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三菱=三星 サムスン・・・みつぼし 本田=現代 ヒュンダイ 三洋=双龍 サンヨンなるほど~知っている人はとっくに知っている事実だったらしい。が、寡聞にして私は知りませんでした
2013年05月31日
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2013年05月31日
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○ リアル“あまちゃん” ミス伊勢志摩 現役女子大生「海女さん」が話題・・・お母さんも、じゅうぶんストライクゾーンです○ 石川県輪島市舳倉島のリアル“あまちゃん”が可愛すぎる
2013年05月31日
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2013年05月31日
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上村松園 「序の舞」 切手価格:50円(税込、送料別)
2013年05月30日
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2013年05月29日
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2013年05月29日
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良寛(りょうかん)五月雨さみだれの晴間に出でて眺むれば 青田涼しく風わたるなり註五月雨さみだれ:いま言う「梅雨」のこと。陰暦の「皐月さつき(五月)」は、ほぼ現在の6月に当たり、「五月さつき晴れ」は梅雨の晴れ間のことを言った。
2013年05月29日
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2013年05月28日
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大隈言道(おおくま・ことみち)いづくにかわが身きぬると思ふらむ 市いちにまろべるなだの蛤はまぐり歌集「草径集」(文久3年・1863)どこにわたしは来てしまったのかと思っているだろう市に転がっている灘のはまぐり。
2013年05月28日
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○賞レースで勝てない芸人は内輪ネタしかやってない それはネタじゃない ──「ナイツ」塙宣之に聞く【エキレビ!(エキサイト・レビュー) 28日】 古くは、偉大なる猿楽(能)役者・大成者で謡曲作家だった世阿弥の古典的名著『風姿花伝』を嚆矢として、優れた芸能者の芸道論は、生きた表現論・人生論・哲学論の傾(かぶ)きを帯びつつ、虚心坦懐に読んでみるとなかなか面白いものである。 現代日本の才能溢るる芸人、ナイツ・塙(弟)のこのインタビュー記事も、そんな芸談の一つとして興味深く、ほかの芸能・芸術・表現分野にも通底する鋭い分析を含んでいるように思う。 この「芸人」のところに「歌人」を代入しても、けっこう当てはまるような、・・・な~んて思ってしまった
2013年05月28日
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naomi & goroCAFE BLEU SOLID BOND【送料無料】 ¥3,000(税込) 芯から癒される、大人の無聊の友。ジョアン・ジルベルト直系の実力派ボサノヴァ・デュオ naomi & goro の10作目となるアルバム『CAFE BLEU SOLID BOND』は、ブリティッシュ・バンド、スタイル・カウンシル The Style Council の名盤『CAFE BLEU』をフルカバー。新たな解釈による極上のブルーマジック・ソウルがここに誕生。 ボサノヴァ・サウンドだけでなく、これまでとは一味違ったジャズやポップ・ミュージックまで楽しめる新たな解釈によるブルーマジック・ソウルが誕生した。The JAM の名曲「English Rose」も収録。 このアルバムは、naomi & goro のギタリストで本作のプロデューサーでもある伊藤ゴローが、以前より敬愛しているUKロックの重鎮ポール・ ウェラー氏の80年代に在籍したバンドThe Style Council のファーストアルバム『CAFE BLEU』(1984)を丸ごと一枚フルカバーしている。 一枚のアルバムをフルカバーすること自体、前代未聞(?)だが、伊藤ゴロー曰く「そもそもボサノヴァの醍醐味の一つに、様々なジャンルの音楽をカバーすることがある。また『CAFE BLEU』はアルバム1枚をフルカバーするに値する数少ない作品である」という言葉を体現するかのごとく、The Style Council オリジナルの『CAFE BLEU』においても顕著な、ジャズ/ソウル/ファンク/ボサノヴァのエッセンスをフュージョンしたサウンドを naomi & goro のサウンドに見事に換骨奪胎している。
2013年05月27日
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坂本野原 たとえば女星屑のあやなす空に春霞淡くかかるを飽かず眺めつ花散らす雨となりたるその刹那そなたはわれのなかに滲みこむ日本語の名詞に性があるとせば梅あきらかに楚々たる女性構造を知れば知るほど細部まで把握しつつもつまらなくなる概念が重要なほど単純な象形である たとえば女ブーツ脱ぎセーター脱げばやわらかくぷるんぷるんのプディングありき♂と♀友情なんてあるわけがないだろうよと先哲一致 * 締め切りの迫りつつ読む「短歌人」中井守恵の上手さ身に沁むカチューシャはエカチェリーナの呼び名にてキャサリン、キャシー、カトリーヌでちゅ女偏の嫉妬は女のみならで人間界に広く分布す春休みおわりて背せいのまた伸びし隣の娘髪も伸ばせりたけのこのこのひだひだがにゅわーんと伸びて大人の節になるだよ隠元をうまいと思ったことなしと言ったら妙に受けにし夕餉どう切ればタコやらカニになるのかを知らねど赤きウインナーかな本当にあいつは馬鹿なやつだった鶏挽肉をそぼろに炒む* 思慕(愛情、恋慕)か嫌悪・憎悪か、はたまた無関心か。2013年4月作新かなづかい。著作権を有します。(c) 2013 Nohara Sakamoto Daddy Bear All rights reserved.
2013年05月27日
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坂本野原 「短歌人」6月号掲載作品星屑のあやなす空に春霞淡くかかるを飽かず眺めつ日本語の名詞に性があるとせば梅あきらかに楚々たる女性概念が重要なほど単純な象形であるたとえば女♂と♀友情なんかあるわけがないだろうよと先哲一致女偏の嫉妬は女のみならで人間界に広く分布すどう切ればタコやらカニになるのかを知らねど赤きウインナーかな本当にあいつは馬鹿なやつだった鶏挽肉をそぼろに炒む* 4月号掲載作品「NHKで放送できぬような歌めざしてゆかむ野の花として」が今月号「作品月評」欄に掲載されました。【「短歌人」編集委員、歌人・今井千草氏選評】 ここのNHKは公序良俗の喩として使われている。一瞬、歌謡曲か何かの作詞のように読めてしまうが、この歌はもちろん短歌のこと。結句「野の花として」には作者のペンネーム「野原」が重ねられ、明確な述志の歌となった。2013年4月作新かなづかい著作権を有します。(c) 2013 Nohara Sakamoto Daddy Bear All rights reserved.
2013年05月27日
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安西信一 ももクロの美学〈わけのわからなさ〉の秘密【送料無料】価格:900円(税込) アクロバティックなパフォーマンスで人気沸騰中の少女アイドル・ユニット「ももいろクローバーZ」。中年男性がライブで涙するなど、そのファン層はこれまでになく多岐にわたる。何がこれほどまでに心を揺さぶるのか。私たちはなぜそれに癒されるのか。みずからも熱烈なファンである50代の美学研究者が、その秘密に果敢に挑む。〔目次〕はじめに 変幻自在のファンタジー第1章 エビぞり少女──身体という基軸第2章 Zコースター──歴史の高速ハイブリッド化第3章 変顔のフラガール──戦闘、近さ、ユモレスク第4章 ももクロと日本──救済としての少女おわりに 新たなる壁──夢に向かって
2013年05月26日
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和泉式部(いずみしきぶ)岩つつじ折りもてぞ見る 背子せこが着しくれなゐ染めの色に似たれば後拾遺ごしゅうい和歌集 150岩つつじのひと枝を折り取って持って見るのよ。恋しいあなたが着ていた紅染めの色に似ていたから。
2013年05月25日
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石川不二子(いしかわ・ふじこ)るりたては瑠璃の紋ある翅ひらくくもりあまねき天より降くだり歌集「野の繭」 パブリック・ドメイン ルリタテハ画像
2013年05月25日
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大江匡房(おおえのまさふさ)百年ももとせの花に宿りてすぐしてき この世は蝶の夢にぞありける詞花和歌集 378百年の間 花から花へと宿って過ごしてしまった。この世は胡蝶の夢だったなあ。註代々の学者の作者らしく、道教の古典『荘子』の「胡蝶の夢」の説話から歌材モチーフを得ている。(すぐし)てき:完了の助動詞「つ」の連用形「て」に過去の助動詞「き」が付いたもの。~てしまった。
2013年05月25日
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本居宣長(もとおり・のりなが)刈りはてぬかたへは麦の秋風に いつしかそよぐ小田の若苗歌集「鈴屋すずのや集」まだ麦をすっかり刈り終わらないかたわらには麦秋の風にいつしかそよいでいる小田の稲の若苗。註麦の秋:麦秋(ばくしゅう)。古来、晩春を洒落ていう「言葉のあや」の代表格。小田:「をだ(おだ)」と読むのだろう。
2013年05月24日
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小倉百人一首 七十二祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのき) 音に聞く高師たかしの浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ金葉和歌集 469噂に高い高師の浜のあだ波は決してかけませんわ。袖が濡れたりするだけですものね。註音に聞く:評判である。現代語でも、「(評判が)音に聞こえる」「(名声が)轟とどろく」「(セレブ気取りに)非難轟々」などという。高師たかしの浜:和泉国いずみのくに高石(現・大阪府高石市)高師浜付近。現在では往時の面影は希薄だが、関西では「ユートピア」とまで称される風光明媚な高級住宅地だという。南海電鉄高師浜線の終点・高師浜(たかしのはま)駅がある。ここでは、評判が「高い」ことに掛けている。あだ波:徒(いたずら)にむなしく寄せる波。波が寄せることと男が言い寄ることを掛けている。男の浮気心の隠喩。(あだ波は)かけじや:「じ」は打消しの意思(決意)の助動詞。(決して)~するまい。(波を袖に)かけるまい。(心、契りを)かけるまい。「や」は詠嘆の間投助詞。袖のぬれもこそすれ:「袖のぬれもする」を係り結びにして強調・整調をした形。泣かされて涙で袖が濡れることを掛けている。
2013年05月22日
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私くまんパパの中学・高校の同級生、片嶋一貴かたしま いっき監督の最新作『たとえば檸檬れもん』が、6月15日(土)~7月12日(金)に当地の栃木・宇都宮ヒカリ座で凱旋ロードショー公開されることになりました。片嶋君本人から連絡がありました。 なお、このお知らせは、画像も含め拡散大歓迎です。 □ 映画『たとえば檸檬』オフィシャルウェブサイト□ 同 公式フェイスブック(書き込み自由です) ●監督:片嶋一貴(『小森生活向上クラブ』、『アジアの純真』)●出演:韓英恵(『誰も知らない』)有森也実(『キネマの天地』)綾野剛(『その夜の侍』、NHK大河ドラマ『八重の桜』)佐藤寛子(『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』)白石隼也(『シグナル 月曜日のルカ』)/古田新太室井滋/伊原剛史ビスタサイズ 2時間18分 ■ 宇都宮ヒカリ座 ウェブサイト 今回は家族・親と子の絆をめぐる重厚・鮮烈な人間ドラマに仕上がっていて、豪華実力派俳優陣の競演も見どころです。 ダイナミックでエネルギッシュな演出と尖鋭な映像、斬新なストーリーテリングで人間存在の深奥を追究し疾駆しつづけるわが畏友・片嶋一貴監督の真骨頂を、この機会にぜひ劇場でご堪能下さい。 画像クリックで拡大ポップアップ。
2013年05月21日
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ケンドリック・ラマーグッド・キッド:マッド・シティKendrick LamarGood Kid: M.a.a.d City日本未発売 輸入盤アルバムCD【送料無料】価格:1,583円(税込)・・・う~む、いろんな意味でヤバすぎる。本物のヤバさだ。ラジオで一聴して一発で完全に魅せられた。果てしないほど延々と続くラップがあまりにもカッコ良すぎて、強度の中毒性があり要注意。* このアルバムの詳細な解説はこちら。ベリー・グッジョブ。
2013年05月20日
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鳥か? 飛行機か? いや・・・安倍JAPANだ!アベノミクス、ナショナリズムと中国への挑戦英有力経済誌「エコノミスト」最新号 (日本未発売)2050年の世界英誌『エコノミスト』編集部【送料無料】価格:1,838円(税込)
2013年05月19日
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林古渓(はやし・こけい)浜辺の歌あした浜辺を さまよえば 昔のことぞ しのばるる風の音よ 雲のさまよ 寄する波も 貝の色もゆうべ浜辺を もとおれば 昔の人ぞ しのばるる寄する波よ かえす波よ 月の色も 星の光かげも疾風はやちたちまち 波を吹き 赤裳あかものすそぞ ぬれひじし病やみしわれは すでに癒いえて 浜辺の真砂まさご まなごいまは作曲:成田為三大正7年10月、冊子「浜辺の歌」として出版、発表。〔大意〕1 朝、浜辺をさまようと、昔のことが偲ばれるなあ。2 夕べ、浜辺をぶらつくと、昔の人が偲ばれるなあ。3 疾風(はやて)が突然波を吹いて 赤い着物の裾がずぶ濡れになった。 病(やまい)を患っていた私もすでに癒えて 浜辺の真砂(のようにきらきら光る) 愛すべき子(愛子・まなご)になったのだなあ、今は。 註ワルツ(三拍子)のリズムに乗せた旋律がまことに流麗優美な不朽の名曲。「(昔のこと)ぞ・・・しのばるる」は係り結びで、強調、整調。「(赤裳のすそ)ぞ・・・ぬれひじし」も同様。「もとおる」:ぶらぶらする。ぶらつく。原歌詞は第3節まであったが、作詞者(著作権者)は第3節が趣きを失っているものとして削除を希望したため、昭和22年7月刊「中等音楽」で削除。以後、ほぼ全てのテキストで第2節までとなっている。第3節は、万葉調の上古語を用いているせいもあり難解・晦渋で、正直言って意味が今一つよく分からない。「不出来」という作者本人の評価は妥当とも思う。なお、平成14年(2006)7月16日付の読売新聞文化面の記事によると、この歌詞は、作曲者の成田為三氏(1893-1945)が、ラブレターの中で同窓の女性に捧げた恋歌が元になっているという。贈られた矢田部正子さん(1900-1989、旧姓・倉辻)は、「私には決まった人がいます。」と返信し、成田氏はあえなくフラれ、撃沈した。昔は、洋の東西を問わず名家の子女には親などが決めた許嫁(いいなずけ、フィアンセ)がいることが多かった。矢田部正子さんは、この事実を夫で声楽家の矢田部剄吉氏に最後まで話さなかったが、夫の死後、養子で声楽家の鈴木義弘さん(記事掲載当時70)に明かし、鈴木さんがコンサートで公にしたという。・・・ただし、この記事の逸話と、林古渓作詞とクレジットされていることの詳細な事情は不明。
2013年05月17日
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厳谷小波(いわや・さざなみ)ふじの山あたまを雲の上に出し四方しほうの山を見おろしてかみなりさまを下にきくふじは日本にっぽん一の山青空高くそびえたちからだに雪のきものきてかすみのすそを遠くひくふじは日本一の山作曲者不詳文部省唱歌明治43年(1910)『尋常小学読本唱歌 第二学年用』* 現・学習指導要領では第3学年用で、題名は『ふじ山』。 パブリック・ドメイン 富士山画像
2013年05月17日
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槙田雄司 (マキタスポーツ)一億総ツッコミ時代価格:861円(税込、送料別)自戒の意味も込めて、一読しておきたい話題の本。自分では何もせず、人の批評・批判・揚げ足取りばかりしている「評論家」が世に多すぎるのは今に始まったことではないけれど、インターネット・SNSの発達で、近頃目に余るようになってきた。傍目八目の冷たいツッコミはもういい、若者は「主役のボケ」を目指せと説く、気鋭の芸人マキタスポーツが渾身で語りかける目からウロコの熱血人生論・現代社会論。〔目次〕序 章 バラエティ番組化した日本第1章 「ツッコミ高ボケ低」の気圧配置が生む閉塞感第2章 ツッコミが支配した空気にどう対処すべきか第3章 現代社会はボケ不足第4章 メタでソーシャルなセルフブランディングに疲れた人々第5章 民主主義より資本主義より「面白さ至上主義」〔公式ライナーノート〕ツイッターで気に入らない発言を罵倒し、ニコ生でつまんないネタにコメントし、嫌いな芸能人のブログを炎上させる。ネットで、会話で、飲み会で、目立つ言動にはツッコミの総攻撃。自分では何もしないけれど、他人や世の中の出来事には上から目線で批評、批難。一般人がプチ評論家、プチマスコミと化した現代。それが「一億総ツッコミ時代」だ。動くに動けない閉塞感の正体はこうした「ツッコミ過多」にある。「ツッコミ」ではなく「ボケ」に転身せよ。「メタ」的に物事を見るのではなく「ベタ」に生きろ。この息苦しい空気を打破し、面白い人生にするために! 異才・槇田雄司(マキタスポーツ)による現代日本への熱き提言。○ 「批評するよりも”ボケ”に回った方がおもしろい」「一億総ツッコミ時代」著者・マキタスポーツインタビュー【BLOGOS 2月26日付】
2013年05月17日
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もはや至芸といっても大げさじゃないだろう。最近の松村の完成度は本当にスゴイ。特に、十八番のビートたけしのものまねはますます磨きがかかり、加齢によってちょっと言いよどむ感じさえも完璧に再現している。「本人よりも本人らしい」という、ものまね芸人に対する最大級の賛辞を捧げたい。15日のNHKラジオ『午後のマリアージュ』の午後3時半過ぎの水曜レギュラー・コーナー「松村邦洋の脳内アーカイブス」で、NHKの放送コードぎりぎりと思われる一人芸を聴いて、抱腹絶倒だった。・・・たけしが西田敏行に、「おまえは文部省推薦映画にでも出てろっ!バカヤローっ!!」・・・来週(22日)は「龍馬伝」をやるそうですユーチューブに関連動画があったのでリンクしておきます。○ もはや神技!? 松村邦洋がモノマネでひとり『アウトレイジ ビヨンド』○ 『アウトレイジ ビヨンド』松村邦洋ひとりアフレコ特別予告編
2013年05月17日
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慰安婦に関する橋下氏の発言を読んでみて、私個人は、それほど間違ったことは言っていないという印象を持っている。発言の大筋は、おおむね一つの「歴史認識」、というよりむしろ「史実(歴史的事実)」を述べたにすぎないのではないか。 ここ数日のマス・メディア論調を注意深く見聞きしたが、渦巻く批判の中でも、「多くの日本人の男がハラの底ではそう思っている」「袋叩きのような日本へのバッシングはあまりにも一方的に過ぎる」などの一定の忖度の念と共感・同情論は、けっこう広汎にあった。まさに「本音と建前」が交錯する、きわめてセンシティヴ(鋭敏)な問題だと、改めて銘記させられた。 やや唐突感のあるタイミングが拙かったかなとも思うし、そもそも、言う必要がない、言わずもがなのことだったかなという感じも拭えない。 2か月後に参院選を控えて緊迫しているこの時期に、「反橋下」の一部マスメディアに恰好の攻撃材料を与えた面もあり、これ幸いと鬼の首でも取ったような非難の嵐となった。選挙の後であれば、これほどの問題にはならなかったとも思われる。結果的に脇が甘かったと言わざるを得ないのではないか。 英語では、日本語の曖昧で意味が広い「風俗業」に当たる概念がなく、即「セックス産業」すなわち違法な売春などを連想させ誤解を招くという、言葉の問題もあるという。 このあたりについては、橋下氏の親友で海外のマス・メディア事情や論調に詳しいデーブ・スペクター氏の諄々たるアドバイスもあったという。16日の「ミヤネ屋」が伝えた。□ 橋下氏「国際感覚が乏しかったかもしれない」【読売新聞 16日付夕刊】 日本維新の会の橋下共同代表は16日午前のフジテレビの番組で、在日米軍に風俗業の活用を働きかけた自らの発言について、「表現の拙さがあった。アメリカで風俗というと売買春を思い浮かべる。国際感覚が乏しかったかもしれない。非常に反省すべきところだ」と釈明した。 また、「僕が言いたかったことは、米兵の性的犯罪を建前論ではなくしっかりコントロールしてほしいということ」とも語った。 いわゆる従軍慰安婦問題に関しては、「戦場での性の問題、各国でひどいことをやっていたにもかかわらず、日本だけがどうして批判を受けているのか」と指摘。「強制連行があったのかどうか、(1993年の)河野談話では認めているようだが2007年の閣議決定では否定している。はっきりしないから世界から非難を受けている」と述べた。 橋下氏はこの後、大阪市役所で記者団に対し、従軍慰安婦の問題を党内で議論したいとの意向を表明。風俗利用に関する発言は撤回しない考えも示した。橋下氏は24日に元慰安婦と面会する。
2013年05月16日
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旧・新橋ステーション(東京・汐留)── 画像クリックで拡大大和田建樹(おおわだ・たけき)鉄道唱歌 東海道篇 下31 見よや徳川家康の おこりし土地の岡崎を 矢矧やはぎの橋に残れるは 藤吉郎のものがたり32 鳴海しぼりの産地なる 鳴海に近き大高を 下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狭間 33 めぐみ熱田の御みやしろは 三種の神器の一つなる その草薙の神つるぎ あおげや同胞四千万 34 名だかき金の鯱しゃちほこは 名古屋の城の光なり 地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼うかいも見てゆかん 35 父やしないし養老の 滝は今なお大垣を 三里へだてて流れたり 孝子の名誉ともろともに36 天下の旗は徳川に 帰せしいくさの関が原 草むす屍かばねいまもなお 吹くか胆吹いぶきの山おろし37 山はうしろに立ち去りて 前に来きたるは琵琶の海 ほとりに沿いし米原は 北陸道ほくろくどうの分岐線38 彦根に立てる井伊の城 草津にひさぐ姥うばが餅 かわる名所も名物も 旅の徒然とぜんのうさはらし39 いよいよ近く馴れくるは 近江の海の波のいろ その八景も居ながらに 見てゆく旅の楽しさよ40 瀬田の長橋横に見て ゆけば石山観世音 紫式部が筆のあと のこすはここよ月の夜に41 粟津の松にこととえば 答えがおなる風の声 朝日将軍義仲の ほろびし深田は何いずかたぞ42 比良の高嶺は雪ならで 花なす雲にかくれたり 矢走やばせにいそぐ舟の帆も みえてにぎおう波の上43 堅田におつる雁がねの たえまに響く三井みいの鐘 夕ぐれさむき唐崎の 松には雨のかかるらん44 むかしながらの山ざくら におうところや志賀の里 都のあとは知らねども 逢坂山はそのままに 45 大石良雄が山科の その隠家かくれがはあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山 46 東寺の塔を左にて とまれば七条しちじょうステーション 京都々々と呼びたつる 駅夫のこえも勇ましや47 ここは桓武のみかどより 千有余年の都の地 今も雲井の空たかく あおぐ清涼紫宸殿せいりょうししんでん 48 東に立てる東山 西に聳そびゆる嵐山 かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川49 祇園清水きよみず知恩院 吉田黒谷くろだに真如堂 ながれも清き水上に 君がよまもる加茂の宮 50 夏は納涼すずみの四条橋 冬は雪見の銀閣寺 桜は春の嵯峨御室おむろ 紅葉もみじは秋の高雄山たかおやま51 琵琶湖を引きて通したる 疏水の工事は南禅寺 岩切り抜きて舟をやる 智識の進歩もみられたり52 神社仏閣山水の 外ほかに京都の物産は 西陣織の綾錦あやにしき 友禅染の花もみじ53 扇おしろい京都紅べに また加茂川の鷺さぎしらず みやげを提さげていざ立たん あとに名残は残れども54 山崎おりて淀川を わたる向うは男山 行幸ぎょうこうありし先帝の かしこきあとぞ忍ばるる55 淀の川舟さおさして くだりし旅はむかしにて またたくひまに今はゆく 煙たえせぬ陸くがの道56 おくり迎うる程もなく 茨木吹田すいたうちすぎて はや大阪につきにけり 梅田は我をむかえたり 57 三府の一いつに位くらいして 商業繁華の大阪市 豊太閤ほうたいこうのきずきたる 城に師団はおかれたり58 ここぞ昔の難波なにわの津 ここぞ高津こうづの宮のあと 安治川口に入る舟の 煙は日夜たえまなし59 鳥も翔かけらぬ大空に かすむ五重の塔の影 仏法最初の寺と聞く 四天王寺はあれかとよ60 大阪いでて右左 菜種ならざる畑はたもなし 神崎川かんざきがわのながれのみ 浅黄あさぎにゆくぞ美しき62 神崎よりはのりかえて ゆあみにのぼる有馬山 池田伊丹と名にききし 酒の産地もとおるなり63 神戸は五港の一つにて あつまる汽船のかずかずは 海の西より東より 瀬戸内がよいも交じりたり64 磯にはながめ晴れわたる 和田のみさきを控えつつ 山には絶えず布引ぬのびきの 滝見に人ものぼりゆく64 七度ななたびうまれて君が代を まもるといいし楠公なんこうの いしぶみ高き湊川みなとがわ ながれて世々の人ぞ知る65 おもえば夢か時のまに 五十三次はしりきて 神戸のやどに身をおくも 人に翼の汽車の恩66 明けなば更に乗りかえて 山陽道を進ままし 天気はあすも望のぞみあり 柳にかすむ月の影作曲:多梅稚(おおのうめわか)明治33年(1900)5月10日「地理教育 鐵道唱歌」として発表。* 原文は旧仮名づかい、旧字体。 ウィキメディア・コモンズ 新橋ステーション
2013年05月13日
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大和田建樹(おおわだ・たけき)鉄道唱歌 東海道篇 上1 汽笛一声いっせい新橋を はや我わが汽車は離れたり 愛宕あたごの山に入りのこる 月を旅路の友として 2 右は高輪たかなわ泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても消えのこる 名は千載せんざいの後のちまでも 3 窓より近く品川の 台場も見えて波白く 海のあなたにうすがすむ 山は上総かずさか房州か 4 梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の 大師河原だいしがわらは程ちかし 急げや電気の道すぐに 5 鶴見神奈川あとにして ゆけば横浜ステーション 湊みなとを見れば百舟ももふねの 煙は空をこがすまで 6 横須賀ゆきは乗換と 呼ばれておるる大船の つぎは鎌倉鶴ヶ岡 源氏の古跡や尋ね見ん 7 八幡宮の石段に 立てる一木ひときの大鴨脚樹おおいちょう 別当公暁くぎょうのかくれしと 歴史にあるは此蔭このかげよ 8 ここに開きし頼朝が 幕府のあとは何いずかたぞ 松風さむく日は暮れて こたえぬ石碑は苔あおし 9 北は円覚建長寺 南は大仏星月夜ほしづきよ 片瀬腰越江の島も ただ半日の道ぞかし 10 汽車より逗子をながめつつ はや横須賀に着きにけり 見よやドックに集まりし わが軍艦の壮大を 11 支線をあとに立ちかえり わたる相模さがみの馬入川ばにゅうがわ 海水浴に名を得たる 大磯みえて波すずし12 国府津こうづおるれば馬車ありて 酒匂さかわ小田原とおからず 箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より 13 いでてはくぐるトンネルの 前後は山北小山やまきたおやま駅 今もわすれぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ14 はるかにみえし富士の嶺ねは はや我そばに来きたりたり ゆきの冠 雲の帯 いつもけだかき姿にて 15 ここぞ御殿場夏ならば われも登山をこころみん 高さは一万数千尺すせんじゃく 十三州もただ一目 16 三島は近年ひらけたる 豆相ずそう線路のわかれみち 駅には此地このちの名をえたる 官幣大社の宮居みやいあり 17 沼津の海に聞えたる 里は牛伏我入道うしぶせがにゅうどう 春は花さく桃のころ 夏はすずしき海のそば18 鳥の羽音はおとにおどろきし 平家の話は昔にて 今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り舟19 世に名も高き興津鯛おきつだい 鐘の音ねひびく清見寺せいけんじ 清水につづく江尻より ゆけば程なき久能山20 三保の松原田子の浦 さかさにうつる富士の嶺を 波にながむる舟人は 夏も冬とや思うらん 21 駿州すんしゅう一の大都会 静岡いでて阿部川を わたればここぞ宇津うつの谷やの 山きりぬきし洞ほらの道22 鞘より抜けておのずから 草なぎはらいし御剣みつるぎの 御威みいつは千代に燃ゆる火の 焼津の原はここなれや23 春さく花の藤枝も すぎて島田の大井川 むかしは人を肩にのせ わたりし話も夢のあと24 いつしか又も暗やみとなる 世界は夜かトンネルか 小夜さよの中山夜泣石よなきいし 問えども知らぬよその空 25 掛川袋井中泉 いつしかあとに早なりて さかまき来る天竜の 川瀬の波に雪ぞちる 26 この水上みなかみにありと聞く 諏訪の湖水の冬げしき 雪と氷の懸橋かけはしを わたるは神か里人か 27 琴ひく風の浜松も 菜種に蝶の舞坂も うしろに走る愉快さを うたうか磯の波のこえ28 煙を水に横たえて わたる浜名の橋の上 たもと涼しく吹く風に 夏ものこらずなりにけり 29 右は入海いりうみしずかにて 空には富士の雪しろし 左は遠州洋えんしゅうなだ近く 山なす波ぞ砕けちる30 豊橋おりて乗る汽車は これぞ豊川稲荷道 東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡がまごおり
2013年05月12日
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小倉百人一首 七十一源経信(みなもとのつねのぶ)夕されば門田かどたの稲葉おとづれて 葦あしのまろやに秋風ぞ吹く金葉和歌集 173夕方になると門前の田の稲葉がさやさやと音を立てて葦葺あしぶきの小屋に秋風が吹くのだなあ。註秋風の身にしむ情感を詠んだ叙景の秀歌。(夕)さる:上古語では「去る、来る」など方向を問わず時が移ることを意味したが、平安期になると歌語として「来る」意味に固定され、「夕さり」などの形でも用いられた。おとづる:音を立てる。音がする。現代語「訪れる」の語源だが、原義は「音・連る」。まろや(丸屋):葦や萱(かや)などで屋根を円形に(丸く)葺いた仮小屋。収穫期の稲の番に用いた。
2013年05月11日
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小倉百人一首 七十良暹法師(りょうぜんほっし)さびしさに宿を立ち出いでてながむれば いづくもおなじ秋のゆふぐれ後拾遺ごしゅうい和歌集 333 寂しさに堪えず庵いおりを立ち出てあちこち散策し眺めわたすとどこもかしこも同じ寂寥とした秋の夕暮れ。註いづくも:後拾遺和歌集では古形の「いづくも」、百人一首の写本では「いづこも」となっているものが多い。意味は同じ。おなじ:「(秋の)夕暮」にかかっている連体形説と、ここでいったん切れる(四句切れの)終止形説があり、後者の説が強いようである。どちらの解釈でもいいと思うが、やや散文的な前者と詠嘆的な後者で、微妙なニュアンスの差があるか。
2013年05月07日
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万葉集に、古代の若者の大らかな恋心を伝える「下野しもつけぬ安蘇あその河原」の東歌あずまうたがあり、幸福感にあふれたファンタスティックな秀歌として当ブログサイトでも何度かご紹介してきた。 この「河」はこれまで、有名な大河川・渡良瀬川の一支流である「秋山川」という無名な小河川のこととするのが通説になっており、かなり権威のあるとされる書籍にもそのように記されているので、私もかすかな違和感と懐疑を覚えつつも通説に従ってきた。 ・・・が、このほど少々調べてみたところ、歴史的な解釈や書誌学的な学説の変遷から見て、この通説の根拠は薄弱であって、むしろこの「河」は「渡良瀬川そのもの」とする説があることを知り、こちらの方がむしろ妥当ではないかと感じるに至った。 橋というものがなかった当時、渡し舟や徒歩(や水泳?)で難渋して渡った川を、恋慕の一念で河原の石さえ踏まずに空を飛んできたという幻想的な内容から見ても、よく知られた大きな河の方がふさわしいと感じられる。あるいは、七夕での天の川に掛かるカササギの橋の伝説が念頭にあったか。 権威のあるとされる有名な日本史の通史の書籍などにもけっこう誤謬があったりすることは、私にも覚えがある。 ただ、私はむろん国文学者ではないので、この説の当否の判定をする任までは堪え得ないが、地元を愛する一栃木県民としても常識的にこの方が腑に落ちる。もしそういうことであれば喜びに堪えないところである。東歌あづまうた 下野しもつけの国の歌下野しもつけぬ安蘇あその河原よ石踏まず空ゆと来ぬよ 汝なが心告のれ万葉集 3425下野の安蘇の河原から石も踏まずに空を飛んでやってきたよ。君の気持ちを言ってくれ。註:東歌あづまうた:いわゆる「租庸調」(古代の物納の税)などとともに、各地の国府を通じて大和朝廷に送られ蒐集されたと考えられる和歌。素朴な味わいに満ちており、万葉集のいわば「野の花」である。当時の各地方の人口に膾炙した、いわば民謡のようなものが多いとされる。下野しもつけ(の国):ほぼ現在の栃木県(当地)全域に当たる。野州やしゅう。当地の地方紙(県域紙)は「下野新聞」。(下野)ぬ:格助詞「の」の東国訛りか。「野」の意味とする説もあるようだ。安蘇の河原:通説では、現・栃木県安蘇郡葛生町、田沼町、佐野市を流れる秋山川(渡良瀬川の支流)の河原のこととされてきたが、上記の通り大きな疑問がある。「よ」は「ゆ(~より、~から、~を通って)」に同じ。現代語「より」。汝な:上古の第二人称代名詞。「あ(吾、我)」と対応。「汝(なんぢ←なむち)」などに痕跡。告のる:告げる。告白する。告知、宣言する。現代語「名のる」(「名乗る」は誤り)や、人名「宣子(のりこ)」などの造語成分として残る。「則、法(のり)→詔(みことのり)」などは、この中核的な原義から派生したのだろう。* 「君と出会った奇跡がこの胸にあふれてる/きっと今は自由に空も飛べるはず」草野正宗『空も飛べるはず』(スピッツ)・・・1300年の時を超えて、同じような着想だと思った味岡宏佳ちゃん ・・・画像には、特に意味はありません○ 16世紀(江戸期の大改修以前)の関東の河川 パブリック・ドメイン
2013年05月06日
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自選 谷川俊太郎詩集岩波文庫*100円クーポン配布中価格:735円(税込、送料別) デビュー以来半世紀を超えて人々に愛されつづけてきた詩人谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう、昭和12年・1937-)の二千数百におよぶ全詩から、作者自身が173篇を精選。 わらべうたから実験的な長編詩まで、のびやかでリズム感あふれる言葉がここちよい谷川俊太郎のエッセンス。〔女優・書評家 小泉今日子氏評(抜粋)〕 時には真剣に考えなくてはならない言葉も、読んでしまった事を後悔するほど怖い言葉にも出会う。17歳の頃から書き続けた二千数百以上もある詩の中から、80歳を過ぎた著者が今選んだ173篇。まえがきでは即興的に選んだと書いているけれど、今読むべき言葉がたくさん詰まっていると私は思う。47歳の私は過去を懐かしんだり、未来を恐れたり、今を苦しんだりしながら日々を生きている。考えることが面倒くさいと思ってしまう朝もある。それじゃダメだと本当に思う。だから私は今日もページを開く。詩人の言葉は私に考えることを忘れさせないでくれるから。【読売新聞 5日付朝刊】 同時代でもっとも敬愛する詩人である。私くまんパパは谷川氏の主要な詩集のほとんどすべてを所蔵しているほどの谷川フリークなので、このコンパクトな文庫版は、広大無辺な谷川ワールドへの入門書・手引き書として最適であると、もろ手を揚げてお薦めしたい
2013年05月05日
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小倉百人一首 六十九能因法師(のういんほっし)嵐吹く三室みむろの山のもみぢ葉は 龍田たつたの川の錦なりけり後拾遺ごしゅうい和歌集 366山風の吹く三室の山の紅葉は龍田の川の錦なのだなあ。註永承四年(1049)11月9日、内裏だいりで挙行された歌合うたあわせで「勝」となっており、当時は公式な盛儀の晴れの場にふさわしい歌と評価されたらしい。が、後世の評価はきわめて低い。百人一首の中でも屈指の凡作といって間違いないだろう。全くひねりも機知も表現の深みも感じられない。おまけに、地理的に三室山の紅葉が龍田川に流れることはありえないという事実誤認もあり、全くいいところがない一首である。いくたの秀歌を残した才人・能因の作品群の中から、よりにもよって何でまたこんな安い絵はがきみたいな凡庸な一首を選んだのか、撰者・藤原定家の気が知れないといった趣旨の見巧者みこうしゃたちの意見が古来絶えない。私も同意見である。詳しい事情は分からないが、現在「小倉百人一首」として崇あがめ奉たてまつられている百首は、巨匠が後世に残そうと腕撫して、最大限の意気込みで百人の作者の代表作を選び抜いたというわけではなく、有力な後援者で親友・親戚でもあった宇都宮頼綱よりつな(のちの歌人・蓮生れんじょう法師、当地・宇都宮城主、鎌倉御家人)の依頼で、その山荘の障子(襖ふすま)の装飾として選んだものにすぎず、やや気軽な気分で選んだことによるのではないかとも思われる。あえて忖度するに、百人一首も69番目、ここいらへんで、さしもの巨匠も注意力がやや散漫になっていたとも考えられる。百人一首 17番、在原業平の名歌「ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれなゐに水くくるとは」と何ほどか呼応させていることは確かだろう。
2013年05月03日
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小倉百人一首 68三条院(さんじょういん)心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半よはの月かな後拾遺ごしゅうい和歌集 860本意でもないがこの憂き世に生き長らえたならばその時恋しく思い出すのであろう夜半の月だなあ。註当時の政界の実力者・藤原道長の圧迫によって天皇を退位しており、その時に詠んだ歌という説がある。奥ゆかしい言い回しの佳品ながら、ある種の凄みも湛えている。
2013年05月02日
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十九の春私があなたに ほれたのはちょうど 十九の春でした今さら離縁と 言うならばもとの十九に しておくれもとの十九に するならば庭の枯木を 見てごらん枯木に花が 咲いたなら十九にするのも やすけれどみすて心が あるならば早くお知らせ 下さいね年も若く あるうちに思い残すな 明日の花一銭二銭の 葉書さえ千里万里と 旅をする同じコザ市に 住みながらあえぬ吾が身の せつなさよ主さん主さんと 呼んだとて主さんにゃ 立派な方があるいくら主さんと 呼んだとて一生忘れぬ 片思い奥山住まいの ウグイスは梅の小枝で 昼寝して春が来るよな 夢をみてホケキョ ホケキョと 鳴いていた作詞作曲者不詳(沖縄俗謡)補作詞:本竹裕助唄:田端義夫
2013年05月01日
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