madamkaseのトルコ行進曲

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Yaprak dokumu(落葉) その2


Yaprak Dokumu  レシャット・ヌーリ・ギュンテキン原作 (同名の小説より)

登場人物

 アリ・ルーザ・テキン  
   物語の主人公。朴訥なもと役人。5人の子供に深い愛情をそそいでいる。
 ハイリエ
   その妻。平凡だが、子供達を溺愛している。
 フィクレット
   長女: 恋人と破局したためにうちにこもる性格となり、家庭内のごたごたから逃げるようにアダパザールのタフシンに嫁ぐ。
 シェヴケット
   長男:まじめな銀行員。人妻フェルフンデの情熱に負けて結婚するが、彼女が原因で家庭内が不和に陥っていく。
 レイラ
   妹の恋人だったオウスと結婚、愛のない不幸な生活が始まった。
 ネジュラ
   もとの恋人だったオウスが姉のレイラと結婚後、他家に嫁ぐ予定だったが、婚約したあとオウスと出奔する。
 フェルフンデ
   シェヴケットの妻。美しいが悪魔のような女。周囲を次々に苦悩に陥れる。
 オウス
   放蕩で利にさとい男。あくどいことをして次第に自分の仕掛けたわなに陥っていく。
 タフシン
   アダパザールで農園を営む朴訥な男。フィクレットと再婚する。
 ネイイル・セデフ親子
   隣家の母と娘。セデフはかつてシェヴケットを愛していた。



第52話

 銀行の支店長室では、「調査してください。不正が行われています」というフェルフンデ(デニズ・チャクル)からの偽名の電話を受けた支店長が、シェヴケット(ジャネル・クルタラン)を部屋に呼んだ。フェルフンデは慌てて電話を切ってしまう。支店長が掛けなおすと、名前を使われた預金者の婦人は怪訝な声で掛けていないという。
「何か問題でもありましたの?」
「あ、いやいや。それならいいのです。失礼しました」
 電話を切った支店長は、「シェヴケット君、問題はないと思うが君もくれぐれも注意してほしい。今一度問題がないかどうか、預金者の口座を徹底的に調べてくれたまえ」

アリ・ルーザ(ハリル・エルギュン)が妻ハイリエ(ギュウェン・ホクナ)に頼まれて壊れたアイロンを直していると、フェルフンデがものも言わずにウォーキングの格好で外に出ていく。夫婦は顔を見合わせた。門のところでフェルフンデはセデフ(セーダ・デミル)と出くわした。セデフはアリ・ルーザ夫婦に相談事に来たのだ。
 今度の土曜日、母のネイイル(べディア・エネル)の誕生日にどこかでパーティを開いてやりたいのだが、という。レイラ(ギョクチェ・バハドゥル)が「あら、うちのお父さんの誕生日も同じよ。じゃ、一緒にうちで私達がご馳走拵えて合同パーティやりましょうよ」と、若い2人の間でたちまちことは決まった。

 海辺に来たフェルフンデは、「セデフが好きだ」と言った夫の言葉にかっとなって密告電話をかけたものの、恐ろしくなり後悔にさいなまれていた。ギュルシェンに電話して、シェヴケットの様子を聞くが、彼は顧客のところに出かけていて、店内は別に変わった雰囲気はないという。
「フェルフンデ、あなただったのね、密告電話。なんて馬鹿なことをしたの」とギュルシェンはたしなめた。さすがのフェルフンデも涙ながらにこれからも協力してくれるよう頼んだ。
 一方、顧客の製糸業ミタット氏を訪ねたシェヴケットは3万YTL(300万円)を借り出すことが出来、穴を開けたすべての口座に払い戻しをし、犯罪者として告発される一歩手前で救われた。夕方ギュルシェンはまたかかってきたフェルフンデからの電話で、シェヴケットの顧客の口座を調べてみると、すべて埋められているのを発見する。
 家ではオウス(トルガ・カレル)の逮捕について、きっとネジュラ(ファヒリエ・エヴジェン)も知って辛い思いをしているだろうとアリ・ルーザ夫婦が話し合っている。アリ・ルーザは「ちょっとカーヴェで休憩してくるよ」と外に出た。

 刑務所の中ではオウスが牢名主の男から「横領罪でムショ入り食らったんじゃ、だいぶ持っているだろう」と金を要求され、「俺はお前達のような下等な犯罪者とは違う」と言って殴り倒された。彼の家に1人残されたジェイダ(バシャック・サユン)は、万策尽きて前夫ヤマン(ビュレント・フィル)に電話する。
「お前はどのツラさげて、私に電話して来るんだ。私に恥をかかせ、お前の親達の顔にも泥を塗った結果を思い知れ。二度と私に電話をするな」とヤマンは冷たく言い捨てた。
 絶望感に打ちひしがれたジェイダは冷蔵庫にあったありったけの薬を取り出し、涙ながらに母親宛の遺書を書き始めた。そのとき、チャイムが鳴った。ひとりぼっちになったジェイダを心配したネジュラが訪ねてきたのだった。

「何しに来たのよ、出て行ってよ」と今度はネジュラを追い出そうとするジェイダの後ろのテーブルに、山のような薬と書きかけの遺書を見つけたネジュラはジェイダを振り返った。
「あんた、何するつもりなの。なに、この薬。まさか・・・」
「ほっといて。もう、生きていくのが嫌になったの、嫌になったのよ~」ジェイダは泣き叫んだ。
 バシッと彼女の頬が音を立てた。ネジュラが平手打ちを食わせたのだった。
「甘ったれてる場合じゃないでしょ。私だって周りの人のことを考えて死にたい気持ちから立ち上がったのよ。さあ、立ちなさい、生きるのよ。お腹の子供のために強く生きなきゃ駄目よ!」
 叩かれたジェイダは泣きながらネジュラの肩にすがりついた。複雑な気持ちながら、ネジュラはジェイダの痩せてしまった腕に自分の手を添えて支えてやった。ヤクザな1人の男に振り回され、自分も嘆き、家族をも嘆かせた2人の女、そういう点ではネジュラもジェイダも変わりはなかったのである。

アリ・ルーザはカーヴェには行かず、ネジュラの大学の出口付近を行ったりきたりしていた。そこにネジュラの親友イペッキが出てきた。アリ・ルーザは彼女からネジュラの消息を聞くためにお茶に誘った。その頃家ではレイラとセデフがあれこれと当日の企画を練り、アダパザールのフィクレット(ベンヌー・ユルドゥルムラル)にも声をかけようと言うことになった。
「お姉さん、レイラよ。みんな元気? 実は今週の土曜日・・・」
「ああ、ネイイルおばさんもお父さんと同じ日だったの。タフシン(アフメット・サラチュオール)に相談して行かれたら伺うわ」
 電話の声に耳をそばだてていた姑のジェヴリエに、フィクレットは電話の内容を説明した。
「え~っ、いい年をして誕生日のお祝いをするって? やめなやめな。行けばまたお祝いだ、土産だ、ガソリン代だって、沢山お金がかかるんだよ。うちのタフシンに無駄遣いさせるんじゃないよ」

 フェルフンデがいろいろなものを衝動買いして両手いっぱいに提げて帰ってきた。玄関でセデフがいるのを見ると「出て行け、顔を見たくもない」と罵った。「なんて失礼なの、フェルフンデ姉さん」とレイラ。母のハイリエも「フェルフンデ、いい加減にしなさい」と出てきた。
「あの女を二度とうちへ入れてほしくないわ」
「大事なコムシュ(隣人)になんてことを!」
そこにアリ・ルーザが帰宅する。玄関の外に漏れてくる妻と嫁のいい争いを聞きながら彼はドアを開けた。フェルフンデをじろりと一瞥し、書斎に入ったアリ・ルーザは、イペッキから聞き出したネジュラの消息をハイリエに伝える。
「ベイオールのディスコで、バルメイトとして働いているそうだ、明日にでも、見に行ってみようか」
「アリ・ルーザ、お願い、今晩行きたいわ。我慢できないわ」
「よしよし、じゃあ、夕飯のあとで2人だけで出かけよう」

 その晩、シェヴケットもとりあえず安心して家に帰り、和やかな夕食となったが、フェルフンデはことごとく一座の雰囲気を壊すようなことを言うのだった。食後アリ・ルーザは久々に夫婦水入らずで出かけてくると言い、ハイリエを伴って出て行った。両親の悪口を言うフェルフンデに、レイラが心底怒って二人は言い争う。そのあとレイラはセデフのところに打ち合わせに出かけ、末っ子のアイシェ(エフスン・カラアリ)も寝てしまったあと、シェヴケットはフェルフンデに厳しく迫った。
「今朝の電話はお前か、フェルフンデ。妻たるものが亭主を密告したりするか!」
「だって、あなたはセデフが好きだと言ったじゃないの。私にはその言葉だけで十分よ!」
 嫉妬に狂い泣き叫ぶフェルフンデとそれをなだめるシェヴケットは寝室にもつれこんでいく。2人はかつてない情熱に燃え上がった。やがて、しどけないネグリジェ姿のまま台所に果物を取りに行ったフェルフンデは、帰ってきたレイラと鉢合わせする。フェルフンデがこれ見よがしに寝室のドアを開け放したまま部屋に入ったので、レイラは否応なく兄の半裸の姿を見てしまった。
 その頃、セデフは自分の部屋で母親へのプレゼントにするドレスを内緒で縫っていた。遅くまで内職のミシンを踏んで、自分のものなどめったに買わない母への心づくしである。

アダパザールでも夕飯にフィクレットが週末のネイイルと父アリ・ルーザの合同誕生パーティのことをタフシンに告げると、彼は全員で行こうと決めて、みんなが乗れるようワゴン車まで手配することにした。置いていかれるのが嫌さに、ジェヴリエすらもついてくることになった。

 幾日かぶりにディスコに出勤したネジュラは、また忙しく働き始めた。店が立て込んでくる頃、アリ・ルーザとハイリエが入り口から覗き、ネジュラが元気に働いているのを見ると安心する。アリ・ルーザは中に入ろうと言うが、若者ばかりなのでハイリエが尻込みする。そこへ同じような年配の男女二人連れがやってきた。
「あの子よ、どう?」と女が奥のネジュラを指差す。
「若すぎやしないか。まだ子供のように見えるが・・・」と男が答える。
それはネジュラのペンションの家主(ぺリハン・サワッシュ=往年の名女優)とその知り合いの初老の金持ち紳士(セルハット・オナル=有名な舞台俳優)だった。彼らはまっすぐバーのカウンターに座り、家主の未亡人がネジュラに紳士を紹介する。二人はネジュラに仕事が終わったらドライブにでも行こうと誘ったが、ネジュラは応じなかった。

刑務所で孤立したオウスはじっと自分のベッドに横たわっていた。ジェイダはどうしているのか、ネジュラは・・・。その頃ジェイダは、赤ん坊の胎動を感じながら呆然としていた。そしてネジュラは勤めから帰り、ベッドに腰掛けて泣いていた。もうじき父の誕生日だというのに、会いに行かれない寂しさだった。
家主がシャワー室から出てネジュラに勧める。そして老紳士からのプレゼントを渡そうとするが、ネジュラはきっぱりと断り、家主に出て行くよう促した。家主の未亡人はやはり若い女の子を斡旋していたのである。

いよいよ、土曜日。テキン家のサロンは綺麗に飾り付けられ、ケーキや飲み物を買いに出たレイラとセデフがいそいそとカーヴェの前を通りかかると、店主のアフメットがレイラに何事かと聞く。レイラは父の誕生会をするので、どうぞと言う。アフメットは早速アリ・ルーザのカーヴェ仲間のもと領事にも声をかけた。
アダパザールからもタフシン一家が車で出発した。夫婦と子供3人と姑。ハンドルを握るタフシンも、子供達も、口うるさい姑さえ嬉しげである。車がテキン家に到着すると、ジェヴリエは古いが堂々たる風格を示すアフシャプ・ビナ(木造建築の邸宅)を見て驚いた。
「さーすが、カイマカム・ベイ(郡庁長官)のお屋敷。まるで御殿のようだね」などと言いつつ、孫や息子夫婦と中に入り、みんなに温かく迎え入れられた。

 これほどの支度と来客が自分のために用意されているとは知らず、ネイイルは相変わらずせっせとミシンを踏んでいる。サロンでは支度も整い、ハイリエがネイイルに電話する。
「ねええ、お客さんがいるからあなたもちょっと顔を出して頂戴よ、お茶に来てよ」
「わかったわ、いま糸の始末だけしてすぐ行くわ」
「もう今日はミシンはやめて、早く、早くぅ」
 間もなくネイイルが来てみると、テキン家の広いサロンは人で溢れている。セデフが「お母さん、誕生日おめでとう」と抱きついてくる。テーブルには数々のご馳走が並び、アダパザールの親戚すらみんなが着飾って集まっているのだ。ハイリエが言った。
「うちのアリ・ルーザも今日が誕生日なのよ。ほら、あなたもセデフが縫ったドレスに着替えなさい」
 ネイイルはびっくりした。寝耳に水の誕生日パーティ。まさにシュープリーズ(サプライズ)だ!

 華やかな色合いのドレスはネイイルによく似合った。並んだ2つのケーキにろうそくが点され、ネイイル、次にアリ・ルーザの順にろうそくを吹き消して誕生日パーティは賑やかに始まった。そこに花束を持ったカーヴェのおやじ、アフメットと常連のもと領事がやってきて、一座はいやがうえにも盛り上がった。
フェルフンデのかけたレコードに合わせて、アリ・ルーザとハイリエがダンスを踊り始め、シェヴケットもフィクレットと踊り始めた。アフメットがかねて気のあるネイイルをダンスに誘おうかどうか、迷っているとタフシンが立ち上がり、彼女を促した。2人はいとこ同士である。
「あれあれあれあれ~、あれ~、ダンスなんぞみんなどこで覚えたんだろう、へええ」と開いた口が塞がらないジェヴリエ。幼い男の子の孫達は、アリ・ルーザの末っ子アイシェと庭で飛び回っている。
 音楽が変わってダンスの相手を変えることになった。タフシンとフィクレットは初めて胸を合わせて踊ることになった。夫婦とは言いながら、別々の部屋で休み、いまだに触れ合ったこともない2人。シェヴケットとフェルフンデ、そしてセデフ。テキン一家に吹き荒れていた嵐のあと、束の間の晴れ間を迎えたように人々は楽しく平和に踊りや料理に興じ、幸せな夜は更けていった。

 その晩、アダパザールの一家はネイイルの家に叔母のジェヴリエと男の孫達が泊まることになり、アリ・ルーザの家の2階では、大きな客用の寝室にタフシンとフィクレットのベッドが用意された。
「私はアイシェと寝るけど・・・」と言うフィクレットに、ハイリエは承知しなかった。レイラがタフシンの娘のデニズと、末娘のアイシェを引き受けて2階の部屋に上がる。シェヴケットとフェルフンデも自分達の部屋に引き取って、ためらうフィクレットにハイリエは、
「さあさあ、私も間もなく寝るからあなた方も早く休みなさい。話の続きは明日ね、ああ、疲れた」と急き立てた。
 母の心づくしでダブルの広いベッドには真新しいシーツや布団がかけられていた。2人は結婚して何ヵ月もの後、初めて一つのベッドで夜を分かち合うことになるのだった。


第53話

 戸惑う2人は顔を見合わせた。実を言うと、2人には結婚前に交わした秘密の約束がある。フィクレットはタフシンの「子供達の面倒を見てもらうために後添いがほしい」という願いに対し、「出来るだけのことはやってみるけど、もし子供達とうまく行かなかったら別れて実家に戻る。そのために夫婦として触れ合わずに様子を見させてほしい」と言い、タフシンもそれを飲んだのだった。
 2人は暗黙の了解でうなずきあう。そして布団をめくり、ベッドを別々に引き離した。今はすでに互いをよく理解しあっている2人だが、フィクレットはタフシンの腕の中に飛び込もうとはしないのである。

 レイラの部屋では、アイシェを寝かしつけたあと、レイラとデニズが少し興奮気味に喋り続けていた。
「そうだったの。いろいろあったのね。じゃあ今は、フィクレット姉さんを信じているのね」とレイラ。
「ええ、もちろんよ。それも本当のお母さんが帰ってきてくれたくらいに嬉しいの、大好き」とデニズはレイラにもすっかり打ち解け、正直に心の中を吐露するのだった。

「タフシン、あなたこのパジャマに着替えて。私は別なところで着替えてくるわ」
 フィクレットは寝巻きを抱えてトイレに行こうとしたところへ、母のハイリエがひょっこりと寝室から出てきた。
「どうしたの、フィクレット、何か足りないものでも?」
「ううん、違うの。着替えて寝るところよ。心配しないで。お母さん、じゃあ、お休み」
「お休み・・・」

「ん? 何かあったのか?」
 首をかしげながらドアを閉めるハイリエにアリ・ルーザが尋ねた。
「いえね、フィクレットが寝巻きに着替えるのにトイレに行ったのよ、なにかしら・・・」
「さあ・・・いいじゃないか、お前も疲れたろう。もう休みなさい」
 こうしてオスマン朝時代最後の頃のカイマカム・コナーウ(郡庁長官のお屋敷)、アリ・ルーザの家の夜は更けていった。

 夜更けでも一向に眠気も来ないのか、ネイイルの家ではジェヴリエが1人元気付いて喋っていた。隣のベッドで半分眠ってしまっているネイイル。
「ネイイル、ネイイル、聞いているの? もう、ネイイル、起きなさいってば」
「う~ん、まだ起きてるの、叔母さん」
「あたしゃね、驚いたの何の。フィクレットのおっかさんの頭、マッカッカでさ。いい年をしてなんという色に染めているんだろうね」
「・・・」
「うちの倅、あの女と一つ部屋で寝ているかもしれないよ、あんた。どうしようね、あの女狐にすっかり丸められてたら・・・ちょっと、ネイイル」
「う~ん、もう寝たら」
「でもさあんた、あのカーヴェのおやじはちょっといい男じゃないかい。あんたに気があると見たよ。もと領事さんて、どんな人なのかしら、ねえ、あんたってば、ネイイル」

 日曜の朝が明けた。
 フィクレットもタフシンも遅くまで寝付かれなかった。背中に互いの存在が熱いほど感じられるのに、一歩を踏み込めない2人。フィクレットは朝食の支度に台所に立った。
 アリ・ルーザ夫婦も寝付かれないのは同じことだった。揃って階下に降りてくると、フィクレットがすでに支度を始めていた。タフシンがふと目覚めると、フィクレットのベッドは綺麗に片付いていて、シャワーが浴びられるようにタフシンのためのガウンや下着が揃えてあった。
 台所では母ハイリエがフィクレットに聞いている。
「タフシンはもっと子供をほしがっているのかい? お前との間に・・・」
「お母さん、うちはね、普通の家庭じゃないのよ、子供は出来ないわ」
 アリ・ルーザは、母と娘の会話から長女夫婦の間に漂う何かを漠然と感じていた。

 トルコでは日曜はゆっくりと起き、10時とか11時に昼も兼ねた朝食を取るのが普通である。大勢の賑やかな朝食が始まった。隣からネイイル・セデフ親子もジェヴリエとともにやってきた。せっかく和やかな雰囲気を例によってフェルフンデとジェヴリエがかき回す。
 食後アリ・ルーザはタフシンにタヴラ・ゲームを誘い、シェヴケットもそばで見ている。そこへヤマンからフェルフンデに電話が来て、彼女は出かける約束をしてしまう。一座の雰囲気はすっかりしらけてしまった。

 ネジュラにディスコバーの主任から電話が来た。昨日の会計で大きな不足金が出たというのである。彼女は呼び出されるままにディスコに行ってみると、ディスコバーのメンバー全員の連帯責任ということで、各自かなりな額の負担金を割り当てられていた。
 暗い気持ちで宿に戻るネジュラ。家主の未亡人に話をすると「立て替えてあげるよ、そのくらい」といともあっさり言うのだが、どんな形で返すことになるかを考えるとおいそれと借金は出来ない。そこへジェイダから電話がかかってきた。弱気な彼女を叱りつけながらもネジュラは何とかしてやらなくては、と考え、刑務所のオウスに面会を申し込んだのだった。

 アダパザールに戻るタフシン一家。運転をしながらタフシンは今までになく楽しかった妻の実家での出来事を思い出していた。
「ちょっと、タフシン。あんた、何を1人でニヤニヤしているんだい」
助手席から早速息子に突っ込むジェヴリエ。
「いや、楽しかったからさ。みんなで出かけてきてよかったね」と言いつつ、タフシンはバックミラーでフィクレットを見た。目顔でうなずきながらフィクレットも喜んでいた。
「へ~ん、まったく甘ちゃんなんだから」
「いいだろうよ、お袋」
「だけどさ、あのうちの嫁はどうだい。あのフェルフンデって女だよ。ジン(いたずらをする小悪魔)に取り憑かれているようじゃないかい」
「お袋、頼むから言うなよ、余計なお世話だ」
「あーあ、どうせ私が悪者だよ、いつだって、ふん」

 フェルフンデはシェヴケットとレイラを誘ってヤマンが指定した乗馬クラブに向かった。広い庭園で食事を楽しむことの出来る施設である。到着するとそこにはヤマンのほかに、弁護士のジャン氏とオヤ夫妻、夫妻の一粒種ゼイネップがいた。ゼイネップは7歳、乗馬を習っているのだそうだ。

 みんないなくなった家ではアリ・ルーザ夫婦がかつての日々を思い出しながら語り合っている。
 まだ子供達がそれぞれ家にいた平和な頃、シェヴケットとフェルフンデとの出会い、レイラとオウスの結婚、フィクレットの家出同然の結婚、ネジュラの出奔・・・嵐の吹きまくったアリ・ルーザ家という1本の大木からはぼろぼろとこぼれるように葉が飛び散り、1日とて平穏な日がなかったのに、昨日は楽しかった、これでネジュラさえいれば・・・・
 夫婦はネジュラに会いに行こうと決めた。先日イペッキからペンションの住所は教わってある。
「じゃ、これだけちょっと洗っておくから」とハイリエは台所の鍋釜を洗い、フライパンを乾かそうとコンロに火をつけた。
 だが、アリ・ルーザに急かされるままにうっかり火を止めるのを忘れてハイリエは外出してしまった。

 刑務所の面会所、オウスに面会に来たネジュラが金網の外側で待っていると、牢名主も一足先に来て子分達と話をしていたが、美人の登場に気をひかれる。なんと面会相手が小癪なオウス。
彼は注意して2人の様子を伺った。
 思いがけないネジュラの面会に驚くオウス。だがネジュラは彼を恋しがって訪ねてきたわけではなかった。
「ジェイダのことで相談があるの」
「なんだって、ネジュラ。何をしに来たんだ、帰ってくれ。いや、俺が帰る」オウスは面会を中止して引っ込んでしまった。大部屋に連れてこられたオウスは、ネジュラの言葉に男としての自信もプライドも砕かれ、壁や二段ベッドを叩きつけてやり場のない怒り・悲しみに打ちひしがれた。

 乗馬クラブではゼイネップの教習が終わったところでオヤ夫人は帰ることになった。
「あなた、ここにいたければもう少し残ったら?」と夫人は夫の心のありかを試すように言った。
「そうするよ」といともあっさり残ることにしたジャン氏は、レイラを誘って厩舎や庭園内を散歩することにした。
 一方室内では、ヤマンがシェヴケット、そのほかの2人と賭けトランプをやっている。テーブルの上にお金は置かないが、シェヴケットは順調に切り札のカードを集めていた。そして一番になる。紙に書き付けただけの小切手。だがちょっとまとまった小遣いを稼ぎ出した。フェルフンデは大喜びである。

 アリ・ルーザ夫婦が尋ね尋ねてとうとうペンションにやってきた。未亡人は「ご心配なく。いいうちの娘さんだってことがよく分かります、毅然としたいい子で、私も面倒のみ甲斐がありますわ」と愛想よく言った。
「今日は用事で出かけて遅くなるようですよ」と家主は嘘をついた。
「そうですか。じゃあ、待つわけにもいきませんので、これにて失礼。あ、それから娘に渡してやってくれませんか。何かの足しになれば」
 嘘とは知らず、アリ・ルーザは懐から封筒に入れたものを差し出した。
「確かに渡しますわ。ご心配なく」未亡人は愛想よく2人を送り出したあと、封筒に入っていた300YTL(3万円)を躊躇なく取り出し、自分のブラジャーに仕舞い込んだ。
 そこへ先日ネジュラの下見に同行した男から電話が入った。
「なかなかうんと言わないのよ。ほかの子にしたら?」
「だめだ、あの子でなきゃだめだ」と男は主張するのだった。

 アダパザールに帰ってきた姑はまたまた大文句。しかし、タフシンにはゆるぎない妻への信頼感があった。フィクレットももういちいちしおれることもなくなった。夫と娘、子供達の信頼を勝ち得ているのだ。
 一方刑務所で、オウスは深い悩みに沈んでいた。日曜の夜なのでかなり無礼講にサズを弾いたり歌を歌ったりみんな賑やかに過ごしている。サズの音に耳をふさいだところを牢名主が後ろから見て、早速サズを止めさせ、オウスに近づいてきた。
「おい、昼間えらいベッピンがきたじゃねえかよ。あれは誰だい、いい女だなあ。お前のレコか?」
 オウスはネジュラを下等な男の話題にされて怒りが爆発、殴りかかったが、多勢に無勢、1人の男が隠し持っていた刃物で背中から刺され、夥しい出血の中で意識が遠のいていった。

 ネジュラは宿に帰ってくるが、家主の未亡人は掌を返したように冷たかった。その上、父親の心づくしの金は未亡人がそのままネコババを決め込んでしまい、彼女自身もジェイダと同じくらいの絶望感に襲われていた。

 庭園のベンチにレイラが座り、傍らでジャン氏が夫婦仲がよくない悩みを漏らしている。ジャン氏は本気でレイラに惹かれていたのだ。夢うつつの気持ちでジャン氏の声を聞いているレイラ。室内でトランプが終わったのでそろそろ帰ろうとフェルフンデはシェヴケットから離れ、庭園までレイラを探しに来た。
 ジャン氏がまさにレイラの赤い唇に自分の唇を重ねようとした瞬間、はっと我に返ったレイラが顔を背けた。それを真正面からフェルフンデが見てしまったのである。フェルフンデのすばしこいひとみは見る見る新しい標的を見つけた喜びで輝いた。

 さて、アリ・ルーザ夫婦は出たついでに日用品などを買い込んで、雨の降り出した坂道を登って帰ってきた。すると家の前あたりに消防車が止まって大勢の人々が動き回っているのだった。思わず屋敷を見上げた夫婦の目には何が映ったのだろうか・・・


54話

 妻のハイリエが消し忘れたコンロの火が原因でアリ・ルーザの家の台所から小火が出た。斜め前のコムシュ(隣人)ネイイルとセデフ親子が気づいて消防車を呼んだので事なきを得たのだった。家の鍵が古くて消防士の体当たりですぐ壊れたこともむしろ幸運だった。消防車はちょうど火掛を終わって引き揚げ、家の中に入ったハイリエは気絶しかけるが、ネイイルの介抱ですぐわれに返った。
 手伝いに来たもと領事やカーヴェの主人アフメットの手配で、電気屋や鍵屋がもう来て、壊れた部分を修理している。電気屋は80YTL.、鍵屋は150YTL要求しているが、買い物をしてきたアリ・ルーザには手元に余り現金が残っていなかった。代わりにアフメットが払っておいてくれた。

 帰途の車の中で、フェルフンデとシェヴケットは賭けトランプで稼いだ金について話している。後部座席のレイラは無言で考え込んでいた。そこにメッセージが入る。レイラが鞄から携帯を出してみると、ジャン氏から「お詫びします」との一言が・・・
「誰から?」とフェルフンデが聞く。レイラは感情のない声で答えた。
「銀行からよ。新しい預金の宣伝よ」
「ふ~ん」とフェルフンデは納得しない。
 フェルフンデに悟られているので、レイラにはメッセージの返事が書けなかった。
 ジャン氏は金角湾のほとりで、車にも乗らずレイラからの返事を待っていたが何も来ないため、諦めて車に乗り、小雨の中を家路についた。

 夜になってもアリ・ルーザの家では火事の後片付けに追われていた。シェヴケット達が家に着くと、入れ違いに2人の男が出て行った。
「誰かしら?」とレイラ。
「ウスタ(職人)らしいな、多分」とシェヴケットが答えると、フェルフンデは納得しない顔で言った。
「ウスタが何の仕事があるというの、こんな時刻に」
 そのとき、玄関の扉を開けてセデフがゴミ袋を出しに来たのが見えた。
「ナニよ、あの女。また図々しく来ているわ」と途端に不機嫌になるフェルフンデである。

 玄関を入ると、いつも綺麗な廊下が土足で踏み荒らされている。
「何だか焦げ臭いわね」とフェルフンデが言ったとき、アフメットが玄関に出てきた。
「台所から小火が出たんだ。でもネイイル・ハヌムが早く気づいて通報したからね、大事にならずに済んだんだよ」 
 3人は思わず顔を見合わせた。居間に入ると、アリ・ルーザが呆然と立ち尽くしている。ハイリエは半べそ顔で取り返しのつかない愚痴をこぼしている。
「あ~あ、たいへんな支出よ、電気、鍵、天井や壁の塗りなおし。うち中のお金が出て行くわ」

 夜通し賑わう日曜のベイオール。ネジュラの働くディスコにいつかの金持ちおやじが来る。ネジュラを口説くが彼女は耳を貸さず、男の店員に代わったのでおやじは出て行った。
一方、刑務所に程近いとある公立病院。背中から腹を刺されたオウスが回復しつつあった。彼は面会に来たネジュラを思い、自分をこういう境遇に陥れたフェルフンデを思い出していた。

 再びアリ・ルーザ家の居間。明日からでももう、たいへんな出費が待っている。嘆き悲しむ母親の姿は正視できない。シェヴケットは母に言った。
「お母さん、心配しないで。僕が何とかするから、余り考えないで」
「でもお前、どっからお金が出てくるの、あ~あ、馬鹿なことをしてしまった、あ~あ」
「お父さん、僕にあてがあるからどうか任せておいてください」
 シェヴケットには賭けで儲けた金で工面できるという計算があった。そんな夫をフェルフンデは憎らしげな顔でにらみつけた。

 レイラは部屋に引き揚げた。フェルフンデが追いかけてきた。
「さあ、説明しなさいよ。どういうことになったのよ。キスしてたじゃないの」
「しないわよ、フェルフンデ姉さん。なんにもありゃしないわよ」
「どうだか~。私に言わせれば相手は弁護士、お金持ちだしハンサムでいいじゃない。ほらほら」
「私疲れてるの。どうかもう一人にしといてよ、フェルフンデ姉さん」
 レイラが本当に迷惑そうな顔をしたのでフェルフンデも仕方なく部屋を出た。ちょうどそのとき、自分の部屋に入ろうとしていたアリ・ルーザと鉢合わせする。アリ・ルーザは父親の勘でフェルフンデが何かレイラにバッシングしているのを感じ、責めるような視線でフェルフンデを見た。
 その夜は雨が強くなった。レイラは1人悩んでいる。その頃ジャン氏の家の居間でも悩んでいるじゃん氏を尻目に、オヤ夫人は「私はもう寝るわ、お休み。ジャン、聞いているの? お休み」と立ち上がった。ぼんやりとしていたジャン氏は「お休み」と答えるしかなかった。

 アダパザールのフィクレットにも小火の知らせが届いた。
「それだけで済んで本当によかったわ。お父さんもお母さんも身体に気をつけてね、じゃあ」
「どうだったの、うちは?」フィクレットが電話を置くとタフシンが心配そうに聞いた。
「たいしたことなかったようよ」「そうか、それはよかった・・・」
 2人は寝室に入ったが、フィクレットはいつものようにタンスからタフシンの毛布と枕を出して手渡し、「おやすみなさい」と言うのだった。タフシンはそれ以上何も言えずに居間のソファに戻って行った。

 ディスコの勤務が終わってネジュラが外に出ると、通りに止めた車の中でおやじが待っていた。ネジュラは相手にしないで反対側に歩き出す。おやじは追いかけてくる。
「私ははっきり断ったはずよ。付回さないでちょうだい。今度また同じことをしたら次は黙っていないわ。警察に訴えるからね。あなたにとってひどく悪いことになるわよ」
「小娘め。わしに恥をかかせてあとでほえ面かくな」おやじはやっと車を出してネジュラのそばを離れた。

 病室に弁護士が面会に来た。オウスは弁護士に哀願する。
「頼むよ、先生。ムショから出してくれ。あんなところにはいられないよ」
「無理を言うな、オウス。不可能だよ、わかっているじゃないか」
「畜生、出てやる。きっと出てやる。あんなところへ二度と戻るもんか」

 ネジュラはペンションに戻り、家主の未亡人におやじが待ち伏せしていたことを告げ、きっぱりとあの男があなたの友人なら二度としないようはっきり言ってくれと声高に言った。未亡人はこの計画が失敗に終わったものの、諦めない。とにかく「私からも言っておくよ」と調子を合わせた。

 その晩、アリ・ルーザは悪い夢を見た。胸苦しくなり起きて外気を吸う。ハイリエも起きてくる。アリ・ルーザは次々と頭を悩ませる出来事を心配して、寝付かれなかったのである。

 一夜が明けて、みんなが朝食のテーブルについている。アリ・ルーザは仕事を増やすために新しい出版社に面接を受けに行く決心で、きちんとワイシャツを着てネクタイを締めていた。レイラも働きたいと言う。フェルフンデが「ヤマンさんに頼んでみるわ」と言う。ハイリエがぶるぶるっと首を震わせ「あそこは駄目、オウスとの事が片付いていないもの」ととめた。
「ねえ、兄さん。銀行のお客様で事務員を探している人とかいたらよろしくね」と本気のレイラ。シェヴケットとアリ・ルーザは家を出た。

 アダパザール。デニズと2人の男の子を学校に送り出したフィクレットが居間に入ると、タフシンが熱っぽい顔で苦しげにしている。かなり重そうだ。フィクレットが病院に行こうというと、姑のジェヴリエは「風邪のときはね、熱い湯を沸かしてその中に・・・」と熱を下げる薬草茶を作るように言うのだった。

 レイラはオヤ夫人を訪ねた。途中で何度もジャン氏から電話がかかってくる。彼女はとうとう電源を切ってしまった。オヤ夫人はレイラの心のありかを自由に語らせる。彼女はすでに決心をつけていた。ジャン氏がどんなに自分に関心を示しても、それにほだされることなく生きて行こうというのである。

 アリ・ルーザはある出版社の女性社長と契約書を交わした。翻訳の仕事を得ることになったのだ。会社を出るとき、心臓に大きな衝撃がきた。帰り道アリ・ルーザは医者に寄った。検査してみると高血圧、心臓肥大などが見られ、よくよく体重にも注意が必要だと、ウォーキングを進められた。

 アダパザールでは、嫁と姑の間でタフシンの奪い合いが行われていた。ジェヴリエのかけた布団で汗をかいたタフシンの下着を着替えさせようとするフィクレットを、姑は制止する。自分が脱がせる。熱を測ってもそれをフィクレットに見せようとせず自分で見ようと眼鏡を探すがないとなるとやっとフィクレットに見せた。38度7分もある。冷水のタオルで冷やそうというフィクレットの意見にやっと同意する。フィクレットは台所で水を汲み、数滴の酢を落した。

 病院。レントゲン室に連れてこられた車椅子のオウスは緑色の病院服を着せられている。医師の都合で少し待たされることになった。廊下にはジャンダルマ(軍警察の警官)が銃を構えて立ち番をしている。部屋に医師のスペアの白衣があった。オウスはそれを羽織って廊下を横切り逃走したのだった。

 アリ・ルーザがカーヴェによってアフメットに借金を払い、もと領事と3人で病気についていろいろ話をする。
 その頃タクシーに乗ったオウスが運転手から電話を借りてジェイダに電話する。一人ぼっちで朝食を取っていたジェイダはオウスが逃走したことを知った。

 オヤ夫人訪問のあと、レイラは自分からジャン氏を呼び出し、さるカフェで出会い、きっぱりとジャン氏と付き合う意思がないことを述べ、別れを告げた。その後ジャン氏は1人でカフェに残って考えていたが、どこかから電話がかかってきて驚いた様子で席を立った。
 家では面接がうまく行き、仕事が入ることになったとアリ・ルーザが告げるとフェルフンデが「出版社の社長はまだ若い女性ですって」とハイリエを心配させるようなことを言う。

ジェイダはオウスに言われるままに逃走用の着替えや靴を揃えて公園で待った。男性用トイレで着替えたオウスは、白衣と病院服の入ったビニール袋をジェイダに処理するよう渡し、ジェイダの電話を借り受け、彼女の頬に口づけし、腹の子に手を置いて「身体を大事にしろ」と言った。心細いジェイダは「オウス、オウス」と何度も彼を呼ぶ。「しっ」とそれを制してオウスは去っていった。

家では戻ったレイラが何かツキを落したようにさっぱりと楽しげである。父にも仕事、自分にもきっと近いうちにいい仕事が見つかるというと、フェルフンデがヤマンに電話するのを忘れていたといってかけるが、話中だった。

アダパザールではフィクレットの甲斐甲斐しい看護でタフシンの熱が37度5分まで下がった。フィクレットを少し見直す姑。その頃ヤマンの事務所では、オウスの弁護士、この件に関するヤマン側の弁護士としてジャン氏が対策を講じるために会談していた。見計らってヤマンはフェルフンデに電話をかける。そしてオウスが逃走したことはアリ・ルーザ一家にも知らせがもたらされたのだった。

オウスはかつての部下だった男に連絡を取って、さる遺跡の地下に潜伏していた。男はオウスに1両日中に偽のパスポート、高飛び資金などを準備すると約束し、この秘密のアジトにかくまったのだった。オウスはやはりネジュラに会いたかった。電話をかけるとディスコは忙しい盛りで、ジェイダと表示された携帯をネジュラは一度は切ってしまったが、またかかる。
「ネジュラ、俺だ」
 オウスの声を聞いたネジュラは持っていたジョッキを取り落とすほど動揺した。
「どんなにお前が恋しかったか、俺は外にいる。会いたいんだ。一度切るから俺の声を聞きたければお前からかけろ」
 ネジュラは切れた電話に慌ててまたかけた。涙が頬を流れ落ちた。ネジュラもオウスを忘れかねていたのだ。

 家ではオウスの逃走でアリ・ルーザとハイリエがレイラを心配した。だがレイラは「もう彼が私にどうこうすることはないわ。それよりネジュラのことを考えないと・・・」と両親に言うのだった。しかしこのとき、誰よりも恐怖のおののきを感じていたのはフェルフンデだった。オウスを刑務所に送り込んだのは自分なのだ。フェルフンデはその夜一睡も出来なかった。

 夜遅くレイラはアダパザールのフィクレットに電話した。タフシンが熱も下がり1人で台所に来て水を飲んでいるらしい様子に電話を切り、彼を見に行く。タフシンはフィクレットの手を取った。
「震えているのか、フィクレット」
「いいえ、熱が下がってよかったわ。じゃあお休みなさい」
 そっけないフィクレットだったが、タフシンは手ごたえを感じた。いつか本当の夫婦に・・・

 深夜、フェルフンデの車のアラームがなり響いた。慌てて起きて外を見るフェルフンデとシェヴケット。両親も起きてきたが、車の周囲には何事もなかった。シェヴケット夫婦が家の中に引っ込んだあと、黒い影が塀の向こうに現れた。オウスだった。
 そして次の朝、早速仕事が入ったと背広姿で出かけるアリ・ルーザが、オーデコロンまでつけているのでハイリエはひどく嫉妬して不機嫌になった。実は仕事のために早く出るのではなく、あのあと何度か襲ってくる心臓の不整脈を調べて貰うために病院に行くのだった。

 一方フェルフンデも、レイラの就職口を頼んでやるといった手前と、オウスの逃走に恐れを抱いてヤマンのところに出かけるため、舅や夫のあと、1人で車に乗り込んだ。快適に走り出した、と思った途端、彼女は後ろから誰かに羽交い絞めされた。バックミラーに映った男はオウスだった!
 さあ、フェルフンデはどうなるのだろうか。




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