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トリノ小屋からのダン・デュ・ジェアン、ロシュホール山稜、グランドジョラス7月17日、時差や登山準備でほとんど眠れないまま、APJの神田さんと打ち合わせし、スネルスポーツの前でガイドを待つ。そこで早速昇己先生とIさんに出会った。先生は穏やかでくつろいだ雰囲気の表情で、それを見る私も嬉しい。そこへTシャツ短パン姿のガイドが登場。小さな私を見ていささか驚いた様子。準備をしてくると言ってどこかへ消え、ガイドスタイルになって再登場した彼と出発する。ロープウエイを乗り継ぎミディの展望台まで上がる。さらにテレキャビンに乗ってフランスからイタリアのエルブロンネまで空中散歩する。天気がよくて素晴らしい眺めを堪能できた。 空中をゆらゆらと渡るテレキャビン それを支えるロープと下の氷河今日は国境を越え、イタリアに入ってトリノ小屋に行くだけだと気楽に構えていた私にガイドのRomain(ローマンと呼んでいました)はそのままバレブランシュ氷河に下って行くではないか。「えっ、何するの?」と聞くと「ちょっと歩くだけ」と言ってどんどん歩いて行く。結局、雪稜と岩山の二つに登らされた。「いいトレーニングになるよ」とか言いつつ、今思えば彼は明日からの登山に備えて私を試していたのだ。 登山者デ賑わうトリノ小屋 4人部屋の室内トリノ小屋は登山者で活気に溢れていた。一部屋4人でベッドスペースが確保されているし、トイレは水洗で洗面所もあった。水もホットチョコレートやサンドなども買える。小屋の周りは360度の眺望が開け、イタリア側からのモンブラン、ダン・デュ・ジェアンとロシュホール山稜、グランドジョラスと名峰だらけ。明るい陽ざしの中で心ゆくまで景色を眺め続けた。幸福感が全身を満たし、至福の喜びに溢れた。この小屋に来ているのはほとんどがフランス人、イタリア人、ドイツ人その他の欧州人でフランス語、イタリア語、ドイツ語が一緒くたになって声高に話され、まるっきりわからない私はただ一人完全に異邦人だった。全員がクライマーだから感覚的には共感できるのだが全く意味がわからない言語の渦の中にいるのは奇妙な感覚だった。さらに目を見張ったのは彼らの履いている靴の98%がスポルティバ、(この靴はイタリア製で信頼できる優れたブランド、日本人の私ですらこれを履いているわけだから地元では当然と言えば当然だろう)、パンツやウエア類はモンチュラ、(これもイタリア製で私も穿いたり着たりている)。しかしここまで同じブランドが勢揃いするとさすがに驚く。日本で槍ヶ岳山荘に行ったらみんながモンベルの雨具を着ていたというのと同じようなものか。 ここでも氷河が薄くなっているような気がする モンブラン・ド・タキュール この体格差 ガイド178センチ70キロ、私140センチ41キロ夕食は7時からで日本の山小屋と同じように行列ができていた。けっこうボリュームのあるメニューでデザートは三択だった。Romainと話しているうちに彼は2,3年前からピアノに夢中になり、毎日ピアノの練習をしているという。おもわず「ええ!!」と驚愕したが、私もピアノを弾いていたという話になって、すっかり音楽の話題で盛り上がった。彼はやっと「エリーゼのために」が弾けるようになったと子どものように嬉しそうに言う。38才でピアノを始めたクライマーと60才でクライミングを始めた私たちは感覚的にも共通するものを感じ、すっかりうち解けて意気投合し楽しくすごした。 トリノ小屋の夕食
2010年07月31日
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7月16日 成田→チューリッヒ→ジュネーブ→シャモニー と移動し、夜遅くホテルに到着した。 ホテルサボイヤードからモンブラン山群 7月17日 機内からの眺め シャモニー針峰群 ホテル サボイヤードPCが壊れてしまい、9年前の古い小型PCで作成していますが、何度もフリーズして順調にはかどりません。説明不足ですがご容赦下さい。
2010年07月30日
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本日7月29日ヨーロッパひとり旅から元気いっぱい帰国しました。美しい自然と多彩で生き生きとしたたくさんの人々との出会いに恵まれ、近年希にみる充実した楽しい2週間の旅になりました。エネルギーに満ちている自分を感じます。しかし帰宅したら愛用のPCが壊れていて画像が自由にアップできない状態になっていました。取りあえず2,3枚紹介して新たに態勢を整えてしっかり紹介していきます。 ロシュホール山稜から見る朝焼けのモンブラン 感動しました。 トリノ小屋にてフランス人ガイドと 屹立する岩峰 ダン・デュ・ジェアン
2010年07月29日
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モンタンベールから見るメールドグラス氷河とグランドジョラス氷河が衰退して地面のように茶色く見えたのにはのんきな私もさすがに危機感をもった。今年はセラックが崩壊しかかっていてグランドジョラスは登攀できないらしい。
2010年07月28日
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モンブランをバックにロッククライミング。やるね!!とても60代のおばさんには見えないよ。それにしてもヘルメットやサングラスは便利なカムフラージュ用品だね。
2010年07月27日
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富士山より高いミディ針峰に展望台が作られている。こういう技術は日本が最高で他の追随を許さないと思い込んでいたが、勘違いだった。新幹線より早いTGVといい、フランスからイタリアへ空中移動するテレキャビンといいフランスもやるね。
2010年07月26日
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極めつけのこの風景、教会からお祈りを済ませた信者の皆さんがたくさん出てきて教会が飾りではなく生きていることを感じました。マッターホルンを一目見て「絶対これに登りたい」と強く思ったが、さすがにこのドリュを見たら登りたいという発想は出てこなかった。教会の尖塔のように鋭く細く尖った鋭角の岩山、もう登る対象ではなかった。
2010年07月25日
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旅先のエンジェルフェイスにかわり代理でブログの更新を行っている者です。23日、スイス山岳観光列車「氷河特急」で大きな脱線事故があり、乗り合わせていた邦人にも負傷者がでている、とのニュースがありました。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100724-00000001-jij-int 現地よりエンジェルフェイス本人から連絡があり、該当の列車には乗っておらず、元気に旅を続けているので安心してくれとの事でした。 事故の被害に遭われた皆さま、またそのご関係の皆さまに、謹んでお見舞い申し上げます。
2010年07月24日
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グランドジョラス → ロシュホール山稜 → ダン・デュ・ジェアンエギーュ・ドュ・ミデイ展望台から広がるヨーロッパアルプスの展望には目を見張る。名だたる名峰がキラ星のように並びそびえている。その中でもぬきんでて目立つ存在がダン・デュ・ジェアン(巨人の爪)である。一度見たら忘れられない屹立する岩である。
2010年07月24日
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モンブラン、モンモディと並ぶモンブラン三山のひとつである真っ白な雪山モンブラン・ド・タキュール。このあたりの山は針峰と言って尖った岩稜が多いのにこの山はどっしりとして風格を感じさせます。雪質がソフトクリームのようになめらかです。
2010年07月23日
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シャモニーの教会のステンドグラスのひとつです。精緻なデザインと美しい色合いで見飽きません。天使は何を天秤にかけてるのかな?
2010年07月22日
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シャモニー駅の近くにある古くてシンプルな教会です。誰もいなくてとても閑静でした。
2010年07月21日
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コスミック山稜の岩場を攀じ登る先行パーティ。そんなに身長があって手も足も長いんだから、止まってないでさっさと登んなさいよ。私たち、ずっと待ってるんだからね。
2010年07月20日
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コスミック山稜はシャモニーから近い雪と岩のルートである。基本的技術があれば楽しく登れるし、何よりダイナミックな岩が織り成す山岳風景がすばらしい。ここはバックに屹立する岩が人間を引き立ててくれる絶好の撮影ポイントである。
2010年07月19日
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あれをごらんと指差す彼方にはモンブランがある。この像はシャモニーの街の中心部にあるソシュールとパカールの銅像であるが、これと似たようなポーズの像が富士山五合目にもあって思わず笑ってしまう。
2010年07月18日
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シャモニーはヨーロッパ有数の山岳リゾートである。小さな街は洗練されて洒落ている。市内を氷河が溶けたミルク色のアルブ川が流れ、かなたにはボソン氷河を従えたヨーロッパアルプスの最高峰モンブランが真っ白に輝いている。何度見ても美しく、何度でも見たい風景である。川に沿ってのんびり散策するとシャモニーにいる喜びをしみじみと感じる。初日は喜びにふるえ、感激するのであるが、何日か過ぎて帰る頃になるとこの絶景が当たり前の日常になってしまい、山を見ても何も感じなくなるのがおかしい。
2010年07月17日
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本日7月16日、スイスインターナショナルエアラインで10時半成田を出発し,チューリッヒ→ジュネーブと乗り継ぎシャモニーに向かいます。今年最大の楽しみの幕開けです。どんな風景が展開するか、どの山のどのルートに登れるか、そしてどんな出会いがあるか、ワクワクしています。今回の旅はスイスカードを使って鉄道を乗り継いで移動、ホテルばかりでなくシャレーにも宿泊、現地人ガイドとの山行などこれまでに経験してないこともたくさんあります。でも安全第一で無事帰還しますね。何しろ秋には娘の結婚式が控えてますから。では行ってきます。どなた様もお元気で過ごされますよう。
2010年07月16日
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また突然ですが明日7月16日から2週間ほどヨーロッパツアーに出かけます。どんどん年齢が重なり、モチベーションも体力も経済力も下がる一方なので、思い切ってこの夏に行くことにしました。ずっとハプニング続きでしたが何とかここまでこぎつけました。シャモニー・グリンデルワルト・ローザンヌを訪れる予定です。シャモニーとグリンデルワルトはロッククライミングと名峰登山を、ローザンヌではノートルダム大聖堂をはじめレマン湖周辺の名所を訪ねたいと思っています。きままな一人旅と言いたいところですが、どんな珍道中になることやら、やや緊張気味です。 グランド・ジョラス このブログは過去に訪ねた山と風景の写真でつないでいきます。コメントの返事が出来かねることをご了承下さいませ。
2010年07月15日
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7月10日の午後、富士山頂を時計回りに強風吹きすさぶ稜線を歩いていた。すると前から来る女性から「あら、エンジェル・フェイスさん?」と声をかけられた。よく見るとアコンカグア3Yの一人、Yちゃんではないか!帽子を二つもかぶってサングラスしていたのによく見つけたね。剱岳の雷鳥坂でKちゃんが私を見つけたことを思い出した。やはり小さいと識別しやすいかも。 「きゃあ、どうしたの、こんなところで!!」と同時に言って抱き合った。どうしてこんなところにいるの?から始まってお互いの近況となぜ今ここにいるかの説明をした。目的は同じだった。私は嬉しさのあまりはしゃぎまくった。 寒さでレインウエアとダウンの2YYちゃんとは昨年12月一緒に鍋割山に登って以来である。薄暗闇でトマトと思ってみかんを買い、金柑と思ってユズを買ったあの愉快な山行である。私たちは寒さに震え、強風に声を消されそうになりながらもこの夏の夢と希望を語り合った(叫びあった)。自損事故以来ちょっと下向きになっていた私だったが、この再会はいやなことを全部吹き飛ばしてすご~く元気にしてくれた。さあ、Yちゃん、一緒に出かけよう!!
2010年07月14日
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これまで海外の高度のある山を登ろうとするとき、ほとんど富士山で高度馴化トレーニングをしてきた。その場合はいつも頂上山口屋さんでお世話になっている。キリマンジェロに行った夏は8月に毎週富士山に登り、山口屋さんで泊まり、お鉢めぐりを延々と繰り返したものだった。その実績で小屋の皆さんとは顔見知りになった。中でもいつ来ても会うAさんとは仲良しである。今年はまだ宿泊はできないとのことで残念だったが店は開いていて食事はできた。山頂に着いた一日目は小屋前の絶壁に溶岩の石を積んでいた。久しぶりの訪問だったがお互いを覚えていてなつかしく話をした。まだ小屋を開いたばかりで顔の色は白く陽にやけてなかった。二日目の朝は富士宮口の山小屋で酷い目にあって、すぐ山口屋に行った。Aさんは何十人もの登山者の杖に焼印を押していた。行列のできる店である。その後、お鉢めぐりをしていたら白山神社の下で出会った。赤いガソリン入れの容器を持っている。雪渓から水道の水をくみ上げているのだが、時々それがうまく流れなるので修理に行く所だと言う。そうか、今朝食べたしょうゆラーメンの水もここから引いてるんだと現実が結びついた。3回目には水道のパイプの水漏れをテープで修理していた。何でもやるんだと言う。 焼印を押す 水道のパイプの修理最後に小屋の中でいろいろな話をして、別れを告げた。今度会うのはいつだろう。お互い元気でいようね。
2010年07月13日
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富士宮口からのご来光7月11日日曜日、朝4時に一斉起床させられ全員ご来光を見るとの口実で小屋の外に出された。チェックアウト4時半ということでご来光を見て小屋に戻ろうとしたらもう鍵がかかっていて入れなかった。朝から不愉快。仕方なく稜線を逆時計回りに回って馴染みの頂上山口屋さんに行く。小屋前も小屋の中も登山者で満員状態だったが、何とか入り込んで温かいしょうゆラーメン(900円)で一息ついた。我が家へ戻った気分だった。 朝日を浴びる剣が峰 杖に焼印を押してもらおうと行列を作る登山者風が強かったので様子を見、6時からやっとお鉢めぐりをスタートした。剣が峰直下の残雪はストックを使えば問題なくトラバースでき、強風以外は支障なかった。お鉢めぐりは特に面白いものではない。雲海や南アルプス、丹沢方面、山中湖などが墨絵のように眼下に広がるのを見ながら黙って歩き、4周して10時半過ぎ、お鉢の中に雲が湧き、空模様が一段と悪くなったので11時前に下山開始。9合目を過ぎるとぽつぽつ雨が降り出し、その後は雨風ともに強さを増してきた。 剣が峰直下 残雪のトラバース 火口の底にも雪しかし私はものすごくゆっくり登山道を下山した。ブルドーザーが作った下山専用道もあるが、あれは大嫌いなのだ。3776mの山頂から2305mの五合目まで標高差約1471m、腸頚靭帯炎を引き起こさないよう慎重に下った。この悪天候の中をどこまで行くのだろう、下からはかなりの登山者が登ってきていた。若い人と外国人が多かった。
2010年07月12日
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雲海と山中湖 天気予報をにらめっこして散々迷ったが、最後に予報が少しよくなったので7月10日に富士山に向かって中央高速バスで出発した。五合目に到着するとおびただしい登山者が広場を埋め尽くしていて、いつもながらの団体登山の皆さんに圧倒された。天気は予想以上に回復してこの日一日晴れだった。六合目・七合目と快調に歩き、七合目からは山小屋が次々と姿を見せ、いかにも富士登山という雰囲気で賑やかだった。高所登山の経験の成果で山頂まで全く平気の平左、ぐんぐん高度をかせぎ、すぐ山頂に到着してしまった。 七合目から次々と出てくる山小屋群 山頂直下鳥居と狛犬 残雪の残る剣が峰遠望 剣が峰(3776m)剣が峰直下にはまだ残雪があった。噴火口は相変わらず赤茶けた肌を見せている。今夜の宿は頂上富士館で初めてである。吉田口山頂から富士宮口まで歩いたが、山頂はメチャクチャ風が強かった。このメチャクチャ寒い風の中ですばらしい出会いがあった。(これは日を改めて書きます。) 富士宮口の神社と夏季専用ポスト お決まりの夕食カレーライス
2010年07月11日
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仕事から帰ると6月1日に受診したがん検診の結果が届いていた。恐る恐る開いた。 ☆胃癌 精検不要 異常所見認めず ☆大腸癌 精検不要 1本目陰性 2本目陰性 ☆胸部X線 正常 異常所見なし ☆子宮癌 精検不要ああよかった!!胸をなでおろした。これで当分は遊べるぞ。でもこれだけ健康に気を配った節度ある生活(自分でそう思っているだけかもしれないが、早寝早起き、適度な、時々過激な運動、タバコ吸わない、アルコール飲まない、体重管理、夢と希望を持つ)をしていて、どこか悪いと言われるとがっくりくるだろうな。さあ、ガンガンがん遊ぼう。
2010年07月10日
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私は音楽を愛している。更にオペラ、歌舞伎、能、ミュージカル、バレーなど音楽と舞踊が結びついたものはジャンルを問わず大好きで年を忘れて熱狂する。なぜそんなに夢中になるのかと時々考えるが、子ども時代の体験が根っこにあると思う。生まれた場所は四国の山間部、文化とはかけ離れた片田舎なのであるが、母親がよく映画を観に行き、一緒にくっついていったのだった。戦後まもなくのことで映画館というにはお粗末すぎる倉庫のような建物だったが、そこで期日限定で興行が催されていた。確か松川興行というのがその名前だった。そのポスターが村の要所に貼られていてそれを観るだけでわくわくした。次郎長一代記のような時代劇がよくかかっていた。その映画館の舞台では、時折村から村へ廻ってくる女剣劇や○○劇団の興行があった。それにも一緒に付いていって芝居を熱心に観ていたのだった。今思えばごく素朴な舞台だったが、一応生の舞台を観ていたのである。また村には様々な行事があったが、時々三番叟が舞われていた。この舞の装束や音楽、体の動きは幼心に強烈な印象を残した。この経験が根源にあって私は能に惹かれるのだろう。更に母は宇和島に木下大サーカスが来るといつも私たち子ども3人を連れて観にいった。炎天下で長時間並んで待ち、幼い弟が倒れたような記憶がある。そのせいか私は純粋なサーカスは勿論シルクドゥソレイユのようなパフォーマンスも大好きである。当時はこんな片田舎の文化果つる地に生まれ、女の子に勉強は要らない、家の手伝いが一番という我が家に生まれたことを大きな不幸と思っていたが、今思えば人の生きる道をしっかり教えて育ててくれた両親と自然に囲まれて豊かな子ども時代を過ごしてきたと思えるようになってきた。 現在の木下大サーカス
2010年07月09日
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今朝は数日振りに雨があがり、さわやかな天気になった。早速ウォーキングに出かけた。様々な種類の紫陽花があでやかに咲く道をいつもの公園にきた。ここには昨今では珍しくなった雲亭があるので、ぶら下がるのである。懸垂はできないが時間を決めてぶら下がっている。すると公園の反対側入り口から犬を連れた女性が来たと見ている間に、すぐ犬の綱をはずした。犬は近くにいた他の犬に吠えかかり、更に20メートルほど先で雲亭から着地した私めがけて走ってきた。そして私の目の前で吠えている。怖くなって犬に背を向け、叫んだ。「紐を離さないで下さい!!」飼い主の女性は中々来ない。更に叫んだ。「紐を離さないで下さい!!」やっと近づいてきた飼い主は「ごめんなさい」の一言も無く「姿が見えなかったからね」頭にきた。姿が見えないはずは無いのだ。それに姿が見えないから公園で犬を放し飼いにしていいのか。3週間前にも同じ女性が同じことをして、私は叫んでいたのである。これで2回目だ。不愉快極まる。その女性は70歳代くらいで足が不自由そうだったから、叫びたくはなかったけど非常識すぎる。皆がみんな、犬が好きとはかぎらない。いつも言うように私は小さいので犬が立ち上がると犬の方が背が高いことはよくある。さわやかな朝が台無しになった。口直しに遠くまで歩いた。
2010年07月08日
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うっとうしい気分をきれの良い音楽で吹き飛ばそうとアルゼンチンタンゴ~伝説のマエストロたち~という映画を観にはるばる渋谷まで出かけた。南米大陸の最高峰アコンカグア(6959m)に登るためアルゼンチンを訪れたことがある。そこで出遭った人々は黒髪、黒い瞳で体形も日本人とそう変わらなかったがみんな太っていた。メタボ予備軍というところである。今日の映画の中でもマエストロ達は90パーセント小太りで親しみやすかった。映画はドキュメンタリーで、全編を通して流れる超一流のアルゼンチンタンゴに心を奪われた。70歳代の年取ったマエストロばかりである。どこからあのような情熱的で心を揺さぶる音楽が湧き出てくるのか。特にバンドネオンのあの音色と独特のフレーズに魅了された。構造的には小さなパイプオルガンというところだが出てくる音楽は全く違う。お互いに顔を見合わせて息を合わせて演奏する様子がよくわかった。更にピアノはYAMAHAを弾いていたのも嬉しかった。タンゴには音楽もダンスも高校時代から惹かれていたにもかかわらず、ラ・クンパルシータとコンチネンタルタンゴの数曲から先に深く入る余裕がないままここまできてしまった。今日これだけの名演を聞いても、ラ・クンパルシータ以外は曲名すら知らないのも情けない。アルゼンチンの人々のサッカーに対する盛り上がりは尋常じゃないが、その激情が音楽に向かうとタンゴになるのだろう。 ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座に並ぶ世界三大劇場のひとつがブエノスアイレスのコロン劇場だというのにも驚いた。こんなすばらしい劇場が南米にある!!昔「ブエノスアイレス」という映画を観たことがある。男性二人の男女以上に哀切な映画だった。タンゴが育ったこの街は人を惹きつける魅力があるにちがいない。
2010年07月07日
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今日はものすごく湿度が高い一日だった。職場の私の部屋はエアコンがなく首振りが故障した扇風機が生ぬるい風を送っているだけなので、空気が重く息苦しかった。退勤後プールへ行った。子ども時代は学校にまだプールが無かった。夏は毎日毎日、田舎の川で魚をすくったり、泳いだりして真っ黒になって一夏をすごした。ちゃんとした水泳を教えてくれる人もなかったから泳ぐといっても犬かきである。5メートル位の高さの岩から飛び込みもした。勿論かわいい水着などあるはずもなく、ズロース一枚である。その小鮒つりしかの川は今はダムができてコンクリートの堰に囲まれている。きちんとした泳ぎがあることを知ったのは学生時代に水泳の単位を取るために受けた水泳の授業だった。でも犬掻きで規定距離を泳いで単位を取ったので、今でも犬掻き以外はできない。楽々とクロールで泳げるようになりたい。
2010年07月06日
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結婚式場のHPより娘がやっとこの秋、結婚することになりその準備進行中である。結婚式場では様々なブライダルフェアーを催しており、本人たちだけでなく「ご両親様」も同伴でいろいろなイベントがある。娘に行く約束をしていたので、車の事故後で気が滅入っていたが断るのも可愛そうだと思い、参加してみた。まず驚いたのは受付がごった返すほど大勢のカップルが押しかけていたことである。こんなに結婚する人がいる、もうびっくりした。まずウエディングドレスを選び試着する。莫大数のドレスが準備してあってどれも素敵でどれを選んでいいか分からない。やっと選んで試着するのだが、一人では着れなくて専任の女性が一人ついて背中の編み上げ式の紐を引き締めて上半身を細く締め上げるのである。鏡の前に何組ものカップルがタキシードやドレスを着て並ぶ。ご両家の両親も控えている。いろいろなカップルがあって見ているだけで興味深い。3着試着してやっと決めた。次は白無垢と色内掛けの会場に移動した。色鮮やかで豪華な打掛に目を見張る。私が結婚した頃とは大違いだ。これもどれも素晴らしく目移りしたが、あれこれ選び試着して決める。最後が白無垢でこれはスタッフお奨めの鶴の地模様で決まり。午後は模擬披露宴を見たり、料理を見たり、兎に角盛りたくさんで至れり尽くせりだったが、私はもう疲労宴になっていた。この豪華衣装を着る娘を見るのは楽しみだが、費用を本人たちでまかなえるのか心配になった。
2010年07月05日
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車をぶつけた後がまたいろいろあった。運転免許を取って33年、駐車違反、スピード違反ならあるが、自損事故は初めてである。早速保険会社に電話し、指示を受ける。さらに保険証券をじっくりと見ると対人・対物は完璧なのに車両保険に入ってないではないか!!追い討ちをかけてまたがっくり。壊れた車のライトやフォグランプが落ちないようガムテープで補修した。みっともないがそんなこと言ってる場合ではない。運転して、病院に行き検査と治療。膝と腰のレントゲンを撮り、シップを貰って帰宅。念のため、一日安静を心がける。車の修理をどうするかを息子と話し合い、修理工場を探す。これまでお世話になったことがないので全くわからない。あれこれ情報を探してやっと信頼できる修理工場に相談した。費用を見積もってもらい、思わずため息がでた。ああ、このお金があればあそこにもここにも行けたのに!どうして車両保険に入ってなかったのか。免許取得当初は入っていたが、10年過ぎた頃まで全く何のトラブルもなく、その内自分は安全運転だから大丈夫と思って変更した記憶がある。でもそうれから20年くらい過ぎてるから更新時に真剣に自分の能力の劣化を考慮して入っておくべきだったのだ。ずさんな私。車がないと不便である。すぐに夫の通院の足がない、買い物に行けないという事態に直面した。
2010年07月04日
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車を勤務先の建物にぶつけた。朝、出勤して駐車場の定位置に車を入れようとしたら、みんな縦列駐車している列の中に一人だけ横向きに停めている人がいる。その車の位置が私の駐車場所である。そこに停められないと10mほど先まで前進しなければならない。前にもこういうことがあった。思わず「ムカッ」としてその前を通り過ぎたのは記憶にあるが、どういうわけか車が加速前進してあらぬ方向に進むではないか。「ナ、ナ、何これ~」と状況をつかめないままに、すぐガーンと鉄筋コンクリートの土台に乗り上げて停車した。全く予想だにしない突発事故に狼狽・動転した。膝を打ったようで左膝が痛い。車から降りて全体を見るとああ、何てことだ、ボンネットはいびつにゆがみ、ライトとフォグランプは割れてガラスの破片が飛び散っているし、バンパーもへこんでくの字型になっている。小さくてかわいい私の愛車がめちゃくちゃになってしまった。でも車をそこに乗り上げたままにしておくわけにも行かず、恐る恐る運転して移動。ああ、良かった、とりあえず動いた。ぶつけた建物の柱の前面についていた塩化ビニール製(?)の雨どいが外れていた。 自分も建物もこの程度で済んでよかった。でも車は相当な損傷だ。この経済危機の折に車まで壊すなんて全く何を考えてたんだろう。いや、どうして車が前進したのか分からない。これがいわゆるアクセルとブレーキを踏み間違えたということか?自分がこんな事故を起こすとは全く想定外だ。めげた。
2010年07月03日
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本の表紙に写っている男性の突き抜けた笑顔に惹かれて「奇跡のりんご」という本を手にした。いい加減な動機で読み始めたのだが、大変興味深く面白く感銘を受けた。こんなすごい人がいたという思いでだらしない日常を送っている私は目が覚めた。 木村秋則さん1949年生まれ、青森県岩木町の木村秋則さんがただ一人で家族の生活を犠牲にしつつも、無農薬・無肥料のりんご栽培に挑んでいく半生が描かれている。ノンフィクションライターの石川拓治さんはりんご栽培に無知な者にもわかりやすくこの「絶対不可能」と言われた苦闘の実際を記録していて読みやすかった。 雑草を刈らない木村のりんご園 8年の苦闘の末に花をつけたりんごの木農薬と肥料で保護されてきたりんご園を自然の力で実がなるりんご園に再生するまでの実に様々な実験、試み、木村秋則さんの諦めを知らないチャレンジには圧倒された。経済的に困窮を極めつつも初志を捨てない。私の知る東北出身の友人たちは地味だが人情味に厚く、決して手を抜かず粘り強く職務を貫徹していく人が多い。この木村さんはその典型だと感じた。すばらしい人を知り、心の奥に明るいともしびがともった気がした。さわやかな気持ちになれた。木村さんのりんごを食べてみたい。 以下資料木村秋則の言葉 りんごの木は、りんごの木だけで生きてるわけではない。周りの自然の中で生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている、 HPより抜粋 厳しい道のり農薬という環境に慣れたリンゴ園では、苦難の連続であった。害虫を妻と二人で手づかみするが、取っても取っても害虫は減らず、夜に畑へ行くと、カサカサと葉を食べる音が聞こえてくるほど、どうしようもない状況だった。何年経っても、リンゴは実らない。農薬漬けの生態系に慣れたリンゴを変えるには、どうすれば良いか。様々な試みを行うが、変化がない。そのため、夜には町でパチンコ店員やキャバレーの呼び込みといったアルバイトをしながら、 昼は農作業という毎日が続いた。無農薬でのりんごの栽培方法は、従来の農家から不可能とされてきたことであり、弘前大学農学生命科学部の杉山修一「恐らく世界で初めてではないか」と評している。
2010年07月02日
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今日は奥多摩の越沢バットレスでマルチをする予定で青梅線鳩ノ巣駅に行った。しかしバットレス方面は雲が降りてきていて登れないだろうという判断、急遽秋川の天王岩に転戦した。ところがここも水を垂らした後のようにぬらぬら岩が濡れている。かろうじて日が当たる側のクラックジョイ1ルートだけが登れるという状態だった。参加はKさんと私の二人だけ、他にクライマーは居ず、一日私たちだけで貸切だった。まずクラックジョイ、二ヶ月ぶりの外岩かつ濡れているので慎重に登った。上部の核心部でうまくムーブが創れない。汗をかくほど力を使って1回目が終わる。先生のムーブをよくよく頭に叩き込んで2回目をトライ、左足のおき方、右足のツッパリ、フレークのとり方、レイバックの体勢などを工夫して1回目よりは楽に登れた。 泥棒かささぎ を登る プロの技 午後は少し乾いてきた泥棒かささぎという難しいルートにチャレンジ。これも上部のハングした辺りで苦戦する。短いリーチと手足であれこれ試してみるがどうしても上に手が届かない。2回トライし2回とも敗退した。でもグレードが高いルートなので自分の力だとこんなものだと思い、あまり葛藤は無かった。先生とKさんの3人だけでゆったりと登れ、なかなか楽しい一日だった。
2010年07月01日
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