まゆみちゃんのバレエ童話



おどるのだいすき


文  西田愛望




 きょうは、もえちゃんが通っているバレエ教室の発表会です。今、本番前のさいごのリハーサルをしています。
 もえちゃんは、しらゆきひめの森のなかまで、ちょうちょのやくです。
手をぱたぱたさせるとどこへでもとんでいけそうなはねのついた、黄色いいしょうをきています。
おけしょうもして、ちょっぴりおねえんきぶんのもえちゃんでした。
 もえちゃんは、今、ぶたいのそでで、でばんをまっています。
次のきょくで、ちょうちょたちがいちれつになって、走っていかなければなりません。
「あっ。」
 もえちゃんはあわててとびだしたのですが、前の人とだいぶはなれてしまいました。
「もえちゃん。じぶんの出るところをわすれる子は出なくていいわ。」
客席から見ていた、ひさ子先生の声でした。楽しいきょくをさえぎるように、ホールにひびきわたりました。
 もえちゃんは顔がまっかになってしまいました。
そう言われたからといって、おどりをやめるわけにもいきません。
もちろん、もえちゃんはおどることがだいすきです。
きょうをだれよりも楽しみにしていました。
 けれど、ひさ子先生のひとことがおもいくさりのように体にまきついて、いつものようにおどることができません。
「ほらほら、その後ろ、れつがゆがんでるわよ。前の人にかさなるの。」
「もっとにこにこして。ぜんぜん楽しそうに見えないわよ。」
ひさ子先生の目はちょっとのまちがいもゆるしません。
つぎからつぎへと、ちゅういの声がとんできます。
 ひととおりリハーサルが終わりました。
「三十分後には本番です。おちついておどるのよ。えがおはわすれないこと。」
「はい。」
 みんなは、げんきよくへんじをしました。
 もえちゃんは、にこにこどころか、目も口もへの字になって、今にもなみだがこぼれそうです。
「もえ、おどるのもひさ子先生もだいすきなのに、出なくていいなんて。」
もえちゃんがそうつぶやくと耳もとで小さな声が聞こえました。
「気にすることなんかないよ。もえちゃんがいなかったら、先生だってこまるんだから。本番前でぴりぴりしているだけ。」
「えっ。だれなの。」
 手のひらにのるくらいの小さな小さな女の子が、もえちゃんの目の前にあらわれました。
その女の子はすきとおるほどの色白で、せなかに小さなはねがついていました。
「わたしは、このぶたいにすんでいるようせいなの。もえちゃんがかなしそうにしているから、
 わたし気になってでてきたの。きょうはみんなにかがやいてほしいもの。」
「もえ、またまちがいそう。体がいうことをきいてくれないの。」
 声をふるわせながら、いいました。
「せっかくのおけしょうがだいなしじゃないの。」
 ようせいは、もえちゃんのなみだをかわかそうと、いっしょうけんめいはねをはばたかせました。
「そうだ、じょうずにおどれるまほうをかけてあげる。いいこと、にこにこするのをわすれたらだめよ。そうしないと、まほうがとけて、だんだんからだがおもくなっておどれなくなるからね。」
 もえちゃんは、そんなおそろしいまほうなんて、とおもったのですが、ようせいはまほうをかけはじめていました。
「あなたはかわいいちょうちょさん。おどりのじょうずなちょうちょさん。げんきにおどって、みんなをゆめのせかいへつれていけ。」
 そういって、もえちゃんの足もとから頭のてっぺんまでぐるぐるまわりだしました。
 もえちゃんは、くちびるをかみしめて、ぼうのようにつったっていました。
 遠くから、本番十分前の声が聞こえてきました。。
いつも以上にはしゃぎまわっている子たち。もくもくとじゅうなんたいそうをするお姉さんたち。
もえちゃんには、みんながかがやいて見えました。

「ブー」
 はじまりのブザーがなりました。
 いっせいにみんなのせすじがぴんとのびました。
 きょくがかかり、まくがゆっくりと上がっていきます。さっきまで、ざわついていたお客さんたちもしずかになりました。
 うかれるような音楽にのって、七人の小人たちがぶたいに出ていくと、大きなはくしゅがおこりました。
「ねえねえ、もえちゃん。もっと近くで見ようよ。」
 同じちょうちょのすずちゃんがもえちゃんの手をひっぱりました。
「もえちゃん。しっかり歩いてよ。」
「歩いてるってば。」
もえちゃんは、はっとしました。
「すずちゃん、わたしの顔、どんな顔してる。」
「ううん。いつもとぜんぜんちがう。雪女もびっくりなくらいまっしろ。」
「もう、すずちゃんたら、わらわさないでよ。」
 ふたりは、くすくすわらいだしました。すると、きゅうに足がかるくなり、こんどは、もえちゃんがすずちゃんをひっぱって走りだしました。
「そうか、この顔なんだね、ようせいさん。」
 もえちゃんは、心の中でつぶやきました。
 いつのまにか、頭も、手も、ひざもつかって、もえちゃんは楽しそうにリズムをとっていました。
ちょうちょたちがいっせいにとびだすと、ぶたいがよりいっそうはなやかになりました。同じかんかくで、まっすぐいちれつにならんでいます。もえちゃんは、とびきりじょうとうのえがおで、げんきにおどっています。
 やがてバイオリンのゆったりとしたきょくにかわりました。きらびやかないしょうにつつまれた、しらゆきひめとおうじさまおどりです。お客さんもぶたいにたっているもえちゃんたちまで、ふたりのおどりに、うっとり見とれていました。もえちゃんは、じぶんがしらゆきひめになったきぶんでした。
 そして、せいだいなはくしゅとともに、まくがおりました。
「みんな、おつかれさま。とってもすてきなぶたいでした。これからも、ますます、レッスンにはげみましょう。」
と、ひさ子先生がいいおえると、ぶたいの上でわっとはくしゅがおこりました。
 みんなはそれぞれにだきあったり、しゃしんをとったりしていました。
 もえちゃんは、まっさきに、ひさ子先生のところへ走りました。そして、早口でようせいの話をしました。
「きっと、もえちゃんのこころにすんでいるがんばりやのようせいさんがつれてきてくれたのよ。」
 ひさ子先生は、もえちゃんの頭をなでながらそういってくれました。
「先生もね、もえちゃんと同じくらいのころに、はじめてようせいさんにあったの。」
「ほんと。」
「ええ。なんどかたすけてもらったわ。今でもようせいさんのいったことは、ぜんぶおぼえているわ。」
 もえちゃんは、先生の目にくぎづけになってきいていました。
「ようせいさんにあった人は、どんどんじょうずになるわ。おぼえておくのよ、きょうのこと。」
「もえ、ぜったいわすれないよ。おどるのだいすきだもん。」


                                                おしまい


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