颯HAYATE★我儘のべる

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明けない夜はないから 19



「沙織の誕生日・・・」

つまり、その日に夫を殺せという指示なんだろう。健吾は真っ青になった。

俺が間違いなく成功すると沙織は思っているのだろうか?

俺は卑怯だし、女に寄生する最低の男だ。それは認めよう。

だが、今まで、人を傷つけたことは一度もない。果たして俺に人が殺せるのか?

それは沙織からのあの電話いらい、ずっと考えていることだった。

だが、殺さなければ・・・俺が殺される。

俺には金が必要だ。別の金持ち女を探す時間はもうない、沙織をあてにしすぎていた。

「やるしかないのか?」

つぶやくように言った言葉だが、俺の耳には大きく聞こえた。

どうしてこんなことに・・・。俺の手元には今、招待状とタキシード、そして・・・薬。

なんの薬かはわからないが、これを飲ませれば、相手は死ぬということだった。

ナイフや銃を想像していたが、そんなものを持って会場には入れないと言われたしまった。

入場前にボディチェックがあるらしい、それなのに毒の包みは見落としてくれるというのだろうか?

もしも・・・そこでバレたら俺はどうなるのだろうか。

そもそも、俺が人を殺した結果、沙織が得をするのは納得がいかない。

俺と同様のリスクを彼女の背負うべきだろう。

それにはどうしたらいいのか、健吾にはわからなかった。

だが・・・俺が失敗したときには、あの女も道連れだ。それは当然のことだ。







沙織の誕生パーティは、メープルホテルを貸しきったあの女の虚飾に彩られた人生にふさわしく、空々しい盛大なものだった。

招待されている人物も沙織がつきあうにふさわしいと判断した人物、心の中では何を考えているかわからないような人間ばかりだ。

本当にあの女にふさわしい友人だ、と司は思った。

俺も・・・この虚飾の中のひとりか・・・

そんなことを考えていると類と総二郎、あきらが来るのが見えた。

会場の女どもが一斉にため息を漏らす。相変わらずだな、俺は微かな笑みを浮かべ、あいつらの元へと向かった。

「よお」

「派手だね」

簡潔な感想を述べたのは類。まあ、総二郎とあきらも同じ感想のようだが。

「ああ、いつもこんな感じだよ。あの女にはぴったりだろ?」

「もう来てるの?」

俺の質問の答えではなかったが、類の聞いたことの意味はわかっている。

「まだだ。少なくとも俺は見ていない。ところで、滋と桜子は?」

「桜子は来ないってよ。滋はどっかにいるだろ。あいつのことだから、隠れて探偵ごっこでもしてるんだろ。」

総二郎はそういうと疲れたようなため息をもらした。

「おい」

あきらがそう言って、顎で入り口を示した。

「来たんじゃないか?」

どうやら、そのようだ。きらびやかに着飾っているが、写真と同じ・・・松崎健吾であることは間違いない。

青ざめた顔、緊張した動き、挙動不審な態度。おそらくは沙織を探しているのだろう。

俺たちは健吾から目を離さずに自然に振舞っていた。道明寺の他に花沢、西門、美作のSPを少数だが紛れ込ませている。

そこにまた微かな歓声が聞こえた。入ってきたのは鷹野颯介と煬介の兄弟。

招待されているとは知らなかった。俺は真っ青になった、まさか・・・牧野も一緒に来たんじゃないだろうな?

この場に彼女がいたら、沙織が逆上してどっちを狙うかわかったものじゃない。

俺は主催者側の人間として、挨拶をしようとさりげなく近づいていった。

「鷹野さん、ようこそいらっしゃいました。」

「やあ、奥さんの誕生日なんですね。おめでとうございます。ご本人はどちらに?」

お互いにさりげなく挨拶を交わす。

「その辺にいると思います。自分はちょっと、親友たちと話していたもので」

俺はそこで言葉を区切り、小さな声で続けた。

「まき・・・妹さんはどちらに?」

「せっかくご招待いただきましたが、紅は朝から体調が優れずに寝込んでいまして。今日は欠席ということで・・・」

それが本当のことなのか、それともこの場にいない言い訳なのか俺にはわからなかった。

まさか本当に具合が悪いのか?あいつはよく熱を出すヤツだったし。

「ご心配なく。ただの風邪ですが、微熱がありましたので大事をとってムリヤリに寝かせたんですよ。

こんなもの無理して来るようなもんでもないでしょう?」

近くにいる者には聞こえたかもしれない、軽い皮肉の言葉。

こんなパーティなど絶対に来なければいけないものではない、とハッキリ口にしている。

つまり、道明寺沙織など取るに足りない存在だと言っているのだ。普通なら道明寺財閥も軽く見られたと考えるべきだ。

だが、そうではないということを俺は知っているから笑って同意した。

そこに沙織が微笑んでやってきた。

「まあ、司さんったら・・・こんなところにいらしたの?今日は私の誕生日ですのよ、

隣にいてくださらないと困りますわ・・・」

俺はこの突然の乱入に顔をしかめた。この女の声も暖かみのない笑顔も、そしてこのパーティもすべてがイライラする。

「鷹野さんに挨拶をしてるんだよ。お前はお前で勝手に来た者たちに挨拶してろ」

俺は冷たく言い放った。罠をしかけているとはいえ、自分を偽ることはできなかった。

それに偽った態度をとれば、この女だっておかしいと思うかもしれない。

「まあ、鷹野さん・・・あの鷹野財閥の?  失礼しました。道明寺の妻、沙織でございます。

今日はお越しくださってありがとうございます。」

「いいえ。おめでとうございます。おいくつになられたんでしょう?」

颯介はニコニコと応対している。普通なら女性に年齢を聞くようなことはないだろう。

多少の嫌がらせはOKと考えているらしい。沙織にとってもここで怒りを爆発させて鷹野財閥を敵にまわすほど愚かではないだろう。

「25歳になりました。司さんと同じ歳ですわ」

「・・・俺はまだ24だ。誕生日がまだだからな。」

沙織の顔が屈辱にゆがんだ。俺の方が数ヶ月だが年下というのが気に入らないらしい。

「そうでしたわね」

「ところで、手ぶらというわけにはいかないので些細なものですがプレゼントを・・・。どうぞ。」

颯介はそう言って、無造作にポケットに突っ込んでいた小さな箱を渡した。

沙織はそれを一瞥すると、つまらないものだと判断したらしく、微笑みを浮かべて、いかにも嬉しいというように大袈裟に感激してそれを受け取った。

「着けてみてください。きっと似合うと思いますよ。あなたにぴったりのかわいいピアスです。」

ピアスと聞いて沙織の目が光った。鷹野財閥の御曹司が選んだものとすれば、高価なものに違いないと判断を変えたようだ。

さっそく微笑みながら、楚々として包みを開けた。

「まあ!!」

沙織は感嘆の声をあげた。ピアスはダイヤが細かく散りばめられたセンスのいいデザインの美しいものだった。

沙織の考えたとおり、高価なものに間違いない。俺は訝しげな顔を二人に向けた。

颯介は微笑んでいて、煬介は顔をしかめている。いったいどういうことなのか・・・

「素敵ですわ。とても高価なものなのでしょうね・・・?嬉しいです、早速つけさせていただきますわ。」

相変わらず、心よりも値段が大事らしい。高価とわかると目が輝いている。佐織はその場でピアスを付け替えた。

「お似合いです。喜んでいただけて嬉しいですよ」

「本当にありがとうございます。・・・あら、申し訳ありません、友人か来たようですのでこれで・・・」

沙織はそういうと、さっさと俺たちの前から消えていった。








「あれは?」

沙織が見えなくなると、俺は好奇心を抑えられずに颯介にたずねた。

颯介は相変わらず、笑顔を貼り付けて答えた。

「ま、確かに高価といえるね・・・」

「兄さん、あんな女にプレゼントなんて必要ないのに」

「誕生日に招かれて手ぶらはありえないだろう?それにあれには仕掛けがあるのさ」

「「仕掛け?」」

俺と煬介は同時に声をだした。

「そう、あの女をずっと見張るのもいいが声も聞いておきたい。違法だが盗聴器をしかけたんだ。

うちのSPのイヤホンに直結してる。俺たちがイヤホンなんか着けていたら不審に思われるからね。

一応、録音もさせている。何かの証拠になるかもしれないからね。」

「・・・さすがですね」

俺は感心した。自分の命をおとりにして捕らえることばかり考えていた。

颯介はトコトンまで沙織を追い詰めるつもりらしい。

あの男が手をくだすにしても、あの緊張ぶりではすぐに実行はできないだろう。

たぶん、沙織が接近して催促するに違いない。その時の会話が録音されれば・・・あの女は完全に破滅だ。








薬は持った。胸ポケットに間違いなく入っている。何度も確認した。

でも、どうやってそれを使っていいのかわからない・・・

沙織はどこにいるんだ?

飲み物に薬を入れたとして、どうやって道明寺司にそれを飲ます?

食べ物に薬を混ぜたとして、どうやって彼にそれを口にさせる?

俺にはできそうもない。だが、やるしかない。

沙織の協力が必要だ。あいつだけ傍観者になるのは許さない。

俺は女を捜して辺りを見回した。さっきから俺はキョロキョロとしている。

周りの人間からすれば挙動不審に見えること間違いなしだ。

彼らの目には俺は異質な人間として映っているように見える。

上流階級と言われる金持ちたちの仲間には俺はいないし、庶民なら道明寺のパーティに招かれるはずもない。

彼らは今、俺がどういう人物なのか推し量ろうと必死だ、それは俺にも判った。

俺はまた胸を軽く押さえ、薬がそこにあることを確認した。

安心するためというより、確認のために俺は何度も胸に手をやる。薬はここにある・・・

と、いうことはまだ人にはバレていない。俺は殺人を実行していない。

不安ばかりが襲ってきて、俺にはできそうもないという思いがどんどん強くなる。

周りを見渡していると、誰も彼も俺が今からしようとしていることを知っているかのような錯覚をする。

できない、俺にはできない。だけど、しなくてはならない。

何度も自分に言い聞かせる。時間は刻々と過ぎていく、はやく沙織を探さないと・・・

いったいあの女は何をしているんだ!?

すべてを俺に任せて、自分は逃げているのだろうか?

こう人が多くては沙織を見つけられない。

なぜ、こいつらはみんな同じような格好をして、同じような顔をしているんだ!?

健吾はイライラと足を踏み鳴らした。不安で落ち着かないうえに、沙織が見つからない。

気がつくと、自分の心音を確かめるかのようにまた胸に手を置いていた。






「ご気分が悪いんですか?」

俺はドキっとして飛び上がりそうになった。声をかけてきたのは40代前半くらいの女。

金持ちであることは間違いない。身に着けている服、アクセサリーがそれを語っている。

女は俺の青ざめた顔と度々心臓に手を置いている姿から心臓病とでも思ったようだ。

「い、いえ・・・こういう場所は初めてで、ちょっと・・緊張して」

「はじめて?」

女は顔をしかめた。どうして俺がこの場にいるのかと不思議に思っているのだろう。

俺は咄嗟に沙織に言われた言い訳を答えた。

「俺は、ここの奥様・・・沙織様に懇意にしていただいているものです。一応、詩を書いていますが・・・

まだ世にはでていません。沙織様は俺の詩を気に入ってくださって・・・」

女は納得がいったというように大きくうなずいた。俺はホっとして胸をなでおろした。

ああ、この男が沙織さんの・・・女は微かに意味ありげな笑みを浮かべた。

「そう、詩人でいらっしゃるの?いまどき珍しい方だわね。」

そういうと、女は俺の腕を軽くかすって、俺に視線を向けた。

健吾は微かに震え、女を見下ろした。この女の意図が今、はっきりとわかった・・・

この金持ちの女は俺を求めている。

この女はきっと俺と「遊び」たいに違いない。健吾はそう判断した。

もう薬などどうでもいいじゃないか?この女に金を引き出させることができれば、俺は安泰じゃないか?

ここが分かれ道かもしれない。

情けない男でいるか、さらに落ちて殺人者になるか・・・

答えは決まっているじゃないか!殺人者よりも情けない男のほうがマシってもんだ。

健吾はこれ以上はないという輝きをこめた笑みを女に向けた。






沙織はイラだっていた。このパーティがはじまってすでに何時間過ぎただろう。

まだ何の騒ぎも起きない、彼は優雅にアルコールを口にしている。

どういうこと!?健吾はどこにいったの!沙織は必死に探した。

見つけた男は・・・あれは誰だったかしら?どこの奥様だったかしら・・・?

女と一緒に楽しそうに笑っている男、完全に自分の役目を忘れている。

なんてことなの!?沙織は怒り心頭で男のもとへと急いだ。

「奥様、失礼いたします。」

沙織はかろうじて礼儀正しく挨拶をした。

「まあ沙織さん、おひさしぶりね。あなたのご贔屓の詩人さんにちょっとお相手していただいていましたの。

詩人の方なんてお会いするのは初めてですもの、新鮮で・・・」

「そうでしたの?・・・あの、奥様、申し訳ありませんが彼をちょっとお借りしてもよろしいかしら?

ちょっとお話がありますの。申し訳ありませんが・・・」

「まあ、ごめんなさい。すっかり独り占めしてしまいました。ええ、もちろん結構ですよ。

では、健吾さん・・・また後で、ね。」

女は意味ありげな視線を送り、健吾も微笑んで挨拶をした。

女が二人から離れていくと、沙織は健吾をにらみつけた。

「こっちへ来て!」

小さな声で人気のないほうへと連れていく。どこで誰が聞いているかわからない、どこか部屋へ入ったほうがいい。

沙織はそう判断して、自分が使っている部屋へと健吾を連れて行った。






「何しているのよ!」

沙織は部屋に入るなり、健吾を怒鳴りつけた。

「俺にはできないってことがわかったんだよ」

「今更・・・何を言っているの? やらないとあなたも危ないんじゃなかった?」

健吾は勝ち誇ったように顔をほころばせた。形勢逆転・・・俺にこの女は必要ない。

「お前、さっきの女を見たか? 絶対に俺を求めてるぜ、遊び相手としてな。

金さえ出してもらえるなら、お前だろうとあの女だろうと俺には同じなんだよ。

ここに招待してくれて感謝してるよ、あの女に出会わなかったら俺は殺人者だぜ。ほら、これはお前に返すよ」

胸ポケットから薬を取り出すと、沙織に向かって投げ捨てた。

「自分で殺せよ。俺は手を引く、もう関係ないからな。」

「・・・手を引く?私のお腹にはあなたの子がいることを忘れているんじゃないの?」

「・・・俺の子かわかったもんじゃないだろ?お前の相手が俺だけじゃないことは知ってるぜ?

一番長く続いたのは俺だってのも知ってるが、どっちにしろ、堕ろせばすむことだ、そのくらいの費用は出せるだろ?」

沙織の顔はどす黒く歪んでいた。目は暗く澱み、何を映しているかわからない。

あきらかに危険信号を発しているが、健吾は新しい獲物のことで頭がいっぱいでその信号を見落としていた。

「そう、私を裏切るというのね?私の言うことが聞けないのね?」

「金のないお前の言うことを聞く必要があるか?」

「それなら、私にもあなたは必要ないわ。邪魔だわ、もうあなたはいらないわ・・・」

そういうと沙織はそっと窓際へ行き、そこにあったいかにも高価そうな花瓶を愛しげに撫でた。

「計画の成功を祈っててやるよ。じゃあな」

「・・・健吾さん?」

健吾はドアへ行きかけたが、沙織の声に振り向いた。

そこで見たのは沙織の笑顔と・・・頭上に煌めく美しい花瓶だった。








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