明通寺 



まずは明通寺です。



お寺へ入るところに橋がかかっています。
この日は、温かく6月なみの気温だそうです。
川は雪解け水で流れが急です。



雪解け水





明通寺(真言宗御室派)は桓武天皇延暦のむかし、征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷征伐において失われた敵味方の霊を慰めるため、平城天皇大同元年(806)に創建されたと伝えられています。



鎌倉時代建立の本堂と総高22mの三重の塔はいずれも国宝です。
幾星霜を経て存在する荘厳なたたずまいを感じます。








本堂は入母屋造桧皮葺の建物です。




明通寺





本堂には木造薬師如来像や木造深沙大将立像、木像造降三世明王立像、木像不動明立像など、平安後期の仏像4体が重文となっています。



延暦のむかし、この山中に大きなゆずり木があり、その下に不思議な老居士が住んでいました。




たまたま坂上田村麿公が、ある夜、霊夢を感じ、老居士の命ずるままに天下太平、諸人安穏のため、このところに堂塔を創建し、カヤの木を切って、薬師如来、降三世明王、深沙大将の三体を彫って、安置したと言われています。






薬師如来坐像は昔は秘仏で33年に一度しか御開帳しなかったのだそうですが、今の御住職様が、たくさんの方に見ていただきたいということで今ではいつでも見ることが出来るようになったようです。



薬師如来の右手にある、降三世明王立像は躰幹部を1材より彫出し、背刳りを施し背板をあててあります。
大自在天と烏摩妃は横1材より彫出し、本躰はその背上にほぞを立てます。
平安後期の像であるために、刀法は肉取りも穏やかであり、彫りも比較的浅く平明で、密教仏特有の難解な感じはないが、堂々たる大像です。






また、薬師如来の左手にある深沙大将立像のすさまじい異様な形相は像容に迫力があり、密教仏らしい神秘さを堂内に漂わせています。
この 沙大将立像が『西遊記』の河童の沙吾浄のモデルになったのだそうです。






不動明王立像は彫りの深い卷髪より左肩に弁髪を垂れ、目はわずかに天地眼とし、右手に宝剣を執って腰に構え、左手を垂下して羂索を執り、条帛、短裙をまとい、岩座上に直立する動きの少ない穏やかな姿勢の像です。











三重塔は桧皮葺木造三重塔婆和様でよくまとまった優美な塔として知られています。





三重塔








山号は創建当初棡木で本尊薬師如来を彫ったところから棡山というのだそうです。







ゆずり木







カヤの木(市指定天然記念物)太さ3.2メートル 樹齢約500年 だそうです。
楠は大きな木になりますが、カヤでこの大きさはとても珍しいと思いました。







かやの巨木






実際にここへ来るまで、明通寺というお寺があることは知らなかったのですが、実際に来てみて凄いところだなと思ったのでした。



このあと、私の一番の目的地でもある神宮寺、鵜の瀬、若狭彦神社へ行ったのでした。






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