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前門の虎、後門の狼 <年子を抱えて>
浜口京子の笑顔は金メダル
アニマル浜口の代名詞といえば「気合だー!!!」。個人的には、おもしろいキャラクターだと思うが、あまりに過激で、娘の京子は逆にプレッシャーを感じてしまわないだろうかと疑問であった。
京子がアテネへ出発する際には、成田空港で気合10連発をやって、周りが騒然となった。京子が日本選手団の旗手に任命されて会見をおこなった時は、報道陣が持っていた長いマイクを見つけるや否や、ぶん取って京子に渡し、
「これが旗の代わりだ。今から入場行進の練習だ。日本選手団入場!旗手、浜口京子!」と叫んだ。
しかし彼は決して、気合だ気合だと吠えているだけの困ったオヤジではなかった。京子にとって、かけがえのない精神的支柱だったのだ。
オリンピック本番では、初戦から何度も応援席が映った。京子、京子の大合唱。案の定、アニマル浜口は最前列で興奮しており、フェンスから身を乗り出しすぎて下に落ちそうな勢い。準決勝では、得点表示に誤りがあり、マット上の審判に向かって猛抗議した。ボランティアの警備員だけでは制止できず、警察官が3人も出動したほどである。判定は覆らず、諦めた京子の母は
「もういい、みっともないことはやめて」と諭したが、
「みっともないとは何だ!京子は命がけでやっているんだ!」と再び絶叫した。京子と苦楽をともにしてきたからこその猛抗議であった。
元プロレスラーで、声も大きく、ああいうキャラクターなので、どうしても目立つ。さらに、メディアが強調して映すので、悪く見えてしまう部分もあるだろう。あの応援を日本人の恥であると批判する人がいるようだが、とんでもない。何が醜いものか。確かに、見ている側が恥ずかしくなるほど熱血漢で空気を読めないところはあるが、なり振り構わず我が子を応援できる親って素敵じゃないか…。また、それを否定せず受け止めている京子も素敵だ。 普通、父親が「気合だー!!!」と叫んでいれば、娘としては「お願いだからやめて!」となりそうなのに受け止める素直さ、純粋さが顔や雰囲気に出ている。体裁ばかり気にしている見せ掛けのカッコつけマンには、浜口親子のヒューマニズムは理解不能だろう。薄っぺらい個人主義に慣らされてしまうと異様に映るが、あの親子関係には憧れさえ抱く。
見てくれや格好を気にせずに、心からの声援をおくったアニマル浜口の姿は、称賛されることはあっても貶されることは一点もない。決して上品ではないが、魂がこもっていた。土壇場に追いこまれたとき、格好の良さや生半可な知識など何の役にもたたないだろう。父は娘の気持ちの弱さをわかっているからこそ、ああいう態度で接していたのではないだろうか。技術だけではない、気持ち、アニマル浜口に言わせれば「気合」なのだろう。科学的トレーニング全盛の今日、気合だ根性だと精神論を説く彼は、きわめてアナログで暑苦しいかもしれないが、だからこそあそこまで熱く応援できたのだろう。テレビに映るたびに、血管が切れるのではないかと余計な心配をしてしまったが、今の日本で、あそこまで愛情を注いで真剣に子どもを応援する親は他にいないのではないか(愛情の注ぎ方が違うだけといわれればそれまでだが)。
過去、世界選手権を5度制覇している京子は金メダル獲得が絶対視されていたが、準決勝で敗退してしまった。京子には金しか似合わない、と思っていた私は、ショックでその後しばらくテレビを見られなかった。金を逃した時点で、あの父はどうなるのだろうと思ったが(とある大会で、負けた直後にカメラの目の前で京子を怒鳴り散らしていた風景を思い出した)、変わらず応援していた。京子もめげることなく気持ちを切りかえ3位決定戦に臨み、見事銅メダルを獲得した。そして、
「私の人生の中で、金メダル以上の経験をさせていただきました」
と、試合中の負傷で右目が痛々しく腫れあがった顔に、満面の笑みを浮かべた。さらに、
「私はレスリングが大好き、その気持ちで頑張りました。自分だけの力じゃなく、周りの人たちに支えられて生きているんだなぁと思いました」
私は、彼女の素直で前向きな姿勢に金メダルを贈りたい。心の中ではボロボロに泣き崩れているだろうに、すねた素振り一つ見せず、応援してくれた皆のために、あの笑顔。実にさわやかで、謙虚な姿であった。メダルの色は銅でも、心の色は金に見えた。
父は試合会場では暴動寸前だったが、結果を謙虚に受け止め、銅メダルでもよく頑張ったと娘を誉め讃えた。京子の発言も、父の教育のたまものだろう。真にスポーツマンシップを理解している。メダルの色は既に意味をもたないくらい、心身が鍛え上げられている。
京子は本当に家族思いの、心の優しい女性だと思う。元プロレスラーの父なら、度の過ぎたパフォーマンスも仕事のうちなのだろう。あのエネルギーには敬服する。京子のインタビューの、すがすがしいコメントがすべてを物語っている。ああいうところでその人の性格、度量の真価が問われる。京子は立派だ。そして彼女を育てた父も立派だ。ちょっと厳しすぎるのではとも思ったが、確固たる愛情に裏打ちされた厳しさであれば子どもは素直に育つということか。これぞ、父と娘の深い絆。いびつな親子関係だったら、京子があんなふうに振る舞えるはずがない。さすがに、思春期には「特別すぎる父親」に悩んだこともあったようだが…。
明るくて頑張り屋で、決して父親を否定しない娘と、あの年齢で同じようにトレーニングしながらすべての面で全力でサポートする父。この親子を見て、口には出さなくとも羨ましいと思った親はきっと山ほどいることだろう。京子は中学までは水泳をやっていたが、伸び悩み、学校に行くのも嫌になりかけていたそうだ。そんな京子を心配し、何かやりたいことはないのかと導いたのは父だった。何でもいい、何か一生懸命になれるものを見つけさせたかった、と。私も、小姐が迷った時には真剣に話し合い、よいきっかけを作ってやれるような親になりたい。そして、できる限り応援してやりたい。
幼児虐待など寒い事件を聞くなかで、忘れ去られつつある暖かいものを、あの親子から学んだ。世間はやたらにメダル、メダルと喧しいが、京子の笑顔にはメダルより大切なものが見えた。
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