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颯HAYATE★我儘のべる
欲望と愛情の間で 5
後ろから聞こえた声に驚き、勢いよく振り向くといつからいたのかドアに凭れて道明寺が立っていた。
テーブルの上には紅茶まで用意されている。全く気付かなかったが、タマも入ってきたのだろう。
「―――変わらないものなんてないんだよ・・・」
庭を見たとき変わっていないと感じたが、つくしはあえて、そう返事をした。
「8年の月日が流れて、樹木は大きく成長している。私たちもそう・・・なんだよ。」
道明寺の顔が歪んでいく。それが悲しみゆえなのか、憎しみゆえなのか、つくしにはわからなかった。
「―――座れよ」
彼はそれしか言わず、椅子を勧めた。つくしも無言でそれに従い、目の前の紅茶を啜った。
「おいしい・・・」
「―――お前んちでは飲めないくらい高級な葉を使ってるからな」
「・・・なに、それ」
「事実だろ」
「―――そう、だね・・・」
二人ともが話をそらしていることに気がついていた。少しでも別れを長引かせたいのかもしれない。だがどんなに避けようとしても仕方のないこともある。
「―――道明寺、もう・・・やめよう?」
彼は何も答えず、静かにカップをソーサーに戻した。そして私を睨むように凝視してくる。
「お前は・・・お前は会わずにいられるのかよ・・・」
「たぶん、できる。8年会わなかったんだよ? 私たちが出会って、別れるまでに2年。そして再会してから1ヶ月ちょっと・・・。
人生の中で道明寺がいない時間の方が長いんだから・・・会わなければ忘れられる。」
「―――もう会っちまったんだよっ!!! もう、俺たちは再び会ってしまったんだ。
忘れられるはずがねぇだろうがっ!! なんで・・・なんでお前は簡単に別れられるんだよ・・・」
道明寺の叫びが胸に響くが、つくしには他人を傷つけてまでこの関係・・・契約を続けることはできなかった。
「―――簡単に私を捨てたのは・・・アンタだよ。そのときに私たちの道は別れてしまったの。
それを無理やり同じ道に乗せても、どこかに歪みが生じてしまう。この再会は間違っていたんだと思う。」
「ふ・・・っざけんな!!! 俺が簡単にお前を捨てただと? 俺が? 俺がお前を捨てる?
俺があの時・・・どんな気持ちでお前と別れたと思っているんだ!!」
「―――どんな気持ちだったにしろ、あのときに道は別れたんだよ・・・」
彼の顔を見ることができず、つくしは俯いて答えた。
司は震える手を握り締め、項垂れて話すつくしを睨みつけていた・・・が、おもむろに椅子から立ち上がるとつくしの腕を掴み、無理やり立たせた。
驚愕に目を見開くつくしをそのまま抱きかかえ、ソファへと落とす・・・
つくしは司の意図に気がつき、暴れるが押さえ込まれて身動きが取れなかった。
上から圧し掛かる司の目は赤く、それは欲望と悲しみのどちらに彩られているのか・・・。
「―――道明寺、やめて・・・」
言葉を封じるように、道明寺が噛み付くようなキスをしてくる。無理やり口中に舌を割り込ませ、口内を蹂躙される。
「う・・・うぅ、あ・・・」
もがけばもがくほどに強く押さえ込まれ、どうにもならない。
つくしは口内を貪る舌を噛んで抵抗した。さすがに道明寺は痛みに顔を顰め、口を離す。
「・・・いっつぅ・・・」
今度はわかる。彼の目が悲しみに潤んでいるのがわかる。だが・・・つくしにはどうすることもできなかった。
「そんなに・・・そんなに俺が嫌なのかよ・・・」
そうつぶやくと両手でつくしのシャツを引き裂いた。
「道明寺!!!! やめてっ、嫌っ!!!」
「お前は誰のものなのか・・・体にわからせてやる。俺なしで生きられないようにしてやるよ。」
つくしは初めて道明寺に恐怖を抱いていた。こんな姿を見たことがなかった。
彼の手が露になった胸をまさぐり、つくしの抑えた欲情を呼び覚まそうとする。
「いやぁ!!!!!!」
「嫌がってもやめない。」
無常に言い捨てると彼は猛った彼自身をつくしの腰に擦り付けた。
「嫌、やめて・・・お願い、道明寺!!!!やめて!!!!」
つくしの悲痛な叫びが届いたのだろう、ドアがいきなり開いた。
「坊ちゃん!! いい加減にしなさい!!!」
そこに響いたのはタマの声だった。
開け放されたドアの内側に、タマが呆れと怒りが入り混じった表情で立っていた。
こんなところをタマに見られた恥ずかしさはあったが、すでに開き直っていた俺は戸惑いと焦りの中で冷たい言葉を口から発していた。
「出て行け。使用人の分際で主人の部屋に勝手に入ってくるんじゃねぇ。」
心の中で俺自身に怒りを感じながらも、表情にはそれを出さず、タマを見据えていた。
「―――呆れた男だね。しばらく会わない間にここまで情けない男・・・いや、最低の男になったとは。
旦那様と奥様は仕事の面しか教育をなさらなかったんだねぇ。坊ちゃん、女を抱くのに無理強いはレイプですよ。」
タマの言葉に真っ青になった。レイプ・・・??俺にそんなつもりはなかった。
ただ牧野を俺のものにしたかっただけだ――――。
「坊ちゃん、つくしの叫び声が聞こえたんですよ。私にはつくしが同意の上で今、坊ちゃんの下にいるとは思えません。
それにつくしのその涙はなんですか? 好きな女をそんなに苦しそうに泣かせて・・・坊ちゃんはそれで満足なんですか?」
タマの責めるような口調が痛かった。牧野に視線を向けると確かに泣いている。
それは気がついていたが、まさかここまで苦しそうな顔をしているとは思っていなかった。
が
いや、故意に気がつかないふりをしていたのかもしれない。
「つくし、今日は帰りなさい。」
タマの口調が途端に優しくなる。ドアのところから動かず、手だけを差し伸べる。
誘われるように、彼女の手が伸びて俺の下から立ち上がろうともがきだした。
このまま俺の手の中に収めておきたかったが、そういうわけにもいかず、俺は力を抜いた。
その途端、俺の手から逃れた牧野は勢いよくタマの元へと駆け寄った。
その動作が俺を恐れていたことを物語っているようで・・・悔しく、悲しい。
「さあ、今日は帰りなさい。話はいつでもできるから。」
「―――牧野、俺は諦めないからな。」
タマに促されて部屋を出て行く牧野に俺はボソリとつぶやいたが、それが彼女の耳に届いたかどうか・・・牧野の表情には何も表れなかった。
「坊ちゃん、どういうわけか聞きたいもんだね。」
つくしを見送ったあと、タマは俺の書斎へとやってきた。
来ることはわかりきっていたので、鍵をかけようとも思ったがタマだけはこの家の全部屋の鍵を持っているから意味がないだろう。
「―――お前に言う必要はない。」
「なんだい、その言い草は。どこまで根性が腐っちまったんだろうねぇ・・・。」
タマは頭を振りながら、いかにも呆れたというように俺を見つめていた。
その様子が心底呆れた様子だったので・・・つい、本音を漏らしてしまった。
「ただ・・・アイツを取り戻したかっただけだ・・・」
ボソっとつぶやいただけだったので、タマに聞こえるとは思っていなかったが、彼女は随分年老いたが耳は良いようだ。
「―――なんだって!?」
タマはびっくりしたように声をあげると、また呆れたように目を閉じ、右手を額にあてた。
「坊ちゃん・・・アンタって子は・・・誠実って言葉を知らないのかい?
坊ちゃんがつくしを愛していたのは知っているよ、そして意に染まない結婚をしたことも知っている。
そうだよ、アンタは忘れたのかい? 今の坊ちゃんは結婚しているんだよ。
そのアンタがつくしを取り戻したいとか、ましてやあんなことを強要するとは。呆れを通り越して怒りすら覚えるよ。
つくしを取り戻したいなら・・・まず最初にすることがあるだろう?」
タマの言葉にハッとした。自分は何をしていたのか・・・。
あのとき見た若い男に嫉妬して、愛人になれと脅迫して牧野を追い込んだ。
俺はアイツを幸せにしたかった。俺のそばで・・・。それなのに、今の俺はアイツを苦しめるだけだ。
アイツの男に嫉妬する権利が俺にあるのか? 俺は政略結婚とは言え、妻がいる。それなのに牧野の男に嫉妬して、とんでもないことを彼女に要求した。
責められるべき人間は俺であるはずなのに、俺は牧野を責め続けた・・・。
今からでも遅くないのだろうか・・・
声に出したつもりはなかったが、無意識につぶやいていたようだ。
「物事を始めるのに遅いということはないんですよ。どんなことでも生きていれば、やり直すことができるんです。
つくしは幸いなことに独身だ、この先、坊ちゃんの離婚問題が長引けば、どうなるかはわからないが・・・
少なくとも、後悔しない人生は歩めるんじゃないかねぇ。今のままだと坊ちゃんもつくしも不幸だろう?」
俺が離婚できても、牧野が戻ってくるとは限らない。だが・・・このままでいいはずがない。
牧野を手放したくない―――。
なぜこの思いを8年前に無視することができたのだろうと今では思う。
あの頃は・・・別れることが彼女を守ることだと信じて疑わなかった。
確かにあのババアの手からは守ることができただろう、だが・・・その結果、俺も牧野も苦しむことになった。
類の言ったとおり、別れずに彼女を守るべきだったと思う。
「やり直せる・・・か?」
俺は決意を固め、タマを見据えた。
「ああ、やり直せる。坊ちゃんはあの頃のような子供じゃない。今ならどんなことでも可能なんじゃないのかねぇ?」
意味深な言葉だが、タマの言いたいことはわかった。今の俺なら・・・きっとお袋は俺と牧野のことに反対しないだろうと言っているのだ。
8年前、俺は自分の力でお袋を認めさせるべきだったのだ。
逃げるように道明寺邸を後にしてマンションに戻ると、玄関前に誰か立っているのが見えた。
セキュリティはしっかりしているし、不在の家に訪問客は来られないはずなのだが、その人物はつくしの家の前に立っていた。
恐る恐る近づくと、ハッキリと横顔が見える。
「―――花沢類」
呼ばれると嬉しそうに類が振り向いた。
「やあ」
「やあ、じゃないわよ。どうしたの?」
正直、誰にも会いたくなかった。一人になって自分を慰めたかった。
「―――牧野、何かあった?」
勘がいいというか・・・昔から類は私のことに敏感だった。自分でも気がつかないことに気がつく。
「―――なんで?」
「顔色が悪い。それに・・・泣いたね、目が少し腫れて赤いよ。」
「―――ちょっと・・・風邪気味でくしゃみと鼻水、そのせいで涙が出て・・・」
苦しい言い訳だが、正直に話すつもりはなかった。―――が、類はなんとなく察したようだ。
「―――司?」
何も言わずにいると、類がそばにやって来た。そして顔を覗きこまれる。
「よく見ると・・・随分泣いたみたいだね。目の周りが荒れているよ。」
そう言うと彼は目元にそっと触れた。ビクッと体が硬直するのがわかる。
今の私には、人の手が怖かった。触れてほしくない・・・。
硬直したのがわかったのだろう、類にしては珍しく、眉間に皺を寄せてつくしを見た。
「―――牧野、司に何をされた?」
「・・・何も・・・」
「嘘だね。あの雑誌のこともあるし、昨日の朝に司を訪ねたんだ。だから俺たちに隠し事をする必要はないよ。
司の態度や言葉から、だいたいのことは察しているから。」
「―――だいたいのこと・・・?」
「うん、推測でしかないけどね。だから言う必要はないよ。俺は推測が正しいと思っているから。」
「なに・・・それ。」
「間違っているかもしれないけど、ほぼ正しいんじゃないかなぁって。他言するつもりはないし、自分の考えが正しいと思っていても別にいいでしょ。
あきらや総二郎もそうだよ、俺と同じ考えだと思うよ。話しあってはいないけどさ。」
F3がどういう考えかは理解できない、だけど・・・たぶん・・・付き合いの長い4人だ。
あまり間違っていないような気がする。
「そう、それなら・・・」
「帰らないよ。とにかく、中に入れてくれない? こんなところで話していても仕方ないでしょ。」
つくしの言葉の先を呼んで類が制す。確かのマンションのドア前で話せば、人目につくだろう。
仕方なく、鍵を取り出してドアを開ける。
「どうぞ、入って」
「へえ・・・インテリア・デザイナーだけあって落ち着く内装だね。」
「―――賃貸だから私が内装を手がけたわけじゃないわよ。」
「あ、そうなの? じゃ、趣味の良いところを選んだね。でも家具や他のものは牧野が選んで配置したんでしょ。」
それはそうだ。部屋を見てから家具を一から揃えた。
「そうね。家具は私の趣味ね。」
「じゃ、牧野が選んでいないのはクロスだけでしょ。内装は牧野がしたようなものじゃないの?」
「―――そうかもね」
つくしは小さく頷き、ソファに座るように促した。
「コーヒーでいい? アンタんちみたいに高級じゃない、インスタントだけどさ。」
「お茶でいいよ。ずいぶん前に牧野んちでお母さんに淹れてもらったやつ。」
つまり激安のお茶。それもあの当時はティーバッグだった気がする。私が飲んでもあまりおいしいとは思えなかったお茶だ。
「同じものはないけど・・・あの頃よりは少しおいしい粗茶をお出ししましょう。」
つくしはそう言うと、急須に茶の葉を入れ、熱々のお湯を注ぐ。
「はい」
一応、5客だけは揃えてある客用の湯のみにお茶をいれ、茶托にのせて出すと類は微かに微笑んだ。
「なに?その薄い笑いは。」
「え・・・だってさ、前に牧野家で出してもらったお茶は欠けた湯飲みに入っていたよ。綺麗な湯飲みだな~と思ったら笑えちゃって。」
「失礼ね。もう実家だって欠けた茶碗なんて使ってないわよ。」
「――――そう?それもなんか寂しい気が。」
「あんた・・・牧野家をどういう存在にしたいわけ?」
「―――貧乏なままで」
「あんたたちクラスからしたら、誰だって貧乏よ。」
つくしはそう言って、自分で淹れたお茶を啜った。うん、あの当時よりはまともなお茶。
お茶を飲むと少しだけ気分が落ち着いた。道明寺の家であった出来事のせいで気持ちが随分荒れていたようだ。
「落ち着いた?」
たった少しの変化で自分が落ち着いた気持ちになったことを察してくれる類に驚いた。
「―――まあね。」
「じゃあ・・・だいたいのことは察するけどさ、司に何をされた?」
「言わなくてもいいんじゃなかったの?」
「う~ん・・・そうだねぇ、でもさ、言ったほうが楽になることもあるんじゃないの?
牧野は昔から一人で解決しようとするでしょ、たまには人を頼ってみなよ。友達に相談するのってそんなに難しい?」
思い返せば、親友といえども「相談」というものをしたことがない気がした。
特に親友達に迷惑がかかると思えば、口を噤んで自分の考える解決方法を試した。
それが道明寺を傷つけ、親友たちを苛立たせたりしたこともある。
「思い当たるでしょ」
無邪気に自分を責める類にちょっと顔を顰めた。図星とは言え、それをズバリと言われると少し腹が立つ。
私も結構天邪鬼な性格だなと思いながら、つくしは苦笑した。ここは正直に認めるべきかもね。
「そうね。私は家族の大黒柱的存在だったし、頼りない父親を支えることが当たり前だったから・・・。
自然と人を頼らずに自分で解決することが当たり前になっていたのかもしれない。
自分でどうしても解決できないことも、必死で悩んで・・・それで自滅しちゃうのよね。」
つくしは道明寺との付き合いの中で何度そういう目にあっただろう。
思い返せば、自分が考える相手の幸せってものを押し付けていたような気がする。
相手に「こうすれば貴方は幸せか?」そういうことを聞いたことがあるだろうか?
否・・・一度もない。道明寺のお母さんに優紀や和也くんの家を人質に捕られたときもそうだった。
誰にも相談せずに、こうすればみんなが幸せだと自分で判断した。
今おもえば・・・どうだろうか。
私が自分の実家のことで彼と別れることになったと知ったら、優紀はどう思うだろう。
一生、私に罪悪感を抱いていくことになるんじゃないだろうか。それでは親友でいることすらできないだろう。
あの頃の自分はなんて傲慢だったのだろう―――。
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