うたのおけいこ 短歌の領分

うたのおけいこ 短歌の領分

2024年01月15日
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カテゴリ: その他の和歌
* この記事は、2010年9月22日に投稿したものですが、これだけで閲覧数が数万アクセスに達する人気記事となっており、このブログサイトで常に上位にランキングされています。若干加筆修正して再掲します。





この世をばわが世とぞ思ふ
    望月のかけたることもなしと思へば



藤原 実資 さねすけ 小右記 しょうゆうき 』(寛仁2年・1018 晩秋の条)

この世をば、わが世だなあと思うのだ。
この満月の欠けたところもないのを思えば。


望月のかけたることもなしと思へば : 満月というものが(言葉の定義、概念として)欠けたことがないという論理的な(理屈っぽい)ニュアンスか。意外に分かりづらい下の句である。ほぼ同時代の古今和歌集には、こういった理屈の歌がけっこう散見される。

平安時代中期、事実上の最高権力者である左大臣の地位にあった藤原道長(今年の大河ドラマでは柄本佑)の詠んだ歌として古来有名。教科書には必ず載っているが、国語(古文)ではなく社会(日本史)なのも珍しい。

道長の長女・彰子(あきこ、しょうし)は、一条天皇の中宮(皇后)となり二人の皇子を生んだ。
この二人は、のちに後一条天皇と後朱雀天皇となる。

1018年、彰子と腹違いの娘・威子(たけこ、いし)が後一条天皇の中宮に入内(じゅだい)することとなり、その立后(旧暦10月16日、折しも当夜は満月、新暦11月26日)のめでたい宴(うたげ)で詠んだ。
この時道長は、当時としてはすでに老境といえる52歳。

その場に同席した、碁敵(ごがたき)のような政治的好敵手であった藤原実資(ロバート・秋山竜次)が、その日記『小右記』にこの宴席の模様を詳らかに書き残したため、長く後世に伝わることとなった。

その場の即興(インプロビゼーション)ゆえであろうか、「思ふ」「思へば」の重複、2句目の字余り破調、下2句の意味が今一つ分かりにくいなど、和歌作品としての完成度が高いとは、お世辞にも言えない。
当時すでに発達していた象徴主義的表現の幽玄微妙などどこ吹く風の、露骨ともいえる直截な表現である。

が、それにもかかわらず、凡百の和歌が裸足で逃げ出すド迫力があることもご覧の通りである。

内容から読み取れるのは、半ば実感、半ば虚勢・強がりといったところだろうか。
巷間、怪物的な自恃自矜(ナルシシズム)の典型のように言われるが、よく読めば、案外それほどの排他的(エグゼクティヴ)な心境を示したものではなくて、単純素朴で無邪気(イノセント)な多幸感(エクスタシー)を率直に表現したものとも思える。

酒席での座興の陽気な乗り(アドリブ)ということもあり、全く共感できるとまでは言わないが、かなり情状酌量すべき余地はある。
われわれ庶民といえども、人としてこの世に生まれてきた以上、道長の何百分の一であっても、このような境地を二度や三度味わうのは悪くないのではなかろうか。
結婚や、子供が生まれた時とか、仕事で大成功したとか、そして、道長と同様、子供がすくすくと成長して、ひとかどの大人になりゆくときなど、枚挙にいとまはなけれども。

ただ、当時の権謀術数渦巻く平安国家権力中枢にあって、これほど脇の甘い太平楽な歌を詠むとは、案外お坊ちゃま丸出しで「天然系」の、意外と人好きのする、けっこう「いい奴」だったのではないかと思う。

事実、長女・彰子の女房(侍女兼家庭教師のようなもの)だったインテリジェント・キャリアウーマン紫式部(吉高由里子)をはじめ、当時の一流の女性たちにもてもてであり、あの「光源氏」のモデル(の少なくとも一人)となったことは間違いないと言っていいだろう。

(・・・ちなみに、私の勝手な直感と想像で言えば、ロバート秋山こそ、道長の実像に近いのではないかと思っているぐらいだ。芸人として駆け出しのころからファンで、あの豪胆でありつつ繊細な感じが好きだった。キャスティングの皮肉ではないか。)

・・・と同時に、この歌に、わずかに不吉な翳が射しているのを読み取るのは私だけではあるまい。

「望月」が欠けたところがないという我田引水で牽強付会なイメージの展開が、今現在の境遇がピークであり、満ちた月は明日の夜から欠け始めるという栄枯盛衰・生者必滅・色即是空・祇園精舎の無常を微かに連想させてやまない。

当時、位人臣(くらいじんしん)を極め全権力を掌握していた藤原氏の完全無欠な権柄と栄耀栄華は世を覆っていたが、すでにこの時、道長の身体は貴族社会の不健康な生活習慣・栄養の偏りや運動不足、過度の飲酒、ストレスなどによってであろうが、飲水病(現・糖尿病)に罹患しており、眼病(糖尿病性の黄斑変性症などの網膜疾患?)や脚気衝心(心臓神経症=ビタミンB群欠乏症)も患っていたという。

藤原氏の繁栄も、彼一代が頂点であり、はつかなる綻びと衰亡の予兆も垣間見せ始めていた。

彼自身、さすがに悟ることがあったと見え、この翌年には剃髪して仏門に入り、病気の治療を加持祈祷の神通力に縋る次第となった。

そんなこんなの、日本人なら誰しも持っている「諸行無常」な感受性を呼び起こす点でも、やや下手で放胆なこの歌をして、天下の名歌たらしめているゆえんであるといえよう。

僕らの世代には、松任谷由実(当時、荒井由実)の『 14番目の月 』の歌詞も連想される。





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最終更新日  2024年01月18日 07時12分37秒
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