颯HAYATE★我儘のべる

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雨が止まない 14



颯介の言葉につくしは驚愕を隠せなかった。

離婚は時間の問題かもしれないと思っていた。 どんなに滋さんが思っていても道明寺の気持ちは決まっていた。

自殺未遂を聞いたときは、私のせいだと自分を責めたが、人の気持ちは他人が動かせるものではない。

最終決定は自分自身でするものだ。

滋さんも私も・・・自分で未来を決めているのだ。

「そう、ついに・・・か」

「ああ。――――煬介が日本に戻っていることは知っているか?」

「煬介さんが? 仕事?」

「―――いや、滋さんの自殺未遂を聞いて、怒りを抑え切れなかったみたいだな。

俺たちのために説教しに来たらしいぞ。 事実、病院にまで押しかけて説教したらしい。」

「―――滋さんを説教? 信じられない!!」

彼女が他人の意見を聞くだろうか? 昔の彼女ならともかく、今は特に頑なになっている。

道明寺に執着し、自分が見えていない彼女に何を言っても無駄な気もしていた。

「あいつは・・・お前を気に入ってるからな。」

「―――なに、それ?」

「お前・・・気がつかないのか? 鈍感だよな。 煬介は・・・恋してるとは言わない。

アイツはお前に憧れてるんだよ。 なんていうかな、正直でまっすぐなお前が好きなんだ。

大好きなお義姉さんって感じかな?」

「お義姉さんって・・・確かにそうなんだろうけど、私の方が年下なのよね。妹ってことにしてほしい。」

「ははっ。 ま、それはどうでもいいよ。 とにかく道明寺夫婦は離婚だ。

最後は大河原会長が無理矢理に離婚届にサインさせたらしいな。

彼女はカナダに行くそうだ。 これも会長が決めたことらしいけど。」

カナダ・・・。 つまり、滋さんは私たちの前からいなくなる。

道明寺はどうなるんだろう? この離婚で問題が起きるんじゃないだろうか。

「道明寺が心配か?」

颯介の言葉にドキッとした。 確かに心配だ。 だけど、これは愛しているからじゃない。

私のせいで離婚したのかもしれないという思いがまだあるからだ。

「―――うん。 私の存在が二人の離婚の原因かな、とか思うと・・・ね。」

「つくし、離婚は誰のせいでもない。 あの二人の問題だ。」

「でも・・・」

「―――煬介が彼女に会いに行ったのは怒りのせいだと言っただろう?

何に対しての怒りだと思う? 彼女の自殺未遂を聞いたときからお前は自分を責めていた、それに対しての怒りだよ。

つまり、彼女は自分のことしか考えずに死を選んだ。

司くんを苦しめたいという気持ちと、自殺すれば一生忘れることはないという気持ちもあったのだろう。

そんな身勝手な思いに対する怒りだ。 俺たち二人のためにアイツは彼女に会いに行ったんだ。」

「そ、んな・・・」

「お前と彼女はどこか似ているよ。

彼女は自分のことしか考えていない、お前は他人のことばかり考えている。

どちらが我儘で残酷かといえば、どちらも同じくらいに我儘で残酷だよ。」

颯介の言葉につくしは戸惑った。 我儘で残酷・・・私が? ショックだった。

だけど、ショックだということは他人のことばかり考えている自分に陶酔していたのかもしれない。

私は誰も傷つけたくないと思って生きてきたし、そのために自分を犠牲にもした。

それは道明寺と付き合っていたときも同じだった。

だけど、颯介に言われると・・・確かに残酷だったかもしれないと思った。

他人の幸せのために自分を犠牲にしていることに陶酔していて気がつかなかったことがある。

私はあの頃、どれだけ道明寺を傷つけ、苦しめていたのだろうか?

他人のことばかりで彼のことを考えなかった気がする。

そうか、見方を変えれば・・・私も滋さんと同じなんだ・・・。

「つくし、誰一人として傷つけずに生きていくことは難しい。

はっきり言って、それは誰にもできないことだと思う。 人間は必ず誰かを傷つけて生きていくんだ。」

「――――そう、かもしれない・・・ね。」

「ああ、お前は道明寺とのことで自分だけが傷ついたと思っているだろう?

だが違う。 滋さんは彼のことが好きだった、一度は付き合ったこともあると聞いている。

だが、彼はお前を選んだ。彼は彼で・・・お前に何度振られたんだ?

舞い上がらせて、今度は地に叩きつけるように別れたこともあるだろう?

誰もが傷ついて今があるんだ。 今回の彼らの離婚もそうだ。

前にも言ったが、滋さんは自分の思いを通したくて彼の気持ちを無視した。

彼は彼で一時期の記憶がないことを承知していながら、何も考えずに結婚を承知した。

そして記憶が戻った途端、彼女を憎んだわけだ。 自業自得の離婚だろう、他人のせいじゃない。」

「・・・私は自分さえ犠牲になれば、って気持ちがどこかにあったんだと思う。

悲劇のヒロインを気取っていたのかな・・・、今おもうと一番残酷かもしれないね。」

つくしがそう言うと、颯介は微笑んだ。

「それがわかれば上等だろ。―――それよりもお前、最近顔色悪くないか?」

つくしは突然、話題が変わったことについていけなかった。

一瞬、何を言っているのか理解できずにキョトンとした顔になる。

「お前、自分の体調がわかってないのか? ご飯もあまり食べてないだろう。」

「―――ああ、うん、ちょっと気分が悪かったんだよね。でも、今日は病院にも行ってきたし。」

「病院? 何だって?」

つくしは勿体ぶったように微笑んで返事をしない。

「さっさと言えよ。」

「―――病気じゃなかった。 2ヶ月だってさ。」

ネクタイを面倒くさそうにはずしていた颯介の手が止まった。

2ヶ月・・・? って、もしかしなくてもアレだよな。

「・・・できたってことだよな?」

「・・・そうだね。」

「2ヶ月ってことは・・・アレだよな?」

颯介の言葉を即座に理解したつくしの顔がみるみる赤くなっていく。

「――――そう、アレよ。 世間でいう・・・ハネムーンベビー?」

「だ、だよな!!」

「―――嬉しい?」

「う、嬉しいに決まっているだろう!」

颯介はそう言うと、つくしを力強く抱きしめた。

「・・・お前は嬉しくないなんて言うなよ」

「嬉しいよ! ただね、私だけこんなに幸せでいいのかなって考えてしまって。」

颯介の顔が一瞬にして不機嫌になる。

「さっき言っただろう!? アイツらの不幸は自業自得だ!

離婚したことが逆に幸せになると思う。 これでいいんだよ。」

「うん、それはわかったよ。 だけど、さっきまではそう思っていたの。

そういうことよ。 子供のことは単純に嬉しいよ!!」

「―――ああ。 それにしても父親か・・・なんかくすぐったいな。」

颯介はそう言うと、つくしの頭をゆっくりと撫でた。 そして唇を近づけ、頭の上にキスを落とした。






鷹野財閥の後継者である、颯介の妻が妊娠したという事実は、すぐに司の耳にも届いた。

牧野の幸せを望み、気持ちを押し付けないと決めても、この事実は司を打ちのめした。

「――――本当に手が届かねぇ存在になっちまったのか、牧野・・・」

滋と離婚できたからといって、牧野とよりを戻したいなんて考えていない。

アイツは颯介と結婚して幸せだと言ったし、俺自身、それを目の当たりにした。

だが、心のどこかでアイツが俺の元へ戻ることを望んでいたのだろう。

いくら鷹野と業務提携して、少しはアイツを身近に感じることができても・・・それだけだ。

本当に近くにいることはできないし、アイツ自身を本当に感じることはできない。

そう考えると虚しい気がした。

「類・・・類も同じ気持ちなのか?」

気がつくと司は類に電話をしていた。 ただ思いを共有しているであろう男と話をしたかった。





『―――司? どうしたの?』

「―――いや、その・・・」

どう言っていいのかわからない。 牧野のことでまだ諦めがつかないなんて女々しいとしか言いようがない。

『牧野が妊娠したこと聞いたの?』

「ああ」

『――――総二郎とあきらも呼ぶ?』

「いや・・・二人で・・・」

『じゃあ、今日の夜8時頃だったら時間とれるけど。』

「それでいい。俺もあけるから」

用件を言わずとも類は察してくれたようだ。 俺はホッとして受話器を置いた。

類と何を話したらいいのか、話したいのか自分でもよくわからない。

ただ類にあって何かを話せたら・・・それで気持ちが落ち着くような気がした。





類は司から連絡があるだろうと予測していた。

司は口でどう言っていても、牧野を諦めることは永遠にできないだろう。

ただ、罪悪感と彼女自身が幸せだと言ったことで一歩退いただけに過ぎない。

俺はきっと・・・いつか好きでもない女と結婚するだろう。

だが司は違う、きっと・・・牧野以外の女とは結婚しない。

牧野を愛しているまま、他の女と結婚するとは到底思えない。

滋が結婚できたおは、牧野のことを忘れていたからに過ぎない。

司はきっと彼女が手に入らないなら、永遠に独りでいるだろう。

今回の彼女の妊娠は、司にとって彼女が永遠に手に入らないことを実感する出来事だったに違いない。

アイツは俺を同じ立場の人間と思って、話をしたいのだろう。

グチを言いたいのかもしれない―――

だが・・・決して俺たちは同じ立場ではない。 永遠に同じ立場になることはない。

それがアイツにはわかっていない。

俺は彼女と両思いになったことはない。 

牧野が俺を好きでいてくれたとき、俺は静を好きで愛していた。

俺が牧野を見て、好きになったとき・・・彼女の視線は司しか捕らえていなかった。

俺たち二人はすれ違うしかない運命なのだろう。

だからこそ、俺は牧野を愛し、牧野の幸せを望み、それを静かに見守ることができるのだ。

たとえ、俺のモノにならなくても・・・俺は彼女の幸せを見守ることができる。

司は・・・一度、彼女を手に入れてしまった。 俺と同じことが本当にできるとは思えない。

アイツはいったい、俺に何を話したいのだろう。何を聞きたいのだろう。

連絡があることは察するできても、その話の内容までは理解できない。

類は小さなため息をついた。





「で、何を聞きたいの?」

何も話そうとしない司に類が促した。

「―――――お前は・・・どうやって牧野を諦めた?」

類は小さくため息をついた。 やっぱり司は何もわかっていない。

「諦めたことはないよ。 司、俺は牧野を好きだし、今も愛していると思うよ。

ただ、強引に奪おうとは思っていないだけ。 それだけだよ。」

司は類をじっと見ていた。 おそらく俺が言っていることを理解できないのだろう。

「それは諦めたってことだろう? 俺はアイツが幸せだとわかっていても、俺の隣にいないことが悔しい。」

「司、俺は諦めていない。 ただ、俺とでは彼女は幸せになれないことがわかっているだけだ。」

「・・・どうして」

「彼女は俺のことが好きだと思う、でもそれは友人の域を超えない。

恋愛と同じ好きではないし、愛でもない。 だから俺は彼女が幸せならそれでいいんだ。

牧野は牧野らしくあってほしい。 無理を通せば、彼女は俺の好きな牧野ではなくなる。」

「―――俺の好きな牧野?」

「今、司が強引に牧野を奪って結婚しても、彼女の心がお前にないなら、次第に彼女は牧野ではなくなるよ。

お前もきっと不幸せになっていくだろうね。 お互いが幸せでない恋愛や結婚は不幸だし、最悪だよ。」

「・・・」

俺の言っていることを司が理解するかどうかはわからない。

立場と状況は違うが、同じ女性に惚れた者として、自分の思いは正直に伝えておこうと思った。

「鷹野颯介と結婚した牧野は司の知っている牧野じゃないかもしれない。

でも、それはお前が記憶を失っている時に積み重ねた色々な出来事を経て、成長した牧野なんだ。

そして、その牧野は彼のそばで幸せだ。 俺は彼女の笑顔が見られればそれでいい。」

そう、笑顔が見られればそれでいい。 俺は諦めたわけじゃない。

たぶん・・・誰かが彼女の笑顔を奪えば、俺は一番に彼女に駆け寄り、彼女をこの手に抱くだろう。

「―――わからないな、今はまだ。 でもアイツが幸せだってことはわかっているんだ。

奪おうなんて全然考えていない。 ただ・・・悲しいだけだ。

アイツが俺じゃない男と結婚し、子供を生む。 アイツの幸せに俺が関係ないことが悔しくて、悲しいんだ。」

「―――それは、俺も少し悔しいかな。 でも俺は悲しくはない、彼女は幸せそうに笑っていたから。」

「・・・ああ、アイツは笑っていたな。 そうだ、幸せなんだよな・・・」








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