BLACK  CATの部屋/チャット

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わたしが一番きれいだったとき




     わたしが一番きれいだったとき
     街々はがらがら崩れていって
     とんでもないところから
     青空なんかが見えたりした


       わたしが一番きれいだったとき
       まわりの人達が沢山死んだ
       工場で 海で 名もない島で
       わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった


     わたしが一番きれいだったとき
     だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
     男たちは挙手の礼しか知らなくて
     きれいな眼差だけを残し皆発っていった


       わたしが一番きれいだったとき
       わたしの頭はからっぽで
       わたしの心はかたくなで
       手足ばかりが栗色に光った


     わたしが一番きれいだったとき
     わたしの国は戦争で負けた
     そんな馬鹿なことってあるものか
     ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた


       わたしが一番きれいだったとき
       ラジオからはジャズが溢れた
       禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
       わたしは異国の甘い音楽をむさぼった


     わたしが一番きれいだったとき
     わたしはとてもふしあわせ
     わたしはとてもとんちんかん
     わたしはめっぽうさびしかった


       だから決めた できれば長生きすることに
       年とってから凄く美しい絵を描いた
       フランスのルオー爺さんのように
                         ね


               (詩集「見えない配達夫」S33.から)







 ◇◆◇◆◇


       六月


     どこかに美しい村はないか
     一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
     鍬を立てかけ 籠を置き
     男も女も大きなジョッキをかたむける


     どこかに美しい街はないか
     食べられる実をつけた街路樹が
     どこまでも続き すみれいろした夕暮は
     若者のやさしいさざめきで満ち満ちる


     どこかに美しい人と人との力はないか
     同じ時代をともに生きる
     したしさとおかしさとそうして怒りが
     鋭い力となって たちあらわれる


             (詩集「見えない配達夫」S33.から)



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