颯HAYATE★我儘のべる

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雨が止まない 13



家政婦に目を離さないように依頼し、外出する際には密かにSPに監視させていた。

だから家政婦が眠る滋に気がついたとき、薬を飲んでから30分も経過していなかった。

あからさまに自殺だとわかる瓶と遺書を残し、満足気に横たわっていたらしい。

あわてて救急車を呼んで、主治医のいる病院へ搬送し、胃洗浄をした。

もちろん、発見が早かったので命に別状はないし、後遺症もない。

だが、こうなると嫌でも娘の胸に巣食う闇に気がつき、もっと強固な気持ちで対峙する必要を感じた。

私からの連絡を受け、一応は夫である司くんも病院へとやって来た。

彼の顔を見た瞬間――――怒りがこみ上げてきた。

彼のせいではないことは理解しているしが、彼の存在が娘を追い込んだのも事実。

ついこの間は男気をみせたというのに、病院の白いベッドに横たわる娘を見ていると耐えられなかった。

「司くん・・・滋をこんな目にあわせたのは君だよ・・・」

私の言葉に彼の眉がピクリと上がる。 そして、項垂れた。

責めても仕方が無い、それはわかっていたが、誰かを責めないといられなかった。

「―――――申し訳ありません。 私がもっとキチンと彼女と対峙していれば・・・」

「こうなっても滋と離婚するのか?」

離婚しかないことはわかっている。 自殺するほど不幸な結婚など終わらせた方がいい。

だが、ここまでしなければならない娘を思うと、たとえ不幸でも望みを叶えてあげたい気がした。

「―――――申し訳ありません。 ですが・・・離婚の意思は変わりません。」

そう言って彼は深々と頭を下げた。

こんな結婚生活など、なんの意味があるだろう。

命を捨てなければ得られないモノに未来などあるはずがない。

娘のためにも、この結婚は終わらせたほうがいいのだ。

「・・・いや、君が悪いわけじゃない。 責めて悪かった。 ちょっとショックでね。

娘が自殺まで考えるとは思ってもみなかった。

確かにこうなった以上、離婚を早急にすすめたほうがいいだろう。

滋が何と言おうと・・・、このままでは娘があまりにもかわいそうだ。

幸せになってほしい、それは親として当然だろう? こんな・・・こんなことを望む親はいない。

君との結婚がここまで不幸だとは・・・私にも想像がつかなかった。

滋を騙してでも離婚届にはサインさせる。 君はそれをすぐに提出したまえ。

滋は治療が安定したら、海外の別荘で療養させる。 場所は教えないほうがいいだろう。

君が滋の心配をする必要はない。 

しかし、この件は内密に頼む。 道明寺にとってもその方がいいだろう?」

司は黙って聞いていた。 異存があろうはずがない。

離婚は自分の希望だし、確かに妻の自殺未遂などマイナスでしかない。

「――――この間、君に話したことは偽りのない気持ちだ。

ただ、娘のこんな姿を見て取り乱してしまった。 そのことはわかってほしい。

仕事の件に関しては、先日の話どおりだから・・・」

「ありがとうございます・・・。滋さんのことは・・・申し訳ありませんでした。

私がもっとしっかりと彼女に向き合っていれば、ここまで追い詰めることはなかったのかもしれません。

「――――そうかもしれないし、違うかもしれない。

結局、君たちの行き着く先が離婚しかない以上、これは娘の運命なんだろう。

少なくとも娘の行動を見張っていることができた。それが救いだよ。

様子がおかしいのは気がついていたからね・・・。

―――たぶん・・・君のせいではなく、私のせいだろう。

昨日、滋に君との離婚を勧めたんだよ。

マンションも引き払い、実家に戻るようにと。 

私が味方ではないと感じたんだろう。 もっと娘の立場にたって言うべきだった。

せめて妻から言ってもらったほうがよかったのかもしれないな・・・」

「―――――すみません」

司は謝罪するしたなかった。 自分のせいではないと言われても、そうではないことはわかっている。

離婚するということ、この結婚について責めたことが大きな原因だろう。

だが・・・滋をどれだけ傷つけても後悔はなかった。 あるのは悲しみだけだった。

滋との離婚は自分の中では決定していることで、当然のことでもある。

牧野以外の女と結婚している、そして生活するなど考えられない。

たとえ一生結婚することができなくても・・・彼女以外はありえない。

牧野つくしとは俺にとって運命の女だ。

司はもう一度、深々と頭を下げてから病院を後にした。 自分はいないほうがいい。






睡眠薬を飲んでから、2日が経過した。

発見が早かったために命に別状はないし、後遺症もない。

すでに退院していても問題はないだろうが、父親の命令でまだ病院から出ることを許されなかった。

そして今、滋は予想もしていなかった人物と対峙していた。

鷹野煬介(ようすけ)・・・鷹野財閥の次男。 颯介の弟だ。





鷹野煬介は道明寺滋の自殺未遂の情報を聞くと、すぐに日本に飛んだ。

そして今、滋の目の前にいた。

「初めまして、鷹野煬介です。 ご存知とは思いますが、鷹野颯介の弟です。

つまり、つくしさんの義理の弟になりますね。」

滋は黙っていた。 突然の煬介の訪問に驚いて声がでなかったのだ。

「あなたが精神的に不安定なこのときに言うべきことではないでしょうが・・・

どうしても言いたいことがありましてね・・・日本まで来ました。」

「・・・つくしの味方が私に何のようなの?」

煬介はしばらく滋と見つめていたが、小さなため息とともに話をはじめた。

「あなたは今度の自殺未遂で何を得ましたか?」

滋は煬介の言いたいことがわからなかった。 黙っていると煬介は話を続けた。

最初から返事など期待していなかったのだろう。

「―――司さんはあなたの元へは戻らない。 あなたは何も得られなかった。

そうでしょう? あなたは何を望んで死のうと思いましたか?」

何も得ていない。 司はお見舞いにすら来ない、完全に私を捨てたのだ。

「あなたは司さんを追い詰め、手に入れることしか考えていなかった。

本気で死のうと思ったわけじゃなく、彼を縛り付けたかった、そうでしょう?

あなたは今度の自殺未遂で他人に及ぼす影響を考えましたか?

いいえ、考えるわけがない。 あなたは自分のことしか考えていない。

自分の気持ちを押し付けることしか考えていない。

つくしさんは・・・彼女は今回のことを自分のせいだと責めています。

あなたは他人に気持ちを思いやるという心がない・・・」

今、初めてあった男性にいきなり責められて滋は呆然としていた。

確かに司を手に入れることしか考えていなかった。だけどそれがなぜ、つくしの責任になる?

つくしは今、幸せに暮らしているはずだし、今回のことがどうかかわってくるのかわからない。

「あなたが愛しているのは自分だけだ。 本当に彼を愛しているのなら、彼の気持ちを尊重するはずです。

決して苦しめようなんて考えられない。

あなたは・・・手に入らないものを欲しがって駄々をこねる子供と同じです。

人を傷つけることなど何とも思わないんだ・・・、兄夫婦はあなたのせいで苦しんでいる。

つくしさんは自分を責め、そのせいで兄も苦しんでいる。

他人を苦しめて得るものに真の幸せなどあるはずがない。 それがわかりませんか?」

「―――そんな、こと・・・」

「あなたは私に、つくしの味方が何のようだ、と聞いた。

そう、私はつくしさんの味方です。 でも、今言った全ての言葉はあなたのためでもある。

それがわかれば、あなたも少しは見所があるんですが・・・」

私のため? どこに私を思う言葉があっただろう? 滋は煬介の言葉を反芻した。

「わかりませんか? あなたは自覚すべきなんですよ。

自分が愛しているのは自分だけなのだと。 司さんに対しては手に入らないものを欲しがっているだけです。」

「―――私と・・・つくしの違いって何、だと思う?」

滋はずっと心に引っかかっていたことを煬介に聞いてみた。彼なら答えてくれる気がした。

「―――他人を思いやる心でしょう」

「思いやる・・・心?」

「そうです。 昔、司さんとの交際を彼の母親に反対され、友人の家庭を人質に脅迫されたと聞きました。

司さんとの交際をやめなければ、友人の家を破滅させると・・・。

あなたならきっと自分の気持ちを貫いて司さんとの交際を続けるでしょう。

つくしさんは違う、自分が苦しんでも友人を守った。

友人の家を守るために自分たちの愛を捨て、彼の前から姿を消した。

結果、司さんを傷つけ苦しめましたが、恋愛をしているお互いが傷つくのは仕方が無い。

恋愛というのはそういうものです。 ですが、自分たちの恋愛のせいで他人が不幸になるのは・・・

それはおかしいでしょう? 他人の不幸の上にある幸せなど真の幸せではありません。

つくしさんとの違いはそれでしょう。 自分たちの周りにいる人たちを大事にする気持ち。

あなたにはそれが・・・ない。」

滋は呆然と煬介の言葉を聞いていた。 他人を思いやる気持ち?

私は・・・そう、以前は持っていたはずだ。 司の気持ち、つくしの気持ちを知って私は諦めることができたのだから。

そして・・・つくしと友人でいる道を選んだのだから。

私はいつ、その気持ちを失ったのだろう?

「どうしても兄たちのためにあなたに話をしたかった。

今回のあなたの自殺未遂は周りにいる人間を傷つけただけだ。

あなたのご両親、そして司さん、兄夫婦・・・それにあなたの親友だった人たちもね・・・

あなたは何も考えずに、司さんを手に入れないという気持ちだけで突っ走ったんでしょうね・・」

煬介はそういうと悲しげな瞳で滋を見つめた。

「あなたは哀れな人だ・・・」

煬介は言いたいことをいうと、踵を返し、病室を後にした。





煬介が病室をでると目の前に大河原会長がいた。

話を聞かれていたようだ・・・。

少し、ドキッとしたが、会長は静かに頭を下げていった。

「・・・娘のためにご足労いただき、ありがとうございます。

誰かが言わなければいけないことです。 本当なら親が諭すべきでしょうが・・・。

わざわざNYから申し訳ありません。 ご迷惑をおかけいたしました。」

そういうとまた今度は深々と頭を下げた。 煬介は何も言わず、軽く頭を下げた。

「私は兄夫婦のために・・・ここに来ただけです。

生意気なことを言いました。 まだ万全ではない彼女にキツイことを言いました。

初対面の人間が偉そうに・・・申し訳ありません。

でも、彼女が立ち直ることを祈っています。」

そういうと煬介はまた頭を下げ、帰っていった。

大河原会長は、煬介の後ろ姿に深い感謝を捧げた。

兄夫婦のためでもあり、滋のためでもある言葉・・・

親として、ありがたいと思った。

今日、司くんと滋の離婚届が提出された―――――

滋にそのことを伝えなくてはならない。 

その前にこの件に直接は関係のない人物が娘を戒めてくれたのはありがたいことだった。





滋は父親の話を呆然と聞いていた。 自分がサインした覚えのない離婚届がすでに受理されたとなれば、誰でも呆然とするだろう。

「な、んで・・・? 私、サインしてない・・・」

「私が入院手続きの書類に混ぜておいたんだ。お前にそのつもりはなくても、届けのサインは間違いなくお前のものだ。」

「ひ、酷い!!」

「―――――酷い? お前がしたことはどうなんだ?

さっき、鷹野煬介くんに言われたことがお前は理解できないのか?」

「・・・会ったの?」

「ああ、途中から来ていたんだ。ドアの向こうで話も聞いた。」

滋は握り締めた拳をじっと見つめながら考えていた。 煬介の言った言葉の一つ一つを。

私がしたことは・・・悪いことなの? 司やつくしが私にしたことは悪くないの?

「滋、お前はどうしてしまったんだ? 自殺未遂で相手を繋ぎ止める行為は脅迫と同じだ。

お前はそこまで堕ちてしまったのか? プライドはないのか?

私はお前の気持ちも司くんの気持ちも知っていた。

そして記憶喪失になった司くんが牧野さん・・・だったか、彼女だけ忘れたことも知っている。

もちろん、その記憶喪失を利用して、お前が司くんと結婚したことも知っているんだよ。」

「―――知っていたのに・・・なぜ?」

「反対しなかったかってことか? それはお前がそこまで司くんが欲しいならと思ったからだ。

それなら、私もお前の賭けにのろうと思ったんだ。そして負けたんだよ。」

「賭け・・・?」

「そうだ。 お前は彼が牧野さんを愛していることを知っていて賭けにでたんだ。

記憶が一生戻らないほうに賭けた。 記憶が戻れば、牧野さんのもとに戻るのはわかっていたはずだ。

滋、お前も私も賭けに破れたんだよ。 潔く退きなさい。」

私は確かに賭けた。でも記憶が戻らない方に賭けたのではなく、

たとえ記憶が戻っても、それまで一緒に生活した時間を彼は大事にしてくれる、

私を選んでくれる・・・そっちに賭けたのだ。

―――――どちらにしても賭けには負けていたのだけど。

「でも・・・つくしはもう結婚しているでしょ。 鷹野さんとは別れない、つくしはそういう子だもの。

だったら、司とは結婚できないんだし・・・」

「滋・・・そういう問題じゃないだろう? 

お前が司くんを諦められない、忘れられないのと同じことだとわからないのか?

彼も牧野さんを諦められないし、忘れられないんだよ。 たとえ結婚していてもね。

だが、彼は彼女を奪おうとは考えていない。彼女が幸せならそれでいいそうだ。

以前はどうあれ、今は自分の気持ちを押し付けようとは思っていない。だが、お前はどうだ?」

記憶が戻ってすぐの司はつくしを取り戻そうと必死だった。

―――だけど、今は違う。 それは私にもわかっていた。

何がきっかけになったのかはわからない。 だけど今の彼はつくしの幸せだけを望んでいる。

私だって司には幸せでいてほしい。 私がそばにいると・・・彼は幸せにはなれないの?

「私も・・・司には幸せでいてほしいよ。 でも、私の幸せは・・・彼と一緒にあるの・・・」

「―――滋、二人が同じことに幸せを見出せないなら、その結婚はうまくいかない。

政略結婚でもうまくいくのは、二人が同じ方向を向くものがあるからだ。

道明寺財閥を見てごらん、決して仲睦まじい夫婦ではないだろう?

だが、夫婦としてはうまくいっているんだ。 それは仕事で繋がっているからだ。

お互いが道明寺財閥のことを考え、仕事で繋がっている夫婦なんだよ。

お互いがお互いを尊敬し、認め合っているんだ。 それも一種の愛情だ。

それでお互い幸せなんだよ・・・。だが、お前たちはどうだ? 何で繋がっている?

夫婦には夫婦にしかわからない価値観がある。 お前たちはどうだ?」

「・・・同じ価値観・・・」

「そうだ。 お前たちは違うだろう? 最初から別々の方向を見ている。

司くんは道明寺財閥を、お前は司くんだけを。 歩み寄ることもしない。

そんなことで結婚生活などうまくいくはずがない。 夫婦であるはずがない。」

酷なことを言うようだが、滋には理解してもらわなければならないことだった。

このままでは、誰も幸せになれない。

親としては娘の希望を叶えたい。 だが当然、叶えたことによって幸せであることが前提だ。

不幸になるのがわかっているなら、反対するし、妨害だってするだろう。

「とにかく、離婚届は受理された。 お前と司くんはもう夫婦ではない。

お前は私が言ったこと、煬介くんが言ってくれたことをじっくりと考えなさい。

お前はカナダの別荘にやることにした、そこで療養しつつ、考えるといい。

これは決定事項だ。 反対してもカナダには行かせる。 いいね!?」

最後は有無を言わせぬ口調で言った。 滋はうなだれていたが、小さく頷いた。





もっと泥沼になると思っていただけに、簡単に離婚できたことに拍子抜けしていた。

だが嬉しくてたまらない。 解放されたという気持ちが身体中を駆け巡る。

親友たちから連絡もあった。 滋と離婚したことをいち早く聞きつけたようだった。

それぞれに慰めの言葉と説教を口にした。 

やはり心配は牧野の幸せを壊すことだった。

俺にはもうそのつもりはないが、親友たちは俺のアイツへの執着を知っているだけに心配は尽きない。

俺は今の気持ちを丁寧に説明した。 多少の心配は残っているのだろうが、皆が俺の気持ちを理解してくれた。

これで俺のことは解決したと言っていい。

あとは鷹野財閥との提携を完全なものにしなくてはいけない。 俺は親父に認めさせなくてはならない。

そして・・・牧野にも見ていてもらいたい。 

たとえ俺のモノでなくなっても、アイツにはかっこいい俺を見ていてほしい。

そして成長した俺を見てほしい。

今、新しい一歩が踏み出せた気がする。 



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