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見たまま、感じたまま、思ったまま
点滴をしたがる人達
「今日はどこが調子悪いんですか?」「いや、なんかしんどくて・・。せんせ、点滴でもしてくれへんで?」
こういう会話のやりとりが、よく診察室で交わされる。
実は、この種の会話が僕は苦手である。何でかと言うと、必要ないと自分が思う治療は出来るだけしないことをポリシーとしているのだけど、その言葉を発するひとの大部分は、こちらからみたら点滴の必要の無い人達なので、お断りをしなきゃならない。そしてお断りをした上で、相手に納得もして貰い、イヤな感じをされないようにと思うと、すごく心身共に気を遣って疲れるのである。
そもそも点滴とは何か?
それは薬や注射の名前ではない。点滴とは薬剤の静脈内投与のやり方の一つである。注射器を使ってワンショットで注射する代わりに、ボトルに入った液体をポタポタとゆっくり入れるやり方である。
一般的には輸液と言われる電解質溶液があって、そこには、ナトリウム、カリウム、糖など、細胞活動に必要な成分が入っている。
それを点滴の基材と呼ぶのだが、脱水などの水分補充がメインの時には、この輸液だけを用いて患者さんに投与することも多く、それは補液と呼ぶ。
一般には、その輸液の中に、抗生物質とか、鎮痛剤とか、鎮痙剤、抗不安剤など様々な薬剤を入れて投与するのである。だから、点滴の目的は、薬剤をゆっくり投与すると言うことと、薬剤と一緒に補液を行うことにある。
だから、僕らドクターが考える点滴治療の適応は、水分補給(輸液)の必要のある人、それから内服薬で効果があまりなくて、静脈内投与で効果が得られそうな人である。僕が愛読している「ドクターズルール(医者の心得集)」と言う本にも「内服が可能な患者に、むやみに静脈内投与をしてはならない」と書いてあるし、実際その通りだと思っている。薬剤の静脈内投与と言うのは、非生理的な投与であることをわきまえるべきである。
それでは、うちの診療所で点滴をしてる人にはどんな患者さんが多いか?
肺炎の人(病気として重症だから)、扁桃炎の重症の人(内服薬でよくならない事が多い)、喘息の人(中等症以上の発作の場合)、嘔吐下痢のひどい人(補液の必要のある人が多い)、目眩の強い人(吐き気で内服が難しいと共に、動けないので症状改善までの間、安静にして貰うため)などが殆どである。
ある程度基準の緩い強いはあるが、おおむね適応は満たしていると思う。
困ってしまうのは、それ以外の人達。ちょっとした風邪とか、単にしんどい(夏ばてや、家事の疲れなど)で、気付け薬のように点滴をしようと思う人達である。こういう人達には共通の特徴がある。まず、こちらが言わないのに自分から「点滴でも・・」と言い出すことである。必ず「でも」が付く。実はこの「でも」が僕は好きじゃないのである。先ほど書いたように、薬剤を静脈内に投与すると言うことは、非生理的な事であって、医者としてある程度緊張感を伴う処置である。それを気軽に「でも・・」と言われると、ちょっと心のひだに触れるのである。
それから、自分はともかく他人が見る限りでは元気な事である。そして早くよくなりたい、しかし養生はあまりしたくない、一発でよくなりたい、そんな風にせっかちな事である。風邪の時やしんどい時に「栄養剤を・・」とか、「一発でよくなる注射を・・」言うのもこれらの人の特徴である。
これらの人の言うことを聞いていると、どうも患者さんは「テンテキ」と言う薬があると思っている人が多いんじゃないかと思う。テンテキとは万能薬みたいな物で、これさえすれば何にでも効くと思いこんでいる人が如何に多いことか。
科学的な話をしよう。
点滴に栄養はあるか?どちらかと言えば否である。先ほど書いたように、点滴の輸液に含まれる物は、電解質と少しの糖分であり、500mlの輸液で(それをするのには2時間近くかかる)お茶碗半分くらいのカロリーである。もちろん糖の入ってない輸液ならカロリーはゼロである。だから水分、電解質は補えても栄養は補えない。そしてこの輸液に含まれるくらいの物なら、経口摂取が可能ならスポーツドリンクを飲めば足りる事である。
風邪の患者さんに栄養補給が必要か?これもどちらかと言えば否である。
何日も食べられない場合はもちろん必要だろう。しかし、風邪の初日とか、1日くらい食べてない場合では大人ならまず心配はない。大事なのは水分である。
花には水をやらなきゃいけないが、肥料が毎日必要で無いのと似ているかもしれない。動物だって病気の時には、あまり食べずにじっとして体力を保っているでしょう。人間だって、豪華な食事は受け付けないのだ。消化の良いあっさりした物を少し食べて安静にしているに限るのである。ビタミン補給をと言う人も居るが、それならビタミン剤を飲めばよい。ちなみに、ビタミン剤を液体に溶かして糖分やカフェインを加えた物が所謂栄養剤として売られている。こんな物が商売になっているのは日本だけだと聞く。
疲れてしんどいのに効く薬はあるか?これも否である。疲れに対するお薬は休養だけである。いや、一つだけある!!誰もが知ってる薬、エフェドリンから合成されるメタンフェタミンがそれである。この薬は別名覚醒剤、通称シャブと呼ばれる。これなら1発で疲れも取れて気分もすっきりするはずである。(通常、多くの風邪薬にはエフェドリンが含まれている。これは咳止めの効果を期待していると共に、風邪薬に含まれる抗ヒスタミン剤の眠気を軽減したり、風邪のしんどい症状を緩和する目的で添加されているのである。スポーツ選手がドーピング検査で風邪薬を飲んで引っかかるのは、このエフェドリンのせいである)
しかし、一方医学は科学であっても医療は科学ではない。正確に言うと科学だけでは無い。
医療行為は科学を裏付けとして、それ以外の多くの要素を含んだものである。
お祈りとか、お祓いとか、おまじないとかももちろん含まれる。もっとも大事なことは人間的な交流を通じて癒しを感じて貰う事である。
医者は、医療行為を行う魔法使いでなければならない、そう思っている。
プラセボ効果と言うものをご存じの人も多いと思う。
病気の人に、この薬はよく効きますと言って、まったく効果のない物を投与しても、ある程度の割合の人達はそれでよくなってしまうのである。
病は気からと言う格言もここから来ているのだと思う。
点滴のプラセボ効果と言うものは凄いのだ。
不安神経症なんかの患者さんにはその効果がてきめん。何も薬剤の入ってない、単なる輸液、それも200mlぐらいの少量の輸液をするだけで、「しんどい」と言っていた患者さんが急に元気になったりするのだ。これは医学的にはプラセボ効果以外には説明のつかない現象である。
昔、高知で勤務医をしていた時に、山奥の村の診療所へ、その先生が出張の代理として出かけたことがある。はじめてのところで、よく勝手が分からなかったけど、来る人来る人がみんな点滴をするのである。それも全員同じメニュー、5%ブドウ糖500mlである。丁度農繁期が終わった頃で、疲れた患者さんが多かったようだ。これには唖然としたが、みんな点滴が終わると、調子よくなったと言い、ニコニコして帰っていくのだ。そこの先生が、その効果を見越していたのか、単に面倒だったのかは不明だが、点滴の恐ろしいプラセボ効果を見た気がした。
それじゃあ、しんどい人にも風邪の人にも、望む人にはみんな点滴をしてあげたら皆ハッピーになって良いんじゃないの?と思うかも知れないが、それはあまりにも短絡的と思う。
例えば、風邪の場合、前述したような肺炎や扁桃炎のひどいのは、細菌感染症の事が多くて、これは抗生物質で劇的に改善することがある。しかし風邪の95%以上は非特異的なウイルス感染症で、これには特効薬はないから、これは絶対に点滴では治らない。ある程度は時間がかかるのである。治るのは自然経過である。風邪でしんどいだけなら症状はプラセボ効果でよくなるかも知れないが、高い熱が出ているような場合は絶対に熱は1日で下がらないのである。この場合患者さんはどうするか?「点滴をしたのによくならない」と不満を持ちながら別の医療機関を受診することが多いのである。で、その頃にはそろそろ治るようになっていて、2番目の病院で点滴をして貰ったら一発で治ったと思いこむことも多い。
自分の望まない治療をして、その結果患者さんの不満を買うのである。これはアホらしいと思う。
それに加えて、その患者さんの点滴に対する依存が強くなる。こういう人は何があってもすぐに1に点滴、2に点滴と言うことになって、それから抜け出せなくなるのである。
そりゃあ、短期的にはプラセボ効果で症状がよくなるから良いのかも知れないけど、長期的に考えて果たしてこれが患者さんにとって本当に良いことかどうか?医者としての僕は深く迷ってしまうのである。
何でも症状があれば、医者へ来て点滴をする患者さんを作る手伝いを医者がして良い物かどうか深く考えてしまうのである。
概して患者さんとはエゴイスティックな人が多い。それはある程度仕方ないしそれで良いんだと思うけど、でも子供っぽい人が多いとも思う。
これは日本だけの現象か、海外でもそうなのかは解らないが、ERなんぞに登場する患者さんは結構大人の人が多いような気がする。
自分で自分の体調を冷静に見つめて、まず養生をしてその上で医療機関を受診する。そして自分に対してどんな治療が必要か冷静に分析できる、そんな患者さんになって欲しいと思うのは欲張りすぎかな?
今日も20代の若い男性患者さんが風邪で受診して、「では、風邪の症状に対してお薬を出しておきます」と言うと、「せんせ、早い内に一発注射した方が早く治るんと違うんえ~?」と仰る。こういう人に科学的な説明をしてもナカナカ難しい物があるのだ。「風邪の治療はその時の症状に対して、後追いみたいな感じになりますからね。先に強い治療をしても、それが予防にはならないんですよ。大丈夫。風邪は無理せずに安静にして、温かくし、ちょっと汗が出るような物を食べると治りが早いですよ。」そう説明して、実際にきちんと治って貰わないと、彼は僕の言うことを信じないだろう。
まだ若い人は、これからのつき合いも長いので、時間がかかってもこちらの方針を理解して貰えるように頑張らねばと思う。
科学の領域と、魔術師的領域、そして癒しをあげるヒーラーとしての領域を上手く調和させる医者になっていきたいと思うけど道はまだまだ遠いのだ。
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