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颯HAYATE★我儘のべる
欲望と愛情の間で 8
つくしは悩んだ末に総二郎にそう打ち明けた。類には言えなかったが、なぜか総二郎には言うことができた。
「―――愛人契約?」
意味がわからないというように、総二郎はキョトンとした声をあげた。
F4のこんな様子を見るのは初めてかもしれない。
「そう、私の会社を援助するかわりに私は道明寺の愛人になる。ビジネスとして契約を交わしたの。」
道明寺だけが悪いわけじゃない。契約を持ち出したのが彼でも断ることもできたのに承諾したのは自分。
つくしは総二郎の顔を窺いながら、先を続け、すべてを正直に話した。
総二郎はただ黙って聞いていたが、眉間がピクピクと動くのは怒りを堪えているせいかもしれない。
その怒りは道明寺に対してなのか、つくしに対してなのかわからない。
「―――というわけなの。私がバカだった、こんな記事が載って・・・道明寺の奥さんの気持ちを考えると・・・」
つくしが語り終えても、総二郎は何かを考えているようで、しばらく何も言わなかった。
静かな部屋でただ二人が無言で座っていた。つくしは俯いて総二郎の言葉を待っていた。
罵られても仕方がない―――そう思っていたが、彼の発した言葉は罵りでも同情でもなかった。
「その契約を結ぶ前というか・・・司が愛人になれという前はどんなことを話していたんだ?」
「え・・・?」
「司が愛人云々を持ち出す前に話していた内容だよ。」
つくしは慌ててその時の会話を思い出そうとした。
「本当は牧野と会うつもりはなかったんだ・・・だけど、日本に戻ってすぐに偶然アイツを見かけた。
若い男と一緒に・・・楽しそうに笑っているアイツを見て、俺は・・・嫉妬したんだ。
嫉妬する資格すらねぇのに、俺は嫉妬して怒りのあまり、牧野の会社を追い詰めていた。
アイツが俺を頼ってくれば、また俺たちは仕事上とはいえ堂々と会う理由ができる、そう思って・・・。
この俺がここまで姑息な手を使っても牧野に会いたかったんだ。そしてあの男と別れさせたかった。
――-情けねぇだろ・・・?」
司は疲れたように自分の心情をあきらに打ち明けた。
「つまり、牧野を追い詰めた理由は嫉妬ってわけか?」
そうだ、凄まじいまでの嫉妬が俺を突き動かした。牧野つくしという女をこの手に取り戻したい、そう思った。
だが方法を間違えた。結果、取り戻すどころか距離が広がったような気がする。
「―――そうだ、嫉妬に狂って俺は身勝手にも妻がいる身でアイツを取り戻そうとしたんだ。
俺が追いかけてきてくれた牧野を手酷く振ったのに、傷つけて泣かせてまで別れたというのに・・・な。」
「そこまで惚れているってことなんだろうが、許せることじゃねぇよな。」
あきらはそう言うと、いきなり拳を司の頬に打ちつけた。衝撃で司は後ろによろけたが、何とか踏ん張り倒れることは防いだ。
口の中に血の味が滲む。切れたらしい・・・あきらは手加減などしなかったという証拠だろう。
「ふん・・・おとなしく殴られるなんて珍しいじゃないか。」
あきらはそう言うと笑顔を見せた。まさか、俺を許すとでも言うのだろうか?
「殴られても仕方ないからな。―――俺を許してくれるのか?」
「許すのは俺じゃないだろ。俺や総二郎、類が許すといったところで何の意味がある。お前は牧野に許しを請うべきだろう?
それに、俺たちはお前が牧野を守りたくて別れたことを知っている。牧野自身も今はそれを理解しているだろ。」
親友に嫌われたくないと思ったが、俺が許してもらわねばならない相手は牧野つくしだ。
卑劣な行為を強いた女に土下座してでも謝罪し、許してもらわなければ未来はない。
あきらはそんなことを考えていた俺をじっと見つめていたが、急に真剣な表情で一歩近づいてきた。
俺に向かいあい、秘密を話すかのように静かに語りかけてきた。
「司、お前がどう考えていたにしろ、あの当時・・・牧野を傷つけたことは事実だ。
牧野は今でも傷を引きずっているところがある。お前の見た若い男が何者かはわからないが、アイツには今、付き合っているような男はいない。
お前と別れてからのアイツは誰にも見向きもしなかった。俺たちも最初はお前を忘れられないせいだと思っていたんだ。
だけど、それだけじゃないことに気がついた。牧野はね、臆病になっているんだ。
また同じことが起こるんじゃないかって。ただ嫌いになって別れたなら問題ないんだろうが、お前らは違うだろ。
牧野だって最初はお前の言葉を信じていなかった。だけど、お前が結婚したことで・・・牧野だって疑うだろう?
自分は遊ばれていたのかもしれない・・・そう思っても不思議じゃないと思わないか?
お前は牧野と別れて、結構すぐに婚約を発表したし、その女と結婚したんだから。」
俺はそういう視点から考えたことはなかった。すべては牧野を守るために・・・したことだ。
結婚もそうだった。断れば、あのクソババアは何をするかわからない。
だが俺は・・・牧野のためと言いながら、アイツの気持ちを一切考えていなかった。
「―――類は・・・いつプロポーズしたんだ?」
もう遅いかもしれない。彼女は類のプロポーズを受け入れたかもしれない。
「何を話していたんだろう・・・もう覚えていないよ。」
つくしは思い出すことができなかった。何がきっかけで愛人契約に至ったのだろう。
最後はお互いに意地を張った結果だ。それだけはわかっている。
お互いに自分が発した言葉を取り消すことができなかった。どこまでも意地を張って―――。
「お前が司に会いに行ったんだよな?」
「えっと・・・ああ、道明寺が援助してもいいって言ったわね。でも私は怒っていたし、断ったの。」
「断った?」
「うん。だって・・・自分で追い詰めておいて援助してもいいなんて酷い。」
「確かにな・・・断ったってどうやって断ったんだ?」
つくしは少し考えるようにして、そして思い出したように言った。
「ああ、あの時は・・・アンタたちに助けてもらうって言ったのよ。美作さんや類に助けてもらうって。」
「―――俺は含まれてないのかよ。」
「だって西門さんは茶人でしょ。企業を助けるって無理じゃないの?」
「まあ、いいけどな。そうか・・・、つまり司を煽ったわけだな。」
「煽った・・・?」
つくしは訳がわからなかった。あの会話のどこが煽ったというのだろう。
「だからさ、司はああいう性格じゃないか。素直じゃない、ひねくれたっていうか。
昔のことを考えるとお前に対して罪悪感っていうのはあると思うんだよ。だけど素直になれないんだ。
お前に憎まれているだろうと思っていても、そうでなければいいと思っているし、たぶんせめて親友に戻れたらという我儘な思いもある。
でも素直に謝れない。だからああいうことをしでかしたのかもしれないぜ。
どんな形であれ、お前と繋がっていたいと思ったんじゃないか? そして、ああいうことをすれば縋ってくるかもという都合のいい思惑もあった。
だけどお前はあきらや類を頼ると言い切ったんだよな。司は・・・嫉妬したんだよ。」
嫉妬・・・? 道明寺が嫉妬?
嫉妬から暴挙にでたというのだろうか。つくしには総二郎の言葉が信じられなかった。
「でも・・・嫉妬したからって愛人になれなんて残酷な言葉が言えるものなの?」
「―――普通なら言わないよな、好きな女に嫌われるようなこと。だが司は常識で考えられないヤツだからな。」
総二郎の目には司への同情と哀れみが浮かんでいた。
「たぶん司は・・・今頃後悔していると思うぞ。アイツは後悔しても素直に謝れないヤツだからな。」
総二郎は窺うようにつくしを見て、そして先を続けた。
「司は今頃、離婚手続きをしていると思う。過去のことも現在のことも・・・許してやれないか?
俺たちはさ、お前らを見ていて何だか腹が立つし、イライラするんだよな。
お互いに好きあって・・・それなのに突っ張ってさ。司だけじゃない、お前も素直じゃないからな。
過去はともかく、司が今度やらかしたことは許しがたいことだと俺も思うけど・・・許してやることはできないか?」
総二郎の真摯な言葉につくしは喉が詰まったようになって話すことができなかった。
道明寺だけじゃない、私も悪いのだ。許すことができるだろうか。
道明寺も自分も―――許すことができるのだろうか。
傷つけた多くの人が自分たちを許すとは思えない、やはり―――許せそうもない。
つくしは小さく頭を振った。その姿に総二郎は目を伏せ、ため息をついた。
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