颯HAYATE★我儘のべる

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欲望と愛情の間で  2



それを書面にし、お互いにサインをして一枚ずつ自分たちで保管する。

本当に俺と彼女の関係が今、契約の上に成り立ってしまった。

親友でも恋人でもない関係―――。

牧野が『愛人』という仕事をし、そのかわりに俺が安全と安定を提供する。

俺は間違いの上に間違いを重ね、今はもう取り返しのつかない事態を招いていた。

だが一晩考え、俺はそういう関係だとしても彼女が欲しいと思った。

愛情が得られないなら憎しみでもいいじゃないか―――。

俺に対する憎しみ。少なくとも俺を忘れることはないだろう、今後どうなったとしても。

「よし、これで契約完了だな。」

「―――ええ」

彼女は後悔しているのか、俯いたままだった。

後悔しても遅い。俺はもうお前を離すつもりはない。

身勝手と罵られようと、恨まれても憎まれても・・・俺は『牧野つくし』を離さない。

「―――じゃ、さっそく愛人としての仕事をしてもらおうか。」

俺は立ち上がり、彼女にも立つように顎で促した。

「―――え?」

「とぼけるなよ。いま契約が成立したばかりだろうが。愛人としての初仕事だよ。

まさか茶を飲んで世間話をするのが仕事だと思っているわけじゃないだろう?

ベッドを共にすること以外に愛人の大事な仕事があるのか?」

そう言い放つと彼女は青ざめた顔をさらに青くさせて唇を噛み締めていた。

ここは都内にある高級ホテルの一室。

メープルを使いわけにはいかず、別のホテルを利用した。

そのホテルの最上階、特別スィートに俺たちはいる。

俺は隣の部屋を顎で指し、ついてくるように促した。

彼女は拳を握り締め、唇を噛んだまま俺を睨みつけて、ゆっくりと立ち上がった。

飛び出して逃げるかとも思ったが、牧野つくしはそんな女じゃなかった。

どんな屈辱的なことだろうと、自分で考え出した結論から逃げることはしない。

俺の後について寝室へと入ってきた。相変わらず顔色は悪かったが、覚悟を決めた目は強く燃えていた。





ベッドの脇に立って、俺はジャケットを脱ぎ始めた。彼女に視線をやると俯いて震えている。

悔しいのだろう―――俺はそう思っていた。

「自分で脱げよ。・・・それとも、俺に脱がせてほしいのか?」

こうなったら、どこまでも憎まれよう。憎まれることで牧野つくしの記憶に残ろうと思った。

どんなに憎まれていても俺は―――コイツを手放さない。

「―――自分で脱ぐ・・・シャワーは・・・」

「シャワーなんて必要ねぇよ。どうせ今から汗をかくんだ。無駄だろ。俺はかまわない。」

諦めたようにブラウスのボタンを外していく。

昔は見ることのできなかった「牧野つくし」の裸体が俺の目の前に徐々に露になっていく。

俺は自分が脱ぐことも忘れ、彼女を見つめていた。

一枚一枚と彼女を守る布が外されていく。

「―――脱がないの?」

聞こえるか聞こえないかのか細い声。だが俺の耳には届いた。

ブラとパンティーだけになった彼女はまだジャケットを脱いだだけの俺に戸惑ったように目を泳がせている。

「脱ぐさ。」

それだけ言うと、必死で視線を剥がし、自分の衣類を片っ端から剥いでいった。




昔は触れることのできなかった彼女の裸体がそこにあった。

綺麗だ・・・そう思ったが、口には出さなかった。

「来い。」

傲慢に命令し、ベッドへ引き寄せる。腕を掴み、ベッドに押し倒すと唇を寄せた。

―――慣れていない。

そう感じたが、すぐに打ち消した。コイツももう25歳だ、それなりに経験はあるだろう。

俺は深く濃厚なキスを続けながら・・・どんどんと行為を深めていく。

恋焦がれた女性を今、この腕に抱いている・・・その興奮に俺は我を忘れていた。




彼女は泣いていた。俺の下で声を出さずに泣いていた。

目を見開き、俺を見つめながら止まらない涙に俺は呆然としていた。

まさか―――まさか―――何度も心の中で呟いた。

知っていればこんな乱暴な抱き方はしなかっただろう。

俺が当時と違い、童貞ではない今・・・彼女もすでに処女ではないと考えていた。

まさか・・・まだ誰の手にも落ちていなかったとは。

泣き濡れる彼女に何と言えばいいのか、俺はわからなかった。

とりあえず、謝れば―――彼女は許してくれるだろうか。

そう思ったとき、彼女が口を開いた。少し掠れた声で・・・

「愛人として・・・お気に召しましたか・・・?」

愕然とした。俺が言い出したことだ、すべては自分が悪いのだとわかっているが衝撃を受けた。

すでに契約を交わし、俺たちの関係はその上に成り立っている。

どんなに後悔しても・・・取り戻すことのできない時間。

「―――まさか、まだバージンだったとはな。まあ・・・愛人としてバージンっていうのは価値があるんじゃねぇのか?」

俺は彼女を傷つけると知りながら、そう答えるしかなかった。





こんなことになるとは思ってもみなかった。つくしを傷つけた後、どうしてもまともに顔を見ることができず、俺は彼女を置き去りにした。

「初めてだったんだ、体がきついだろう? ここで休んでいけ。」

「―――仕事があるから・・・」

「どうせ今日はもう仕事にならないさ。明日の10時までにチェックアウトすればいいから。金は払っておく。」

俺はそういい捨てると、彼女に小切手を差し出した。当座の運営資金だ。もう妨害することはないが、俺のせいで出た損失を埋める必要がある。

だが・・・彼女は怒りに震える目で俺を睨みつけた。

「私たちは契約を交わしたのよ! ビジネスだと言った・・・ここでお金を支払うなんて!

私は娼婦じゃないのよっ!!! 処女を売ったわけじゃないっ!!!」

俺は自分のしたことに気がついた。そんなつもりじゃなかったが、どこまで鈍感なのだろう。

確かに寝た後でお金を差し出せば、体を買ったも同然だろう。

「こ・・・これは会社の・・・運営資金だ」

俺は正直に話したが、彼女は受け取ろうとはしなかった。

「いらないわ。顧客が戻ってくれれば問題ないから。そしてそれはこの契約に含まれることよね?」

「―――ああ」

「じゃ、問題ないわ。私は仕事をしただけよ。」

何度も仕事という彼女に怒りを感じた。これは愛情じゃないと繰り返し思い出させられる。

俺はベッドから起き上がることさえできない彼女に「勝手にしろ」と吐きすてるとホテルを後にした。

俺が小切手を差し出したときの彼女の顔が脳裏に焼きついて離れなかった。

傷つき、悲しみ、どうしようもない憤り。俺はどこまで彼女を傷つけるのだろうか。




まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。

痛む体をベッドに埋め、つくしは止まらない涙を拭うこともせずに呆然と横たわっていた。

8年前は間違いなく、自分の初めての相手は道明寺しかいないと思っていた。

だけど、それはこんな形じゃなかった――――。

痛みしかない。体も心も痛みに悲鳴を上げている。

この8年、忘れたくても忘れられなかった人に無残にも散らされた思いが哀れだった。

「私が決めたこと・・・よね。」

鼻をすすりながら、つくしはやっと涙を拭った。いつまでも泣いていても仕方がない。

自分で決めて、私はここまで来たのだ。道明寺のせいじゃない、私の決断だ。

私が処女だとわかったときの道明寺の顔がちらついた。

ショックに目を見開き、それでも体を止めることができずに欲望のままにすべてを吐き出していた。

そして終えた後の後悔したような彼の顔を見て、ショックを受けた自分に私自身が驚いた。

私に満足しなかったのだと思った―――。経験のない体に失望したのだと思った―――。

どうして、私たちはこう・・・なったのだろう。幸せになるはずの道をどこで踏み外したのだろう。

つくしは涙を止めようと必死で何度も頬を拭い、目を瞬いたが、次から次に溢れる涙をどうしても止めることができなかった。





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