颯HAYATE★我儘のべる

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明けない夜はないから 12



「おや、坊ちゃん。お久しぶりですねぇ。このタマのことなどお忘れかと思っておりましたよ」

最近は仕事で忙しく、タマと会うこともなかった。

それに牧野のことやあまり良いとは言えない私生活のことで説教されるのも嫌だったから、避けていたということもある。

「ああ、悪い・・・ちょっと忙しかったからな。それよりタマ!頼みがあるんだ」

「この年寄りをこき使うおつもりですかね?まぁ他ならぬ坊ちゃんの頼みじゃ断れませんがねぇ。まぁ、お座りください。」

タマは杖を取って立ち上がると、自分専用の小さなキッチンへと向かった。

この部屋でしか見かけることのない、牧野家と同じようなちゃぶ台の上にお茶を置くと、司の顔をじっと見て言った。

「どうやら・・・つくしが関係したことのようですね。坊ちゃんがそんなに感情をあらわにすることといったら・・・

つくしのこと以外にありえませんね。で、いったいこの年寄りに何をさせたいんです?」

さすがにタマには隠し事はできない。すぐに俺の表情を読んでしまう。

「ああ、牧野のことだ。俺は・・・あの女と離婚する。できることなら・・・牧野を取り戻したい。

だが、それは無理かもしれないな・・・だが、あの女と若宮財閥とは手を切る!

タマ、あの女は妊娠していると思う。いっとくが俺の子じゃないぞ。

離婚を切り出せばどういう行動にでるかわからない。

どうもあの女は俺が牧野を愛していることを知っているようだ、牧野にどんな危害を加えるかわかったものじゃない。

俺のいない間、あの女を監視して妙な動きをしたら俺に報告してほしいんだ」

「・・・やっと正気に戻りましたか?もっと早く、道明寺が立ち直ったときにでも離婚すべきでしたよ」

タマはお茶をすすりながら、司をチラリと見て言った。

タマは牧野を好きだった。俺が将来結婚する相手と見ていて、彼女を教育してもくれていた。

俺が牧野を裏切って、彼女の行方がわからなくなったときは・・・タマも心配しすぎて寝込んだほどだ。

「どうせ牧野を取り戻せないなら同じことだと思っていたからな・・・」

「同じじゃないでしょうが!つくしを取り戻す努力をするべきでしたよ。

まったく情けない男になったもんだねぇ!イライラするよ!」

俺はタマの厳しい言葉に微笑んでしまった。自分の気持ちに正直だ、実際に俺の行動にイラついていたんだろう。

「本当にな。この俺がこんなにグズグズした男とは思わなかったぜ。

俺はいつだって自分の気持ちに一直線だったはずなのに、あの女との結婚を選んだときから自分を見失っていたよ。

やっと・・・自分を取り戻そうとしているんだ」

そういうと大声で笑った。今更だが、やっと目の前が開けた気がした。

俺が自分で未来を閉ざしていたのかもしれない。自分のしたことを後悔するばかりで前進しようとしていなかった。

いつも過去ばかり振り返っていた。俺様ともあろうものが・・・!!

牧野、お前を傷つけたことはどうやって償えばいいかわからない。

だけどせめて、お前が愛してくれていた俺に戻るよ。

いつか・・・そう、いつかお前に会えるときがあったら恥ずかしくない俺でいたい。

「坊ちゃん、さっきの話ですがね、始終監視となると私ひとりじゃ無理ってもんです。

使用人に数名ばかり協力を頼んでもいいですかね?」

「ああ。タマ、お前が信じる者に協力を頼んでくれ。だが、俺への連絡はお前が直接、俺にしてくれ。携帯を渡しておくから」

「携帯ねぇ、便利な世の中になったもんだよ。ところで坊ちゃん、今、道明寺邸にいる使用人は私が教育したものばかり。

全員、信用できます。それに沙織様を監視すると言えば、みんな喜んで協力するでしょうね」

この家の使用人は俺と牧野のいきさつを知っているものばかりだ。

そのせいか、沙織を若奥様と呼ぶ者は一人もいない。

使用人に嫌われているせいでもあるが・・・。いつもただの大事な客くらいに接している。

それが沙織をイラつかせ、さらに使用人にあたる結果になっている。

何度言っても自分を奥様として扱わない使用人を沙織がクビにしたことがある。

タマがすぐに俺に知らせて、俺はすぐに沙織に連絡をとり、道明寺の使用人を勝手に辞めさせるのは許さないと警告した。

特にその一件以来、沙織は使用人からは嫌われている。沙織の味方をするものはいないだろう。

「ああ、タマ、頼んだぞ。」

どこにあの女の目があるかわからない、司はタマの部屋から注意深く書斎へと戻っていった。



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あれから、1週間が過ぎてもまだつくしは迷っていた。

気分をすっきりさせようと散歩にでたが、グズグズと考えつづけ結論がでない。何もすっきりしない。

榊と椛は父親に会いたがっている。極力、嘘はつきたくなかったから父親は遠くで働いていると言っている。

決して嘘ではない。子供たちが生まれたときには道明寺はすでに日本に帰り、奥様と新婚生活を送っていたのだから。

皮肉なもので、昔とは逆に私はNY、彼は日本。私たちはすれ違う運命なのかもしれないと当時はよく考えた。

だが、今は同じ日本にいる、同じ東京に。どうすればいいのだろう。

いつかは会わせたいと思っていた。だけど決心がつかない。

もしも・・・道明寺に子供がいると知ったら、あの奥さんはどう思うだろう。

魔女はどうするだろう、それに・・・彼はどういう行動にでるだろうか?

私を許せないかもしれない。父親は仕事中の事故で死んだことにしようか。

これは逃げだ。逃げてはいけない。颯介兄さんの言うとおり、彼と向き合う時期なのかもしれない。

つくしは気がつくと英徳学園の正門前に来ていた。

懐かしいな・・・そういえば、当時はここの非常階段が私の逃げ場所だった。

なにかあると花沢類が助けてくれた。・・・私はいつでも誰かに助けられている。

いつも何かを決断するとき、誰かに背を押してもらっている。

道明寺との恋もF3やお姉さん、滋さんや桜子に何度助けられ、背を押されただろう。

あの告白の日も・・・私は自分の弱さを実感した。

私よりもおとなしく、弱いと思っていた優紀がどうどうと西門さんに告白し、たとえ振られてもめげることもなかった。

あれからだって優紀は西門さんを追い続けた。自分の気持ちに正直に・・・。

今思えば、私が一番情けなく、ダメな子だったのかもしれない。

何かというとすぐに逃げていた気がする。

道明寺とのことで優紀や和也君の家に迷惑をかけたときも、結局は道明寺を捨てることで楽な道を選び、逃げたんだ。

私が身をひけば、みんなが幸せになると言い聞かせて。

妊娠したときだって、道明寺を泣いて責めることだってできたのに簡単に諦めた。

助けてくれようとしている友人にも背を向けて逃げてしまった。

今度こそ、逃げずに立ち向かわなければ。もう逃げてはいけない。

非常階段は・・・もうない。

子供たちのことを道明寺に伝えよう。彼のお母さんや彼自身がどういう行動にでようと、私が子供たちを守ればよいことだ。

颯介兄さんに言って、はやく段取りをつけてもらおう。

つくしはそう決断すると、さっきとは違い力強い足取りで家路を急いだ。


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