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栃木・宇都宮市で、けさ撮影。
2008年04月30日
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昨晩は、ウォーキング今季5回目。初めてショートパンツ(ジョギングパンツ)と長袖のTシャツの軽装でやってみた。最初はちょっと肌寒かったが、体が温まってくるとちょうどいい感じで、快適だった。実質48分(0.8時間)で、歩数は6513歩。現在、体重83kg。歩行距離は、1歩を概略75cmと見なして6500×0.75(m)=4875m平均時速は、4.875(km)÷0・8(h)≒6.1km/hだった。推定消費熱量は、生理学的係数の「METS」で計算して、83kg×4(METS)×0.8(h)≒266kcalこれを体内の中性脂肪(体脂肪)の熱量(1g:7.2kcal)に換算すると、266(kcal)÷7.2(kcal)≒37gに相当する。ただし、実際はグリコーゲンなど体内に蓄えられた糖質も燃焼するので、脂質の消費はここまではいかない。糖質と脂質の燃焼の比・レシオについては、個人差も大きく、研究者によって諸説紛々である。いずれにしても、空腹状態でトレーニングを行なっていることは、体感的にはややキツイが、脂肪の燃焼には効果的である。そんなこんなで、昨日のウォーキングの直接の効果だけで、少なくとも20g前後の体脂肪が燃えた(減った)と考えて、まずまず当たらずといえども遠からずと言ったところであろう。・・・20gのラード(牛脂)、またはバターを思えば、なかなかの量である。さらに、筋肉の増強や心臓循環器系機能の強化、自律神経系の調整による全身的な基礎代謝量の増加で、普段の生活でのエネルギー消費量が増えることが確実であり、トータルに見れば、これがもたらす効果の方が遥かに大きく、今後ますます期待できる僕の体の脂肪にとっては、踏んだり蹴ったりの状態である
2008年04月29日
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こうして見ていると、北京にオリンピックを持ってきたこと自体、西側のどこかに凄い知恵者がいたんだろうな~と確信させられる。間違いなく底意(そこい)があって、しかもそれは見事に功を奏しつつある。世界初の近代革命を遂行し人権宣言を高らかに掲げた、誇り高きフランス人とパリ市民を敵に回すなど、天然ボケにもほどがあり、中国人のあまりにもドツボにはまった“お約束”なコメディアン&ヒール(悪役)ぶりに、微苦笑を禁じえない今日この頃であるマキアヴェリズム(深慮遠謀)は、ヨーロッパが本家本元だし赤子の手をひねるようなもの、とは言い過ぎか久しぶりに、マキアヴェリの主著「君主論」を読み返したくなった。・・・あんたはやっぱり偉かった東アジアにおけるアンシャン・レジーム(旧体制)の残滓が撒き散らすあらゆる問題と、一糸乱れぬ不気味なイメージが、パンドラの箱のように噴出し、もはや誰にも止められない。中国経済は、多くの問題を抱えつつも、不幸にも(?)今のところ大局的には好調のようで、中国も余裕かまして強気でいられるわけだろうが、共産主義イデオロギーとの矛盾は、コントロール不能寸前のところまで激化している。チベット人を袋叩きにし、弾圧・虐殺する「中国13億人民の抑えきれない弱いものいじめパワー」は、ちょっとした契機と理論的転回があれば、直ちに彼らの支配者に向けられるだろう。今回の一連の騒動によるダメージは、次第に確実に、じわじわとボディブローのように、中国共産党とその指導下にある(!)政府に効いて来つつある。・・・終わりは始まった。
2008年04月29日
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追ひかけて縋りつきたいあなたでももう帰らない戦後日本史*なかにし礼「恋のフーガ」(ザ・ピーナッツ、1967)より。(「恋のフーガ」歌詞)註作曲:すぎやまこういち編曲:宮川泰元歌は、おそらく60年代当時の新宿・角筈(つのはず)あたりでの光景であろうか(・・・ま、どこでもいいけどね)。もう40年以上も前の、雨の日の出来事だった私見だが、日本歌謡曲史上屈指の名曲であると思う。作詞作曲歌唱の完璧さはもとより、宮川泰による重厚なアレンジメントも、今なお高く評価されている。不意に、ひとたび思い出したら、頭の中で鳴りやまない。サザン桑田が、しばしば公の場で愛唱している気持ちがよく分かる。・・・この一人称の、あわれで美しい(?)女性「私」が、その後どうなったのかを妄想しているだけで、ウルウルしてくる
2008年04月28日
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近所で、けさ撮影。
2008年04月28日
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昨晩はウォーキングの今季4回目。実質35分間、約4900歩。5000歩と見なせば、1歩75cm(0.75m)として、3750m前後。長い(長すぎた?)冬ごもりを終えたクマにとっては、まだまだ体の慣らし運転段階なので、今のところこれぐらいでいいだろうと思う。やってみると分かると思うけど、35分って、けっこう長いし~。もちろん、今後は徐々に距離・時間を延ばし、ジョギング・ランニングも交えていくつもりだが、ちっとも焦ってないし、焦る必要も、どう見てもないよね昨夜は、天気予報で遅霜注意報が出るほど、この時期としてはけっこう冷え込んだので、厚手のスウェットを着ていて良かった。それでもやや肌寒かった。速足で歩き始めてしばらくすると、体は温まり、ひんやりした夜風が気持ち良かった。そのまま街中をぐるり一周。仮にもトレーニングであるから基本的に淡々・黙々としたもので、特段のトピックスもないが、「花金」の夜だけに酔っ払いが多く、春の夜とて薄着やミニスカートを身にまとった若い女性たちの千鳥足姿も、心地良い目の保養になってしまいました~
2008年04月26日
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おととい23日(水)の夜は、ウォーキング・エクササイズの今シーズン3回目。実質40分間、速歩で約5400歩。どうも、このところ疲れが溜まっていたようで、空腹での運動は、正直言ってけっこうシンドバッド、・・・バテた。湿度が高くて、運動していると蒸し暑いのも、けっこうこたえた。汗っかきなタチなので、ぐっしょり汗をかいた。そしてきのう24日(木)は個人の休日で、天気がぐずついていたこともあって、読書などしながら半日グ~タラ寝ていた。娘たちは幼稚園へ、妻は車で送り迎え&お買い物先週に続き、夕食までプチ断食を敢行。摂取したのは、食塩無添加のトマト&野菜ジュースのみ。ついでに、昼間っからキングサイズの缶ビール1本をチビチビ。うまいっ!!春風駘蕩、世はすべてこともなし、・・・予は満足じゃもちろん、糖質(炭水化物)完全カットは、日々厳格に断行中。そんなこんなで、昨夜夕食前・お風呂前の計測で、83.6kgを達成。脱水症状はないので、この数値は額面どおり受け取ってOKだと思う。91kgだった2月末から見ると、約2ヶ月で7kg強の減量。予想を上回るハイペースに、我がことながらビックラ&ニンマリこの調子で、80kgの大台割れ、ひいては秋口までに70kg台前半を目指すよ~んそのダイエットは、「体重減=筋肉減」になっていないか!?(【エキサイト・健康コネタ】より引用)痩せる=単純に体重が減ればOK! とは大間違いである!そもそも私たちの体は、必要な栄養素を食べ物から摂り入れ、適度な脂肪を蓄えることで維持されている。しかし、この脂肪が厄介で、適度な量は必要なのだが、限度を越えると大きな問題を引き起こすのである。近年、流行の、メタボ。これもまた、脂肪が起す悪さのひとつだ。ところで、皆さんはご自身の体脂肪をご存知だろうか。筆者は23%、もちろん適正範囲で抑えている。適正な体脂肪率は20~30%である。これ以上となると、糖尿病、高血圧、脂質異常症の発症リスクが高まるのだ。「超えているかも!? 」と思ったら、ダイエット!飲まない・食べないダイエット、炭水化物を一切摂らないダイエット、とにかく色々試してもやっと減るのはせいぜい1~2kg。それなのに悪夢のリバウンドで3kg増では、意味無いじゃん! そんな経験がある方は、よくよく考えてみて欲しい。そのダイエットはきっちりと脂肪を減らすダイエットなのか!?脂肪を燃やすためには、脂肪を消費する有酸素運動が必要である。有酸素運動とは、酸素を消費しながら筋収縮のエネルギーを発生させ、体内の糖質や脂肪が酸素と共に消費される運動を指す。主な有酸素運動には、歩く、エアロビクス、軽いジョギングなどがあげられる。ちなみに無酸素運動とは、酸素を消費しない方法で筋収縮のエネルギーを発生させる運動をいう。筋肉トレーニングなどはこれにあたる。また、脂肪を燃やす食事のポイントは、たんぱく質や食物繊維の補給、脂質や糖質の制限だ。体組織を組成するたんぱく質が不足すれば、代謝が進まない。これに対して脂質、糖質はしっかり制限する必要がある。特に脂質は1g当たりのカロリーが高い(1g当たり9kcal)。揚げ物、肉類などは脂質が多くカロリー過剰になりやすいから要注意である。その他、菓子類-特にスナック類にも脂質や糖質が多く含まれているのでご用心! ご飯やイモ類、麺類、パン類などの炭水化物も食べ過ぎれば体内で糖質となる可能性があるので、注意が必要である。体脂肪を減らすためには、すでに蓄えている体脂肪を燃やす有酸素運動と、体に蓄積しない食べ方として、食物繊維をしっかり補い脂質を控える食事が理想的。単純に食べ物を制限しただけのダイエットで減っているのは、水分と筋肉が減っているという可能性も少なくない。運動と食事の二極面からのアプローチがあって、脂肪は減少する。しっかり歩く、毎食野菜を食べて肉類は頻度や量を少なく、ご飯はほどほどに。そして菓子類スナック類は控えるというのが理想的な生活習慣であり、脱メタボへの近道なのである。〔管理栄養士 上村陽子/MediThink〕
2008年04月25日
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くまんパパ 「短歌人」5月号掲載作品家持やかもつちやん?僕坂本さかもつちやん折り返しメール下さい梅が咲いたよ妻となり母となりつついつまでも我がかたはらに夢みる力空気など読めずともよし人の生よはいとど短し恋せよ乙女「若菜集」いづくにありや本棚を引つくり返し抒情探しぬ寄る辺なき二羽の鸚哥を肩に乗せ水島上等兵は佇たちにき *1「あつしには関はりのねえこつて」との「そんなの関係ねえ」の隔たり *2*1 竹山道雄/市川崑「ビルマの竪琴」*2 笹沢左保/市川崑「木枯し紋次郎」なお、3月号掲載作品「純粋でありたく思ふ俗物でありたく思ふ冬極みゆく」が「Selection」欄に選出されました。著作権を有します。© 2008 Kumanpapa Daddy Bear All rights reserved.
2008年04月24日
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よみ人知らずゆふぐれは雲のはたてにものぞ思ふ天あまつ空なる人を恋ふとて古今和歌集 484夕暮時には、雲の彼方にその人を思う。天空にいる人に恋して。
2008年04月23日
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良寛(1758-1831)ひさかたの雪解ゆきげの水に濡れにつつ春のものとて摘みに来にけり子供らと手たづさはりて春の野に草菜を摘めば楽しくもあるかこの宮の森の木下こしたに子供らと手毬つきつつ暮らしぬるかな子供らと手毬つきつつこの里に遊ぶ春日はるひは暮れずともよし霞立つ長き春日を子供らと手毬つきつつけふも暮らしつ君歌へ我立ち舞はむぬばたまの今宵の月に寝らるるべしや註手たづさはりて:手を携えて。今宵の月に寝らるるべしや:今夜の美しい月を見もしないで、寝られるだろうか?(反語。・・・寝られるわけがない。)ちなみに、今夜は居待月(十八夜)。
2008年04月23日
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よみ人知らずいつはりのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし古今和歌集 712嘘偽りのない世の中であったなら、どれほどか人の言葉が嬉しかっただろう。註「せば・・・まし」は反実仮想の反語。英文法になぞらえれば、いわば「仮定法過去」。「もし・・・だったら、・・・だったろうに(実際はうそ偽りばかりだ)」。この歌は、大人の恋を詠んだものだが、いろいろな読み方も可能だろう。
2008年04月23日
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よみ人知らずさつき待つ花橘はなたちばなの香かをかげば昔の人の袖の香ぞする古今和歌集 139皐月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔の人の袖に香った柑橘シトラス系の匂いがするなあ。 註皐月(さつき):旧暦(太陰暦)5月。現行太陽暦のおおよそ6月に当たる。「五月(さつき)晴れ」は、江戸時代までは「梅雨の晴れ間」の意味だった。橘:タチバナ(学名 Citrus tachibana)、みかん科の常緑樹。品のいい、ほのかなエロティシズムが漂っている歌。この歌は、男女どちらの立場で詠んだものかよく分からないが(・・・たぶん男かな~?)、橘の香りがする袖と言うのは、そういう香り(お香)を焚(た)きしめたということだろう。・・・ことしの大河ドラマで、準主役のともさかりえさんがよくやっている「香道」である。
2008年04月23日
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近所で、けさ撮影。
2008年04月23日
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ちょっと硬派系の怒り心頭の記事が続いてしまい、ややコワモテな画面になってます。・・・すいません、私は至って温厚な、心優しい男ですところで、楽天ブログでは「ごうかん」という漢字が書き込めません。自動的に拒否されます。この言葉を使っても、猥褻なエロ記事とは限りません。「旧約聖書」にもこういった言葉は出て来ます。「乱暴」では曖昧で不正確ではないでしょうか。やった事実の酷さが伝わらないと思います。(残念なことではありますが)そういった事件が現に頻々と起こっており、報道系の真面目な文脈でも使われる言葉なのですから、この点は改善の余地があると思います。表現の自由なんて堅いことは言わないにしても、検討してもらいたいですね。さて、全国民注視の凶悪事件、山口・光市母子ごうかん殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高等裁判所は、被告の元少年F(27)に死刑判決を言い渡した。被告・弁護側は、再び最高裁判所に即時上告したが、これまでの流れから見ると、早い時点で最高裁が上告を棄却することは確実と見られ、判決は維持され確定する見通し。その後、法務大臣におかれては、松本智津夫死刑囚などと並び(・・・まだ生きてるんだよね?)、速やかな執行を望みたい。司法畑の玄人の話によると、これまでの未成年者の同種事件での量刑の“相場”(というのも嫌な言い方だが)は、「無期懲役」が関の山だったそうである。被害者遺族側の感情や権利の重視と厳罰化を求めた、本村洋さんの真摯で明晰な訴えが奏功し、国民世論を突き動かし、ついに司法運用の現場である裁判にも影響を与えたもので、画期的な判断として長く銘記されるだろう。来年5月に始まる裁判員制度を前に、我々素人の市民も司法について考える好機になった。秋田の畠山鈴香被告の裁判が、その最初の大きなモデルケースになるのではないかと言われている。我が子を含むいたいけな幼児二人を殺害した、人の皮をかぶったケダモノのような女に、むろん予断は禁物ではあるが、報道されている通りだとすれば、死刑以外はありえないだろう。もし僕が裁判員に選ばれたら、もちろん十分に検討した上でだが、クロ&責任能力ありと判断すれば、躊躇なく死刑判決を下すだろうと思う。実際は、まずは地元裁判所の公判で、秋田県民から選ばれた裁判員が担当することになるらしい。これはきわめて注目される。さて、今回の判決直後に行なわれた本村洋さんの記者会見は、各民放テレビがお昼時に生中継で伝えたが、涙なくしては見られなかった。いつもながら凛とした、男の中の男である。お気の毒と言う言葉では到底追いつかない、あまりにもむごい運命である。ありえない。考えられない。もし僕だったら、たぶん堪え得ない。酒びたりか何かになって、廃人同様になると思う。僕から見て若い世代の男で、これほど冷静沈着で落ち着いた物腰でありながら、火のような情熱を以て人の心を揺さぶる見事な人物を見たことがない。いつお見受けしても、深く感動させられる。今はせめて、本当にお疲れさまでしたと申し上げたい。そして、口ごもりがちな国民の気持ちを代弁してくれて、司法制度さえも血の通ったものに変えてくれたことに、心から感謝の念も表したい。ご苦労さまでした、そして、ありがとう、本村さん。本村洋さん(21日の記者会見で) 撮影:時事通信社©余談だが、僕の書く文章って、本質的に人間が単純なせいか、素直というかマトモすぎて、ヒネリがなくてあんまり面白くないな~、と常日頃思っている。・・・が、この場合は、これでいいか。光市母子殺害、当時18歳の男に死刑判決〔広島高裁〕【読売新聞】 1999年4月、山口県光市の会社員本村洋さん(32)方で、妻の弥生さん(当時23歳)と 夕夏 ( ゆうか ) ちゃん(同11か月)が殺害された事件で、殺人、ごうかん致死などの罪に問われた元会社員(27)(犯行時18歳1か月)の差し戻し控訴審判決が22日、広島高裁であった。 楢崎康英裁判長は「死刑を回避すべき事情は認められない」と述べ、無期懲役の1審・山口地裁判決を破棄、求刑通り死刑を言い渡した。元会社員側は上告した。 差し戻し審で元会社員側は、母子への殺意やごうかん目的を否定する新たな供述を行った。弥生さんについて「自殺した母親のイメージを重ね、甘えたいとの気持ちから抱きついたら抵抗され、誤って死なせた」「生き返ってほしいという思いからごうかんした」、夕夏ちゃんについては「首を絞めた認識がない」と新たに主張した。 楢崎裁判長は、その信用性について「起訴後、6年半以上経過してから新供述を始めたのは不自然。死刑回避のための虚偽供述で、酌量すべき事情を見いだす 術 ( すべ ) がなくなった」と指摘した。弥生さん殺害について「右手で首を押さえて死亡させた」とする元会社員側の主張を「遺体の状況と整合しない」と退け、ごうかんについては「性的欲求を満たすためと推認するのが合理的。女性が生き返るという発想は荒唐 無稽 ( むけい ) で到底信用できない」と、計画性も認定した。夕夏ちゃん殺害の殺意を否認する供述の信用性も否定した。 犯行について「極めて短絡的、自己中心的で、結果は極めて重大」と指摘したうえで、死刑を回避すべき事情があるかを検討。事実認定を争う差し戻し審での元会社員の態度について、「自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑回避に懸命になっているだけで、遺族への謝罪は表面的。反省謝罪の態度とは程遠く、反社会性は増進した」と述べ、「18歳になって間もない少年であると考慮しても極刑はやむを得ない」と述べた。 1審・山口地裁、2審・広島高裁判決は、検察側の死刑求刑に対し、元会社員の犯行時の18歳という年齢や、更生の可能性などを理由に、いずれも無期懲役を言い渡した。しかし、最高裁は2006年6月、上告審判決で「少年だったことは死刑回避の決定的事情とまでは言えない」と判断。「2審判決の量刑は甚だしく不当」として破棄し、審理を同高裁に差し戻した。 犯行当時、18歳だった元少年への死刑判決は、連続4人リンチ殺人事件に対する2005年の名古屋高裁判決(上告中)以来で、少年の重大事件に対する厳罰化の流れに沿った判断となった。最高裁が83年に示した死刑適用基準の指標とされる「永山基準」以降、犯行時に少年だった被告の死刑判決が確定したのは2件。いずれも犯行時19歳、被害者は4人。 ◆「一つのけじめついた」◆ 本村洋さんは判決後、広島市内で記者会見し、判決への思いなどを語った。 私が抱いていたすべての疑問を解消してくれた、すばらしい判決文だった。言葉にできない万感の思いがある。広島高裁に感謝している。一つのけじめがついたことには間違いない。2人の墓前に早く判決を報告したい。 ただ、死刑判決は決してよいこととは思っていない。厳粛な気持ちで受けとめている。 今日は、被告が真剣に聞いているか、納得して聞いているかを知るために、被告の背中をじっと見ていた。胸を張って死刑を受けてほしい。自らの命をもって罪を償ってほしい。 被告がこれまでの主張を翻したのが悔しい。うその供述だったのなら、どうか真実を述べてほしい。 (被告から届いた手紙の)開封は一生しないだろう。罪を逃れるために書いたものだ。今回の判決後に書かれたのなら見てもいい。 被告の上告について動揺や憤りはない。ただ、理由だけは知りたい。[ 2008年4月22日14時9分 ] <光母子殺害>解説 被害者2人、「境界事例」で判断【毎日新聞】 量刑が最大の焦点になった差し戻し審で、広島高裁は結果の重大性を重視して極刑を選択した。たとえ少年でも故意に複数の命を奪った事件は、積極的に死刑を適用すべきだとの司法判断を明確に示したと言える。 06年6月の最高裁判決は、元少年が事件当時18歳30日だった点を「考慮すべき一事情にとどまる」とし、差し戻した。これに対し弁護側は、元少年の成育環境による未熟さを背景とする偶発的事件と主張。1、2審で認めた殺意やごうかんの意図を争い、高裁が弁護側の主張をどこまで認めるかが焦点となった。 最高裁は83年の永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する判決で、死刑選択の判断基準として9項目を挙げた。判例をみると被害者の数が重要な要素とされるが、明確な基準はなく、被害者2人の場合は、判断が分かれる「境界事例」だった。更に、永山判決以降、被告が少年の事件で死刑判決が確定したのは2件だけで、いずれも被害者は4人だ。 高裁が従来の量刑判断から大きく踏み出した背景として、来年始まる裁判員制度を前に「死刑基準を明確化したもの」と指摘する専門家もいる。厳罰化を求める世論が高まる中、死刑に慎重であるべき少年事件で示された今回の判決は、量刑を巡る議論に一石を投じるものだ。【安部拓輝、大沢瑞季】 [ 04月22日 13時28分 ]
2008年04月22日
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中国共産党政権は、平和な独立国家だったチベットを一方的に侵略し、不法に占領した上、執拗な植民地支配を続けている。チベット民衆の正当な異議申し立てを、圧倒的な軍事力・警察力・政治力などの暴力装置を動員して蹂躙し、生き地獄のような武力弾圧を加えている。チベット民衆を小馬鹿にし、あざ笑いながら、ほしいままに陵辱し、野犬や虫けらのように無差別に虐殺している。かつて自分たちの無能な政府のおかげで欧米列強の草刈り場となり、植民地として辛酸を嘗めた自国の歴史はここぞとばかりに声高に喧伝する一方で、中国共産党は自国民をマルクス・レーニン・毛沢東共産主義思想で洗脳しつつ、自分たちはさらに遥かにひどいことを少数者マイノリティのチベット人に行なっている。全く普遍性のない二重基準ダブル・スタンダードであり、野蛮と無恥蒙昧の極みである。これはまぎれもなく弱いものいじめであり、人殺しであり、人間たる条件の最低水準をも踏み外した鬼畜の所業である。「中華」とは本来、「世界の中心の華やかな文明」の謂いであろうが、現在では「華麗なる自己中心主義エゴセントリズム」の意味になった。中国共産党によって支配されている中華人民共和国は、全く徳義も道理もない独裁恐怖政治の「ならず者国家」である。かつて自他ともに認める「仁義礼智」儒教道徳の本家本元であったおもかげは、もうどこにもない。・・・いや、そんなもの、あの国にはもともと、机上の空理空論であり、巧言令色・粉飾美文のユートピアどこにもないくにであったのだろうと、薄々僕らは知ってしまっているけどね。こうした一連の出来事は、歴史の一ページが繰られている過程にほかならない。同時代コンテンポラリーに生きているものは、意外に真実を見落としがちである。巨視的マクロスコーピックに見れば、地球上から共産主義という災禍が永久とこしえに放逐される歴史的必然的な段階の端緒である。平たく言えば、中国共産党の終わりの始まりである。・・・ところが、ネット上では、あろうことか滅び行く共産主義中国をかばい、その立場を代弁するかのような言説も散見される。そうしたブログの代表格、我々穏健な保守主義者の“神様”ともいえる司馬遼太郎さんの著書のタイトルを図々しくもパクって左翼的な言説を撒き散らしている、「世に倦む日日」というアルファブログ(超人気ブログ)にコメントをしたら、2分ほどで直ちに削除された。なんとも実に暇な奴なのである。おそらく、往年の“左翼の闘士”の成れの果てあたりであろう。若い警察官の皆さんにゲバ棒を振るい、平気で爆弾を使って社会秩序を破壊し、バールで仲間を殺しまくった内ゲバの残党である。呆れ果てて、モノも言えない。20世紀最大の邪悪な新興宗教であり、悪魔の思想であったマルクス共産主義は、もうとっくの昔に終わっている。もうそろそろ、悪夢の共同幻想から目を覚まし、隠居して盆栽でもいじっていてはどうだろうか
2008年04月22日
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紀貫之わが心春の山べにあくがれてながながし日をけふも暮らしつ古今和歌集 81私の心は春の山べにさまよい出でて、長い長い一日を、今日も終わらせた。註あくがれ:魂が離れる。語源は、上古語の「あく」(魂)+「離(か)る」。現代語「憧れ」の原語だが、もっと生々しい、具体的なイメージを持っていた語彙。
2008年04月21日
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さほど大したことでもないのだが、共感していただける方も多少はいるのではないかと思われるので、一筆書いておくことにする。今宵、町内会の会合(総会)と懇親会(飲み会)が開かれ、お日柄も良くみんないい人ばかりで、談論風発、和気藹々のうちに無事終了~。それは良かったのだが、それに先立って、「会場はどこ?」と聞くと、「コミセン」 だという。僕はてっきり「小味扇」 とか何とかいう割烹料理屋か何かだと思って、「そんな店知らないな~」と言うと、「コミュニティ・センター」のことだという。「そんなもの、どこにあるんだ?」と聞くと、母校小学校の敷地内だという。・・・それでやっと分かった。「公民館」じゃねえかよ。何かい?「公民館」じゃ、なんかまずいことでもあるのか。「公民館」でいいじゃね~かよ(・・・すいません、急にガラが悪くなっております)。「コミュニティ・センター」なんて、けっこう横丁のインテリな俺様でも舌を噛みそうな言葉である。まして、年寄りは一様に「コミセン」と略して読んでいる。醜い言葉だ。「コミュニティ・センター」はもとより、それを略した「コミセン」はさらにひどい。日本語として全く熟していない。異物だ。汚物だ。エイリアンだ。美しい日本語の破壊活動だ。破壊活動防止法(破防法)を適用せよ。こんな言葉、お陀仏だこんな言葉が導入された背景には、あの60年代から70年代にかけての、コミュニスト(共産主義者)の跳梁跋扈と深慮遠謀があったのではないかと疑いたくなる。これは半ば冗談だが、半ば本気だ。連中は「公」の文字が嫌いだから。どうしても「公(おおやけ)」という概念を使わなくてはならない場合は、「パブリック」なんて英語を使うので判別できる。今なお、ネット上にはその残党の群れなす信天翁。最近は、医療制度の改定に伴って出てきた「後期高齢者」という言葉のひどさが話題になっているが、こっちの方が害毒は遥かに大きいと思う。今からでも遅くはない。全国「コミュニティ・センター」は、直ちに「公民館」に名を改めてほしい。・・・まあ、無理だと思うけどね
2008年04月20日
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近所で、けさ撮影。
2008年04月20日
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高野公彦ひとときを君と向ひし今日は暮れてあたたかなれば街に灯の満つ歌集「水木」
2008年04月20日
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伊勢春の野の若菜ならねど君がため年の数をもつまんとぞ思ふ拾遺和歌集 285春の野の若菜ではないけれど、あなたのために年の数を積もうと思う。註つまん:「(若菜を)摘む」と「(年齢を)積む」の掛詞(かけことば)。こういった縁起を担ぐような歌は、和歌の伝統ではしばしば見受けられ、「予祝歌」と呼ぶ。「言霊信仰」がベースにある。
2008年04月19日
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西行磯菜いそな摘みて波かけられて過ぎにける鰐わにの住みける大磯の根を家集「山家集」海藻を摘んで、波をかぶって通り過ぎた大鮫の棲んでいるという磯の根元を。
2008年04月19日
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詠み人知らずこよろぎの磯たちならし磯菜いそな摘むめざし濡らすな沖にをれ波古今和歌集 1094こよろぎの磯を踏み越え海藻を摘む乙女たちを濡らすな、沖でおとなしくしていろ、波よ。註こよろぎ:現・神奈川県小田原付近。「こゆるぎ」ともいう。
2008年04月19日
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きのうは好天の休日だったが、ちょっと疲れがたまっている感じだったので、休養を優先して運動らしい運動はせず、一日ダラダラしていた。その代わり、といっては何だが、朝から宵の口まで「プチ断食」を敢行腹が減ったら、「トマトジュースの野菜ジュース割りレモン汁入り・食塩無添加」を飲んでしのいだ。すきっ腹にはこたえられない、鮮烈かつ爽快な美味。うまいんだな~これが。ちなみに、おとといの夕食は、女房手作りの麻婆豆腐がメインデッシュ。子供に合わせて甘口だが、実にうまかった&ヘルシ-。相変わらず、ご飯などの糖質は完全シャットアウト(糖質とは、炭水化物の中の食物繊維以外のもの。)栄養補助食品サプリメントとしては、マルチビタミン・ミネラルを時々摂っているぐらい。また、効くのか効かないのか分からないが、「玄米黒酢」をよく飲んでいる。その結果、夕食前・お風呂前のデジタル体重計の計測で、84.8kgを達成♪苦節2ヶ月で85kgの節目を通過した(身長は178cm。2月のピーク時で91kgだった。)体調もいいし、体も軽い。自分で見下ろす、この醜い新陳代謝症候群メタボリック・シンドロームの腹の出っ張りも、見る見るしぼんできている気分は上々、I feel fine.春の夜の野菜炒めと丸美屋の麻婆豆腐おいしかつたよもの言はぬわざにもあるかこの腹の新陳代謝症候群は* 吉田兼好「徒然草」よりこの勢いに乗って、夏には75kg割れを目指す。・・・80kgは、単なる通過点という意気込みである
2008年04月17日
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近所でけさ写す。
2008年04月16日
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昨晩、今年2回目のウォーキング~夕食前の空腹時に、実質7:35~8:20までの45分間、かなりの速足で5968歩歩いた。胸を張り腕を大きく振り上げる、本格的なウォーキング・エクササイズのフォームで行なった。・・・これは、最初はちょっと恥ずかしいかも知れないけど、慣れれば何でもなくなるよ~約6000歩と見なして、1歩を75cm(0.75m)とすれば、総距離4.5kmだった。平均時速は6km/h。∵4.5(km)×60(分)÷45(分)=6正直に言うと、けっこうキツかった~運動特有の「やった~」という達成感はあったものの、かなり疲労感もあった。まだ肌寒いかな~と大事を取ってジャージーの上下にしたが、後半はけっこう暑く感じたし、汗もかなりかいた。日によっては、ぼちぼち半袖・半ズボンのランニング・スーツでもいいかも知れない。冬の間の長いブランクで、まだ脳の快感中枢と身体(筋肉)各部センサーの調整・根回しができてない感じ。・・・要するに、ナマってる。ただ、これはトレーニングを行なう回数と時間が解決することは、確実と思われる。先日の初回に感じた、膝や脚の重さや痛みは早くも消えたが、体全体が疲れた~バテた~という感じ。・・・実を言うと、暖かな春の宵ということで、街の中はどこへ行っても人通りが多く、見栄を張って飛ばしすぎたのだ~人目があると(特に女性の)、ついついカッコつけて、飛ばしたり走ったりしてしまうんだよね~帰宅するサラリーマンがとぼとぼ歩いていると、一気に抜き去ってみたりとか~ホント、バカだよね~・・・でも、皆さんもけっこう思い当たる心理でしょ?なお、体重は85.5kgで変わらず(2回のウォーキングぐらいで変わるはずがないよね)。まあしかし、なんだかんだ言いながら、とっても有意義なエクササイズでした~さらに今後も励行していきます~・・・これで当分、ブログのネタも確保された
2008年04月15日
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近所で、けさ撮影。けさ、近くの住宅街の一角に、謎の柑橘類の実がたわわに実っていました~。種類は今のところ不明。・・・もしかして、ものすごくおくてのカラタチかな~?けっこうキレイだったので、パチリ みかん科の植物であることは一目瞭然なのですが、これが何であるのかは、植物図鑑などで調べた上、のちほど加筆しときます~・・・図鑑でミッカンなかったらどうしよ~^^;【翌15日記】植物図鑑を見てみましたが、やっぱり不明です~さらに調べてみます~。
2008年04月14日
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近所にて、けさ写す。少しずつですが、着々とぶっ壊してます轟音と怒鳴り声が渦巻く中、ある意味、嬉々として楽しそうこういう光景を見ていると、僕らの世代には、どうしてもゴジラとか、往年の怪獣映画が思い出されてしまうのだ~男の仕事だな~と思う(・・・女性が参入してもいいけど)
2008年04月14日
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野口雨情(のぐち・うじょう)兎のダンスソソラ ソラ ソラ兎のダンスタラッタ ラッタ ラッタラッタ ラッタ ラッタ ラ 脚で蹴り蹴りビョッコ ピョッコ 踊る耳に鉢巻 ラッタ ラッタ ラッタ ラソソラ ソラ ソラ可愛いダンスタラッタ ラッタ ラッタラッタ ラッタ ラッタ ラ とんで跳ね跳ねビョッコ ピョッコ 踊る脚に赤靴 ラッタ ラッタ ラッタ ラ「コドモノクニ」大正13年5月号初出。作曲:中山晋平註(耳に)鉢巻:たぶん、今で言う「リボン」のことだろうね
2008年04月13日
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土井晩翠(つちいばんすい)荒城の月春高楼の花の宴めぐる盃さかづき影さして千代の松が枝え分け出でしむかしの光今いづこ秋陣営の霜の色鳴きゆく雁かりの数見せて植うる剣つるぎに照り沿ひし昔の光今いづこ今荒城の夜半よはの月変はらぬ光誰たがためぞ垣に残るはただ葛かづら松に歌ふはただ嵐天上影は変はらねど栄枯は移る世の姿写さんとてか今もなほ嗚呼荒城の夜半の月春のお城の花のうたげのめぐらせる杯に光が射して永遠の松の枝から別れ出た昔の輝きは今どこに行ったのだろう?秋のお城の霜の色鳴いて飛んでゆく雁の数のようにおびただしく地に突き刺した剣に沿うように照り映えた昔の光は今どこに行ったのだろう?今 荒れた城にかかる深夜の月変わらない光は誰のためにあるのだろう?生垣に残っているのは ただ葛だけ松の木に歌うのは ただ嵐の声だけ天の光は変わらないのに栄枯盛衰の世の姿その姿を照らし出そうとしているのかああ 荒れ果てた城の夜半の月(拙訳)「中学唱歌」(明治34年3月刊)所収作曲:滝廉太郎註千代(の):字面を額面通り読めば、「永遠(の)」だが、この場合は、作詞者の郷里である宮城県仙台を示唆しているとする説が強い。仙台の古名。日本近代唱歌の名作中の名作である。ご覧の通り、きわめて格調高い、研ぎ澄まされた擬古的な文語文である。・・・が、仔細に読むと、何を言っているのか解釈が難しい部分もある。「植うる剣」って、いったい何だ? 分かります?このことについて、コメントで貴重なご示唆をいただきました。まことにありがとうございます。ご意見はごもっともと思われますが、さらに考究してみます。それにしても、昔の人は一読して意味が分かったのかな~??お気づきの点がありましたら、大方のご叱正を期待します。
2008年04月13日
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きょう12日、地元幼稚園の入園式が行なわれ、うちの三つ子三人娘たちは、めでたく入園しました。・・・僕も妻も幸せいっぱいです* セキュリティとプライバシーを重視し、家族の写真は削除しました。何とぞご了承下さい。
2008年04月12日
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昨夜、今年初めてのウォーキング・エクササイズをやってみた決して無理はせず、体の慣らし運転をしながら、徐々にジョギング、ランニングを交えて、これからも週3~4回ぐらいのペースで励行していくつもり。昨晩は、やや息が弾むぐらいの速足で、実質40分間、約5300歩の行程だったが、冬の間の「食っちゃ寝」で完全にナマリ切った体には、これでもけっこうこたえた。かなり汗かいて、疲れた。脚や膝にも、深刻ではないが、何やら得体の知れない痛みと不快感があった。正直言って少しも楽しくなく、きのうの段階では、スポーツに親しむと感じる、特有の爽快な身体感覚・快感が得られなかった。ただ、これは長期間運動をさぼっていて再開した場合にはいつものことであり、4回、5回と我慢してやっているうちに、必ず気持ちよくなり楽しくなってくるのは、僕の長いスポーツ歴の経験上からも間違いない。いずれにせよ、火照った体に、まだいくぶん肌寒い春の夜風が気持ち良かった。月齢5.0のちょっと太った三日月が、むら雲に見え隠れしてすごくきれいだった今、気候的には最高の季節だと思う。夏をにらんでも、今始めるのがベストなタイミング~よろしければ、皆さんにもオススメしたい実をいうと、ダイエット大作戦はすでに隠密裏に3月初めから始めており、成果は着々と現われている具体的には、糖質(炭水化物から食物繊維を除いたもの)の極力カットに取り組んでいる。僕の場合、事実上、でんぷん質の排除ということになる。妻の理解と強力な協力を得て、ご飯、パン、ラーメン、そば、うどん等は、ほぼ完全にシャットアウトしている。甘いものにはもともと興味がなく、ただでも要らないぐらいラーメンは嫌い、うどんもあまり好きでないので、この点はほとんど抵抗感はない。・・・が、ご飯は大好きであり、関東人だから日本そばに目がなくうるさい方なので、この点では多少つらさはある。何を食べてるのか疑問だって?・・・簡単に言うと、マメ(大豆)とその加工食品(もともと大好き)、肉・魚、牛乳・乳製品、そして野菜および野菜ジュースは大量に摂っている。だが、生理学(医学)的に考えれば、ダイエット(食餌療法)で痩せる(減量する)ということは、身体のメカニズムにとっては、基本的に「飢餓」と類似したことである。もちろん、意識的・能動的に栄養面の配慮をしつつ行えるという点ははっきり異なるが。空腹感に耐えるのは当然つきまとうことであって、満腹感を得ながら痩せるということは、論理的に考えてほとんどあり得ない。そういったたぐいのダイエット商品の宣伝がほとんどインチキであることは、今では常識になっていると言ってもいいだろう。この点は覚悟しなければならないだろうし、覚悟している。(・・・ちょっと悲壮?)そんなこんなで、真冬のピーク時で体重は91kgぐらいあったと思うが、現在すでに85.5kg(身長は178cm)秋までに、あと15kgぐらいは落とすつもりである。悠々可能な気がしている
2008年04月12日
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杜甫(とほ、712-770) 春望しゅんぼう国破山河在 城春草木深感時花濺涙 恨別鳥驚心烽火連三月 家書抵万金白頭掻更短 渾欲不勝簪国破れて山河在り城春にして草木そうもく深し 時に感じて花にも涙を濺そそぎ 別れを恨んで鳥にも心を驚かす 烽火ほうか三月さんげつに連なり家書 万金に抵あたる白頭 掻けば更に短く渾すべて簪しんに勝たえざらんと欲す国は敗れて山河はある。城は春になり草木が深い。この時節を思うと花にも涙がこぼれ、別れを嘆いて鳥の声にも胸騒ぎを覚える。烽(のろし)の火は三か月に亘り、家からの手紙は万金に値する。白髪頭を掻けばますます短くなり、もう簪(かんざし)も挿せなくなりそうだ。(拙訳)註春望:春の眺望。春のながめ。国:古代城塞都市国家であった長安(現・西安)。「城」も、ほぼ同じ意味。長安城。現在でも、中国語では大都市を「城市」という。
2008年04月12日
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栃木・宇都宮市内の近所でけさ撮影。
2008年04月12日
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孟浩然(もうこうねん、689-740、唐)春暁しゅんぎょう春眠不覺暁 處處聞啼鳥 夜来風雨聲 花落知多少 春眠暁あかつきを覚えず 処処しょしょ啼鳥ていちょうを聞く夜来やらい風雨の声花落つること知るや多少いくばくハルノネザメノウツツデ聞ケバ トリノナクネデ目ガサメマシタ ヨルノアラシニ雨マジリ 散ッタ木ノ花イカホドバカリ 井伏鱒二訳(「厄除け詩集」所収)
2008年04月11日
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くまんパパ 「短歌人」6月号 決定稿花も葉も月も女も子も鳥も虫も男も春風のなか足のさき東風こちに吹かせて麦酒飲む妻子めこの留守なる春の真昼間ヴェランダのサッシを開けてオリオンにさよならを言ふ妻のゐぬ間に春といふ発条ばねの力でぼよよんと跳んでみようかスプリングゆゑこの冬はつひにお田を食はざりき三人みたりの吾子の世話のあけくれ見てごらんうちのマシュマロ三姉妹てんてん天使の輪が三つだね *1雨上り春日のどけき裏庭に籠の鸚哥の残り餌を撒く謎を呼ぶロールシャッハの図のごときローズマリーの花ぞくはしき *2棕櫚の木が見てゐた遠き学舎まなびやのどうせふたりはこの世では、かな *3わたくしも日本男児と腑に落ちぬかなしみ方が分からないから潮騒が聞こゆる空の花の海トホイトコロヘイツタトモダチ *4忘らえぬ桜をめぐるエトセトラ花の都の靖国神社 *5写生とは今の言葉で「ライヴ感」などと解して良かるや子規子しきし暗闇に春琴響き汝なが膚はだへやうやう桜色になりゆく *6目を潰しとこしへにするかんばせは桜の下の君のほほゑみ *7*1 佐藤雅彦「だんご三兄弟」/三木鶏郎「ミツワ石鹸テーマソング」*2 くはし:細密で美しい。ちっちゃくて可愛い。現代語「詳しい」の原語。「ぞ」による係り結び。 *3 野口雨情「船頭小唄」*4 紀貫之「桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける」(古今和歌集89)/ 荒井由実「瞳を閉じて」*5 井上陽水「渚にまつわるエトセトラ」(PUFFY)/西条八十「戦友の唄(同期の桜)」/忘らえぬ:古語動詞「忘る」+自発の助動詞「ゆ」+否定の助動詞「ず」。*6、*7 谷崎潤一郎「春琴抄」/清少納言「枕草子・序段」(春はあけぼの)著作権を有します。© 2008 Kumanpapa Daddy Bear All rights reserved.このところの天候不順もあいまって、やや体調を崩すぐらい集中して詠んだ。謙遜抜きで言えば、僕なりに現時点での自己ベストかな、と思っている。なお、現下の世界の大問題、中国によるチベット弾圧やダライ・ラマ法王についても一首ひねりたかったのだが、怒りが先に立ってしまい、歌らしい歌にならないので、これは次回以降の自分への宿題にしたい。
2008年04月10日
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近所にて、きょう写す。
2008年04月09日
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近所のホテルにて、昨晩写す。きょうは花まつり(潅仏会・かんぶつえ、釈迦誕生日)。お釈迦様の像に、みんなで甘茶を潅(そそ)ぎましょう。当地はあいにく、昨夜からけっこう強い雨が降り続いていますが、本格的な春の到来を告げる行事ですね~
2008年04月08日
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近所で、けさ撮影。
2008年04月08日
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現代短歌の巨匠で、「ヤママユ」主宰の歌人・前登志夫氏が死去された。享年82歳の大往生だった。僕は熱烈なファンの一人で、日頃から愛読している。僕ごときが言うのも恐れ多いことだが、氏の作品群は、まさに現代短歌の理想を具現化したものだと思う。この場を借りまして、衷心より哀悼の意を表しますとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。奈良・吉野の歌人、前登志夫さんが死去【読売新聞】 奈良・吉野山に住み、土俗的な霊気を現代短歌に詠み込んだ歌人で日本芸術院会員の前登志夫(まえ・としお、本名・登志晃=としあき)さんが5日、肝硬変で亡くなった。82歳。告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く。喪主は長男、浩輔(ひろすけ)氏。 林業を営む25代目当主として生まれたが、信州、熊野、四国を放浪し、モダニズム詩人として出発。歌人の前川佐美雄と出会い、転身した。1964年の第1歌集「子午線の繭」は歌壇の枠を超え、高い評価を得た。以後、故郷の吉野山に定住し、アニミズム的な生命観と叙情を奏でた作品は、現代文明への批評となった。80年に歌誌「ヤママユ」を創刊した。代表歌に〈夜となりて雨降る山かくらやみに脚を伸ばせり川となるまで〉など。 78年歌集「縄文紀」で迢空(ちょうくう)賞、98年歌集「青童子」で読売文学賞、2005年歌集「鳥總立(とぶさだて)」で日本芸術院賞・恩賜賞など受賞。80年から96年まで「よみうり歌壇」(大阪本社版)選者。(2008年4月7日 読売新聞)歌人の前登志夫さんが死去【毎日新聞】 奈良・吉野の歌詠みとして知られ、独自の自然観に立ったスケールの大きな歌を作り続けた歌人の前登志夫(まえ・としお)さんが5日午後2時半、肝硬変のため亡くなった。82歳だった。お別れの会を後日開くが日時、場所は未定。自宅は奈良県下市町広橋清水。喪主は長男浩輔(ひろすけ)さん。 1956年、詩集「宇宙駅」を刊行。歌人の前川佐美雄に師事して短歌に転向した。吉野に帰郷し作歌活動を続ける一方、柳田国男や折口信夫の著作に親しんだ。68年から歌と民俗を研究する「山繭(やままゆ)の会」を主宰し、80年に歌誌「ヤママユ」を創刊した。第2歌集「霊異記」で吉野の風土への傾斜を強めた。 代表歌の一つに、「燈(ひ)をつけずこのゆふぐれの匂ふまで坐りゐたれば朴(ほお)の花咲く」がある。 歌集「縄文紀」で迢空(ちょうくう)賞、「樹下集」で詩歌文学館賞、「青童子」で読売文学賞、「鳥總立(とぶさだて)」で毎日芸術賞、05年に日本芸術院賞を受賞した。(2008年4月6日 毎日新聞)土俗的で生命力あふれる短歌、歌人前登志夫さん死去【朝日新聞】 土俗的な生命力にあふれた前衛的な短歌で知られる歌人の前登志夫(まえ・としお、本名前登志晃〈まえ・としあき〉)さんが、5日午後2時30分、肝硬変のため奈良県下市町広橋1971の自宅で死去した。82歳だった。葬儀は家族で行い、後日、前さん主宰の短歌結社「山繭の会」がお別れ会を開く予定。喪主は長男浩輔(ひろすけ)さん。 前川佐美雄に師事し、詩作から転向。山ふかい奈良・吉野の集落に生まれ育ち、父祖伝来の林業に就く傍ら、豊饒(ほうじょう)と神秘に包まれた山と交歓するかのような短歌を詠み続けた。67年に山繭の会を結成し、80年に歌誌「ヤママユ」を創刊。78年から、体調を崩して08年2月に休講するまで、大阪の朝日カルチャーセンターの短歌講座を受け持った。世捨て人を自称し、喧噪(けんそう)に満ちた都市の生活への鋭い批判を込めたエッセーも数多く発表。06年から朝日新聞大阪本社版で「菴(いおり)のけぶり」を連載、08年2月の掲載が最後になった。 78年「縄文紀」で迢空(ちょうくう)賞、93年「鳥獸蟲魚(ちょうじゅうちゅうぎょ)」で斎藤茂吉短歌文学賞、03年「流轉」で現代短歌大賞、05年「鳥總立(とぶさだて)」で日本芸術院賞文芸部門受賞など。同年に日本芸術院会員。 〈歌人で朝日歌壇選者の永田和宏さんの話〉 前さんの歌の一つに、〈山櫻(やまざくら)そのひとつだに伐(き)らざりきいさぎよく山の家棄(す)てざりき〉がある。多くの歌人が東京へ移り住む中で、前さんは故郷の奈良・吉野を捨てず、山住みの暮らしや現代の文明、社会を詠み続けた。いま言っておくべきことはどうしても言っておくという強い気迫を感じる短歌だった。塚本邦雄さんらに続き、関西にとって、全国にとって大きな存在の歌人を失ったことは大変残念だ。桜が最も美しいころに亡くなったのは、まさに西行のようで、いかにも前さんらしい。 (2008年4月6日 朝日新聞)歌人の前登志夫氏死去 土俗的な独自世界詠む【産経新聞】 奈良・吉野山中で晴耕雨読の生活を送りながら土俗的な独自の世界の歌を詠んだ、歌人で日本芸術院会員の前登志夫(まえ・としお、本名・登志晃=としあき)氏が、5日午後2時半、肝硬変のため同県下市町広橋清水1971の自宅で死去した。82歳。奈良県出身。家族による密葬が7日午前10時から、自宅で営まれる。喪主は長男、浩輔(ひろすけ)氏。後日、お別れの会を行う予定。 林業のかたわら作歌を始め、「山の歌人」という独特の地歩を築いた。歌と民俗を研究する「ヤママユの会」を主宰し、歌誌「ヤママユ」を刊行。昭和53年に「縄文紀」で迢空(ちょうくう)賞、平成5年に「鳥獣蟲魚(ちゅうぎょ)」で斎藤茂吉短歌文学賞、同17年に日本芸術院賞文芸部門を受賞。 毎年秋に大神(おおみわ)神社(同県桜井市)で行われる「三輪山まほろば短歌賞」(産経新聞社など共催)では、選者を務めた。昨年11月3日の表彰式では「三輪は日本の歌の発祥地」と話していた。(2008年4月6日 産経新聞)
2008年04月07日
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宇都宮市塙田(県庁前通り)慈光寺門前の、極楽浄土を思わせる桜。市内でも、古来最も美しいと言われています。現在この山門は工事中で、この見事な景色を見ることは出来ませんので、2年前の写真ですが再録します(2006年3月29日撮影)。
2008年04月07日
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近所の公園で、きのうの朝撮影。けさの当地は、雨催(あまもよ)いのどんよりした空です。きのうの拾遺(しゅうい)の写真を載せますね♪
2008年04月07日
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栃木・宇都宮市内の自宅で、けさ写す。
2008年04月06日
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栃木・宇都宮市街地を流れる、「田川」河畔の公園にて、けさ写す。
2008年04月06日
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いくへにももののあはれともののけの闇の桜はおそろしきかな (拙作)近所の公園にて、昨夜写す。
2008年04月06日
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近所で、けさ撮影。
2008年04月06日
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北関東、栃木・宇都宮市内にて、けさ写す。
2008年04月05日
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近所にて、けさ撮影。近所のビルの解体工事は、 ここ数日で急に進んだみたいで、 ずいぶんとブッ壊れましたね~
2008年04月05日
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嫌われる知ったかぶりトリヴィアシリーズ間違えやすい言葉「農作物」を「のうさくもつ」と読む人がいるが、これは「のうさくぶつ」の間違いだと思う。わざわざ神経を使ったつもりが、結果として恥をかいているのは、お気の毒~これとは別に、「作物」という言葉があり、これは「さくもつ」と読む。意味としては、「農作物」≒「作物」であろうが、おそらく「作物」の方が古い言い方なのであろう(よく調べたわけじゃないが)。漢字には、「漢音」と「呉音」があり、前者は古代中国の(長安、現・西安あたりの)いわば標準語。呉音は、今で言う上海あたりの、やや南方系の方言の発音である。仏教系の言葉には呉音が多く、現在に及んでいる。物を「ぶつ」と読むのは漢音、「もつ」と読むのは呉音である。「結集」は、初め仏教語として入り、「けつじゅう」と読んだ(仏教界では今もこう読むことがある)が、その後、一般的な漢音の「けっしゅう」と読まれるようになった。「言語道断(ごんごどうだん)」なんてのも同様である。筆者は、歌詠みの端くれ。こういった基本的ケアレスミスがあると、鼻先で「フフン」と笑われるからオトロチ~のよん・・・いや~、日本語って難しいですね~
2008年04月05日
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皆様のお蔭をもちまして、80,000アクセスを超えました。いつもご愛読、まことにありがとうございます。さて、僕がこれまでブログに書いた記事/文章の中で、最も社会的広がりのある反響があったのは、2006年9月の下記のエントリーだったと思う。・・・その反面、それからは言いたい放題の好き勝手なことが書きにくくなったと、やや窮屈な思いもした。何はともあれ、大反響のあったそのエントリーを再録してみることにする。森達也 放送禁止歌この子よう泣く 守りをば虐(いじ)る守りも一日やせるやらどしたいこりゃ きこえたかかつて僕らが思春期の入り口に差し掛かったころ、「赤い鳥」というフォークソングユニットが出現した。その飛びぬけて美しいハーモニーに、僕は即座にとりこになった。彼らはやがて“ニューミュージック”といわれたシティポップス・トリオの「ハイファイセット」と、シンプルな正統派フォークデュオの「紙ふうせん」に分裂してそれぞれ活躍したが、赤い鳥としては、「翼をください」と「竹田の子守唄」という二つの大ヒット曲を残した。「翼をください」は、サッカー日本代表チームへの“自然発生的公式応援歌”(?)となったことは記憶に新しいが、これに優るとも劣らない「竹田の子守唄」の方は、彼らの資質が十二分に生かされ、研ぎ澄まされた完成度を持つ名曲だった。僕はこの曲の歌詞で、日本語の文語文の美しさに痺れた記憶がある。それにもかかわらず、この曲がテレビ・ラジオで流されることは、長い間全くなかった。・・・そういえば、あの曲はずいぶん長いこと聴いてないな、と時折疑問が頭をよぎっていたが、1999年5月、フジテレビで放送されたドキュメンタリー「放送禁止歌」と、これに先立って内容を伝えた「週刊文春」によって疑問は氷解した。この曲が大ヒットしてしばらくした1980年ごろ、詳しい経緯は闇に包まれているが、事実上の“放送禁止歌”になっていたのだ。 正式には、日本民間放送連盟(民放連)が1959年(昭和34年)に発足させた「要注意歌謡曲指定制度」で定められた「要注意歌謡曲」という“ガイドライン(目安、指標)であり、本来は罰則など拘束力はなく、また、すでに廃止されたという。この制度が存続している間、改定が繰り返されてきたが、古い資料は残っていないという(取材に対し、テレビ局関係者が匿名を条件にするなど、非常にナーヴァスになっている様子も、迫真力を以って迫ってくる)。これがいつしか一人歩きし、事実上放送関係者のタブーとなり、NHKも事実上ほぼ同様の取り扱いをしているという。 著者が入手した、昭和58年11月改定の(廃止前の最後の)「放送音楽などの取り扱い内規・一覧表」では、Aランク「放送しない」、Bランク「旋律は使用してもよい」、Cランク「不適当な個所を削除または改訂すればよい」などと、「ガイドラインであり拘束力はない」としている割には非常に詳しく区分されているのに驚く。本書では詳しくは解説されていないが、原由子「I LOVE YOUはひとりごと」はAランク、ピンクレディー「S・O・S」はCランクだという。そのほか、岡林信康「手紙」、「チューリップのアップリケ」、「ヘライデ」、「くそくらえ節」、フォーク・クルセイダース「イムジン河」、高倉健「網走番外地」、丸山(美輪)明宏「ヨイトマケの歌」、高田渡「生活の柄」、「自衛隊に入ろう」、泉谷しげる「戦争小唄」、「黒いカバン」、民謡「五木の子守唄」、わらべうた「かごめかごめ」、「通りゃんせ」なども事実上の放送禁止となっている(「・・・いた」と過去形になったと言い切れるだろうか?)。なお、今や演歌の大御所・北島三郎の昭和37年のデビュー曲「ブンガチャ節」(星野哲郎作詞、船村徹採譜)も、歌詞が猥褻だという理由で放送禁止になったが、却って宣伝になり、第2弾「なみだ船」のヒットにつながったという。なぎら健壱「悲惨な戦い」も似たところがある。この曲に日本相撲協会がクレームをつけたというのは伝説に過ぎず、むしろ歌詞の中の「NHK」という言葉が逆鱗に触れたのではないかとも囁かれている。なお、USEN(旧・大阪有線放送)ではこの曲のライブ版のみ流しており、そこでは“イヌHK”と発音しているという。このライブ版は、当時喫茶店かどこかで笑いながら確かに聴いたが、そこまでは気が付かなかった(笑)。北島三郎といえば、大ヒット曲、“♪親の血を引く兄弟よりも~”の「兄弟仁義」も、テレビ・ラジオでまず流れることはない。この本は、困難を極めたその取材過程と、多くの“放送禁止歌”の歌詞全文、それが指定された経緯などについて、上記番組のディレクターが詳細に綴った名著である。音楽や詩詞に興味があるものは必読といえる。感動的なルポルタージュだ。「竹田の子守唄」の原曲を追って、京都府下の同和地区・竹田に分け入っていくラストは圧巻で、推理小説を読んでいるようなサスペンスさえあり、掲載されているこの歌の原詞全文は涙なくして読めない。かつて洪水があれば真っ先に水没し、伝染病が蔓延する劣悪な低湿地だった(現在は改良)竹田の場所は、太閤・豊臣秀吉(実際はその能吏の石田三成あたり?)が定めたものだという。久世の大根めし 吉祥の菜めしまたも竹田のもんば飯どしたいこりゃ きこえたか(もんば:おから)なお、「赤い鳥」ヴァージョンの“2番”の歌詞「盆が来たとて何うれしかろ/帷子(かたびら)はなし帯はなし」は、フォーク歌手・高石ともやが愛知県の民謡から抜粋して入れたもので、原詞にはないなど、考証も仔細を極めている。デーブ・スペクターに聞くアメリカの事情も面白い。さすがに放送局やスタッフの独立性は強く、日本のような一律の“放送禁止曲”はないというが、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(CCR)の、ロック史上に輝く名曲「雨を見たかい? Have You Ever Seen the Rain?」は事実上放送禁止に近いという。僕はこの曲1曲を聴きたいがためにCCRのベスト版を買ったぐらいだ。案の定、ほかの曲はほとんど下らなかった(笑)。僕もかねてより、「僕は知りたい。晴れた日に降り注ぐ雨を、君は見たことがあるかい? I want to know / Have you ever seen the rain / Comin' down in the sunny day?」という、一見平明な歌詞には、何かワケがあるんだろうなとは思っていたが、これはベトナム戦争で降り注いだナパーム弾(ガソリンなどが入っており、着弾地点周辺は焼け野原になる)のことだという。映画「地獄の黙示録」の戦闘場面で森を焼き払った、アレである。また、イギリスBBCは、フォークランド紛争、湾岸戦争、9.11同時多発テロなどの“有事”のたびに、一時的ながらジョン・レノンの名曲「イマジン」を放送禁止にしたという。理由は明確ではないが、勝手に憶測を逞しゅうすれば、この曲(歌詞)の持つラディカルな思想性が、予期せぬ反応を呼ぶことを恐れたのか、あるいは味方に厭戦気分をもたらすことを杞憂したか、そんなところだろうか。この本が発行されて以降、妻・原由子も放送禁止を食らったことのあるサザン桑田が、「ヨイトマケの歌」を放送で公に歌ったりして、わずかに反応はあったが、全体の状況としてはほとんど変化はない。紙ふうせんは、「竹田の子守唄」を持ち歌として、原詞により近い形で大事にライブで歌いついでいるそうだが、放送では相変わらず幻のままである。【追記】なお、ユーチューブに、1997年8月にNHKが放送したという「竹田の子守唄」の映像があった。元赤い鳥の山本潤子姉さんが、美しい声で歌っているNHKというのは、受信料は高いが、時々こういう英断を下してくれる。さすがだと思う。
2008年04月04日
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栃木・宇都宮市内で、きのう2日写す。当地は関東でも寒い方なので、桜は3月28日にやっと開花宣言が出たところで、現在まだこんな感じです。しろうと目には、五分咲きってところですかね~今週末には、八分咲きぐらいで見ごろになりそう栃木県内のリアルタイム桜開花情報はこちら。
2008年04月03日
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