妖精の館

妖精の館

-それぞれの望むもの-


 心底感心した、といった感じの一言。
「俺にしては、ってのはどー言う意味だ?」
 ほんの少し、ほんとーにちょっとの時間(と、本人が思っている)時間遅れただけで、何でいやみ言われなきゃなんねーんだ、とばかりの不機嫌な声で、それに返す。
「言葉そのままです。ほかにどんな意味があると?」
 ひどく、きょとんとした感じの反応が返ってくる。
 もしかしなくても、いやみのつもりは無かったようである。
 勝手にいやみと思い込んだことに、ちょっぴり自己嫌悪に陥る。
 まあ、恋するものは、ほとんどの場合、相手の言葉に嫌なるくらい敏感になるものではある。
 ので、気にしない方がいいよ、セシル♪
(うっせー)
 これこれ、地の文に反応しないように。
 いないのと一緒だから。
(ううっ)
 地の文にまで、やり込められてたら、世話が無い。
「セシル、行きますよ」
 セシルの内心の葛藤に気づいているのだろうか?
 いつもと変わらぬ、冷静さで、相手をそくす。
「お前って…、やっぱいい」
「途中で言葉を止めないで下さい。気になります」
「気にすんなっ!全然内容無いからっ!」
 言ったら、すっさまじい視線でにらまれそうな気がしたため、あわてて言い訳する。
 将来、尻にひかれるタイプかも知れない。
 セレナはひどく疑わしそうな視線を向けはしたものの、特に突っ込むことなく、黙々と足を運ぶことに集中し始める。
 いかに慣れている道とはいえ、結構きつい山道だ。
 余裕が無かったのかも知れない。


(俺の前でまで、強がらなくていい…)
 口の中で飲み込んだ言葉を、心の中でつぶやく。
 強がってるなど、本人は決して認めないであろうから…。
 笑顔、という仮面を被って、真っ直ぐな強い瞳で。
 どんなときでも、決して取り乱さない冷静さ。
 決して、弱みを見せない。
(だから、嫌いだったんだ。女の癖に、俺より強くて…)
 自分が逃げていたものに、迷わず向かっていく姿勢に。
 家の名を見て、取り入ってくる大人たちすら凌駕して。
 自分は、それらから逃げることしか出来なかったのに。
 神殿にも、その地位にも、興味の無いことをアピールして。
 自分に取り入っても、無意味だと見せ付けることで、逃げた。
 父や、母の期待からも。
 周囲からも、神殿からも。
(逃げたんだ、俺は)
 それに憤って、彼の背すら押して見せた。
 彼の前にたって、彼が逃げようとしたものの大半を被って。
 彼に逃げるだけでない道を、指し示した。
(俺が受けるべきものまで、引き受けて)
(俺を逃げさせないために、更に強くなったそれらに立ち向かっていた)
 けれど、気づいてしまった。
 強さに隠された弱さに。
 幼馴染として、ずっと一緒にいたから。
 いやが応にも、相手を見てきたからこそ、気づいてしまった。
 そうでなければ気づけないほど、巧妙に隠された弱さに…。
(こいつが、女なんだって気づいて、気づかされて)
(俺より、ずっと強くて、そして、弱い)
 そうして、生意気な嫌なやつ、は。
 守らなくてはならないものに変化していった。
 その思いが、いつしか「恋」といわれるものに…。
 変わった。
 認めたくなかった。
 セレナなんかに。
 自分の弱点も、失敗も知り尽くして。
 決して、勝てるとは思えない相手。
 しかし認めざる得ないほど、その思いは強く、熱く、自分を突き動かす原動力になった。
 自分で認めるにも時間のかかった思い。
 相手が気づき、認めてくれることがあるのか?
 道はまだまだ遠い。
(絶対に、俺が守る。こいつの想いも。こいつ自身も)
 そのために、剣術の訓練もつんだのだ。
 セレナに気づかれないように、こっそりと。
 絶対に…。
 セシルは、自身の強い望みを再び心の内で繰り返していた…。


(何を考えているんだか…)
 言葉を濁した後、顔を引き締めて黙りこくったセシルを盗み見ながら、セレナは嘆息していた。
 背も、力も、すでに敵いはしないだろう。
 それが酷く悔しかった。
 男と女の違いが。
(なぜ、私は女に生まれてしまったのだろう?)
 いかに皇女の収める土地とはいえ、やはり男女差別は依然と存在していた。
 首都から遠く離れた地であるからかも知れない。
 母がセシルを敵視する理由の一つ。
 それは、彼が男だから。
 同じようにこの地の「名家」といわれる家柄。
 男の子を産んだ、相手。
 女の子しか産めなかった、自分。
 彼女の母にとって、セシルは自分のコンプレックスを刺激する「者」であったのだから。
 母のコンプレックスを、物心ついたときから、セレナは肌で感じていた。
 だからこそ、母にとっても、父にとっても、家にとっても。
 有利な人間になろうと、努力し続けた。
 神学の知識、魔物の知識、礼拝の技術、応急手当の技術、そして龍力。
 同じ年齢の人間には、決して劣らない。
 それどころか、勝っている様々な知識、技術の数々。
 自分を周囲に認めさせるために…、身に着けた。
 自分に取り入ろうとする相手。
 女だからと、軽視する相手。
 やわらかい笑顔という仮面と、柔和で、上品な物腰。
 年に似合わない、冷静な判断力と、態度。
 知識。
 総動員して、戦った。
 今の神殿での居場所は、そうして勝ち取ったものだった。
 逃げるのは、プライドが許さなかった、母が…、許さなかった。
 皆、サフィール家の跡取りという色眼鏡を通してしか、自分を見ていないことを、感じ取らずにいられなかったから。
 彼らが望む、その役を、それだけの器を見せ付けた。
 強く、在ろうとした。
 目的ははっきりしていたから、真っ直ぐに前を見る以外の選択は無かった。
(それなのに、セシルは、逃げた…)
 戦うべき相手は、戦わずに、逃げた。
 自分のやる気の無さをアピールして、取り入る相手を煙に巻いた。
 神殿にも、ほとんど寄り付かなかった。
 毎日の祈りも、祭礼もさぼって、「剣士になる」と言って、棒切れを振り回していた。
(自分がやりたいことを、やるのはいい…)
 けれど、許せなかった。
 周囲に認めさせる努力もせず、自分の世界に生きようとしていることが。
 その、弱さが。
(けれど、それも一つの方法)
 そう考えられるようになるまで、時間を要した。
 けれど、今は認めることも出来た。
 しかし、神殿に関わらせることを諦めたわけではなかった。
(私だけが全てを背負うのは、不公平だから…)
 本当は、セシルの希望を神殿の面々に認めさせたいから。
 自分でも気づいていない本音は、やはり隠れたまま。
(守るよ。私が今まで築いた信頼も、地位も利用して、神殿から…)
 セシルを…。
(本当は結構強くて、自分を持ってる人だから)
(私にはない、強さを)
 母や、周りの望む未来しか思い描けなかった自分。
 それとは違った未来を選んだセシル。
 幼馴染で、一緒に育ってきた相手だから。
 叶えてほしいと思った。
 自分には、決して叶えられない未来を…。
 すでに家と神殿にがんじがらめにされているから。
 それ以外の未来はない。
 何よりも、「高位の神官になる」と言うことが、今では自分自身の望みになってしまっているから。
(セシルを守る、絶対に。全てのしがらみから)
 今までの自分の努力が、無でなかったと、思えるから。
 戦闘になり、神殿にいれば。
 或いは、戦闘地域に行って、騎士の方達に見つかれば。
 今度こそ、逃げられないかもしれない。
 だからこそ、逃がした。
 自分に付き合わせることで。
 自分を信頼し、頼ってくれている、治療師の先生を言いくるめてまで。
 守ってみせる…。
 もう一度、心に刻むように繰り返す。
 真っ直ぐな、強さを秘めた瞳で。


 互いに、互いを想い。
 互いを望みながら。
 少しずつ、ずれた想い、望み。

 望みを叶える、そのための想い。
 それぞれが、強くあるために。
 通じ合う日を、願って。
 祈りのような、望み。

 幼くて、だからこそ、強い。

 望み。

 それぞれの…。


 それぞれの望むもの、了

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