紙の悲劇（ミヒャエルエンデ作）
むかし、紙でできた娘がおりました
惚れ惚れするほど、真っ白で
その娘の体にはまだ誰も
ちっぽけな文字ひとつ書き付けたことがない
ほんとうだよ、信じて！
その娘は紙だけでできてた
ほんとうだよ、信じて！
そこへ、紙でできた若者がやって来た
長旅をして、褐色で、
ここかしこに住所をぎっしり書き付けられ、
消印を押されて、糊だらけ
その若者がきたならしくても、許してやって！
包装紙でできていたんだから
その若者がきたならしくても、許してやって！
紙でできた恋人同士でも
本当に愛することはできるのです
娘は若者の体に、若者は娘の体に
自分の手で書き付けた
「（わたし （あなた
ぼく）の胸は きみ）だけのもの、
たとえ紙でできていようとも！
（わたし （あなた
ぼく）の胸は きみ）だけのもの！」
けれどもある日、禍が忍び寄る
言葉につくせぬ二人の苦しみ －
若者は遠方の受取人に呼び寄せられ、
体に「こわれもの！」と書き付けられた
「戻ってくるからね、
紙でできた恋人よ！
戻ってくるからね！」
こうして娘は何年も待ち、
そしてしだいに黄ばんでいきました
そしてあるとき心配でたまらなくなり
体に書かれた文字を読みました
「僕の胸は君だけのもの、
たとえ紙でできていようとも！
僕の胸はきみだけのもの！」
新聞紙でできた老人は、
くしゃくしゃで、嘘だらけ
このご老体、恐ろしいほど札束たっぷりもっていて、
娘を慰みものにしようと考えた
娘は老人の欲情に抵抗した、
娘は紙だけでできていた
娘は老人の欲情に抵抗した！
それを老人ひどく悪く取り、
悪知恵たっぷりはたらかせ、
ハサミで娘の息の根とめ、
体を二つに切り裂いた。
なにがおかしくって、ほほえんでるの？
あんたたちは紙でできてはいない
なにがおかしくって、ほほえんでるの？
そして、紙でできた恋人が
約束どおり戻ってきた
若者は娘を見つけ、その前に立ちつくし、
ひとこともしゃべらなかった
涙ひとつ流さないんだから、あんたたち
若者はかみだけでできていた
涙ひとつ流さないんだから、あんたたち
そのまま若者は立ち尽くし、そのうち日が暮れた
若者の胸が燃え始める
そしてすっかり炎につつまれて、
もう姿も形も分かりません
この薄くて黒いひとひらの燃えかすが
愛だった、そして紙だった
この薄くて黒いひとひらの燃えかすが！
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