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12月31日火曜日。今年も遂に大晦日を迎えた。皆さま、一年間お立ち寄り下さり、温かいコメントを頂いて有難うございました。お蔭様で何とか毎日綴ってくることができました。次年度もよろしくお願いします。さて、恒例になっている本年の山行を記録しました。今年後半は自分の登山・クライミングに加えて娘とハイキングが入ってきて11月からは結構ハードでしたが、よく活動できたものだと思います。①1/4 鎌倉アルプス②1/7 伊豆が岳⇒子の権現⇒竹寺縦走③1/13~1/14 岩根アイスクライミング 庭野ガイド④1/24 飯能アルプス⑤2/3~2/4 西吾妻スノーハイク 橋尾ガイド⑥2/11 三浦アルプス⑦2/14~2/15 夏沢鉱泉アイスギャラリー 山下ガイド⑧2/28 湯河原幕岩クライミング 庭野ガイド⑨3/17 高尾~陣馬山縦走⑩3/24 伊豆が岳⇒子の権現⇒竹寺縦走⑪4/1 高川山 橋尾ガイド⑫4/7 石射太郎山⇒高後山 橋尾ガイド⑬4/14 滝子山寂ショウ尾根⑭4/20 大菩薩嶺⑮4/28 石鎚山⑯5/11 黒斑山⑰5/18~5/19 小川山クライミング シークレット・ひよこ豆 庭野ガイド⑱5/25~5/26 小川山クライミング 七賢の岩場・ソラマメスラブ 庭野ガイド⑲6/9 スーパータコヤンマルチクライミング 庭野ガイド⑳6/15~6/16 八ヶ岳阿弥陀岳⇒中岳⇒赤岳縦走㉑6/22 小川山クライミング 水晶スラブ 庭野ガイド㉒7/4 奥多摩シダクラ沢 沢登り 橋尾ガイド㉓7/22~7/23 火打山・妙高山縦走㉔8/10~8/11 東北八幡平⇒焼山縦走 梅田ガイド・熊谷ガイド㉕8/21~8/24 伊藤新道⇒双六縦走 田口ガイド㉖9/14 川苔山㉗9/17~9/20 西穂高⇒奥穂高縦走(雨天敗退) 田口ガイド㉘9/30~11/1 八ヶ岳大同心南稜登攀 山下ガイド㉙10/10 小川山クライミング 庭野ガイド㉚10/27 佐久の岩場クライミング 庭野ガイド 10/28 ベースキャンプ クライミング 庭野ガイド㉛11/4 娘とハイキング 鎌倉アルプス ①㉜11/9 高尾・陣馬縦走㉝11/13 娘とハイキング 高尾山②㉞11/17 湯河原幕クライミング 庭野㉟11/18 城山南壁クライミング 庭野㊱11/29 娘とハイキング 筑波山③㊲11/30 佐久の岩場クライミング 庭野ガイド㊳12/1 娘とハイキング 岩殿山④㊴12/8 娘とハイキング 金時山⑤㊵12/10 日和田山クライミング 庭野ガイド㊶12/11 陣馬山親睦ハイキング Sさん㊷12/15 娘とハイキング 日和田山⇒ユガテ⑥㊸12/17 城山南壁クライミング 庭野ガイド㊹12/22 娘とハイキング 相州アルプス⑦㊺12/26 城山東壁マルチ スタートレック 庭野ガイド㊻12/29 娘とハイキング 影信山⇒小仏城山⇒高尾山縦走⑧
2024年12月31日
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12月30日月曜日。今日も晴れて一日仕事がはかどった。一昨日からやり残していた大掃除の続きを頑張った。まず室内の家具・床などを全て磨いた。家を建てたばかりの頃は若くて元気だったこともあり、毎月磨いていたものだが加齢と新築の喜びが薄くなるにつれて家を磨くことがおろそかになった。最近は体力が無くなったこともあり、ホントにいい加減にしていた。言い訳は「埃で死ぬことはない」ということで普段のツケが回っているため、どこもかしこも汚く埃だらけ、午前中はほとんど家具磨き、床磨きに精出した。午後は息子も参戦してくれたので玄関周り・ガラス戸・トイレなど伸展が早く助かった。玄関のドアを磨いて浄めた後、正月飾りを着けて仕上げにした。大掃除が一通り終了したあと、今度はお正月のご馳走買いにイオンへ行った。考えることはみんな同じで食品売り場は大混雑だった。人混みをかわしながらどうにか必要な食品類を買い、長蛇の列のレジに並んだ。全部終わったら午後4時ごろだった。疲れて炬燵の中でぼんやりしていた。夕方頃、気を取り直して玄関に迎春のお花を活けて新年を迎える準備を完了させた。 ヤレヤレ、やっとお正月が近づいてきた。上の娘から4番目の孫・咲ちゃんの保育所生活発表会の写真が送られてきた。すっかり大人びた表情になって演技している。無心な幼児の姿は気持ちがクシャクシャした時にはとっても癒される。
2024年12月30日
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12月29日日曜日。暮れも押し迫ってきている。大掃除が完了してないのでそれが気になっているのだが、娘がハイキングに行きたいというので娘の健康増進・体力増強のために協力してきた。行先は移動が楽な中央線沿線で、娘も日帰りハイクに慣れてきているので、今日は一つのピークハントから低山をつないだ縦走もどきのルートにトライさせてみた。高尾駅からバスで15分入った小仏バス停から登山開始、景信山⇒小仏城山⇒高尾山と縦走して高尾山口に下山した。本日も北陸地方の皆さんには申し訳ないような完璧な晴天で風もほとんどなく、快適な陽だまりハイクができた。小仏バス停から景信山までは杉林が続く樹林帯を登るが葉を落とした雑木林が青空に枝や幹をあらわにして清々しかった。 影信山へ続く雑木林 景信山にて影信山までは時間がかかったがその後は娘も快調に歩いて、順調に小仏城山、高尾と縦走できてほっとした。茶店が充実しているルートなので影信小屋でなめこ汁、小仏城山で餅入りぜんざいを二人で食べて寛いだ。 小仏峠の狸 小仏城山から見る富士山 熱くて美味しかったなめこ汁 高尾山への最後の急坂 高尾山の壮麗な神社 天狗の前で参考タイム 津田沼6;01⇒高尾7:55 8:12バス⇒小仏バス停8:35⇒景信山10:03 10:25 ⇒小仏城山11:35 12:15⇒高尾山13:26 13:50⇒ケーブル駅14:30 14:35 ケーブルカー⇒高尾山口14:47
2024年12月29日
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12月28日土曜日。今日は大掃除に取りかかった。息子も娘も用事があって外出し、夫もデイケアで出ていってしまい、老婆一人でする羽目になった。家中の絨毯、マット、電気カーペットなど敷物類をすべてベランダに運び上げて太陽にあて、洗えるものは洗濯した。それだけでけっこうな大仕事だった。左手拇指MC関節症、右手中指バネ指なのでとにかく指が力強く動かせない。とても不便だったが手伝って運んでくれる人もなく、一人でゆっくりゆっくりするしかなかった。こんな指で良くクライミングなんぞしてるよ!!と自分で自分を笑ったりもした。 敷物類を干したベランダランチを挟んでしばし休憩し、その後もリビングの不用品の片付けと拭き掃除、庭のコンテナ等の不用品片付けなどあれこれ仕事した。しかし途中でさすがに飽きがきて中断、中央図書館に出かけて気になっていた雑誌の記事を探して読んだ。まず「山と渓谷」の柏 澄子さんの「凪の人」続いて「ランドネ」に掲載されているこちらも柏さんの「山のガイド名鑑」で昨秋、光岳でお世話になった小玉壮太さん(ビリー͡コダマックス)のインタビュー記事、最後が毎日新聞の「ワクワク山歩き」を読んだ。これも柏さんのルポ記事だ。こうして書いてみると柏 澄子さんの作品は必ず目を通していることになる。 山と渓谷 凪の人 ランドネ 山のガイド名鑑 毎日新聞 ワクワク山歩きこだわっている訳ではないが知人が登場するので親近感があるし、文章もわかりやすく的を得ていて共感できるので読んでしまう。一休みして帰宅し、また大掃除の続きをしたが、とてもじゃないが終わらず明後日に持ち越すことにした。
2024年12月28日
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12月27日金曜日。今日も晴天乾燥の一日だった。年賀状を書き上げてポストに投函した。裏の文面は11月末までに手配して終わっていたのだが住所と一筆がまだだった。昔は年賀状200枚が恒例だったが、退職して出さねばならない義理も無くなり、今年はハガキも値上がりしてしまったため、50枚限定に絞った。それでもハガキ代と印刷費で1万円以上はかかった。まず誰に出すか昨年までの年賀状を見ながら48枚に絞り込んだ。2枚は予備用だ。義理より心の交流や繋がりのある人を選んで住所を手書きし一筆も書き込んだ。午前と午後2回に分けて作業し、無事完了。この程度ならほとんど負担なくできる。これからはこうしよう。 年賀状書き四国に住む姪からお歳暮がやっと到着した。「やっと」というのはこの品が順調に配達されなくて何日もさまよい、紆余曲折を経て、結局は不在配達表を持って郵便局まで出向いてもらってきたのだ。好きなスタバの珈琲だったので良しとしよう。Tちゃん、有難うね。
2024年12月27日
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12月26日木曜日。今日は中伊豆大仁にある城山東壁に新しく開拓されたマルチピッチのルートをNガイドの案内で登攀してきた。 城山遠景とNガイド城山は今年冬2回来ているのがそれは全て南壁のゲレンデ練習だった。今回は南壁の基部を更に回ってとてもリスキーな急斜面を下った地点にある東壁のルート6ピッチを登攀した。開拓したのはJAGUのメンバー佐藤勇介さんでまだ一般公開されてないので詳細は記載しないという規定になっている。全ルートは6ピッチで5ピッチまでがスラブメインの岩のルート、最後は土の急斜面を城山山頂まで登る道になっていた。大体が5.8位のグレードで易しく、青空の元、狩野川と修善寺などの街を背中にして昇る快適ルートだった。 第一ピッチを昇るNガイド 後に続く私最後に出た城山山頂は眺望にすぐれ気持ちよかった。富士山は今日は朝からほとんど雲の中だったがいつも完璧な富士山を見ているので気にならなかった。山頂からはハイキングコースを下山した。なかなか良い道でいつか娘と来てみたいなどと思った。ワイルドボアゴージ、二間バンド、南壁、東壁と城山の岩場をぐるりと見ながら下山できたのでこれもとても参考になったし、岩場の形状がよく把握できた。 大きく蛇行する狩野川 城山山頂 さすがに強風が吹きつけて寒かったこれで今年のクライミングは無事終了した。左手拇指MC関節症のため、ヌンチャクの回収が辛いなど指の問題があらわになってきているのでこの先どうなるだろうという不安はぬぐえない。でも可能な限りの治療をしてダメならダメで仕方がない。これまでその時その時でできること・したいことは全て実行してきたのでもう後悔はほとんどない。
2024年12月26日
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12月25日水曜日。実は娘の誕生日は12月21日だった。所が今年は息子が丁度インフルエンザにかかっていて39.3度の熱を出し、倒れていた。それでケーキを買っても食べれないので延期しようということになった。しかしクリスマスと同じ頃にすると店が激混みで買い物が大変なのでクリスマスが終わって一息ついた頃にしようということになり、息子のインフルエンザもほぼ回復した本日、娘の誕生日祝いをした。娘の希望はすき焼きとケーキを食べたいということだったので、すき焼きの材料とケーキを買いにイオンに行ったがほとんど混んでなくて助かった。夜、みんなですき焼き鍋を囲み、ケーキを食べて誕生日を祝った。娘は満42才を迎えた。闘病生活が長く続いて可哀そうだったが最近は元気で週一ハイクにも意欲的になっている。この調子で元気に楽しく生きていってほしい。
2024年12月25日
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12月24日火曜日。朝は猛烈に寒かった。今日から仕事が無い。これまで朝は通常6時起床だったが寒いので7時起床にした。今日は庭木の剪定をした。息子に頼んだらこんな危険な脚立ではできないと言うのでまずホームセンターまで脚立とついでに剪定ばさみを購入することから始まった。 新しい脚立と剪定ばさみ先日お隣の車が衝突して壊れた後、修理が終わったばかりの外壁の横の庭木を思い切って短くした。伸びてしまって剪定するのも気楽にはできなくなっていたのである。剪定した後、どんな形になるかあまりイメージできないままとにかく短く剪定してしまった。おかげですっかり明るくなったが庭木としてはいかがなものか?という感じになってしまった。通りすがりの知り合いが「そこまで切る?」と首を傾げて笑ってはいた。でももう気にしない。樹木は強いからいつか枝葉を伸ばしてくれるだろう。 剪定する息子切り落とした枝葉を束ね、ついでにその他の草木も少し整理してかなりすっきりした。ちょっと気が楽になった。夜はクリスマスイブなのでちょっとしたご馳走をした。
2024年12月24日
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12月23日月曜日。日々寒さが増してゆく。今朝も寒くて首回りには冬山用ネックゲーター、足首にもニットのゲーターを巻き、ダウンを着こんで手袋をして出勤した。今日は2学期の終業式だった。インブルエンザが猛威を振るって欠席する生徒が激増したため、当初の予定を変更して大掃除はカットして通常清掃、終業式はリモートで各教室で配信された。楽で便利な学校生活になったものだ。全てが終了して生徒が完全下校したあとは一人でゆっくりランチし、事務処理やかたずけをして退勤した。たいした仕事はせず役にもたっていないが無事2学期の仕事が終わっておおいにほっとした。ずっとこの仕事が続けていられたらよいがどうもそうはいかないらしい。
2024年12月23日
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12月22日日曜日。娘との週一ハイクがまだ続いている。今日はどこに連れていこうかと思案し、丹沢の東端相州アルプスにした。アルプスと言ってもご当地アルプスで穏やかな低山である。ところが今日はあれこれと予想外のことが起こった。第一は本厚木駅からバスに乗って登山口にアクセスするのだがバス停がわからない。バスセンターとバス停と二か所、それも相当離れた場所にあったため、すぐにはわからず結果的に乗る予定の撚糸組合前を通るバスに乗れなかった。神奈中バスのスタッフですら「わかりにくいですね」と言って案内してくれたのだった。結局、半沢行きバスで「愛川ふれあい村野外センター」で下車してその登山口から登ることになり、予定のルート変更を余儀なくされた。第二は予想以上に冷たい強風が吹きつけて極寒だったことである。山麓の辺りは陽だまりハイクで快適だったが、高取山頂、仏果山頂ともにメチャクチャ寒くてゆったりと休んだりランチする気になれず、そそくさと下山したのだった。 愛川ふれあい村斗山口のメタセコイアの紅葉 枯葉を踏んで高取山への道を登る 寒さに震える高取山頂 高取山展望台より俯瞰する 都市部 宮ケ瀬湖 仏果山頂 下山後食べたラーメン仏果山から最短ルートで下山しようとしたのに道を探せず、半原バス停に下山したら車道歩きが長くてうんざりだった。再びバスに揺られて本厚木駅に出、寒いので娘と二人、駅地下でラーメンを食べて温まって帰宅した。参考タイム 津田沼5:51⇒新宿⇒本厚木7:45 8:20⇒愛川ふれあい村野外センター9:00 9:15 ⇒高取山11:00 11:40⇒仏果山12:20 12:45⇒半原バス停14:50
2024年12月22日
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12月21日土曜日。やっと何の予定もない土曜日を迎えた。このところ自分の予定済みのクライミングに加えて娘がハイキングに行きたいというのでそれをガイドする週一ハイクが入ってくる、仕事もある、老体のメンテのための医者通いもあるということでハードワークになっていた。元気な私ではあるが相当疲労している気がして、今日は完全休養にした。ピカピカの晴天に家にじっとしているのはもったいないが止むをえない。朝、夫をデイデアに送り出し、娘も出ていくと後はインフルエンザで休養している息子と私だけだった。教え子のTちゃんから手書きのクリスマスカードをもらっていた。そのお礼にクリスマスプレゼントをゆうパックで送るため本局にまで出かけた。中身はチョコレート、ケーキ、飲み物など女の子が好みそうなチョコレートが主。それに昨日買ってきたクリスマスカードを添え、綺麗な包装紙とリボンで飾った。考えることはみんな同じなのか本局は駐車場も満杯で待った上、窓口でも行列ができていた。ゆうパックの箱を持っている人がかなりいた。無事ゆうパックを送った。義務を果たしたような気がして満足感があった。 帰宅後はまた炬燵の中に入って一日のんびりしていたのだった。
2024年12月21日
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12月20日金曜日。今日は朝メチャクチャ寒くてベッドの中で寝ているのに足首が寒くてどうしようもなかった。室内でこんなに寒い目に合うのは超久しぶりだ。7時頃やっと起きて家事をし、10時に夫のケアマネの訪問があった。その後、買い物に行って野菜など重い物を沢山購入してきたら激しく疲労感を感じ、そのまま炬燵で寝入っていた。ふと目を覚ますと午後1時過ぎ、おっと、これはいけない、押し花教室に間に合わないではないか。焦って道具を背負って八千代台まで電車で移動した。気乗りしないものの制作途中の作品があるのでゆるゆる取りかかる。ものをいう元気もなく黙って暗い顔して、ブルーの小花を貼り着けてジョーロを作った。慌ててきたので携帯も忘れてしまい、写真も撮れなかった。ただ疲労困憊状態でやった割には押し花は何とか形にはなった。次回額装だ。帰りに気分転換したくなり、ユアエルムに寄って千明ちゃんに送るクリスマスカードを買った。街はクリスマスムードで華やかさに満ちていたが、とうていそんな気分にはなれなかった。ここのところ、することが多すぎてハードワークになっている。あとちょっとで冬休みだ。何とか乗り越えよう。 千明ちゃんへのクリスマスカード
2024年12月20日
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12月19日木曜日。16日から始まっていた門扉の工事が終了した。立ち合い不要ということだったのでほとんど立ち会うことはなく、家族の誰かがちょこちょこ工事をチラ見するという感じだったが、無事終了して新しい門扉になり、フェンスも切り貼りして何とか同じような色をつないで一本化してある。表札、番地札、郵便受け、インターホンなどこれまでつけてあったものは元通りになった。 新年を綺麗な外構で迎えられるのが気持ちよい。
2024年12月19日
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12月18日水曜日。典型的な冬型で西高東低の気圧配置が続き、いつ雨が降ったが記憶にないほど晴天が続いている。お湿りの雨が欲しいような乾燥状態である。出勤して仕事したあと、幕張のクラゲ整形外科に手指の治療に出かけた。右手中指のバネ指が一旦治癒していたのに最近、また悪化して指やその周辺がこわばってうずく。中指をスムーズに曲げられない。こんな指でどうやって岩を掴んでクライミングしてるの?と自分自身でも不思議に思ってもいる。クライミングなどして手指に負荷をかけるからいけないのだろうな。今日は院長の診察日だ。院長は若く見た目はイケメンだが愛想なく、イマイチ熱心さや患者との共感性を感じない。と言っても手指の専門医はめったにいないのでお世話になるしかない。中指のバネ指が悪化してるというので3回目の注射をした。これでしばらくはもちそうだ。その後は若い理学療法士のお兄さんに脊椎菅狭窄症のリハビリ施術を受けた。リハビリなんてどれだけ効果があるのだろうと疑いながらも続けている。でも今年は脊椎菅狭窄症の症状は比較的軽くて助かっているのは確かだ。 注射した中指 こんなに年取った指だったんだなあ。 リハビリ室 支払いは全てITC化
2024年12月18日
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12月17日火曜日。今日は中伊豆は大仁の城山にクライミングに出かけた。庭野ガイドの講習会だ。東京から三島で新幹線小玉に乗り、三島から伊豆箱根鉄道で大仁まで。新幹線を使っても3時間はかかる。参加者はMさん、Oさんの大ベテラン、Sさん、仲良しのOさんに久しぶりのNさん、女性ばかりで完全な高齢者女子会で、ガイドだけが男だ。今日は上手なMさんOさんがいるせいか、前回よりグレードアップしたルートが多かった。ホームボーイ、アナザーステップ、トントン拍子、鎌形ハング、ドッグファイトなど昔昇ったルートを苦しみながらも昇って充実した。Oさんがとても親切に話しかけてくれて楽しかった。 城山南壁 鎌形ハングハング終了点から俯瞰する狩野川と大仁の街 鎌形ハング ドッグファイト
2024年12月17日
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12月16日月曜日。今日も良い天気だ。車に追突されて壊れたままだった我が家の塀の工事がやっと始まった。物損事故なので保険会社から費用は全額補填され、実際に工事するのは吉川建築さんである。連絡では朝8時から夕方5時まで工事し、今週中で終了するとのことである。立ち合い不要ということなので特に誰か一日中施工状況を見守っているという体制ではなかった。私は仕事、夫はデイケア、娘と息子は外出と家族全員が予定があって家にいる人がいなかったためだ。朝デイケアに行く前の夫の話では4,5人が来ていたらしい。その後、息子が見た時はトラックが来ていて2人が仕事していたと言う。私が午後2時半頃、帰宅した時は男性1人がコンクリート壁付近を作っていた。日本語は話せるが外国人のような気がした。 コンクリート塀を作る男性 刈り込まれた木と取り外されたフェンス 駐車場には作業用具が沢山とにかくしっかりと補修して堅固な塀を作り、安全な駐車場のゲートを設置してほしいと願うばかりだ。
2024年12月16日
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12月15日日曜日。昨夜遅く都内の娘宅から帰宅し、慌ただしく家事をこなし、寝る時間もあまりない状態で、今日は娘と奥武蔵方面にハイキングに出た。娘が週一ハイクのリズムをキープできているのでこの調子を壊したくないと考えて私も頑張っている。天気は晴天で青い空が美しい一日に恵まれた。ルートは日和田山⇒高指山⇒物見山⇒北向き地蔵→ユガ手⇒東吾野駅で低山ながら五つの峰を踏んで歩く初級者定番の陽だまりハイクだ。出発の高麗駅はハイカーやクライマーに賑わっていた。今日は岩場ではなく日和田山直行のハイキングコースを落ち葉を踏みながらいつものゆるゆるペースで登った。娘は最初の日和田山男坂の岩と急坂に多少苦労したようだが後は道が悪くないので順調に歩けた。 日和田登山口にある田部井淳子さんの碑 日和田山頂 物見山の紅葉日和田山から高指山までの道がザレて苦労したようだが、物見山では紅葉も見れて寛いでいた。沢山のハイカーが広々とした山頂で寛いでいた。その後は峠の出店で焼き芋を買ったりして楽しみながら北向き地蔵を通過し、杉林の暗い樹林帯を登り降りして最後にユガテに到着した。 峠の出店で焼き芋を買う 1個200円 北向き地蔵 民家も畑もあるユガテ陽射しが降り注ぎ、広く平らなユガテは最高の寛ぎ場所だった。ここは民家もあり、白菜が植えられた畑や黄色の実を付けた柚子の大木もあちこちにあってとてものどかだった。疲れた娘は木のベンチで居眠りし、私も痛い腰を伸ばした。十分休み、寛いて東吾野駅に下山した。のんびりした穏やかな6回目の娘とのハイキングが終わった。参考タイム 津田沼6:18⇒高麗8:38 8:45⇒二の鳥居9:45 9:50⇒日和田山10:00 10:01⇒ 高指山10:30 10:40⇒物見山11:04 11:25⇒北向き地蔵12:00 12:10⇒ ユガテ12:55 13:25⇒東吾野駅14:20 14:47電車
2024年12月15日
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12月14日土曜日。上の娘からの依頼で都内の娘宅で午後から夜にかけて子どもたちの見守りをした。12月のこの時期なので娘も夫も会合があるのだろう、揃って夜に外出する用事があって、自宅が子供だけになり、不用心なので大人が必要だということで私が呼ばれたのだ。子どもたちは大きく成長していて目を見張った。5歳の末っ子咲ちゃんは自分一人でお風呂に入った。頭もシャンプーをつけて洗い、湯舟に入って一人で体を拭き、パジャマに着替えた。驚きだ。「パパもママもいないから頑張らなくちゃ」と言っていた。結ちゃんは咲ちゃんの面倒をみて一緒に遊んでやり、布団の中で寝かしつけた。これも偉い。翔君はサッカークラブで夕方6時まで活動して遅く帰宅。すぐ風呂に入り、出たら大盛カレーを食べた。これも驚き、以前はお菓子は食べてもちゃんとしたご飯を食べている姿はあまり見なかったから。 結ちゃん 咲ちゃん 眠る二人とにかく4人の孫たちの成長ぶりには目を見張った。日々老化していく私にはまばゆい孫たちの姿を目の当たりにして心が明るくなった。生きてこの孫たちの成人した姿を見たい。
2024年12月14日
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12月13日金曜日。またしても13日の金曜日なのだが誰も話題にしない。今日は最強寒波襲来でメチャクチャ寒くて辛かった。朝出勤する時点でこれまでとは違う寒さを感じて遂に冬物クローゼットを探して防寒小物を出した。膝から下が冷えるのでニットのゲーターを出して履き、靴下も厚手の毛のものにした。肌着をモンベルの登山専用にしているジオラインに取り換え、パンツも裏がついている真冬用にした。それだけの寒さ対策をして出勤したがやはりうすら寒かった。室内はエアコンを入れているので何とかしのげるが廊下が寒い。でも何とか勤務時間をやり過ごして帰宅したが、寒くて何もする気になれない。猫と一緒に炬燵に入ってテレビを観てぼんやり過ごした。 ついこの間まで暑さにうめいていたのに、寒さの到来が早すぎる。もう少し段階を踏んできてほしい。
2024年12月13日
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12月12日木曜日。2日ぶりに出勤した。ものすごく冷え込み、この冬一番の寒さだった。正午になっても気温は10度くらいしかなく、エアコンではなく手をあぶるストーブが欲しかったがそんな贅沢が叶う筈もない。渡り廊下は氷のような北風が吹きぬけるので私は身をすくめて足早に通るのだが、中学生は短パン・ジャージで元気に歩いている。帰宅すると娘からお歳暮が届いていた。カゴメのジュースセットである。早速、娘や夫が飲んでいる。気軽に飲めるのがよい。また富士山の浅間大社本宮から「霊峰富士」というパンフレットが郵送されてきた。今年、私は大混雑に嫌気がさして富士登山はしていないし、もちろん浅間大社奥宮にもお参りしていないのに送って頂いておおいに恐縮である。有難いことである。来年あたり娘を連れて富士山に登ってみようかな。
2024年12月12日
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12月11日火曜日。今日は朝のうちは雲が出ていたが、昼前からはいつもの青空が広がる良い天気に戻った。20年ほど前、都岳連の冬山講習会で一緒だったSさんと3年ぶりに親睦ハイキングに陣馬山に出かけた。高尾駅北口から陣馬高原行きのバスに揺られて登山口まで移動。その後は樹林帯の杉林の道を陣馬山までのんびり登った。積もる話が満載で、Sさんはご主人が胆管ガンで亡くなったことや西駒ンボッカに参加してテレビにも出たことなど、沢山しゃべり続けた。聞くところでは国民年金が少額なので大手スーパーの早朝荷だしのパートに出ていて、朝3時起床、4時から4時間力仕事をするという。帰宅してもまだ8時過ぎなのでそれからハイキングにいくこともあるのだとか。そのパワーに驚いてしまった。一時銀行員だったことがあるそうだがその後は主婦という女性で、とても賢くて現実打開力がある。私もいろいろ話をした。それぞれの生い立ちなどこれまでしなかったような話題も出て、すごく愉快だった。戦後日本の貧しかった時代をともに生きてきたという共感があった。 陣馬山山頂で 富士山もくっきり BS朝日の撮影クルー山頂付近では丁度BS朝日の「そこに山があるから」の撮影が行われているのに遭遇。登山者は南野陽子さん、放映日は来年1月22日とのことでワッペンなどをもらった。親睦ハイクなので温泉に入って帰ろうということになり、栃谷尾根を下って陣馬の湯~陣谷温泉~に立ち寄ってひと風呂浴びて寛いだ。檜風呂でこじんまりしていてとても鄙びていたのが、いかにも山の湯という雰囲気ですごく気に入った。湯温が肌に馴染んでとっても気持ちよかった。 陣谷温泉入口 檜風呂の湯舟たまにはこんな山行がよい。体に何の負担もなく言わば健康登山だ。これからはこういう方向性で登山を進めてていこうと思った。
2024年12月11日
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12月10日火曜日。埼玉県の日和田山にクライミングに出かけた。Nインストラクターの講習会で参加者はとてもお上手な女性のKさんとHさんに男子のKさんと私の4人だった。平日講習だとこの高齢者メンバーになることが多い。メンバーを見て多少気が重かったが、選ぶことができない講習会なので気を取り直して練習する。日和田山は篠原達郎ガイドが存命中に来て以来だから少なくとも3年は来ていない。でもこの岩場は私がクライミングを始めた記念碑的場所なので馴染みが深い。始めに肩慣らしで日の当たる岩を2本昇り、その後は日陰エリアに移動。ステミングフェースや松のハング、重箱などを登った。クライマーは少なく、比較的のんびり昇れたものの、上手な女性2人は常に二人でペアを作って仲良く昇り、私は一日中はじかれた状態に置かれている。クライミングしていない休憩中などにも会話の中に交じれないバリアがある。男性のkさんとペアになっても体重差が大きいので彼とはペアになれない。結局いつも独りでコツコツ昇るしかなかった。何か私が悪いことをしたのだろうか。またはそれに類する情報があるのだろうか。とにかく理由もわからないので深入りしないことにしてはいる。ひどく苦痛ではないけど心理的にすっきりしないことは確かだった。 講習会は人間関係作りがメインではなくクライミングの向上が目的なので、これでどうこうするわけではないが、願わくば上手下手に関わらず気持ちよくクライミングしたいものだ。
2024年12月10日
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12月9日月曜日。今日も東日本側は陽射しが届いて良く晴れた。もう典型的な冬型の気圧配置になっている。こう晴天が続くとありがたみも薄れ、昨日あたりから寒さが本格的になってきていてため、夫の健康管理に気を使っている。来年1月初めから白内障手術なのでとにかく健康維持が大切だと本人にも言い聞かせている。さて、すっかり遅くなってしまったが、「山と渓谷」に連載中の柏 澄子さんのインタビュー記事「凪の人」をやっと読んだ。山野井泰史さんと結婚して奥多摩で生活する山野井妙子さんの海外登山の話がメインだった。最初のころはその生い立ちや泰史さんとの出会いなととても興味深く読んできたのだが、妙子さんのさらなる高度の挑戦続きに読むのに大分息切れがしてきている。偉大過ぎて手の届かない領域にまで挑戦している姿には多いに感銘を受けるのだが、自分の手の届かない世界にいる人のような気がし始めているのも確かである。 いつも思うのはこうした多数の海外遠征費用はどうやって捻出しているのだろうということ。スポンサーがいたりコマーシャルに出ているというような情報も聞かないのでそれが知りたいと思う。私などほんのちょっとした海外遠征や国内登山でもその費用の捻出に苦労しているので、これだけ多数の高所登山をすることができる費用はどうやって捻出しているか、ぜひとも知りたい所である。
2024年12月09日
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12月8日日曜日。朝相当冷え込んだが、娘と二人で静岡県の金時山にハイキングに出かけた。前の週に行く予定だったのに小田急高速バスの切符が満席で行けなかったので、今回はしっかり予約を取って臨んだ。バスタ新宿から一路東名高速をひた走っていたが、最後に渋滞が発生してほぼ40分ほど遅れて金時山登山口に到着した。穏やかな日差しを浴びて金時山に向かって二人で登り始めた。家族連れや高齢者やグループなど様々な年齢層のハイカーがいて多彩だった。 篠竹の道を登る娘まず矢倉沢峠まで登り、更に金時神社方面からの合流地点ま登り、最後に山頂目指した一登りした。山頂付近は急坂で岩が多かったが、娘ももう5座目、そう驚きもしなかった。山頂は沢山のハイカーで大賑わいだったが、冷たい風が吹き抜けて寒さに身をすくめながら一休みした。 山頂からは大絶景が広がっていた。大涌谷方面、駒ヶ岳、芦ノ湖と稀にみる大パノラマだった。しばし休息したのち、寒いので下山にかかった。下山は乙女峠方面に下った。クラブツーリズムのツアーが3団体も通過していった。やはりここは名所なのだ。長尾峠から乙女峠まで比較的穏やかでよい道が続き、娘とゆったりと歩けた。乙女峠からは本日最高の秀麗富士が見えた。 乙女峠からの富士山下りになると娘の速度が極端に落ちてくる。多分1.5倍の時間を要して何とか乙女口まで下山し、運よく小田急高速バスに予約なしで乗車できて新宿に向かった。ここまではラッキーと思ったが渋滞70分、2時間余で到着するはずが3時間以上かかった。やはりバスはこれが怖いし辛い。疲れて帰宅したが、娘が怪我無く無事で登山できたので良しとしよう。参考タイム 津田沼5:51⇒新宿6:42 7:05小田急高速バス⇒金時山登山口9:45 10:00 矢倉沢峠10:35 10:40⇒金時山11:40 12:20⇒乙女峠13:55 乙女口バス停15:00 15:14小田急高速バス⇒バスタ新宿(大巾遅延)
2024年12月08日
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12月7日土曜日。土曜日で天気もよく寛げる日なのに今日も忙しかった。私の夫は二か所のデイケア施設に週4日通っている。そのうちの3日が四市(習志野市・船橋市・八千代市など)複合施設で言わば公的施設の三山園である。もう20年近くお世話になっていて、スタッフに皆さんとも親しいし信頼関係も固い。所が昨今の経営難で民間に移譲されることになったのだ。今日朝10時から船橋市の福祉ビルでその三山園の民間移譲説明会があったのではるばる船橋まで出かけて参加した。 説明会 資料新しく引き継いでくれるのは千歳会という結構大きな福祉事業団だった。千歳会の運営方針やその他の福祉施設などの説明を受け、利用料がどれくらい増えるのかなども説明もあった。公的施設から民営になるのだから利用料が増えるのは理解している。最後に継続利用するかどうかの確認もあり、継続で事務手続きをしてきた。午後は娘とヨシキスポーツの冬バーゲンに行ってニット帽を買い、更にローソンで明日の金時山行き切符の支払いをした。最近は何でもITC利用の予約や支払いになっているので年寄にはハードルが高いが何とかやっつけてきた。毎日忙しく、ほっとできる時間がない。これはやり過ぎだ。でも今週は更にやり過ぎウイークになる。最初は程よいスケジュールなのだが後から様々な予定が入ってきて、結局タイトなスケジュールになてしまう。でもこれも1月いっぱいだ。2月になれば目の手術でノースケジュールになって休める。暇を持て余してみたい気になっている。
2024年12月07日
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12月6日金曜日。今日も晴れて真っ青な空が広がり、黄色の銀杏がはらはらと風に舞う素晴らしい日だった。でも陽射しはあるけど西風が強く吹いて寒さが身にしみた。今日は休みをとって第一病院の形成外科を受診した。 青空をバックに垂直ラインが際立つ病院実は兼ねてより老化で瞼が下がって視界を狭くする眼瞼下垂になっているような気がしていた。特に午後になると瞼が垂れ下がってきて目が細くなってしまう。第一病院でこの手術をしているという情報を得ていたので思い切って、でもこわごわ受診したのだった。初めて会うドクターは割と話がわかる中年の男性だった。服用している薬などこれまでの既往歴を聞かれ、目を診察して何の問題もなく、眼瞼下垂の手術をすることに話が進んだ。術後は目が酷く腫れて見えないそうで通常の生活に戻るのに1か月ほどを要するというので何の予定もない日を選ばねばならない。となるともう1月はアイスの予約も入れてるから2月しかない。2月3日に1日入院して手術することにした。あまりにあっけなく決定してしまったので拍子抜けしたが手術そのものがそんなものなのだろう。病院が予想以上に早く終わったので風の中を歩いてコメダコーヒー店に入り、モーニングした。朝食は既に食べている上にモーニングメニュー食べてるから着実に体重を増やしているが、もうそんなこと気にしないわよ。という開き直った気分だ。 コメダコーヒーのモーニング午後は午後で市役所に開設されている無料相談に出かけて遺言状について相談した。二人の担当者から様々なアドバイスを受けてとても勉強になった。そろそろこういうこともしておかなくては。中山美穂さんではないが人間いつ何が起こるかわかったものではない。
2024年12月06日
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12月5日木曜日。今日もとても穏やかで良い日だった。いつも通りルーティンの筋トレをし、出勤してお決まりの仕事をこなしたきた。平凡でお天気と同じく穏やかな一日だった。39才の時の教え子からクリスマスカードが届いた。全て手書きで色鉛筆で淡く色がつけられている。ムーミン一家が太鼓をたたいたり笛を吹いたりして楽しく合奏している優しい絵柄である。派手さはないもののとてもしっくり気持ちに添う絵だ。完成するのにはかなりの時間を要しただろう。Tちゃん、有難うね。卒業してから毎年欠かさず暑中見舞いと年賀状をもらい続けている。勿論、私も返信を欠かしたことはない。だから卒業後40年近くの歳月を経てもこうして交流が続いているのだと思うが、稀にみる師弟愛だと思う。美味しいチョコケーキでも贈ろう。
2024年12月05日
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12月4日水曜日。今日も温かい小春日和に恵まれた。退勤後、夫と二人でかかりつけ医の村山ハートクリニックに出かけてコロナワクチンを接種した。今回の接種には武田薬品が2022年5月に厚生労働省より製造販売承認を取得した新型コロナウイルス感染症ワクチン・ヌバキソビッドオミクロン株という国産のワクチンが使用された。主治医の話では効き目がしっかりして体に負担が少ない国産ワクチンであると説明を受けた。 市役所からの文書 受付 韓国の戒厳令を盛んに報じるテレビを観ながら順番待ち肩に接種された時はチクリとしたがその時だけで特に苦痛はなかった。医院でしばらく様子を見た後、帰宅した。その後も特に異常は感じていない。とはいえ今日はまず駐車場が満杯で入れず待機。やっと院内に入れたが患者がいつにもまして多くて予約時間をかなりオーバーして順番が回ってきた。あれやこれやで何となく疲労感を感じて、帰宅したら炬燵に潜り込んでぼんやりしていたのだった。これまでのワクチン接種後は肩が痛くなったり体がだるかったりしたので要観察だ。
2024年12月04日
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12月3日火曜日。先月、衝突によって壊れた門扉の復元工事の打ち合わせにY建設が来宅するので年休をとって仕事を休んだ。10時半からY建設の男性と業者が来宅、現場を見ていろいろ打ち合わせした。具体的に使える物はそのまま使用し、破損して取り替えねばならない物についてはカタログを見て決めた。この家を建てたのは平成元年、その当時の外構物品が無くなっていたりするので、似たような物を探して決めた。 コンクリート門扉を組み直し、ポストや表札、番地札を取り替え、白いフェンスを切って類似のフェンスを取り付ける、庭木は必要分伐採しなければならないとのことだった。Y建設さんも業者もテキパキした男性で順調に話が進んだ。必要な物品を発注し、揃った所で具体的日程を決めるということで終わった。その後すぐ夫の病院へ行って薬をもらってきた。ものすごく天気がよいのでウォーキングにも出かけてお日様に当たってきた。銀杏や山茶花が日光に輝いて素晴らしく美しかった。このところ穏やかで温かい日和が続き、気持ちよい日が多いので有難い。
2024年12月03日
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12月1日娘と二人で山梨県の岩殿山に登り、稚児落としまで縦走した。その帰り、大月駅から東京まで中央特快に乗ったのだが、何とグリーン車付きの車両だった。この新しくできたグリーン車は今のところは無料で乗車できるので一度乗ってみたいと思っていたのだった。普通車両に座っていたら「グリーン車が先頭近くにありますからどうぞ」と女性乗務員に声をかけてもらったので、急いでグリーン車に駆け付けた。二階建てで席が普通車両より余裕がある。携帯の電源もついているし、卓上板もあるので寛げる。娘とふたり、ゆったりと席で寛いだ。 所が最初のうちこそ、無料グリーン車に乗れたと喜んでいたが、二人とも疲れで卓上板にうつ伏せになって爆睡したのであった。
2024年12月02日
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12月1日日曜日。昨夜、佐久の岩場でクライミングして新幹線で帰宅したばかりだったのだが、娘がハイキングに行きたいと言う。来週はずっと予定が入っていて一日暇な日がないので、私にとってはかなり強行スケジュールだが、今日、娘とハイキングに出た。当初の予定は紅葉と富士山ということで金時山を案内しようと早朝、バスタ新宿まで駆け付けたのに、小田急高速バスが満席!!。まさかが的中した。思うことはみんな同じだった。止むを得ず、こんなこともあろうかと準備してきた二次案で山梨県の岩殿山に急遽、進路変更した。中央線大月駅から正面にドーンと見える岩山が岩殿山で以前正面から登ってなかなか良かった記憶がある。所が駅前観光案内所で今は正面からは登山禁止で裏側からしか登れないと説明された。何てことだ。今日はついてない。二度も想定外のことが起こる。嘆きつつ、タクシーに乗って畑倉登山口へ移動。全く知らないルートを登ることになったが地図は持っている。登山口の紅葉がものすごく美しくて娘と二人で感動した。 山頂まで一直線の急坂だったがまだ岩が出てこなかったので娘は頑張って一気に登った。山頂からの富士山は雲一つない完璧さで見事だった。 あっけなく山頂に到着してしまい、この先どうするかまで考えてこなかったが、まだ時間的に早く天気も良いのでみんなが行く方に行ってみようと安易に考えて山頂から稜線を歩き始めた。所が畑倉登山口⇒岩殿山⇒浅利登山口⇒大月駅のこのルートは「5~6時間を要し、難所(岩場や急峻な場所、滑りやすい場所等)もあるため中級者以上のルートになります。ご自身の経験・体力・健康状態にあった登山をお願いします」と案内書に記載されているルートだったのである。私は良いとしてハイキング4回目の娘がはてさて・・・という感じなのだが、まあ、経験豊富で岩は得意な私がいるから何とかなるかと思って続行した。説明の通りだった。鎖の岩場が煩雑に登場したし、急峻で狭くえぐれたザレ場が連続した。心配ではあったが来たからにはやるしかない。娘は岩場と鎖場は頑張って乗り越えた。「お母さん、私、岩場上手かも!!」などど言って舞い上がっていたまでは良かった。 連続する難所兜岩から天神山を過ぎて最後に登場するのが稚児落としという大絶壁である。娘はこの大絶壁を一目見たとたん、「怖い、怖い」を連発し、「あそこに行くの、止めよう」と言う。この大岩壁に登る訳でもなく登山道は一応岩壁から距離を置いた所にあるのだが、とにかく怖がる。何とかなだめて稚児落としの山頂まで連れていったが、よほど怖かったのか山頂で正座して固まってしまった。下は見えない場所で何でそこまで怖がるのかと不思議に思ったが、父親も高所恐怖症で若い時、奥穂高の山頂に登れないで肩で待っていたのであった。余計な点が父親譲りであった。 稚児落とし 山頂に人物が小さく見える 稚児落としからの富士山周辺は見事に紅葉していて青空と映えて素晴らしかった。ここまで来れただけでも娘にしてはものすごく頑張った方だと思い、誉めて下山も頑張らせた。大月駅までも相当歩きでがあったが、解説書にあった「中級者以上向けのコース」を歩いたと自慢そうに言う初心者の娘を引き立てながら無事大月駅に到着したのだった。ヤレヤレ、無計画ハイクではあったが、結果的にはとても良かった。紅葉、富士山が抜群なうえ、人が少ない。静かで穏やかな秋山を娘と楽しめた。参考タイム 津田沼5;36⇒新宿⇒大月8:45 タクシーで畑倉登山口9:05 9:10⇒岩殿山9:54 10:15 ⇒稚児落とし12:28 12:50⇒浅利公民館13:59 14:05 バスで大月駅14:25 14:47電車
2024年12月01日
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