Oh To Be Wicked Once Again

Oh To Be Wicked Once Again

NEU!について

こないだ買ったRovoのライブ盤のラストの曲「KoNuMu」が
やたら気に入って繰り返し聴いています。
ひたすら単調なビートなんだけど、ギターなりバイオリンなりが
押し寄せてきてトランス状態、というような
「確実に盛り上がるなー」という曲です。
でこの「KoNuMu」を聴いていてNEU!を思い出しました。

以下NEU!の話。
とりあえずジャケットを並べてみよう。

neu!

neu!2

neu!75


うーん、なんていっていいのやら。
おちょくられているけど全然悔しくない、みたいな。



ひたすら同じビートを繰り返すハンマービート
(クラウス・ディンガー本人はアパッチと呼ぶようですが)
の持つグルーヴ感というのはどこからやってくるんでしょうか。

感覚的な表現ですが、
普通のグルーヴ感が、「体を動かせ!」と音が
身体に直接働きかけることによって生じるものだとすると、
ハンマービートの場合には、まず音が耳を通じて脳に対し、
身体を動かす指令を出すように働きかけ、
そこから「体を動かせ!」と指令が出るという二段階が存在し、
その意味で身体への働きかけは間接的なものであるように思います。


つまり、聞こえてくる音はひたすら単調で、退屈で、機械的で、
冷淡ですらあるといえそうなものですが、
(でもなぜかユーモラスっていうのはありますが)、
その音を聴いていると、脳の方が単調なビートに
耐えられなくなってきて、「体でも動かさないとおかしくなるよ!」
と指令を出して体が動かざるをえないような、そんな感覚なのです。

水を張った洗面器にずっと顔をつけていることに耐えられずに
顔を上げるような感覚ともいえそうだし、
一定の速度で回転している車のホイールが、
(ひたすら同じ回転を繰り返しているにもかかわらず)
そのうち逆回転しているように見えてくる感覚ともいえそうだし、
白と黒の縞模様をじーーっと見続けていると
目がチカチカしてくるような感覚(これが一番近い気がします)
ともいえそうだし。

なんかそこらへんを突いてこられているような気がします。

クラウス・ディンガーは、何も考えていないわけではなく、
かといって緻密な計算を行っているわけでもなく、
おそらくはある程度までは計算しつつ、でもその後の展開は
適当に偶発性に任せるような、そんな感覚なんじゃないでしょうか。
「遊び(余裕)」を持たせることによって立ち現れてくる「遊び(ユーモア)」
みたいな、そんな感じ。


「『2』を聞いていると、すごい!とか、楽しい!とか、好き!とかいう
個別の感情を超えて、どこからともなく笑い!が込み上げて来る。」
(椹木野衣「NEU!2」ライナーノート『塩化ビニールの虹』より)

※この人の下の名前は「ノイ!」から来ています。
本名なのかなあ、多摩美大助教授とかだった気が。



「革新的、と評されるようなサウンドの、すべての源を、ノイ!は
無意識的に握っているのである。何しろバンド名からして「Neu!」である。
英語にしたら「New!」だ。日本語なら「新!」である。たとえば先の三枚の、
どれでもいいから、未聴の人は試しに聴いてみるといい。
きっとビックリする。それは、過去に何度となく繰り返し
聴いてきた者でさえそうなのだから、当然と言えよう。」

(佐々木敦『ex-music』(河出書房新社)69頁)

Wikipedia「Neu!」


070212


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