颯HAYATE★我儘のべる

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番外:雨は別れを暗示する




あの女を見るとイライラする、そしてモヤモヤする。

おかしな気持ちに自分でも混乱していると思う。

俺が失った記憶の中に存在するはずの女。

全然思い出すことができない。

イライラするからキツい言葉で責めることしかできない。

何度か親友たちと屋敷に来たことがあるが、俺は知らない女が侵入することを拒み、追い返した。

類たちの友達が俺の友達とは限らない、俺は金目当てで近づく者たちにうんざりしていた。

あの女は庶民だという、金目当てではないと言い切れない。

類や総二郎、あきらには呆れられたが、俺にはその疑いを捨てることができなかった。





俺は大河原滋との婚約を発表した―――。

『道明寺財閥、大河原財閥と手を組む』そんな見出しで始まった新聞記事は俺たちの婚約が政略的であることを如実に物語っていた。

否定できない。友情はあっても愛情はないのだから。

「司、後悔することになるぞ。」

「バカな真似はするな」

「思い出す努力をしている?」

総二郎、あきら、類はことごとく俺の婚約に反対した。

「何を言っているんだ? 俺たちの結婚なんてこんなもんだ。お前らだってわかっていることだろうが!

いつかは政略結婚することになるんだ、見知らぬ相手より友達の方がマシってもんだろ。」

俺はそう言って、三人の意見を蹴散らした。

このとき、すでにあの女を見なくなってから半年以上が経過していた。

俺が追い出したにもかかわらず、それがまた俺をイラつかせる。

入院しているときから、しつこいくらいに俺の目の前に現れていた女が全く来なくなった。

普通に考えれば喜ぶべきだろう。だが・・・なぜか喜べなかった。

「それでいいんだね?記憶が戻ったときに絶対に後悔すると思うよ」

類の言葉に一瞬だけ迷ったが、何を後悔することがあるのだと、俺は迷いを蹴散らした。

その後、式の招待状を出したが、桜子も含め全員が欠席だった。

俺に怒っていることはわかっているが、何に腹をたてているのかわからない。

いや―――本当はわかっている。

俺があの女を思い出さないことに怒りを感じているのだ、思い出す努力をしないことに・・・

そして滋にも怒りを感じていることにも気がついていた。

だが思い出さないものは仕方ないじゃないか、なぜアイツらの怒りを買わなければならないのか。

俺は反対にアイツらを避けるようになっていった。






結婚式、神父に誓いの言葉を促されたとき、俺はすぐに返事できなかった。

滋の不安そうな視線を感じながらも、俺は迷っていた。

ここで「誓います」と答えれば後戻りできない。

「永遠の愛を誓いますか?」

そもそも愛が存在しない結婚なのだから、誓うことなどできない。

類たちの『後悔してもしらないぞ』という言葉が頭の中に響いた。

「司・・・」

滋の声が俺を現実に引き戻した。

「―――誓います」

俺は目を瞑り、自分に言い聞かせるように力強く答えた。

これでいいのだ、間違っていないと必死に唱えていた。

すぐに俺の耳に滋の「誓います」という言葉が入ってきた。

―――これで引き返せない。

盛大な式と披露宴にもかかわらず、俺と滋の友人は一人も出席していなかった。

それに―――俺が婚約を発表したときから姉、椿の機嫌が悪い。

あの時から日本にあまり来なくなった。

話すことは類たちと同じことばかりで、俺はそれに苛立ち、自分から連絡することも無くなった。

その姉が今、俺の目の前にいる。

「―――司、結婚は記憶が戻ってからでも遅くなかったのに・・・」

「今も後も同じだろ、俺も姉貴と同じだ、会社の利益のために政略結婚するなら、友達と結婚できるだけマシだろ?」

「同じじゃないと思うわよ。無理やり結婚させられたことは否定しないけど、私は今、幸せよ。

だけど、アンタは幸せになれないと思うの。司・・・政略結婚でも幸せを求めるのは悪いことじゃない。

アンタ、彼女と二人で幸せになる努力ができるの?

私と彼はなんとか幸せになろうとした、そして彼という人を知って・・・結婚してから彼を愛したの。

穏やかな幸せを手に入れたのよ。アンタにそれができるとは思えない・・・」

姉貴の言うことがわからない。

姉貴が幸せなのは嬉しい、結婚してから旦那を愛した・・・今、あの男を愛していると言うのなら、それは良いことだ。

でも、なぜ俺と滋に同じことが起こらないと断言できるのだろう。

俺だって、将来は滋を愛せるかもしれない。

そう思った瞬間、頭に浮かんだ顔は滋ではなく、あの女だった。

野球ボールを俺にぶつけ、走り去った女。

なぜ、今更あの女を思い出すのだろう。俺は苛立ちを隠せなかった。

「司、もう結婚してしまったのだから・・・これしか言えない。後悔しないようにしなさいね。」

姉貴はそういうと盛り上がる宴の中へと戻っていった。

―――自分で決めた結婚だ、後悔などするはずがない。






子供をつくす気にはなれず、いつも避妊だけはしっかりとしていた。

滋が子供を欲しがっているのは知っていたが、俺は道明寺を継ぐ者として自身がつくまでは・・・と言葉を濁していた。

そんなある日、交流が途絶えていたF3と桜子が訪ねてきた。

「牧野が結婚する」

いきなり切り出された言葉に戸惑った。

牧野という人物に心当たりがない。

俺の戸惑った表情にそれがわかったのか、あきらが説明する。

―――あの女のことだった。あの女が結婚するからといって、なぜ俺に報告するのだろう。

勝手に結婚すればいいじゃないか。俺の意見に類は顔を歪めた。

「類の彼女だろ?」

俺が何気なく言った言葉に類はため息をつき、否定する。

それも以前と変わらないものだった。

「全然・・・思い出さないんだね。」

悲しそうな声が俺の胸に響く。

続いて、総二郎、あきらの「後悔するぞ」という言葉が胸に突き刺さる。

桜子の睨むような視線が痛くてたまらない。

何も悪いことはしていない、それなのに責められることに苛立ち、俺は過去の親友たちを屋敷から早々に追い出した。

気にしていないつもりだったが、「牧野が結婚する」という言葉は俺を捕えて離さなかった。

それから1週間が経過したころ、類から電話があった。

「司、牧野の結婚式、明日だから。牧野つくしは鷹野つくしになるよ。道明寺ではなく、鷹野つくしに・・・」

言うだけ言って切れた電話を俺はたたき付けた。

何が言いたいんだ?あの女が道明寺にならないのは当たり前だ。

鷹野つくし・・・いいじゃないか。

そう思ったが、鷹野つくしと思った途端に激しく胸が痛んだ。

―――この痛みは何だろう。







翌日、俺はなぜか「牧野つくし」の顔ばかり思い浮かべていた。

刺されて入院していた病院で、やっと意識を取り戻したとき、嬉しそうに俺を見た牧野。

そして、誰だと問うた俺を呆然と見つめた牧野。

それは夜になっても途切れることなく俺を苛み、ベッドに入っても際限なく襲ってくる。

夢にまであの女の悲しそうな顔が出てくる。

うなされ、何度となく目が覚める。

ベッドの上で暴れたのか、シーツが絡みあっていた。

俺はため息をつき、頭から「牧野つくし」を追い出そうとした。

また目を瞑り、必死に眠りにつこうとする。

また夢を見る―――。

雨、雨が降っていた。

激しく振り続ける雨の中、俺は立ち尽くしていた。

誰かが泣いている。俺は怒りと悲しみで何も考えられない。

だが・・・耳を澄ませば、やはり聞こえる誰かの微かな泣き声。

「もう愛していない」

震える声でそう言ったのは誰だ?

目覚めたとき、俺はベッドの下にいた。

うなされ、無意識に暴れたせいでベッドから落ちたのだろう、腰と頭が痛い。

顔を顰めながら、頭をさすると・・・フイに頭に浮かぶ顔。

――――牧野。

俺はその瞬間、5年ぶりに記憶を取り戻し、愛する女を失ったことを知った。

涙が一滴頬を伝う。―――牧野・・・


FIN


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