妖精の館

妖精の館

     


 教室の中には、下校を告げる放送が流れる。
 夕日に赤く染まった黒髪と、幼さを残した黒瞳。
 少し、女性っぽい、可愛らしい顔立ち。
 16歳の華奢な体つきをした、少年、碇シンジ。
 赤く染まった教室の中で、シンジは一人孤独に作業を続けていた。

「やっと、半分か…」

 頼まれてはじめた、資料の整理。
 ファイル名をつけてまとめられ、所定の場所に置かれた資料たちと、まだ、雑多に集められている書類や、何かがやっと同じ分量に見えてきた。

 因みに、教室にかけられたプレートは「生徒会室」。

「仕方ないよね、皆勉強忙しいんだし…」

『手伝えんで、ほんまにすまんな~』
『本当に大丈夫かな?碇の仕事じゃないんだし、ほどほどにして帰れよ』

 同じクラスの生徒会役員に仕事を頼まれた(押し付けられた)と知った友人達の台詞。

 (トウジも、ケンスケもギリギリ組みだし)

 シンジの父が理事を務めるこの男子校は、名門中の名門として名高い学校だ。
 進学校として、中学~大学院まで整備している。
 エスカレーター式とは名ばかりで、希望した生徒の半分も進学することが出来ない厳しさでも知られる。
 中学時代に、高校の科目も行い。
 高校に入れば、一年次のみしか、文化省で定められた教科の学習は行われず。
 二年に入れば完璧に受験対策の授業のみとなってしまう。

 付いていけないものは容赦なく叩き落される(一応、補習は準備されている)。

 外部入学者は、すでに終わってしまっている教科について行くので精一杯になる。

 学校、塾、家、の往復で一日、一ヶ月、一年と過ぎていく。
 もちろん、部活動を行っているものはほとんどいない。

 内部入学者とはいえ、ギリギリのラインで引っかかった友人達に、塾を休んでまで手伝いを強要するのも気が引けた。

 因みに、押し付けた当人は、内申点を期待して、生徒会に入ったものの。
 勉強との両立が出来ずに、落第しかけている。

「ふうっ…」
 とはいえ。
 全然終わりの見えない作業に、一人で取り組み続けることに疲れを感じない訳が無い。

「僕だって、決して成績良いわけじゃないのに」
 愚痴の一つも出ようと言うもの。

「父さんが、理事をやってるから退学も、留年も無いだけで」

 実際、内部試験を白紙で出したにもかかわらず、きちんと高校に進学できてしまっている。
 自分の希望も聞かず、己の価値観を押し付ける父に憎しみさえ覚えたこともあった。
 今は少しだけ、父の気持ちも考えられるようになった。

「カヲル君…」

 父に思考を移したとたん。
 父を見直す原因をくれた少年を思い出し、夕日のせいではなく。
 顔が赤くなるのが自分で分かった。

「シンジ君、まだいたのかい?」

「カッ、カヲル君っ」

 思い描いていた人物が、唐突に生徒会室の扉を開けて、声をかけてくる。

 驚きのあまり、上ずった声を上げてしまう。

「カヲル君こそ、先生との打ち合わせ、終わったの?」
 自分の動揺を知られまいと、あわてて問いを発する。

 カヲルの綺麗な銀髪が夕日で赤く染まり。
 ピジョンブラット、鳩の血色をした最高級のルビーの色の瞳とあいまって、酷く禍々しい。
 どこか大人びた秀麗な顔と、いたずらっぽそうな大き目の口がアンバランスで。
 それでも、なお美しい、命を帯びた人形。
 シンジと同じく、16歳にしては華奢な体つき。

 しかし、見た目とは違って、ことのほか強い力を秘めていることを、今のシンジは知っていた。

「今日決めなくてはいけないことは終わったよ」

「そうか…、決まっちゃったんだ…」

 カヲルはこの春、ドイツにある兄弟校に一ヶ月ほど、交換留学することが決まっていた。
(外部入学なのに、新入生総代だから、学校が期待をかけるのは間違ってないけど)

 サミシイ。

 口には出来ない、カヲルとあってはじめて自覚した感情が、心を支配する。

「おかげで、シンジ君に告白する踏ん切りがついたからね」
「僕は今回の留学には、感謝してるんだ」

「両思いになってみたら、離れるのが寂しくて、断りたくなったけどね…」

 シンジの心の内を代弁するように、カヲルは苦笑とともに気持ちを吐き出す。

「踏ん切りって、カヲル君が?」
 シンジの目には、カヲルはいつも自信に満ち溢れているように見えた。
 迷うことなど、あるようには見えなかった。
 シンジの方こそ、自分の気持ちを押し隠すので精一杯で。
 もし、自分の気持ちに彼が気が付いたらどうしようかと、不安でたまらなかったのに。
 自分がカヲルに告白されたことものほうが、おかしいのだ。

「中学の頃、君を見かけて、一目ぼれして…」

「必死に勉強して、君の学校まで追いかけてきたけど」

「僕だって君に会うまで、自分が同性愛者なんて、考えたことは無かったからね」
 いきなり、告白したら、嫌われるだろうと思って…。
 自分でも、最初は信じられなかったからね。
 自分が男に恋愛感情を抱くなんて。

 いつものカヲルからは想像が付かないほど弱弱しい口調で、告白する。

「でも、どうせ留学するなら、嫌われてもしばらくは顔をあわせなくてすむだろう?」
「それに、僕がいない間に、他の誰かに先を越されるかも、と思ったら、迷いがやっと吹っ切れた」

「誰かに先を越されるってっ!僕の方こそ、カヲル君が向こうで可愛い彼女でも出来たらどうしようかと思ってたんだよ!」

 他にも突っ込みどころはあったが。
 つい、シンジは声を荒げてしまう。
 それに対してカヲルは、驚いた表情で、驚愕の事実を告げる。
「君の友人のトウジ、それに先輩方にも君を狙っている人間はいたんだよ」
「僕は男だよっ!」
「そして、僕も男だよね」
 シンジの抗議をあっさりかわす。
 やっぱり気づいてなかったんだね。
 諦めとともに、嘆息する。

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