マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2019.12.28
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<埼玉古墳群の埴輪たち>



 埼玉古墳群の配置図です。上方の黒くアンダーラインが引かれたのが将軍塚古墳で、下方の黒くアンダーラインが引かれたのが瓦塚古墳です。今回はこの2つの古墳から発掘された埴輪を紹介することにします。


   瓦塚古墳の説明文です。以下にこの古墳の埴輪を紹介します。







 左は犬。古くから人間に飼われ、猟などにもお供しました。右は白鳥。古代には割と身近な動物だったのでしょう。日本武尊が三重で死んだ後、白鳥になって都へ帰ったとの白鳥伝説が有名です。



 馬は朝鮮半島経由でわが国にもたらされたようで、古代は専ら軍馬として用いられました。豪族の死後、古墳の周囲に生前の馴染み深い動物や使用した物、墓を警備する武人の埴輪などが立てられました。








    倒れた状態の埴輪。本来は古墳の側面に立てられていたのが、長い歳月の間に倒れたのです。

 以下は将軍塚古墳の人物埴輪です。殉死した兵士の代わりに、土師氏の祖である野見宿祢が考案して土で兵士などの埴輪を作り、豪族などの墳墓に並べたのです。



 盾持ち人物埴輪



  朝顔型円筒埴輪と呼ばれるものです。これらが古墳に並んだ姿は壮観だったことでしょう。



   異常の朝顔形円筒埴輪は、どうやら国宝の鉄剣が出土した稲荷山古墳のもののようです。



 将軍塚古墳に配置された「琴を弾く人」の人物埴輪(左)とその復元図(右)




 稲荷山古墳に配置された家形埴輪。当時の豪族が住んだ家屋の形が想定出来ますね。





 当時の武人の様子も分かりますね。このように埴輪から当時の服装、飼っていた動物、住宅、船の構造などが推測出来ます。埴輪の数量と内容が最も充実した古墳は、大阪府高槻市にある「今城塚古墳」と思われます。同古墳は第22代継体天皇の被葬地とされ、付近には巨大な埴輪工場が数か所存在します。なお宮内庁の天皇陵は茨木市にありますが、築造年代が継体天皇の時代とは異なります。<来年に続く>





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Last updated  2019.12.28 00:00:21
コメント(8) | コメントを書く
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Re:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
古墳の事を調べると、そこには大昔の人々の暮らし、とくに偉い人たちの暮らしがよくわかってきますね。でも一般民衆はこのころどんな埋葬をされていたのでしょうね。まあ、そんな小さなお墓は跡形もなく消えていく運命なんでしょうけど、そう言ったちいさなお墓は家族でない限り事件調べで内科ゴリ堀りおこす事もしないので書物にも残らないのでしょうね。風葬などもあったでしょうし。人の弔いもこうしてみると興味がわきます。

マックスさんは書いても書いても尽きない知識の泉をお持ちです。素晴らしいですね。 (2019.12.28 06:42:21)

Re[1]:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
マックス爺  さん
ローズコーンさんへ

お早うございます!!
いつもコメントをありがとうございます。

一般の庶民はきっと土葬で土饅頭を造るのが
せいぜいだったのではないでしょうか。

でも縄文時代でもちゃんと埋葬はしていましたし、
三内丸山遺跡では、お墓のゾーンがちゃんと区別されて
いました。幼くして死んだ子供は、逆に家の中の炉端
付近に小さな穴を掘って埋めると言うケースもあった
みたいです。それは死後子供が淋しくないよう、家族と
一緒に住まうと言う優しい配慮でもあったようです。

風葬もあったでしょうね。その方が高温高湿の日本の
風土に適し、手っ取り早いからで、石灰岩が多い沖縄
などには家の近辺に洞窟があったり、造ったりして
そこに埋葬したのです。家の近所に墓があり、先祖が
見守る地で暮らすと言う考え方でもありました。

なお、火山灰が多い内地では、埋葬しても骨が強い酸に
融けて、骨が残りにくいみたいですね。
だから石灰質が多い洞窟などでは骨の保存状態が
良く、人類学上の研究に役立っています。(^^)v
(2019.12.28 07:21:09)

Re:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
yorosiku!  さん
美術館でも お仕事されていたのですね。
驚いたことに、隣りの敷地でも巨大な美術館を建設業中でした。
年末は ブログお休みですか。 (2019.12.28 10:49:42)

Re[1]:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
マックス爺  さん
yorosiku!さんへ

今日は~!!
いつもコメントをありがとうございます。

いえいえ、私が大阪で勤務してのは美術館ではなく博物館です。

年末もブログはずっと公開します。そして既に原稿を
書いて予約済みです。(目下元旦分まで)
それ以降は、これから徐々に予約する予定です。(^_-)-☆
(2019.12.28 11:10:33)

Re:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
 いつも人一倍の手間をかけてのコメントありがとうございます。

古墳や埴輪のことはわかりませんが、見るのだけは大好きです。
滋賀に住む弟が帰鹿した際に、埴輪の絵を書きたいから埴輪人形を買いたいということで、宮崎県のえびの高原の売店で買って帰ったことを思い出しました。元々絵を描くのが好きで展覧会などにも出品して入賞もしているようですが、どのような絵になったかは知りません。絵かきにとっても埴輪は魅力のある題材なのだとそのとき知りました。

 私の「島津義弘シリーズ」は、自分の記録として残しているものですから、コメントは気になさらないでください。私もマックス爺さんに対してもそうさせていただいています。 (2019.12.28 13:52:51)

Re:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
Kazu さん
Aさん,こんにちは~

ありがとうございます。母子共に元気で,元日に会いに行く予定と
なりました。

琴を弾く埴輪もあるんですね。琴そんなに古いんですかね。
このような作品を観ていると,どんな人がどんな顔で作っているの
か,想像が広がります。
人間の可能性は,底知れませんね。 (2019.12.28 14:33:34)

Re[1]:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
マックス爺  さん
クマタツ1847さんへ

今日は~!!
いつもコメントをありがとうございます。

私もクマタツさん同様に、自分が好きなことを書いて
います。このシリーズは考古学や日本古代史関係のかなり専門的な
内容ですが、こんな世界もあるんだと知ってもらえるだけで
十分です。写真を撮り、1枚ずつ名前を付けて保存し、どんな内容の
ブログに構成するか苦しむのもまた創造の喜びになります。

私もクマタツさんのレベルには及びもつきませんが、訪れて下さる
読者の方に少しでも喜び、かつ興味を持っていただけるよう、
これからも工夫したいと思っています。

今年1年お世話になりました。引き続き来年もどうぞよろしく
お願いしますね。

弟さんが画家とは驚きました。才能をお持ちの兄弟
なんですねえ。改めて尊敬です。🌸(;^_^A
(2019.12.28 15:19:34)

Re[1]:古墳の話にお付き合いください(3)(12/28)  
マックス爺  さん
Kazuさんへ

今日は~!!
いつもコメントをありがとうございます。

元旦に出発ですか。道路は混んでるし、場所によっては
凍結していることもあるでしょうから、十分注意して
お出かけ、ご帰宅くださいね。それとも列車なのかな?

母子ともにお元気とは何より。初孫ちゃんに会えるのが
楽しみですね。爺婆万歳。そして改めておめでとうございます。💛😊

古墳時代の古代日本にもこんな楽器があったこと、驚きですね。
そしてそれを粘土をこね、窯で焼いて作った埴輪は貴重ですね。
美的センスがその時代から日本人に備わっていたこと、
縄文土器もそうですが、古代日本人の鋭い感性をとても嬉しく
思っています。

この1年、良く足繁く通ってくれましたね。改めて御礼
申し上げます。実際に私を知る人の書き込みだけに、より
嬉しく感じています。

来年もどうぞよろしくね。私も何とか元気で、ますます充実した
ブログの更新になるよう頑張りますよ。では良いお年を。😊(@^^)/~~~
(2019.12.28 15:30:09)

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