一番のありがとう



綱渡りといえば、ピンと張ったワイヤー上で行うものと思っていたのだが、これが違う・・・。

ワイヤーがたわんでいるのである。これはやりにくそうだ。直感的にそう思う。
昔、公園の柵がたわんだ鎖で、その上に乗るのが至難の業だったからだ。

まずはたわんだワイヤーの上に膝を曲げた片足で乗り、他方の脚は前に伸ばす。
とてもゆったりした顔をしていることにこちらは衝撃を受ける。
習い事のアイススケートで似たポーズがあって、
とても難しい上にほとんどの生徒ができないからだ。

演技にはいる。
すーっと息を吐いて、眉間から細い針金のようなビームが出るかのような集中ぶりだ。
つられたこちらは吸ったところで息が止まってしまう。
そんなわけで技が決まったあとのほっとしてほおがゆるむのをみると、
掌を上に向ける決めポーズを待たず拍手をしてしまうのだった。


一輪車に肩で逆さに乗って手でペダルを漕ぐ大技がある。
演者は技にかかる前にほんのちょっと一輪車のペダルのグリップを動かして正常に動くことを確かめている。
グリップの滑りが悪いと技に影響するのであろう。

しかしグリップは昨日までも、さっきの公演でも、本番直前のチェックでも正常に動いたはずである。
しかも本番中、道具を渡す演者も確かめているに決まっている。
でも演者はあえて確かめてから技に入るんだ。

とても仕事を大切にした、プライドの高い行動である。

プライドの高い完璧な仕事ぶり、
それをみると精神が凧が強い風をはらんで急上昇するように浄化されて、とても癒されるものだ。
私が「娯楽」に求めるもっとも重要でほとんど唯一の要素である。

すごいなぁ、ってそうじゃない。

その時私は気づいたんだ、自分も同じことをしているんだ、

職場で使う遠心分離機。高速で回転させることによって重力だけでは沈んでこない物質を沈殿させる機械だ。
回転軸が曲がっていたら重い部品が機械から外れて回転しながら飛び出す危険があるのだ。
もちろんそんな事故は絶対起こさない。
軸は昨日までも、さっきまでも正常なのである。
しかし私は必ず軸が曲がっていないことを、やはりほんのちょっと手で回転させてみて確認しているのである。


いつも自分の仕事ぶりを「いけてない」と思っていたけど、プライドまで捨ててしまっている訳じゃない。
ただちょっと一歩か二歩、先ばかり上ばかり見すぎて焦っているだけかも知れなかったのだ。


今日の拍手、今日の歓声、今日一番のありがとうは
文句なしにその一瞬の手の動きに捧げたい。



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