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ザ・スパイダースあの時君は若かった初めて聴いたとき、僕は小学生だったが『バンバンバン』などとともに胸がキュンキュン(という表現はまだなかったが)した感覚は、今なお覚えている。僕の音楽嗜好がほぼ洋楽系一辺倒になってしまった最初のカルチャーショックの一つだった。かまやつひろしの斬新で独創的なメロディーライン、マチャアキ・順さんの上手くて元気なヴォーカル、1960年代日本の最先端だったバンドサウンドは今の耳で聴いても、決して古くない。マチャアキ兄さんが今も現役でテレビに出ているのを見るたびに本当にうれしい。
2022年11月30日
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Led ZeppelinImmigrant Song
2022年11月30日
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藤原定家像 狩野探幽原画 法谷文雅模写「み王田勢ハゝ那も 紅葉裳難可里介り 浦乃 と満や農 秋の夕暮」藤原定家(ふじわらのさだいえ、ていか)見わたせば花も紅葉もみぢもなかりけり 浦の苫屋とまやの秋のゆふぐれ新古今和歌集 363遥かに見わたせばもう花も紅葉もないのだなあ。浜辺に苫葺きの粗末な小屋だけがある晩秋の夕暮れ。註日本人の重要な美意識「侘び寂び」の究竟を示すといわれる和歌史上屈指の名歌で、藤原定家の代表作の一つ。「なかりけり」と言っているものの、作者の脳裏には花や紅葉の鮮やかな光景が再現(プレイバック)されていることが読みとれる。そのイメージと現実の対比で「もののあはれ」を表現した。後撰和歌集のよみ人知らず「降る雪は消えでもしばしとまらなむ花も紅葉も枝になきころ」(冬の花といわれる降る雪は、消えずにしばらく留まっていてほしい。花も紅葉も絶えてしまってもう枝にない今)や、新撰和歌集146のよみ人知らず(伝「清原のおうな」)「降る雪は枝にもしばしとまらなむ花も紅葉も絶えてなき間まは」(降る雪は枝にしばし消えずに留まってほしい。花も紅葉も絶えてしまってもうない時節には)などの本歌取り。苫屋とまや:苫とまで屋根を葺ふいた粗末な小屋。漁師などが宿る仮の寓居。「苫」は、菅すげや茅かやなどを粗く編んだ莚むしろで、舟や家屋を覆って雨露をしのぐのに用いた。
2022年11月30日
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夜明けのMEW
2022年11月29日
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Brian EnoAmbient12
2022年11月29日
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小倉百人一首 六十六前大僧正行尊(さきのだいそうじょう・ぎょうそん)もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし金葉和歌集 556お互いにしみじみと思いを尽くせ山桜の花よそなたのほかに私の心が分かる人もいないのだから。
2022年11月28日
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高橋幸宏Walking to the Beat
2022年11月27日
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栃木・宇都宮市一番町に『寿司天ぷら 牡丹』なる日本料理店がオープン* 上の見出しをクリックすると当地の地域情報サイトに移動します。とりあえずいっぺん偵察に行ってみようやと社長のお供で海鮮丼と天ぷらを食べた。ひとことで言って第一級の味である。絶品と思った。海無し県の栃木県民は、逆説的に海への憧れが強く、口も奢っており寿司・魚介料理にはけっこううるさいことで知られている ―― 筆者を含めて。工夫を凝らした寿司の名店も多い。県庁所在地の中都市・宇都宮駅周辺は、飲食店が相食むなかなかの激戦区である。その中でトップクラスといっていいのではないか。駅ビルにある『すしざんまい』にはちょくちょく行っているのだが(さすが業界の覇者であり、味はもちろん悪くはないが)やや脂のうまみに頼りすぎているかなと感じることもある。脂っこくてちょっとくどい、しつこい、胃にもたれる、飽きるという意見が少なくない。魚の脂はDHA(ドコサヘキサエン酸)などオメガ3脂肪酸が多く、健康にはいいと言われるが、それも程度問題である。個人的には、やはり油脂系のうまみよりも、イノシン酸などアミノ酸(蛋白質系)のうまみ成分の味わいが寿司の王道ではないかと感じている。日本人の繊細な味覚の見地では、こちらが完全に勝っていると思った。オーナー店長(板前)の志(こころざし)、意識は高いと見た。立地はそんなにいいとは言えない。地元民ならともかく、けっこう分かりづらい。宇都宮駅西の大通りから一本南に入った裏通りといったところである。「比企クリニック/比企リベカ ばしょうふの家(老人ホーム)」の大きなビルの東側向かいで、もと酒屋さんだった大谷石の蔵を居抜きで使っている。コロナ禍でどこの飲食店も苦戦している模様だが、頑張ってほしい。前途に幸あれと、陰ながら祈っている。なお、価格は、地方都市の飲食店としては安いとまではいえないかも知れないが、もちろん法外な値段ではなく、むしろリーズナブル(合理的、安め)だと思う。〔ランチメニュー〕海鮮丼セット 2000円おまかせ握り 2000円(にぎり7貫、巻物1本、厚焼き玉子)特上にぎり寿司 3000円(にぎり10貫、厚焼き玉子)天丼セット 1500円*ランチメニューには、すべて小鉢、茶碗蒸し、味噌汁付き。〔夜のメニュー〕おまかせ特上握り(10貫) 5000円その他、単品オーダー 300円より〔天ぷら〕野菜天 一点 200円 三点 500円海老天 600円穴子天 1200円イカ天 300円*その他、当日入荷の魚介あり。専用駐車場はないが、南側のきわめて近くに上記の比企グループが経営する広大な駐車場があり、全く不自由はない。30分100円。駐車場から徒歩0.5分(=30秒)。
2022年11月26日
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小倉百人一首 六十七周防内侍(すおうのないし、平仲子・たいらのちゅうし)春の夜の夢ばかりなる手枕たまくらに かひなく立たむ名こそ惜しけれ千載和歌集 964 / 定家八代抄 954春の夜の夢ほどにも儚はかないあなたの腕枕に甲斐もなく立つだろう浮名が口惜しいのですわ。註千載集の詞書きに、「きさらぎばかり月あかきよ、二条院にて人人あまたゐあかして物がたりなどし侍りけるに、内侍周防ないしすはう寄り臥して『枕をがな』と忍びやかに言ふをききて、大納言忠家『これを枕に』とて、かひなを御簾の下よりさしいれて侍りければよみ侍りける」とある。──旧暦二月頃(新暦3月頃)の月の明るい夜、二条院(関白・藤原教道邸)で多くの人々が夜通し語らっていた時、周防内侍が何かに寄りかかって「枕があればなあ」と忍びやかにつぶやいたのを聞いて、時の大納言・藤原忠家(ただいえ)が、「これを枕にどうぞ」と言って自分の腕(かいな)を(男女の間を仕切る)御簾の下から差し入れてきたので、詠んで贈った(歌)とある。「手枕たまくら」は、夫婦や恋仲の男女がすることなので、忠家も半ば戯れだったと思われるが、チャラい男の強引な誘いを巧みにかわしつつ、余裕のユーモアも漂う優婉な大人の色香漂う佳品となっている。かひなく:「甲斐なく」(詮無く、無駄に)と「腕(かいな)」を掛けている。
2022年11月25日
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小倉百人一首 六十八三条院(さんじょういん、三条上皇)心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半よはの月かな後拾遺ごしゅうい和歌集 860本意でもないがこの憂き世に生き長らえたならばその時恋しく思い出すのであろう夜半の月だなあ。註平安時代中期当時の政界の最高実力者・藤原道長の圧迫によって不本意ながら天皇を退位しており、その際に詠んだ歌といわれる。一見奥ゆかしい言い回しの佳品ながら、上の句「心にもあらでうき世にながらへば」は、「死」をも仄めかしつつ、ある種の凄みを湛えている。撰者・藤原定家が小倉百人一首を編んだのは、まさに今年の大河ドラマで展開されている鎌倉初期の激動の時代であった。朝廷・公家側にとってみれば、衝撃と失望の相次ぐ時代であった。こういう、いわく因縁のある歌を選んだところに、撰者のいわく言い難い暗黙の意趣・センスを見る思い、なきにしもあらずと思う。
2022年11月24日
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Françoise HardyComment Te Dire Adieu
2022年11月23日
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小倉百人一首 六十九能因法師(のういんほっし)嵐吹く三室みむろの山のもみぢ葉は 龍田たつたの川の錦なりけり後拾遺ごしゅうい和歌集 366山風の吹く三室の山の紅葉は龍田の川の錦なのだなあ。註永承四年(1049)11月9日、内裏だいりで挙行された歌合うたあわせで「勝」となっており、当時は公式な盛儀の晴れの場にふさわしい歌と評価されたらしい。が、後世の評価はきわめて低い。百人一首の中でも屈指の凡作といわれる残念な一首。全くひねりも機知も表現の深みも感じられない。おまけに、地理的に三室山の紅葉が龍田川に流れることはありえないという事実誤認もあり、全くいいところがない一首である。いくたの秀歌を残した才人・能因の作品群の中から、よりにもよって何でまたこんな安い絵はがきみたいな凡庸な一首を選んだのか、撰者・藤原定家の気が知れないといった趣旨の見巧者みこうしゃたちの意見が古来絶えない。私も同意見である。詳しい事情は分からず憶測になるが、現在「小倉百人一首」として崇あがめ奉たてまつられている百首は、巨匠が後世に残そうと腕を撫して、最大限の意気込みで百人の作者の代表作を選び抜いたというわけではなく、有力な後援者で親友・親戚でもあった宇都宮頼綱よりつな(のちの歌人・蓮生れんじょう法師、当地・宇都宮城主、鎌倉御家人)の依頼で、その山荘の障子(襖ふすま)の装飾として選んだものにすぎず、やや気軽な気分で選んだことによるのではないかとも思われる。あえて忖度するに、百人一首も69番目、国家的事業であった勅撰和歌集『新古今和歌集』の撰者であるさしもの巨匠も、ここいらへんでやや注意力が散漫になっていたとも察せられる。百人一首 17番、在原業平の名歌「ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれなゐに水くくるとは」と何ほどか呼応させていることは確かだろう。
2022年11月22日
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The BeatlesDear Prudenceかわいいプルーデンス、いいお天気だよ。お日さまが出て、空は真っ青できれいだよ。外へ出て遊ぼうよ。笑顔を見せてよ。後期のアルバム『ザ・ビートルズ』(通称「ホワイトアルバム」)所収。僕を含め、ビートルズ・ファン、マニアの間ではきわめて評価が高い作品。美術とかイラスト・漫画では「へたうま」という概念があると思う。誉め言葉であり、すでに功成り名遂げた大家などに使われる言葉である。この時期のビートルズは、それまでの空前の圧倒的な実力で、すでに半ばポピュラー音楽の神のごとき存在になっていた。ジョンの、ピュアでナイーヴな歌詞に見合ったあえて10代の少年みたいな「下手うま」なギタープレイをポールのベースとリンゴのドラムスのプロフェッショナルなサウンドが支えつつラストの高揚感に持っていく、ロックの名曲。もっともっと長くてもよかった。ジョージのバックコーラスも、ナイス・アシスト。なお、「プルーデンス(慎重、賢明、分別の意味)」は、当時人気のあった女優ミア・ファローの妹で本人もそこそこ活躍した女優プルーデンス・ファロー。なんか小難しい、意識高い系の映画に出ていて、けっこう好きだった。ビートルズのインド旅行などに同行し、可愛がられた。
2022年11月21日
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SixTONESImitation Rain
2022年11月20日
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MisiaEverything
2022年11月20日
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John LennonInstant Karma
2022年11月20日
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橘曙覧(たちばなのあけみ)たのしみはまれに魚うを烹にて子等こら皆が うましうましといひて食くふ時志濃夫廼舎しのぶのや歌集 独楽吟どくらくぎん連作楽しいのは、たまに魚を煮て子ら皆が「うまいうまい」と言って食べている時。註作者・橘曙覧には男ばかり三人の子がいた。長男の井出今滋(いで・いましげ)は、明治維新後教育畑を歩み、のちに山梨県師範学校(現・山梨大学教育人間科学部)校長。明治天皇の行幸(ぎょうこう・みゆき)の供奉(ぐぶ・お供)などを務めた。また、父・曙覧の遺稿をまとめ、「志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集」として明治11年(1878)上梓。俳句・短歌の巨人・正岡子規の激賞を受け、近代短歌の魁(さきがけ)と目されるに至った。特にこの「独楽吟」連作52首は、和歌史上の珠玉の名作といわれる。こうした、いわば卑近な日常生活、家庭・家族愛を詠んだ歌は、万葉集の山上憶良の数首を除けば、日本の詩歌1300年の伝統にほとんど欠けていた要素であり、大きな盲点であったといえる。こうした歌風を称して、現在の歌壇では「ただごと歌」という。「ただならぬこと」の対語であり、時代の趨勢のリアリズムである。ドラマチックなことなんて、普通そんなに起こらない。
2022年11月20日
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スピッツ 楓 常寂光寺(京都・嵯峨野)ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン * 画像クリックで拡大。
2022年11月20日
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Yellow Magic OrchestraYellow Magic (Tong Poo)東風
2022年11月19日
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宇多田ヒカル花束を君に
2022年11月18日
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松尾芭蕉この道や行く人なしに秋の暮句集『其便そのたより』ああ この道は誰一人行き来する人もなく秋の日は暮れて寂しさが漂っているばかりだ。註切れ字「や」を用いた、江戸前期の芭蕉の自家薬籠中の文体で詠まれているが、僭越の極みながら仮に現代語風に変換するとすれば、やや散文的になるが「この道をゆく人なくて秋の暮れ」なんてのもリアルでいいなと、軽く妄想してしまう。 秋 紅葉ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン * 画像クリックで拡大。
2022年11月18日
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斉藤和義ずっと好きだった
2022年11月17日
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松尾芭蕉古池や蛙かはづ飛こむ水のおと註芭蕉の代表作で、日本文学史上の最高傑作。たった17音で宇内うだいの静謐と閑寂を表現した。日本の詩歌人すべてが仰ぎ見る最高峰の一句である。仮名遣いなどは江戸前期のものだが、現代風に古池や蛙飛び込む水の音としても全然毀損されない、かまわないと思う。もちろん夏の句である。季節外れもいいところではあるが、今夜放送されたNHK『歴史探偵・正岡子規』で、明治の「文学革命家」子規も絶賛した名句として登場したので、改めてご紹介したくなった。
2022年11月16日
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若山牧水(わかやま・ぼくすい)ウヰスキイに煮湯にえゆそそげば匂ひ立つ白しらけて寒き朝の灯ほかげに歌集『黒松』(昭和13年・1938)註ううっ、うまそう。筆者も休日にはたまにやることがあるが、早朝に飲む酒はうまい。一晩ぐっすり寝て体調も良く、まだ十分に目覚めていない夢見心地の脳に利いてくる、一種の背徳的な快感が堪らない。その至悦をそのまま詠んで秀歌となった。「ウヰスキイ」という旧仮名遣いが、今の目で見るとまさに昭和レトロで、渋すぎる。酒にまつわる秀歌多数の作者は、ほぼアル中(アルコール依存症)だった。古今東西、天才的な詩歌人にはよくあることである。* 原文にルビは振ってありません。
2022年11月15日
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後鳥羽院(ごとばいん)さびしさはみ山の秋の朝ぐもり 霧にしをるる槇まきのした露新古今和歌集 492さびしさはみ山の秋の朝曇濃い霧にびっしょり濡れてしおれたような槇の葉から滴したたりおちている露。註晩秋の寂しさを詠みながら、どことなく艶麗さをも漂わせている秀歌。しをる:萎(しお)れる。(植物が)弱ってぐったりする。槇:真木。松、檜(ひのき)、杉など、堂々と風格のある木を総称して言った。現代語のマキ(イヌマキ)とは異なる。した露:樹木の下葉から滴(したた)る露。ちなみに、「滴る」の語源は「下・垂る」であろう。 小金ヶ嶽(兵庫県篠山市)ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン *画像クリックで拡大。
2022年11月13日
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藤原兼宗(ふじわらのかねむね)ゆく秋の形見なるべきもみぢ葉は あすは時雨しぐれとふりやまがはむ新古今和歌集 545ゆく秋の置き土産であろう紅葉は明日になれば時雨とばかりに降っては古び紛れてしまうのだろうか。註形見:思い出の縁(よすが)とするもの。スーヴェニール。亡き人の品に限定された現代語よりはかなり意味が広い。上古語動詞「もみづ」(紅葉・黄葉する)の連用形で「もみぢ」となった。時雨しぐれとふりやまがはん(降りや紛はむ):(折しもぱらぱらと降ってくる)時雨のように降っては古び、紛れてしまうのだろうか。「ふり」には「降る」と「古る」(古びる)が掛けてある。
2022年11月13日
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西行(さいぎょう)津の国の難波なにはの春は夢なれや 葦の枯葉に風わたるなり新古今和歌集 625摂津の国の難波の春はただの夢だったのだろうか。いまは芦の枯葉に風が吹きわたっているばかりだ。註津の国:摂津の国。現在の大阪府北中部と兵庫県南東部。難波:現・大阪市中央区・浪速区付近。
2022年11月13日
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手嶌葵 東京
2022年11月13日
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Simon & GarfunkelAmerica「恋人になろうよ。僕らの幸運フォーチュンどうしを結婚マリアージュさせるのさ。僕はちょっとした不動産を持ってるんだぜ、このバッグの中にね。」そして一箱の煙草と『ワグナーおばさんのパイ』を買って僕らはアメリカの名所旧跡を探しに出かけたんだ。「キャシー」、ピッツバーグでグレイハウンド・バスに乗るとき、僕は言った。「ミシガンは今の僕には夢みたいだよ。サギノーからヒッチハイクしたときは4日もかかったんだよ。」僕はアメリカを探しに来ていたんだ。バスの中で笑いながら乗客の顔で職業を当てるゲームをした。「ギャバジンのスーツを着た男はスパイだわね」と彼女は言った。僕は「気をつけろ。やつの蝶ネクタイはほんとは隠しカメラだぞ。」「煙草を取ってよ。確かレインコートに一本残ってるはずだ。」「最後の一本は一時間前に吸っちゃったわ。」しかたなく僕は景色を眺め彼女は雑誌を読んだ。開けた野原に月がのぼっていた。「キャシー、僕はもうだめだ。」彼女が眠っているのは分かっていたけれど、僕は話しかけた。「むなしくてつらくて、どうしていいか分からないんだ。」ニュージャージーのターンパイクを通り過ぎてゆく車を数えていた。みんなアメリカを探しに来たんだ。みんなアメリカを探しに来たんだ。(拙訳)“Let us be lovers we’ll marry our fortunes together”“I’ve got some real estate here in my bag”So we bought a pack of cigarettes and Mrs. Wagner piesAnd we walked off to look for America“Kathy,” I said as we boarded a Greyhound in Pittsburgh“Michigan seems like a dream to me now”It took me four days to hitchhike from SaginawI’ve come to look for AmericaLaughing on the busPlaying games with the facesShe said the man in the gabardine suit was a spyI said “Be careful his bowtie is really a camera”“Toss me a cigarette, I think there’s one in my raincoat”“We smoked the last one an hour ago”So I looked at the scenery, she read her magazineAnd the moon rose over an open field“Kathy, I’m lost,” I said, though I knew she was sleepingI’m empty and aching and I don’t know whyCounting the cars on the New Jersey TurnpikeThey’ve all come to look for AmericaAll come to look for AmericaAll come to look for America ニューヨーク / ミセス・ワグナーズ・パイズ / ニュージャージー・ターンパイクウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン
2022年11月13日
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Gilbert O'SullivanAlone AgainNaturally
2022年11月13日
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宇多田ヒカル One Last Kiss
2022年11月13日
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小野小町(おののこまち)思ひつつぬればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを古今和歌集 552 思いながら寝たので、あの人が見えたのかしら。夢と知っていたなら覚めなければよかったのに。註大伴家持「夢(いめ)の逢ひは苦しかりけりおどろきてかきさぐれども手にも触れなば(夢の契りはつらい、目覚めて手探りしても何も触れないのだから)」(万葉集741)松岡映丘『うたたね』うたた寝に恋しき人を見てしより 夢てふものは頼みそめてき古今和歌集 553 うたた寝に恋しい人を見てからは、夢ってものを頼りにしはじめたのよ。註うたた寝の夢幻境は誰しも好きだろうが、特に古来、文人・詩人たちに愛されてきた。大詩人ステファヌ・マラルメの傑作『半獣神の午後(牧神の午後)』も、真夏の森の木陰で半獣神ファウヌス(パン)がうたた寝をして美しい妖精(ニンフ)たちの幻影を見るという詩である。それにしても、現象としては似てるが、「居眠り」と言ったのでは、まるっきり風情がないね。なお、うたた寝の「うたた」は「現(うつつ)」と同語源ともいわれる(国語学者・大槻文彦)。藤原隆信「うたたねの夢や現(うつつ)にかよふらむ覚めてもおなじ時雨をぞ聞く(うたた寝の夢は現実と往還するのだろうか、目覚めても夢の中で聞いていたのと同じ時雨の音を聞いている)」(千載和歌集407)いとせめて恋しき時は むばたまの夜の衣をかへしてぞ着る古今和歌集 554とっても(あなたが)恋しくてたまらない時は夜の衣を裏返しにして着るのよ。 註当時、寝巻き(またはその袖)を裏返して寝ると、恋しい人を夢に見るという伝承があった。また、恋するもの同士がそうすると、お互いを夢に見るとされていた。民俗学者で歌人だった折口信夫(しのぶ)は、この歌を「呪術的」と評している。万葉集2812「吾妹子に恋ひてすべなみ白妙の袖かへししは夢に見えきや(君に恋しているのに逢うすべがないので、白い寝巻きを裏返したのが夢に見えたかい?)」同2813「わが背子が袖かへす夜の夢ならしまことも君に逢へりしがごと(ダーリンが袖を裏返した夜の夢らしい、本当にあなたに逢えたみたいね)」世評にたがわず、歴史的才女・小野小町の和歌は天才的といって差し支えないだろう。コケティッシュでキュート、そこはかとなく妖艶・エロティックでもあるが、和歌という短詩形式のせいもあって、決して重くならず、軽やかな洒脱さをまとっている。・・・和歌の評語としてはどうかとも思うが、小悪魔的。
2022年11月13日
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紀貫之(きのつらゆき)夕月夜ゆふづくよ小倉の山に鳴く鹿の こゑのうちにや秋は暮るらむ古今和歌集 312上弦の月の夜小倉の山でしきりに鳴く鹿のもの寂しい声のうちに秋は暮れるのだろうか。註夕月夜:一般名詞としては「上弦の月の夜」を指すが、ここでは「小倉山」に掛かる枕詞(まくらことば)として用いられているので、必ずしも訳出する必要はない(・・・が、訳してもかまわないと思う)。「小暗(おぐら)し」(ほの暗い)の語呂合わせで掛かる。鳴く鹿:牡鹿の求愛行動。や・・・らむ:「や」があるので疑問形。小倉:こうした歌からの連想で、小豆の粒あんを鹿の体の斑点の模様に見立てて「小倉」と呼ぶようになり現在に至る。
2022年11月12日
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菅原道真(すがわらのみちざね)このたびは幣ぬさもとりあへず手向山たむけやま 紅葉の錦にしき神のまにまに古今和歌集 420この度の旅はあわただしくて幣ぬさも手に取れずに参りました。幣を手向けるべきこの手向山の紅葉の錦を奉納いたしますのでどうか神意のままに(ご笑納下さい)。註(この)たび:「度」と「旅」を掛けている。幣ぬさ:神に捧げる供え物。また、祓(はらえ)の料とするもの。古くは麻木綿(あさゆう)などを用い、のちには織った布や紙を用いた。みてぐら。にぎて。幣帛(へいはく)。御幣(ごへい)。玉串(たまぐし)。秋の祭礼における「初穂」(その年の初めての稲の収穫を奉納するもの)もこの類い。手向山たむけやま:手向山八幡宮。奈良市雑司町にある神社。まにまに:随意に。意の儘に。現代語「ままに」の語源。
2022年11月11日
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凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)長しとも思ひぞはてぬ 昔より逢ふ人からの秋の夜なれば古今和歌集 636 (「秋の夜長」というけれど)長いとも言い切れないよね。昔から逢う人によっての(長くもなり、短くもなる)秋の夜だから。註和歌短歌・俳句では一般的にあまり好まれない「理屈」の歌だが、これだけ気が利いた理であれば「いとをかし」である。からの:~によっての。~に左右される。思ひぞはてぬ:「はてず」は現代語「果てず」と違い、「・・・し切らない」の意。そう言い切ることはできない。結論付けられない。
2022年11月10日
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在原業平(ありわらのなりひら)ちはやぶる神代かみよも聞かず龍田川たつたがは からくれなゐに水くくるとは古今和歌集 294 いにしえの霊威なる神々の時代の話でさえ聞いたことがない。龍田川が深紅に水をくくり染めにするとは。註川面を覆う紅葉の景観を、川の水を「括くくり染め」にしたものと見立てた。濃艶華麗で洒落た趣向の、人口に膾炙した名歌。人気料理「竜田揚げ」は、この歌に基いて名づけられたという。ちはやぶる:「神」「氏」などに掛かる枕詞(まくらことば)。「千早振る」と表記されるが、語源は「逸(いちはや)振る」(荒々しく勢いがあるさま)とされる。* 竜田川* からくれなゐ(唐紅)水くくる:「(川の)水を括り染め(絞り染め)にする」の解釈が定説だが、古来「水が潜(くぐ)る」(当時は濁点表記はなかった)の説もあり、もともと作者が意図的に両義性 ambiguity を用いたという見方もできるかも知れない。
2022年11月09日
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GreenwoodSparkleofTatsuroYamashita
2022年11月07日
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Astrud Gilberto,João Gilbertoand Stan GetzGarota de Ipanema(The Girlfrom Ipanema)
2022年11月07日
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小倉百人一首 七十良暹法師(りょうぜんほっし)さびしさに宿を立ち出いでてながむれば いづくもおなじ秋のゆふぐれ後拾遺ごしゅうい和歌集 333 寂しさに堪えず山里の庵いおりを立ち出てあちこち散策し眺めわたすとどこもかしこも同じ寂寥とした秋の夕暮れ。註宿:仮の宿りの意味。質素な庵(いおり、あん)のようなものであろう。「宿屋・旅館」ではなく、万葉時代の上古語「屋戸」(家)でもない。平安期にはまだ後世のような宿屋は発達していなかったと思われる。いづくも:後拾遺和歌集では古形の「いづくも」、百人一首の写本では「いづこも」となっているものが多い。意味は同じ。おなじ:「(秋の)夕暮」にかかっている連体形説と、ここでいったん切れる(四句切れの)終止形説があり、後者の説が強いようである。どちらの解釈でもいいと思うが、やや散文的な前者と詠嘆的な後者で、微妙なニュアンスの差があるか。
2022年11月06日
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小倉百人一首 七十一源経信(みなもとのつねのぶ)夕されば門田かどたの稲葉おとづれて 葦あしのまろやに秋風ぞ吹く金葉和歌集 173夕方になると門前の田の稲葉がさやさやと音を立てて葦葺あしぶきの小屋に秋風が吹いているなあ。註秋風の身にしむ情感を詠んだ叙景の秀歌。(夕)さる:上古語では「去る、来る」など方向を問わず時が移ることを意味したが、平安期になると歌語として「来る」意味に固定され、「夕さり」などの形でも用いられた。おとづる:音を立てる。音がする。現代語「訪れる」の語源だが、原義は「音・連る」。まろや(丸屋):葦や萱(かや)などで屋根を円形に(丸く)葺いた仮小屋。収穫期の稲の番に用いた。
2022年11月06日
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小倉百人一首 七十二祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのき) 音に聞く高師たかしの浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ金葉和歌集 469噂に高い高師の浜のあだ波は決してかけませんわ。袖が濡れたりするだけですものね。註音に聞く:評判である。現代語でも、「(評判が)音に聞こえる」「(名声が)轟とどろく」「(セレブ気取りに)非難轟々」などという。高師たかしの浜:和泉国いずみのくに高石(現・大阪府高石市)高師浜付近。現在では往時の面影は希薄だが、関西では「ユートピア」とまで称される風光明媚な高級住宅地だという。南海電鉄高師浜線の終点・高師浜(たかしのはま)駅がある。ここでは、評判が「高い」ことに掛けている。あだ波:徒(いたずら)にむなしく寄せる波。波が寄せることと男が言い寄ることを掛けている。男の浮気心の隠喩。(あだ波は)かけじや:「じ」は打消しの意思(決意)の助動詞。(決して)~するまい。(波を袖に)かけるまい。(心、契りを)かけるまい。「や」は詠嘆の間投助詞。袖のぬれもこそすれ:「袖のぬれもする」を係り結びにして強調・整調をした形。泣かされて涙で袖が濡れることを掛けている。
2022年11月06日
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小倉百人一首 七十三大江匡房(おおえのまさふさ)高砂たかさごの尾の上への桜咲きにけり 外山とやまの霞かすみ立たずもあらなむ後拾遺和歌集 120高い山の尾根の上の桜が咲いたなあ。人里近い山の霞は(桜が見えなくなるので)立たないでいてくれないかなあ。註碩学の教養人らしく、ユーモアを湛えた理屈っぽさが持ち味の作者らしい佳品。高砂:ここではおそらく一般名詞として、高い山のこと。現・兵庫県高砂市付近の地名(固有名詞)とする説もある。外山とやま:深山みやまに対して、その周辺の人里に近い山。なむ:(他に対する)願望を表わす終助詞。上古語「なも」が転訛したものといわれる。~てほしい。~であってくれればなあ。「(霞)立たずもあらなむ」は「立たずもあり」(立ちもしないでいる)に願望の意が加わった形。
2022年11月06日
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小倉百人一首 七十四源俊頼(みなもとのとしより)憂うかりける人を初瀬はつせの山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを千載せんざい和歌集 707つれない人を(どうにかして靡かせようと初瀬の観音様に祈ったのに、その)初瀬の山から吹く颪おろしよそなたのように激しく吹きすさんでつらく当たれとは祈らなかったのになあ。註恋愛の秀歌だが意味の凝縮度が高く、古来難解な歌として知られる。憂うかり(ける):形容詞「憂し」の連用形の一つ。思い通りにならない人や物事に憂愁を感じる、つらいという意味。なお、「憂し」には2系統の活用があり、1系統は「うく、うく、うし、うき、うけれ、命令形なし」、もう1つは「うから、うかり、終止形なし、うかる、已然形なし、うかれ」である。後者は、語源論的には連用形の「うく」に動詞「あり」が付いた「うくあり」が約(つづ)まって活用するものである。初瀬はつせ:奈良県(旧・磯城郡)桜井市初瀬(はせ)。古くは「はつせ」と呼ばれ、「泊瀬」とも表記した。有名な長谷寺(はせでら)があり観音をまつる。「長谷」を「はせ」と読むことについては、古く「長谷ながたにの初瀬はつせ」という成句ないし枕詞があったという説もあるが確証はないとされ、語源を含めて詳しくは未解明。枕詞と固有名詞の関係で類推しうるものに、「飛ぶ鳥の飛鳥(あすか)、日の下の日下(くさか)、春日(はるひ)の春日(かすが)、庭つ鳥鶏(かけ)、秋津洲(あきつしま)大和(やまと、日本)」などがある。山おろしよ:擬人法で呼びかけている。「よ」は呼びかけの終助詞(または間投助詞)。はげしかれ(とは):(山おろしの)風が激しいことと、(人が)つらく当たることを掛けている。「憂かり」同様、「はげしくあり」の約まったもの。ものを:逆接の終助詞。~のになあ。~のだけれどもなあ。
2022年11月06日
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小倉百人一首 七十五藤原基俊(ふじわらのもととし)契ちぎりおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり千載和歌集 1023約束していただいていたもぐさが燃えて燻るように胸を焦がしているという恵みの露のようなお言葉を命と頼んでおりましたがああ 今年の秋もむなしく過ぎ去ってしまったようです。註一読すると、余韻嫋々たる優婉な失恋の歌の趣があり、そういう文脈で読めばなかなかいい歌と思われる。小倉百人一首の選者・藤原定家も、そうした読みで評価したのだろうか。しかし、作歌の実際の背景事情を知ってしまうと、何とも俗臭芬々の「せがれの裏口コネ昇進依頼」「猟官運動が成らなかったオヤジの恨み節」であり、「平安朝の親バカの歌」とも評されている。・・・知らない方が良かった(?)させもが露:「させも」は「さし艾(もぐさ)」のこと。蓬(よもぎ)。→ 〔百人一首 51〕 藤原実方 かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひをなお、この「露」は「恵みの露」というニュアンスであるとする説と「すぐに消え去るはかない露」とする説があり、どちらも意味は通り定めがたい。いぬ(往ぬ):去る。過ぎる。行ってしまう。現代でも、関西弁では命令形で「いね(うせろ、消えろ、行ってしまえ)」という言い回しが残る。完了の助動詞「ぬ」の語源ともいわれる。めり:視覚に基づく推定、または主観的判断を表わす助動詞。~のようだ。~ように見える。語源は「見+あり」ともいわれ、動詞「見る」と関連することは疑いない。作者は、出家して興福寺にいた息子の僧都・光覚(そうず・こうかく)が、維摩会(ゆいまえ)の講師になれるよう、藤原忠通(76番の作者)に願い出ていた。維摩会は、藤原氏の氏(うじ)の長者が主催し、五重塔で有名な興福寺(現・世界遺産)で毎年10月に営まれる、仏典・維摩経を講ずる法会(ほうえ)で、その講師は慣例により宮中の最勝会の講師にもなれるという非常な名誉のものであった。この時の氏の長者、すなわち任命権者が、前・摂政関白太政大臣(今でいう総理大臣兼最高裁判所長官ぐらい)の忠通であった。作者の願いを聞いた忠通は、清水観音を詠んだ歌「なほ頼めしめぢが原のさせも草わが世の中にあらむ限りは」(ひたすら私を頼みにせよ、しめじが原のさしも草が燻るように、あなたが胸を焦がして思い悩んでいても、私がこの世にいる限りは)を引いて「しめぢが原の」と答えた。大船に乗った気持ちでいろという意味である。作者はその言葉を当てにしてひたすら待っていたが、何年も音沙汰なく、とうとう今年の秋も過ぎてしまった。それを恨みに思ってこの歌を詠んだのだという。平安末期の権謀術数渦巻く院政期から武家が台頭した激動期の宮廷で、結局最後まで生き残った数少ない政治家の忠通から見れば、なんか小うるさいクレーマーだな~程度に映っていたのかも知れない。
2022年11月06日
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坂本野原高窓を脚立に載って拭きおれば夕焼け赤く街を包めり十億円中井貴一にあげてみて映画一本撮らせてみたい
2022年11月05日
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山部赤人(やまべのあかひと)わが屋戸やとに韓藍からあゐ植ゑ生おひし枯れぬれど 懲こりずてまたも蒔かむとぞ思ふ万葉集 384わが家の庭に鶏頭を植えて育ったのは枯れてしまったけれどこれに懲りずにまた種を蒔こうと思うのだ。註「万葉集は、奈良時代の『サラダ記念日』だ」という見方もあると、万葉研究の泰斗で歌人の佐佐木幸綱氏が短歌総合誌で語っていた記憶があり面白い説だと思ったが、さしずめこの歌などはまさにそんな感じで、当時のライト・ヴァース(軽い口語体)という気がする。われわれの先人たちは、普段おおよそこんな言葉で喋っていたのだろう。韓藍(からあゐ):鶏頭(ケイトウ、ヒユ科)。東アジア大陸から来た藍の意味。「あゐ(あい)」は今では濃い青のことだけをいうが、上古では広く印象的な美しい色を表わしたという説が有力。「くれなゐ(紅)」、「あじさゐ(紫陽花)」などの造語成分でもある。生おひし枯れぬれど:連体形の準体言(見なし体言)用法。古文には頻出する。「育ったもの(草花)は枯れてしまったけれど」の「もの(草花)」が省略されている。「吾が屋戸に韓藍蘓(そ)へ生ほし枯れぬれど~」と訓(よ)む説もある。大意は同じ。原文(万葉仮名)「吾屋戸尓 韓藍蘓生之 雖干 不懲而亦毛 将蒔登曽念」
2022年11月02日
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Fiona AppleAcross the Universe
2022年11月02日
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小倉百人一首 七十六藤原忠通(ふじわらのただみち、法性寺入道前関白太政大臣ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)わたの原漕ぎ出いでて見れば ひさかたの雲居くもゐにまがふ沖つ白波詞花集 382大海原に漕ぎ出して見てみれば大空の白い雲に見紛う沖の白波。註平明でシンプルな表現ながら、伸びやかな調べの雄大な叙景の秀歌。小野篁おののたかむら「わたの原八十島やそしまかけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人あまの釣舟」(古今和歌集 407 / 小倉百人一首 11)の本歌取りだが、山部赤人の叙景の名歌「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪はふりける」(万葉集 314 / 小倉百人一首 4)の発想・言い回しの影響も感じられ、作者が大らかな万葉調のレトロスペクティヴ(擬古的・懐古趣味的)な表現を意図したことがうかがえる。わた:上古語で「海」の意味。「わたつみ(海つ霊)」(海の霊、ひいては海)などの古い語彙に残る。ひさかたの:天、空、月、雲などにかかる枕詞(まくらことば)。雲居くもゐ:雲のあるところ、すなわち空。転じて雲そのものをいう。(沖)つ(白波):後世の「の」に当たるきわめて古い格助詞。「秋つ島」(秋津島、日本)、「天つ乙女」、「下つ毛の国」(下野国、野州、現・栃木県)、また上記の「わたつみ」など、成語・固有名詞として用例が多い。
2022年11月02日
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小倉百人一首 七十七崇徳院(すとくいん、崇徳上皇すとくじょうこう)瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ詞花和歌集 229(一部写本では228)瀬の流れが速いので岩にさえぎられる滝川が激しく二すじに分けられても(やがて一つに合わさるように今別れ別れになっているあなたとも)ゆくゆくは必ずまた逢おうと思うのだ。註古来人口に膾炙した恋の名歌だが、若くして平安末期(院政期)宮廷の内紛に翻弄され、政争の犧牲として譲位せざるを得なかった院の無念と、なお将来に賭ける政治的執念を読み取ることも十分可能であり、こうした解釈も牽強付会ではないとの説も有力。(瀬)を(早)み:~が~なので。上代語(万葉時代)の「ヲミ語法」。この歌が詠まれた当時には、すでに歌語として用いられるだけの擬古的・懐古趣味的(レトロ)な言い回しだった。せく(塞く、堰く):遮(さえぎ)る。せき止める。連用形の「せき」は、名詞の「関、堰」になった。滝川:急流、激流、奔流。恋心の激しさを示唆する象徴的イメージ。わる:「分かれる、別れる」の両義を掛けている。あふ:「合う、会う(逢う)」の両義。→ 古典落語『崇徳院』
2022年11月02日
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小倉百人一首 七十八源兼昌(みなもとのかねまさ)淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守せきもり金葉和歌集 270淡路島を行き来する千鳥の泣く声に幾夜目覚めてしまっただろう須磨の関守は。註紫式部『源氏物語・須磨』で光源氏が詠む歌「友千鳥もろ声に鳴くあかつきはひとり寝覚の床も頼もし(千鳥が仲間同士で声を合わせて鳴く声に、朝早く独り目覚めてしまった寝床の心細さが慰められて頼もしい)」を踏まえる。光源氏は朧月夜とのあやまちが露見し、自らひとり須磨に隠遁した。淡路:阿波国(あわのくに、現・徳島県)へ行く路の意味。淡路島かよふ:「淡路島から通ってくる」「淡路島に通う」「淡路島(と須磨)を行き来する」の3説があり、厳密には定めがたい。いずれにせよ、大意にさほど大きな影響はない。(いく夜寝覚め)ぬ:古くから文法的に議論がある箇所。「(いく夜寝覚め)ぬる」(完了の助動詞「ぬ」の連体形)のいわば省略(詩的許容)として終止形としたとも思われるが、ここでいったん切れる(四句切れ)と見ることも出来なくはないと思われる。同じような問題は現代短歌でもしばしば起こる。ただ、個人的には、文法的な疑問(引っかかり)を抱かせることは和歌・短歌表現ではあまり好ましくないと思う。字余り破調でも「~ぬる」の方が良かったという気がする。なお、「いく(夜)」は疑問の意味を含むので係り結びを構成することもあるが、「か」「や」などの文法的に明確な疑問の係助詞と異なり、必ずしも(係り結びとならず)文末は連体形でなく終止形となる例も少なくない。須磨(の関守):摂津国、現・兵庫県神戸市須磨区付近。当時は寂寥たる辺境の流謫地と見られていた。平安初期頃までは関所が置かれていた。清少納言『枕草子』にも見える。
2022年11月02日
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