小説版・ココロノヤミ・15

古いクルマお見合いを軽く見ていた私は、翌週末からのお見合い責めにほとほとくたびれ果てていた。けれど、こんな事に負けていては、大石との約束が果たせない、私が一生思い続けるのは大石だけと、もう決めたのだから、と私は自分に言い聞かせて何とか週末を乗り越えていた。大石にも、手紙で逐一報告していた。色々な人がいた。中には、どうしてこんな人がお見合いを?と思うような、容貌も人柄も良い人や、逆に妙に軽い人、今までのお見合い遍歴を自慢する人など、世の中にはこんなに色々な男の人がいるんだなぁ、と私は見当違いな感心をしながら相手の人の顔を見ていた。そして、どんなに素敵な人とお見合いしても、私はそのお見合いをしている間にも、大石の事を考えたりしていた。何だかんだと難癖をつけては断っている私に、さすがの両親も閉口しつつあり、話を持ってきてくれる人の手前もあって、もう少しで諦めてくれそうだ、と私は内心ほくそえんでいた。そんな時だった、私の今までの生涯を揺るがすような事が起こったのは。

その日、私は仕事が早く終わったので、いったん家に帰ってから車で、久し振りにスポーツジムに行った。ほどほどに疲れてシャワーを浴びた後、家に帰ったらビールを飲もうと思いながら車に乗った。私が乗っていたのは、大学の時に親に買い与えられていた中古の小型車で、かなりガタがきていたのだが、ジムに行ったり、ちょっとした買い物に使うくらいだったので、特に不便でもなく乗り回していた。ジムの駐車場でエンジンをかけた時、何だかいつもと少し違うような感触だったのだが、気にせず駐車場を出て、しばらく走った時だった。車は橋を渡る手前のなだらかな上り坂に差し掛かっていた。夜の8時をまわっていたが、その橋を渡った先のベッドタウンに向かう車で道路は渋滞していた、前の車に続いて発進しようとして私の車はいきなりエンストしてしまった。何度もエンジンをかけ直してみても、車はウンともスンとも言わなくなっていた。ご多聞に漏れず悪名高い女性ドライバーの私は、メカ的な事などまったくわからず、頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。

車の中で固まっていると、後ろから他の車がどんどん追い抜いて行くのが視界に入った。中には、露骨に迷惑そうにこちらを睨んで行く車もあった。当たり前だ。誰もが仕事を終えて家路を急ぐ中で、いつも渋滞している橋の手前でエンストしたまま動かずにいるのだから。私も当事者でなければ、「何やってんのよぉ」と、一瞥もくれて追い越して行く所だろう。ふと気付くとサイドミラーに近付いてくる人影が見えた。「あぁ、文句言われる」と覚悟しつつウィンドウを開けると「エンジンかからないんですか?」サングラスをかけた浅黒い男が、風貌に似合わず穏やかに聞いてきた。私もなるべくしおらしく「あぁ、ごめんなさい、さっきから何度もやってるんですけど、かからなくて...」「どっちにしろ、ここで停まったままじゃマズイですよね。ハンドル動かせます?押しますから、そこの路側帯まで行けますか?」私はその人が神様に見えた。そろそろと車は動き、何とか路側帯まで来てサイドブレーキをかけて停めたが、私はその後どうすればいいのか途方にくれながら、とりあえずお礼を言わなければ、と車を降りた。

車を降りてみると、その人は自分の車に走って戻っていた。私の車のすぐ後ろについていたらしく、他の車のようには追い越せずにいたわけである。「そっかー、自分の車が動かせなかったからなのね」と私は納得して、通り過ぎる時に頭を下げればいいかな、と思いつつ見ていると、その人の車も路側帯に入ってきて停まった。「やっぱりかかりませんか」と言いながら降りてきたその人を、私はぼーっとして見ていた。「ちょっと開けてみていいですか?」お礼を言わなきゃ、とおろおろしている私になど目もくれず、その人はボンネットを開けて中を覗き込んでいた。「あの、スミマセン、ありがとうございます、私、車の事全然わからなくて...やっぱりどこか故障ですかねぇ」「プラグが外れただけだと思うけど...ちょっとエンジンかけてもらえます?」言われて私はあわててエンジンをかけてみた。2回ほどキーを回すと、いつもどおりエンジンがかかった。「あ、かかった。あー良かったぁ」とほっとしている私に、その人は妙に冷静に「でもひょっとしてプラグだけの事じゃないかもしれないから、そこのディーラーまで行って見てもらいますか」などと言うのだった。

エンジンもかかったんだし、もういいんじゃないかなー、と思ったがこんなに親切にしてくれている人に「もういいです」と言うわけにもいかず「あぁそうですねぇ」と曖昧に頷くと「橋渡った左側にあるの、わかります?」とたたみ掛けられて「あ、はい、なんとなく」と答えたらもう行くしかなかった。「それじゃ、後ろついて来て下さい」という事は、えっこの人、まだついて来てくれるの?!何だか段々不安になりつつも成り行き上、私はその人の黒い車の後について、もう閉めようとしているディーラーに入るため、ウィンカーを出していた。ディーラーで見てもらった結果、やっぱりプラグが外れていただけでしょう、との事で「他に異常はありません」と、少し迷惑そうにメンテナンスの、まだ若そうな男の子がその人に告げていた。対照的に愛想の良い営業マンに見送られて、ディーラーの事務所を出た所で、そのままさよなら、というわけにもいかず、自分もとてもお腹がすいている事に気付いて、私は「あの、こんなご親切にして頂いちゃったし、ご迷惑でなければ、お礼にお食事かお茶でもいかがですか」とその人を誘ってみた。




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