marie-marie☆マリィマリィへようこそ

馬は奇跡の象徴だった。



祖母が倒れた9月末、
夏あたりから身体の不調を感じていた母は
東京での舞台をキャンセルした。
なんとその日に祖母は意識を失ってベットの下で倒れていた。

主治医の先生はかなりの名医だが我が儘でめんどくさがり屋の
祖母は薬の処方を一切守ってなかった。
「肝性脳漿」が主な病名。
仮性のよっぱらいのような状態になるらしい。
母は痴呆が始まったのだと思っていたらしい・・・・。
が、病気により記憶が飛ぶのだ。
歳も忘れる。
私の存在も。
今までの祖母なら激怒しそうな質問を何度も繰り返される。
それでも祖母は自分の住所も忘れてしまった。

入院するなりみるみるやせて
今までの面影が消えていく祖母。
食べ物も全部もどしてしまう。
強制退院させられたときは自分で起き上がることも
できずにトイレにいくことすらできなかった。
ストマからの出血はすでに致死量を越え、輸血もし
あきらかに今までとは違う危険な状態だということを
感じた私は祖母に夜付き添うことを決めた。入院すればかならず付き添って
泊まった。今自宅でもその生活は続いている。
母が動揺して眠らないのを避けるためだ。
人工肛門の世話は特殊で
一般の看護婦さんではなかなかしてくれない。

ぶっちゃけた話、家で看取るつもりだった。
自宅に帰りめきめき回復したものの
母はとにかく不安定になった。
一卵性親子のふたり。
3月くらいまでことあるごとに泣いてばかりだった。
喪服の用意までととのえてやっと心がおちついたという。

そんなとき、日蓮宗のお寺でひいた祖母のおみくじ。
「病が完治する」という意味合いのおみくじを心の支えに
母を慰めつづけた。
そのお寺に祭ってあるのが馬なのだ。
私の住んでる町は源氏の勢力が強い町だったので
そのせいかもしれない。

でも私にとって馬は特別縁起のいいお守りになった。
昨年結婚した親友夫婦にも
バカラの馬の置物をプレゼントした。

ウニの母サマから紹介されてポテト3さんのHPを訪れた。
そこには羽を広げたペガサスがはばたいていた。
厳格さをかんじるお父様の姿に私は祖父の記憶を重ねていた。

最初にあまりにもそのペガサスが印象的で
お聞きしたところ、ダイトウ号というかつてお父様が愛された馬だという。

父をダイトウ号が迎えにくるまではHPを閉鎖しないつもり・・
とポテト3さんはおっしゃった。
あたしも同じ気持ちだった。祖母のことを文字にして残したかった。
ポテト3さんと会話するうちにあたしは母に甘えられない分
ポテトさんをママと呼んでいた。
お父様にも数々の勇気を頂いた。

先日、残念なことにダイトウ号はお父様を迎えに来てしまいました。

ポテトママがHPをお休みするにあたり、
私のHPが閉鎖になるまで(もしかしたら永遠に閉鎖しないかもしれない)
お父様の生きた証を、
たくさんの勇気をいただいたお父様の存在と
私が一番感動した記事をポテト3さんのご了承を得て
ここで保存させていただくこととなりました。

生きていくことの美しさを
教えてくださりありがとうございました。

そして願わくば私の可愛い男の教え子達よ。
男らしく愛するひとを守れる強い男性になっておくれ・・・。

私が一番感動した記事が次に掲載される予定です。


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