思春期の君たちへ 

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一番やりにくい親



一番やりにくい親 [ 親業 ]


人が親になると、おかしな、そして不幸なことが起こる。

ひとつの役割を果たそう、役割を演じようとしはじめ、

自分も人間であることを忘れてしまうのだ。


親はこのように行動すべきだという考えをもとに、

一生懸命努力する。


ところがこの変身は、非常に大きな不幸の原因となる。

というのは、親はこの変身によって、

自分も弱点をもった普通の人であり、

感情を持った生身の人間であることを、

忘れてしまうことがあまりに多いからだ。


親になった途端に、自分の人間臭い現実を忘れ、

そのときどきに感じることが何であれ、

もう親なのだからと、自由に自分を表現することが、

もはや出来なくなってしまう。


こういう「人変じて親となった」親にとっては、

親業の責任の大変な重圧がひとつひとつ試練と感じられる。


常に一貫した感じ方をしなければならない、

子どもにはいつも思いやりを示さなくてはならない、

無条件に子どもを受け入れ、寛大でなければならない、

自分の欲求は傍らに置いて、子どもためにひとまず抑えねばならない、

いつも公平でなければならない、

そして何にも増して、自分の親がした過ちは繰り返してはならないと考える。


この底にある気持ちはよく理解出来るし、むしろ褒められるべきだが、

親業がこれでうまくいくかというと、普通、その逆になってしまう。


親業をうまくやり遂げる親は、

自分が本当の一人の人間であることをまず自分に許す。


親は当然一貫性を欠く。

何故なら、日によっても、相手の子どもによっても、

状況によっても感情が変わるのだから、

ずっと同じやり方を貫けるはずがない。


子どもの行動すべてを受容出来る親などいない。

良い親の役割を果たそうとしているだけで、

その受容の中には偽りが含まれている。

だんだんイライラした気持ちになり、怒りさえ感じる。


親が偽りの受容をした場合、

子どもにどんな影響があるだろうか?

誰でも知っているように、

子どもは親の態度に対して、驚くほど敏感である。

親の本当の感情を察して、

「ことばによらないメッセージ」を受け取る。

子どもは完全に混乱してしまう。


子どもにとって、一番やりにくい親とは、

優しい言葉で話し、自由にさせ、受容しているかのように行動して、

本当は受容していないことをかすかに伝える親である。


(トマス・ゴードン「親業」より)



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