颯HAYATE★我儘のべる

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榊: 親友って感じ




「友達というものは、いいものですね。 親友というものを持っている人はとても幸せです。」
朝、テレビをつけると突然、そんな言葉が耳に入った。

親友・・・?つまり親父と類さんや総おじさんにあきらおじさんがそうだよな?

あ、お袋もあの4人っていうか、親父を除く3人にとっては親友なのか?

俺にも友達はたくさんいる。だけど・・・親友? 俺には親友と呼べる友はいない気がする。





2年生になって、もう一人の奨学生、野見山祥吾と同じクラスになった。

金持ちが殆どのこの学校で、野見山はハッキリ言って異彩を放っていた。

俺は彼が気になって仕方がなかった。たぶん、みんなから聞いていた高校時代のお袋みたいだったからだろう。

2年生になって1ヶ月がすぎたころ、ある事件が起きた。

同じクラスの坂崎の高価な時計がなくなったのだ。

「盗まれたんだ! あれはこの間、父さんにやっと買ってもらったばかりの時計なんだぞ!」

坂崎は顔を真っ赤にして叫んでいた。本当に盗まれたのかは知らないが、坂崎の手に時計がないのは確かだ。

「あれは500万もするんだぞ!」

―――500万もする時計を学校につけてきていたのか? それが間違いなんじゃないか!?

俺はそう思ったが、この学校にはそれよりも高いものを身につけてくる者が多いから何も言えなかった。

きっと、親父が学生の頃なら・・・こう言ったんじゃないだろうか?

『500万程度でガタガタ言うんじゃねぇ! この貧乏人が!!』

俺は想像しながら、無意識に強く頷いてしまった。絶対にあの親父やあの仲間ならそう言うに違いない。

「本当にないのか?」

クラスの・・・誰かが言った。

「ないから言っているんだ! 俺は間違いなくカバンに入れた。誰かが盗んだに違いない。」

坂崎はそう言いながら、視線を野見山に向けている。まさか・・・野見山を疑っている?

野見山は身体を硬直させて、拳を握り締めていた。

「どこか違う場所に置いたってことはないのか?」

そういうこともあるだろう、と思って俺は言ってみた。だが坂崎の答えは同じだった。考えてみようともしない。

完全な興奮状態。500万の時計が消えれば、俺でも大騒ぎだが・・・そういうものを学校に持ってくるほうも悪いだろうという気持ちがあって同情できない。

「絶対に盗まれたんだ! 今すぐ返せば問題にしない。」

警察に言わないということだろうが、ここまで騒げば学校では問題になるだろう。

この男は何を言っているんだと俺は呆れて聞いていた。

坂崎は相変わらず、野見山を見ていて、疑っているのは誰の目にも明らかだった。

「さっきから・・・野見山に向かって言っている気がするんだけど?」

俺が言うと、坂崎は勝ち誇ったような顔になった。まさか、俺が味方についたとでもおもったのだろうか?

「―――盗むとしたら、野見山以外にいないだろう?」

俺にはその言葉の意味がわからなかった。他にいないって・・・なぜだ?

クラス全員が容疑者になりえるんじゃないかと思う。

「野見山以外の人間は、500万くらいの時計、持っているだろう? 買えないのは野見山くらいだろ。 貧乏人はソイツだけだ。」

俺は坂崎の傲慢な言葉に怒りがこみ上げてきた。 何を言っているんだ!? コイツは。

「―――俺は確かにみんなに比べれば貧乏だが・・・人のものを盗むほど落ちぶれていない。」

野見山の声は震えていた。拳を握り締め、相手に殴りかかりたい衝動を必死で堪えているようだ。

「俺は野見山を信じるよ。コイツは人のものを盗むようなヤツには思えない。

それに・・・貧乏人ってなんだよ。俺だってそんな高価な時計は買えないぞ。それなら、俺だって犯人って可能性があるよな?」

俺の言葉に野見山は驚き、目を見開く。坂崎は戸惑っていた。

野見山祥吾という男を俺はよく知らない。だけど、奨学生になるくらいの男だ、頭はいいはず。

そんな男が学校で盗みなんか働くかよ、盗んだってバレるようなヘマをしないだろう?

俺はそういう妙な考えで野見山を信じていた。

「な、何を言っているんだよ・・・道明寺くんなら500万どころか、1000万だって1億だってOKだろう?」

何をどうしたら、俺に1億の時計が買えるんだ?

確かに親父は1億くらいの時計を持っていた気がする・・・。いや、8000万くらいか?

だが、それは親父のものであって、俺のものではない。俺は安物の時計しかもっていない。

それに携帯で時間を知ることができるので、腕時計じたいを持っていないんだが・・・。持っているのは目覚まし時計くらいだ。

俺は呆れ果てて、坂崎の顔を見た。彼は完全に野見山を犯人と思いこみ、他の要素を考えつかないようだ。

「坂崎、ひとつ聞きたいんだが・・・お前が野見山を疑っている理由は、親が金持ちではないという理由だけなのか?

誰か目撃者がいるとか、証拠があるとかじゃないのか?」

理由は前者だとわかっていたが、俺はあえて問うてみた。もしかしたら、ということもある。

坂崎だって、俺が思うほど愚かなヤツではないかもしれない。

「―――金がない、それだけで充分だろ。 金がないからこそ、時計がほしいんだろ。売れば金になるんだから。」

なんってヤツだ。俺は完全にブチ切れてしまった。コイツを育てた親の顔が見てみたもんだぜ。

「おまえ、何を言っているんだ!! お前らも全員、坂崎と同じ意見なのか!?」

俺はクラスメイトたちを見渡した。騒ぎを聞きつけ、すでにクラス全員が集まっている。

ヤツらは黙り込んで、周りを窺っていた。だが、意を決したように一人が意見を言うと、たちまち全員が自分の考えを口にした。

結果・・・半々というところだろうか。情けない結果だが、半分の人間はまだマトモだということだろう。

「坂崎、クラスメイトを疑う前に、本当にカバンに入れたか、どこかに置き忘れたんじゃないかって考えたか?」

「考える必要はない。俺は間違いなくカバンに入れたんだから。道明寺くんは泥棒の味方をするのか?」

「―――野見山が本当に盗んだとわかったら、俺は庇うつもりはない。だが、俺はコイツを犯人とは思っていない。

証拠もなしに友人を疑ったりはできない。」

坂崎は睨みつけるだけで何も言わなかった。

野見山とは、殆ど話したこともない。だが、こうして同じクラスになった以上、友と言ってもいいだろう。

「僕も野見山くんが犯人とは思ってないけど・・・それなら、誰が盗ったんだろうね・・・」

クラスの一人が小さく呟いた。そう、時計がなくなったことは事実なのだ。

俺が考えていると、教室のドアがいきなり開いた。






「榊、いる?」

入ってきたのは椛だった。 椛はクラスの異様な雰囲気にちょっと驚いた表情をしていた。

「おう、椛。何か用かよ?」

「―――何かあったわけ?」

「いや、なんでもねぇけど、なんだよ。」

「これ。榊のクラスの人だと思うんだよね。顔はチラッとしか見えなかったんだけどさ。

さっきカバンのポケットから落ちたんだけど・・・なんか高価そうだからさ、直接届けた方がいいかなって。」

俺が椛から受け取ると・・・それは、ある有名な外国の時計メーカーの小さな袋だった。

これってつまり・・・坂崎のだよな?

「椛、サンキュー。 たぶん坂崎のだと思う。」

俺はそう言って、教室の中心に立っている彼を指差す。

「ああ、そうそう、彼よ。なんか急いでいたみたいね。廊下走ってさ。

カバンの閉め方が悪かったのか、入れ方が浅かったのか、走っている途中でカバンから落ちたんだよね。

声はかけたんだけど、気がつかなかったみたい。私も急いでいたからさ、もって来るのが遅くなったけど。」

椛の言葉に俺は頷く。そして坂崎を呼び、袋を渡した。彼は真っ青になりながら、袋を受け取った。

椛が帰ると俺は坂崎に向き合った。彼は何も言わずに時計を見ていた。落とした衝撃で壊れていないか心配そうだ。

だが・・・俺は他にするべきことがあるだろうという怒りがあった。

「見つかって良かった。親父に殺されるところだったよ。」

坂崎がそう言うと俺は呆れた。だが、しばらくは何も言わなかった。その後の言葉を待っていたのだが・・・でてこない。

「みんな!!騒がせて悪かったな。見つかったよ!!」

坂崎の言葉に俺は怒鳴った。

「坂崎!!! 騒がせたことをクラスに謝罪する前にすることがあるだろう!」

「――なに?」

本当にわからないのか? 俺は怒りで何もわからなくなった。 拳を握り締め、坂崎に向かって振り上げようとした。

しかし、殴ることはできなかった。俺の行動に気がついた野見山が腕をつかんだからだ。

「殴るのはよくないよ」

自分が侮辱されたのに、野見山は冷静だった。怒りはあるようだったが、どこか諦めているような表情だった。

俺は少し冷静になって、坂崎の顔を見た。

「―――坂崎、お前はさっき、野見山がその時計を盗んだと言って責めていたんだぞ。

忘れたとは言わせない。 それが間違いだったんだ、まず彼に謝るのが筋ってもんだろう?

それなのに、お前は何も言わないのか?」

俺の言葉に坂崎は真っ青になったが・・・、俺の怒りに恐れをなしたのか、小さな声で謝罪した。

「―――悪かった・・・」

それは短い一言だったが、野見山には聞こえたらしく、頷くと「もういい」とだけ答えた。

俺は納得できなかったが、疑われた本人が許す以上は何もいえない。

この事件はこれで終わりってことになった――――。




放課後、野見山が俺に声をかけてきた。

「道明寺」

「おう」

「―――今日はありがとう、俺を信じてくれて、庇ってくれて嬉しかった。」

野見山から照れくさいような感謝の言葉が出てきた。

「おう、俺は当然のことを言ったまでだろ、気にすんな」

俺の言葉に野見山はまた戸惑ったような顔をした。・・・なんで?

「―――世界一の金持ちって言われる道明寺財閥の人間から、500万の時計が買えないって言葉が出るとは思わなかった。」

俺は彼の言葉にキョトンとした。ああ、コイツも誤解しているんだな。

「あのな、みんな誤解しているみたいだけど・・・親が金持ってるだけで、俺はないぞ。

月に5千円の小遣いでそんな時計なんて買えるか?」

「5千円!? 俺だって1万はもらっているぞ。」

「―――だよな?うちは母親が超貧乏育ちだからさ、節約好きでケチなんだよ。

なんたって高校生で一家の家計を支えていたというツワモノだからな。」

俺は大きくため息をついた。彼はさらに戸惑ったようだ。

そりゃ、そうだろうな、世界の道明寺といわれる財閥の御曹司が月5千円の小遣いで遣り繰りしているなんて。自分でも感心する。

「・・・でも、確か、鷹野財閥のお嬢様って・・・」

「ああ、それな。確かに鷹野財閥の娘だけど、養女なんだよな。

詳しいことはいえないけど、色々な事情があってさ。もともとの育ちは超貧乏なんだよ。

6畳一間に一家4人が住んでいたってくらいだぞ。それも風呂もない部屋にさ、信じられないだろ?」

「・・・・」

野見山は完全に言葉を失っていた。 信じられない気持ちが強いんだろうな。

俺はちょっと考えて、彼を家に誘った。今まで、学友を家に呼んだことはない。

なんとなく、彼に俺のお袋を紹介したかった。――こんなことってはじめてかも。

「な、お前、これから時間あるなら、俺んちに来ないか? 超貧乏育ちのお袋を紹介するよ。」

俺が笑うと、野見山は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になり、

「いいのか?迷惑じゃないなら・・・」

俺は生まれて初めて、友と屋敷へと連れて行った。俺が徒歩通学をしていることにも彼は驚いたようだ。

俺は車での送迎を断り、徒歩で通学している。 もちろん椛も同様だった。

ま・・・どこかに隠れてSPが着いてきているんだろうが・・・

俺は野見山とともに家に帰りながら、考えていた。

もしかして・・・俺たちって親友になりかけてる!? 




ありえねぇだろ。 俺は目の前にある屋敷に向かって言いたかった。

道明寺が言った「俺んち」が目の前にあった。

「―――ここ?」

「ああ、ここが俺んち」

なんか・・・「俺んち」っていうのは、なんていうか・・・もっと慎ましやかっていうか、小さな家を言うんじゃないのか?

ここはどう見てもホテルだろ。 きっと誰も「道明寺さんち」なんて言わないと思う。

きっと「道明寺さんのお屋敷」とか「道明寺邸」っていう言い方をするんじゃないか?

「ま、入れよ」

道明寺に促されて、俺は「道明寺さんち」に足を踏み入れた・・・が後悔した。

ここは俺が来る場所じゃない気がする―――。

そんな気にさせる家だった。とにかく―――落ち着かない!!

「どこが玄関なんだよ!」

「あ? ここがホール。 今、玄関から入っただろ? 靴はそのままでいいから。」

はあ? ここは日本だろうが! 靴のままって・・・俺はため息をつきたくなった。

「お前、呆れているだろ。 ま、仕方ないけどな。」

俺は図星を指されて、多少赤くなりながら頷いた。 呆れるっていうよりも、想像をはるかに超えた世界ってことなんだが。

「ここは日本か?って感じてるよ」

「だろうな。」

道明寺は寂しそうに笑って、自分の部屋へと俺を案内してくれた。






道明寺の出してくれた室内履きに履き替えながら、部屋を見渡した。広い―――。

「ここに俺の部屋が3つは確実に入る」

「そうか? お袋は昔、この屋敷の中に自分の家が数軒は入るって言ったらしいけど。」

「ああ、それもわかる気がする。」

確かにこの屋敷の中に「俺んち」は、スッポリとおさまってしまうに違いない。

それに驚いたことに、この部屋には風呂とトイレがついていた。西洋風のバスとトイレが一緒になったものだが、ありえないだろ!と突っ込みたい。

それにしても・・・部屋ごとにそんなもんがついているなんて、やっぱりホテルだ。

俺がそんなことを考えていると、ドアがノックされる音がした。

入ってきたのは、どうみても使用人って感じの女性。―――メイドカフェ?

引いているワゴンにはお茶と・・・スコーン? ここはやはり外国かもしれない。

テーブルにノーブルな感じの軽食を用意して、そのメイドカフェの店員もどきは去っていった。

ここはいったいどこなんだ・・・。俺はクラクラしていた。

「え~っと・・・」

俺はなんと言っていいのかわからなかった。俺のいる場所じゃない、そんな感じ。

「ま、飲んで食え。―――あんまり寛げないみたいだな。」

「・・・すまん」

謝る必要はないのだろうが、どうにも落ち着かなくて謝罪の言葉が出てくる。

「謝る必要はねぇだろ? 他人の家なんて、そうそう寛げるもんでもないしな。」

いや・・・普通はもっと寛げると思うぞ。

俺はそう思いながら、目の前の高級そうなカップに入った琥珀色の紅茶を口にした。

うまい! 絶対にティーバッグじゃないな。 間違いない。

道明寺がスコーンを差し出すので、それも食べてみた。 やはりうまい。マジでうまい。

「うまいな」

「ああ、シェフが暇なんだよ。お袋が朝食とか自分で作るから、仕事が減ってよぉ。

こういうのに力を込めまくってさぁ、毎日おやつがすっげ~の。 おやつっていうより完璧に軽食だから。」

道明寺がそう言ったとき、またノックの音がした。

こう絶え間なく使用人が部屋にやってきたら、寛げるときっていうのはあるのだろうか、と俺は彼に同情した。

「榊?」

入ってきたのは、道明寺の妹で、あの坂崎の時計を拾って届けてくれた椛だった。

「よお、お帰り。」

「あ、ホントだった。榊が友達つれてきてる! こんにちはっ、野見山くんだよね?」

「ああ。・・・今日は助かったよ。坂崎の時計が見つからなかったら、俺が完全に犯人にされるところだった。」

「え!? なんで!!」

彼女は道明寺の横に座ったかと思うと、ちゃっかりと彼の紅茶を飲み、スコーンを食べ始めた。

「おい、俺のだろ。」

「ケチケチしないの! 自分で淹れたわけでもないくせに。 また頼めばいいじゃない。」

妹には弱いのか、彼はそれ以上何も言わなかった。

俺と道明寺が簡単に今日の時計盗難事件について話して聞かせると、彼女は拳を振り上げて怒りまくった。

「なにそれ! 信じられない!! 金持ちが偉いとでも思っているわけ!?

それにあんなフェイクが500万もするかぁ~!!!」

俺のために怒ってくれる彼女はかわいかった。

―――って、ちょっと待て。 今、彼女はなんて言った? フェイク・・・つまり贋物?

「え、あの時計って贋物だったのか?」

道明寺も知らなかったらしく、驚いて問いただしている。

「うん。本当はいけないけどさ、拾ったときに中を見たのよね。 袋と箱は本物だけど、中身は贋物。

それでも20万くらいはすると思うけど・・・本物に比べたら、25分の1くらいの値段でしょ。」

「―――10分の1にもならないのか・・・」

「うん。 榊ってば、気がつかなかったの?」

「俺は人のものを勝手に開けたりしねぇよ。」

「あ~、まぁね・・・でも、あれってホントにフェイクだよ。 あれって同じものをお母さんが持ってるでしょ。

つけたことはないけど。文字盤が微妙に違うんだよね。」

―――すっげ、お母さんは500万の時計、本物を持ってるわけだ。 それもコレクションってことか?つけないなんて・・・

「―――野見山、その顔はなんか誤解してそうだ。だから一応いっておくが・・・

お袋は日ごろ、980円の腕時計をしている。高いのは落としたり、傷つけたりしたら心臓が止まるそうだ。」

本当に庶民育ちなのだろうか。俺は完全に信じることはできなかったが、小さく頷いた。

「あ、まだ信じてないでしょ。お母さんは本当に980円、お父さんは1000万クラスだけどね。」

なんだソレ。俺の疑問が顔にでたのか、彼女は笑いながら言った。

「お母さんは庶民育ちで高級品は苦手、だけどお父さんは超がつくほどのお坊ちゃま育ちだから、

高級品しか身につけたことがないんだよね。 面白い夫婦でしょぉ。」

「誰が面白い夫婦だ?」

いきなり背後から声がして、驚いて振り向くと・・・ドアに寄りかかったカッコいい男。

どっかで見た顔だ―――。

「親父!」「お父さん!」

二人が同時に発した言葉を聞いて、俺は凍りついた。

道明寺のお父さんってことは・・・道明寺財閥のトップってことだよな!?

「友達か?」

「ああ、野見山祥吾。 英徳のもう一人の奨学生だよ。」

「へぇ、じゃ頭いいんだな。将来はどこに就職するつもりだ?」

「おい、親父・・・」

今までの奨学生は学費を出してくれた、道明寺、花沢、美作のいずれかの関連会社に就職している。

俺はどこに就職したいか聞いているのだろうか。

だが、奨学金は大学まで続くのだ、まだ5年も先の話なんだが・・・。

「すみません、まだ決めていなくて・・・」

正直に本当の気持ちを話す。

「だろうな、決めてる方が不思議だよ。」

「じゃあ、聞くなよ!―――あ、俺は花沢物産にしようかな。俺も奨学生だし、どこか選んでいいんだよな?」

いいのか、道明寺の後継者だろうが・・・。

「好きにしろ。椛、道明寺を継ぐか?」

「やだ。高天がいるでしょ。」

たかま・・・? 話の流れから推測すれば、弟の名前だろう。

「―――高天?」

しばらくの間―――そして三人は同時にため息をついた。 俺にはわからない何かがあるんだろう。

「ところで、さっきの面白い夫婦ってなんだ?」

道明寺司氏はいつのまにか、テーブルに座り、やはりスコーンを齧っている。

俺たちはまた、坂崎の件を説明した。 今度はフェイクの件も。すると道明寺司は・・・

「ああ、あの坂崎か。 あそこは危ないんだよな。 近いうちに破綻するんじゃねぇか?」

「「「ええええっ」」」

俺たちは同時に声をあげた。―――ってことは、本物を買ってやることができなかったってことか?

でも、それなら子供に本当のことを説明すればいいものを。

だが苦労知らずで育ったんだろう坂崎が、こののち苦労することになると思うと同情した。

「雑な経営だったからな。 今まで潰れなかったほうが不思議なくらいだぞ。」

そう言われても、やはり同情した。

庶民である俺は最初から金など持っていない、だから節約して生活する術を知っている。

だが、欲しいものを簡単に手に入れてきた者が、我慢する生活に耐えられるのだろうか。

人事ながら、俺は坂崎の将来が良いものであることを祈っていた。







「ところで、つくしはどうした?」

道明寺氏がいきなり話題を変えた。

「あ、お袋なら、まだ仕事じゃねぇの?」

「―――いや、颯介さんに電話したら、もう帰ったらしい。まだ戻ってねぇのか?」

「俺らもさっき帰ったばっかだし・・・気になるならタマにでも聞けよ。それより、親父はなんでこんなに早いんだ?」

俺もそれには驚いた。世界中を飛び回り、忙しいはずの道明寺財閥トップがなぜ、こんな夕方の早い時間に家にいるんだ?

「―――当然だろう。今日はつくしが飯をつくる日だ。」

「「・・・」」

道明寺家の双子は無言で父親を眺めていた。

つくしが飯をつくる・・・って、だから何なのだろうか。

俺は疑問が顔に出たらしい、榊が照れくさそうに教えてくれた。

「うちは世間でいう共働きなんだ。母親は実家が経営しているホーク・ロードって店で働いているんだ。

最近は忙しくて、夕飯を作る暇がないんだよ。だけど、週に一度、この曜日だけはお袋が絶対に自分で作るんだ。

もちろん、暇なら他の曜日もお袋がつくるんだけど・・・。今日はまさにお袋が夕飯をつくる日なんだよ。つまりお袋の手料理の日。」

つまり・・・道明寺氏は妻の手料理を食べたくて帰宅したと・・・?

「お父さんはお母さんにベタ惚れだからね!!」

椛の言葉に別に照れることもなく、道明寺氏は大きく頷いた。

「ああ、そのとおりだ。」

堂々と妻に惚れていると宣言している。日本の男では珍しい存在かも・・・かっこいい。

「「・・・」」

俺はかっこいいと思ったのだが、双子にはそうではないらしい。二人で顔を見合わせ、ため息をついていた。

「西田さんが・・・困ってるんじゃないか?」

「予定を調整するのがアイツの仕事だ。それにこの曜日は俺が早く帰るのは最初からの決定事項だ。」

「―――マジかよ。いつもは遅いじゃねぇかよ。」

「だから、せっかくのつくしの手料理が冷めてしまう。それにお前らは絶対に待ってくれないだろう?

だいたい、父親が帰ってくるまで夕飯は食べずに待っているもんじゃないのか!?」

「―――いつ戻るかわからないのに待てるかよ。」

「そうよね、私たちに餓死しろって言うの?」

「―――お前らは愛情が足りねぇ。・・・お前んとこは親父を待っているだろ?」

道明寺氏は俺の方を向いて言った。―――つまり、俺に質問しているってことだよな。

俺はどう答えようか迷いながらも、正直に答えた。

「えっと・・・うちは自営業で・・・その、小さな古書店をやっていて、親父はずっと家にいるんですよ。

下が店舗で、上が家になってるんで・・・だから、待つのは親父の方・・・かな?」

俺の帰りを両親が待って食事をするのが、我が家のスタイルなのだ。道明寺家とは違う。

「―――親父を待たせるのか!?」

「―――すみません」

謝る必要はないのだが、あまりの声の大きさと驚愕の響きについ頭を下げた。

「野見山が謝る必要はねぇだろ。自営業で店と家が同じなら、どうしてもそうなるに決まっているじゃないか。

うちの場合は違うだろ。経営者って点では同じでも、会社は別にあるし、通勤している。

親父の場合、何時に帰ってくるのか見当もつかないじゃないか!」

「―――仕方ねぇだろ。」

「だ、か、ら~、待てるかって言ってるの!!」

道明寺氏は何も答えなかった。まあ、待たせるつもりはないのだろうが、いつも一人で食べるのは寂しいに違いない。

「19時までは待ってるよ。それまでに帰ってくれば一緒に食べているじゃない。

お父さんってば、私たちっていうよりも、お母さんが待っていてくれないのが嫌なんでしょ。」

椛がそう言うと道明寺氏の顔がすこし赤くなった。

―――マジ!? なんか・・・こんなこと考えるのは悪いけど、「世界の道明寺」のトップが可愛いぞ・・・。

とにかく、道明寺氏が奥さんにベタ惚れなのは間違いないようだ。

じゃあ、もしかしたら奥さんが超貧乏の庶民出身っていうのは本当なのかもしれない。

いまいち、信じられないけどね・・・。






俺たちが話していると、ドアがノックされた。

入ってきたのは・・・「メイドカフェ」の制服に身をつつんだ、おばあちゃん。

「おや、賑やかだね。榊坊ちゃんのご友人ですかい。」

「―――タマ! まだ生きていたのか~?」

―――おい、年寄りは敬えよ。

俺はそういったが、道明寺がわざとそういう言い方をしているのもわかった。

「当たり前です。このタマは榊坊ちゃんの結婚を見届けて死ぬつもりですからね。」

おばあさんがそう言うと、道明寺氏が呆れたように呟いた。

「妖怪ババア・・・いったいいくつまで生きるつもりだ・・・」

「司坊ちゃん、聞こえていますよ。相変わらず礼儀を知らない男だね。」

―――道明寺のトップを「司坊ちゃん」と呼ぶ、このおばあさんに俺は驚きを隠せなかった。

「せっかく、司坊ちゃんがお喜びになることを教えにきたんだけどねぇ・・・。

奥様がお戻りになられたんだけど・・・そういう態度をとるわけだねぇ。」

「それをはやく言え!!!!!」

道明寺氏はそう叫ぶなり、部屋を飛び出していった。

奥さんが帰ってきただけで・・・そこまで?

「―――驚かせたようだねぇ、えっと・・・?」

「野見山祥吾。俺と同じ、英徳の奨学生だ。」

道明寺が簡潔に紹介する。

「野見山です。」

「はいよ。よろしくね。―――この子の友達にしちゃ、礼儀正しい子だね。榊坊ちゃんや司坊ちゃんに爪の垢を煎じて飲ませたいね。

私はこの道明寺家でメイドをしているタマってもんだよ。坊ちゃんと嬢ちゃんと仲良くしておくれ。

この子たちが家に友達を連れてくるなんて初めてのことだからねぇ・・・奥様もあとでお会いしたいそうだよ。

夕飯を食べておいき。今日は奥様の手料理だ、珍しいものはないだろうが、結構おいしいよ。」

「え?」

「あ、そのつもり。っていうか、お袋の手料理を食わすために連れてきたんだよ。」

「ど、道明寺!!」

厚かましいだろうと思い、道明寺の言葉を慌てて止めた。

「そうかい?じゃあ、奥様の支度ができたら、およびしましょう。」

彼女はそう言って、部屋を出て行った。






食事ができたと呼びにきた、メイド3号に案内され、俺は道明寺家の食堂に足を踏み入れた。

―――普通だった。

部屋の広さは、ちょっと信じられないものがあるが、小さなキッチンの前に6人がけのテーブル。

ごく普通な家庭という感じがした。

「野見山くん? いらっしゃい、挨拶できなくてゴメンなさいね」

俺に微笑みかけた女性は小柄でかわいい人だった。道明寺に「お袋」と紹介され、ちょっと驚いた。

テーブルには子供用のイスが一つ用意され、道明寺氏が2.3歳の女の子を抱きかかえてきた。

「妹」と紹介され、こんな小さな兄弟の存在に驚いていたら・・・大きな音を立ててドアが開き、薄汚れた男の子が駆け込んできた。

「飯!! お母さん、飯! 腹減ったぁ~。」

「高天! まず言うことがあるでしょう!?」

お袋さんがその子にゲンコツをあてて・・・梅干!? コメカミを力強くグリグリとしている。マジかよ・・・

「痛い、痛い、痛い~!!」

「言うことは?」

「―――ただいま」

「することは?」

「―――手を洗います。」

「結構です。食事するまえに、その汚い服を着替えなさい。今日は榊のお友達も一緒だからね。」

子供に説教をする姿は本当に下町の家庭って感じだった。上流家庭というイメージは一切ない。

「はあい。―――兄ちゃんの友達?」

「野見山祥吾だよ」

高天と呼ばれた子が俺に視線を向けたので、笑顔で名乗った。

「高天だよ。―――アンタ野球できる?」

「高天・・・てめぇ、誰に向かってアンタなんて言ってるんだ?」

道明寺の言葉に弟くんは、肩をすくめて言い直した。

「祥吾くんは野球できる?」

「―――うまくないけど、できるよ」

俺がそういうと満面の笑みで・・・

「じゃあ、あとでキャッチボールしようよ。お父さんはド下手だし、お兄ちゃんは野球よりサッカーなんだって。

お姉ちゃんは野球嫌いだって言うし、楸は全然相手にならない。いつもはお母さんが相手をしてくれるんだけど、今は忙しくてダメなんだ。」

―――お母さんが野球?俺は小柄な女性をもう一度見た。

この女性がキャッチボール・・・?上流家庭のイメージからどんどんかけ離れていく。

息子とキャッチボール、父親が存在しているのだ、普通は父親としないか?

俺が戸惑って、道明寺を見ると彼は肩をすくめて言った。

「別に親父が下手ってわけじゃねぇんだけど・・・うちで一番ガキなのは親父なんだよな。

つまり、高天の相手をしていると自分がムキになっちまってさ・・・」

あ~・・・なんとなくわかった。 つまり、手加減なしで真剣になってしまって、キャッチボールじゃなくなるわけね・・・。

俺が小さく頷くと、彼はため息をついて、また肩をすくめた。

「とりあえず座れよ」

6人がけのテーブルにもう一つ椅子を持ってきて、俺に座るようにすすめてくれる。

6人がけといっても通常よりも多少、大きなサイズなので一人増えてもまだ余裕がある。





食卓に出されたものは、ご飯にお味噌汁、それにハンバーグとサラダという和洋が混ざり合ったものだった。

どんな豪華な食事が・・・なんて緊張していたが、いたって普通。

―――いや、普通じゃないかも。庶民っていっても、お客が来れば、見栄を張ってしまう。

だが、これはどう見ても・・・普通すぎだろう? これが世界の道明寺家の夕飯・・・本当にすごい。

俺にとっては緊張せずに食べられるので有り難いのだが。

俺が呆然と見ていると、道明寺が心配そうに顔を覗き込んだ。

「どうした? 嫌いなものでもあるのか?」

「―――いや、全部好きだけど、ただ驚いただけだ。 

やっぱ、道明寺家のイメージってナイフとフォークがずらりと並んだ、フルコースってのか?そういうのを想像してたからさ。」

「・・・お前の金持ちイメージは・・・漫画か?」

「まあ、高校に入って初めて、今風ならセレブって言うのか?そういう奴らに出会ったからなぁ。

それ以前の金持ち知識は当然、漫画とテレビだろ。」

偏見なのだが、庶民の金持ちイメージなんて、そんなモンだろう。

俺がそんなことを思っていると横から、道明寺氏・・・

ええい、面倒くさい、道明寺の親父さんが―――全然親父さんってイメージじゃないが―――俺のイメージを肯定してしまった。

「俺の小さい頃はそうだったぞ。あのだだっ広い部屋のやたらと長いテーブルで、

姉貴と二人でお抱えシェフ自慢のフルコース料理を食っていたぞ。」

やっぱりそうなんじゃないか・・・。俺がため息をつくと、道明寺もため息をついた。

「親父の子供の頃の話は何度も聞いたけどさ、それは特別だから。

普通、あんなテーブルに二人でフルコースを家の夕飯に食う家庭なんて有り得ねぇから。」

「―――お義母さんも忙しい方だからね・・・、使用人まかせになってしまったのよ。

三ツ星シェフにメザシを焼けとか、味噌汁を作れって言うのは無理じゃない?

プロとしてのプライドもあるし、使用人としては自慢料理、得意料理を食べてもらいたいでしょうしね。」

たぶん、お袋さんの言葉は俺への細くだと思う。俺が道明寺家を誤解しないようにフォローしているのだろう。

「それに・・・私にフルコース料理なんて作れません! 食べたこともないからね~。作れるわけないから。」

あ、そうだった・・・。俺はお袋さんが庶民の出かどうかを確認しに来たんだった。

って、それはどっちでもいいのだが、道明寺に確かめに来いって言われたんだよな。

「―――あ、そうだった!! 野見山がさ、お袋が庶民だって信じないからさ~、お袋に会わせようと思ったんだ。」

お前も忘れていたのか・・・。

俺が思ったことを道明寺がそのまま言葉にする。すると親父さんが眉間に皺をよせた。

まさか・・・怒らせたとか?

「―――つくしは庶民じゃねぇ、ド貧民だぞ。」

なんだ、ソレ・・・?

「し、失礼ねっ!!! でも、アンタらって高校時代、私のことをよくそう言って苛めたわよね。

類はともかく、西門さんも美作さんも、ド貧民だ、庶民だ、鉄パンツだって・・・」

お袋さんの言葉が途切れる。―――鉄パンツってなんだ?

失言に気がついたのか、お袋さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「お母さん、鉄パンツって何? 鉄でできたパンツ・・・重くないの? 痛くないの?」

―――またしても俺の疑問を道明寺一族が口にする。

「高天・・・たとえよ、たとえ話。忘れなさい。」

忘れなさいと言われても、一度疑問を持ったら忘れられるはずがない・・・だが、どうしたわけか高天は聞きわけよく、それ以上は何も言わなかった。

俺は疑問符のついた顔を道明寺へと向けたが、彼は肩をすくめただけで何も言わなかった。

「変な話をしてごめんなさいね。野見山くん、口に合わないかもしれないけど遠慮しないで食べて。おかわりは?」

おかわりも何も、俺はまだ全然食っていなかった。驚きのせいで食べるキッカケがなかったというか・・・。

「いえ、すみません、いただきます。」

俺はそう言うとハンバーグを口に入れた。―――普通の味だった。それがまた驚きだった。

思い込みというか偏見だが、道明寺ほどの家になると同じハンバーグでも、とても豪華な味がするような気がしていた。

豪華な味というのも、わからないのだが。

「―――口に合わない?」

お袋さんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

「いえ!!おいしいです。―――えっと、正直言うと、もっとなんていうか、赤ワインで煮込むとか・・・

そんな料理を想像していたので・・・気を悪くしないでもらいたいんですが、庶民的な味っていうか・・・俺の口にすっごく合う料理ですっ!!」

「良かった!!! 私も高級料理より気軽な料理が好きなのよね。貧乏体質だから。

―――さっきの話だけど、私は司が言ったようにド貧民ってやつなのよね。」

お袋さんは笑顔で俺に話しかける。なんだか懐かしそうに目を細めて・・・・






「もともとはね、親の見栄だったのよ。父親が働かない、いや働いてもすぐクビになるようなダメダメな人でね。

母と私で家計を支えていたから、母親がとてつもない夢を見て、娘を英徳に入れて金持ちの夫を捕まえさせようとしたの。」

そういうと照れたように顔を赤らめた。それにしても娘を玉の輿に乗せるために英徳に通わせるのも凄い。

当時の英徳には奨学金制度はなかったはずだ。学費も並大抵の額ではなかっただろう。

それを庶民とはいえ、3年間通わせることができたのだから、ド貧民というのは違うのではないか。

疑問が顔に出たのか、お袋さんはそれに答えるかのように話を続けた。

「学費もままならなくて、バイト三昧だった。何度、退学届を書いたことか・・・。

そのたびに司やF3に助けられたのよね。それを考えたら、アンタたちって酔狂よね。

一高校生に学校を続けさせるために四苦八苦してくれるんだから。」

「俺はお前にベタ惚れだったからな、ほとんど学校でしか会えないのに勝手に辞められてたまるかよ!」

お袋さんの話を聞きながら、親父さんが口を挟む。子供たちは黙って母親の思い出話に耳を傾けていた。

俺と同じように苦労しながら英徳に通った人の話。

お袋さんは親父さんの言葉に顔を赤らめながらも、ニッコリと微笑みかけて話を続ける。

「―――そのわりには苛められたけどね。」

「―――!!! お前・・・いつまで根に持つつもりだ・・・?」

親父さんの言葉にお袋さんは、やはり笑顔で答えた。

「ずっと、いつまでも、永遠に。天下のF4をへこませる材料は有効的に使わないとね。」

お袋さんの笑顔が怖い。その笑顔に親父さんも冷や汗をかいているようだ。

たぶん、間違っていない、親父さんはドキドキしている・・・。

俺には何を言っているのかわからないが、榊たちにはわかっているようだ。

尋ねたかったが、他人が踏み入っていい領域なのか判断ができずに黙っていた。

それを察知したのか、お袋さんが俺に視線を向け、説明してくれた。

「私は超貧乏育ちだから・・・英徳に通う人たちとは違うわけよ。

それは、いわゆる育ちの違いってヤツなんだけど、それが彼らには珍しいの。

当時の英徳に通う人たちってのは、みんなお金持ちで傲慢な人が多かったのよね。

いわゆるバブル全盛期で、気楽にしていても儲かるような不思議な時代だったから。

それで、庶民は自分たちに従うものだとか、自分たちに傅く人間っていうのかな、そういう意識があったんでしょうね。

でもね・・・私は気が強いから言うことを聞かない、そうなると腹立たしいわけ。

初めて自分の言いなりにならない人が現れたわけだから、もう苛める、苛める。

その親玉がF4なわけよ。ほかの人たちはF4怖さに言いなりになって苛めるの。もう最悪な高校生活だったわね。」

「―――お前は、やられっ放しじゃなかっただろうが・・・」

「当たり前!! やられたら、やり返すに決まってるでしょ!」

―――やり返したって・・・いったい何をしたんだろう。

「どうやってやり返したの?」

聞いたのは椛だった。この家族は俺の考えが読めるのか? 俺が聞きたいことを必ず誰かが聞いているので、俺の好奇心は完全に満たされていた。

「当然、倍返しよ。・・・といってもね、コイツらも一応はポリシーというか、暗黙の了解ってのがあって、女には手を出さない。

つまり、女を殴ったり・・・暴力は振るわないってことね。

特に西門さんと美作さんはね・・・。司もお義姉さんの教育っていうか、躾が徹底していたからね・・・それは守っていた。

類にいたっては他人に興味のないヤツだから。 そういうことだから、私は調子に乗って
やられたらF4を張り倒しただけよ。」

「お前は遠慮なしにグーで殴るからな・・・俺じゃなければ死んでいたんじゃないかってくらい凄かっただろうが!!!」

―――狂暴女。この小柄でかわいらしい女性が、道明寺財閥の御曹司を殴り倒す・・・どう想像したらいいのかわからない。というか想像できないだろう?

「話は脱線したけど・・・私はお育ちが悪いもんですからね~、英徳では浮いた存在だったってこと。

だから、結果的にF4が興味をもったんじゃないかな。自分とは違うものに引かれるのは人間の常だから。

当時の英徳では弁当なんて持ってくる人はいなくて、私だけだったのよ。

だいたい、学校の食堂メニューがアレって変でしょ? ここは高級レストランか!?って突っ込みたいくらいに高いのよ、庶民には手が届かない。」

「―――俺に庶民が食うような貧乏くさいモンを毎日食えというのか?」

「親父・・・」「お父さん・・・」

双子の呆れた声が重なり合う。う~ん、当時の二人が見えてくるような気がした。

傲慢で自分勝手、それでいて彼女の気を引きたい親父さんと、それらを嫌悪し、目立たないように学生生活を送る正義感溢れるお袋さん。

「本当に貧乏・・・いや、失礼しました。俺と同じ・・・なんですか?」

「そうよ。たぶん野見山くんちよりも庶民というか、貧乏だと思う・・・・ってゴメンね、失礼な台詞だった。

でも、本当にうちは超貧乏だったのよ。」

「そうなんですか・・・」

「そうなんだよ!! コイツのせいで俺たちはデートも出来なかったんだぞ!!」

親父さんは昔を思い出したのか、だんだん興奮状態だ。

「コイツは学校以外はすべてバイトの時間だったからな。放課後にデートしようとしても気がつくともう帰っているんだよ。

土曜だろうが、日曜だろうがバイトだ。それも一件じゃないからな・・・」

「仕方ないじゃない。学費の一部くらいは稼がないと英徳の授業料は半端じゃなく高かったんだから。

進だって高校に進学しないといけないし、お父さんはあてにならないし。」

あてにならない父親って・・・ヒモ??

「おもしろい人なんだけどな・・・」

親父さんの同意に俺は唖然とした。他人である娘婿からも『あてにならない存在』という烙印を押されている父親っていったいどんな人だ?

「「はあああ・・・」」

お袋さんと親父さんは揃ってため息をついた。その仕草から、おそらく未だに『あてにならない人』なのだろうと思った。

「とにかくね・・・野見山くん、私は超がつくほど庶民で貧乏だったわけよ。」

お袋さんはこの話はお仕舞いというように肩をすくめて言った。俺は無言で頷いた。

ここまで道明寺家一同に超庶民とかド貧民と言われている人なのだから、たぶん本当に貧乏だったに違いない。

基準が英徳に通う者たちだから、一般庶民と言われる者全員が貧乏に分類されるのかもしれないという気持ちはあるのだが。




俺は気がつくといつのまにか道明寺家にご宿泊ということになっていた。

道明寺・・・つまり榊の部屋で寝るのかと思えば、用意された部屋はちゃんとした客間。

俺一人がこの部屋に泊まるらしい。―――やっぱり高級ホテルだろ?と突っ込みたい。

友達の家に泊まるっていうのは、その友達の部屋に寝泊りしないか、普通・・・。

う~ん・・・やっぱりそれは俺っていう人間が庶民だからなのか?庶民的考えってことか。

とにかく俺は眠ろうと思った――――ベッドがデカイ。ふわふわする。

―――なんだか・・・眠れない。




榊はベッドの中で考えていた。

絶対にあの顔は呆れている。野見山の顔には戸惑いと何かわからないものが浮かんでいたが、あれは絶対に呆れている顔だ。

生まれて初めて同級生を家に連れてきた。今までは誰も家に呼びたいなんて思ったことはない。

野見山は俺が道明寺榊だろうと、あまり態度を変えなかった。それが新鮮で嬉しかった。

俺の家族や生活に誤解はあるようだが、別に媚を売ったりしない。

俺は生まれて初めて――――友達になりたい、と自分から思った。

親父や類さんたちのような、親友になりたい―――そう思った。

明日・・・野見山と話そう。野見山に言うんだ、俺のことは「榊」と呼んでくれって。

名前で呼びあうのって、親友への第一歩だよな、たぶん。

そして俺も・・・「祥吾」って呼ばせてほしい。

俺は明日を楽しみにしながら、目を閉じて眠りへと落ちていった。


FIN





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