出演:渡辺謙、二宮和也、伊原剛志

ご存知の通り、「父親たちの星条旗」と共に硫黄島玉砕を日米双方の視点から描いた2部作の日本側視点の作品です。

ハリウッド映画でありながら、日本人キャストのみで、旧日本軍を題材にした画期的な作品。
なんの予備知識もなく観たら、きっとイーストウッドが監督とは判らないと思う。

旧日本軍に関して非常によく調べているし、欧米文化が全盛となった現代日本において、
作品の中に出てくる日本軍に違和感を感じる人は少ないと思う。
恐らく出演者やスタッフの日本人によるアイディア、助言による部分も多いはず。
この作品が米国人の手によって作られた意義は非常に大きいと、素直に感じた。


本作品の解説にあるような、栗原中将の綿密な作戦も、彼らの手紙もどことなく中途半端な感じ。
塹壕を作る以外に目立った作戦は無く、どちらかというと古参将校の暴走(というよりあまりに旧日本軍的な行動)により、奇策らしき手段は打てずじまいと見受けられる。
また、手紙についてもストーリーのメインをなす程のインパクトは無かった。

ただし、手紙については米国側から見れば話は違うのかもしれない。
イーストウッドは「父親たちの星条旗」に当り資料を集める際に
日本軍兵士もアメリカ側の兵士と変わらない事がわかったというのだが、
正にそのことをイーストウッドは訴えたかったのかもしれない。

それにしても、見終わった後の違和感はなんだろうか?

日本人が作る太平洋戦争ものとは何かが違う。
「戦争の惨劇を風化させてはいけない」という、作り手と観る側のお約束のようなものが、感じられないというか、確かに反戦ではあるのだけれど、何かが違う。

米国の映画と身構えれば別だが、見た目は日本人による日本側の作品なので、

確かに、戦争の悲惨さ。残された家族や散っていった方々の悲痛は伝わってくるのだが...。

意地悪な見方かもしれないが、
本作品も、ラストサムライも、結局根底は一緒であって、
日本人=散り際の美学。サムライ、腹切なのかもしれない。
クライマックスへ進むにつれ、そんな違和感を強く感じるようになった。


逆に日本人は特別じゃなくて、やっぱり同じ人間なんだと訴えたかったのかもしれない。
彼自身は、強く反戦、平和を願っていると思う。(と信じている。)

むしろ、日本的な描き方よりも客観的なのかもしれない。
そのためか、本作品から「未来に繋がる何か」を感じることは無く、
ひたすら「惨たらしさ」ばかりが伝わってきた。

やや複雑な思いはあるものの、
日本側の悲劇を米国から世界に発信した意義は非常に大きかったと思う。
敢えて挑んだイーストウッドに素直に拍手を送りたいと思います。






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Last updated  2007.08.28 23:53:24
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