2007年01月08日
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 1月8日

 仕事帰りにレイトショーで映画「硫黄島からの手紙」を見てきました。

 まず、硫黄島の日本側の同時の呼称は(当時の日本ニュース、前線に送る夕べなどでは「いおうとう」と呼んでいる)で、私は「イオージマ」はアメリカが勝手にそう呼んでいたにすぎないと思っているので、タイトル自体に違和感を感じるのですが、う~ん、細かい所は気にしなければ、製作意図は理解できるし、ある程度当時の日本を研究してあって、まあ、よく出来た映画だったと思います。

 アメリカ人が作る戦争映画って、正義の味方、世界のポリスマン的なアメリカ軍が、相手(敵、悪者)をコテンパンにやっつけてスカッとさせるタイプか、主人公が作戦を遂行していく姿を軍隊内部の人間模様を軸に描いた感じの、ドキュメントというよりドラマ風のタイプが大体の所ではないかと思っていたのですが、この映画はドキュメント色が強いと感じました。

 映画が終わった時には売店が閉まっていたのでプログラムを買いそびれてしまって、まだ買っていないままなので詳しい事はわからないけれど、硫黄島という日本人生存者が圧倒的に少ない所が舞台なので、どれだけの真実を把握した上でどれだけそれにしたがって製作したのかは不明なのですが、それでも、当時の日本人、日本兵の考え方や行動パターンなどは遠からず表現できているのではと思いました。

 日本軍や米軍の区別なく、戦場には正義も悪も混在するであろうし、その点リアルに出来ていて、かつての敵国日本兵を公平な視点で表現しようととても努力していると思います。

 しかし、自分の部隊、持ち場が壊滅して、島の北部にある司令部に合流を試みる兵士達が、出発時にたしか「生きてまた会おう、そうでなければ来世で会おう」という台詞があったと思うけれど、多分当時なら「来世」ではなく、戦死した自分自身や戦友が英霊として祭られるはずであり、家族や天皇陛下も参拝して会いに来てくださる「靖国」と言っていただろうなと思いました。製作側は色々な考慮をして慎重な判断をしたとは思いますが、ここがハリウッド映画の日本軍の描写の今の限界と感じました。

 かつて太平洋戦争で初めて日米の正規軍が激突したとされる激戦地「ガダルカナル」。そこで劣勢ながらも想像以上に勇敢に戦闘を続ける得体の知れない日本兵に恐怖のどん底に落された米軍は何をしたかというと、日本兵の遺体や捕虜から手帳や日記を手に入れて情報部に翻訳させ、その心情、心理状態を正確に分析、把握して、それらを情報としてまとめ、その後の作戦への参考など、戦術として生かして、結果、現場の米兵の恐怖心を最小限にする努力をして闘ったのでした。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」を実践したわけです。



 この映画が日本発の日本映画として、「いおうとうからの手紙」として出来ていたら、なお良かった。

 その点では、先日のテレビの「戦場の郵便配達」は、よりよく出来ていたと思います。






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最終更新日  2007年01月17日 02時17分32秒
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